司法試験 令和4年 商法
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問題文
[民事系科目]〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は、35:35:30〕)
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、平成10年(1998年)4月に設立され、首都圏においてドラッグストアを営む会社法上の公開会社ではない取締役会設置会社である。また、乙株式会社(以下「乙社」という。)は、医薬品、化粧品及び日用品等の企画、製造及び販売の業務を営む会社法上の公開会社ではない取締役会設置会社である。
2.甲社と乙社の間に資本関係はなく、下記3のとおり、甲社の取締役のうち1名が乙社出身であるほかは、役員の兼任等の人的関係もない。乙社は、甲社から甲社が経営する店舗で販売する商品の製造の委託を受けており、その売上が乙社の売上総利益の約50パーセントを占めている。
乙社が製造する商品には「乙」の名称が入った登録商標Pが使用されている。
3.甲社では、設立以来、A、Aの親族及び乙社出身者を中心に取締役会が構成され、令和3年(2021年)4月の時点では、Aが代表取締役、B(Aの弟)、C(Aの長女)、D(乙社出身者)及びE(Aの親族でも乙社出身者でもない)が取締役を務めていた。
甲社の取締役の任期については、その定款において、当初、選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとされていたところ、平成22年(2010年)6月に開催した定時株主総会において、その期間を選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までと変更された。もっとも、乙社出身の取締役については、上記定款変更の前後を問わず、選任から4年で退任するのが慣例となっていた。
甲社の発行済株式総数は10万株であり、Aが4万株、B及びCがそれぞれ2万株を保有し、残りを甲社の従業員複数で保有している。
4.Dは、大学を卒業してから35年間にわたって乙社で勤務し、57歳になった平成30年(2018年)3月、Aから甲社の取締役になるように誘われた。その際、Aは、Dに対し、乙社出身の取締役は従前より4年ごとに交代していることを説明した。Dは、乙社の就業規則に定年が60歳と定められていたことから、Aに対し、「61歳まで甲社の取締役を務めた方がより長く安定した収入が得られるので、引き受けます。」と述べ、Aの誘いに応じた。Dは、同年5月31日に乙社を退職し、同年6月20日に開催された甲社の定時株主総会において、取締役に選任された。Dの前任の乙社出身の取締役は、選任から4年が経過した上記定時株主総会の日に辞任した。
Dは、甲社の常勤取締役として、甲社から役員報酬として月40万円の支払を受けていた。また、Dには他の収入はなかった。
5.Aは、令和2年(2020年)3月、Dに対し、「次の株主総会で取締役の選任から2年になる。そろそろ折り返し地点なので、乙社出身の後任者を探してほしい。」と述べたところ、Dは、「定款に定められた任期を満了するまで取締役を務めたいので、まだ後任者を探すつもりはない。」と答えた。
その頃、Aは、東北地方にも新規店舗を設けて甲社の事業の拡大を図ろうとしていた。東北地方への進出は、Aの先代が果たせなかったものであり、B及びC(以下、A、B及びCを総称して「Aら」という。)も達成すべきものであると考えていた。これに対し、Dは、丙株式会社との競争に伴う値下げによって2年連続営業損失を計上していることを理由に事業の拡大には反対であり、Aらとの間で意見が対立していた。
6.Aは、令和2年(2020年)4月、他の取締役らに対し、「取締役の任期を1年に短縮することで、信任を得る機会を多くし、取締役の業務に緊張感を持たせたいから、次の定時株主総会でその旨の定款変更を行いたい。」と提案した。Dは、東北地方への進出に反対したことから、自分を追い出すためにするものではないかと疑って上記提案に反対した。しかし、甲社の取締役会は、D以外の取締役らの賛成により、同年の定時株主総会において、①定款変更を議題とし、取締役の任期を選任後1年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする旨の議案を提出すること、②取締役の選任を議題とし、A、B、C、D及びEを取締役に選任する旨の議案を提出することを決めた。なお、A、B、C及びEは、いずれも平成22年(2010年)の定時株主総会において取締役に選任されていた。
7.甲社の定時株主総会は、令和2年(2020年)6月25日に開催され、計算書類の承認等のほか、上記6①の定款変更議案及び上記6②のうちA、B、C及びEを取締役に選任する旨の議案がAらの賛成により可決されたが、上記6②のうちDを取締役に選任する旨の議案は、Aらの反対により否決された。
〔設問1〕 Dは、一連の経緯により甲社の取締役の地位を失ったことは実質的な解任であって不当であり、甲社に対して会社法上の損害賠償責任を追及しようと考えている。Dの立場において考えられる法律構成及び損害に関する主張並びにそれらの当否について、論じなさい。なお、上記6及び7の定時株主総会の招集の手続及び議事は、適法であったものとする。
8. 乙社は、令和2年(2020年)に入ってから業績が悪化するようになった。同年1月末日の時点では資産1億円、負債5000万円、資本金2000万円であったところ、現預金の流出が続くなどして、令和3年(2021年)10月1日の時点では、資産6000万円、負債4000万円、資本金2000万円となった。
9.乙社は、令和2年(2020年)6月までに株式会社丁銀行(以下「丁銀行」という。)から複数回にわたって融資を受けており、令和3年(2021年)6月末日の弁済期日を経過した同年10月1日の時点で合計3000万円の残債務があった。
10.乙社の代表取締役Fは、業績の悪い事業を譲渡しようと考え、令和3年(2021年)9月頃から、関西地方でスーパーマーケットを営む会社法上の公開会社ではない取締役会設置会社である戊株式会社(以下「戊社」という。)と交渉を始めた。乙社及び戊社は、同年10月1日、必要な手続を経た上で、乙社が戊社に日用品製造販売事業を譲渡する旨の契約を締結した(以下、この事業譲渡を「本件事業譲渡」といい、この契約を「本件事業譲渡契約」という。)。
11.本件事業譲渡契約においては、乙社の日用品製造販売事業の資産と負債(日用品製造販売事業に従事する従業員との間の雇用契約を含む。)が対象とされ、その対価は4000万円とされた。
また、戊社の代表取締役Gは、本件事業譲渡契約を締結するに当たり、上記8及び9の事実をFから知らされていた。
12.戊社は、本件事業譲渡の約3年後、下記14の問題点が発覚したことにより、その事業年度の決算において、乙社から譲り受けた日用品製造販売事業の資産について多額の評価損を計上するとともに、多額の負債を計上した。
13.本件事業譲渡契約が締結された経緯の詳細は、下記14から17までのとおりであった。
14.会社やその事業の買収を行う場合には、買収の対象となる会社又は事業の業績、資産、財務状態及び法律上の問題点等の調査(以下「デュー・ディリジェンス」という。)を行うことが実務上広く行われている。しかし、戊社は、本件事業譲渡の際に、乙社の日用品製造販売事業についてデュー・ディリジェンスを実施しなかった。もし、デュー・ディリジェンスを行っていれば、乙社の日用品製造販売事業の在庫の価値が落ちていること、その製品に知的財産権上の問題があること等の問題点を発見することができ、本件事業譲渡契約を締結しなかったか、仮に締結していたとしても、その対価は1000万円以下となるはずであった。
15.戊社の取締役でそのメインバンク出身であるHは、本件事業譲渡について検討されていることを知ってから、乙社とも取引のあった出身銀行の知人に乙社のことを尋ねたところ、「日用品製造販売事業はうまくいっているとはいえず、在庫の価値が下落している可能性がある上に、知的財産権等の管理もいい加減であるから気を付けた方がよい。」との回答を得た。そこで、Hは、知人の弁護士に確認したところ、「事業の買収を行う場合には常にデュー・ディリジェンスが必要とまではいえないものの、そうした事情がある場合は行った方がよい。」との回答を得た。そのため、Hは、戊社の代表取締役Gに対し、上記の回答内容を伝えた上で、本件事業譲渡には慎重になるべきであり、デュー・ディリジェンスを行うべき旨を指摘した。
16.Hの指摘にもかかわらず、デュー・ディリジェンスが行われなかったのは、次の事情による。
すなわち、甲社は、戊社の総株主の議決権の60パーセントを有する親会社であり、戊社の取締役5名のうちG及びIの2名は、かつて甲社の従業員であった。甲社の代表取締役Aは、戊社の代表取締役Gに対し、「乙社の日用品製造販売事業が立ちゆかなくなると甲社の事業に大きな影響が及ぶため、本件事業譲渡を迅速に進めてほしい。これが実現しなければ、GとIの取締役の再任はない。」と述べた。その後に行われた本件事業譲渡の交渉において、Aの意向を知っていた乙社の代表取締役Fは、Gに対し、「乙社の主要ブランドを譲渡するのであるから、相応の対価とすべきである。1か月程度で交渉がまとまらないのであれば別の譲渡先を探すか、最悪の場合には乙社の法的整理も検討するつもりである。」と述べた。これらのやり取りを踏まえ、Gは、上記15の事実の下でもデュー・ディリジェンスを省略して交渉に当たるのもやむを得ないと判断し、Fの主張を受け入れて上記11の内容で本件事業譲渡契約を締結した。
17.戊社の取締役会は、令和3年(2021年)10月1日に開催されたところ、Hは、その必要性が見いだせない上にデュー・ディリジェンスを行っていないことを理由に反対する旨の意見を表明した。他の取締役から説明を求められたGは、「乙社の日用品製造販売事業を救わないと、甲社の主力商品の1つが欠けることになり、甲社を中心とした我がグループに大きな不利益が及ぶ。戊社の売上総利益の約50パーセントは甲社との取引に由来するものであるため、単純に乙社の日用品製造販売事業だけを見て本件事業譲渡に反対するのは適切ではない。」と説明した。
その後、戊社の取締役5名のうち甲社出身のGとIは自ら退席し、残りの3名の取締役によって審議が行われ、Hを除く2名の取締役の賛成により、本件事業譲渡契約を締結することが決定された。
〔設問2〕 戊社の少数株主であるJは、株主代表訴訟を提起して、Gに対し、本件事業譲渡契約を締結する旨の判断をして実行したという一連の経緯について、会社法上の損害賠償責任を追及しようと考えている。Jの立場において考えられる主張(損害に関する主張を含む。)及びその当否について、論じなさい。なお、株主代表訴訟は、適法に提起されたものとする。
下記18以下においては、上記11から17までの事実は存在せず、上記10のとおり、必要な手続を経て本件事業譲渡契約が締結されたことを前提として、〔設問3〕に答えなさい。
18.本件事業譲渡契約においては、乙社の日用品製造販売事業の業績が低下していたことから、その資産(日用品製造販売事業に従事する従業員との間の雇用契約を含む。)が対象とされ、負債は対象とされなかった。また、本件事業譲渡契約が締結された令和3年(2021年)10月1日の時点での乙社の日用品製造販売事業の資産の簿価は4000万円であったが、戊社が「専門家を交えた調査の結果によれば簿価どおりの資産価値がない可能性がある。」と主張し、乙社も早く現金を手にしたいと考えていたことから、本件事業譲渡契約の対価は、2000万円とされた。
19.また、乙社及び戊社は、本件事業譲渡契約において、乙社が戊社に対して登録商標Pの使用を認めることに合意した。これは、乙社が使用してきた登録商標Pとこれに含まれる「乙」が日用品のブランドとして確立し、消費者には登録商標Pが乙社を示すものと受け取られており、業績が悪くなったとはいえ顧客誘引力が残っているからであった。
なお、乙社は、登録商標Pを使用した商品を製造して卸売を行うだけであり、これまでに消費者等に直接販売したことはなかった。また、戊社は、関西地方でスーパーマーケットを営んでおり、これまでに乙社の商品を扱ったことはなく、その商号や経営する店舗の名称に「乙」の文字や登録商標Pに含まれる文字と共通するものを使用したことはなかった。
20.戊社は、本件事業譲渡の完了後、経営するスーパーマーケットの店舗内において、登録商標Pを描写した看板を複数の入口に掲げて、登録商標Pを使用した日用品を販売した。また、戊社は、自社のウェブサイトにおいて、「Pが新たに生まれ変わり、当店で扱うことになりました。」との宣伝を掲載し、そこには登録商標Pも掲載されていた。戊社が扱っている登録商標Pが使用された日用品のうち6割程度は、従来、乙社が登録商標Pを使用して販売していたものと同じ商品であった。
21.乙社の業績は、その後も改善しないことから、丁銀行に上記9の残債務を弁済することができなくなった。そこで、乙社は、令和4年(2022年)5月、丁銀行に対し、その旨を通知した。
〔設問3〕 丁銀行が戊社に対して乙社の残債務の弁済を請求できるかについて、論じなさい。