司法試験 令和元年 商法
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問題文
[民事系科目]〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,30:50:20〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,事務用品の製造及び販売等を目的とする会社法上の公開会社である監査役会設置会社であり,金融商品取引所にその発行する株式を上場している。
甲社は,種類株式発行会社でない。甲社の資本金の額は20億円,総資産額は250億円,直近数年の平均的な年間売上高は300億円である。甲社の取締役は10人であり,代表取締役社長はAである。
2.甲社は5年前からその製造拠点の海外移転を進め,甲社の国内物流拠点の役割は大きく変化してきている。甲社は大型倉庫を二つ所有しているが,そのうちP県に所在する倉庫(以下「P倉庫」という。)は2年前からほぼ使用されていなかった。1年前にP倉庫の近隣に高速道路のインターチェンジが設置されることが決まってから近隣の不動産価格が上昇し,P倉庫の市場価格は平成29年12月の時点で約15億円であった。
3.乙合同会社(以下「乙社」という。)は,日本企業への投資を目的とする投資ファンドである。乙社の代表社員Bは,甲社がP倉庫を始めとする多くの遊休資産を有しているため,これらを売却することにより剰余金の配当を増額すべきであると考えている。乙社は,市場において甲社の株式を買い集め,平成29年5月の時点で甲社の総株主の議決権の4%を,同年9月の時点で同9.8%を,平成30年1月の時点で同15%を保有するに至った。
4.甲社の定款には,以下の定めがあるが,他に株主総会の招集及び株主提案について別段の定めはない。
甲社定款(抜粋)
(招集)
第12条 当会社の定時株主総会は,毎年6月にこれを招集し,臨時株主総会は,必要があるときに随時これを招集する。
(定時株主総会の基準日)
第13条 当会社の定時株主総会の議決権の基準日は,毎年3月31日とする。
(招集権者及び議長)
第14条 株主総会は,取締役社長がこれを招集し,議長となる。
2 取締役社長に事故があるときは,取締役会においてあらかじめ定めた順序に従い,他の取締役が株主総会を招集し,議長となる。
(事業年度)
第36条 当会社の事業年度は,毎年4月1日から翌年3月31日までの1年とする。
〔設問1〕 乙社は,平成30年1月,甲社の株主として,株主総会において,株主総会の権限に属する一定の事項を提案することを検討していた。上記1から4までを前提として,乙社が,そのために採ることができる会社法上の手段について,甲社の臨時株主総会を自ら招集する場合と平成30年6月の甲社の定時株主総会の開催に当たり株主提案権を行使する場合のそれぞれの手続を説明し,比較検討した上で,論じなさい。ただし,社債,株式等の振替に関する法律上の手続については,説明しなくてよい。
5.乙社は,平成30年3月31日の時点で,甲社の総株主の議決権の20%を保有しており,同年4月25日,以下のとおり,定款変更及びP倉庫の売却を甲社の定時株主総会の議題とすることを請求するとともに,各議案の要領を定時株主総会の招集通知に記載することを請求した(以下「本件株主提案」という。)。
議題1 定款変更の件議案の要領 現行定款に「当会社の財産の処分は,株主総会の決議によってもすることができる。当該株主総会の決議は,当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し,出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う。」という条項を追加する。
提案の理由 甲社の株主総会において,甲社の遊休資産等の財産の処分を決定することができるようにする。甲社は,現在,市場価格が上昇しているが,ほぼ使用されていないP倉庫を始めとする多くの遊休資産を有している。甲社がこのような財産を継続して保有すべきか否かについて,株主の意向を反映すべきである。
議題2 P倉庫の売却の件議案の要領 甲社の取締役会は,遅くとも平成30年度中にP倉庫を近隣の不動産価格に照らし適正な価格で売却する。
提案の理由 P倉庫については,他社から過去に現状のまま購入したいという申出が多数あったが,甲社は合理的な理由なく売却を渋っている。現在,約15億円まで市場価格が上昇しているP倉庫を売却することにより剰余金の配当を増額すべきである。
6.本件株主提案を受け,甲社の取締役会において,本件株主提案及び乙社による甲社の株式の取得への対応について審議された。
甲社の取締役会においては,P倉庫については,今後,活用する可能性が十分にあるとして,本件株主提案に反対する意見が多かった。
また,甲社の取締役らからは,乙社について,比較的短期間で株式を売買し,その売買益を得る投資手法を採っていることや,敵対的な買収により対象会社の支配権を取得し,経営陣を入れ替え,対象会社の財産を切り売りする投資手法を採ったことがあることなどの事実,乙社の代表社員Bについて,ソーシャル・ネットワーキング・サービスで,甲社の事業に関して「社会のデジタル化に伴い,事務用品は早晩なくなるであろう。」と述べるなど,甲社の事業に対して理解がないことが指摘された。
そして,甲社の取締役らからは,仮に,乙社が甲社の支配権を取得すれば,甲社の財産を切り売りするのではないかという懸念や,乙社は,このまま甲社の株式を買い増し,経営陣を入れ替える可能性が高いという懸念が示された。
7.審議の結果,甲社の取締役会においては,乙社によるこれ以上の甲社の株式の買い増しを防止し,乙社による甲社の支配権の取得を阻止すべきであるという意見が大勢を占めた。そして,甲社の取締役らは,乙社の持株比率を低下させる新株予約権無償割当てを行うことで意見が一致した。もっとも,甲社の取締役から,このような新株予約権無償割当ては株主との対話を重視して乙社の意向を見極めた上で行うべきであるという意見も述べられたため,これを新株予約権の内容に反映させることとした。さらに,甲社の社外取締役から,取締役会限りでこのような重大な決定をすることには問題があるという意見が述べられたため,甲社の取締役らは,株主総会の決議による承認を受けることでも意見が一致した。
8.そこで,甲社の取締役会は,以下の概要の新株予約権無償割当て(以下「本件新株予約権無償割当て」という。)を,株主総会の決議による承認を受けることを条件として行うことを決定した(以下「本件取締役会決議」という。)。
本件新株予約権無償割当ての概要
⑴ 割当ての方法及び割当先:新株予約権無償割当ての方法により,基準日(下記第3項で定義される。以下同じ。)の最終の株主名簿に記録された株主に対して,その有する甲社の株式1株につき2個の割合で新株予約権を割り当てる。
⑵ 新株予約権の総数:基準日の最終の発行済株式(自己株式を除く。)の総数の2倍の数と同数とする。
⑶ 基準日:平成30年7月24日
⑷ 本件新株予約権無償割当てがその効力を生ずる日:平成30年7月25日
⑸ 新株予約権の目的である株式の数:新株予約権1個の行使により甲社が普通株式を新たに発行又はこれに代えて甲社の有する甲社の普通株式を処分(以下甲社の普通株式の発行又は処分を「交付」という。)する数は,1株とする。
⑹ 新株予約権の行使により甲社がその普通株式を交付する場合における株式1株当たりの払込金額は,1円とする。
⑺ 新株予約権を行使することができる期間(以下「行使期間」という。):平成30年11月1日から同月30日まで
⑻ 乙社を「非適格者」とする。非適格者は,新株予約権を行使することができないものとする。
⑼ 新株予約権の譲渡に際しては甲社の取締役会の承認を要する。
⑽ 甲社の取締役会は,行使期間開始日までの日であって取締役会が別に定める日に,その決議により,新株予約権を取得することができる。取得の対価は,非適格者以外の株主については新株予約権1個につき甲社の普通株式1株とし,非適格者については1円とする。
ただし,甲社は,乙社に対し,これ以上の甲社の株式の買い増しを行わないように要請する。
その結果,行使期間開始日までの日であって甲社の取締役会が別に定める日までに,乙社がこれ以上の甲社の株式の買い増しを行わない旨を確約した場合には,甲社の取締役会は,取締役会が別に定める日に,その決議により,本件新株予約権無償割当てにより株主に割り当てた新株予約権の全部を無償で取得することができる。
そして,甲社の取締役会は,以下のとおり,本件新株予約権無償割当てを行うことの承認を平成30年6月25日に開催する甲社の定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)の議題及び議案(以下「本件会社提案」という。)とすることを決定した。
議題3 新株予約権無償割当てを行うことの承認の件議案の概要 本件取締役会決議に係る本件新株予約権無償割当てを行うことを承認する。
提案の理由 本件新株予約権無償割当ては,乙社による甲社の支配権の取得を阻止するために行うものである。甲社の定款上,新株予約権無償割当てを行うことについて株主総会の決議による承認を要するという条項はない。しかし,本件新株予約権無償割当ては,乙社によるこれ以上の甲社の株式の買い増しが甲社の企業価値を毀損し,株主の共同の利益を害するものであるという判断に基づくものであり,このような判断は,最終的には株主の意思によりされるべきである。
なお,本件新株予約権無償割当てを行うことにより乙社に生じ得る不利益は,乙社がこれ以上の甲社の株式の買い増しを行わない旨を確約した場合には,甲社の取締役会が解消することができる仕組みとなっており,乙社の利益を不当に害するものでない。
9.平成30年6月25日に開催された本件株主総会には,甲社の総株主の議決権の90%を有する株主が出席し,本件株主総会において,本件会社提案に係る議案は出席株主の67%の賛成により可決され,本件株主提案に係る議案はいずれも否決された。
〔設問2〕 乙社は,平成30年6月26日,本件新株予約権無償割当ての差止めを請求することを検討している。乙社が採ることができる会社法上の手段について,乙社の立場において考えられる主張及びその主張の当否を検討した上で,論じなさい。なお,本件株主総会の招集の手続及び議事は,適法であったものとする。
下記 10 及び 11 では,上記9と異なり,平成30年6月25日に開催された本件株主総会において本件会社提案に係る議案が否決され,本件株主提案に係る議案がいずれも可決されたこと(以下議題1(定款変更の件)に関する本件株主総会の決議を「本件決議1」といい,議題2(P倉庫の売却の件)に関する本件株主総会の決議を「本件決議2」という。),本件株主総会の招集の手続及び議事は適法であったことを前提として,〔設問3〕に答えなさい。
10.本件決議1及び本件決議2を受け,甲社はP倉庫の売却の相手方候補数社と交渉を開始し,平成30年度中にP倉庫を近隣の不動産価格に照らし適正な価格で売却することができる見込みが付いた。ところが,平成31年1月,甲社が所有するもう一つの大型倉庫(以下「Q倉庫」という。)が所在するQ県において発生した大地震により,Q倉庫が倒壊したため,海外から到着する貨物をP倉庫において保管しなければならず,P倉庫を売却すると,競合他社に多数の顧客を奪われるなど,50億円を下らない損害が甲社に生ずることが見込まれた。他方で,P倉庫の近隣の不動産価格が下落する兆候は,うかがわれなかった。
11.その後の甲社の取締役会においては,改めて本件決議1及び本件決議2への対応について,取締役らから,「そもそも本件株主提案の内容は,業務執行の具体的な決定に係るものである以上,これに従う必要はないのではないか。」という意見や,「適法な株主総会の決議を遵守することは取締役の義務であろうが,本件決議2については,これに従いP倉庫を売却することにより,損害が発生し,他方で,P倉庫の売却の交渉を中止しても,P倉庫の資産価値は維持されるし,現時点では,違約金等の負担も生じないので,遵守することにこだわるべきでない。」という意見が述べられ,さらに,社外取締役から,「適法な株主総会の決議は,常に遵守すべきである。」という意見が述べられるなど,様々な意見が述べられたが,代表取締役社長Aが本件決議2に従いP倉庫を売却する旨の議案を提案し,当該議案が代表取締役社長Aの賛成を含む賛成多数により可決された。
そこで,代表取締役社長Aは,平成30年度中にP倉庫を近隣の不動産価格に照らし適正な価格で売却したが,それにより,多数の顧客を奪われるなどした結果,多大な損害が甲社に発生した。
〔設問3〕 甲社の代表取締役社長Aの会社法第423条第1項の責任について,本件決議1の効力を検討した上で,論じなさい。