司法試験 令和元年 行政法
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問題文
[公法系科目]〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕⑴,⑵の配点割合は,35:30:35〕)
Aは,B県C市内に所有する土地(以下「本件土地」という。)に自宅を建て,長年にわたって居住していた。本件土地周辺は,戸建住宅中心の住宅地域であり,住環境は良好であった。本件土地内には,C市内では珍しいことであるが,様々な水生生物が生息する池が存在しており,この池は,毎年,近隣の小学校の学外での授業に用いられていた。もっとも,本件土地内に,学術上貴重な生物や,絶滅のおそれがある生物が生息しているという事実はない。
C市は,本件土地周辺での道路整備の必要性を検討してきたが,平成元年に,本件土地周辺に道路を整備した場合の環境への影響の調査(以下「平成元年調査」という。)をしたところ,平成17年には1日当たりの交通量が約1万台に達すると予測され,自動車の騒音や排気ガス等により,周辺環境への影響が大きいとされた。そのため,C市は,一旦,本件土地周辺での道路整備の検討を中断していたが,その後,再開した。C市の再検討によると,①本件土地周辺では道路の整備が遅れており,自動車による幹線道路へのアクセスが不便であって,これを解消するため,「道路ネットワークの形成」が必要であり,②本件土地周辺の狭い道路には,周辺の道路から通過車両が入り込むなどしていることから,通学生徒児童等を始めとした「通行者の安全性の確保」を図る必要があり,③本件土地周辺では道路が未整備であるため災害時の円滑な避難や消防活動等が困難であることから,「地域の防災性の向上」が必要であるとの課題があるとされた。C市は,これらの課題を解決するため,本件土地を含む区間に道路(以下「本件道路」という。)を新規に整備することとして,平成22年に本件道路の事業化調査(以下「平成22年調査」という。)を実施した。
平成22年調査においては,本件道路の交通量は1日当たり約3500台と予測され,大気汚染,騒音,振動のいずれについても周辺環境への影響が軽微であり,一方で,本件道路の整備による利便性や安全機能・防災機能の向上が期待できることから,本件道路を整備する必要性が高いとの総括的な判断が示された。
C市は,平成22年調査の結果を受けて,土地収用法(以下「法」という。)を適用して本件道路を整備することを決定した。C市は,平成28年3月1日,法第18条第1項に基づき,C市を起業者とし,本件土地を含む土地を起業地とする本件道路の整備事業について,B県知事に対して事業計画書を添付した事業認定申請書(以下「本件申請書」という。)を提出した。B県知事は,同年8月1日,C市に対して事業認定(以下「本件事業認定」という。)を行い,法第26条第1項に基づいて理由(以下「本件理由」という。)を付し,これを告示した。C市は,本件道路の用地については,当面土地収用は行わず,所有権者から任意買収を行う方針を表明し,買収交渉を進めたところ,起業地の9割以上の土地を任意買収することができた。
しかし,本件土地については,Aとの間で任意買収の協議が整う見通しが立たなかったことから,C市は,方針を変更し,土地収用によって本件土地を取得することとした。C市は,平成29年7月12日,法第39条第1項に基づいて,本件土地につき,B県収用委員会に収用裁決の申請を行った。B県収用委員会は,平成30年5月11日,本件土地の所有権をC市に取得させる権利取得裁決(以下「本件権利取得裁決」という。)を行った。また,本件土地について,収用を原因とするC市への所有権移転登記が行われた。
C市は,本件権利取得裁決後も,明渡裁決の申立て(法第47条の2第3項)を行わず,Aと交渉を続けたが,Aは本件事業認定が違法であると主張して,本件土地に居住し続けた。Aは,令和元年5月14日,C市が近く明渡裁決を申し立てる可能性があると考え,訴訟で争うことを決意し,弁護士Dに相談した。
以下に示された【法律事務所の会議録】(Aの相談を受けて行われた,弁護士Dとその法律事務所に所属する弁護士Eとの会議の会議録)を踏まえて,弁護士Eの立場に立って,設問に答えなさい。
なお,土地収用法の抜粋を【資料 関係法令】に掲げてあるので,適宜参照しなさい。
〔設問1〕Aが,B県に対して本件権利取得裁決の取消訴訟(以下「本件取消訴訟」という。)を提起した場合,Aは,本件取消訴訟において,本件事業認定の違法を主張することができるか。B県が行う反論を踏まえて,弁護士Eの立場から,検討しなさい。ただし,行政事件訴訟法(以下「行訴法」
という。)第14条第1項及び第2項にいう「正当な理由」が認められ,本件取消訴訟が適法に提起できることを前提としなさい。
〔設問2〕
⑴ Aは,B県に対して本件権利取得裁決の無効確認訴訟(行訴法第3条第4項)を適法に提起することができるか。行訴法第36条の「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」という訴訟要件に絞って,B県が行う反論を踏まえて,弁護士Eの立場から,検討しなさい。
⑵ 本件事業認定が法第20条第3号の要件を充足せず違法であるとのAの主張として,どのようなものが考えられるか。B県が行う反論を踏まえて,弁護士Eの立場から,検討しなさい。
【法律事務所の会議録】弁護士D:Aさんは,本件事業認定は違法であると考えているとのことです。本件権利取得裁決には固有の違法事由はありませんので,本件では,本件事業認定の違法性についてのみ検討することとしましょう。もっとも,まずは,どのような訴訟を提起するかについて,検討しておく必要がありますね。
弁護士E:本件事業認定も本件権利取得裁決も,行訴法第3条第2項における「処分その他公権力の行使」に該当しますが,いずれも,既に出訴期間を徒過し,取消訴訟を提起することはできないのではないでしょうか。
弁護士D:そうですね。もっとも,本件取消訴訟については,行訴法第14条第1項及び第2項における「正当な理由」が認められ,適法に提起することができるかもしれません。
弁護士E:仮に本件取消訴訟を適法に提起することができたとしても,本件権利取得裁決には固有の違法事由はありませんので,本件取消訴訟では専ら本件事業認定の違法性を主張することとなりますね。
弁護士D:では,E先生には,仮に本件取消訴訟を適法に提起することができるとした場合,本件事業認定の違法性を主張することができるかについて検討をお願いします。ただし,「正当な理由」が認められるかについては,検討する必要はありません。
弁護士E:承知しました。
弁護士D:とはいえ,「正当な理由」が認められない場合の対応も考えておく必要があります。本件取消訴訟を適法に提起することができないとすれば,どのような訴訟を提起することができると考えられますか。
弁護士E:本件事業認定に無効の瑕疵があり,したがって,本件権利取得裁決も無効であるとして,B県に対し,行訴法第3条第4項に基づいて,本件権利取得裁決の無効確認訴訟を提起することが考えられます。また,本件権利取得裁決が無効であるなら,別途,C市に対する訴訟も提起することができます。
弁護士D:では,B県に対する無効確認訴訟が訴訟要件を充足しているか,E先生に検討していただきましょう。無効確認訴訟の訴訟要件については,いくつかの考え方がありますが,E先生は,行訴法第36条の訴訟要件である「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」について検討してください。C市に対してどのような訴訟を提起することができるのか,また,C市に対する訴訟を提起できる場合にも無効確認訴訟を適法に提起することができるのかという点に絞って検討していただければ結構です。
弁護士E:承知しました。
弁護士D:では,次に,本件事業認定の違法性について検討していきましょう。無効確認訴訟の場合,最終的には,重大かつ明白な違法性を主張しなければなりませんが,まずは,取消訴訟でも主張できる違法事由としてどのようなものがあるかについて検討することとし,今回は,それらが重大かつ明白な違法といえるのかについては検討しないこととします。
弁護士E:本件理由によると,B県知事は,本件申請書に基づき,本件道路の整備には,「道路ネットワークの形成」,「通行者の安全性の確保」,「地域の防災性の向上」の3つの利益があり,それに比べて,本件土地の収用によって失われる利益はそれほど大きくはなく,また,事業計画は適正かつ合理的であるとして,法第20条第3号の要件を充足しているとしています。
弁護士D:B県知事が挙げる理由は妥当でしょうか。まず,新たに本件道路が整備されると交通量が増えて,環境が悪化することはないのでしょうか。
弁護士E:確かに,交通量は増えると思われますが,本件理由によると,B県やC市は,平成22年調査の結果から,本件道路の交通量は1日当たり約3500台なので,周辺環境への影響が軽微であり失われる利益が大きいとはいえないと判断しています。しかし,Aさんによると,平成元年調査の時には,周辺環境への影響が大きいとして,本件道路の整備は見送られているのに,平成22年調査で予想される交通量が平成元年調査の約3分の1に減っているのは疑問が残るとのことです。
弁護士D:C市の人口変動が原因ではないのですか。
弁護士E:いいえ。平成元年調査から平成22年調査の間のC市の人口の減少は1割未満です。また,Aさんによると,平成22年調査にはC市の調査手法に誤りがあり,そのため,調査の正確性について疑問があるとのことです。それに加えて,Aさんは,交通量が約3分の1にまで減るのであれば,土地収用によって得られる利益とされる「道路ネットワークの形成」の必要性に疑問があるとしています。そして,仮に「道路ネットワークの形成」のために本件道路が必要であるとしても,その必要性はそれほど大きいものではなく,かえって通過車両が増加するなどして,良好な住環境が破壊されるだけではないのかとの懸念もAさんは示しています。
弁護士D:本件道路のルートについては,どのように検討されたのでしょうか。
弁護士E:本件理由によると,本件道路の近くにある小学校への騒音等の影響を緩和することを考慮し,同小学校から一定の距離をとるよう,本件道路のルートが決められたとのことです。しかし,本件土地の自然環境の保護については,学術上貴重な生物が生息しているわけではないとして,特に考慮はされていません。したがって,本件理由によると,小学校への騒音等の影響を緩和しつつ,本件土地の自然環境にも影響を与えないようなルートを採ることができるかについては検討されていません。
弁護士D:Aさんによると,本件土地にある池は,地下水が湧出した湧水によるものとのことですね。
本件土地の周辺では地下水を生活用水として利用している住民もいて,道路工事による地下水への影響も懸念されるとのことですが,道路工事による地下水への影響は検討されたのでしょうか。
弁護士E:本件理由によると,本件土地での掘削の深さは2メートル程度なので地下水には影響がないと判断しています。もっとも,Aさんによると,以前,本件土地周辺の工事では,深さ2メートル程度の掘削工事で井戸がかれたことがあり,きちんと調査をしない限り,影響がないとはいえないのではないかとのことです。また,本件土地の周辺では災害時等の非常時の水源として使うことが予定されている防災目的の井戸もあるのですが,これらの井戸への影響については,調査されておらず,したがって,考慮もされていません。
弁護士D:それでは,E先生には,以上の点を整理して,本件事業認定が違法かどうかを検討していただきましょう。本件事業認定が違法かどうかについては,法第20条第4号の要件について検討する余地もありますが,Aさんの主張は法第20条第3号の要件の問題であるとして検討することとしましょう。また,法に定められている土地収用の手続はいずれもC市やB県によって適法に履行されていますので,本件事業認定の手続的な瑕疵については検討する必要はありません。
弁護士E:承知しました。
【資料 関係法令】
○ 土地収用法(昭和26年法律第219号)(抜粋)
(この法律の目的)
第1条 この法律は,公共の利益となる事業に必要な土地等の収用又は使用に関し,その要件,手続及び効果並びにこれに伴う損失の補償等について規定し,公共の利益の増進と私有財産との調整を図り,もつて国土の適正且つ合理的な利用に寄与することを目的とする。
(土地の収用又は使用)
第2条 公共の利益となる事業の用に供するため土地を必要とする場合において,その土地を当該事業の用に供することが土地の利用上適正且つ合理的であるときは,この法律の定めるところにより,これを収用し,又は使用することができる。
(土地を収用し,又は使用することができる事業)
第3条 土地を収用し,又は使用することができる公共の利益となる事業は,次の各号のいずれかに該当するものに関する事業でなければならない。
一 道路法(昭和27年法律第180号)による道路(以下略)
二~三十五 (略)
(定義等)
第8条 この法律において「起業者」とは,土地(中略)を収用(中略)することを必要とする第3条各号の一に規定する事業を行う者をいう。
2 この法律において「土地所有者」とは,収用(中略)に係る土地の所有者をいう。
3~5 (略)
(事業の説明)
第15条の14 起業者は,次条の規定による事業の認定を受けようとするときは,あらかじめ,国土交通省令で定める説明会の開催その他の措置を講じて,事業の目的及び内容について,当該事業の認定について利害関係を有する者に説明しなければならない。
(事業の認定)
第16条 起業者は,当該事業又は当該事業の施行により必要を生じた第3条各号の一に該当するものに関する事業(以下「関連事業」という。)のために土地を収用し,又は使用しようとするときは,(中略)事業の認定を受けなければならない。
(事業の認定に関する処分を行う機関)
第17条 事業が次の各号のいずれかに掲げるものであるときは,国土交通大臣が事業の認定に関する処分を行う。
一~四 (略)
2 事業が前項各号の一に掲げるもの以外のものであるときは,起業地を管轄する都道府県知事が事業の認定に関する処分を行う。
3 (略)
(事業認定申請書)
第18条 起業者は,第16条の規定による事業の認定を受けようとするときは,国土交通省令で定める様式に従い,左に掲げる事項を記載した事業認定申請書を,(中略)前条第2項の場合においては都道府県知事に提出しなければならない。
一 起業者の名称二 事業の種類三 収用又は使用の別を明らかにした起業地四 事業の認定を申請する理由2 前項の申請書には,国土交通省令で定める様式に従い,次に掲げる書類を添付しなければならない。
一 事業計画書二~七 (略)
3,4 (略)
(事業の認定の要件)
第20条 国土交通大臣又は都道府県知事は,申請に係る事業が左の各号のすべてに該当するときは,事業の認定をすることができる。
一,二 (略)
三 事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。
四 土地を収用し,又は使用する公益上の必要があるものであること。
(事業の認定の告示)
第26条 国土交通大臣又は都道府県知事は,第20条の規定によつて事業の認定をしたときは,遅滞なく,その旨を起業者に文書で通知するとともに,起業者の名称,事業の種類,起業地,事業の認定をした理由及び次条の規定による図面の縦覧場所を国土交通大臣にあつては官報で,都道府県知事にあつては都道府県知事が定める方法で告示しなければならない。
2,3 (略)
4 事業の認定は,第1項の規定による告示があつた日から,その効力を生ずる。
(起業地を表示する図面の長期縦覧)
第26条の2 国土交通大臣又は都道府県知事は,第20条の規定によつて事業の認定をしたときは,直ちに,起業地が所在する市町村の長にその旨を通知しなければならない。
2 市町村長は,前項の通知を受けたときは,直ちに,(中略)起業地を表示する図面を,事業の認定が効力を失う日(中略)まで公衆の縦覧に供しなければならない。
3 (略)
(補償等について周知させるための措置)
第28条の2 起業者は,第26条第1項の規定による事業の認定の告示があつたときは,直ちに,国土交通省令で定めるところにより,土地所有者及び関係人が受けることができる補償その他国土交通省令で定める事項について,土地所有者及び関係人に周知させるため必要な措置を講じなければならない。
(事業の認定の失効)
第29条 起業者が第26条第1項の規定による事業の認定の告示があつた日から1年以内に第39条第1項の規定による収用又は使用の裁決の申請をしないときは,事業の認定は,期間満了の日の翌日から将来に向つて,その効力を失う。
2 (略)
(収用又は使用の裁決の申請)
第39条 起業者は,第26条第1項の規定による事業の認定の告示があつた日から1年以内に限り,収用し,又は使用しようとする土地が所在する都道府県の収用委員会に収用又は使用の裁決を申請することができる。
2,3 (略)
(却下の裁決)
第47条 収用又は使用の裁決の申請が左の各号の一に該当するときその他この法律の規定に違反するときは,収用委員会は,裁決をもつて申請を却下しなければならない。
一 申請に係る事業が第26条第1項の規定によつて告示された事業と異なるとき。
二 申請に係る事業計画が第18条第2項第1号の規定によつて事業認定申請書に添附された事業計画書に記載された計画と著しく異なるとき。
(収用又は使用の裁決)
第47条の2 収用委員会は,前条の規定によつて申請を却下する場合を除くの外,収用又は使用の裁決をしなければならない。
2 収用又は使用の裁決は,権利取得裁決及び明渡裁決とする。
3 明渡裁決は,起業者,土地所有者又は関係人の申立てをまつてするものとする。
4 明渡裁決は,権利取得裁決とあわせて,又は権利取得裁決のあつた後に行なう。ただし,明渡裁決のため必要な審理を権利取得裁決前に行なうことを妨げない。
(土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転)
第102条 明渡裁決があつたときは,当該土地又は当該土地にある物件を占有している者は,明渡裁決において定められた明渡しの期限までに,起業者に土地若しくは物件を引き渡し,又は物件を移転しなければならない。