司法試験 令和4年 行政法
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問題文
[公法系科目]〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕⑴、〔設問1〕⑵、〔設問2〕の配点割合は、40:20:40〕)
A株式会社(以下「A」という。)は、水素・燃料電池自動車や自動運転等の研究開発と自動車の整備や走行テストを実施するため、B県C市内にある台地状のD山山頂部のA所有地と、これに連なる中腹部のE所有地の一部を開発区域(以下「本件開発区域」という。)として、山林の伐採、大規模な切土と盛土により合計200ヘクタールの土地を造成し(以下「本件開発行為」という。)、周回路等の走行試験場、開発・整備工場等の施設を設置する計画(以下「本件計画」という。)を立てた。本件開発区域は、森林法(以下「法」という。)第10条の2第1項における地域森林計画の対象となっている民有林で、総面積の98パーセントがA所有林、2パーセントがE所有林である。
本件計画のうちE所有林の部分においては、立木の伐採、住民の生活用水のための貯水池(以下「本件貯水池」という。)の設置等が予定されている。本件開発区域には、A所有林からE所有林を通過して本件開発区域外に流れ出す沢(以下「本件沢」という。)があり、Fは、本件開発区域の外縁から200メートル下流部の本件沢沿いに居住し、本件沢の水を飲料水や生活用水として使用している。また、本件開発区域を含むD山の山林はC市の水道水源の一部となっている。過去に数十年に一度程度の集中豪雨があった際、本件沢からの溢水等により、本件開発区域外のE所有地の土砂等が流失しE所有の立木の育成に悪影響が生じ、Fの住居も浸水被害を受けたことがあった。
なお、Eは、D山から30キロメートル離れたC市外に居住し、D山を水源とする水道水を使用していない。
B県には、法第10条の2第1項に基づく開発行為の許可(以下「開発許可」という。)の手続を円滑に進めるための指導指針(以下「B県指針」という。)があり、開発行為を行う者は、開発計画に関する概要等を記載した書面を担当課であるB県農林水産部森林課(以下「担当課」という。)
や関係市町村に提出すること、開発区域の周辺住民や地権者等に対し、開発計画、開発行為に係る防災計画等について説明することなどが定められている。Aが開催した説明会では、参加したFを含む地域住民やEが、本件開発行為を含む本件計画が実施された場合、水害や土砂災害の発生リスクが高まり、また、安定的な水の確保も困難になるなどとして反対意見を述べた。これに対し、Aは、担当課と地域住民等に、説明会で出された質問や要望に対する見解と対応方針を伝達した上で、B県知事に対し、本件計画に係る開発許可の申請(以下「本件申請」という。)を行った。
B県指針に基づき上記書面の提出を受け、上記説明会に参加したC市担当者は、今後、本件計画のようなC市の水道水源確保に支障が生じるおそれのある事業を規制する必要があると考えた。そこで、C市は本件申請前に水道水源保護を目的としたC市水道水源保護条例(以下「本件条例」という。)を新たに制定・施行し、C市長は、直ちに、所定の手続を経て、本件開発区域を含むD山の林地を本件条例第6条第1項に基づく水源保護地域に指定し、公示した。本件申請後に同指定を知ったAは、本件条例第7条第1項に基づくC市長との協議を開始したが、C市長は、C市水道水源保護審議会においてAの事業用の取水量・貯水量の多さが問題として重視されたことから、同審議会の意見に従い、本件計画により設置する予定の施設を本件条例第7条第3項に基づく規制対象事業場として認定し(以下「本件認定」という。)、Aに通知した。
以下に示された担当課長とB県法務室長(弁護士)による【検討会議の会議録】を読んだ上で、法務室長の立場に立って、設問に答えなさい。
なお、関係法令の抜粋を【資料1 関係法令】に、B県における法第10条の2第2項に基づく都道府県知事の許可に係る開発許可基準(以下「本件許可基準」という。)の抜粋を【資料2 B県林地開発行為の許可基準(抜粋)】に、それぞれ掲げてあるので、適宜参照しなさい。
〔設問1〕B県知事がAに対し本件申請に係る許可をした場合を想定して、以下の点を検討しなさい。
⑴ E及びFが同許可の取消訴訟を提起した場合、E及びFには、この取消訴訟における原告適格が認められるか、検討しなさい。
⑵ 仮にEが本件開発行為に同意し、Fのみが同許可の取消訴訟を提起した場合、同訴訟の係属中に本件開発行為に関する工事が完了した後においても、Fに訴えの利益は認められるか、検討しなさい。なお、解答に当たっては、Fに原告適格が認められることを前提にしなさい。
〔設問2〕B県知事がAに対し本件申請に係る許可をし、Fが同許可の取消訴訟を提起した場合を想定して、Fによる違法事由の主張として考えられるものを挙げた上で、それぞれに対するB県の反論を検討しなさい。ただし、同許可が法第10条の2第2項第1号及び同項第1号の2に定める基準を満たすかどうかについては、違法事由として検討する必要はない。また、Fによる違法事由の主張については、主張制限(行政事件訴訟法第10条第1項参照)を考慮しなくてよい。
【検討会議の会議録】担当課長:本件申請に係る許可の審査に当たり、Aの開発行為に関わる紛争発生時におけるB県の対応戦略について、法的観点からの検討をお願いします。
法務室長:それでは、B県知事がAに対し本件申請に係る許可をした後、EやFから同許可の取消訴訟が提起された場合を想定します。まず、訴訟要件について検討しますが、本件開発行為によりどのようなことが起こる可能性がありますか。
担当課長:一般に、大規模に行われる盛土、切土等の造成による地形の改変は、造成前に比べ、地盤の安定を害し、また、山林を伐採すれば、山林の保水力も低下し、土砂による濁水も増え、水源かん養機能を低下させるおそれが高くなります。しかも、本件計画では工事が長期に及ぶ予定ですから、その間に集中豪雨により土砂災害や水害が発生する可能性は否定できません。
法務室長:開発許可が処分であることは明らかですので、論点の一つは、E及びFに原告適格があるかです。この点は、ゴルフ場建設に関わる開発許可の取消訴訟に関する最高裁判決(最高裁判所平成13年3月13日第三小法廷判決・民集55巻2号283頁)を参考に、EとFの各々について検討することにします。
担当課長:本件申請では、Eの同意書は添付されていません。仮に本件申請に係る許可をしても、Eの同意が得られなければ、本件開発行為の完了を見込むことはできません。ただ、Aによれば、AとEは協議中であり、今後、Eが同意に転じる可能性はあるようですが、明らかではありません。仮にEが本件開発行為に同意し、Fのみが本件申請に係る許可の取消訴訟を提起した場合、同訴訟の係属中に本件開発行為に関する工事が完了するとどうなるのでしょうか。
法務室長:その場合、Fの訴えの利益の問題が生じます。取消訴訟係属中に林地の開発行為に関する工事が完了した事例に関する最高裁判決(最高裁判所平成7年11月9日第一小法廷判決・裁判集民事177号125頁)では訴えの利益が否定されていますが、その理由が明確ではありません。訴えの利益を否定する理由を明確化するため、建築確認の取消訴訟係属中に建築工事が完了した事例に関する最高裁判決(最高裁判所昭和59年10月26日第二小法廷判決・民集38巻10号1169頁)を参考にしつつ、開発許可の法的効果などを法の仕組みに即して検討することにします。次に、本案の問題ですが、開発許可に当たっては、水源の確保対策等の必要性や措置の妥当性の評価などに関する専門技術的判断はもとより、公益の考慮も必要となります。そこで、法第1条と法第10条の2第3項に規定する「森林の保続培養」の意味を教えてください。
担当課長:「森林の保続培養」とは、森林造成には長期を要し、一度開発して土砂災害・水害防止機能や水源かん養機能などの公益的機能が破壊されると回復は相当難しいので、森林の無秩序な開発により森林の持つ機能発揮を阻害しないように、合理的かつ計画的に森林を維持改善することを意味します。
法務室長:B県知事が定め、B県ウェブサイト等で公開している本件許可基準(【資料2 B県林地開発行為の許可基準(抜粋)】参照)第1-1-①の趣旨は何ですか。
担当課長:本件許可基準では、法第10条の2第3項を踏まえ、同条第2項各号の要件を判断するために共通して必要となる一般的事項を定めています。森林法施行規則(以下「規則」という。)
第4条第2号に関し、本件許可基準第1-1-①では、開発行為の完了が確実であるといえるかを判断するため、開発区域内の私法上の権原を有する者全てではなく、3分の2以上の権利者が現に同意していること等を求めています。本来、全員の同意が望ましいのですが、申請時には開発行為が許可されるか不明であり、申請者に過度な負担を課さないためです。
この基準を前提に、Eの同意書が添付されていない現段階で本件開発行為を許可すると、法的にはどのように評価されるのでしょうか。
法務室長:想定する取消訴訟では、本件許可基準第1-1-①との関係が問題になりそうです。そこで、開発許可につきB県知事の裁量権が認められる理由や、本件許可基準に定める同意を要する権利者数以外に、本件許可基準に定めのない本件開発区域における所有林面積の割合を本件開発行為の許否の判断に当たって考慮することができないか、検討することにします。
なお、規則及び本件許可基準は適法であることを前提にしておきます。
担当課長:本件計画によれば、Aは本件開発区域全域に本件貯水池のほか複数の井戸や貯水池を設置して事業用水等を確保する予定です。本件開発区域を含むD山の山林はC市の水道水源の一つですから、C市長は、Aによる事業用水の取水や貯水によってC市の水道水源が枯渇するおそれを解消するため、本件計画の阻止を意図して本件認定をしたようです。この点に関するAとC市長の本件条例に基づく協議では各々の主張を言い合っただけで終わったそうです。
B県としては、C市長が丁寧に協議を行い、Aの協力を得ることができれば、水道水源の枯渇という問題は生じないと考えています。いずれにしても、C市長の本件認定は、Aの権利に重大な影響を与えますが、本件申請との関係ではどのような影響が生じるでしょうか。というのも、本件認定はAの土地の使用を制限する処分ですが、B県では、市町村による土地の使用制限に関する処分が違法であると評価して開発許可をした事例がかつてあったからです。
法務室長:本件許可基準第1-1-②との関係で本件認定の違法性が問題となります。想定する取消訴訟で、B県が本件認定の違法を主張することができるかは、別の機会に検討する必要がありそうですが、ここでは、本件認定が違法で取り消されるべきものであれば、本件許可基準第1-1-②に適合し、B県知事が本件申請に係る許可をするのに支障はないという前提で、本件認定の違法性について検討することにします。
担当課長:本件開発行為についてEが同意し、本件申請に係る許可がされて本件開発行為が始まれば、Aは本件計画に従い本件貯水池を設置することになります。しかし、Fは、説明会で、本件貯水池の容量が少なく、Fの生活用水に不足が生じると主張していました。B県としては、Fが主張する容量の確保は技術的に難しく、実現には費用が掛かりすぎると考えています。
法務室長:想定する取消訴訟では、本件計画による水資源確保対策が法第10条の2第2項第2号及び本件許可基準第4-1に適合しているかが問題となるでしょう。そこで、B県として法的にどのような反論をすることができるか、検討することにします。その他の本案の論点は別の機会に検討することにしたいと思います。
【資料1 関係法令】
○ 森林法(昭和26年法律第249号)(抜粋)
(この法律の目的)
第1条 この法律は、森林計画、保安林その他の森林に関する基本的事項を定めて、森林の保続培養と森林生産力の増進とを図り、もつて国土の保全と国民経済の発展とに資することを目的とする。
(開発行為の許可)
第10条の2 地域森林計画の対象となつている民有林(中略)において開発行為(土石又は樹根の採掘、開墾その他の土地の形質を変更する行為(中略)をいう。以下同じ。)をしようとする者は、農林水産省令で定める手続に従い、都道府県知事の許可を受けなければならない。(以下略)
2 都道府県知事は、前項の許可の申請があつた場合において、次の各号のいずれにも該当しないと認めるときは、これを許可しなければならない。
一 当該開発行為をする森林の現に有する土地に関する災害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該森林の周辺の地域において土砂の流出又は崩壊その他の災害を発生させるおそれがあること。
一の二 当該開発行為をする森林の現に有する水害の防止の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水害を発生させるおそれがあること。
二 当該開発行為をする森林の現に有する水源のかん養の機能からみて、当該開発行為により当該機能に依存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがあること。
三 (略)
3 前項各号の規定の適用につき同項各号に規定する森林の機能を判断するに当たつては、森林の保続培養及び森林生産力の増進に留意しなければならない。
4~6 (略)
(監督処分)
第10条の3 都道府県知事は、森林の有する公益的機能を維持するために必要があると認めるときは、前条第1項の規定に違反した者若しくは同項の許可に附した同条第4項の条件に違反して開発行為をした者又は偽りその他の不正な手段により同条第1項の許可を受けて開発行為をした者に対し、その開発行為の中止を命じ、又は期間を定めて復旧に必要な行為をすべき旨を命ずることができる。
第206条 次の各号のいずれかに該当する者は、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。
一 第10条の2第1項の規定に違反し、開発行為をした者二~四 (略)
○ 森林法施行規則(昭和26年農林省令第54号)(抜粋)
〔(注) 本規則中、「法」は森林法を指す。〕(開発行為の許可の申請)
第4条 法第10条の2第1項の許可を受けようとする者は、申請書(中略)に開発行為に係る森林の位置図及び区域図並びに次に掲げる書類を添え、都道府県知事に提出しなければならない。
一 開発行為に関する計画書二 開発行為に係る森林について当該開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていることを証する書類三 (略)
○ C市水道水源保護条例(抜粋)
(目的)
第1条 この条例は、住民が安心して飲める水を確保するため、市の水道水源を保護し、もって市民の生命及び健康を守ることを目的とする。
(定義)
第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 (略)
二 水源保護地域 市の水道に係る水源及びその上流地域で、市長が指定する区域をいう。
三 水源の枯渇 取水施設の水位を著しく低下させることをいう。
四 対象事業 水源の枯渇をもたらすおそれのある事業をいう。
五 規制対象事業場 対象事業を行う工場その他の事業場のうち、水道に係る水源の枯渇をもたらし、又はそのおそれのある工場その他の事業場で、第7条第3項の規定により規制対象事業場と認定されたものをいう。
六 (略)
(水道水源保護審議会の設置)
第5条 市の水道水源の保護を図り、水道事業を円滑に実施するため、(中略)水道水源保護審議会(以下「審議会」という。)を設置する。
2 審議会は、水源の保護に関する重要な事項について、調査、審議する。
(水源保護地域の指定等)
第6条 市長は、水道水源を保護するため、水源保護地域を指定することができる。
2 市長が、水源保護地域を指定しようとするときは、あらかじめ審議会の意見を聴かなければならない。
3 市長が、第1項の規定により、水源保護地域の指定をしたときは、その旨を直ちに公示するものとする。
(事前の協議及び措置等)
第7条 水源保護地域内において対象事業を行おうとする者(以下「事業者」という。)は、あらかじめ市長と協議しなければならない。
2 (略)
3 市長は、第1項の規定による協議の申出があった場合において、審議会の意見を聴き、規制対象事業場と認定したときは、事業者に対し、その旨を速やかに通知するものとする。
(規制対象事業場の設置の禁止)
第8条 何人も、水源保護地域内において、規制対象事業場を設置してはならない。
(罰則)
第20条 次の各号の一に該当する者は、1年以下の懲役、又は10万円以下の罰金に処する。
一 第8条の規定に違反した者二 (略)
【資料2 B県林地開発行為の許可基準(抜粋)】第1 一般的事項1 次の事項の全てに該当し、申請に係る開発行為を行うことが確実であること。
① 開発行為に係る森林につき、開発行為の施行の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を申請者が得ていることが明らかであること。この場合の相当数の同意とは、開発行為に係る森林につき開発行為の妨げとなる権利を有する全ての者の3分の2以上の者から同意を得ており、その他の者についても同意を得ることができると認められる場合を指すものとする。
② 開発行為又は開発行為に係る事業の実施について、法令等による許認可等を必要とする場合には当該許認可等がなされているか若しくはそれが確実であること又は法令等による土地の使用に関する制限等に抵触しないこと。(以下略)
第4 水資源確保の要件(法第10条の2第2項第2号関係)
1 飲用水、かんがい用水等の水源として依存している森林を開発行為の対象とする場合で、周辺における水利用の実態等からみて必要な水量を確保するため必要があるときには、貯水池又は導水路の設置その他の措置が適切に講ぜられることが明らかであること。(以下略)