司法試験 令和3年 憲法
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問題文
[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
1.20××年,各地の大規模なデモにおいて,いくつかの団体の構成員が,覆面や仮面で顔を隠して参加するようになった。これらの団体は,それぞれ異なる政治的主張を掲げ,組織的な活動を行っていた。これらの団体の構成員は,集団行進(集団示威運動を含む。)に際して,顔を隠すだけでなく,団体の主張が書かれた大きな旗を振り回す,抗議の対象となるものが書かれた紙を燃やすなどの行動も行っていた。また,これらの団体は,このような行動の動画や,集団行進への参加の呼び掛けを,ウェブサイトやソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下「SNS」という。)を通じて配信していた。
上記各団体は,顔を隠すこと自体に特定のメッセージを込めていなかったが,このような集団行進のスタイルが大きな注目を集めた。SNS等では,「デモの報道で顔が映る心配がない。」
「就職活動や職場のことを気にせずデモに参加できる。」といった意見が多く見られ,上記各団体の構成員ではないデモ参加者の中にも,顔を隠す者が多数現れるようになった。
2.前記の大規模なデモでは,参加者の大部分は平穏に集団行進を行っていた。しかし,その最中に,顔を隠した参加者の一部が,商店のショーウィンドウを破壊する,ごみ箱に放火するなどの暴力的な行為を行うようになった。さらに,いくつかのデモでは,顔を隠した参加者の一部が警備に当たる警察官を負傷させ,それぞれ数十名が逮捕される事態となった。
逮捕者には,前記各団体の構成員が相当数含まれていた。しかし,逮捕者の半数ほどはそれらの団体の構成員ではなく,専ら暴力的な行為を目的として,その都度SNSで仲間を募り,デモに参加していた者であった。さらにそれ以外にも,その場の雰囲気に刺激された一般の参加者が,暴力的な行為に加わり逮捕された例もあった。
集団行進の許可を求められた公安委員会は,主催者側に適切な対応を求め,また所轄の警察署も警備を強化していた。しかし,大規模なデモの最中に暴力的な行為が散発的に行われることから,集団行進の主催者も警察も,そのような行為を行う者を事前に把握し対応することが困難であった。また,顔を隠している被疑者の特定が難しいため,逮捕者は暴力的な行為を行った者の一部にとどまっていた。
3.このような状況に強い懸念を抱いた国会議員Xらは,次のような規制を内容とする法律案を検討している。
規制① 顔を隠して集団行進に参加することを禁止する。
規制② 集団行進において公共の安全を害する行為を行った者が一定比率以上含まれる団体を観察対象として指定し,当該団体がその活動のために利用している機関紙,ウェブサイト,SNSのアカウント等について,報告を義務付ける。
4.【別添資料】は,規制①及び②の内容として検討されている法律案の骨子である。Xらは,法律案の骨子について,法律家甲に相談した。その際の甲とXとのやり取りは,以下のとおりであった。
甲:まず規制①ですが,暴力的な行為をしている者だけでなく,平穏にデモを行っている多くの参加者にまで,一律に規制を及ぼすのは行き過ぎではないですか。
X:規制①の目的は,集団行進において公共の安全を害する行為が行われるのを抑止することであり,デモそれ自体を規制するつもりはありません。覆面や仮面で顔を隠している人はそのことで何かを伝えようとしているわけではないのですから,顔を隠さなくても集団行進を通じてメッセージを届けることは,十分に可能なはずです。他方,覆面や仮面で顔を隠すことによって,誰がやっているか分からないという感覚が生じて,普段はしないような行動に走る面があることは否定できません。同じようなことは,ウェブサイトやSNSでの表現一般をめぐっても,問題になっています。
甲:顔を隠すことが許される「正当な理由」としては,どのようなものを想定していますか。例えば,マスクの着用についてはどうですか。
X:感染症対策や健康上の理由でマスクをする,信仰上の理由から顔を隠すといったことは,もちろん「正当な理由」があるものとして扱われます。
なお,この種の規制では,文言の明確性も問題になりますが,この点は別途相談する予定ですので,本日は検討いただく必要はありません。
甲:分かりました。次に規制②ですが,団体の規制に関する既存の立法と比べると,対象となる団体の危険性はさほど大きくないように思います。どのようにお考えでしょう。
X:公共の安全を害する行為を実効的に抑止するためには,そのような行為を助長している団体の活動を把握する必要があります。これが規制②の目的です。規制②を担当するのは,公共の安全の確保のために最近新たに設置されたA1委員会とA2庁です。
また,観察処分を受けた団体が,そのことを意識して自覚ある行動をとることも期待しています。
甲:団体の指定の要件に関してですが,そもそも構成員の範囲の画定が可能なのでしょうか。
X:団体の指定の要件は,我々の間でも議論になり,これまで逮捕者が出た事案を調査しました。
構成員としては,組織としての活動に継続的に参加している者を想定しており,A2庁である程度の把握ができているとのことです。SNS等をフォローして集団行進に参加しているだけの者は,構成員に含みません。
公共の安全を害する行為を助長している団体は,現状では,構成員がおおむね50人から100人程度の,比較的規模の小さなものです。これらの団体のいずれでも,過去5年以内に,デモにおいて「法律案の骨子」の第2の2に掲げる行為のいずれかを行い,処罰された構成員が全体の10パーセント以上に上ります。構成員の10パーセント以上という基準であれば,当面は,指定の対象を,実際に問題を起こした団体だけに絞り込むことができるとみています。基準については,今後の状況の変化も踏まえ,A1委員会で見直してもらいます。
また,規制②で報告が義務付けられるのは,団体がその活動のために利用している媒体の名称等のみです。報告によって得られた情報は,A2庁による団体の活動の把握に用いますが,必要な場合には,A2庁が各都道府県の公安委員会に提供し,公安条例や道路交通法等の運用を通じ,公共の安全を害する行為の抑止に役立ててもらうこともあります。
甲:確認ですが,報告義務の対象となるのは,機関紙のほか,団体が利用しているウェブサイト等,誰もが見ることができるようなものですね。SNSでも,そのサービスの利用者であれば自由に閲覧できる投稿をしているアカウント等も,ここには含まれてきますね。一方で,サービスの利用に当たって用いている氏名,住所,パスワード等の情報は含まれないという理解でよろしいでしょうか。
X:そのとおりです。現在問題となっている団体は,団体名を使っているウェブサイトやSNS等に限らず,様々なルートで公共の安全を害する行為を助長する可能性がありますが,その全てを把握するのは困難です。代表者や幹部に限らず,構成員が,個人名義のアカウントを使って団体の主張を流布する場合も含めて,それらを網羅的に把握し,団体の活動を継続的に観察する必要があります。
なお,規制②の指定の要件に該当するかどうかの判断は難しい場合があり,団体や構成員にもいろいろ言い分はあるでしょうから,告知・聴聞の機会の保障など,適正な手続の整備が必要になります。しかし,手続保障については,別途相談する予定ですので,本日は検討いただく必要はありません。
〔設問〕あなたが検討を依頼された法律家甲であるとして,規制①及び②の憲法適合性について論じなさい。なお,その際には,必要に応じて,参考とすべき判例や自己の見解と異なる立場に言及すること。規定の文言の明確性,手続の適正については,論じる必要はない。
【別添資料】
○ 公共の安全を害する行為の抑止及び公共の安全を害する行為を助長する団体の規制に関する法律案の骨子第1 目的この法律は,集団行進(集団示威運動を含む。)における公共の安全を害する行為を抑止するとともに,そのような行為を助長する団体の活動状況を明らかにするために必要な措置を定め,もって公共の安全の確保に寄与することを目的とする。
第2 定義1 この法律において「顔面を覆う行為」とは,手段のいかんを問わず顔面の全体又は一部を覆い,容貌の確認を困難にする行為をいう。
2 この法律において「公共の安全を害する行為」とは,次に掲げる行為をいう。
刑法第95条第1項〔公務執行妨害〕,第106条〔騒乱〕,第108条〔現住建造物等放火〕,第109条〔非現住建造物等放火〕,第110条〔建造物等以外放火〕,第199条〔殺人〕,第204条〔傷害〕,第205条〔傷害致死〕,第206条〔現場助勢〕,第208条〔暴行〕,第208条の2〔凶器準備集合及び結集〕,第260条〔建造物等損壊及び同致死傷〕,第261条〔器物損壊等〕に規定する行為をなすこと。
3 この法律において「集団行進において公共の安全を害する行為を行っていると認められる団体」とは,その構成員と認められる者のうち,第4の1の処分に係る手続が開始された日から遡って5年間に,集団行進において公共の安全を害する行為を行い刑に処せられた者の比率が,A1委員会規則で定める基準(当分の間,100分の10を下回らない比率とする。)を超える団体をいう。
第3 顔面を覆う行為の禁止1 何人も,集団行進において,正当な理由なく,顔面を覆う行為をしてはならない。
2 第3の1の規定に違反した者は,10万円以下の過料に処する。
第4 観察処分1 A1委員会は,集団行進において公共の安全を害する行為を行っていると認められる団体に対して,1年を超えない期間を定めて,A2庁長官の観察に付する処分(以下「観察処分」という。)を行うことができる。A1委員会は,さらに必要と認めるときは,その期間を更新することができる。
2 観察処分を受けた団体の代表者は,名義のいかんを問わず,団体の活動として団体の主義,主張等を不特定又は多数の者に対して伝えるために利用している機関紙,ウェブサイト,SNSのアカウント等について,1か月ごとにA2庁長官に対して報告しなければならない。
3 A2庁長官は,必要と認めるときは,観察処分を受けた団体の名称,当該団体の活動等の情報を各都道府県公安委員会に提供することができる。
4 観察処分を受けた団体の代表者が,正当な理由なく,第4の2の報告義務に違反した場合(虚偽の報告を行った場合を含む。)は,50万円以下の過料に処する。