司法試験 令和5年 憲法
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問題文
(配点:100)
我が国では、全ての国民が加入する国民年金と被用者が加入する厚生年金との2本立ての年金制度となっており、両年金の統合が課題となっている。もっとも、一気に統合を図ることには解決すべき問題が多いため、20XX年、年金制度を所管するA省は遺族年金について新遺族年金として統合を図ることを検討し、「新遺族年金法案骨子」(以下「新制度案」という。)をまとめた。
遺族年金とは、被保険者が死亡した場合に、当該被保険者によって生計を維持していた遺族が受けることができる年金であり、被保険者の収入の喪失による所得の減少に対応した金銭給付を行うことによって、遺族の生活の安定が損なわれないようにすることを目的とするものである。新遺族年金は、我が国に住所を有する20歳以上65歳未満の全ての者を被保険者とし、被保険者の遺族に対して、65歳で老齢年金が支給されるまでの間給付される。新遺族年金の財源は、国民年金の保険料、厚生年金の保険料及び国庫負担金によって賄われ、新遺族年金の保険料は独自には徴収しない。受給資格を有する遺族は、死亡した被保険者によって生計を維持していた夫、妻、子又は父母であるが、それぞれ年齢制限がある。現行制度(20XX年時点の制度)の下で遺族年金を受給してきた者も、新遺族年金の受給資格要件を満たさない限り、新遺族年金を受給することはできないが、経過措置が採られることとなっている。
新制度案の作成担当者の一人であるBは、同案の憲法適合性について、A省の任期付公務員(法曹資格者)である甲に相談した。【資料1】は、甲と若手の任期付公務員(法曹資格者)Xとの会話であり、【資料2】は、新制度案である。
【資料1】甲とXの会話甲:Bさんから頂いた資料は読んでもらったと思います。詳細についてはなお検討中とのことですが、こうした遺族年金の統合については、憲法の視点からどう評価しますか。
X:現在、厚生年金に加入していた人の遺族は、国民年金による遺族基礎年金に加え、遺族厚生年金を受給でき、国民年金にのみ加入していた人の遺族より手厚い保障を受けており、遺族間で遺族年金の受給額に格差が生じています。新制度案では、遺族基礎年金と遺族厚生年金が統合されて、遺族が、定額部分と、被保険者の所得に応じての所得比例部分からなる年金を受給できるようになります。ですから、新制度案は、全体としては、公平であるとともに、実効的な遺族の生活保障につながるものであり、憲法第25条に照らして評価できると思います。
甲:ということは、やはり、憲法との関係で検討を要する部分もあるということですね。だからこそ、Bさんから、新制度発足後に訴訟でその合憲性が争われることを視野に入れて意見を述べるよう求められています。
X:しかし、生存権を具体化する法律の合憲性については、裁判所は国会に広い立法裁量を認めているので、新遺族年金制度が訴訟で争われても簡単に合憲判決が下されることになるのではないですか。
甲:いや、生活保護基準の改定に関する諸判決を見ると、裁判所も変わりつつあるようにも思えます。それに訴訟で争われても大丈夫だと自信を持って言えるような制度を作ることによって、制度に対して高い信頼を得ることができます。そこで、判例だけでなく学説も踏まえて、新制度案に憲法上の問題がないのか検討していきましょう。どういった点が問題となりますか。
X:まず、死亡した被保険者によって生計を維持してきた配偶者が、被保険者死亡時に、一定の年齢以上でなければ遺族として新遺族年金を受給できないとされていることが、憲法上問題となります。妻の場合、現行制度では年齢に関係なく遺族年金を受給できますが、新制度案では、被保険者死亡時に40歳以上でないと受給が認められなくなります。例えば、妻が39歳の時に夫が死亡した場合には、妻は40歳になっても受給資格は得られません。夫の場合には、被保険者死亡時に55歳以上でなければ受給できません。それから、現行制度の下で遺族年金の給付を受けている人が、新遺族年金の受給資格要件を満たさない場合、経過措置はあるものの、受給資格を喪失するとしている点も、憲法違反でないかが問題となります。
甲:なるほど。では、遺族の範囲から検討していきましょう。まず、配偶者について一定の年齢以上でないと受給者として認めていないことですが、Bさんの説明では、被保険者の死亡後の遺族の生活を守るという遺族年金の趣旨を踏まえつつも、遺族が就労によって自ら収入を確保することを促進することを目的とするものだとのことです。これまで被保険者の収入によって生活をしてきた人について、就労して収入を得るようになってもらいたいが、年齢が高くなると職を得ることが難しくなるので、遺族年金を支給する、という考え方ですね。特に、女性の就労促進が期待されているように思います。
X:そうした考え方も分からないではありません。しかし、家計を支えていた配偶者を亡くした夫や妻に子がいる場合、子育ての負担があるので、年齢が比較的若くても十分な収入のある職を得ることはなかなか難しいでしょう。いわゆるシングル・ファザー、シングル・マザーは、年齢を理由に遺族年金が支給されないと、健康で文化的な生活を営めなくなるのではないでしょうか。
甲:でも、保育園や学童保育の充実化などが進んでおり、子を養育しているシングル・ファザー、シングル・マザーが就労するための障壁が取り除かれてきています。それに、若いシングル・ファザー、シングル・マザーの金銭的不利益はそれほど大きくはありません。新制度案では、子がいる配偶者が遺族年金を受給する場合、子一人当たり月2万円が配偶者の受給する遺族年金に加算されるという仕組みになっています。そこで、子が一人いる夫又は妻が遺族年金を受給できたとしたら、その年金額のうち定額部分は子の加算額2万円を加えた11万円となるはずです。それに対して、配偶者が新遺族年金を受給できない場合、子が定額部分として月9万円を受給できるので、家庭全体でみれば1か月当たり2万円の差にすぎません。他方、子を養育する親に支給される児童手当、ひとり親家庭の親に支給される児童扶養手当による経済的支援がなされています。困窮した場合には生活保護を受けることもできます。
X:生活保護は、利用し得る全ての資産を活用した上でないと受けられないし、生活保護受給者は、資産を有していないか常にチェックされます。ですから、いよいよとなったら生活保護を受けることができるのだから、生活保護以外の社会保障制度の憲法適合性をしっかり検討しなくてもよい、という考え方には賛成できません。それに、この年齢制限は、一定の年齢に達していない配偶者について、年齢を理由にして異なる取扱いをするものと言えます。
甲:年齢による区別について合理性を厳密に検討すべきかが、ポイントになるでしょうね。
X:それから、男性と女性とで受給資格が認められる年齢について区別をしていることも問題となります。夫は妻の場合よりも15歳も年齢が高くなくては遺族年金を受給できないというのは、男性は十分な収入を得ることができる職に就いて働くものだが、女性はそうでない、という男女の役割についてのステレオ・タイプの発想に基づいている疑いがあります。
甲:Bさんによると、夫と妻で遺族年金の受給資格が認められる年齢が異なるのは、男女の就労状況、収入の実情に大きな格差があるからとのことです。
X:Bさんから頂いた資料によると、昨年の給与所得者の年収では、男性の平均が約600万円、女性の平均が約300万円と2倍の格差があり、40歳代、50歳代でも1.5倍強の格差があります。これは、女性の場合、非正規雇用の職員・従業員が多いからです。例えば、正規雇用の職員・従業員数は、45歳から54歳で男性約680万人に対して、女性約340万人です。女性がとりわけ40歳以上で新たに正規雇用の職を得ることが困難であることも、統計上示されています。確かにこうした男女の就労状況、収入の実情があるのですが、男女共同参画の動きが進む中で、状況は変わってきています。現状を踏まえて受給資格において男女で年齢差を設けると、女性の就労促進にもつながらず、現状を固定化することになるのではないかと危惧されます。
甲:では、新遺族年金の受給資格要件が現行制度の下で遺族年金を受給してきた人にも適用され、新遺族年金の受給資格要件を満たしていないと、受給資格を喪失するとしている点はどうでしょう。Bさんによれば、この仕組みは、新旧遺族年金制度の下での公平性を担保するためだとのことですが。
X:現在受給している遺族年金が受給できなくなるというのは、場合によっては月十数万円の収入がなくなるわけですから、受給者の生活への影響が大きいですね。もっとも、子がいる妻が遺族年金の受給資格を欠くことになっても、子が遺族年金を受給できるので、母と子一人の家庭では月2万円程度の減収にとどまりますが、子の養育にはいろいろとお金が掛かるので、生活への悪影響は軽視できません。遺族年金の受給者の受給資格を喪失させることは受給者の生存権を侵害するものではないでしょうか。
甲:生存権を具体化する法律について広い立法裁量が認められるのであれば、新旧制度の下での公平性の担保という理由で受給資格要件を旧遺族年金受給者に適用する法律を定めることも憲法第25条に違反しない、ということになるでしょう。そこで、憲法第25条違反だとするのには、この場合には立法裁量が狭いのだという理屈が必要ですね。
X:既に生じている遺族年金受給権を消滅させてしまうのですから、それには、新制度の下では受給できないのに、旧制度の下では同じ事情でも受給できている人がいるという不公平感をなくす、ということ以上の理由が必要ではないでしょうか。
甲:さすがに新制度案でも、現行制度の下で遺族年金を受給している人の期待的利益を考慮して、新制度案の受給資格要件の適用の結果、遺族年金の受給資格を喪失する場合、経過措置として5年間、従前の遺族年金の受給を認めるとしていますね。
X:それは当然だと思いますが、それでも5年間で自活できるようになるのか疑問です。それに、5年間ずっと同額の年金を受給できるわけではなく、3年目からは支給額が半減されることになっているのは問題です。
甲:では、ひとまず、今日の議論を踏まえて、新制度案の憲法適合性について批判的な見地から意見をまとめてください。その上で再度議論しましょう。
【資料2】新遺族年金法案骨子(新制度案)
第1 被保険者日本国内に住所を有する20歳以上65歳未満の者とする。
第2 支給要件遺族年金は、被保険者が死亡したとき、その者の遺族に支給する。
第3 遺族の範囲遺族年金を受けることができる遺族の範囲は、被保険者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)、子又は父母であって、被保険者の死亡の当時その者によって生計を維持していたものとする。ただし、次に掲げる要件に該当した場合に限る。
1 妻については、被保険者の死亡のとき40歳以上であること。
2 夫又は父母については、被保険者の死亡のとき55歳以上であること。
3 子については、18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあり、かつ、現に婚姻をしていないこと。
第4 受給順位子は配偶者が、父母は配偶者又は子が遺族年金の受給権を取得したときには、遺族年金を受給できない。
第5 旧遺族年金受給者に対する受給資格要件の適用国民年金法による遺族基礎年金及び厚生年金保険法による遺族厚生年金(以下「旧遺族年金」という。)は廃止する。旧遺族年金を受給していた者については、本法の定める遺族に該当する場合に限り本法による遺族年金を支給する。
第6 経過措置旧遺族年金を受給していた者で、本法の定める遺族に該当しないものについては、引き続き5年間に限り従前の遺族年金の受給を認める。ただし、3年目以降は支給額をそれまでの半額とする。
第7 年金額年金額は、定額部分と被保険者の所得に応じて決まる所得比例部分とからなる。定額部分は年108万円とする。ただし、受給者たる配偶者に、遺族に該当する子がいる場合には、子一人につき年24万円を加算する。子が受給者となる場合には、二人目以降の子一人につき年24万円を加算し、受給額は、加算された定額部分を子の数で割った額とする。
〔設問1〕あなたがXであるとして、甲とXの会話で触れられた論点をめぐり、新制度案の憲法適合性について、判例や学説を踏まえてどのような意見をまとめるべきか論じなさい。
〔設問2〕〔設問1〕で述べられたXの意見について、それへの反論も想定しつつ、あなたの立場からその適否を論じなさい。
なお、本問において現行制度とされているものは20XX年のものであるので、2023年現在の制度を考慮に入れる必要はない。
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