予備試験 令和8年 商法
問題文
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、衣料品の製造販売を業とする会社法上の公開会社かつ大会社である監査役会設置会社であり、種類株式発行会社ではない。甲社の株式は、金融商品取引所に上場されており、振替株式である。甲社の取締役は、A、B、C、D及びE(以下「Aら」という。)であり、A及びBが代表取締役である。甲社の監査役は、F、G及びHであり、Fが常勤の監査役である。
2.甲社は、令和7年6月に定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)を開催した。本件株主総会における決議事項は、剰余金の配当の件(第1号議 案)及び取締役5名選任の件(第2号議案)であった。第2号議案は、Aら5名を取締役に再任することを内容とするものであった。
3.本件株主総会に出席した甲社の株主Iは、第2号議案について、甲社が乙株式会社(以下「乙社」という。)との間で数十件の不動産売買取引(以下「本件各取引」という。)をしたこと、及び乙社の代表取締役はBであるから、本件各取引はBに係る利益相反取引に該当し、甲社に損害を与えた可能性があることを指摘した上で、Bに対する質問であるとして、 ⑴本件各取引をした理由、 ⑵本件各取引における具体的な代金額 並びにその決定に至った交渉の具体的内容及び相見積りの有無、 ⑶乙社が甲社から取得した不動産を本件各取引後に売却した際の代金額について、 それぞれ質問した(以下「本件各質問」という。)。なお、 Ⅰは、本件各質問について、甲社に対し、事前に通知していなかった。
4.本件各質問に対し、本件株主総会の議長を務めるAは、Aが自ら回答するとして、 ⑴については、甲社の事業で使わなくなった遊休地を不動産業者である乙社に売却し、得られた資金を事業活動の拡大に用いて資本効率を高めるためであると回答し、 ⑵については、本件各取引の代金額は相場に照らして適正なものであると回答したものの、取引が多数であるため詳細を具体的に説明することはできないとして、具体的な代金額 並びにその決定に至った 交渉の具体的内容及び相見積りの有無を明らかにせず、 ⑶については、他社に関する事情であり、甲社の経営に直接の関係がなく、本件株主総会に関係しない事柄であるから答える必要がないと回答した(以下「本件各回答」という。)。
5.本件各回答に納得しないIは、本件各質問はBの取締役としての資質に関するものであるから、更に詳しく回答するよう求めたが、Aはその必要はないとして、 Ⅰの求めに応じなかった。
そして、Aは、十分に審議が尽くされたものと判断して、質疑の打切りを議場に諮り、議場内の株主の議決権の過半数の賛成を得て、議案の採決に進んだ。
6.本件株主総会において、第1号議案及び第2号議案は、原案どおり可決され、Aらはその全員が取締役に再任された。その後の取締役会において、A及びBが代表取締役に選定された。
〔設問1〕
上記1から6までを前提として、本件各回答ではBの取締役としての資質が十分に明らかにならなかったと不満を抱いた Ⅰは、本件株主総会におけるBを取締役に再任する旨の決議(以下「本件決議」という。)の取消しを求める訴えを適法に提起した。この訴えに関して、本件決議の効力を争うために Ⅰの立場において考えられる主張及びその主張の当否について、論じなさい。
7.Ⅰによる本件各取引に関する調査の結果、本件各取引をするに当たって必要となる会社法所定の手続は全て適法に行われていたものの、本件各取引における代金額は、相場よりも大幅に低く設定されていたことが判明した。そこで、 Ⅰは、本件各取引に関して、Aら が任務を怠ったとして、Aらに対し、甲社に生じた損害の賠償責任を追及する訴えを提起することとした。
まず、Iは、令和8年2月2日、自己が口座を有する口座管理機関を通じて 、振替機関に対し、個別株主通知の申出を行った。その後、甲社代表取締役A宛てに、Aらの責任を追及する訴えの提起を請求する書面(以下、この請求を「本件提訴請求」といい、本件提訴請求が記載された書面を「本件提訴請求書」という。)を送付し、本件提訴請求書は、同月13日、Aに到達した。Aは、その翌日、本件提訴請求書をFに交付し、本件提訴請求に対する対応を求めた。
Fは、本件提訴請求について検討し、何も対応しないこととした。 Ⅰは、甲社がAらの責任を追及する訴えを提起しないままであるため、同年5月11日、Aらを被告として、 Aらが本件各取引に係る任務 を怠ったこと によって甲社に生じた損害 について 、甲社に対して賠償することを請求する訴え(以下「本件訴え」という。)を提起した。なお、甲社の株式に係る Ⅰの持株数は、本件株主総会における議決権行使の基準日以降、変動していない。
〔設問2〕
上記1から7までを前提として、次の⑴及び⑵に答えなさい。
⑴ 本件訴えの被告であるAらは、本件提訴請求が不適法であることを理由に、本件訴えの却下を求めている。本件訴えは適法かについて、論じなさい。
⑵ 甲社が、Aらを補助するため本件訴えに係る訴訟に参加しようとする場合に、甲社において必要となる会社法所定の手続について、説明しなさい。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 Iの主張
Iは、本件各質問に対する本件各回答が取締役の説明義務(314条)を尽くしておらず、説明が不十分なまま質疑を打ち切って採決したことが決議の方法の法令違反又は著しい不公正に当たるとして、本件決議に取消事由(831条1項1号)があると主張することが考えられる。
2 説明義務の内容
(1) 取締役は、株主総会において株主から特定の事項について説明を求められた場合、当該事項について必要な説明をしなければならない(314条本文)。ただし、当該事項が株主総会の目的である事項に関しないものである場合、説明により株主の共同の利益を著しく害する場合その他正当な理由がある場合として法務省令で定める場合は、この限りでない(同条ただし書)。正当な理由として、説明に調査が必要な場合(株主が相当の期間前に質問事項を通知した場合又は調査が著しく容易な場合を除く)、説明により会社その他の者の権利を侵害する場合などが定められている(施行規則71条1号、2号)。
(2) 説明義務は、株主が議案について合理的な判断をするための情報を提供する趣旨であるから、必要な説明の程度は、上場会社である甲社の平均的な株主が議題について合理的な理解及び判断を行うのに客観的に必要な範囲で足りる。また、説明義務は取締役が会社の機関として負うものであるから、B宛ての質問に議長Aが自ら回答したこと(事実4)自体は違法でない。
3 本件各回答
(1) 質問⑴
Aは、本件各取引の理由として、遊休地を不動産業者である乙社に売却し、得られた資金を事業拡大に用いて資本効率を高めるためと回答している(事実4)。取引の目的を具体的に説明するものであり、必要な説明として足りる。
(2) 質問⑶
乙社の転売価格は、本件各取引の代金が適正であったか、ひいてはBの取締役としての資質を判断する一資料となり得るから、取締役選任議案に全く関しない事項とはいえない。しかし、それは乙社という他社の取引に関する情報であり、甲社が把握していない事項である上、これを説明することは乙社の営業上の秘密を侵害するおそれがある(施行規則71条2号)から、説明を拒んだことには正当な理由がある。
(3) 質問⑵
ア 本件各取引は、乙社の代表取締役Bが第三者である乙社のために甲社と取引をするものであり、Bに係る利益相反取引(356条1項2号)に当たる。利益相反取引において代金が適正に決定され会社が損害を被っていないかは、当該取締役の忠実義務(355条)の履行状況、すなわち取締役としての資質に直結し、Bの再任議案について株主が合理的に判断するために客観的に必要な情報である。
イ 確かに、本件各取引は数十件に及び、Iは質問事項を事前に通知していなかった(事実3)から、各取引の具体的な代金額や交渉の経過を個別に説明するには調査を要し、その限りで説明を拒む正当な理由がある(施行規則71条1号)。
ウ しかし、本件各取引は利益相反取引として甲社の取締役会の承認及び取引後の報告を経ているはずであり(356条1項、365条)、相見積りの有無、代金額の決定方法、代金の総額といった事項は、本件各取引を自ら行ったB及び取締役会で承認したAらが当然に把握しており、調査を要しないか、調査が著しく容易である(同号ロ)。それにもかかわらず、Aは「相場に照らして適正」と述べるにとどまり、相見積りの有無すら明らかにしなかった(事実4)。これは、平均的な株主がBの再任について合理的な判断を行うのに必要な範囲の説明を欠くものであり、正当な理由なく説明を拒んだものとして314条に違反する。
4 質疑の打切り
議長は、総会の秩序を維持し議事を整理する権限を有する(315条1項)が、その裁量は株主の説明請求権を不当に制約しない範囲に限られる。Iが更に詳しい説明を求めたのに対し、Aは、説明義務を尽くさないまま「十分に審議が尽くされた」として質疑を打ち切り採決に進んでおり(事実5)、議場の議決権の過半数の賛成を得たとしても説明義務違反が治癒されるものではない。よって、本件決議の方法は法令に違反する。
5 裁量棄却
取消事由があっても、違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないと認めるときは、裁判所は請求を棄却できる(831条2項)。しかし、本件の説明義務違反は、再任の対象であるB自身の利益相反取引の適正性という取締役の資質の核心に関わる事項についてのものであり、違反は重大である。よって、裁量棄却は許されない。
6 以上から、本件決議には決議の方法の法令違反という取消事由があり、Iの主張は認められる。
第2 設問2⑴
1 本件訴えは株主による責任追及等の訴え(847条3項)であり、Aらは本件提訴請求が不適法であると主張する。①提訴請求の相手方、②個別株主通知、③その他の要件を検討する。
2 提訴請求の相手方
(1) 公開会社の株主は、6か月前から引き続き株式を有することを要件に、会社に対し書面で役員等の責任追及の訴えの提起を請求できる(847条1項本文)。監査役設置会社では、この請求については監査役が会社を代表する(386条2項1号)。取締役間の同僚意識による馴れ合いを排し、独立の立場にある監査役に提訴の要否を判断させる趣旨である。
(2) Iは本件提訴請求書を代表取締役A宛てに送付しており(事実7)、相手方を誤っている。しかし、386条2項1号の趣旨は監査役に提訴の要否を検討する機会を確保する点にあるから、代表取締役宛ての提訴請求であっても、現に監査役に交付され、監査役が検討の機会を得たときは、その趣旨は実質的に達成されており、提訴請求は監査役に交付された時に有効にされたものと解すべきである(最判平21.3.31参照)。相手方の誤りのみを理由に再度の請求を要求することは、責任追及を不当に遅延させ、形式に過ぎる。
(3) 本問では、Aは、本件提訴請求書が到達した翌日である令和8年2月14日にこれを常勤監査役Fに交付して対応を求め、Fは本件提訴請求について検討した上で何も対応しないこととしている(事実7)。よって、本件提訴請求は、同日、監査役Fに対して有効にされた。Fが不提訴理由の通知(847条4項)をしていないことは、提訴請求の効力に影響しない。
3 個別株主通知
(1) 甲社の株式は振替株式であるから、株主が少数株主権等を行使するには、振替機関に個別株主通知の申出をし、その通知が会社にされた後4週間以内に権利を行使しなければならない(社債株式等振替法154条2項、3項)。提訴請求は6か月前からの株式保有を要件とする権利行使であり、少数株主権等に当たる。
(2) Iは、令和8年2月2日に個別株主通知の申出を行い、その後に本件提訴請求書を送付して同月13日(Fへの交付は14日)に到達させている(事実7)から、4週間以内の権利行使として要件を満たす。本件訴えの提起は5月11日であるが、訴えの提起は提訴請求を前提とする一連の権利行使であり、提訴請求時に個別株主通知がされていれば足りる。仮に訴え提起時にも必要と解しても、個別株主通知は事実審の口頭弁論終結時までにされれば足りる(最判平22.12.7参照)から、補正が可能であり、直ちに却下事由とならない。
4 その他の要件
(1) Iの持株数は本件株主総会の議決権行使の基準日以降変動していない(事実7)から、Iは令和7年6月の総会より前からの株主であり、提訴請求時に6か月前から引き続き株式を有する(847条1項本文)。本件提訴請求は書面でされ、本件各取引に係る任務懈怠として被告となるべき者と責任原因が特定されている(施行規則217条)。本件訴えがIや第三者の不正な利益を図り又は甲社に損害を加える目的によるものである事情もない(847条1項ただし書)。
(2) 会社が提訴請求の日から60日以内に訴えを提起しないときは、株主は自ら訴えを提起できる(847条3項)。有効な提訴請求がされた2月14日から60日を経過した4月15日までに甲社は訴えを提起しておらず、Iは5月11日に本件訴えを提起している(事実7)から、この要件も満たす。
5 以上から、本件訴えは適法であり、Aらの却下の申立ては認められない。
第3 設問2⑵
1 株主代表訴訟において、会社は、共同訴訟人として、又は当事者の一方を補助するため、訴訟に参加することができる(849条1項本文)。会社が被告取締役側に補助参加することについても、取締役の経営判断の適否が会社の利益にも関わる以上、補助参加の利益(民事訴訟法42条)が認められ(最判平13.1.30参照)、同項により個別の疎明は要しない。
2 もっとも、取締役の責任追及の訴えにおいて会社が取締役側に補助参加することは、馴れ合いにより責任追及を妨げるおそれがあるため、監査役設置会社が取締役等を補助するため参加するには、監査役(監査役が2人以上あるときは各監査役)の同意を得なければならない(849条3項1号)。甲社は監査役会設置会社であり、監査役はF、G及びHの3名である(事実1)から、その全員の同意が必要であり、監査役会の決議や常勤監査役Fのみの同意では足りない。
3 補助参加の申出は会社を代表する者が行う。会社と取締役との間の訴えでは監査役が会社を代表する(386条1項1号)ところ、補助参加の申出はこれに直接当たらないから、代表取締役が代表するのが原則である。しかし、本件訴えの被告は代表取締役A及びBを含む取締役全員であり、被告自身が会社を代表して自己を補助する参加の申出をすることは利益相反が顕著であるから、同号の趣旨に照らし、監査役が会社を代表して申出をすべきであると解する。
4 したがって、甲社が補助参加するには、監査役F、G及びHの全員の同意を得た上で、監査役が甲社を代表して補助参加の申出をすることが必要である。
以上