予備試験 令和8年 民事訴訟法
問題文
(〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は、3:3:4)
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
なお、本問に現れる場所のうち、甲市は甲高等裁判所、甲地方裁判所、甲家庭裁判所及び甲簡易裁判所の管轄区域内に 、乙市は乙高等裁判所、乙地方裁判所、乙家庭裁判所及び乙簡易裁判所の管轄区域内に、丙市は丙高等裁判所、丙地方裁判所、丙家庭裁判所及び丙簡易裁判所の管轄区域内にそれぞれ所在している。
【事例】
令和8年4月、X(住所: 甲市内)は、株式会社Y(本店所在地: 乙市内。以下「Y社」という。)を被告として、鉄材の売買契約(以下「本件契約」という。)に基づき、売買残代金150万円の支払を求める訴えを提起した(以下、この訴えに係る訴訟を「本件訴訟」という。)。
本件訴訟におけるX及びY社の主張は次のとおりであった。
Xの主張 :Xは、令和7年12月15日、Z(住所: 丙市内)の紹介により、 丙市内の倉庫に保管していたX所有の鉄材(以下「本件鉄材」という。)を代金300万円でY社に売り渡した。上記売買代金300万円は、同月22日限りXの住所地において支払うものとし、本件鉄材は、売買代金の支払の確認後に引き渡すものと約定された。
本件契約に係る商談は、X、Z及びY 社代表取締役Aの三者立会の上で行われた。
令和7年12月22日、上記売買代金300万円のうち、150万円がZからⅩに支払われた。Xは、代金全額の支払がなかったため本件鉄材を引き渡さずにいたが、同月23日、A 及びZから鉄材の引渡しを懇請されたため、3日以内 に残金を支払う旨の確約を得て、同日、本件鉄材を引き取りにきたZに 本件鉄材全部を引き渡した。
残金150万円については、上記確約にもかかわらず、今日まで支払がない。
Y社の主張:Xが本件鉄材を売り渡したのは、Y社ではなく、Zである。
本件鉄材は、XがZに売り渡した後に、Y 社がZからその一部を買い受けた ものであり、その代金はZに対して支払済みである。
〔設問1〕
本件訴訟の法定管轄裁判所はどこか。事件の種類及び訴訟の目的の価額に留意しつつ説明しなさい。
〔設問2〕
Xは、第1回口頭弁論期日において、Y 社が上記主張をしたことを受けて、仮にY 社の主張のとおり本件鉄材の買主がZであるならば、買主であるZに対して売買残代金150万円の支払を命ずる判決を得たいと考えた。
この場合に、Xが ㋐本件訴訟と同一手続内でZに対する請求についても判断を得る にはどのような方法によることが考えられるか、検討しなさい。本 設問の検討に当たっては、①主観的追加的併合の適否に関する判例(最高裁判所昭和62年7月17日第三小法廷判決・民集41巻5号1402頁)の立場を明らかにした上で、当該判例が言及する方法を示すこと。また、
②その方法によれば下線部 ㋐が確実に実現されるかについても論ずること。なお、本件訴訟は甲地方裁判所に係属中であるものとする。
【事例(続き)】(〔設問2〕の問題文中に記載した事実は考慮しない。)
本件訴訟において当事者の提出した証拠から、本件契約に係る商談が本件鉄材の保管場所であった倉庫内の一室において、X、Z及びAの 三者立会の上で行われたこと、本件鉄材の引渡しに関してA及びZの両者からXに対して懇請があったこと、本件鉄材はその全てがZの倉庫に運び込まれた後に、一部がY 社の工場に運び込まれ、残りはZの取引先に転売されたこと等が明らかとなった。
本件訴訟を担当している裁判官は、審理の結果を踏まえて、本件契約がY 社及びZを共同買主とする一個の売買契約である可能性もあると考えたが、Y 社及びZの共同買受けという事実は当事者のいずれからも主張されていないので、 ㋑Y社及びZの共同買受けという事実を判決の基礎とすることは弁論主義に反して許されないのではないかとの懸念を抱いた。
〔設問3〕
下線部㋑の当否について検討しなさい。本 設問の検討に当たっては、当事者が主張した事実と裁判所が判決の基礎としようとしている事実の 食い違いの有無及び程度に留意しつつ、弁論主義の根拠や機能を踏まえること。
なお、弁論主義の適用範囲については議論があるが、本 設問の検討に当たっては、主要事実に限られるとの理解を前提とすること。また、釈明権や釈明義務について言及する必要はない。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 事件の種類
本件訴訟は、売買契約に基づく売買残代金150万円の支払を求める給付の訴えであり、財産権上の請求に係る通常の民事訴訟事件である。人事訴訟や家事事件ではないから家庭裁判所の管轄には属さず、第一審の訴えであるから高等裁判所の管轄にも属しない。訴額60万円以下の金銭請求を対象とする少額訴訟(民事訴訟法(以下法名略)368条1項)の対象でもなく、専属管轄の定めもない。したがって、第一審裁判所が地方裁判所か簡易裁判所かを訴額によって決し(事物管轄)、次にいずれの地の裁判所かを決する(土地管轄)。
2 事物管轄
(1) 簡易裁判所は訴訟の目的の価額が140万円を超えない請求について、地方裁判所はそれを超える請求について、第一審の管轄権を有する(裁判所法33条1項1号、24条1号)。
(2) 訴訟の目的の価額は、訴えで主張する利益によって算定する(8条1項)。Xは、代金300万円のうちZから支払われた150万円を控除した残代金150万円の支払のみを求めているから、訴額は代金総額ではなく150万円である。仮に遅延損害金を併せて請求していても、附帯請求として算入されない(9条2項)。
(3) 訴額150万円は140万円を超えるから、本件訴訟の事物管轄は地方裁判所にある。
3 土地管轄
(1) 訴えは被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属し(4条1項)、法人の普通裁判籍はその主たる事務所又は営業所により定まる(4条4項)。Y社の本店所在地は乙市内であるから、乙地方裁判所が管轄権を有する。
(2) 財産権上の訴えは義務履行地を管轄する裁判所にも提起できる(5条1号)。Xの主張によれば、売買代金はXの住所地において支払うものと約定されているから、残代金債務の義務履行地はXの住所地である甲市内である。なお、この約定がなくとも、金銭債務は債権者の現在の住所(商行為によって生じた債務では営業所、営業所がなければ住所)で履行すべきものであるから(民法484条1項、商法516条)、結論は変わらない。よって、甲地方裁判所も管轄権を有する。
(3) Zの住所地である丙市は、Zが当事者でない以上、管轄とは無関係である。本件鉄材が丙市内の倉庫に保管され商談もそこで行われたが、鉄材は動産であり不動産に関する訴え(5条12号)ではなく、不法行為に関する訴え(同条9号)でもないから、丙市は管轄原因とならない。合意管轄(11条)や応訴管轄(12条)は法定管轄ではない。
4 結論
本件訴訟の法定管轄裁判所は、被告の普通裁判籍による乙地方裁判所と、義務履行地の裁判籍による甲地方裁判所であり、両者は競合する。Xはいずれかを選択して訴えを提起でき、本件訴訟が係属する甲地方裁判所は適法な管轄裁判所である。
第2 設問2
1 判例の立場
(1) Xは、Y社に対する本件訴訟の係属中に、新たにZを被告として追加し、Zに対する売買残代金請求についても同一手続内で判断を得ようとしている。これは、明文のない主観的追加的併合(第三者を被告として追加する訴えの併合)の可否の問題である。
(2) 判例(最判昭和62年7月17日)は、甲が乙を被告として提起した訴訟の係属後に、甲が丙を被告とする新訴を提起して旧訴に併合することを求めた事案について、①新訴につき旧訴の訴訟状態を当然に利用できるかどうかが明らかでなく、②かえって訴訟を複雑化させ審理を遅延させるおそれがあり、③軽率な提訴ないし濫訴が増えるおそれもあることから、新訴が旧訴に当然に併合される効果を認めることはできないとして、主観的追加的併合を否定した。そして、原告が第三者に対する請求を旧訴と併せて審判することを求めるのであれば、別訴を提起した上で、裁判所の弁論の併合(152条1項)を待つべきであるとした。
2 判例が言及する方法
(1) したがって、Xは、Zを被告として売買残代金150万円の支払を求める別訴を、本件訴訟が係属する甲地方裁判所に提起した上、本件訴訟との弁論の併合を求めることになる。
(2) Zに対する訴えについて、Zの普通裁判籍は丙市(丙地方裁判所)にあるが、Zが買主であるとしても、同一の商談で成立した本件契約の約定により代金はXの住所地で支払うものとされるから、義務履行地である甲市を管轄する甲地方裁判所にも管轄がある(5条1号)。よって、同一裁判所に係属するという併合の前提を満たす。
(3) 併合後、Y社に対する請求とZに対する請求は、本件契約の買主が誰かという同一の事実上の原因に基づく請求であるから(38条前段)、通常共同訴訟となる。Xは、本件契約が一個の売買契約でありその買主はY社かZかのいずれかであると主張する以上、両請求は法律上併存し得ない関係にあるとして同時審判の申出(41条1項)をすることが考えられる。これが認められれば弁論及び裁判の分離が禁じられ、Y社に対してはZが買主であるとの理由で、Zに対してはY社が買主であるとの理由で、いずれにも敗訴する危険を回避できる。同時審判の申出は控訴審の口頭弁論終結時までできるから(41条2項)、併合後の申出も可能である。
3 下線部㋐が確実に実現されるか
(1) 弁論の併合は、裁判所が訴訟指揮権に基づき裁量により命じるものであり(152条1項)、当事者に申立権はなく、併合の申立ては職権の発動を促す意味を持つにとどまる。裁判所が併合を命じなければ、Zに対する請求は別個の手続で審理され、下線部㋐は実現しない。
(2) 本件では、Y社自身が買主はZであると主張しており、両訴訟の争点(買主が誰か)と証拠(三者立会の商談の経緯、引渡しの経緯)が共通する上、本件訴訟はまだ第1回口頭弁論期日の段階で審理が進んでおらず、併合による複雑化や遅延のおそれは小さい。また、併合しなければXが両方に敗訴する矛盾判決の危険が現実化する。したがって、裁判所が併合を命じる蓋然性は高いが、併合が裁量に委ねられる以上、法的に保障されているわけではない。
(3) さらに、併合されても、通常共同訴訟である以上、弁論の分離もまた裁判所の裁量で可能であり(152条1項)、分離を禁じるには同時審判の申出が必要となる。ところが、41条1項の「法律上併存し得ない関係」とは、一方の請求の認容が他方の請求の棄却を法律上必然とする関係をいうところ、Y社とZが共同で買い受けた可能性が否定できない本件では、Y社に対する請求とZに対する請求は法律上両立し得るとして、同時審判の申出の要件を欠くとされる余地がある。加えて、併合前に本件訴訟で行われた証拠調べの結果をZに対する請求について当然に利用できるかも明らかでない(昭和62年判例が指摘する点である)。
(4) したがって、判例の示す方法によっても下線部㋐が確実に実現されるとはいえない。Xとしては、本来、訴え提起の段階でY社及びZを共同被告として同時審判の申出をしておくべきであった。現時点でも、Y社が本案について弁論をした後であるからその同意を得て(261条2項)本件訴訟を取り下げ、Y社及びZを共同被告とする訴えを改めて提起して同時審判の申出をする方法が考えられ、審理が第1回口頭弁論期日の段階にとどまる本件では、取下げによる訴訟状態喪失の不利益も小さい。
第3 設問3
1 弁論主義の根拠と機能
(1) 弁論主義とは、判決の基礎となる事実と証拠の収集・提出を当事者の権能と責任とする原則であり、その第1テーゼとして、裁判所は当事者が主張しない事実を判決の基礎とすることができない。その根拠は、私的自治の訴訟法上の反映として、訴訟における事実の主張についても当事者の自主的な判断を尊重する点にある(本質説)。また、その機能として、当事者の予期しない事実を判決の基礎とすることを禁じ、不意打ちを防止して攻撃防御の機会を保障する。
(2) 第1テーゼの対象は主要事実、すなわち権利の発生・変更・消滅という法律効果を直接基礎付ける事実に限られる(本設問の前提)。主要事実はいずれの当事者が主張したものでもよく、相手方が主張した事実を裁判所が判決の基礎とすることも許される(主張共通の原則)。さらに、当事者の主張事実と裁判所の認定事実が完全には一致しなくても、両者が社会的事実として同一性を保ち、当事者に不意打ちとならない範囲内であれば、弁論主義に反しない(本人による契約締結の主張に対し代理人による締結を認定しても弁論主義に反しないとした最判昭和33年7月8日参照)。
2 主要事実の特定と当事者の主張
(1) 本件訴訟の訴訟物は本件契約に基づく売買残代金支払請求権であり、その請求原因の主要事実は、XがY社との間で本件鉄材を代金300万円で売る旨の売買契約を締結したこと(民法555条)である。契約の当事者が誰かは、契約の成立を基礎付ける主要事実の一要素である。
(2) Xは「Y社に売った」と主張し、Y社は「買主はY社ではなくZである」と主張する。裁判所が認定しようとするのは「Y社とZが共同で買い受けた一個の売買契約」であり、これはいずれの当事者も明示的には主張していない。そこで、当事者が主張しない主要事実を判決の基礎とすることになるのではないかが問題となる。
3 食い違いの有無及び程度
(1) 裁判所の認定事実をXの主張と比較すると、Y社が本件契約の買主としてXに対して代金債務を負う当事者であるという点で共通し、Zも共同買主であるという点が付加されるにすぎない。Y社が買主であるという限度で、裁判所の認定事実はXの主張事実に包含されている。他方、Zが買主であるという付加部分は、Y社自身が主張するところであり、主張共通の原則により既に弁論に現れている。すなわち、裁判所の認定事実は両当事者の主張事実の範囲を超えるものではなく、食い違いは「単独か共同か」という量的・部分的なものにとどまる。
(2) 食い違いが法律効果に差異をもたらすかも検討を要する。共同買受けの場合、代金債務は原則として分割債務となり(民法427条)、Y社の負担部分は150万円にとどまる上、Zが12月22日に支払った150万円がY社の負担部分に充当されたと主張される余地があり、この点でY社の防御の範囲が拡大するようにも見える。しかし、Y社は株式会社であってその行為は商行為であるから(会社法5条)、Y社及びZが商行為となる行為によって負担した代金債務は連帯債務となる(商法511条1項)。したがって、Zの150万円の支払は代金債務全体に充当され、Xは残代金150万円全額をY社に請求できる。共同買受けの認定によっても、Xの請求の当否に関する法律効果に差異は生じない。
4 弁論主義の根拠・機能に照らした検討
(1) 私的自治の観点からみると、XはY社が買主であるとして残代金150万円全額の支払を求めており、共同買受けの認定はXが主張する法律効果の範囲内にとどまる。Y社も、自ら買主はZであると主張してZの買主性を弁論に顕出している。共同買受けの認定は、両当事者が自らの判断で提出した事実の枠内の認定であり、当事者の処分権を害さない。
(2) 不意打ち防止の観点からみると、本件では、商談が本件鉄材の保管場所である倉庫内の一室でX、Z及びAの三者立会の上で行われたこと、引渡しの懇請がA及びZの両者からされたこと、鉄材が全てZの倉庫に運び込まれた後に一部がY社の工場に運び込まれ残りがZの取引先に転売されたことが証拠上明らかとなっている。これらは、Xが主張した三者立会の商談やA及びZからの懇請の事実、Y社が主張したZからの一部買受けの事実に対応するものであり、両当事者が買主の特定をめぐって攻撃防御を尽くした対象そのものである。Y社は、自己が買主でないことを争う過程で、Aの商談への関与、Aによる懇請、自社工場への搬入の各事実について反証の機会を十分に与えられている。共同買受けの認定は、これらの事実関係の法的評価において、Y社の関与とZの関与の双方を買主としての関与と見るものであり、Y社に予期しない不利益を与えるものではない。
(3) これに対し、共同買受けによる契約は当事者を異にする別個の契約であって、主要事実のレベルで食い違いがあり、弁論主義に反するとの考え方もあり得る。しかし、弁論主義は当事者の事実主張の自由を保障するために裁判所に制約を課すものであり、当事者双方が提出した事実の組合せの範囲内にあり、法律効果にも差異を生じない認定まで禁じる必要はない。これを禁じれば、裁判所は証拠上真実と考える事実に反する判断を強いられることになり、弁論主義の根拠からも機能からも正当化できない。
5 結論
以上より、Y社及びZの共同買受けという事実は、Xの主張するY社の買主性を含み、Y社の主張するZの買主性と合わせれば両当事者の主張事実の範囲内にあり、食い違いは部分的なものにとどまる。これを判決の基礎とすることは、弁論主義の根拠である私的自治にも、機能である不意打ち防止にも反しない。したがって、下線部㋑の懸念は当たらず、裁判所がY社及びZの共同買受けの事実を判決の基礎とすることは弁論主義に反せず許される。
以上