予備試験 令和6年 民法
問題文
次の文章を読んで、後記の〔設問1⑴・⑵〕及び〔設問2⑴・⑵〕に答えなさい。
解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、令和6年1月1日現在において施行されている法令に基づいて答えなさい。なお、民法以外の法令の適用について検討する必要はない。
【事実Ⅰ】
1.Aが機関長として搭乗するタンカー甲は、令和3年4月1日、太平洋上で消息を絶った。令和4年6月22日、甲の船体の一部が洋上を漂流しているところを発見され、調査の結果、甲は、令和3年4月1日未明に発生した船舶火災によって沈没したことが明らかになった。同じ頃、甲の乗組員数名の遺体及び所持品の一部が発見されたが、Aの遺体は含まれていなかった。
2.Aの推定相続人は、子B及び子Cである。Aは、乙土地(時価2000万円相当)を所有しているが、そのほかに見るべき財産はない。
3.令和4年6月23日、Bは、Aについて管轄の家庭裁判所に失踪の宣告を請求し、同年8月1日、失踪の宣告がされた。
【事実Ⅱ】
前記【事実Ⅰ】の1から3までに加えて、以下の事実があった。
4.Aは、平成30年4月1日、以下の内容の自筆証書遺言に係る同日付遺言書(以下「本件遺言書」という。)を適法に作成し、封筒に入れて厳封した上で、自室の机の引出しに入れておいた。
⑴ 乙土地をCに相続させる。
⑵ 前項に記載以外の財産は、各相続人の法定相続分に従って相続させる。
5.令和4年8月24日、Bは、遺産分割協議書等の必要な書類を偽造して、乙土地について相続を原因とする自己への所有権移転登記手続をした。その上で、Bは、Dに対して、 同月25日、乙土地を代金2000万円で売り渡し、その旨の登記がされた。Dは、現在も乙土地を占有している。
6.令和4年8月30日、CがAの部屋を片付けていたところ、机の引出しから本件遺言書を発見し、これを管轄の家庭裁判所に提出して検認を請求し、同年9月14日、適法に検認が行われた。
〔設問1⑴〕
【事実Ⅰ】及び【事実Ⅱ】(1から6まで)を前提として、 Cは、Dに対して、所有権に基づき、乙土地の明渡しを請求した。Dからの反論にも言及しつつ、Cの請求が認められるかについて論じなさい。
【事実Ⅲ】
前記【事実Ⅰ】の1から3までに加えて、以下の事実があった(前記【事実Ⅱ】の4から6までは存在しなかったものとする。)。
7.Aは甲の沈没後に外国漁船によって救出されていたが、諸般の事情から帰国できないでいた。
Aは、令和4年8月5日頃、Bに電話をして無事を伝えたが、Bは、Aの滞在する地域の情勢等から帰国は困難であると判断し、友人Fに、Aは生存しているものの帰国は困難であることを伝え、その財産の処分について相談したほかは、この事実を誰にも話さずに秘匿していた。Aの滞在する地域は外国との通信が厳しく制限されており、前記の電話のほかにAの生存を伝えるものはなかった。
8.令和4年8月24日、Cは、適法に相続放棄の申述を行った。同月25日、乙土地について、相続を原因とするAからBへの所有権移転登記がされた。同年10月20日、Bは、Aの生存を知らない不動産業者Eに対して、代金2000万円で乙土地を売り渡し、その旨の登記がされた。その際、Bは、Eに対して、「ひょっとしたら1年後くらいに1割増しで買い戻すかもしれないので、その間は他の人に処分しないでほしい。」と申し向けていた。
9.令和5年6月19日、Eは、Fから「Bから乙土地の買戻しの話は聞いていると思うが、今のところ、Bには十分な資金がない。そこで、Bと話し合った上で、私が乙土地を購入することになった。」と聞き、Bにも確認した上で、Fに対して、乙土地を代金2200万円で売り渡し、その旨の登記がされた。Fは、現在も乙土地を占有している。
10.Aは、令和5年6月24日、住所地に帰来した。その後、Aの請求を受けた管轄の家庭裁判所は、Aの失踪の宣告を取り消した。
〔設問1⑵〕
【事実Ⅰ】及び【事実Ⅲ】(1から3まで及び7から10まで)を前提として、Aは、Fに対して、所有権に基づき、乙土地の明渡しを請求した。Fの反論にも言及しつつ、Aの請求が認められるかについて論じなさい。
【事実Ⅳ】
11.Gは、令和6年3月1日、取引関係にあるHに対する500万円の支払債務を弁済する目的で、取引銀行であるI銀行に、500万円の振込依頼をしたが、その際、振込先として、誤って、K銀行のH名義ではなくJ名義の普通預金口座(以下「J名義口座」という。)を指定してしまった。K銀行は、I銀行からの振込依頼を受け、K銀行のJ名義口座に500万円の入金処理を行った(以下「本件誤振込み」という。)。なお、Jは、G及びHとは何ら関係のない人物である。
12.Gは、令和6年3月7日、Hから入金がない旨の連絡を受け、本件誤振込みに気付いた。
Gは、直ちにI銀行に連絡し、J名義口座への振込依頼は誤りであり、Jとの間に振込みの原因となる関係はないので、J名義口座に入金された500万円を戻してほしい旨申し出た。I銀行は、直ちに、K銀行に返還を求めた。
13.一般に、銀行実務では、振込先の口座を誤って振込依頼をした振込依頼人からの申出があれば、受取人の預金口座への入金処理が完了している場合であっても、受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す、組戻しという手続が執られている。
14.令和6年3月8日午前10時、K銀行は、Jに組戻しの承諾を得ることとし、K銀行の担当者がJに電話を架け、応答したJに対し、Gからの500万円の振込みについて、Gは誤振込みであるとして、組戻しを求めている旨説明し、その承諾を求めた。これに対し、Jは、Gから500万円を振り込まれる理由は確かにすぐには思い当たらないが、よく考えたい、組戻しの承諾をするかどうかについては検討して後日連絡する旨述べた。しかし、その後、Jは、K銀行に連絡をすることなく、K銀行の担当者の問合せにも応じなくなった。
〔設問2⑴〕
【事実Ⅳ】(11から14まで)を前提として、Gが、Jに対して500万円の不当利得の返還を求めた場合に、その請求が認められるかについて論じなさい。なお、J名義口座からは、本件誤振込みの後、出金は行われていないものとする。
【事実Ⅴ】
前記【事実Ⅳ】の11から14までに加えて、次の事実があった。
15.令和6年3月8日夜、Jは、債権者の一人である知人Lに対して、現金で500万円の弁済をしていた。Lによると、Jは同日午後8時頃に、突然Lの自宅を訪れ、Lに対して負う債務の弁済が遅れたことをわび、弁済に充ててほしいと現金500万円を置いていった。Lが弁済金の出所を尋ねたところ、Jは、自分の銀行口座に誤って振り込まれた金銭である旨を説明した。Lは迷ったが、結局これをJに対して有する債権の弁済として受け取った。
16.K銀行は、【事実Ⅳ】14のとおり、令和6年3月8日午前10時にJに組戻しの承諾を得るべく連絡をしていたが、K銀行の担当者は、J名義口座について取引を一時的に停止するなどの措置を採ることをしていなかった。同日午後1時、Jは、同口座から現金500万円の払戻しを受けており、それにより同口座の残高は0円となっていた。同口座は、ここ数年間残高は0円であって、本件振込み及びその払戻しを除き、入出金は行われていなかった。
17.Gは、Lに対して、JがLに支払った現金500万円は本件誤振込みにより送金された500万円を払い戻したものであるとして、不当利得返還請求権に基づき、500万円の返還を求めた。これに対してLは、①Lの利得はJの一般財産からの弁済であるから、Gの損失との間には因果関係がないこと、②Lの利得はJに対する債権の弁済の受領であり、法律上の原因があることを理由として、Gの請求を拒絶した。
〔設問2⑵〕
【事実Ⅳ】及び【事実Ⅴ】(11から17)までを前提として、GのLに対する不当利得返還請求が認められるかについて、Lの反論①及び②に留意しつつ論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
設問1は、船舶遭難者について失踪宣告がされた事案を題材として、遺言に反する相続財産の処分が行われた場合の権利関係、失踪宣告後取消前に行われた取引行為の効力について問う問題である。設問1(1)では、失踪宣告の法的効果、「相続させる」遺言の法的性格等についての理解を前提として、法定相続分を超える部分については登記がなければ第三者に対抗することができないとの規律(民法第899条の2第1項)に即して論述するとともに、土地の共有者間における明渡請求の可否について検討することが求められる。設問1(2)では、失踪宣告後取消前に「善意でした行為」(同法第32条第1項後段)の効力について、その解釈を示した上で、いわば「わら人形」として善意者が介在させられた可能性があることなどの事実に即して論述することが求められる。
設問2は、銀行口座へ誤振込みがされた事案を題材として、三当事者間における不当利得の法律関係について問う問題である。設問2(1)では、振込依頼人からの受取人に対する不当利得返還請求の可否について、誤振込みによっても預金債権が成立すること、受取人が預金債権を行使することができるか否かが問題となることなどを踏まえて論じることが求められる。設問2(2)では、誤振込金が振り込まれた銀行口座から受取人が金銭を引き出し、これをその債権者に対する弁済に充てた場合において、振込依頼人からの当該債権者に対する不当利得返還請求が認められるかについて、いわゆる騙取金による弁済に関する判例(最判昭和49年9月26日民集28巻6号1243頁)の考え方を参照するなどして論じることが求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1⑴
1 Cの請求が認められるためには、Cが乙土地の所有権を有し、Dがこれを占有していることを要する。Dの占有は明らかである(【事実】5)から、Cの所有権取得とDの反論を検討する。
2 Cの所有権取得
(1) 甲は令和3年4月1日未明の船舶火災により沈没しており(【事実】1)、Aは「沈没した船舶の中に在った者」に当たる。乗組員数名の遺体が発見されたのにAの遺体は含まれず、危難が去った後1年間生死が明らかでなかったため、令和4年8月1日に失踪の宣告がされた(30条2項、【事実】3)。これにより、Aは危難が去った令和3年4月1日に死亡したものとみなされ(31条)、同日相続が開始し、子B及びCが各2分の1の法定相続分で相続人となる(887条1項、900条4号)。
(2) 本件遺言書⑴は、乙土地をCに「相続させる」旨の遺言である。かかる遺言は、遺贈と解すべき特段の事情がない限り、当該財産を当該相続人に単独で相続させる遺産分割方法の指定(908条)であり、何らの行為を要せず、遺言の効力発生時に直ちに当該財産が当該相続人に承継される(最判平3.4.19)。本件遺言書は平成30年4月1日に適法に作成され、厳封して机の引出しに保管されていたものであり(【事実】4)、検認(1004条)は遺言の効力要件ではないから、令和4年9月14日の検認前であっても、相続開始時である令和3年4月1日に、Cが乙土地の所有権を単独で取得した。なお、Aには乙土地のほかに見るべき財産がない(【事実】2)から、遺言書⑵を検討する必要はない。
3 Dの反論(899条の2第1項)
(1) Dは、Bから乙土地を買い受けて登記を経由した(【事実】5)第三者であり、Cは法定相続分を超える部分の取得を登記なくして対抗できないと反論する。
(2) 相続による権利の承継は、遺産分割によるものかどうかにかかわらず、法定相続分を超える部分については、登記その他の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができない(899条の2第1項)。同項は、相続させる遺言による承継を登記なくして対抗できるとした判例(最判平14.6.10)を改め、遺言の存在を知り得ない第三者の取引の安全を図るものであるから、「第三者」は、177条と同様、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいい、善意・悪意を問わないが、背信的悪意者は除かれると解する。
(3) 本問では、Cは乙土地について登記を備えていない。他方、Dは、Bから乙土地を時価相当の代金2000万円(【事実】2)で買い受けて登記を受けた者である。本件遺言書は厳封されて引出しに保管され、Cがこれを発見したのもD名義の登記後である令和4年8月30日であって(【事実】6)、Dが遺言の存在を知っていたことをうかがわせる事情はないから、Dは正当な利益を有する第三者に当たり、背信的悪意者ではない。Bが遺産分割協議書等を偽造して登記をした(【事実】5)としても、Bは法定相続分2分の1を有する相続人であり、偽造はBが乙土地全部を取得したとの外観を作出したにすぎないから、Dの第三者性を左右しない。また、Cが登記をなし得なかったのは遺言書の発見が登記に後れたためであるが、同項はそのような事情を考慮せず一律に対抗要件を要求するものである。
(4) したがって、Cは法定相続分2分の1を超える部分の取得をDに対抗できず、Dとの関係では、Bの法定相続分2分の1をDが承継したものとして扱われる。乙土地は、C及びDが各2分の1の持分で共有する状態にある。
4 共有者間の明渡請求
(1) Cは、持分2分の1に基づき、共有者Dに対して乙土地全部の明渡しを求めることができるか。
(2) 各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる(249条1項)から、共有物を現に占有する共有者は自己の持分に基づく占有権原を有する。したがって、他の共有者は当然には明渡しを請求することができず、明渡しを求める理由を主張立証しなければならない(最判昭41.5.19)。
(3) Dは持分2分の1に基づき乙土地を占有している。誰が共有物を使用するかは管理に関する事項として持分の過半数で決する(252条1項)ところ、C・Dの持分は各2分の1であり、Cを使用者とする決定はされていないから、Cが単独で明渡しを求め得る理由はない。
5 よって、Cの請求は認められない。Cは、Dに対し、持分を超える使用の対価の償還を求め得るにとどまる(249条2項)。
第2 設問1⑵
1 失踪の宣告が取り消されると、宣告は遡及的に効力を失い(32条1項前段)、Aの死亡を前提とする相続は開始しなかったことになる。そうすると、Cの相続放棄(【事実】8)によりBが単独相続人となった(939条)ことを前提とする相続登記、B・E間及びE・F間の各売買は、いずれも無権利者による処分として効力を生じず、Aは乙土地の所有権を失わないのが原則である。
2 Fの反論(32条1項後段)
(1) Fは、失踪の宣告後その取消し前に「善意でした行為」の効力は影響を受けない(32条1項後段)として、E・F間の売買により所有権を取得したと反論する。
(2) 同項後段は、失踪者の保護と宣告を信頼した者の取引の安全との調和を図る規定であり、契約のような相手方のある行為については、当事者双方が失踪者の生存を知らなかった場合に限り保護されると解する(大判昭13.2.7)。一方当事者の善意で足りるとすると、失踪者の生存を知る者が善意者と結託して容易に失踪者の財産を奪い得るからである。
(3) B・E間の売買についてみると、Bは、令和4年8月5日頃にAから電話で無事を伝えられており(【事実】7)、同年10月20日の売買当時、Aの生存を知っていた。Eは、Aの生存を知らない不動産業者であり(【事実】8)、Aの滞在地域は通信が厳しく制限され、Bへの電話以外にAの生存を伝えるものはなかった(【事実】7)から、善意であり過失もない。しかし、売主Bが悪意である以上、B・E間の売買は同項後段の保護を受けず、Eは所有権を取得しない。
(4) E・F間の売買についてみると、Fは、BからAが生存しているものの帰国困難であることを伝えられ、その財産の処分について相談を受けていた者であり(【事実】7)、令和5年6月19日の売買当時、Aの生存を知っていた。したがって、売主Eが善意であっても、E・F間の売買も保護されず、Fは所有権を取得しない。
(5) これに対しFは、善意者Eが一旦有効に乙土地を取得した以上、その転得者であるFは悪意であっても承継取得できると再反論することが考えられる。しかし、前記のとおりB・E間の売買自体が保護されないから、Eは有効に取得していない。のみならず、Bは売買の際、Eに対し「1年後くらいに1割増しで買い戻すかもしれないので、その間は他の人に処分しないでほしい」と申し向け(【事実】8)、約8か月後、Fは「Bと話し合った上で、私が乙土地を購入することになった」とEに告げ、EもBに確認した上で、Bの述べた買戻し額である1割増しの2200万円でFに売り渡している(【事実】9)。これらの事実によれば、E・F間の売買は、Aの生存を知るBが、善意のEをいわば「わら人形」として介在させ、自らの買戻しに代えて、同じくAの生存を知るFに乙土地を取得させたものと評価でき、実質的にはBからFへの処分と同視すべきである。仮に善意者からの転得者を保護する立場に立っても、悪意者が善意者を介在させて財産を取得するこのような場合にまでFを保護することは、同項後段の趣旨を潜脱するものであり許されない。
3 よって、Aは乙土地の所有権を有し、Fがこれを占有している(【事実】9)から、Aの請求は認められる。
第3 設問2⑴
1 Gの請求が認められるためには、Jが法律上の原因なくGの財産によって利益を受け、そのためにGに損失を及ぼしたことを要する(703条)。
2 Jの利得
(1) 振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人は銀行に対して同額の預金債権を取得する(最判平8.4.26)。振込みは、安全かつ迅速な資金移動のため、原因関係から切り離して処理されるからである。
(2) 本件誤振込みにより、K銀行はJ名義口座に500万円の入金処理を行っており(【事実】11)、Jは、G及びHとは何ら関係のない人物でありながら、K銀行に対する500万円の預金債権を取得した。これがJの利得である。
3 Gの損失及び因果関係
Gは振込資金500万円を出捐した。振込みが原因関係と切り離されて有効であり、組戻しも受取人の承諾を要する(【事実】13)以上、GはI銀行・K銀行に対して当然には返還を求めることができず、Gには500万円の損失がある。Jの預金債権の取得は、Gの出捐を原資とする振込処理の直接の結果であるから、両者の間に因果関係がある。
4 法律上の原因
G・J間に振込みの原因となる法律関係は存在せず(【事実】11)、J自身、Gから500万円を振り込まれる理由は思い当たらないと述べている(【事実】14)。Jが預金債権を保持すべき法律上の原因はない。
5 Jの反論
(1) Jは、誤振込みの事情を知った受取人が預金の払戻しを受けることは権利の濫用(1条3項)となり得る(最判平20.10.10参照)から、自己の利得は行使できない預金債権にすぎず、返還すべき利益は現存しないと反論することが考えられる。
(2) しかし、同判例は、払戻しが振込金を不正に取得するための行為であるなど、これを認めることが著しく正義に反する特段の事情がある場合に限り権利濫用に当たるとするものであり、預金債権自体は有効に成立している。また、Jは組戻しを承諾することによって預金債権をそのままGに返還し得るのであるから、払戻しの制約は利得の現存を否定する理由にならない。本問では、J名義口座から出金は行われておらず、Jは組戻しを承諾せずK銀行の問合せにも応じない(【事実】14)のであるから、500万円の預金債権という利益はJの下に現存している。
(3) さらに、Jは、令和6年3月8日午前10時、K銀行の担当者から本件誤振込みの事情と組戻しの求めについて説明を受けており(【事実】14)、遅くとも同時点以降は悪意の受益者である。したがって、Jは、500万円に利息を付して返還しなければならない(704条)。
6 よって、GのJに対する請求は認められる。
第4 設問2⑵
1 GのLに対する請求が認められるためには、Lの利得がGの損失との間に因果関係を有し、かつ、法律上の原因を欠くことを要する(703条)。Lの反論①は因果関係を、反論②は法律上の原因を争うものである。
2 反論①(因果関係)
(1) 金銭は占有と所有が一致するから、Jが払い戻した現金はJの一般財産に混入し、LはJの財産から弁済を受けたにすぎないとも考えられる。しかし、不当利得制度は、形式的・一般的には正当視される財産的価値の移動を、実質的・相対的には正当視されない場合に公平の理念に基づいて調整するものであるから、騙取者が被害者の金銭で自己の債権者に弁済した場合であっても、社会通念上、被害者の金銭で債権者の利益を図ったと認められるだけの連結がある場合には、因果関係が認められる(最判昭49.9.26)。Jは騙取者ではないが、誤振込みの事情を知らされながら払戻しを受け、Gの金銭で自己の債務を弁済した点で騙取者と異ならないから、同様に解すべきである。
(2) 本問では、J名義口座はここ数年間残高0円であり、本件振込みと払戻しのほかに入出金は行われていない(【事実】16)。Jは、令和6年3月8日午前10時に組戻しの説明を受けたその日の午後1時に500万円全額を現金で払い戻し、同日午後8時頃、突然Lの自宅を訪れて同額の現金をLに交付した(【事実】15、16)。しかも、Jは、Lに対し、この金銭が自己の口座に誤って振り込まれたものであると説明している(【事実】15)。これらによれば、弁済金が本件誤振込金そのものであることはその同一性を追跡できる程度に明らかであり、社会通念上、Gの金銭でLの利益を図ったと認められるだけの連結がある。K銀行が口座の取引停止措置を採らなかった(【事実】16)ことは、Jの払戻しを可能にした事情にすぎず、この連結を断つものではない。よって、因果関係は認められ、反論①は理由がない。
3 反論②(法律上の原因)
(1) 債権者が債務者から弁済を受けることは、本来、債権という法律上の原因に基づく。しかし、債権者が弁済金を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には、債権者の金銭取得は、被害者に対する関係では法律上の原因を欠く(最判昭49.9.26)。悪意・重過失の債権者は、取引の安全による保護に値しないからである。
(2) 本問では、Lは、Jが突然自宅を訪れて現金500万円を置いていったことから弁済金の出所を尋ね、Jから自己の口座に誤って振り込まれた金銭である旨の説明を受けた上で、「迷ったが」結局これを受領している(【事実】15)。迷ったこと自体、Lが、この金銭は振込依頼人に返還されるべきものであり、Jがこれを自己の弁済に充てることは許されないと認識していたことを示す。Jの弁済が遅れていたためLの債権が弁済期にあった(【事実】15)としても、Lは受領時において弁済金がGの誤振込金であることを現に知っていたのであるから悪意であり、Lの受領はGとの関係では法律上の原因を欠く。反論②も理由がない。
4 Lの利得は、Jに対する債権の消滅という形で現存しており、Lは受領時から悪意の受益者であるから、500万円に利息を付して返還しなければならない(704条)。
5 よって、GのLに対する請求は認められる。なお、GはJに対しても返還請求権を有するが、一方から満足を得た限度で他方に対する請求は消滅する。
以上