予備試験 令和8年 民事実務基礎
問題文
〔設問1〕
弁護士Pは、Xから次のような相談を受けた。
【Xの相談内容】
「1 Aは、友人であるYから事業資金を貸してほしいと依頼され、令和6年12月1日、弁済期を令和7年12月1日として、200万円を貸し付けました(以下「本件貸付け」
という。)。その際に、 AとYは、 別紙の金銭借用証書(以下「本件文書」という。)
を作成しました。なお、本件文書 には、当初、弁済期 が「令和9年12月1日」と記載されていましたが、Yが、手書きで「9」の上に訂正線を二本引き、その上に「7」と記載しました。本件文書のとおり、弁済期は、 AとYとの間で 令和7年12月1日と合意されました。
2 私は、令和7年2月1日、私の自宅で、Aから、事業の資金繰りが悪化したため、本件貸付けに 係る未回収の 200万円の貸金債権(以下「本件債権」という。)を150万円で買ってくれないかと 相談されました。私は、Aとは長年の付き合いでしたので、同日、Aから本件債権を150万円で買うことにし、その場で1 50万円の現金をAに渡しました。そうすると、Aは、私の目前で携帯電話を取り出してYに電話し、Yに「令和6年12月1日に貸した200万円の件だが、今日、この債権をXに売ることにした。支払はXにしてください。」と伝えました。Aによれば、Yは、A に対して 「はい、分かりました。」と答えたとのことでした。
3 また、私がAから本件債権を買ったことについて、A は、令和7年2月1日、Y に対して内容証明郵便で通知し、Yには同月2日にその通知が届いています。
4 Yは、私に本件債権の支払をしなければならないと思います。そこで、私は、Yに対して、200万円の支払を求めたいと思います。なお、遅延損害金の支払は求めません。
5 Yは、自宅である建物を所有していますが、それ以外にめぼしい資産はありません。」
弁護士Pは、【Xの相談内容】を前提に、 令和7年12月12日、 Xの訴訟代理人として、Yに対し、200万円の貸金の返還を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起することとした。
以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。
⑴ 弁護士Pが、本件訴訟において、Xの希望を 実現するために選択すると考えられる訴訟物を記載しなさい。
⑵ 弁護士Pが、本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。)において記載すべき請求の趣旨(民事訴訟法第134条第2項第2号)を記載しなさい。なお、付随的申立てについては、考慮する必要がない。
⑶ 弁護士Pが、本件訴状において記載すべき請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条
第1項。以下同じ。)を記載しなさい。なお、いわゆるよって書き(請求原因の最後のまとめとして、訴訟物を明示するとともに、請求の趣旨と請求原因の記載との結びつきを明らかにするもの)は記載しないこと。
⑷ 弁護士Pは、本件訴訟に先立って、XのYに対する請求権の実現を保全するために民事保全命令の申立てを行うこととした。【Xの相談内容】5項に関し、弁護士Pが申立てを検討すべき民事保全命令を挙げなさい。また、その手段を講じなかった場合に生じる問題について、その手段の有する効力に言及した上で簡潔に説明しなさい。
⑸ 弁護士Pは、上記⑷の申立てに関し、Xに対し、担保を立てる必要があると説明した。保全命令発令のために担保を立てる目的(民事保全法第4条、第14条参照)を簡潔に説明しなさい。
〔設問2〕
弁護士Qは、本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。
【Yの相談内容】
「1 私は、令和6年12月1日にAから200万円を借りましたが、弁済期は令和9年12月1日です。Aが勝手に本件文書の弁済期の部分を改ざんしたのだと思います。また、次に述べるとおり、私がXに200万円を支払う理由はありません。
2 私が令和7年2月1日 にAから電話をもらったことは 、ありません。そのため、私は、AがXに本件債権を売ることを承諾しておらず、Xを債権者と認めることはできません。
3 Aは、Bに対し、令和7年2月1日、Aの代理人であるCを通じて、本件債権を120万円で売っています。この際、Cは、Aのためにすることを示しており、また、Aは、Cに対し、令和7年1月15日、本件債権を120万円で売る代理権を与えています。
確かに、令和7年2月2日に、Aから、本件債権をX に売却したとの内容証明郵便が私に届きましたが、Aは、本件債権を B に売却したとの内容証明郵便も私に出しており、同日、本件債権をBに売却したとの内容証明郵便が、本件債権をXに売却したとの内容証明郵便よりも先に私に届いています。したがって、X は本件債権を喪失しており、本件債権の債権者は X ではなく B になるはずです。」
弁護士Qは、【Yの相談内容】を前提に、Yの訴訟代理人として、本件訴訟の答弁書(以下「本件答弁書」という。)を作成した。その際、弁護士Qは、【Yの相談内容】を踏まえて、抗弁を主張することとした。
⑴ Yは、【Yの相談内容】2項のとおり、AのXに対する本件債権の譲渡について承諾したことはないとして、「Xを債権者として認めることはできません。」と主張している。本件において、債務者対抗要件の抗弁を主張する場合、どのように摘示する かを記載しなさい。
なお、以下の 設問2⑵のとおり、弁護士Qは、債務者対抗要件の抗弁は主張しないこととしているが、本問の回答に当たっては、この点は考慮する必要はない。
⑵ 弁護士Qは、【Yの相談内容】2項の主張に関し、裁判所 から釈明を求められ、「債務者対抗要件の抗弁は主張しない。」旨陳述した。弁護士Qがそのような陳述をした理由としてはどのようなものが考えられるかを説明しなさい。
⑶ 【Yの相談内容】3項について、抗弁として記載すべき具体的事実(要件事実)を記載しなさい。
〔設問3〕
本件答弁書を受け取った 弁護士Pは、Xに事実関係を確認した。Xから聴取した内容は以下のとおりである。
【Xからの聴取内容】
「1 Aは、Cに 本件債権を売る 代理権を授与していません。仮に代理権を授与していたとしても、Cは、本件債権を売る際、本件債権 を売った代金を自らの借金返済 に充て、自己の利益を図る目的を有しており、そのことをBは知っていました。現にCは、本件債権の代金を自らの借金の返済に充てました。
2 既にお伝えしたとおり、私がAから本件債権を買ったことについては、令和7年2月1日、AがYに内容証明郵便で通知し、Y には同月2日にその通知が届いています。Yは、同日、私への売却についての内容証明郵便よりも先に、Bへの売却についての内容証明郵便が届いていると主張していますが、そのようなことはありません。したがって、私が債権者になるはずです。
3 そもそも、BとCは、 本件債権についての 私からの請求をY に免れさせる目的で、 本件債権の 売買契約を締結する意思などないのに、売買契約を締結した形に仮装する合意をしたに違いありません。このように仮装する合意をしたことは、当然、Aも知っていたはずです。」
弁護士Pは、【Xからの聴取内容】を前提に、Xの訴訟代理人として、本件訴訟の準備書面を作成した。
その際、弁護士Pは、【Xからの聴取内容】を踏まえて、再抗弁を主張することとした。
⑴ 【Xからの聴取内容】1項について、再抗弁として記載すべき具体的事実(要件事実)を記載しなさい。
⑵ 【Xからの聴取内容】2項について、再抗弁として記載すべき具体的事実(要件事実)を記載しなさい。
⑶ 【Xからの聴取内容】3項について、再抗弁として記載すべき具体的事実(要件事実)を記載しなさい。
〔設問4〕
第1回口頭弁論期日に おいて、弁護士Pは、本件貸付けを裏付ける証拠として、本件文書を、「Y」作成部分の作成者をYとして提出し、書証(甲第1号証)として取り調べられた。これに対し、弁護士Qは、同期日において、本件文書のうち、「Y」作成部分の成立の真正は否認し、2つあるY名下の印影は、いずれもYの印章によるものであることは認めた。
第2回口頭弁論期日において、A及びBの証人尋問並びにYの本人尋問が実施され、そのうち、Aは【Aの供述内容】のとおり、Yは【Yの供述内容】のとおり、それぞれ供述した(Bの供述内容は省略する。)。
【Aの供述内容】
「1 私は、令和6年11月25日、Yから、事業資金が不足しているので、200万円を貸してほしいと 電話で頼まれました。私は、即答はせず、令和6年12月1日に私の自宅で協議したいと伝えました。
2 令和6年12月1日、Yが 私の自宅にやってきました。Yは、弁済期を令和9年12月1日と し、金額を200万円 とする金銭借用証書をパソコンで作成して持参しました。
私は、弁済期があまりに 先なので、Yに対し、「弁済期を令和9年12月1日とすることでは貸付けはできない。遅くとも1年後の令和7年12月1日までには返してほしい。」と伝えました。Yは、しばらく考えていましたが、「分かりました。1年後にお返しします。」と述べました。 そして、Yは、ペンを取り出して、金銭借用証書の弁済期である令和9年12月1日の「9」の上に二重線を引き、その上に「7」と記載しました。Yは、その右に押印し、また、借主欄にも押印しました。そこで、私は、貸主欄に押印し、Yに対し、自宅の金庫から取り出した200万円を渡し、Yから金銭 借用証書を受け取りました。」
【Yの供述内容】
「1 私は、令和 6 年12月1日、Aから事業資金として200万円を借りましたが、弁済期は令和7年12月1日ではなく、令和9年12月1日です。私は、令和 6 年12月1日、予め金銭借用証書をパソコンで作成し、Aの自宅を訪ね、200万円をAから渡されました。そこで、私は、金銭借用証書の借主欄に押印しましたが、Aから「捨て印を押してほしい。」と言われ、「上記の金額をYはAから本日 確かに 借り受け、受領しました。」との記載の右下にも押印しました。金銭借用証書には私の印影が2 つありますが、いずれも私の実印を押したものです。Aは、金銭借用証書の貸主欄に押印しました。この際、弁済期として「令和9年12月1日」と記載されており、「9」の上に二重線は引かれておらず、「7」との記載はありませんでした。
2 令和 6 年12月1日当時、弁済期は「令和9年12月1日」と記載されていましたので、Aが後日、私の捨て印を悪用して、勝手に「9」を訂正して「7」と記載したのだと思います。」
以上を前提に、以下の問いに答えなさい。
⑴ 弁済期を令和7年12月1日とする旨の合意をした事実を認定するに当たって 、本件文書の種類に留意して、本件文書はどのように位置付けられるかを説明しなさい。
⑵ 本件文書の形式的証拠力を判断するに当たり、Y名下の印影が存在すること及びY が本件文書の弁済期 の部分は改ざんされたものであると主張していることについて、訴訟上、どのような意味があるかについて、二段の推定に留意して説明しなさい。なお、本件文書の形式的証拠力の有無についての結論及びその理由については論じる必要はない。
(別紙)
(注)「9」の上に引かれた訂正線及び「7」の数字は手書きである。両部分と押印部分を除いて、本件文書は、パソコンで作成されている。
金銭借用証書
金 二 百 萬 円也
上 記 の 金 額 を Y は A か ら 本 日 確か に 借 り 受 け 、受 領 し ま し た 。
7
令和 9 年 1 2 月 1 日 ま で に 返 済 し ま す 。
後 日 の た め 本 証 書 を 差 し 入 れ ま す 。
令 和 6 年 1 2 月 1 日
貸主 A
借主 Y Y 印
A 印
Y 印
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 小問(1) 訴訟物
消費貸借契約に基づく貸金返還請求権1個である。XはAから本件債権を譲り受けた者としてこれを行使するが、債権譲渡は債権の同一性を変えず、訴訟物の個数に影響しない。
2 小問(2) 請求の趣旨
被告は、原告に対し、200万円を支払え。
3 小問(3) 請求を理由づける事実
(1) Aは、令和6年12月1日、Yに対し、弁済期を令和7年12月1日と定めて、200万円を貸し付けた。
(2) 令和7年12月1日は到来した。
(3) Aは、令和7年2月1日、Xに対し、本件債権を代金150万円で売った。
消費貸借契約に基づく貸金返還請求権の発生には、返還の合意と金銭の交付(民法587条)を要し、消費貸借は貸主が一定期間借主に金銭を利用させることを本質とする貸借型契約であるから、弁済期の合意とその到来も請求原因となる。本件訴訟は弁済期後の令和7年12月12日に提起されるから(2)を記載する。Xが債権者であることは、AX間の売買を原因とする債権譲渡(466条1項、555条)により基礎づける。令和7年2月1日の電話や内容証明郵便による通知(467条1項)は、債務者が対抗要件の欠缺を主張してはじめて問題となる権利抗弁に対する再抗弁事実であるから、請求原因には記載しない。
4 小問(4)
Yが所有する自宅建物について、不動産に対する仮差押え(民事保全法20条1項)の申立てを検討すべきである。不動産の仮差押えの執行は、仮差押えの登記をする方法又は強制管理の方法により行われ(47条1項)、仮差押えの登記は裁判所書記官が嘱託する(同条3項)。仮差押えの登記がされると、その後にYが建物を第三者に譲渡し、又は抵当権を設定しても、その処分は仮差押債権者Xとの関係では効力を主張できず(処分禁止効)、Xは本案で勝訴判決を得れば、仮差押えを本執行に移行させ、処分後も建物を差し押さえて競売し、配当を受けることができる。この手段を講じない場合、Yにはめぼしい資産が自宅建物しかないから、本案の判決確定までの間にYが建物を売却し又は担保に供すれば、Xは勝訴判決を得ても強制執行の対象となる財産を失い、本件債権の回収が不可能又は著しく困難になる(20条1項の保全の必要性)。
5 小問(5)
保全命令は、本案の審理を経ず、疎明(13条2項)に基づき、口頭弁論を経ないで(3条)迅速に発せられる暫定的な裁判である。そのため、後に本案で被保全権利が否定されるなど、保全命令が違法又は不当であったことが判明した場合に、債務者がその執行によって被った損害の賠償を確実に受けられるよう、債権者にあらかじめ担保を立てさせるものである(4条1項、14条1項)。債務者は、この担保について質権者と同一の権利を有し(4条2項、民事訴訟法77条)、損害賠償請求権について優先的な満足が確保される。
第2 設問2
1 小問(1)
債務者対抗要件の抗弁は、債務者が対抗要件の欠缺を主張する権利抗弁であり、事実の摘示を要せず、次のとおり権利主張を記載する。
「Yは、AがXに対し本件債権を譲渡したことについて、Aが通知をし、又はYが承諾をするまで、Xを本件債権の債権者と認めない。」(民法467条1項)
2 小問(2)
第1に、抗弁として無意味だからである。Yは、Aからの電話を受けていないとして承諾を否定するが、467条1項の対抗要件は譲渡人の通知又は債務者の承諾のいずれかで足りる。そして、Y自身が、令和7年2月2日に、Aから本件債権をXに売却した旨の内容証明郵便が届いたことを認めている。これは譲渡人Aによる債務者Yへの通知であり、Xがこの事実を再抗弁として主張すれば、Yが争えない以上、裁判上の自白(民事訴訟法179条)が成立し、抗弁は直ちに排斥される。第2に、Yの主張と矛盾するからである。Yの主張の本旨は、Bへの譲渡の通知がXへの譲渡の通知より先に到達したことによりXが本件債権を失ったという点にあり、これはXへの譲渡の通知がYに到達したことを前提とする。対抗要件の欠缺を争うことはこれと両立せず、主張全体の信用性を損なう。第3に、弁護士は、裁判手続を不当に遅延させてはならず(弁護士職務基本規程75条)、真実に反すると知りながら無意味な抗弁を提出することは信義誠実(民事訴訟法2条、規程5条)にも反するからである。以上から、弁護士Qは、債務者対抗要件の抗弁を主張せず、第三者対抗要件の具備による債権喪失の抗弁に絞る旨陳述したと考えられる。
3 小問(3)
抗弁:Bへの債権譲渡及び第三者対抗要件具備による債権喪失
(1) Aは、令和7年1月15日、Cに対し、本件債権を代金120万円で売却する代理権を授与した。
(2) Cは、令和7年2月1日、Aのためにすることを示して、Bとの間で、本件債権を代金120万円で売る旨の契約を締結した。
(3) Aは、Bへの上記譲渡について、確定日付のある証書である内容証明郵便によりYに通知し、同通知は、令和7年2月2日、Yに到達した。
債権が二重に譲渡された場合、譲受人相互の優劣は、確定日付のある証書による通知が債務者に到達した日時の先後によって決せられる(467条2項、最判昭49年3月7日)。Bへの譲渡について確定日付のある通知が到達すれば、Xは譲受けをBに対抗できず本件債権を失うから、Bへの譲渡契約の成立と第三者対抗要件の具備が抗弁となる。譲渡契約はCの代理によるため、代理権授与、顕名、代理行為を要する(99条1項)。内容証明郵便は確定日付のある証書に当たる(民法施行法5条1項6号)。Xへの通知がBへの通知より先に到達したことはXが再抗弁として主張立証すべき事実であり、抗弁においてBの通知がXの通知より先に到達したことまで摘示する必要はない。
第3 設問3
1 小問(1)
【Xからの聴取内容】1項のうち、AがCに代理権を授与していないとの主張は、抗弁(1)の事実の否認であって再抗弁ではない。再抗弁として主張すべきは、代理権の濫用である。
再抗弁:代理権の濫用(抗弁に対し)
(1) Cは、令和7年2月1日に本件債権の売買契約を締結するに際し、その代金を自己の借金の返済に充てて自己の利益を図る目的を有していた。
(2) Bは、同契約の締結の際、Cが(1)の目的を有していることを知っていた。
代理人が自己の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は代理権を有しない者がした行為とみなされ(107条)、本人Aに効果が帰属しないから、Bへの譲渡の効果が否定され、抗弁の効果が妨げられる。Cが現に代金を自己の借金の返済に充てたことは、(1)の目的を推認させる間接事実であり、要件事実そのものではない。
2 小問(2)
再抗弁:Xの第三者対抗要件の先行具備(抗弁に対し)
(1) Aは、令和7年2月1日、Xへの本件債権の譲渡について、確定日付のある証書である内容証明郵便によりYに通知した。
(2) 同通知は、令和7年2月2日、Bへの譲渡の通知がYに到達するより前に、Yに到達した。
Xへの譲渡について確定日付のある通知がBへの譲渡の通知より先に到達すれば、XがBに優先し、Bへの譲渡はXに対抗できないから、抗弁の効果が覆る。なお、両通知が同時に到達した場合も、各譲受人は債務者に対し全額の弁済を請求することができる(最判昭55年1月11日)から、予備的に、両通知が同時に到達した旨の再抗弁も成り立つ。
3 小問(3)
再抗弁:通謀虚偽表示(抗弁に対し)
CとBは、令和7年2月1日に本件債権の売買契約を締結するに際し、本件債権を売買する意思がないのに、売買契約を締結した形を仮装する旨を通じ合った。
相手方と通じてした虚偽の意思表示は無効である(94条1項)から、Bへの譲渡は効力を生じず、抗弁の効果が覆る。代理においては、意思表示の効力に影響を及ぼすべき事情の有無は代理人について決する(101条1項)から、要件事実は代理人Cと相手方Bとの通謀で足り、本人Aが仮装を知っていたことは摘示を要しない。XからのYに対する請求をYに免れさせる目的があったことは、通謀を推認させる間接事実である。Yは本件債権の債務者にすぎず、虚偽表示を前提として新たに独立の法律上の利害関係を有するに至った第三者(94条2項)ではないから、Yの善意は問題とならない。
第4 設問4
1 小問(1)
本件文書は、YがAから200万円を借り受けたこと及び令和7年12月1日までに返済することを記載して、借主Yが貸主Aに差し入れた金銭借用証書である。このうち「上記の金額をYはAから本日確かに借り受け、受領しました。」との部分は、金銭の交付という事実を記載した報告文書の性質を持つ。これに対し、「令和7年12月1日までに返済します。」との部分は、消費貸借契約における返還の約束という法律行為そのものを記載したものであり、弁済期はその内容を構成するから、弁済期を令和7年12月1日とする合意を認定する上で、本件文書は処分証書に位置づけられる。処分証書は、その成立の真正(形式的証拠力)が認められれば、特段の事情のない限り、記載どおりの法律行為がされたことが認定されるという高い実質的証拠力を持ち、弁済期の合意の直接証拠となる。ただし、本件では「9」を「7」に改めた手書きの訂正部分が争われている。訂正がYの意思に基づいてされたものと認められれば、本件文書は弁済期を令和7年12月1日とする合意を記載した処分証書となるが、Yの主張のとおり訂正部分が押印後にAによって加えられたものであれば、同部分はYの作成に係るものではなく、本件文書は弁済期を令和9年12月1日とする合意の処分証書にとどまる。
2 小問(2)
(1) 文書は、その成立が真正であることを証明しなければ証拠とすることができず(民事訴訟法228条1項)、形式的証拠力の立証責任は挙証者Xにある。
(2) Y名下の印影がYの印章によることをYが認めている意味。印章は本人が厳重に管理し、他人が無断で使用することは通常ないという経験則から、印影が本人の印章によるときは、印影が本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定され(一段目の推定、最判昭39年5月12日)、本人の意思に基づく押印があれば、228条4項により文書全体が真正に成立したものと推定される(二段目の推定)。本件では、2つの印影がいずれもYの実印によることをYが認めるのみならず、Yは、借主欄の押印も「受領しました」との記載の右下の押印も、Aに求められて自ら押したと供述しており、印章の盗用や冒用を主張するものではない。したがって、2つの押印がYの意思に基づくことは一段目の推定を経るまでもなく認められ、本件文書は228条4項により全体として真正に成立したものと推定される。
(3) Yの改ざんの主張の意味。Yの主張は、押印の時点で弁済期は「令和9年12月1日」と記載され、訂正線と「7」は存在せず、Aが後日、捨て印を悪用して「9」を訂正し「7」と記載したというものである。二段目の推定は、本人の意思に基づく押印がされた時点で存在した記載について、本人の意思に基づく文書であると推定するものにすぎない。したがって、押印後に記載が加えられたとの主張は、訂正部分が押印当時に存在した記載であるという推定の前提を争い、推定を覆す反証に当たる。すなわち、Yは一段目の推定を争うのではなく、文書が押印後に変造されたとして訂正部分に関する二段目の推定を争っているのであり、訂正部分の作成者がYではなくAであるとの主張である。228条4項の推定は法定証拠法則と解されるから、Yは改ざんの事実を本証の程度まで証明する必要はなく、訂正部分がYの意思に基づく作成であることについて裁判官に合理的な疑いを抱かせる反証で足りる。反証に成功すれば訂正部分の形式的証拠力は否定され、本件文書は弁済期を令和9年12月1日とする合意の処分証書としてのみ成立が認められる。反証が奏功せず真偽不明にとどまれば、推定が維持され、訂正部分を含む文書全体の真正が認められる。この点、Aは、訂正はYが自ら行いその右に訂正印を押したと供述し、Yは、その押印はAに求められた捨て印であったと供述しているから、争いは、訂正箇所の押印が訂正印か捨て印かという点に集約される。