予備試験 令和8年 憲法
問題文
近時、子どもの貧困が社会問題化する中、子どもが1人でも行ける無料又は低額の食堂である「子ども食堂」を運営するNPO 法人やボランティア 団体が増えている。一方で、物価の高騰が続いている 中、子ども食堂の 運営費や食材費の不足が問題となっている。そこで、A市では、子ども食堂支援事業補助金交付要綱(以下「要綱」という。)を作成して、貧困対策や子育て支援政策の一環として、子ども食堂を 運営する団体に対し、毎年度、補助金 (以下「本件補助金」という。)を交付することにした。
本件補助金の交付対象となるのは、A市内で子ども食堂を運営している法人その他の団体である。A市は、従前から子ども食堂を 運営して きた団体が 市内に複数あるため、本件補助金の 交付対象として、それらの団体 を念頭に置いていた。本件補助金の交付を受ける団体は、 市長に対し、本件補助金の交付申請に当たり事業計画書及び収支予算書を提出する必要があるほか(要綱第4条)、補助対象事業が完了したときは 事業報告書 、事業収支決算書 等を提出する必要がある(要綱第6条) 。また、市長は、本件補助金の交付を受ける団体に対し、必要な報告を求め、又は書類、帳簿等の検査を行う ことがある(要綱第7条)。しかし、それらの団体は、A市の行政組織の一部ではなく、自主的に組織・運営されている私的団体であり、A市がその活動に対して指示をしたり、その人事に関与したりすることはない。
ところで、子ども食堂を 運営する団体の中には、選挙期間中であるか否かを問わず、その団体名を示して、子育て支援に積極的な公約を掲げている公職の候補者や政党を応援 してきた 団体がある。A市としては、 このような 団体に本件 補助金を交付することは、あたかもA市が当該候補者や政党を支援しているかのような誤解を与えかねず、特に子ども食堂を利用する子どもの保護者に対し、その投票に関する意思決定に影響を与えるおそれがあると考えた。そこで、要綱上、本件補助金の交付を受ける団体には、特定の公職の候補者若しくは公職にある者又は政党を推薦するなどの行為を禁止し(要綱第8条第1号)、違反があった場合には 本件補助金の交付決定の取消しと返還命令の対象となる(要綱第9条第3号)ものとした。
他方、宗教団体が子ども食堂を 運営する場合について、要綱上、宗教団体も 本件補助金の交付対象から排除されていない。例えば 、宗教法人B寺が 運営する子ども食堂 は、次のようなものである。まず、子ども食堂は、 子どもの保護者がB寺の檀家であるか否かにかかわらず、誰でも利用することができる。 子ども食堂は、 B寺の敷地内にある 集会施設 を使用して いるが、当該集会施設は、本堂のような宗教施設その ものではなく、一般的な集会施設と変わるものではない。ただし、食事をする 部屋の壁には、B寺の住職が仏典から引用した仏の教えや人生の導きとなるような名言や標語が掲示されている。提供される食事は、特に宗教の教義 に沿ったもの ではなく、食事の際には、手を合わせて、「いただきます 。」、「ごちそうさまでした 。」という挨拶をするよう指導がなされているが、それ以上に、食事の前後にお祈り等をすること もない。子どもやその保護者に対してB寺が主催するお祭りその他の宗教行事の案内がなされることがあり、これら行事への参加は子ども食堂を 利用するための条件ではないが、子ども食堂を利用する子どもやその保護者の約半数が参加している。 A市内には 、このような B寺と同様のやり方で子ども食堂を運営するキリスト教の教会など の宗教法人が複数あり、A市としては、それらのいずれも 本件
補助金の交付対象とする予定である。
この要綱の取りまとめに携わったA市の担当者は、この要綱に関わる憲法上の問題について意見を求めるため、法律家のもとを訪れた。
〔設問〕
あなたが意見を求められた法律家であるとして、以下の⑴から⑶までについて、あなた自身の見解を述べなさい。その際、必要に応じて参考とすべき判例に言及しつつ論じること。
⑴ 私的団体に対して本件補助金を交付することの合憲性
⑵ 本件補助金の交付を受ける団体に対し、要綱第8条第1号に定める行為を禁止することの合憲性
⑶ B寺に対して本件補助金を交付することの合憲性
【資料】A市子ども食堂支援事業補助金交付要綱(抄)
(補助金の交付の申請)
第4条 補助金の交付を受けようとする団体は、補助金交付申請書に次に掲げる書類を添えて、別に定める日までに市長に申請するものとする。
一 事業計画書
二 収支予算書
(補助金の交付の決定)
第5条 市長は、前条の書類を受理した場合において適当と認めるときは、補助金の交付を決定し、当該申請団体に対し書面により通知する。
(実績報告)
第6条 補助金の交付を受ける団体(以下「補助団体」という。)は、補助対象事業が完了したときは、次の各号に掲げる書類を市長に提出するものとする。
一 事業報告書
二 事業収支決算書
三 その他市長が必要と認めたもの
(報告徴収及び検査)
第7条 市長は、補助団体に対し、随時、必要な報告を求め、又は書類、帳簿等の検査を行うことができる。
(禁止事項)
第8条 補助団体は、次に掲げる行為をしてはならない。
一 特定の公職の候補者若しくは公職にある者又は政党を推薦し、支持し、又はこれらに反対すること。(第2号以下略)
(交付決定の取消し等)
第9条 市長は、補助団体が次の各号のいずれかに該当するときは、補助金の交付決定の全部又は一部を取り消し、既に交付した補助金の全部又は一部の返還を命ずることができる。
一 虚偽その他不正な手段により補助金の交付決定を受けたとき二 補助金を補助対象経費以外の用途に使用したとき三 前条各号に掲げる行為があったとき
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1(私的団体に対して本件補助金を交付することの合憲性)
1 問題の所在
本件補助金の交付対象は、A市内で子ども食堂を運営する法人その他の団体であり、これらはA市の行政組織の一部ではなく、自主的に組織・運営されている私的団体である。子ども食堂は、貧困家庭の子どもに無料又は低額で食事を提供する事業であり、憲法89条後段の「慈善」又は「博愛」の事業に当たる。地方自治法232条の2は公益上必要がある場合の補助を認めるが、交付対象団体が「公の支配」に属しないのであれば、本件補助金の交付は公金の支出を禁じる89条後段に反する。
2 「公の支配」の意義
(1) 89条後段の趣旨については、私的な慈善・教育・博愛事業に公権力が介入して自主性を損なうことを防ぐ点にあるとする見解(自主性確保説)と、公金の濫費を防止する点にあるとする見解(公費濫用防止説)がある。前者によれば、「公の支配」とは、国又は地方公共団体が当該事業の人事・予算・運営に根本的に関与していることを要すると厳格に解される。
(2) しかし、厳格に解すれば、私学助成や社会福祉法人への助成の多くが違憲となり、25条の福祉国家理念とも整合しない。助成を受けるか否かが事業者の選択に委ねられている以上、必要な範囲の監督によって自主性が直ちに害されるわけでもない。そこで、同条後段の趣旨は公金の濫費防止にあると解し、「公の支配」とは、公金が目的に沿って適正に使用されることを確保するため、国又は地方公共団体が当該事業について報告を求め、予算の執行を監督し、不適切な執行を是正し得る程度の監督が及んでいることをいうと解する(幼児教室事件・東京高判平2.1.29参照)。
3 あてはめ
交付を受ける団体は、申請に当たり事業計画書及び収支予算書を提出し(要綱4条)、市長が適当と認めるときに交付が決定され(5条)、事業完了時には事業報告書、事業収支決算書等を提出しなければならない(6条)。市長は随時、報告を求め、書類、帳簿等を検査でき(7条)、補助金を補助対象経費以外に使用したときは交付決定の取消し及び返還命令ができる(9条2号)。本件補助金は毎年度交付されるから、この監督は継続的に及ぶ。これにより、A市は本件補助金が運営費・食材費という目的に沿って使用されているかを把握し、是正する手段を有しており、公金の濫費を防止するに足りる監督が及んでいる。他方、A市は団体の活動に指示をしたり人事に関与したりせず、団体の自主性も害されない。
4 結論
よって、本件補助金の交付対象団体は「公の支配」に属し、私的団体に本件補助金を交付することは憲法89条後段に違反しない。
第2 設問2(要綱8条1号の行為を禁止することの合憲性)
1 制約される権利
要綱8条1号は、補助団体に対し、特定の公職の候補者若しくは公職にある者又は政党を推薦し、支持し、又はこれらに反対することを禁止する。団体がその名において候補者や政党を支持・反対することは政治的表現であり、団体も性質上可能な限り人権の享有主体となる(八幡製鉄事件・最大判昭45.6.24)から、21条1項により保障される。現に、選挙期間中であるか否かを問わず団体名を示して子育て支援に積極的な候補者や政党を応援してきた団体があり、これらの団体は、本件補助金を受けるためにその活動を断念するか、補助金を諦めるかの選択を迫られる。
2 審査基準
(1) これに対しては、補助金の交付は給付であって規制ではなく、団体は補助金を受けなければ自由に政治活動ができるから、憲法上の自由の制約には当たらないとする見解がある。しかし、物価高騰の中で運営費・食材費の不足に直面し、毎年度の補助金に依存せざるを得ない団体にとって、受給の条件として表現活動の放棄を求めることは、事実上表現を抑止する。給付の条件という形式であっても、給付の目的と無関係な憲法上の権利の放棄を求める場合には、権利の制約として審査の対象となる。
(2) 政治的表現は自己統治の価値に直結し、優越的地位を有する。要綱8条1号は表現の内容(候補者・政党への推薦等)に着目した規制であり、違反すれば交付決定の全部の取消しと既に交付した補助金の返還命令(9条3号)という、食材費等に費消済みの団体の運営を破綻させかねない不利益を伴う。他方、補助団体という限定された範囲に対する、給付に伴う条件という性格も有する。そこで、目的が重要であり、手段が目的と実質的関連性を有し、必要以上に広汎なものでないことを要すると解する。
3 あてはめ
(1) 目的は、A市が特定の候補者や政党を支援しているかのような誤解を防ぎ、子ども食堂を利用する子どもの保護者の投票に関する意思決定への影響を防ぐことにある。地方公共団体の政治的中立性の確保と、公金を用いた事業が選挙に影響を及ぼすことの防止は、公務員の政治的行為の制限について判例(猿払事件・最大判昭49.11.6、堀越事件・最判平24.12.7)が重視した行政の中立的運営とその信頼の確保に通じ、重要である。
(2) しかし、手段は広汎に過ぎる。第一に、禁止は、選挙期間中であるか否か、子ども食堂の場やその利用者に向けられたものであるか否かを問わず、推薦・支持のみならず「反対」にも及ぶ。「公職にある者」への反対まで禁じられる結果、子ども食堂を運営する団体が、現職の市長や議員の子育て支援政策を批判することすら許されなくなるが、これは子どもの貧困問題の当事者である団体の、自己統治に関わる表現の核心を奪うものである。A市が支援しているとの誤解や保護者の投票への影響は、団体名を示して候補者を応援し、あるいは子ども食堂の場で保護者に働きかける場合に生じるのであって、選挙から離れた政策批判や食堂の場を離れた活動にまで誤解が生じるとは考え難い。第二に、補助団体は私的団体であり、A市が指示や人事に関与しない以上、その政治的意見がA市の意見と受け取られる可能性は本来低い。本件補助金が子育て支援政策の一環としての給付であることの公表、団体の政治的意見がA市の見解でない旨の表示の義務付け、子ども食堂の運営の場における政治活動の禁止、選挙期間中の団体名を示した応援の禁止といった、より制限的でない手段によって目的を達成できる。第三に、違反に対して補助金全部の返還命令まで可能とすることは、萎縮効果が大きい。
(3) これに対し、補助団体は補助金を受けるか政治活動をするかを自ら選択でき、公金の交付を受ける以上一定の中立性を求められてもやむを得ないとして合憲とする見解もある。しかし、設問1で述べたとおり、A市の監督は公金の適正使用の確保のために正当化されるにとどまり、運営費・食材費の助成という本件補助金の目的と、補助団体の政治活動の全面禁止との間に直接の関連はない。補助金を手段として本来規制できない表現を抑止することは許されない。
4 結論
したがって、要綱8条1号による禁止は、目的との関係で必要以上に広汎であり、憲法21条1項に違反する。団体名を示して子ども食堂の利用者に働きかける行為等に限定する必要がある。
第3 設問3(B寺に対して本件補助金を交付することの合憲性)
1 問題の所在
B寺は宗教法人であり、20条1項後段の「宗教団体」及び89条前段の「宗教上の組織若しくは団体」に当たる。B寺への本件補助金の交付は宗教団体に対する公金の支出であり、「特権」の付与、20条3項の「宗教的活動」、89条前段の禁じる支出に当たらないかが問題となる。
2 判断基準
政教分離原則は、国家と宗教との完全な分離を理想としつつ、国家が宗教とある程度のかかわり合いを持たざるを得ないことを前提に、そのかかわり合いが相当とされる限度を超えるものを禁止する制度的保障である。20条3項の「宗教的活動」とは、国及びその機関の活動で、その目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいい、当該行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるかどうかで判断する(津地鎮祭事件・最大判昭52.7.13、愛媛玉串料事件・最大判平9.4.2)。89条前段の支出についても、当該団体や施設の性格、支出に至る経緯、支出の態様、一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきである(空知太神社事件・最大判平22.1.20、那覇孔子廟事件・最大判令3.2.24)。
3 あてはめ
(1) 目的についてみると、本件補助金は貧困対策・子育て支援政策の一環として子ども食堂の運営を支援するものであり、B寺への交付もB寺が子ども食堂を運営している事実に着目したものである。A市は宗教団体を交付対象から排除せず、キリスト教の教会など複数の宗教法人も同様に交付対象とする予定であり、特定の宗教を優遇する意図はない。一般的な給付制度に宗教団体が他の団体と同じ条件で参加することは、「特権」の付与にも当たらない。目的は世俗的である。
(2) 効果についてみると、B寺の子ども食堂は、保護者が檀家であるか否かにかかわらず誰でも利用でき、使用される集会施設は本堂のような宗教施設そのものではなく一般的な集会施設と変わらず、食事も教義に沿ったものではない。手を合わせて「いただきます」「ごちそうさまでした」と挨拶する指導は、合掌に宗教的起源があるとしても日本において広く習俗化した行為であり、それ以上に食事の前後にお祈り等はされていない。補助対象経費は運営費・食材費であり、要綱4条・6条・7条・9条2号により用途が管理されるから、本件補助金がB寺の宗教活動に直接流用されることは制度上防止されている。
(3) もっとも、食事をする部屋の壁には住職が仏典から引用した仏の教えや標語が掲示され、子どもや保護者にB寺主催のお祭りその他の宗教行事の案内がされ、利用者の約半数が参加している。これらは、子ども食堂が、精神的に未成熟な子どもとの間で布教の接点として機能している側面を示し、一般人の目から見て、A市がB寺の布教活動を支援しているとの評価を生じさせるおそれがないとはいえない。また、金銭は代替可能であるから、運営費の助成はB寺の自己資金を宗教活動に振り向ける余力を間接的に生む。しかし、行事への参加は利用の条件とされておらず、参加は子どもや保護者の任意の判断による。掲示や案内は食堂の運営に付随するものであり、補助金自体がこれらに充てられるわけではない。地方公共団体が社会福祉事業を行う団体を宗教団体であることのみを理由に排除することは、かえって宗教を理由とする不利益取扱いとして信教の自由(20条1項前段)・平等原則(14条1項)に反するおそれがある。
(4) 以上を総合すると、B寺に対する本件補助金の交付は、宗教とのかかわり合いが社会通念に照らし相当とされる限度を超えるものではない。ただし、子ども食堂がB寺の敷地内の集会施設を使用している以上、補助対象経費を食材費等の運営に直接必要な経費に限定し、集会施設の維持費や宗教行事への流用を禁じる条件を明示することが、合憲性を確保する上で必要である。
4 結論
よって、B寺に対して本件補助金を交付することは、憲法20条1項後段・3項、89条前段に違反しない。
以上