予備試験 令和7年 憲法
問題文
2010年代に入ると、日本でも人種や民族に係るいわゆるヘイトスピーチが社会問題となり、国や地方自治体がヘイトスピーチの禁止や拡散防止の取組みを始めた。その過程で、未成年者がヘイトスピーチに接する機会を減少させる必要性が指摘されるようになった。精神的に未成熟な未成年者は環境から負の影響を受けやすいためである。そこで国は、20**年、一定の要件を満たす図書
(電子書籍を含む。)を「有害差別図書」として指定し、青少年(18歳に満たない者を指す。)に閲覧させること等を禁止するとともに、その販売方法に規制を加える法律(以下「新法」という。)
を制定した。
新法の目的は、有害差別図書によって青少年の健全な育成が阻害されることの防止にある。新法によれば、有害差別図書の指定方法には、個別指定と包括指定の2種類がある。
個別指定は、①人種や民族に係る特定の属性を有する個人又は集団を、合理的な理由なく、社会から排除することをあおる図書、②その個人又は集団に危害を加えるとのメッセージを伝える図書、
③その個人又は集団を相当程度侮辱し又は誹謗中傷する図書について、所管大臣は、諮問機関として新たに設置される青少年保護育成審査会の意見を聞いて、有害差別図書として指定することができるというものである。青少年保護育成審査会は有識者15名によって構成される。ヘイトスピーチの性質上、上記①~③の要件に該当する図書には政治的主張を伴うものも含まれ得るが、青少年保護育成審査会では、青少年保護の観点から図書の内容について専門的かつ総合的な判断が行われる。
包括指定は、「〇〇人は日本から出ていけ」といった表現や、上記の個人又は集団を差別的な意味合いで昆虫や動物に例える表現など、ヘイトスピーチのうち典型的かつ悪質な表現(以下「典型的表現」という。)を含むページの数がページ総数の10分の1以上を占める図書(電子書籍の場合の分量は別途定めをおく。)については、所管大臣は個別指定に代えて、青少年保護育成審査会の意見を聞くことなく、有害差別図書として指定することができるというものである。対象となる典型的表現は新法に限定列挙して定められる。列挙されているのは、過去に各地方自治体でヘイトスピーチと認められた表現を参考にして特定された表現である。ただし、包括指定を受けた図書について当該図書の著者又は出版者から指定取消の申出があった場合、所管大臣が青少年保護育成審査会の意見を聞き、個別指定の対象に該当しないと判断したときには、包括指定は取り消される。
個別指定、包括指定いずれの場合でも、新法は、図書の取扱いを業とする者(以下「図書取扱業者」という。)が、有害差別図書を青少年に販売、貸与し又は閲覧させることを禁止する。図書取扱業者は、有害差別図書を店頭販売するときには、青少年が図書の中身を閲覧できないよう包装して陳列し、販売に際しては運転免許証等の身分証明書により年齢確認を行うことが義務付けられる。また、オンライン販売に際しても同様の実効性のある措置(運転免許証等の身分証明書をデジタルデータとして読み取らせること等を指す。)を採ることが義務付けられる。図書取扱業者の採る措置が不十分である場合には、所管大臣はその者に改善命令等を発することができ、命令違反は罰則の対象となる。
なお、新法制定後、所管省が調査を行ったところ、一定数の成人が有害差別図書の購入を見合わせていることが明らかになった。
新法施行と同時に図書Aが包括指定を受け、その後、図書Bが個別指定を受けた。図書Aについて包括指定の取消しの申出はまだなされていない。
〔設問〕
以下の(1)及び(2)の憲法第21条適合性について、あなた自身の見解を述べなさい。その際、参考とすべき判例に言及し、自己の見解と異なる立場を踏まえつつ論じること。
(1)青少年が図書Aを購入できないこと
(2) 成人が年齢確認を受けなければ図書Bを購入できないこと
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、特定の表現を含む図書を所管大臣が有害差別図書として指定し、図書取扱業者に対して、有害差別図書の販売に際して年齢確認を行うことを義務付けるとともに、青少年(18歳に満たない者)への販売を禁止する法律(新法)の憲法適合性について、当該図書の購入を希望する者の憲法上の権利(憲法第21条に限る。)の観点から論じさせるものである。
情報を摂取する自由(知る権利)は憲法第21条に明文で規定されているものではないが、よど号ハイジャック記事抹消事件(最大判昭和58年6月22日民集37巻5号793頁)やレペタ事件(最大判平成元年3月8日民集43巻2号89頁)等において、憲法第21条第1項の「規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれる」とされている。
有害差別図書に含まれる表現は、人種や民族に係る特定の属性を有する個人又は集団を排除することを煽ったり、危害を加えるとのメッセージを伝えたり、相当程度侮辱又は誹謗中傷するものであるが、必ずしも民事・刑事上の責任を問われるものに限られない。また、政治的主張を伴うものも含まれ得る。このような表現を規制することについて、大阪ヘイトスピーチ条例事件(最判令和4年2月15日民集76巻2号190頁)では、規制対象が過激で悪質性の高いものに限定されていることを前提に、特定の個人を対象とするものでなくとも「これを抑止する必要性が高いことに変わりはない」としている。設問の規制が、青少年の保護を目的とするものであることも併せて考えれば、規制目的の合理性は否定し難く、規制の態様及び程度についても新法の目的を踏まえて検討する必要がある。
有害差別図書の指定には、専門家からなる諮問機関の意見を聞いて個別的になされる個別指定と、法律に限定列挙された表現を一定量以上含むものについて諮問機関の意見を聞くことなく指定する包括指定との2種類が存在するが、後者は前者に比して手続保障が弱い上、その概括性から検閲に類似する面を持つ。また、新法の目的が精神的に未成熟な青少年の保護であることから、当該図書の購入を希望する者が青少年である場合と成人である場合とでは、規制の必要性・合理性についてそれぞれ異なる検討が必要になる。これらの区別を前提として、設問(1)では包括指定を受けた有害差別図書を青少年が購入できないことの憲法適合性を、設問
(2)では個別指定を受けた有害差別図書について成人が年齢確認を受けなければ購入できないことの憲法適合性を、それぞれ検討するよう求めている。
包括指定は、行政によって概括的になされるものであるが、札幌税関事件(最大判昭和59年12月12日民集38巻12号1308頁)の検閲の定義によれば、検閲には該当しない。しかし、事前抑制としての性格は備えており、北方ジャーナル事件(最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁)によれば、「厳格かつ明確な要件」の下においてのみ許容される。包括指定については、まずはこの点が問題となり得る。また、包括指定の対象となる表現は限定列挙され、かつ、量的に判断されるため、規制対象が不明確であるとは必ずしも言えないが、対象物の広範性の問題は論ずべきものとして残っている。なお、岐阜県青少年保護育成条例事件(最判平成元年9月19日刑集43巻8号785頁)の伊藤正己裁判官補足意見は「包括指定による規制の必要性は高」く「他に選びうる手段をもっては有害図書を青少年が入手することを有効に抑止することができない」ため「包括指定の基準が明確なものとされており、その指定の範囲が必要最小限度に抑えられている限り、成人の知る自由が封殺されていないことを前提にすれば、これを違憲と断定しえない」としている。
ただし、新法が規制対象とするヘイトスピーチには政治的主張を伴うものも含まれる点で、性表現物の包括指定が問題となった岐阜県青少年保護育成条例事件とは異なる。また、設問で示された典型的表現を含まないページが最大でページ総数の10分の9存在し得ることも考慮する必要がある。文脈依存度が高く量的判断になじみにくい文字情報であることにも留意することが望ましい。
他方、個別指定の場合は、事前抑制的な性格を有するものであっても、公正な機関による手続を備えている。また、成人であれば店頭であれ、オンラインであれ、年齢確認を受ければ購入することができるため、成人の知る自由を全面的に閉ざすものではない。岐阜県青少年保護育成条例事件は、有害図書の自動販売機への収納禁止を「成人に対する関係においても、有害図書の流通を幾分制約することにはなるものの、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う必要やむをえない制約」であるとしている。
しかし、前記のように岐阜県青少年保護育成条例事件と本問とでは規制の対象となる表現が異なる。また、岐阜県青少年保護育成条例事件では、自動販売機への収納禁止が問題となったのに対し、本問では年齢確認を受けることによる萎縮が問題となる。判例を踏まえた上で、これらの違いに留意しつつ検討を行うことを求めている。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1(青少年が図書Aを購入できないことの憲法21条適合性)
1 保障
(1) 知る自由は憲法21条1項に明文の規定がない。しかし、表現の自由は送り手の表現が受け手に到達して初めて意味を持つから、情報を摂取する自由は、同項の規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれる(よど号ハイジャック記事抹消事件・最大判昭58.6.22、レペタ事件・最大判平元.3.8)。青少年も、人格形成の途上にあるとはいえ、知る自由の主体である。
(2) 有害差別図書に含まれる表現は、特定の属性を有する個人・集団の排除をあおり、危害を告知し、又は相当程度侮辱・誹謗中傷するものであるが、必ずしも民事・刑事上の責任を問われるものに限られず、政治的主張を伴うものも含まれ得る。これらを受領する自由も21条1項の保障範囲に含まれる。
2 制約
図書取扱業者は、有害差別図書を青少年に販売・貸与・閲覧させることを禁止され、措置が不十分であれば改善命令、命令違反は罰則の対象となる。よって、青少年が図書Aを購入できないことは、青少年の知る自由に対する制約である。
3 審査基準
(1) まず、包括指定が検閲(21条2項前段)に当たるかを検討する。検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することをいう(税関検査事件・最大判昭59.12.12)。包括指定は、所管大臣という行政権が主体となり、典型的表現の分量という基準で概括的に図書を指定する点で検閲に類似する面を持つ。しかし、既に発行された図書を対象とし、青少年への販売等を禁じるにとどまって発表自体の禁止を目的とするものではないから、検閲には当たらない。
(2) もっとも、包括指定は、審査会の意見を聞くことなく、内容の個別的な判断を経ずに、図書が青少年に届く前にその流通を遮断するものであり、事前抑制としての性格を備える。表現行為に対する事前抑制は、表現の自由に対する重大な制約であるから、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容される(北方ジャーナル事件・最大判昭61.6.11)。
(3) これに対し、岐阜県青少年保護育成条例事件(最判平元.9.19)は、有害図書が青少年の健全な育成に有害であることは社会共通の認識であるとして、包括指定された図書の自動販売機への収納禁止を合憲とした。伊藤正己裁判官補足意見も、包括指定による規制の必要性は高く、他に選び得る手段では青少年の入手を有効に抑止できないから、包括指定の基準が明確で指定の範囲が必要最小限度に抑えられている限り違憲と断定し得ないとした。この立場からは、青少年保護という目的の重要性と、青少年が有害情報を自ら選別する能力に乏しいことから、緩やかな審査で足りることになる。
(4) しかし、同事件で問題となったのは性的表現物であり、ヘイトスピーチは過激で悪質であるとはいえ、政治的主張を伴い得る点で性質が異なる。文字情報は文脈依存度が高く、量的判断になじみにくい。青少年であっても、社会の論争的問題に関する情報に接することは、将来の主権者としての人格形成に不可欠である。したがって、青少年の未成熟性を考慮してもなお、目的が重要であり、手段が目的達成のために必要最小限度であることを要すると解する。
4 あてはめ
(1) 目的は、有害差別図書によって青少年の健全な育成が阻害されることの防止である。大阪ヘイトスピーチ条例事件(最判令4.2.15)は、規制対象が過激で悪質性の高い表現に限定されていることを前提に、特定の個人を対象とするものでなくとも「これを抑止する必要性が高いことに変わりはない」とした。精神的に未成熟な青少年が環境から負の影響を受けやすいことも踏まえれば、目的は重要である。
(2) 手段についてみる。典型的表現は、過去に各地方自治体でヘイトスピーチと認められた表現を参考に特定され、新法に限定列挙されるから、通常の判断能力を有する一般人の理解において適用の有無を判断でき、不明確とはいえない(徳島市公安条例事件・最大判昭50.9.10)。しかし、包括指定は典型的表現を含むページが総数の10分の1以上であれば足りるから、最大で10分の9のページに典型的表現を含まない図書も指定される。ヘイトスピーチを批判・検証するために典型的表現を引用した図書や、政治的主張の一部に典型的表現が含まれる図書も、文脈を問わず機械的に指定され、青少年は当該図書の正当な部分に接する機会まで一律に奪われる。有識者15名の審査会による専門的・総合的判断を経ないため、個別指定の要件①から③に該当しない図書が指定される危険が構造的に避けられず、現に図書Aは新法施行と同時に指定されている。
(3) これに対し、指定取消の申出制度があり、審査会の意見を聞いて個別指定の対象に該当しなければ取り消されるから、手続保障は事後的に補われているとの反論が考えられる。しかし、申出ができるのは著者又は出版者に限られ、購入を希望する青少年自身には是正手段がなく、取消しまでの間は指定の効力が続く。図書Aについて取消しの申出はされておらず、青少年の知る自由は第三者の行動の有無に左右されている。また、伊藤補足意見のように、個別指定のみでは多数の図書に対応できず実効性を欠くとして包括指定の必要性を強調する見解もある。しかし、同事件の自動販売機と異なり、図書の販売は対面又はオンラインで年齢確認を伴って行われるのであるから、審査会の意見を経た個別指定と販売規制の組合せによって青少年の入手を抑止できないとはいえない。
5 結論
以上から、包括指定は、規制対象が過度に広汎であり必要最小限度の手段とはいえないから、包括指定を受けた図書Aを青少年が購入できないことは、憲法21条1項に違反する。
第2 設問2(成人が年齢確認を受けなければ図書Bを購入できないことの憲法21条適合性)
1 保障と制約
成人が図書Bを購入し閲読する自由も、前述のとおり21条1項により保障される。新法は成人への販売を禁止していないが、店頭では包装陳列のため購入前に中身を閲覧できず、運転免許証等の身分証明書による年齢確認を受けなければ購入できず、電子書籍を含むオンライン販売でも身分証明書をデジタルデータとして読み取らせる必要がある。有害差別図書の購入者として身元を明らかにすることへの負担から、現に一定数の成人が購入を見合わせていることが所管省の調査で明らかになっており、年齢確認義務は成人の知る自由に対する萎縮効果を伴う制約である。
2 審査基準
(1) 岐阜県青少年保護育成条例事件は、自動販売機への収納禁止について、成人に対する関係においても有害図書の流通を幾分制約するものの、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う必要やむをえない制約であるとして合憲とした。この立場からは、成人への制約は青少年保護規制に付随する間接的なものにすぎず、緩やかな審査で足りるとの見解が成り立つ。
(2) しかし、同事件では成人は店頭で自由に購入できたのに対し、本問では店頭・オンラインを問わず全ての購入経路で身元の開示が求められ、萎縮効果が直接に成人に及ぶ。規制対象には政治的主張を伴う図書が含まれ、自己統治の価値にも関わる。他方、個別指定は有識者からなる審査会の意見を聞いて個別的に行われ、事前抑制的な性格を有するとしても公正な機関による手続を備えている。成人は年齢確認を受ければ店頭でもオンラインでも購入でき、成人の知る自由が全面的に閉ざされるわけではない。そこで、目的が重要であり、手段が目的と実質的関連性を有し、成人の知る自由を必要以上に制約しないものであるかという中間的な審査によるべきである。
3 あてはめ
(1) 目的は設問1で述べたとおり重要である。
(2) 青少年への販売を禁止する以上、販売時に青少年か否かを識別する手段が不可欠であり、年齢確認は目的と実質的関連性を有する。包装陳列も、青少年が店頭で中身を閲覧することを防ぐ目的に直結する。オンライン販売で身分証明書のデジタル読取りを求めるのも、年齢の自己申告では実効性がない以上、合理的である。
(3) 成人の負担についてみると、年齢確認は年齢の確認に必要な身分証明書の提示にとどまり、問題文上、購入者の氏名等の記録・保存や当局への報告を義務付ける定めはないから、購入者の思想傾向が国に把握される仕組みにはなっていない。身元開示への抵抗から一定数の成人が購入を見合わせている事実は萎縮効果の存在を示すものとして軽視できないが、それは入手の全面的な遮断ではなく、図書Bは専門家の審査を経て文脈を踏まえた悪質性の判断がされた図書である。年齢確認を伴わない手段では青少年への販売を防げず、より制限的でない有効な代替手段は想定し難い。
(4) これに対し、違憲説からは、政治的主張を含み得る図書の購入に身元開示を求めることは、思想を理由とする不利益を受けるおそれを生じさせて購入者を萎縮させ、成人の知る自由を間接的に封じるとの主張があり得る。しかし、年齢確認を一切要しない形では青少年保護の目的を達成し得ず、萎縮の程度も一定数の購入見合わせにとどまる。ただし、オンライン販売で読み取られたデジタルデータが事業者の下に蓄積されれば萎縮効果は高まるから、読取り後のデータの保存を禁止するなど、購入者の匿名性を保護する運用が要請される。
4 結論
以上から、成人が年齢確認を受けなければ図書Bを購入できないことは、憲法21条1項に違反しない。
以上