予備試験 令和6年 憲法
問題文
次の文章を読んで、後記の〔設問〕に答えなさい。
山懐に抱かれたA集落(人口約170人、世帯数約50戸)は、B市の字(あざ)の一つであり、何百年にもわたって集落の氏神を祀(まつ)るC神社を中心に生活が営まれてきた。A町内会は、A集落の住民が自治的に組織した任意団体であり、地方自治法第260条の2の「認可地縁団体」(資料参照)であって、現在の加入率は100パーセントである。A町内会規約はその目的に「会員相互の親睦及び福祉の増進を図り、地域課題の解決等に取り組むことにより、地域的な共同生活に資すること」を掲げ、この目的を達成するための事業として、①清掃、美化等の環境整備に関すること、②防災、防火に関すること、③住民相互の連絡、広報に関すること、④集会所の管理運営に関すること、⑤その他A町内会の目的を達成するために必要なこと、を挙げている。
A集落では地域の共同事業を住民自ら担ってきた。A町内会として、例えば、生活道路・下水道の清掃、ごみ収集所の管理、B市の「市報」等の配布、C神社の祭事挙行への協力などを行っている。町内会費は1世帯当たり年額8000円であり、町内会費からは、街路灯費やごみ収集所管理費などに加え、C神社祭事挙行費を支出している。祭事挙行費は1世帯当たり年額約1000円である。
C神社は宗教法人ではなく、氏子名簿もない。かつて火事で鳥居を除いて神社建物が失われたため、同所にA町内会が、御神体を安置した集会所を建設した。集会所入り口には「A町内会集会所」「C神社」と並列して表示されている。集会所は大きな一部屋から成る建物であり、平素から人々の交流や憩いの場となっている。C神社には神職が常駐しておらず、日々のお祀(まつ)りは集会所の管理と併せて、A町内会の役員が持ち回りで行っている。年2回行われるC神社の祭事では、近隣から派遣された宮司が祝詞をあげるなど、神道方式により神事が行われるほか、集落に伝えられてきた文化である伝統舞踊が、神事の一環として披露される。祭事の準備・執行・後始末などを担当しているのは、A町内会の会員である住民である。住民の中にはC神社の氏子としての意識が強い者もいれば弱い者もいるが、住民のほとんどはC神社の祭事をA集落の重要な年中行事と認識している。
D教の熱心な信者であるXは、旅行中にA集落の風景が大変気に入り、A集落内に定住することとした。Xは、生活道路・下水道の清掃、ごみ収集所の管理、B市の「市報」等の配布については、日常生活に不可欠であり、A集落に住む以上はA町内会に加入せざるを得ないと思っている。
しかしC神社の祭事挙行のために町内会費が使われることは、金額の多寡にかかわらず、D教徒であるXとしては、到底認められない。そこで、町内会に加入するに当たり「⑴祭事挙行費を町内会の予算から支出する慣行をなくしてほしい、⑵もしそれが無理なら、祭事挙行費1世帯割合相当の1000円を差し引いた年額7000円のみを会費として納めたい。」とA町内会会長に相談を持ち掛けた。
A町内会総会ではXの提案に対する否定的意見が多く示された。会員Eは「A町内会は任意の私的団体なのだから、私たちが決めたやり方でいいはずだ。」と言い、会員Fは「祭事はA集落の重要な年中行事だ。集落を支えている町内会の会費から支出しなければ、集落に伝えられてきた伝統舞踊も続けられなくなる。」と発言した。また、氏子意識の強い会員Gは「私のような氏子にとって、祭事は信仰に基づく大切な宗教的活動だ。祭事ができなくなると私の信教の自由はどうなるのか。」と述べた。さらに会員Hは「一括して一律に徴収するのが楽である。一人一人が都合を言い始めたら話が収まらない。」と意見を言うなど、種々様々であった。そこでA町内会会長は、知り合いの法律家に、憲法上の問題について意見を求めることにした。
〔設問〕
あなたが意見を求められた法律家であるとして、以下の⑴及び⑵について、必要に応じて判例に触れつつ、あなた自身の見解を述べなさい。
⑴ 祭事挙行費を町内会の予算から支出することの可否
⑵ 祭事挙行費を予算から支出し得るとして、町内会費8000円を一律に徴収することの可否
【資料】地方自治法(昭和22年法律第67号)(抄録)
第260条の2 町又は字の区域その他市町村内の一定の区域に住所を有する者の地縁に基づいて形成された団体(以下本条において「地縁による団体」という。)は、地域的な共同活動を円滑に行うため市町村長の認可を受けたときは、その規約に定める目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。
②③④⑤ (略)
⑥ 第一項の認可は、当該認可を受けた地縁による団体を、公共団体その他の行政組織の一部とすることを意味するものと解釈してはならない。
(以下略)
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、団体と団体の構成員をめぐる憲法上の論点に関する問題である。
本問で、C神社の祭事を、宗教というよりA集落の伝統と位置付ける住民の存在はあるが、C神社は氏神を祀る神社であり、神事を含めた祭事挙行に関わる宗教性は否定しえない。とはいえA町内会は私的団体であり、政教分離原則(憲法第20条、第89条)は直接には関係せず、私人と私人の間の問題である。このことを踏まえた上で、議論枠組みを設定する必要がある。その際、判例としては三菱樹脂事件(最高裁大法廷判決昭和48年12月12日民集27巻11号1536頁)を意識することが求められる。
その上で、A町内会やA町内会とほぼ同一の集団としての氏子集団の活動と、構成員である会員(会員となる者も含む。)の信教の自由(憲法第20条)との問題を調整することとなるが、A町内会は実質的に公共的な事務を担っており、また事実上の強制加入団体であることにも注意を払う必要がある。
判断枠組みについて、たとえば国労広島地本事件(最高裁第三小法廷判決昭和50年11月28日民集29巻10号1698頁)や、南九州税理士会事件(最高裁
第三小法廷判決平成8年3月19日民集50巻3号615頁)等の判例を踏まえて検討することが求められる。
具体的に、設問で求められている①神社での祭事挙行費の町内会費からの支出、
②町内会会員の信教の自由と協力義務の限界、を考えるに当たっては、認可地縁団体としての目的(地方自治法第260条の2第1項)の範囲内であるか否か、範囲内であるとして、祭事挙行費相当も含む町内会費の一律徴収に応じる協力義務を課しうるか否かを論ずることになる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1(祭事挙行費を町内会の予算から支出することの可否)
1 議論の枠組み
(1) C神社は宗教法人ではなく氏子名簿もなく、祭事を集落の伝統と捉える住民もいる。しかし、C神社は集落の氏神を祀る神社であり、年2回の祭事では近隣から派遣された宮司が祝詞をあげるなど神道方式により神事が行われ、伝統舞踊も神事の一環として披露される。集会所には御神体が安置され、役員が日々のお祀りを行っている。祭事挙行の宗教性は否定できず、祭事挙行費の支出は宗教行事への支出である。
(2) もっとも、政教分離原則(憲法20条1項後段・3項、89条)は国及びその機関(地方公共団体を含む。)を名宛人とする。A町内会は住民が自治的に組織した任意団体であり、地方自治法260条の2第1項の認可地縁団体として法人格を有するが、同条6項は、認可が当該団体を「公共団体その他の行政組織の一部とすることを意味するものと解釈してはならない」と明記している。判例も、自治会を私的な任意団体とし、会員に退会の自由を認めている(最判平17.4.26)。A町内会が市報の配布等を担うことから政教分離の趣旨を類推すべきとの見解もあり得るが、同条6項の明文に反し採り得ない。したがって、政教分離原則は直接には適用されず、本問はA町内会と会員Xという私人間の問題である。
(3) 憲法の人権規定は、もっぱら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律するものではなく、民法1条・90条等の一般条項の適用を通じて間接的に私人間に憲法の趣旨を及ぼすべきである(三菱樹脂事件・最大判昭48.12.12)。そこで、本問は、A町内会の結社の自由(21条1項)に基づく自律的決定と、会員(Xのように加入しようとする者を含む。)の信教の自由(20条1項・2項)との調整を、地方自治法260条の2第1項の「目的の範囲」及び民法90条の解釈を通じて図る問題である。
(4) その際、A町内会の性格が重要である。A町内会は、生活道路・下水道の清掃、ごみ収集所の管理、市報の配布といった、本来B市が担うべき実質的に公共的な事務を担い、加入率は100パーセントであって、X自身「A集落に住む以上は加入せざるを得ない」と考えている。法的には退会が自由でも、A集落に住む者にとっては事実上の強制加入団体である。他方で、祭事の準備・執行・後始末を担うのはA町内会の会員であり、A町内会は氏子集団とほぼ同一の集団でもある。
2 目的の範囲
(1) 認可地縁団体は「その規約に定める目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う」(地方自治法260条の2第1項)から、祭事挙行費の支出が目的の範囲内かが問題となる。判例は、団体の目的の範囲を、定款等記載の目的自体に限らず目的遂行に直接又は間接に必要な行為を含むと広く解する一方(八幡製鉄事件・最大判昭45.6.24)、強制加入団体については、脱退の自由がなく様々な思想・信条を有する者の存在が当然に予定されていることから、構成員の思想・信条の自由との関係で目的の範囲を限定的に解している(南九州税理士会事件・最判平8.3.19)。目的の範囲は、団体の性質、規約上の目的と当該行為との関連性、構成員の権利への影響を考慮して判断すべきである。
(2) Xの立場からは、規約の事業①から④までに宗教行事は含まれず、事実上の強制加入団体であるA町内会が⑤を根拠に宗教行事へ支出することは、税理士会の政治献金と同様、目的の範囲外であるとの主張が考えられる。
(3) しかし、南九州税理士会事件で問題となった政治献金は、税理士会の目的と無関係で会員の政治的立場に直接関わるものであった。これに対し、C神社の祭事は、何百年にわたりA集落の生活の中心にあった行事であり、住民のほとんどが集落の重要な年中行事と認識し、集落に伝えられた文化である伝統舞踊の継承の場でもある。A町内会は火事の後に御神体を安置した集会所を自ら建設し、「A町内会集会所」「C神社」と並列表示して平素は交流や憩いの場とし、日々のお祀りも集会所の管理(事業④)と併せて行い、現に祭事挙行への協力を共同事業として行っている。これらに照らせば、祭事挙行費の支出は、規約の目的である「会員相互の親睦」と「地域的な共同生活」に密接に関連する行為として事業⑤に含まれる。強制加入団体である司法書士会についても、他会への復興支援拠出金が目的の範囲内とされた例がある(最判平14.4.25)。会員Fの言う伝統舞踊の継承も、祭事と不可分であり、目的との関連性を裏付ける。
(4) もっとも、目的の範囲内であることは、団体として支出し得るというにとどまり、宗教性を帯びる活動への協力を反対する会員に強制できるかは別問題である(設問2)。
3 結論
祭事挙行費を町内会の予算から支出することは、A町内会の目的の範囲内の行為として許される。会員Eの言うとおり私的団体の自律的決定として尊重されるが、それは会員個人の信教の自由を侵害しない限度においてである。
第2 設問2(町内会費8000円を一律に徴収することの可否)
1 判断枠組み
(1) 祭事挙行費1世帯約1000円を含む8000円を一律に徴収することは、D教徒であるXに、自己の信仰に反する神道の祭事への金銭的協力を強制するものであり、Xの信教の自由と衝突する。
(2) 判例は、労働組合の活動が目的の範囲内であっても組合員の協力義務は無限定ではなく、問題とされる活動の内容・性質、組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較考量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、協力義務の範囲に合理的な限定を加えるべきであるとする(国労広島地本事件・最判昭50.11.28)。また、強制加入団体については、脱退の自由がなく様々な思想・信条を有する者の存在が当然に予定されているから、多数決によっても構成員の思想・信条の自由を侵害することは許されない(南九州税理士会事件)。下級審も、自治会が募金を会費に上乗せして一律徴収する決議を、会員の思想・信条の自由を侵害し公序良俗に反すると判断している(大阪高判平19.8.24)。
(3) A町内会は、法的には退会自由な任意団体であるが、日常生活に不可欠な公共的事務を担い、事実上脱退の自由がない点で強制加入団体と同視できる。したがって、一律徴収の決定は、会員の信教の自由という基本的利益を侵害する限度で協力義務の範囲を超え、その限度で民法90条により無効となる。
2 あてはめ
(1) X側の不利益をみる。求められる協力は祭事への参加ではなく金銭の拠出であり、年額約1000円と少額である。しかし、信教の自由は信仰に反する宗教上の行為への参加を強制されない自由を含み(20条2項)、金銭的協力であっても自己の信仰と相容れない神事を支える行為である点に変わりはない。Xが「金額の多寡にかかわらず到底認められない」とするのは、D教の熱心な信者としての真摯な信仰に基づくものであり、金額の少なさを理由に協力を強いることはできない。Xは旅行中に風景が気に入って自ら定住を選んだ者であるが、居住地の選択と信仰の放棄を天秤にかけさせること自体が信教の自由と相容れず、転入者であることは受忍の理由にならない。
(2) 他方、A町内会側の必要性は小さい。Xが求めるのは祭事挙行費相当の1000円を差し引いた7000円の納付であり、世帯数約50戸、祭事挙行費総額約5万円のうちX1世帯分の免除が祭事の挙行を左右するとは考え難い。会員Gは祭事ができなくなれば自己の信教の自由が害されると述べるが、信教の自由は他者に自己の宗教行事の費用負担を求める権利を含まず、X1世帯の免除で祭事ができなくなるわけでもない。会員Fの言う伝統舞踊の継承も、反対者への免除と両立する。会員Hの言う一括徴収の便宜は、祭事挙行費が1世帯約1000円と既に算定されており区分徴収が容易である以上、信教の自由を制約する理由にならない。会費8000円の大半は街路灯費やごみ収集所管理費等の公共的事務に充てられるものであり、Xはその納付を拒んでいないから、争いは1000円部分に限られる。
(3) よって、Xに祭事挙行費を含む8000円の納付を強制することは、町内会活動の実効性にほとんど影響しない一方、Xの信仰の核心に関わる基本的利益を害するものであり、協力義務の範囲を超える。
3 結論
町内会費8000円を一律に徴収することは、信仰上の理由から祭事挙行費の負担を拒む会員との関係では協力義務の限界を超え、祭事挙行費相当部分について民法90条により無効となる。A町内会としては、Xのような会員には祭事挙行費相当額を免除するか、祭事挙行費を一般会費と区分して任意の拠出とする方法を採るべきである。
以上