予備試験 令和5年 憲法
問題文
[憲 法]
大手新聞社Aで記者として働いていたXは、編集方針等の違いからAを退社し、現在は、フリージャーナリストを自称し、B県を拠点に、主に環境問題について取材その他の活動を行っている。しかし、Xの取材及び発表の手段は、Aの記者だったときとは変化している。取材の手段について言えば、B県には、新聞社等の報道機関によって設立された取材・報道のための自主的な組織であるB県政記者クラブが存在するが、同クラブは、その規約上、日本新聞協会加盟社とこれに準ずる報道機関から派遣された県政担当記者のみを構成員としており、フリージャーナリストであるXは入会を認められていない。
B県庁やB県警は、記者発表には、B県政記者クラブに所属する報道機関の記者のみに出席を認めているため、Xは出席することができない。また、Xの発表の場は主にインターネットとなり、自らの関心に応じて取材した内容を動画サイトに投稿し、閲覧数に応じて支払われる広告料によって収入を得ている。環境問題に鋭く切り込むXの動画は若い世代を中心に関心を集め、インフルエンサーとして認識されつつある。さらに、Xは、これまでに取材・投稿した内容に基づくノンフィクションの著作1冊を公表している。
Xは、森林破壊に関する取材の過程で、SDGsに積極的にコミットしていることで知られる家具メーカー甲が、実はコストを安く抑えるために、濫開発による森林破壊が国際的に強い批判を受けているC国から原材料となる木材を輸入し、日本国内で加工し製品化しているのではないかと考え、甲に取材を申し入れた。しかし、甲は、輸入元は企業秘密に当たるので回答できないとして、これを拒否した。
そこでXは、半年前に甲を退社し、現在は間伐材を活用したエコロジー家具の工房を開いている元従業員乙に取材を申し入れた。乙は当初、「退職していても守秘義務があるから何も話せない。」と言い、取材に応じることを断っていた。しかし、Xは乙の工房に通い詰めたばかりか、乙が家族と住む自宅にまで執ように押し掛け、「あなたが甲の行為を黙認することは、環境破壊に手を貸すのも同然だ。保身のためなら環境などどうなっても良いという、あなたのそんな態度が世間に知れたら、エコロジー家具の看板にも傷がつく。それでいいのか。」などと強く迫り、エコフレンドリーという評判が低下し工房経営に悪影響が及ぶことを匂わせた。そこで乙は、最終的には、名前を仮名にすること及び画像と音声を加工することを条件に、Xの求めに応じてインタビューを受け、甲はC国から原材料を輸入していると語った。
Xは、このインタビューに基づき、「SDGsを標榜する甲の裏の顔」と題する動画を作成し、動画サイトに投稿した。動画には、乙が特定されない加工が施されていたが、Xが繰り返し取材をし、取材対象者に強く証言を迫る様子が映っていた。この動画は反響を呼び、その後、マスコミ各社が後追い報道を行ったこともあって、濫開発による森林破壊に加担しているとして甲の製品の不買運動が起こるなどの影響をもたらした。
甲は、労働者との間に守秘義務契約を交わしており、同契約書には、原材料の輸入元を含む取引先の情報は守秘義務の対象となる企業秘密に含まれること、守秘義務の対象となる情報は、退職後においても、開示、漏えい又は使用しないことが明記されている。同契約書によれば、守秘義務に反した場合は損害を賠償することとされている。Xの作成した動画を見た甲は、乙が情報を漏えいしたと考え、乙に対して守秘義務違反に基づく損害賠償請求訴訟を提起し、その訴訟においてXを証人として尋問することを求め、裁判所はこれを認めた。
Xは、証人尋問においてインタビューに応じた者の名前を問われたが、民事訴訟法第197条第1項第3号所定の職業の秘密に該当するとして、証言を拒んだ。これに対し甲は、Xの証言拒絶は認められないと主張している。この証言拒絶について、Xの立場から憲法に基づく主張を述べた上で、それに対して想定される反論や関連する判例を踏まえて、あなた自身の見解を述べなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、フリージャーナリストが民事訴訟において取材源について証言を求められた際にそれを秘匿することについて、憲法上の根拠の有無及び保護の範囲を問うものである。この問いに答えるためには、報道を行う上で不可欠の前提である取材の自由及び取材源秘匿について、それを享有する主体の範囲を含めて、判例及び学説の正確な理解とそれを事案に適用する能力とが必要である。
第一に問われるのは、取材の自由及び取材源秘匿の憲法上の位置付けである。判例(博多駅事件(最大判昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁))は、報道機関の報道は国民の知る権利に奉仕するものであり、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法第21条の保障の下にあるとする。取材の自由はその不可欠の前提であり、判例は「憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値いする」と述べる。そのため、学説においては、憲法第21条は取材の自由を直接保障していないとするものもあるが、表現の自由の一つとして憲法第21条の保障を受けるとする見解が有力である。また、取材源秘匿については「取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」と認められている(NHK記者証言拒絶事件(最判平成18年10月3日民集60巻8号2647頁))。ただし、上記の各判例は、いずれも「報道機関」を対象としたものであり、フリージャーナリストの位置付けは、判例上明確に示されていない。そこで、その点をどう判断するかが第二の論点となる。報道は国民の知る権利に奉仕するもので、そのために、取材の自由は「報道機関」に対して特に認められたものである。しかし、「報道機関」の範囲をどう捉えるかは議論の余地がある。Xのようなフリージャーナリストに取材の自由の保障が及ばないとすれば、そうした区分の合理性が問題となり、実質的に報道機関としての性質を備えているかで判断するとすれば、「報道機関」としての性質をどう捉えるかが問題となる。
第三に、本問では、フリージャーナリストは、取材相手に対して民事上の守秘義務契約があると知りながら、それに反する行為を強く迫っており、これが正当な取材活動に当たるか否かが問題となる。この点については、外務省秘密電文漏洩事件(最決昭和53年5月31日刑集32巻3号457頁)における「報道機関といえども……取材の手段・方法が……一般の刑罰法令に触れる行為を伴う場合は勿論、その手段・方法が一般の刑罰法令に触れないものであっても、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合にも、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる」との判示が参考になる。本問は、刑罰法令違反ではなく、民事上の守秘義務違反が問題となる事例であるが、上記判旨を踏まえ、かつ、本問で事実として示された取材の態様に照らして判断を示す必要がある。
最後に、民事訴訟法第197条第1項第2号は一定の職業について、職務上知り得た事実で黙秘すべきものであることを理由とする証言拒絶を認め、さらに、同項第3号で概括的に「技術又は職業の秘密に関する事項」について証言拒絶を認めている。フリージャーナリストは同項第2号に列挙された職業には該当しないため、同項第3号による保護が及ぶかどうかが問題となる。これについて、判例(NHK記者証言拒絶事件)は「職業の秘密に当たる場合においても……直ちに証言拒絶が認められるものではなく、そのうち保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認められ」、「保護に値する秘密であるかどうかは、秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲となる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられる」とした上で、「報道関係者の取材源は、一般に、それがみだりに開示されると、報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり、報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので、取材源の秘密は職業の秘密に当たる」としている。上記判旨をも踏まえて、結論を示す必要がある。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 Xの憲法上の主張
1 報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき重要な判断の資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するものであるから、思想の表明の自由のみならず、事実の報道の自由も21条の保障のもとにある。また、報道のための取材の自由も、21条の精神に照らし、十分尊重に値する(博多駅事件・最大決昭和44年11月26日)。取材は報道の不可欠の前提であるから、取材の自由は表現の自由の一内容として21条1項の保障を受けると解すべきである。
2 そして、取材源がみだりに開示されれば、報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられる。それゆえ、取材源の秘匿は、取材の自由を確保するために必要なものとして重要な社会的価値を有する(NHK記者証言拒絶事件・最判平成18年10月3日)。
3 Xは、B県を拠点に環境問題について継続的に取材・発表を行う者であり、取材源秘匿の利益について21条1項の保護を受ける。Xは乙に対し名前を仮名とし画像・音声を加工することを約束して取材したのであり、証言を強制されれば乙との信頼関係が破壊され、以後の取材活動が不可能となる。したがって、取材源は民事訴訟法197条1項3号の「職業の秘密」に当たり、Xは証言を拒絶できる。
第2 想定される反論
1 博多駅事件決定及びNHK記者証言拒絶事件判決は、いずれも組織的な編集体制と自主的な規律を備えた「報道機関」を対象とするものである。フリージャーナリストを自称するにすぎないXは、B県政記者クラブの構成員でもなく、閲覧数に応じて支払われる広告料を得る目的で取材しているにすぎないから、取材の自由の保障は及ばない。
2 仮に保障が及ぶとしても、Xは乙に守秘義務があることを知りながら、工房に通い詰め、家族と住む自宅にまで執ように押し掛け、工房経営への悪影響を匂わせて証言を迫ったのであり、正当な取材活動の範囲を逸脱している。違法な取材により得られた取材源に保護は及ばない。
3 民訴法197条1項2号は列挙された職業に限って証言拒絶を認めており、Xはこれに該当しない。本件訴訟において誰が情報を漏えいしたかは請求の成否を決する中核的事実であり、証言の拒絶は真実発見及び裁判の公正を著しく害する。
第3 私見
1 取材の自由の保護が及ぶ主体
取材の自由が保護されるのは、報道が国民の知る権利に奉仕するからである。したがって、保護の及ぶ範囲は、特定の組織に属するかという形式によるのではなく、国民の知る権利に奉仕する取材・発表活動を実質的に行っているか否かによって決すべきである。インターネットの普及により組織に属さない者が広く情報を発信することが可能となった今日、記者クラブへの加入や新聞協会加盟社への所属の有無によって保護の有無を分けることは、合理的な根拠を欠く。また、本件のB県政記者クラブは報道機関が設立した自主的な組織であり、その規約による構成員の範囲が憲法上の保護の範囲を画するものではない。
本件では、Xは、①大手新聞社Aの記者としての経歴を有し、②環境問題という公共性の高い分野について継続的に取材を行い、③動画サイトへの投稿により若い世代を中心に広く情報を発信してインフルエンサーと認識されるに至り、④取材内容に基づくノンフィクションの著作も公表しており、⑤本件取材においても仮名化と画像・音声の加工という取材源保護の配慮を行っている。これらに照らせば、Xは実質的に報道機関としての性質を備え、その取材活動は国民の知る権利に奉仕するものと評価できる。広告料収入を得ていることは、報道機関が事業として報道を行うのと異ならず、保護を否定する理由にならない。
よって、Xにも取材の自由及び取材源秘匿について21条1項の保護が及ぶ。
2 取材態様の正当性
報道機関といえども、取材の手段・方法が一般の刑罰法令に触れる行為を伴う場合はもちろん、刑罰法令に触れないものであっても、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合には、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる(外務省秘密電文漏洩事件・最決昭和53年5月31日)。
本件は刑罰法令違反ではなく民事上の守秘義務違反を働きかけた事案であるが、上記の判示は取材が他者の法的利益の侵害を伴う場合一般に妥当するから、本件にも及ぶ。もっとも、守秘義務は当事者間の契約上の義務にとどまり、その違反を求めること自体が直ちに社会観念上是認できないとはいえない。企業秘密の中にも、環境破壊への加担のように公表されるべき公共性を有するものがあるからである。そこで、取材対象者の人格的利益の侵害の程度と、取材により明らかにしようとする事項の公共性とを総合して判断すべきである。
本件では、Xは、乙が当初「守秘義務があるから何も話せない」と明確に取材を断ったにもかかわらず、工房に通い詰めたばかりか、乙が家族と住む自宅にまで執ように押し掛けており、乙及びその家族の私生活の平穏を害している。しかも、環境破壊に手を貸すのも同然であるという非難を加え、その態度が世間に知れればエコロジー家具の看板にも傷がつくと述べて、工房経営への悪影響を匂わせており、乙の職業上の信用及び営業上の利益に対する不利益を示唆して意思決定を圧迫したものである。これは、取材対象者の人格の尊厳を著しく蹂躙する態様に当たる。
他方、取材事項は、SDGsへの積極的な取組を標榜する家具メーカー甲が、濫開発による森林破壊が国際的に強い批判を受けているC国から原材料を輸入しているのではないかという点であり、消費者の商品選択に直結し、公共性は極めて高い。甲自身は企業秘密として回答を拒否しており、真相を知る手段も乏しい。
もっとも、取材事項の公共性が高いことは、取材の必要性を裏付けるものではあっても、取材対象者を圧迫して証言を強いることを正当化するものではない。本件では、乙の退職後の立場や工房経営への影響という乙個人の弱みを突いて証言を迫っており、取材の必要性に照らしても手段として過剰である。したがって、本件取材は正当な取材活動の範囲を逸脱する違法な態様を含むといわざるを得ない。
3 証言拒絶の可否
民訴法197条1項2号に列挙された職業に該当しない者であっても、同項3号の「技術又は職業の秘密」に当たる事項については証言を拒むことができる。報道関係者の取材源は、一般に、それがみだりに開示されると報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり、その業務の遂行が困難になるから、職業の秘密に当たる。
もっとも、職業の秘密に当たる場合においても、直ちに証言拒絶が認められるものではなく、そのうち保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認められる。保護に値する秘密であるかどうかは、秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲となる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられる(NHK記者証言拒絶事件)。具体的には、当該報道の公共性、当該民事事件の性質・内容、取材源に関する証言が当該事件の解決にとって必要不可欠であるか、代替証拠の有無、取材が違法又は著しく不当な方法によるものでないかを総合考慮すべきである。
本件では、報道の公共性は高く、マスコミ各社の後追い報道や不買運動を招いたことからも社会的意義は大きい。他方、本件訴訟は甲が乙に対して守秘義務違反に基づく損害賠償を求めるものであり、乙が情報を漏えいしたか否かは請求原因の中核であって、証言の必要性は高い。もっとも、甲は既に乙を被告として訴えており、乙自身に対する尋問や、乙が半年前に甲を退社して間伐材を活用したエコロジー家具の工房を開いたという経緯、動画の内容等の間接事実によって立証することが可能であるから、Xの証言が必要不可欠とまではいえない。
しかし、本件取材は、前述のとおり自宅への執ような押し掛けと営業上の不利益の示唆によって証言を迫るものであり、取材の方法が著しく不当である。取材源秘匿が保護されるのは、報道関係者と取材源となる者との間の自由な信頼関係を確保し、将来の取材活動を可能とするためである。本件の乙は、自由な意思に基づいて情報を提供した者ではなく、圧迫を受けて意に反して証言した者であるから、このような取材により得られた取材源の秘密は、上記の制度目的に照らして保護に値する程度が低い。
以上を比較衡量すると、本件取材源の秘密は保護に値する秘密に当たらない。
第4 結論
Xにも取材の自由及び取材源秘匿について21条1項の保護が及ぶが、本件取材の態様は正当な取材活動の範囲を逸脱しており、本件取材源の秘密は保護に値する秘密に当たらないから、民訴法197条1項3号に基づくXの証言拒絶は認められない。
以上