予備試験 平成24年 憲法
問題文
[憲 法]
20**年**月に,衆議院議員総選挙が行われる。その際に,日本国憲法第79条第2項ないし第4項及び最高裁判所裁判官国民審査法(以下「国民審査法」という。同法については,資料1参照)に基づき,最高裁判所裁判官の国民審査も行われる。国民審査法第15条によれば,審査人は,罷免を可とする裁判官については,投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に自ら×の記号を記載し,罷免を可としない裁判官については,投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に何らの記載もしないで,投票しなければならないとされている。
国民審査法第53条及び同条に基づき規定された最高裁判所裁判官国民審査法施行令第26条(資料2参照)によれば,審査公報に掲載されるのは,審査に付される裁判官の氏名,生年月日及び経歴並びに最高裁判所において関与した主要な裁判その他審査に関し参考となるべき事項である。
今回の国民審査で審査権を有するAは,審査公報に挙げられていた主要な裁判について,その判決文にまで当たって審査の対象となる各裁判官の見解を調べ,さらに,各裁判官の経歴等も調べた。その結果,各裁判官に対するAの評価は,最高裁判所裁判官として適格と判断した裁判官,不適格と判断した裁判官,そして適格・不適格いずれとも判断できなかった裁判官に分かれた。Aは,不適格と判断した裁判官に対する記載欄には×の記号を記載し,適格・不適格いずれとも判断できなかった裁判官に対する記載欄には何も記載せずに投票した。Aは,適格と判断した裁判官に対する記載欄には○の記号を記載したかったが,国民審査法第15条の規定によって何も記載しないで投票せざるを得なかった。
Aは,最高裁判所裁判官に対する国民審査制度を設けた憲法の趣旨に照らし,現行の制度には幾つかの問題があると考えた。Aは,現行の国民審査法を合憲とする1952年の最高裁判所大法廷判決を知っていたが,国民審査法第36条に基づく訴訟を提起して,上記最高裁判所判例の変更の必要性も憲法上の主張の一つとして主張しつつ,現行の国民審査制度の是正を図りたいと思った。
以上のことを前提として,以下の各設問に答えなさい。
〔設問1〕
あなたがAの訴訟代理人になった場合,国民審査法第36条に基づく訴訟において,訴訟代理人としてあなたが行う憲法上の主張を述べなさい。
〔設問2〕
設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べなさい。
【資料1】最高裁判所裁判官国民審査法(昭和22年11月20日法律第136号)(抄録)
第1条 最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査については,この法律の定めるところによる。
第4条 衆議院議員の選挙権を有する者は,審査権を有する。
第15条 審査人は,投票所において,罷免を可とする裁判官については,投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に自ら×の記号を記載し,罷免を可としない裁判官については,投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に何等の記載をしないで,これを投票箱に入れなければならない。
2 投票用紙には,審査人の氏名を記載することができない。
第30条 審査会は,中央選挙管理会の指定した場所で,これを開く。
2 審査長は,審査権を有する者の中から中央選挙管理会の選任した者を以て,これに充てる。
3 審査長は,審査会に関する事務を担任する。
4 審査長は,第8条の選挙人名簿に登録された者の中から審査立会人3人を選任しなければならない。
5 審査長は,すべての審査分会長から前条の報告を受けた日又はその翌日に審査会を開き,審査立会人立会の上,その報告を調査しなければならない。
第33条 第30条第5項の規定による調査を終えたときは,審査長は,直ちに罷免を可とされた裁判官の氏名並びに罷免を可とする投票の数及び罷免を可としない投票の数その他審査の次第を中央選挙管理会に報告しなければならない。
2 中央選挙管理会は,前項の報告を受けたときは,直ちに罷免を可とされた裁判官にその旨を告知し,同時に罷免を可とされた裁判官の氏名を官報で告示し,かつ,総務大臣を通じ内閣総理大臣に通知しなければならない。
第36条 審査の効力に関し異議があるときは,審査人又は罷免を可とされた裁判官は,中央選挙管理会を被告として第33条第2項の規定による告示のあつた日から30日内に東京高等裁判所に訴えを提起することができる。
第53条 都道府県の選挙管理委員会は,政令の定めるところにより,審査に付される裁判官の氏名,経歴その他審査に関し参考となるべき事項を掲載した審査公報を発行しなければならない。
【資料2】最高裁判所裁判官国民審査法施行令(昭和23年5月25日政令第122号)(抄録)
第26条 審査公報には,審査に付される裁判官の氏名,生年月日及び経歴並びに最高裁判所において関与した主要な裁判その他審査に関し参考となるべき事項を掲載するものとする。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は,最高裁判所裁判官国民審査制をめぐる問題である。1952年の最高裁判決は,国民審査制を「実質において所謂解職の制度」と捉え,記載欄に何らの記載がされていないものを,積極的に罷免を可とする意思を持たないものとして取り扱うことを当然とした。国民審査制を法の定める統治機構の構造上どのように位置付けるかに配慮しつつ,当該判決の判断をめぐる問題点に関して「考える力」を見ようとする問題である。さらに,本問では,この問題点を考える上で,当該判例を変更する必要性についても検討することを求めている。憲法判例の変更はどのような場合に認められるのか,また,本問は判例変更が認められる場合といえるかなどについて検討することが求められている。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 国民審査制の憲法上の位置付け
憲法79条2項は、最高裁判所の裁判官の「任命」は任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際に国民の審査に付すると定め、同条3項は罷免を可とする投票者の多数のときは罷免されるとする。国民審査は、内閣が任命(同条1項、6条2項)した最高裁判所裁判官について、国民主権(前文、1条)の下、主権者たる国民が直接その適格性を判断する制度であり、最高裁判所が違憲審査権(81条)を通じて国政に重大な影響を及ぼすことに対して民主的正統性を付与する仕組みである。したがって、国民審査は、単なる解職(リコール)の制度ではなく、任命に対する国民の承認・不承認を問う任命審査の制度と解すべきである。
2 審査権の保障と国民審査法15条による制約
国民審査における審査権は、79条2項が国民に直接付与した参政権的権利であり、選挙権(15条1項)と同様に国民の国政参加の中核をなす。判例も、選挙権又はその行使の制限は、やむを得ない事由がなければ許されないとしている(最大判平17.9.14)。審査権にも同様の保障が及ぶと解すべきである。
国民審査法15条1項は、罷免を可とする裁判官には×を記載し、罷免を可としない裁判官には何らの記載もしないことを求め、適格と判断した場合の○の記載を認めない。その結果、第一に、Aのように適格と判断した者は積極的な信任の意思を表明する手段を奪われる。第二に、適格・不適格のいずれとも判断できなかった者の無記載票は、本人の意思とは無関係に「罷免を可としない」投票として算入される。これは、審査人の判断留保の自由(棄権の自由)を否定し、本人が有しない意思を擬制するものであって、審査権の行使を不当に制限するとともに、自己の内心の評価と異なる意思表示を強いる点で思想・良心の自由(19条)にも抵触する。
また、無記載票が全て罷免不可に算入される結果、審査の実態として罷免が事実上不可能となっており、憲法が国民審査を設けた趣旨を空洞化させている。審査公報の掲載事項も氏名・経歴・主要な裁判等に限られ(国民審査法53条、同法施行令26条)、国民が適格性を判断するための情報提供も不十分である。以上の制約は、やむを得ない事由に基づくものとはいえず、国民審査法15条1項は79条2項・3項及び19条に違反する。
3 判例変更の必要性
最高裁判所は、1952年の大法廷判決において、国民審査制を実質において解職の制度と捉え、無記載票を積極的に罷免を可とする意思を持たないものとして扱うことを是認した。しかし、同判決は憲法施行後間もない時期のものであり、その後、最高裁判所が違憲審査を通じて立法・行政に対する統制機能を実質的に果たすようになったこと、国民の司法への関心が高まり、裁判官の判断を知るための情報環境も変化したことに照らせば、同判決の前提は失われている。憲法の最高法規性(98条1項)と裁判所の憲法尊重擁護義務(99条)に照らせば、憲法判例に誤りがあれば是正されるべきであり、裁判所法10条3号は憲法判例の変更を大法廷の権限として明示的に予定している。したがって、上記判例は変更されるべきである。
第2 設問2
1 被告側の反論
被告は、①79条3項は「罷免を可とする投票者の多数のときは」罷免されると定め、罷免の積極的意思の多数のみを問題としているから、憲法自身が解職制度を予定しており、無記載票を罷免不可と扱うことはその論理的帰結である、②審査は無記名投票(国民審査法15条2項)であり、内心の表明を強いるものではないから19条の問題は生じない、③審査の具体的方法は立法裁量に属し、○の記載を認めるか否かは政策判断である、④判例変更の必要はない、と反論することが想定される。
2 私見
(1)国民審査制の性質
79条2項は「任命」を審査に付すとしているが、同条3項は罷免の効果のみを定め、信任多数を要求していない。文言上、憲法は、罷免を可とする積極的多数がある場合に限り罷免するという解職制度を採用していると解するのが自然である。また、国民審査を信任投票と捉え、判断留保の票を広く罷免に結び付けると、裁判官が世論の動向を顧慮して裁判を行うことになり、裁判官の独立(76条3項)を脅かすおそれがある。統治機構全体の構造上、最高裁判所の裁判官は内閣の任命によって民主的正統性を与えられており、国民審査は、司法の独立を前提としつつ、明らかに不適格な裁判官を国民が排除する最終的な担保として位置付けるべきである。したがって、判例の解職制度としての理解は妥当である。
(2)国民審査法15条1項の合憲性
もっとも、審査権が参政権的な重要な権利であることは否定できず、その行使方法の制限には合理的な理由が必要である。解職制度の下では、罷免を可とする積極的意思を有する者の数が問題なのであるから、判断を留保した者を罷免を可としない者として扱っても、罷免の成否に影響を及ぼさず、審査人の意思を歪めることにはならない。○の記載を認めないことも、罷免の意思の有無のみを問う制度の下では、適格との判断は罷免を可としない意思として投票に反映されているといえる。また、投票は無記名であり、何らの記載もしないという行為から特定の内心を推知されることもないから、内心の評価と異なる意思表示を強制されるとはいえず、19条にも反しない。審査公報についても、「その他審査に関し参考となるべき事項」が包括的に掲載可能とされており、情報提供の不十分さは運用の改善によって対応すべき事柄であって、法律自体を違憲とする理由にはならない。したがって、15条1項は合憲である。
(3)判例変更の必要性
憲法判例の変更は裁判所法10条3号により大法廷の判断で可能であるが、判例には法的安定性と予測可能性を確保する機能があるから、安易に行われるべきではない。憲法判例の変更が認められるのは、①先例の判断の基礎となった社会的・法的状況が変化し、先例を維持することが憲法の趣旨に反する結果となる場合、又は②先例の解釈が憲法の文言・趣旨に照らし明らかに誤りである場合に限られると解する。本件では、最高裁判所の役割の増大はあるが、それは解職制度としての国民審査の下でも審査公報の充実等の運用によって対応可能であり、憲法の文言が解職制度を支持する以上、1952年判決の判断が誤りであるとはいえない。したがって、判例変更の必要性は認められない。
3 結論
よって、国民審査法15条1項は憲法に違反せず、Aの主張は認められない。
以上