予備試験 令和8年 刑事訴訟法
問題文
次の【事例】を読んで、後記〔設問〕に答えなさい。
【事例】
1 令和8年5月、Vが 、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で知り合った男とインターネット回線を通じて複数回にわたって通話をし、投資資金名目で現金1000万円を銀行口座に振込入金してだまし取られるという詐欺事件 (以下「本件詐欺事件」という。)が発生した。Vは、同男との通話を自己のスマートフォンの録音機能で録音していた。
2 司法警察員Pらは、SNSの同男のアカウント情報を入手したところ、甲の氏名、生年月日及び住所が登録されていたことから、甲が本件 詐欺事件に関わっているとの嫌疑を抱き、同年6月14日、捜索場所を甲方、差し押さえるべき物をスマートフォン 等とする捜索差押許可状を得た。Pらは、捜索時に、同男と甲の声の同一性を識別する声紋鑑定を行うため、捜索時のPと甲との会話をひそかに録音しようと考えた。
Pらは、同月15日午前6時30分頃、前記捜索差押 許可状に基づき、甲方の捜索を開始した。①Pは、胸ポケットにボイスレコーダーを入れた上で、甲に対し、前記捜索差押許可状を示すために人定事項を確認したり、立会人になることの了承を得たりするなど、捜索差押手続に関連する発問を行い、甲がこれに答えた際、同ボイスレコーダーで甲の声をひそかに録音した。
Pは、捜索終了後、警察署に戻り、同ボイスレコーダーの録音内容を確認したところ、甲の声が十分に録音できていたため、声紋鑑定の手続を進めた。
3 Pらは、前記捜索時に差し押さえた甲のスマートフォンの解析結果から、甲がVをだま した実行犯であると考えるとともに、乙と丙も本件 詐欺事件の共犯者であるとの嫌疑を抱き、乙と丙のふだんの行動を調べた。その結果、乙と丙が乙方で同居していること、乙は、毎朝リュックサックを背負って会社に出勤し、夕方勤務を終えて帰宅の途に就き、その途中、乙方近くのカフェCで過ごした後に乙方に帰っていること、丙はほとんど外出していないことが判明した。
そこで、Pらは、乙と丙の会話を録音するため、乙のリュックサックに小型録音機を取り付け、そのまま乙方に帰宅させ、乙方内での乙と丙との会話を録音して、 同小型録音機を回収し、録音で得られた乙と丙の会話内容から、本件 詐欺事件への両名の関与の有無を確認しようと考えた。なお、 同小型録音機は、遠隔操作により録音を開始することが可能であり、録音可能な時間は約8時間であった。
Pは、同月18日午後5時頃からカフェCで乙を待ち、その後、乙が来店してリュックサックを置いて席を立ったため、同日午後6時頃、 同リュックサックの外側に同小型録音機を粘着テープで貼り付け、乙がこれに気付くことなく 同リュックサックを持って帰宅の途に就くと、乙を追い、 ②同日午後7時頃に乙が自宅に入った時点で、同小型録音機を遠隔操作して録音を開始し、翌19日午前3時頃まで録音を継続した。
Pは、同日午後5時頃から再びカフェCで乙を待ち、その後乙が来店して 同リュックサッ
クを置いて席を立った際に、同リュックサックから同小型録音機を取り外して回収した。
Pは、警察署に戻り、同小型録音機の録音内容を確認したところ、乙方内での乙と丙の会話が録音されていたが、本件詐欺事件への両名の関与を示す会話はなかった。
〔設問〕
下線部①及び②の各行為の適法性について論じなさい。なお、前記捜索差押許可状は適法に発付されたものとする。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 判断枠組み
1 捜査における強制処分とは、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段をいう(最決昭51.3.16)。もっとも、プライバシーの侵害を伴う捜査手法が増大している現状に鑑み、個人の意思を制圧するか否かにかかわらず、個人の重要な権利・利益を実質的に制約する処分は「強制の処分」(刑訴法197条1項ただし書)に当たると解すべきである(最大判平29.3.15参照)。強制処分に当たる場合、強制処分法定主義及び令状主義(憲法35条)の規律を受け、法定の類型に該当し、かつ令状によらなければ違法となる。
2 強制処分に当たらない任意処分であっても、捜査比例の原則(刑訴法197条1項本文)により、必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される(最決昭51.3.16)。
第2 下線部①の適法性
1 制約される権利・利益と強制処分該当性
(1) 人は、自己の音声をみだりに記録されない利益を有し、これは憲法13条の保障するプライバシーの一内容である。そして、会話の秘密録音は、話者が録音されていることを知らない点で、その意思に反する記録である。
(2) しかし、本件で録音されたのは、Pが、捜索差押許可状の呈示(刑訴法222条1項・110条)に伴う人定事項の確認や立会人(同法114条2項)となることの了承など、捜索差押手続に関連する発問を行い、甲がこれに答えた際の甲の声である。甲は、Pという相手方に向けて、Pに聞かせることを前提に自ら発言したのであり、相手方であるPがその内容や声の特徴を認識し、記憶し、事後に捜査に利用することを当然に予期し得る立場にあった。会話の一方当事者が相手方の発言を録音することは、相手方が当事者に開示した情報を機械的に保存するにすぎず、相手方が合理的に期待し得るプライバシーの範囲を超えて新たな情報を取得するものではない(千葉地判平3.3.29、最決平12.7.12参照)。しかも、取得されたのは手続上の応答における声の特徴であって、甲の私生活上の秘密や犯罪に関する会話内容ではない。声の特徴は、会話の相手方に当然に知覚される外部的特徴であり、公道上で他人に見られる容ぼうと同様に、これを秘匿する期待は低い(最決平20.4.15参照)。
(3) したがって、下線部①は、甲の重要な権利・利益を実質的に制約するものとはいえず、強制処分には当たらない。
2 任意処分としての相当性
(1) 必要性についてみると、本件詐欺事件は被害額1000万円に及ぶ重大な事案である。Vは犯人との通話を録音しており、その音声と甲の声との同一性を声紋鑑定によって識別できれば、SNSのアカウント情報のみでは特定し得ない実行犯を特定する決定的な証拠となる。甲が声紋鑑定に協力して自発的に声を提供することは期待し難く、嫌疑を告げて声を求めれば証拠隠滅のおそれもあったから、ひそかに録音する必要性があった。
(2) 相当性についてみると、本件録音は、午前6時30分からの捜索差押許可状の執行中、甲が捜索を受忍せざるを得ない状況下で行われたものであり、令状の呈示や立会いに関する応答は、通常の会話に比べて任意性が弱いことは否定できない。また、捜索差押許可状の効力は差押目的物の捜索・差押えに及ぶにすぎず、声の採取を正当化するものではないから、捜索の機会を利用した点には令状主義の潜脱の疑いがないではない。しかし、Pが行った発問は、令状の呈示や立会いという捜索差押手続上必要な範囲のものであり、録音のために手続と無関係の会話を誘導したり、甲の私的事項を聞き出したりしたものではない。甲は、応答を法的に義務付けられていたわけではなく、黙秘することも可能であったのに自らの意思で応答している。録音は胸ポケット内のボイスレコーダーによりPとの会話に限って行われ、第三者の会話や室内の音を広く収集するものではなく、取得されたのも声の特徴という限られた情報である。したがって、令状の強制力によって発言を強いたものとはいえず、この点が相当性を失わせるとはいえない。
(3) 以上から、下線部①は、具体的状況の下で相当と認められる限度内の任意処分であり、適法である。
第3 下線部②の適法性
1 制約される権利・利益
下線部②は、カフェCで乙が席を離れた隙にリュックサックの外側に粘着テープで小型録音機を貼り付け、乙に気付かれないまま同リュックサックを自宅に持ち帰らせ、乙が自宅に入った時点を見計らって遠隔操作により録音を開始し、翌日午前3時頃まで約8時間、乙方内での乙と丙の会話を録音したものである。これにより制約されるのは、①住居という最も私的な空間における会話の秘密であり、憲法35条が「住居」を特に掲げて保障するプライバシーの核心部分である。また、②録音の主体は会話の当事者ではない捜査機関であり、乙及び丙は、捜査機関に聞かれることを全く予期せずに会話しているから、下線部①の場合とは異なり、本人が開示した情報の保存にとどまらず、本人の意思に反して秘密を取得するものである。さらに、③録音は、ほとんど外出せず乙方にいる同居人の丙にも必然的に及び、夜間から未明の就寝時間帯に至るまでの両名の私生活上の会話を包括的に取得するものである。
2 強制処分該当性
このような住居内における秘密の会話の盗聴は、対象者の意思に反してプライバシーの核心を侵害し、しかも対象者が防御する機会のない秘密の方法によって行われるものであるから、個人の重要な権利・利益を実質的に制約する処分であり、強制処分に当たる。Pが乙の所持品に無断で録音機を取り付け、翌日の回収まで約23時間にわたりこれを付着させたまま、乙自身を道具として住居内に録音機を持ち込ませた点は、財産に対する制約を伴うとともに、捜査機関が自ら住居に立ち入って録音機を設置したのと実質的に異ならない。
3 強制処分法定主義・令状主義との関係
(1) 強制処分である以上、特別の根拠規定と令状を要する。住居内の会話の盗聴は、電気通信を対象とする通信傍受法の傍受には当たらない。他方、録音機により音声を記録する行為は、五官の作用により対象の状態を認識する検証(刑訴法218条1項)としての性質を有するから、会話の秘密録音を検証の一類型と解する立場に立てば、裁判官の発付する検証許可状により実施する余地はある(最決平11.12.16参照)。もっとも、住居内の会話の網羅的な取得は、通信傍受について厳格な要件と手続を定めた特別法が必要とされたのと同等以上の侵害を伴うものであり、一般的な検証令状によって許容し得るかには疑問がある。
(2) いずれにせよ、本件では、Pらは検証許可状を含めいかなる令状も得ることなく下線部②を実施している。乙及び丙は甲のスマートフォンの解析結果から共犯者との嫌疑を抱かれているにすぎず、録音の対象となる会話の内容も特定されないまま、録音機の録音可能時間の全部を使って約8時間にわたり住居内の会話を無差別に取得しており、仮に令状を請求していたとしても、対象の特定や補充性の点で発付され得たか疑わしい。令状なくして行われた下線部②は、強制処分法定主義及び令状主義(憲法35条、刑訴法197条1項ただし書・218条1項)に反し違法である。
4 仮に任意処分と解した場合
仮に下線部②が強制処分に至らないとしても、捜査比例の原則に照らし許容されない。確かに、本件詐欺事件は重大であり、丙はほとんど外出せず、乙と丙の会話を直接聞く手段がないため、両名の関与を確認する必要性は認められる。しかし、録音は、乙が自宅に入った午後7時頃から翌日午前3時頃までの約8時間、就寝時間帯を含めて住居内の会話を網羅的に記録するものであり、本件詐欺事件と無関係な私生活上の会話を広範に取得するものである。現に、録音内容には両名の関与を示す会話は含まれていなかったのであり、これは、具体的な嫌疑の裏付けのないまま、会話の内容次第で関与の有無を確認しようとした探索的な捜査であったことを示している。両名の任意の取調べや甲のスマートフォンの解析の深化、通信記録の取得など、より侵害の小さい手段も存在した。また、乙の所持品に粘着テープで録音機を貼付し、乙を知らぬ間に録音の運搬役としたという態様も、乙の財産及び人格に対する不当な利用である。したがって、権利・利益の侵害の程度は、捜査の必要性を大きく上回り、具体的状況の下で相当と認められる限度を超えている。
5 結論
よって、下線部②は、強制処分である住居内会話の秘密録音を、法律上の根拠及び令状なくして実施したものであり、違法である。
以上