予備試験 令和7年 刑事実務基礎
問題文
次の【事例】を読んで、後記の設問に答えなさい。
【事例】
1 A1(21歳)は、令和7年3月10日、高額報酬のアルバイトを探そうと考え、不特定多数の者が投稿できるソーシャルネットワーキングサービス(SNS)で「高額」「短期」「アルバイト」などと検索したところ、「短期間で大金稼げるバイトあります。」との投稿を見つけ、当該投稿をしたアカウントに対し、当該アルバイトに関心がある旨のSNSのダイレクトメッセージ(以下「DM」という。)を送った。
A1は、同月11日、氏名不詳者からのDMでの返信により、アルバイトの概要として、「指定された場所に行って荷物を受け取る仕事。」「1回につき10万円の報酬を渡す。」「詳しい内容は仕事を引き受けたら話す。」との説明を受け、DMで引き受けると回答したところ、さらに、氏名不詳者からのDMにより、「荷物を受け取るときには『息子さんの代わりに受け取りに来た部下の者です。』と言うように。」「仕事がある日はスーツ、革靴を着用するように。」との指示を受けた。
A1は、氏名不詳者にDMで、「逮捕されることはないか。」と尋ねたが、氏名不詳者からのDMで、「心配ない。」「違法ではない。」と返信があったため、それ以上確認することなく氏名不詳者の指示に従うこととした。
2 V(70歳、女性)は、甲県乙市に単身居住していたところ、同月12日午後1時頃、Vの息子Wの上司を名のる者から電話を受け、「Wさんが仕事で必要な現金200万円入りのバッグを紛失してしまったんです。」「取引に直ちに必要な現金なので支払えないと大変なことになってしまいます。一旦立て替えてくれませんか。」と言われた。
Vは、これを信じ、銀行から現金を引き出して立て替える旨返事をしたところ、上司を名のる者は、「Wさんの部下が取りに行くので現金を封筒に入れて渡してください。」と伝えた。
3 A1は、その頃、氏名不詳者から、SNSの通話機能で、荷物の受取場所であるV方の住所及び同所では高齢女性が待っていることを伝えられるとともに、同女に対してその息子Wの部下を名のるよう指示された。A1は、氏名不詳者の指示どおりスーツ等を着用して、自宅付近の駅からV方最寄りの丙駅(V方から約1.5キロメートル)まで電車で移動し、丙駅からV方前までタクシーで移動した。
A1は、Wとは何の面識もなかったが、同日午後3時頃、V方において、Vに対し、Wの部下であると告げ、Vから、「息子がお世話になっています。」「お名前を伺ってもよいですか。」
などと言われたため、A1自身の名字を答え、Vが直前に銀行から引き出していた現金200万円在中の現金用封筒(「B銀行」と表面に大きく印字されたもの。以下「本件封筒」という。)
を受け取り、V方を立ち去った。
4 その後、Vは、Wと連絡を取って詐欺被害に遭ったことに気付き、110番通報し、V方を訪れた警察官に対し、本件封筒を渡した相手の容姿等の特徴を説明した。
乙市を管轄する乙警察署の司法警察員K1は、同日午後4時頃、丙駅において、Vの説明した特徴と一致するA1を発見し、職務質問の上、所持品検査をした結果、A1の上着のポケットから交通系ICカード、タクシーの領収証とともにV方の住所が記載されたメモが発見されたため、A1を乙警察署に任意同行した。
A1は、司法警察員K1に対し、「V方に行ったことはない。」と供述したものの、VにA1の容姿や服装を確認させたところ、本件封筒を渡した相手とよく似ていると思う旨供述したため、司法警察員K1は、A1をVに対する詐欺の被疑事実で緊急逮捕した。
5 同月14日、A1は、詐欺の送致事実により甲地方検察庁検察官に送致され、検察官Pによる弁解録取時も「V方に行ったことはない。」旨供述し、同日中に勾留された。
①検察官Pは、司法警察員K1に対し、前記交通系ICカード及びタクシーの領収証につき、A1の移動状況を解明するため所要の捜査を行うよう指示した。
その結果、前記3のA1の移動経路が判明し、さらに、A1所持のスマートフォンを解析した結果、前記1に記載した各DM(以下「本件DM履歴」という。)が判明した。これらを踏まえ、検察官PがA1の取調べを行った結果、A1は、「3月12日、V方を訪れて封筒を受け取ったことは間違いない。」「荷物を受け取る仕事と聞いていた。詐欺であるとは知らなかった。」などと供述を変遷させた。
検察官Pは、その後も必要な捜査を遂げ、②前記1及び3の各事実が判明したことを踏まえ、A1が詐欺の故意を有していたと判断し、A1を詐欺罪(【別紙】公訴事実の要旨参照)で公判請求した。
6 司法警察員K1は、同月12日に本件以外にも前記V方付近で同種被害事案が発生していたことから、A1がそれらの事案にも関与していた疑いがあると考え、A1の公判請求後、任意にA1を取り調べることとし、その旨をA1に告げた。
③起訴後勾留中のA1と接見をした弁護人Bは、A1から、「担当の警察官から別の事件について聞きたいことがあると言われている。こういう場合に取調べに応じなければいけないのか。」「もし、起訴された事件に関しても更に聞かれたらどうすればいいのか。」と相談を受けた。
7 弁護人Bは、A1との接見の際、A1から、公訴事実につき、Vから封筒を受け取ったことは間違いないが詐欺であることは知らなかった旨説明を受け、さらに、検察官Pから前記1ないし3の事実に関する各請求証拠等の開示を受けた結果、弁護方針として、詐欺の故意及び共謀を争うこととし、第1回公判期日の冒頭手続において、その旨主張した。
検察官Pは、同公判期日の証拠調べ手続において、④司法警察員K1作成の写真撮影報告書
(A1所持のスマートフォン画面に本件DM履歴を表示させ、その画面を撮影した写真が添付されたもの)を、その立証趣旨を「被告人と氏名不詳者の共謀状況」として証拠請求したところ、弁護人Bは「不同意」との証拠意見を述べた。
8 前記4と併行し、司法警察員K2は、令和7年3月12日、丙駅の防犯カメラ映像を精査した結果、A1が司法警察員K1から職務質問を受ける前に駅構内のコインロッカーに何らかの物を入れている様子を確認した。そこで、司法警察員K2が、直ちに同コインロッカーに赴いたところ、A2(24歳)が同コインロッカーから本件封筒を取り出す状況を現認した。
そこで、司法警察員K2は、本件封筒を取り出したA2に職務質問したところ、A2が、「SNSで募集していた荷物を運ぶアルバイトを引き受け、知らない人の指示を受けて動いていた。」「この封筒には詐欺でだまし取った現金が入っていることは分かっていた。」などと供述したため、A2をVに対する詐欺の被疑事実で緊急逮捕した。
検察官Pは、⑤司法警察員K2から、A2がVに対する詐欺の共同正犯であるか否かを判断するに当たりどのような点が問題となるか聞かれたため、A2が氏名不詳者から前記コインロッカー在中の本件封筒を取り出すよう指示を受けた時期について、A1がVから本件封筒を受領した時点との先後関係に留意して解明する必要があると述べた。
〔設問1〕
検察官Pが、下線部①の捜査を指示した理由を、その時点における証拠関係を踏まえて答えなさい。
〔設問2〕
下線部②に関し、本件において立証が求められる詐欺の故意の具体的内容に触れた上、【事例】
に記載された事実の中から詐欺の故意の認定に積極的に働く事実、消極的に働く事実をそれぞれ摘示し、各事実が詐欺の故意の有無をどのように推認させるかを明らかにしつつ、検察官Pが、公訴を提起するに際し、A1が詐欺の故意を有していたと判断した理由を答えなさい。
〔設問3〕
下線部③のA1の各相談に対し、弁護人Bは、「余罪の取調べに応じる必要はない。」「起訴された事件に関する取調べに応じるべきではない。」と回答した。弁護人Bがこのように回答した理由をそれぞれ答えなさい。
〔設問4〕
下線部④に関し、検察官Pが、「当該写真撮影報告書は、本件DM履歴を機械的に撮影した写真を内容とするものであるところ、不同意とした理由につき明らかにされたい。」と述べ、これを受けて裁判官Jは、弁護人Bに不同意の理由について釈明を求めた。
⑴ 前記求釈明に対し、弁護人Bは、「当該写真撮影報告書の内容は検察官指摘のとおりであるが、被告人は氏名不詳者との共謀を争っているのであるから、共謀状況という立証趣旨は相当ではない。」旨の意見を述べた。裁判官Jは、弁護人Bの意見を踏まえ、当該写真撮影報告書の証拠の採否に関し、どのような訴訟指揮を行うことが考えられるか答えなさい。
⑵ ⑴と異なり、弁護人Bは、裁判官Jの求釈明に回答せず不同意の意見を維持した。検察官Pは、下線部④記載の写真撮影報告書の証拠採用を求めるためにどのような訴訟活動を行うべきか答えなさい。
〔設問5〕
下線部⑤に関し、検察官Pが、A2が氏名不詳者から指示を受けた時期について、A1がVから本件封筒を受領した時点との先後関係に留意して解明する必要があると回答した理由を答えなさい。
【別紙】 公訴事実の要旨
被告人は、氏名不詳者と共謀の上、令和7年3月12日、氏名不詳者が、甲県乙市V方に電話をかけ、V(当時70歳)に対し、電話の相手がVの息子Wの会社関係者であり、Wが現金200万円を至急必要としているので、同人の代わりに行く会社の部下に現金を渡してもらいたい旨うそを言い、さらに、同日、被告人が、前記V方において、Vに対し、Wの会社の部下になりすまし、Vを、電話の相手がWの会社関係者であり、Wが現金を至急必要としており、被告人がWのために現金を受領する旨誤信させ、よって、その頃、同所において、Vから現金200万円の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させたものである。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、詐欺罪の成否が問題となる事件を題材に、刑事事実認定の基本構造、刑事実体法及び刑事手続法の基本的理解並びに基礎的実務能力を試すものである。
設問1は、検察官による捜査指揮を題材に、証拠関係が流動的である捜査段階における犯人性の事実認定に関する証拠構造の理解を問うものである。
設問2は、検察官の終局処分における事実認定を題材に、詐欺の故意につき、共犯事件であって被疑者が犯行の全体像を把握していないという事案の性質に応じた要証事実を意識しつつ、間接事実を用いた事実認定の思考過程の基礎を理解しているかを問うものである。
設問3は、弁護人の接見時における被告人への回答を題材に、被告人の意思を尊重すべき弁護人の立場に留意しつつ、起訴後勾留中の取調べ(別件及び本件)に関する理解を問うものである。
設問4は、書証の採否手続に関する訴訟活動及び訴訟指揮を題材に、要証事実を踏まえた書証の証拠能力の理解を前提とし、実務における訴訟進行を意識した刑事手続の実践的な理解を問うものである。
設問5は、検察官と司法警察員との協議を題材に、詐欺罪の既遂時期と共謀の成立時期との関係の理解を問うものである。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 下線部①の時点における犯人性に関する証拠関係は次のとおりである。第1に、Vが警察官に説明した犯人の容姿等の特徴と、犯行の約1時間後に丙駅で発見されたA1の容姿が一致し、乙警察署でVにA1の容姿や服装を確認させたところ、Vが「本件封筒を渡した相手とよく似ていると思う」と述べた。しかし、Vは70歳で犯人と短時間接したにすぎず、この識別は、警察官が連れてきたA1一人を示して行われた単独面通しによるもので暗示の影響を受けやすく、しかも「よく似ている」という断定を伴わない供述である。第2に、A1の上着のポケットから、交通系ICカード及びタクシーの領収証とともにV方の住所が記載されたメモが発見された。メモは犯人性を強く推認させるが、A1は「V方に行ったことはない」と一貫して否認しており、メモの由来について弁解の余地を残す。他方、本件封筒や現金200万円はA1から発見されておらず、丙駅はV方から約1.5キロメートル離れているから、犯行の約1時間後に丙駅にいたことだけではA1がV方にいたことにはならない。すなわち、A1がV方に赴いて本件封筒を受領した事実を直接示す客観的証拠はなく、犯人性の立証は、信用性に限界のある識別供述と、否認下のメモに依存していた。
2 交通系ICカードには乗降駅と乗降日時の利用履歴が記録されており、カード会社への照会により、A1が令和7年3月12日に自宅付近の駅から丙駅まで電車で移動し、丙駅に戻った時刻が判明する。タクシーの領収証には会社名、乗車日時、金額等が記載されており、タクシー会社の運行記録やドライブレコーダー、運転手の供述により、丙駅からV方前までの乗車区間と降車時刻が判明する。これらは供述に依存しない客観的証拠であり、A1が犯行時刻である同日午後3時頃にV方に赴いた事実を動かし難い事実として確定することができる。これにより、Vの識別供述とメモの持つ意味が客観的に裏付けられ、A1の否認供述が虚偽であることが明らかになって、否認自体が犯人性を推認する事情となる。捜査段階では被疑者の供述は変遷し得るから、供述に頼らず客観的証拠で犯人性を固めておく必要があり、現にA1はその後供述を変遷させたが、客観的証拠がその前提となった。そこで、検察官Pは、送致を受けた本件の捜査のため、刑訴法193条3項に基づき、司法警察員K1に対し所要の捜査を指示した。
第2 設問2
1 詐欺の故意の具体的内容
詐欺罪(刑法246条1項)の故意は、人を欺いて錯誤に陥らせ、それに基づき財物を交付させることの認識・認容である。本件の公訴事実は氏名不詳者との共謀による詐欺であり、A1は、氏名不詳者の指示を受けてV方で現金を受け取るいわゆる受け子であって、Vへの電話の内容など犯行の全体像を知らされていない。このような場合、受け子が詐欺の具体的内容まで認識している必要はなく、自己が受け取る物が詐欺によってだまし取られた財物である可能性、すなわち自己の行為が詐欺に当たる可能性を認識しながら、それでも構わないとして受領行為に及んだこと(未必の故意)が認められれば足りる(最判平30年12月11日、最判平30年12月14日参照)。この故意が認められれば、氏名不詳者の指示に応じて受領行為を引き受けたことにより黙示の共謀も認められる。したがって、立証が求められるのは、A1が、V方で封筒を受け取る行為が詐欺に当たる可能性を認識しつつ、これを認容して受領した事実である。
2 積極的に働く事実
(1) A1は、「高額」「短期」のアルバイトを検索して「短期間で大金稼げるバイト」との投稿に応じ、指定場所で荷物を受け取るだけの仕事で1回につき10万円という報酬を約束された。労力に見合わない高額報酬は正当な仕事ではあり得ず、違法な仕事である可能性の認識を推認させる。
(2) 依頼者は氏名不詳者で、連絡手段はSNSのDMと通話機能のみであり、「詳しい内容は仕事を引き受けたら話す」として引き受けるまで内容を秘匿された。正当な仕事であれば依頼者の身元や内容を秘匿する必要はなく、犯罪性の認識を推認させる。
(3) 「息子さんの代わりに受け取りに来た部下の者です」と言うよう、またスーツと革靴を着用するよう指示され、当日は、受取先が高齢女性であること及びその息子Wの部下を名乗ることを指示された。面識のない者の息子の部下になりすまし、身なりで高齢者を信用させて荷物を受け取る仕組みであり、相手方を欺いて財物を受け取る行為であることの認識を強く推認させる。高齢者宅を訪れて親族の関係者を装い現金を受け取る特殊詐欺の手口は広く報道されており、21歳のA1がこれを知らなかったとは考え難い。
(4) A1自身が「逮捕されることはないか」と尋ねた。これは、仕事の内容が犯罪に当たる可能性をA1が現に認識していたことを示す最も重要な事実である。そして、身元も分からない相手の「心配ない」「違法ではない」との返信だけでそれ以上確認せず指示に従ったことは、疑念を解消したのではなく、疑いを抱きつつ確認を打ち切ったものであり、犯罪である可能性を認容したことを推認させる。
(5) A1は、V方で、面識のないWの部下であると告げ、Vから「息子がお世話になっています」と言われてVが誤信していることを目の当たりにしながら、「B銀行」と表面に大きく印字された現金用封筒を受け取った。受け取る「荷物」が銀行から引き出された現金であることを現場で認識したものであり、詐欺の被害金である可能性の認識を推認させる。
(6) A1は、受領後、本件封筒を丙駅のコインロッカーに入れ、職務質問に対し「V方に行ったことはない」と虚偽の供述をし、弁解録取でも否認を続けた。後ろめたさの表れであり、自己の行為が犯罪であることの認識を推認させる。
3 消極的に働く事実
(1) 氏名不詳者から「違法ではない」との回答を受けており、A1がこれを信じて犯罪の可能性を否定した可能性がある。
(2) A1に伝えられたのは「荷物を受け取る仕事」ということだけで、詐欺の計画やVへの電話の内容は知らされておらず、現金であることも受領時まで告げられていない。
(3) Vに名前を尋ねられ、A1自身の名字を答えた。犯罪と認識していれば偽名を名乗るのが通常であり、詐欺の認識がなかった方向に働く。
(4) A1は21歳でアルバイトを探していた者にすぎず、Wとも氏名不詳者とも面識がない。
4 評価と判断
(1)は、自ら逮捕の可能性を気にした者が身元不明の相手の一言で疑念を解消できるはずはなく、「違法ではない」との返信は、むしろA1が違法性を疑う問いを発したことの裏返しであって、消極的意味は弱い。(2)は、未必の故意の判断においては犯行の全体像の認識を要しないから、故意を否定する事情にならない。(3)は、予期しない質問に咄嗟に名字のみを答えたものにすぎず、他人の部下を装う指示に従って現に身分を偽っていた以上、偽名を使わなかったことが詐欺の認識を否定するほどの事情ではない。(4)も同様である。これに対し、高額報酬、依頼者の匿名性と内容の秘匿、他人になりすまして高齢者から受け取るという指示、自ら「逮捕」を懸念した事実は、A1が受け取る物が詐欺の被害品である可能性を認識していたことを強く推認させ、現金用封筒を受け取った現場の状況と、受領後の隠匿・虚偽供述がこれを補強する。したがって、A1は、自己の行為が詐欺に当たる可能性を認識し、これを認容して受領行為に及んだと認められ、検察官Pは、A1に詐欺の故意があったと判断した。
第3 設問3
1 余罪の取調べについて
起訴後の勾留は、公訴事実である本件詐欺について公判の審理を確保するための身柄拘束であり、余罪についてA1は身柄を拘束されていない者と同じ地位にある。刑訴法198条1項ただし書の反対解釈により取調べ受忍義務を認める立場に立っても、その義務は逮捕・勾留の基礎となった被疑事実についてのみ生じ、余罪には及ばない。したがって、余罪の取調べは任意捜査であり、A1は出頭・滞留を拒むことができ、供述を拒むこともできる(198条2項、憲法38条1項)。加えて、同種事案への関与を認める供述は、本件の故意や共謀を推認する間接事実として利用され、供述録取書は322条1項により証拠となり得る。弁護人の立会いのない身柄拘束下の取調べにはこのような危険があるため、「応じる必要はない」と回答した。
2 起訴された事件に関する取調べについて
公訴提起後の被告人は検察官と対等な当事者であり、198条は「被疑者」の取調べを定めた規定であるから、本件について受忍義務を観念する余地はない。起訴後の被告人の取調べは、当事者主義と公判中心主義の観点から原則として許されず、許されるとしても公判準備に支障を生じさせない限度にとどまる(最決昭36年11月21日参照)。被告人は公判において包括的な黙秘権を有する(311条1項)。本件では詐欺の故意と共謀を争う弁護方針を立てており、取調べで供述すれば、検察官はその供述録取書を322条1項により請求し、又は公判供述との矛盾を弾劾(328条)に用いることができる。A1は既に捜査段階で否認から一部認める供述へ変遷しており、さらに供述が変遷すれば公判供述の信用性は決定的に損なわれる。弁護人の立会いなく誘導を受ける危険もある。よって、防御の利益を守るため「応じるべきではない」と回答した。
3 いずれについても、取調べに応じるか否かを最終的に決めるのはA1自身であり、弁護人Bは、被疑者・被告人の防御権を擁護する立場から(弁護士職務基本規程46条)、A1の意思を尊重しつつ(同22条1項)、上記の法的地位と不利益を説明して助言したものである。
第4 設問4
1 写真撮影報告書の性質
A1のスマートフォンの画面に本件DM履歴を表示させて撮影した写真は、機械的方法により画面を記録したものであり、それ自体は非供述証拠である。撮影の日時・方法等を記載したK1の報告部分は供述証拠であるが、検証の結果を記載した書面に準じ、321条3項により、作成者K1が真正に作成した旨を証言すれば証拠能力が認められる。DM本文のうち氏名不詳者の指示とA1の返答は、立証趣旨を「共謀状況」とする限り、そのような指示と応答が交わされたこと自体、すなわち意思連絡という言語的行為の存在が要証事実であって、記載内容の真実性は問題とならないから、伝聞証拠に当たらない。
2 小問(1)
弁護人Bの意見は、撮影の正確性やDM本文の内容を争うものではなく、共謀を争っている以上「共謀状況」という立証趣旨は争点についての結論を先取りするもので相当でない、というものである。立証趣旨は証拠調べ請求の際に検察官が明示すべきものであるが(規則189条1項)、裁判所は立証趣旨に拘束されず、要証事実を実質的に判断する(最決平17年9月27日参照)。要証事実を本件DM履歴の存在及びその内容と捉えれば、上記のとおり非伝聞として証拠能力に問題はなく、それが共謀を推認させるか否かは証明力の問題として公判で判断すればよい。そこで裁判官Jとしては、まず検察官Pに対し、立証趣旨を「A1のスマートフォンに本件DM履歴が存在すること及びその内容」のように変更・補充するよう釈明を求め(規則208条1項)、変更後の立証趣旨について弁護人Bに改めて証拠意見を求めることが考えられる。Bが同意すれば326条1項により採用する。Bがなお同意しない場合も、写真部分は非供述証拠、DM本文は非伝聞であるから、K1の証人尋問により報告部分の真正作成を確認した上で、関連性と必要性を認めて採用決定(規則190条1項)をすることができる。
3 小問(2)
弁護人Bが理由を明らかにせず不同意を維持した場合、検察官Pは次の訴訟活動を行うべきである。第1に、立証趣旨を本件DM履歴の存在及び内容に変更した上で、写真は機械的記録である非供述証拠であり、DM本文は共謀の形成過程を示す言語的行為として非伝聞であるから、326条の同意を要せず証拠能力があると意見を述べ、採用を求める。第2に、報告部分は321条3項の書面であるから、K1を証人として請求し、K1が真正に作成した旨を証言させた上で、改めて証拠採用を求める。第3に、これらが認められない場合に備え、本件DM履歴が記録されたスマートフォン自体を証拠物として請求し、又は裁判所に同スマートフォンの検証(128条)を請求して、K1の証人尋問によりDMの内容と解析の経過を立証する。A1の返答部分について被告人の供述として内容の真実性が問題とされるときは、不利益事実の承認と任意性(322条1項)を主張立証する。裁判所が却下した場合には、法令違反を理由に異議を申し立てる(309条1項、規則205条1項ただし書)。
第5 設問5
詐欺罪は、欺罔行為により錯誤に陥った被害者が財物を交付し、その占有が犯人側に移転した時点で既遂に達する。本件では、令和7年3月12日午後3時頃、VがA1に本件封筒を交付した時点で既遂となり、その後にA1が本件封筒をコインロッカーに入れ、A2が取り出した行為は、既遂後の被害品の移動にすぎない。共同正犯(刑法60条)は共謀に基づく実行を要するから、共謀は、遅くとも犯罪が既遂に達する前に成立していなければならない。欺罔行為の後に共謀して受領行為に関与した者についても詐欺の共同正犯を認めた判例(最決平29年12月11日)は、欺罔行為と一体のものとして予定されていた受領行為が未了であること、すなわち既遂前の関与を前提とするものであり、犯罪が既遂により終了した後に関与した者は、その犯罪の共同正犯となり得ない。したがって、A2が氏名不詳者からコインロッカー内の本件封筒を取り出すよう指示を受け、これを引き受けた時期が、A1がVから本件封筒を受領した時点より前であれば、A2は、交付前に被害金の回収役として氏名不詳者らとの間で詐欺の共謀を遂げ、その共謀に基づいてA1が交付を受けたことになるから、A2は詐欺の共謀共同正犯となる。これに対し、指示が交付後であれば、詐欺は既に終了しており、A2は詐欺の共同正犯とはならず、A2が「詐欺でだまし取った現金が入っていることは分かっていた」と供述していることから、盗品等運搬罪ないし保管罪(256条2項)の成否を検討すべきことになる。この区別は、緊急逮捕の被疑事実である詐欺について送致・公判請求すべきか、罪名を変更すべきかを左右するため、検察官Pは、先後関係に留意して解明する必要があると回答した。