予備試験 令和6年 刑事実務基礎
問題文
[刑 事]
次の【事例】を読んで、後記〔設問〕に答えなさい。
【事例】
1 A(25歳)は、甲県乙市内に住む友人X及び乙市の西約30キロメートルにある離島の丙島に住む友人Yを訪ねようと考え、令和6年2月1日、X及びYに電話をかけ、Yに対しては同月3日、Xに対しては同月5日に遊びに行く旨伝えた。Aは、同月3日午前10時頃、丙島への唯一の交通手段である旅客車両用フェリー(以下「本件フェリー」という。)で乙市を出発して丙島に渡り、同日午後1時頃、Tレンタカー丙営業所において、車種を指定して普通乗用自動車1台(登録番号:N300わ7777。以下「本件車両」という。)を「返却期限は同月4日午後5時、返却場所は同営業所」の契約で借り受けた。その際、Aは、同営業所従業員Vから、レンタカー料金3万円は前払いである旨告げられたが、後払いにしてほしい旨懇願し、Vは渋々それを受け入れ、契約書にその旨記載した。
Aは、同月3日午後2時頃、本件車両を運転してY方に赴き、Yと丙島内を観光するなどした後、同月4日午後4時頃、Yを同人方に送り届け、Yと別れた。Aは、その後も本件車両を使用し、返却期限である同日午後5時を過ぎても本件車両を返却しなかった。Vは、返却期限になってもAが本件車両を返却しに来ないので、同日午後6時頃、Aの携帯電話に電話をかけた。Aは、その電話で「これから返しに行く。」などと言ったが、Vから現在地等を尋ねられても何も答えず、一方的に電話を切った。その後、VはAに何度も電話をかけたが、Aは電話に出なかった。Aは、同日午後6時45分頃、本件車両とともに乙市行きの本件フェリーに乗り込み、同フェリーは同日午後7時に出港した。
2 Aは、同月5日午前10時頃、本件車両を運転して乙市内のX方を訪ね、一緒に観光しようと誘った。XがAに「この車どうしたんだ。」と聞くと、AはXに「丙島のレンタカー屋で借りた。もう期限過ぎてるけどね。」と言った。XはAに「返さないとだめだよ。そんな車で遊びになんか行けないよ。」と言ってAの誘いを断ったため、Aは、一人で乙市内を観光するなどしていた。Vは、同日午後1時頃、Aに電話をかけ、応答したAに居場所を尋ねたところ、Aは「今、丙島にいる。もう少しで営業所に着く。」などと言って一方的に電話を切り、乙市内の観光を続けた。Vは、その後も繰り返しAに電話をかけたが、Aが一切電話に出なかったため、同月7日、本件車両をだまし取られたとして丙警察署に被害届を提出した。丙警察署の司法警察員は、詐欺の被疑事実(その要旨は別紙のとおり)で丙簡易裁判所裁判官にAに対する逮捕状を請求し、同月9日、同裁判官から同事実での逮捕状の発付を受けた。
Aは、同月10日午後5時頃、本件車両を運転中、乙市内の公道上でガードレールに衝突する事故を起こした。その際、Aは、運転席側窓ガラスに頭をぶつけて負傷し、本件車両を放置してその場から逃げ去った。当該事故の目撃者Wが警察に110番通報し、司法警察員Kらが臨場した。Kらは、当該事故車両のナンバーから、詐欺の被害届が出されている本件車両であると把握し、①令状の発付を受けずに、本件車両が放置された現場の写真撮影及び本件車両内の証拠品の押収等を行った。その結果、本件車両内から、同月3日午前10時乙市発丙島行き及び同月4日午後7時丙島発乙市行きの本件フェリーの乗客用チケットの各半券並びに同月4日午後7時丙島発乙市行きの本件フェリーの車両用チケットの半券を押収したほか、運転席側窓ガラスに付着した血痕を採取した。同時に、Kらは、目撃者Wから聴取した運転者の逃走方向へ向かったところ、頭部から出血しているAを現場付近で発見した。Kらは、人定事項を確認の上、同月10日、Aを詐欺罪により通常逮捕した。Aの逮捕時の所持金は5万円であった。Aは、逮捕後のKによる弁解録取手続において「レンタカーをだまし取っていない。同月4日にVから電話を受けた時、1週間延長してくれと言って承諾してもらった。」などと供述した。Kは、本件車両内から採取した血痕のDNA型がAのものであるか否かを判別するため、Aに対し口腔内細胞の提出を求めたが、Aがそれを拒んだことから、②令状の発付を受けた上、医師がAの腕に注射針を挿入して血液を採取した。
3 同月12日、Aは、詐欺の送致事実(その要旨は別紙に同じ)により甲地方検察庁検察官Pに送致された。Aは、Pによる弁解録取手続においてもKによる弁解録取手続時と同様の供述をし、所要の手続を経て、同日中に勾留された。
③検察官Pは、司法警察員Kに対し、本件車両内で発見された本件フェリーのチケットの各半券について、購入日時・場所を解明するよう補充捜査の指示をした。捜査の結果、同月3日午前10時乙市発丙島行き及び同月4日午後7時丙島発乙市行きの乗客用チケットは同月2日午後3時頃Aがインターネットで予約購入し、その後窓口で発券されていたのに対し、同月4日午後7時丙島発乙市行きの車両用チケットについては、同月4日午後6時30分頃、Aが丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入し発券されていたことが判明した。
また、検察官Pは、同月14日にXの事情聴取を行った。Xは、同月1日にAから遊びに行くという電話があったことや同月5日にAがX方に来た際に前記2記載のやり取りがあったことを供述した。Xは、そのほか、同月1日のAとの電話で、同月5日に乙駅構内で待ち合わせて遊びに行くと約束したこと、同月5日にX方を訪れた際にAは「昔から欲しかった車種だった。ナンバーも覚えやすいだろ。」などと言っていたこと、その車のナンバーがN300わ7777という同じ数字が並んだものだったのでよく覚えていることなどを供述したため、Pは、その旨の同月14日付け検察官面前調書を作成し、Xはこれに署名押印した。
検察官Pは、その他所要の捜査を遂げ、詐欺の被疑事実で送致されたAについて、同月21日、④単純横領の罪で公判請求した。Pは、単純横領罪の成立時期について、⑤㋐同月4日午後5時頃、㋑同月4日午後6時頃、㋒同月4日午後6時45分頃をそれぞれ検討したが、検討の結果、㋒同月4日午後6時45分頃とすることにした。
4 Aは、同年3月18日の第1回公判期日の冒頭手続において、同年2月4日にVから電話を受けた際、本件車両の返却期限の延長を了承してもらったので、横領していないと主張し、Aの弁護人Bも、Aの無罪を主張した。また、検察官Pが同月5日にX方を訪れた際のAの言動等を立証するために証拠請求したXの検察官面前調書をBが不同意としたため、Pは、Xの証人尋問を請求し、裁判官JはXを証人として採用した。Xは、同年4月15日の第2回公判期日において「令和6年2月1日にAから電話があったかどうか、同月5日にAが私の家に来たかどうか、いずれももう何か月も前のことなので覚えていない。Aは、地元の中学校の同級生で、いつも怖い先輩たちとつるんでいた。今日傍聴席にいる人たちも、Aが昔からつるんでいた先輩たちだと思う。」などと証言し、現に法廷の傍聴席には、Aと同年代の男性が約10名おり、Aと目配せをしたり、Xの証言中に咳払いをしたりしていた。Pは、Xの記憶喚起を試みたが、Xの証言内容は変わらなかったため、Xの同年2月14日付け検察官面前調書の証拠採用を求め、⑥Jは同調書を証拠として採用した。
〔設問1〕
⑴ 下線部①につき、司法警察員Kらが、本件車両が放置された現場の写真撮影、本件車両内の本件フェリーのチケットの各半券の押収を、令状の発付を受けずに行うことができる理由を答えなさい。
⑵ 下線部②につき、司法警察員Kが発付を受けた令状の種類及びその令状が必要であると考えた理由を答えなさい。
〔設問2〕
⑴ 検察官Pが下線部③の指示をした理由を答えなさい。
⑵ 下線部④につき、検察官Pが送致事実である詐欺ではなく単純横領の罪でAを公判請求した理由について、詐欺罪の成立に積極的に働く事実、消極的に働く事実の双方を挙げつつ答えなさい。
⑶ 下線部⑤につき、検察官Pが単純横領の成立時期について㋐、㋑及び㋒を検討した理由並びに㋐、㋑ではなく㋒と結論付けた理由を答えなさい。
〔設問3〕
下線部⑥につき、裁判官JがXの検察官面前調書の採否を決定するに当たって考慮した具体的事実を、条文上の根拠と併せて答えなさい。
〔設問4〕弁護人Bが、公判請求後にAと接見した際
⑴ 「起訴された事実は間違いないが、無罪主張をしてほしい。」とAから言われ、無罪を主張すること
⑵ 「Yに『AがVとの電話で、返却期限の延長を了承してもらっているのをレンタカーの助手席で聞いていた。』といううその証言をさせてほしい。」とAから言われ、Yを証人請求することについて、それぞれ弁護士倫理上問題はあるか、司法試験予備試験用法文中の弁護士職務基本規程を適宜参照し、根拠条文と併せて答えなさい。
【別紙】 ※具体的な犯行場所や被害品時価等は省略被疑事実の要旨被疑者は、車両借受け名目で車両をだまし取ろうと考え、令和6年2月3日午後1時頃、Tレンタカー丙営業所において、同営業所従業員Vに対し、真実は、レンタカーとして借り受けた車両を返却する意思がないのに、これがあるように装って車両の借受けを申し込み、同人をして借受期間経過後直ちに同車両が返却されるものと誤信させ、よって、その頃、同所において、同人から同人管理に係る普通乗用自動車1台(N300わ7777)の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させたものである。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、詐欺罪及び単純横領罪の成否が問題となる事件を題材に、証拠物の押収手続及び必要な令状等(設問1)、詐欺罪及び横領罪の成否を判断する際の考慮要素等(設問2)、刑事訴訟法第321条第1項第2号書面の採否を判断する際の考慮要素等(設問3)、弁護士倫理上の問題点 (設問4)について、【事例】に現れた証拠や事実、手続の経過を適切に把握した上で、法曹三者それぞれの立場から、その問題点及び結論に至る思考過程について解答することを求めており、刑事事実認定の基本構造、刑事実体法及び刑事手続法についての基本的理解並びに基礎的実務能力を確認するものである。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 小問⑴
(1)現場の写真撮影について
写真撮影は、対象の外形的状況を機械的に記録するものであって、それ自体として相手方の身体・物に対する物理的な侵害を伴わない。したがって、個人の意思を制圧し身体・住居・財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為、すなわち強制処分(刑訴法197条1項但書)には当たらず、必要性・緊急性等を考慮し具体的状況の下で相当と認められる限度においては、任意処分として令状なしに行うことができる。判例も、現に犯罪が行われ若しくは行われた後間がないと認められる場合であって、証拠保全の必要性及び緊急性があり、その方法が一般的に許容される限度を超えない相当なものであるときは、令状によらない写真撮影も許されるとしている(最大判昭44.12.24)。
本件では、Kらは、Aがガードレールに衝突する事故を起こして本件車両を放置し逃走した直後に臨場し、当該事故車両が詐欺の被害届が出されている本件車両であることを把握している。撮影対象は、公道上に放置された本件車両及びその現場の状況であって、何人の住居その他プライバシーの保護されるべき場所も含まない。公道上の車両の状況は交通の再開等により容易に変動し、復元が不可能となるから、証拠保全の必要性及び緊急性も高い。方法も現場及び車両の状況の撮影という相当なものである。
したがって、Kらは令状の発付を受けずに現場の写真撮影を行うことができる。
(2)本件フェリーのチケットの各半券の押収について
領置とは、被疑者その他の者が遺留した物、又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物の占有を取得する処分であり、司法警察職員は令状によらずにこれを行うことができる(刑訴法221条)。領置は、既に占有者の占有を離れた物又は任意に提出された物について占有を取得するものであって、占有取得の過程で相手方の意思を制圧して強制力を加えるものではないから、令状を要しないのである。
本件では、Aは、本件車両を運転中にガードレールに衝突する事故を起こし、負傷して本件車両を放置してその場から逃げ去っている。すなわち本件車両及びその車内にあった物は、被疑者Aがその場に遺留した物である。本件フェリーの乗客用チケット及び車両用チケットの各半券は、いずれもAが本件車両内に置いたまま逃走したものであるから、Aの「遺留した物」に当たる。
したがって、Kらは、これらの半券を令状の発付を受けずに領置することができる。
2 小問⑵
(1)令状の種類
Kが発付を受けた令状は、身体検査令状(検証許可状。刑訴法218条1項後段)及び鑑定処分許可状(同法225条1項、168条1項)の双方である。
(2)必要であると考えた理由
Aに対する採血は、腕に注射針を挿入して血液を採取するものであり、身体の完全性を侵害し、苦痛を与え、人格的尊厳を損なうおそれのある行為である。Aは口腔内細胞の提出を拒んでおり、その意思に反してこれを行うことになるから、個人の意思を制圧して身体に制約を加える強制処分(同法197条1項但書)に当たる。そして、強制処分は憲法35条及び刑訴法の定めに従い令状によらなければ行うことができない。
まず、人の身体から血液を採取する行為は、身体の状態を五官の作用により認識する処分、すなわち身体の検査としての性質を有する。したがって、身体の検査を内容とする検証許可状(身体検査令状。同法218条1項後段)が必要である。身体検査については同法218条5項・6項、219条2項が特別の要件・手続を定めており、また同法222条1項により139条が準用されるため、拒絶する者に対して直接強制を行うことができる。Aが提出を拒んでいる本件では、直接強制の根拠となるこの令状が不可欠である。
次に、注射針を身体に挿入して血液を採取する行為は、医学的な専門知識及び技術を必要とし、医師でなければ適切に行うことができないものであるから、鑑定に必要な処分としての身体の検査(同法168条1項)に当たる。捜査機関が鑑定受託者に身体検査を行わせるには鑑定処分許可状の発付を受けなければならない(同法225条1項)。もっとも、鑑定処分許可状には直接強制を認める規定がないため、これのみでは拒絶する者に対して採血を実施できない。
そこで、適法に、かつ医学的に相当な方法で強制採血を行うためには、身体検査令状と鑑定処分許可状を併用する必要がある。本件で、医師がAの腕に注射針を挿入して血液を採取したのは、この両令状の発付を受けたことによるものである。
なお、血液は身体の一部であって、あらかじめ独立の「物」として存在するものではなく、身体への侵襲により新たに取得されるものであるから、捜索差押許可状によることはできない。
第2 設問2
1 小問⑴
Pが下線部③の指示をした理由は、Aがいかなる時点で本件車両を島外に搬出する意思を有するに至ったかを明らかにし、これによって借受け時におけるAの返却意思の有無、すなわち詐欺罪の成否を判断するとともに、不法領得の意思が外部に発現した時点を特定して横領罪の成立時期を確定し、あわせてAの弁解の信用性を吟味するためである。
詐欺罪が成立するためには、借受け時である令和6年2月3日午後1時頃において、Aに本件車両を返却する意思がなかったことを立証しなければならない。この点、Aが本件車両を島外へ持ち出すためのフェリーの車両用チケットをいつ購入したかは、Aの計画が借受け以前から存在したのか、それとも借受け後に生じたのかを示す重要な客観的事実である。借受け前に車両用チケットを購入していたのであれば、当初から車両を領得する計画であったことが強く推認され、逆に返却期限経過後に購入していたのであれば、当初は返却意思を有していた可能性が残る。
また、Aは「2月4日にVから電話を受けた時、1週間延長してくれと言って承諾してもらった」と弁解しているが、半券の購入日時・場所が解明されれば、Aの行動の推移が客観的に明らかとなり、この弁解の信用性を検討する資料となる。
現に捜査の結果、乗客用チケットは借受け前日の2月2日午後3時頃にAがインターネットで予約購入していたのに対し、車両用チケットは返却期限経過後の2月4日午後6時30分頃にAが丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入していたことが判明し、これがPの判断の基礎となっている。
2 小問⑵
(1)詐欺罪の成立に積極的に働く事実
第一に、Aは、本件車両の返却期限である2月4日午後5時を過ぎても返却せず、同日午後6時頃のVからの電話に対し「これから返しに行く。」と言いながら、現在地等を尋ねられても何も答えず一方的に電話を切り、その後のVの繰り返しの電話にも出なかった。さらに2月5日午後1時頃の電話では、乙市内にいたのに「今、丙島にいる。もう少しで営業所に着く。」と明らかな虚偽を述べて再び一方的に電話を切り、そのまま乙市内の観光を続けている。これらの一連の対応は、返却意思の欠如を強くうかがわせる。
第二に、Aは、レンタカー料金3万円が前払いであると告げられたのに、後払いにしてほしい旨懇願してVに渋々これを受け入れさせ、契約書にその旨記載させている。代金を前払いしないことは、料金支払の意思・資力への疑いを生じさせるとともに、支払を免れる余地を残すものである。
第三に、Aは車種を指定して本件車両を借り受けており、Xに対し「昔から欲しかった車種だった。ナンバーも覚えやすいだろ。」と述べている。これは、Aが本件車両そのものに対する強い執着を有し、当初からこれを領得する目的であった可能性を示す。
第四に、Aは、借受け前日の2月2日午後3時頃、返却期限経過後である2月4日午後7時丙島発乙市行きの乗客用チケットを予約購入しており、返却期限の後に丙島を離れる予定をあらかじめ有していた。
(2)詐欺罪の成立に消極的に働く事実
第一に、Aが本件車両を島外に搬出するために不可欠な車両用チケットを購入したのは、借受けの翌日であり返却期限も経過した2月4日午後6時30分頃であって、しかも事前の予約ではなく丙島フェリー乗り場の窓口での直接購入であった。借受け時点において車両を島外に持ち出す計画が存在しなかったことを示す有力な事情である。
第二に、Aは、2月1日の電話でYに対し同月3日に遊びに行く旨伝え、現に2月3日午後2時頃から本件車両を運転してY方に赴き、Yと丙島内を観光し、2月4日午後4時頃までYと行動している。すなわち、丙島でYを訪ねて島内を移動するという借受けの目的は真実のものであり、契約の趣旨に沿った使用がされている。
第三に、Aは、返却期限を翌日午後5時、返却場所を同営業所とする通常の内容の契約を締結し、料金についても後払いの約束を契約書に明記させている。虚偽の氏名・住所を用いるなど身元を偽る工作はしておらず、逮捕時の所持金は5万円であって、レンタカー料金3万円を支払うに足りる金員を所持していた。
第四に、A自身の弁解も、借受けは正当であり、その後Vから延長の承諾を得たというものであって、借受け時の欺罔を否定している。
(3)結論
以上のとおり、返却期限経過後のAの言動には詐欺罪の成立に積極的に働く事実が存在するものの、それらはいずれも借受け後の事情であり、借受け時点における返却意思の不存在を直接示すものではない。これに対し、車両用チケットの購入時期という客観的事実は、借受け時点における領得計画の不存在を示している。そうすると、借受け時にAが本件車両を返却する意思を有していなかったことを証明することは困難であり、詐欺罪の成立を立証することができない。
他方、Aは、Tレンタカー丙営業所から賃借人として本件車両の占有を委ねられ、他人の物を自己の占有する者であったところ、返却期限経過後に、返却場所である同営業所の所在する丙島から本件車両を搬出して返却を不可能にしており、委託の趣旨に反して所有者でなければできない処分をしたといえる。Aの占有は業務に基づくものではないから、単純横領罪(刑法252条1項)が成立する。
よってPは、送致事実である詐欺ではなく単純横領の罪でAを公判請求したものである。
3 小問⑶
(1)㋐、㋑及び㋒を検討した理由
横領罪は、自己の占有する他人の物について、委託の趣旨に背いて権限なく所有者でなければできない処分をする意思、すなわち不法領得の意思を外部に発現する行為があった時点で既遂となる。したがって、Aの一連の行動のうちいずれの時点で不法領得の意思の発現があったかを特定しなければ、犯罪の成立時期が定まらない。
そして成立時期は、公訴事実において罪となるべき事実として日時を特定して明示すべき事柄であり(刑訴法256条3項)、公訴時効の起算点や、どの行為を実行行為として立証するかにも直結する。そこでPは、返却期限の経過時(㋐)、Vの電話に応じて一方的に電話を切った時(㋑)、本件車両とともに本件フェリーに乗り込んだ時(㋒)という、不法領得の意思の発現と評価し得る可能性のある三つの時点を検討したのである。
(2)㋐としなかった理由
返却期限である2月4日午後5時が経過したというだけでは、単に契約上の返還義務の履行が遅滞したにすぎず、民事上の債務不履行の評価を超えない。返却の遅延には、交通事情、失念、延長の交渉など様々な理由があり得るから、期限の経過という事実のみから所有者でなければできない処分をしたと評価することはできない。現にAは、その直後の同日午後6時頃のVの電話に応答して「これから返しに行く。」と述べており、この時点で返却を拒絶する態度を明らかにしてもいない。
(3)㋑としなかった理由
Aが、Vから現在地等を尋ねられても何も答えず一方的に電話を切り、その後の電話に出なかったという対応は、返却を求める所有者の問い合わせを回避する不誠実な態度であり、不法領得の意思を推認させる事情ではある。しかし、Aは同時に「これから返しに行く。」と返却の意向を表明しており、返却を確定的に拒んだとはいえない。また、この時点で本件車両はなお丙島内に所在し、返却場所であるTレンタカー丙営業所の近辺にとどまっていたのであるから、Vが車両を回収する可能性も失われていない。したがって、所有者でなければできない処分をしたとまで評価することはできない。
(4)㋒とした理由
本件フェリーは丙島への唯一の交通手段であり、本件車両の返却場所はTレンタカー丙営業所であって、契約上、本件車両を島外に持ち出すことは全く予定されていない。したがって、本件車両をフェリーに積載して島外に搬出する行為は、Vによる車両の回収を不可能にし、返却を確定的に断念させるものであって、賃借人の権限を明らかに超え、所有者でなければできない処分に当たる。
しかもAは、同日午後6時30分頃、返却期限経過後に丙島フェリー乗り場の窓口でわざわざ車両用チケットを購入した上で、同日午後6時45分頃、本件車両とともに乙市行きの本件フェリーに乗り込んでいる。事前の予約ではなく、その場で車両用チケットを購入したうえで乗船したという経過は、Aがこの時点で本件車両を島外に持ち出して自己の物として利用する意思を明確に有していたことを示している。現にAは、その後も本件車両を乙市内で自己の用途に使用し続けている。
したがって、本件車両とともに本件フェリーに乗り込んだ2月4日午後6時45分頃に不法領得の意思の発現があり、同時点で単純横領罪が既遂に達したといえる。よってPは成立時期を㋒としたものである。
第3 設問3
1 条文上の根拠
Xの検察官面前調書は、Xの供述内容を要証事実とする伝聞証拠であり(刑訴法320条1項)、Bが不同意としたため同法326条1項による証拠能力は認められない。そこで、検察官の面前における供述を録取した書面に関する伝聞例外である同法321条1項2号が根拠となる。Xは公判期日に出廷して証言しているから、同号前段の供述不能の場合ではなく、同号後段、すなわち公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なった供述をしたときに当たるか、及び同号但書の、公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況(相対的特信情況)が存するかが問題となる。
2 相反性ないし実質的な差異について考慮した事実
Xは、令和6年2月14日付け検察官面前調書において、同月1日にAから遊びに行くという電話があったこと、同月5日にAがX方に来た際に、Aが本件車両について「丙島のレンタカー屋で借りた。もう期限過ぎてるけどね。」と述べ、XがAに「返さないとだめだよ。」と言って誘いを断ったこと、Aが「昔から欲しかった車種だった。ナンバーも覚えやすいだろ。」と述べたこと、その車のナンバーがN300わ7777という同じ数字が並んだものであったことなどを、具体的に供述している。
これに対し、Xは第2回公判期日において、「令和6年2月1日にAから電話があったかどうか、同月5日にAが私の家に来たかどうか、いずれももう何か月も前のことなので覚えていない。」と証言し、Pが記憶喚起を試みてもその証言内容は変わらなかった。
記憶がないという証言は、積極的に事実の存在を述べた前の供述の証明力を失わせるものであるから、前の供述と実質的に異なった供述に当たる。Jはこの点を考慮したものである。
3 相対的特信情況について考慮した事実
特信情況の有無は、供述がなされた際の外部的付随事情を基礎として判断すべきであり、供述内容はこれを推知する補助的資料として考慮することができる。
第一に、検察官面前調書は、Aが2月5日にX方を訪れてからわずか9日後の2月14日に作成されており、記憶が新鮮な時期の供述である。これに対し、公判証言は約2か月後のものであって、X自身も「もう何か月も前のことなので覚えていない」と述べている。
第二に、調書の供述内容は、Aの発言を具体的に再現し、かつナンバーがN300わ7777という同じ数字が並んだものだったのでよく覚えているという、記憶が保持されている理由の説明まで伴っており、具体性・合理性がある。Xはこれに署名押印している。
第三に、公判廷におけるXの供述には、真実を述べることを困難にする外部的事情が存在した。Xは、「Aは、地元の中学校の同級生で、いつも怖い先輩たちとつるんでいた。今日傍聴席にいる人たちも、Aが昔からつるんでいた先輩たちだと思う。」と証言しており、現に法廷の傍聴席にはAと同年代の男性が約10名おり、Aと目配せをしたり、Xの証言中に咳払いをしたりしていた。すなわちXは、Aの関係者が傍聴席から威圧を加える状況の下で証言を強いられ、Aに不利な事実を述べることをちゅうちょする心理的圧迫を受けていたと認められる。検察官による事情聴取の際には、このような圧力は存在しなかった。
第四に、Xは、Aの地元の中学校の同級生であって、ことさらにAに不利な虚偽を述べる動機はなく、むしろAに有利な方向で記憶を留保する動機を有する立場にある。
以上の事実に照らせば、公判期日における供述よりも検察官面前調書の供述を信用すべき特別の情況が存するといえる。したがってJは、同調書を証拠として採用したものである。
第4 設問4
1 小問⑴
無罪を主張することは、弁護士倫理上問題はない。
被告人は、公訴事実について黙秘する権利を有し(憲法38条1項、刑訴法311条1項)、自己に不利益な事実を供述する義務を負わない。犯罪事実の存在については検察官が挙証責任を負い、その証明がない限り被告人は無罪とされる。そして弁護人は、被疑者及び被告人の防御権及び弁護人の弁護権の本質を理解し、その権利及び利益を擁護するため最善の弁護活動に努めなければならない(弁護士職務基本規程46条)。また、委任の目的及び受任した法律事務の処理の方法については、依頼者の意思を尊重して職務を行うものとされている(同規程22条1項)。
したがって、被告人が弁護人に対し事実を認めていても、弁護人が検察官の立証の不十分さを指摘し、犯罪の証明がないとして無罪を主張することは、被告人の防御権を擁護する弁護権の正当な行使であり、むしろ被告人の意思に反して有罪を前提とする弁護を行うことが許されない。
同規程5条は真実の尊重を定め、同規程75条は偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出することを禁じているが、無罪の主張自体は、虚偽の陳述をそそのかすものでも虚偽の証拠を提出するものでもないから、これらに違反しない。ここでいう真実の尊重も、弁護人が積極的に虚偽の事実を作り出してはならないという意味であって、検察官の立証を争うことを禁ずるものではない。
もっとも、Aが本件車両の返却期限の延長をVから了承してもらったという弁解が虚偽であることを知りながら、Bがこれを積極的に事実として主張し、そのための証拠を提出することは、同規程5条及び75条に違反することになる。Bは、あくまで検察官の立証が合理的な疑いを超えるものでないことを指摘する形で無罪を主張すべきである。
2 小問⑵
Yを証人請求することは、弁護士倫理上許されない。
弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない(弁護士職務基本規程75条)。Bは、Yの証言内容がAの依頼した虚偽の内容であることを知りながらYの証人請求をすることになるのであるから、虚偽と知りながら証拠を提出する行為に当たり、かつYに対し偽証をそそのかす行為にも当たる。したがって同条に明らかに違反する。
また、弁護士は真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行わなければならず(同規程5条)、違法若しくは不正な行為を助長し、又はこれらの行為を利用してはならない(同規程14条)。虚偽の証言をさせることは、宣誓した証人の偽証罪(刑法169条)に当たる違法行為であり、Bの行為はこれを助長・利用するものであるから、これらの規定にも違反する。B自身が偽証教唆罪(同法169条、61条1項)の責任を問われるおそれもある。
依頼者の意思の尊重(同規程22条1項)も、依頼者の正当な利益の実現を図る範囲で求められるものであって(同規程21条)、違法・不当な行為の要求に応じる義務を基礎付けるものではない。
したがってBは、Aの要求に応じてYを証人請求することはできず、Aに対し、虚偽の証言を求めることが許されないこと及びそれがA自身の不利益にもなることを説明して、要求を撤回するよう説得すべきである。
以上