予備試験 令和8年 刑法
問題文
【事例1】及び【事例2】を読んで、〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事例1】
1 甲(30歳、女性)は、同棲相手のA(35歳、男性)が毎晩泥酔し、生活費も負担しなかったことから、同棲解消を申し出たが、Aがこれに応じず、甲に暴行を加えるようになったため、Aに恨みを抱き、次第にAに殺意を抱くようになった。
甲は、某年2月1日、看護師である友人乙(25歳、女性)とキャンプに出掛けた際に、乙に対し、「Aを殺すのを手伝って。死体の処 分は私一人で何とかする。」と持ち掛けた。
乙は、数年前に、酔ったAに殴られて骨折したことがあり、Aを恨んでいたため、甲に対し、「私が先に急所を刃物で刺すよ。刺した後もすぐに死ぬわけではないから、あなたは瀕死のAにとどめを刺せばいい。」と言って、これを引き受けた。
2 甲及び乙は、 同月2日午前10時頃、Aの殺害に使用するため、サバイバルナイフ 1本
(刃体の長さ約20センチメートル 。以下「本件ナイフ」と いう。)及び包丁 1本(刃体の長さ約20センチメートル。以下「本件包丁」という。)を購入した。
3 甲は、同日午後5時頃、Aから「今夜も居酒屋に行く。」という連絡があったことから、Aが帰宅後に熟睡した頃を見計らって、 同月3日午前2時頃、乙と共に帰宅すると、寝室の照明は消えていたが、窓から入る街灯の光で同室内のベッド上にAが横になっているのが見えた。甲が「計画どおり、先にAを刺して。その後、私が瀕死のAに最後の一撃を加える。
電気はつけないで。」と言って、乙に 本件ナイフを渡したので、乙は、寝室の電灯をつけずに、本件ナイフを持ってベッドに近付いた。その際、乙は、Aの寝息が聞こえなかったため、看護師としての経験から異変を感じ、Aの首の頸動脈に触れたところ、脈が全くなく、 更にAの心臓付近を触っても拍動が感じられなかったので、Aが既に死亡していることに気付いたが、甲がAへの恨みを晴らすためには計画どおりに進めるべきだと考え、甲に何も告げなかった。
乙は、Aが死亡していると確信し、死体に刃物を突き立てるのであれば気が楽だと考え、同日午前2時15分頃、Aの死体の心臓付近を 本件ナイフで突き刺した。すると、 本件ナイフは、Aの死体の 胸に刺さり、心臓の一部を切断し、背骨に当たって止まった。乙は、Aの死体の胸に 本件ナイフを刺したままにして、寝室から出た。その間、甲は、Aが苦しむ姿を見て決心が揺るがないように、寝室に入らず、隣室にいた。
その後、乙が寝室から出てきたため、甲は、次は自分の番だと考え、 本件包丁を持って 寝室に入ると、Aの胸に 本件ナイフが刺さっているのが見えた。Aが生きていると思っていた甲は、Aと目が合わないように、 本件ナイフだけを見てベッドに近付き、Aの胸付近に触れたところ、その体が温かかったものの、抵抗する様子はなかったので、Aが瀕死の状態にあると思い、Aにとどめを刺すため、同日午前2時20分 頃、本件ナイフが刺さってい る場所付近を本件包丁で突き刺した。 本件包丁は、Aの死体の胸に刺さり、心臓の一部を切断し、背骨に当たって止まった。
4 なお、同日午前1時50分の時点で、Aは、飲酒の影響により、吐しゃ物を喉に詰まらせて窒息死していた。
〔設問1〕
【事例1】における甲及び乙の罪責を論じなさい(住居侵入罪及び特別法違反の点は除く。)。
【事例2】(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)
5 甲は、同日午前2時30分頃、Aの死体を一人で処 分しようと 考え、Aの死体を甲所有のキャンピングカー(以下「本件車両」という。)に乗せるために前記寝室から運び出そうとしたところ、Aが腕時計(時価約50万円)をしていることに初めて気付き、これを自分のものにしようと考え、 乙に何ら相談せず、 同腕時計を外して、 背負っていた リュックサック内に入れた。
6 その後、重いAの死体を 本件車両に乗せることができずに 甲が苦労していたことから、乙は、甲を手伝うことにした。甲 及び乙は、協力して、Aの死体を本件車両に乗せ て自宅から約100キロメートル離れた山林まで移動し、Aの死体を埋めるために穴を掘った。もっとも、掘り終えた時点で日が暮れてしまったため、甲及び乙は、本件車両内で就寝した。
甲は、同月4日午前4時頃に目を覚ました際、犯行が発覚しないように乙も殺すべきだと考え、本件車両内で熟睡していた乙の手足をキャンプ用品の麻縄で縛った上、 本件車両 内に点火した練炭の入った練炭コン ロを置いて目張りするなどして密閉し、 本件車両内に一酸化炭素ガスを充満させ、同日午前5時頃、乙を一酸化炭素中毒で死亡させた。
7 甲は、同日午前6時頃、本件車両内で乙の死亡を確認した際、乙が指輪(時価約10万円)
をしていることに初めて気付き、これを自分のものにしようと考え、同指輪を外して、前記リュックサック内に入れた。
続いて、甲は、前日に掘った穴の中にAの死体を突き落とすと、周囲の土をAの死体の上にかけて埋めた。
8 その後、甲は、乙がキャンプに来た際の水難事故で死亡したように見せ掛けようと考え、乙の死体を乗せた本件車両を運転し、同 月4日午後6時頃、 前記山林から 約50キロメートル離れたキャンプ場に到着した。
甲は、周囲が暗かったため、夜明けまで本件車両内で待ち、 同月5日午前7時頃、乙の死体を本件車両から運び出そうとしたところ、乙がネックレス(時価約20万円)をしていることに初めて気付き、これも自分のものにしようと考え、同ネックレスを外して、前記リュックサック内に入れた。
その後、甲は、前記キャンプ場付近の池に乙の死体を投棄して、帰宅した。
〔設問2〕
【事例2】における甲の罪責を論じなさい(特別法違反の点は除く。)。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1(甲及び乙の罪責)
1 前提
Aは、2月3日午前1時50分の時点で、飲酒の影響により吐しゃ物を喉に詰まらせて窒息死していた。したがって、乙が本件ナイフでAを刺した午前2時15分頃も、甲が本件包丁でAを刺した午前2時20分頃も、Aは既に死亡しており、客観的にはいずれの行為も死体に対する刺突であった。
2 乙の罪責
(1) 殺人予備罪(刑法(以下法名略)201条)
甲及び乙は、2月1日、甲の「Aを殺すのを手伝って。」という持ち掛けに、乙が「私が先に急所を刃物で刺す」「あなたは瀕死のAにとどめを刺せばいい」と応じてA殺害の共謀と役割分担を遂げ、翌2日午前10時頃、殺害に使用するため刃体約20センチメートルの本件ナイフ及び本件包丁を購入し、3日午前2時頃、Aの熟睡を見計らって共に寝室に赴いた。凶器の購入は殺人の実現に実質的に役立つ準備行為であり、殺人の目的も認められるから、殺人予備罪の共同正犯(60条、201条)が成立する。乙は、その後Aの死亡に気付いたが、予備行為は既に完了しており、Aの死亡という外部的障害により実行に至らなかったにすぎない。
(2) 本件ナイフによる刺突
ア 乙は、Aの寝息が聞こえないことから異変を感じ、看護師としての経験に基づき頸動脈に脈がなく心臓の拍動もないことを確かめてAの死亡を確信した上、死体に刃物を突き立てるのであれば気が楽だと考えて刺突した。殺人罪(199条)の客体は生きている「人」であるところ、Aは死亡していたから客観的構成要件に該当しない。また、未遂犯の危険性は、行為時に一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎に判断するところ(具体的危険説)、乙はAの死亡を認識していたから、乙の行為には生命侵害の危険がなく、乙に殺意もない。よって、殺人未遂罪も成立しない。
イ 乙は、Aの死体の心臓付近を本件ナイフで突き刺し、心臓の一部を切断した。これは死体の物理的な損傷であり、死体損壊罪(190条)の「損壊」に当たる。乙は死体であることを認識していたから故意もある。よって、死体損壊罪が成立する。
(3) 甲の刺突に対する関与
ア 乙は、Aの死亡に気付きながら、甲がAへの恨みを晴らすためには計画どおりに進めるべきだと考えて甲に何も告げず、本件ナイフをAの胸に刺したままにして寝室を出た。その結果、甲は、Aの胸にナイフが刺さっているのを見て計画どおりAが刺されたと信じ、Aが生きていると思って刺突に及んだ。
イ 甲の刺突は、客観的にはAの死体の心臓の一部を切断する死体損壊行為であるが、後述のとおり甲はAが生きていると誤信しており、死体損壊の故意を欠く。他人を利用して自己の犯罪を実現する者は、被利用者の行為を利用者の行為と同視し得る一方的な支配利用関係がある場合、間接正犯として正犯の責任を負う。本件で、Aの死亡という事実を知るのは乙のみであり、乙は、計画上自己の刺突の後に甲が刺突する手筈であることを知りながら、あえてその事実を秘し、刺さったままのナイフによって甲の誤信を維持したまま甲に刺突させた。甲は、死体を損壊することについて規範に直面し得ない状態で行動しており、乙はこの情を知らない甲を一方的に利用したといえる。乙は甲に計画どおり刺突させることを意図していたから、間接正犯の故意もある。よって、甲の刺突について乙に死体損壊罪の間接正犯が成立する。
ウ なお、後述のとおり甲には殺人未遂罪が成立するが、乙はAの死亡を認識しており、生命侵害の危険を認識・認容していないから、殺人未遂罪の共同正犯は成立しない。
(4) 罪数
乙には、殺人予備罪(甲との共同正犯)及び死体損壊罪が成立する。2回の刺突に係る死体損壊は、同一の死体に対する同一機会の一連の行為として包括一罪となり、殺人予備罪とは併合罪(45条前段)となる。
3 甲の罪責
(1) 殺人未遂罪(203条、199条)の成否
ア 甲は、Aが生きており瀕死の状態にあると思い、とどめを刺すため本件包丁でAの胸を突き刺した。しかし、Aは既に死亡しており、殺人の結果が発生することは不可能であった。そこで、この行為が殺人罪の実行行為としての危険性を有するか、不能犯との区別が問題となる。
イ 未遂犯の処罰根拠は、構成要件的結果発生の現実的危険性を生じさせた点にある。刑法は行為規範として一般人に向けられているから、この危険性は、行為の時点において一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎として、一般人の見地から結果発生の危険があるといえるか否かにより判断すべきである(具体的危険説)。
ウ 甲の行為時、寝室の照明は消され、窓から入る街灯の光でベッド上のAの姿が見える程度の明るさであった。Aは死亡から約30分しか経過しておらず、甲が触れたその体は温かく、胸には計画どおり乙が刺した本件ナイフが刺さったままであった。乙はAの死亡を甲に告げておらず、甲は、乙が計画どおりAの急所を刺した直後であると信じていた。Aに抵抗する様子がなかったことも、急所を刺された瀕死の状態と整合する。乙は看護師としての経験から脈や拍動を確かめて死亡を見抜いたが、暗い寝室でこれらの事情に接した一般人であれば、Aは瀕死ではあるがなお生存していると認識するのが通常であり、その心臓付近を刃体約20センチメートルの包丁で突き刺す行為は、人を死亡させる現実的危険性を有する行為と評価できる。よって、不能犯ではなく、殺人罪の実行の着手が認められる。
エ 甲には、瀕死のAにとどめを刺す意思、すなわち殺意があり、Aは既に死亡していたため既遂結果は発生しなかった。よって、甲に殺人未遂罪が成立する。
(2) 死体損壊罪の成否
甲の行為は、客観的にはAの死体の心臓の一部を切断するものであり、死体損壊罪の構成要件に該当する。しかし、甲はAが生きていると認識しており、死体損壊の故意を欠く。殺人罪と死体損壊罪は、保護法益(人の生命と死者に対する敬虔感情)及び行為態様を異にし、構成要件が重なり合わないから、抽象的事実の錯誤として軽い罪が成立する関係にもない。よって、甲に死体損壊罪は成立しない。
(3) 乙の刺突についての共同正犯の成否
甲は、乙との殺人の共謀に基づき乙に本件ナイフを渡して先に刺突させたが、乙の刺突は、前述のとおり殺人の実行行為に当たらず、客観的に死体損壊であるにとどまる。殺人の共謀は死体損壊罪の構成要件と重なり合わず、甲には死体損壊の故意もないから、乙の刺突について甲に殺人未遂罪や死体損壊罪の共同正犯は成立しない。
(4) 罪数
甲には殺人未遂罪が成立し、殺人予備罪はこれに吸収される。
第2 設問2(甲の罪責)
1 Aの腕時計を領得した行為
(1) 甲は、午前2時30分頃、Aの死体を運び出そうとした際に初めて腕時計(時価約50万円)に気付き、これを自分のものにしようと考えて外し、リュックサック内に入れた。Aの腕時計がAの「占有」下にあったかが問題となる。
(2) 死者には占有の意思も占有の事実もないから、死者の占有は原則として認められない。判例(最判昭和41年4月8日)は、被害者を殺害した犯人がその直後に財物を領得した場合には、犯人は、被害者が生前有していた財物の占有を自己の行為により離脱させた上でこれを利用して奪取したものであるから、被害者の生前の占有は犯人との関係では一連の行為として保護に値するとし、窃盗罪の成立を認める。
(3) 本件では、Aは甲の行為によってではなく、飲酒による窒息で死亡しており、甲はAの占有を自己の行為により離脱させた者ではない。したがって、上記判例の法理は妥当せず、Aの死亡により腕時計はAの占有を離れた物となっており、Aの相続人がこれを現実に支配しているともいえないから、「占有を離れた他人の物」に当たる。
(4) 甲は、主観的には乙と共にAを殺害したと認識し、その約10分後に殺害現場でAの腕時計を領得したのであるから、上記判例の法理により窃盗罪が成立する事実関係を認識していた。しかし、客観的に実現した事実は占有離脱物の領得であり、窃盗罪と遺失物等横領罪は、いずれも他人の財物の領得を内容とし、構成要件が実質的に重なり合うから、軽い遺失物等横領罪の限度で故意犯が成立する(38条2項)。甲は腕時計を自分のものにしようと考えて領得しており、不法領得の意思もある。
(5) よって、甲に遺失物等横領罪(254条)が成立する。
2 Aの死体を運搬して埋めた行為
甲は、乙と協力してAの死体を本件車両に乗せ、約100キロメートル離れた山林まで運び、穴を掘った上、翌4日、Aの死体を穴に突き落として土をかけて埋めた。これは、発覚を免れる目的で、習俗上の埋葬と認められない方法により死体を場所的に移転し隠匿する行為であり、「遺棄」に当たる。甲には故意もある。よって、死体遺棄罪(190条)が成立する(運搬及び穴掘りの部分は乙との共同正犯)。
3 乙を殺害した行為
甲は、犯行の発覚を防ぐため乙を殺害しようと考え、熟睡中の乙の手足を麻縄で縛った上、点火した練炭コンロを置いて目張りをして密閉した本件車両内に一酸化炭素ガスを充満させ、約1時間後に乙を一酸化炭素中毒により死亡させた。密閉空間に一酸化炭素を充満させる行為は人を死亡させる現実的危険性のある行為であり、因果関係及び殺意も認められる。よって、殺人罪(199条)が成立する。乙の手足を縛った行為は殺害の手段として行われたものであり、殺人罪に包括される。甲は、乙の指輪及びネックレスにはいずれも乙の死亡後に初めて気付いたのであるから、殺害時に財物奪取の意思はなく、強盗殺人罪(240条)は成立しない。
4 乙の指輪を領得した行為
(1) 甲は、乙の死亡から約1時間後の午前6時頃、乙の死亡を確認した際に初めて指輪(時価約10万円)に気付き、殺害現場である本件車両内で乙の死体から指輪を外して領得した。
(2) 甲は乙を殺害した犯人であり、乙の死亡直後に、殺害現場と同一の場所で、自己の殺害行為によって乙の占有を離脱させた状態を利用して指輪を領得したものである。上記昭和41年判例の法理により、乙の生前の占有は甲との関係でなお保護され、甲の領得は乙の占有を侵害する「窃取」に当たる。領得の意思が殺害後に生じたため強盗殺人罪とはならないが、窃盗罪の成立は妨げられない。甲はこれを自分のものにする意思で領得しており、故意及び不法領得の意思も認められる。
(3) よって、甲に窃盗罪(235条)が成立する。
5 乙のネックレスを領得した行為
(1) 甲は、乙の死亡から約26時間後の2月5日午前7時頃、殺害現場から約50キロメートル離れたキャンプ場において、初めてネックレス(時価約20万円)に気付き、乙の死体から外して領得した。
(2) 昭和41年判例が死者の生前の占有の保護を認めるのは、殺害行為と領得行為が時間的・場所的に接着し、一連の行為として評価できる場合に限られる。本件の領得は、殺害から1日以上を経過し、本件車両で約50キロメートル移動した別の場所で行われたものであり、殺害行為との一連性は認め難い。乙の死体が引き続き甲の本件車両内にあったことは、甲の支配を示す事情にすぎず、乙の占有を基礎付けるものではない。したがって、ネックレスは乙の占有を離れた物であり、乙の相続人の占有も認められないから、「占有を離れた他人の物」に当たる。
(3) 甲はこれを自分のものにしようと考えて領得しており、遺失物等横領罪(254条)が成立する。
6 乙の死体を池に投棄した行為
甲は、乙が水難事故で死亡したように見せ掛ける目的で、乙の死体を本件車両で約50キロメートル運んだ上、キャンプ場付近の池に投棄した。これは死体を習俗上の埋葬と認められない方法で放棄する「遺棄」に当たり、故意もあるから、死体遺棄罪(190条)が成立する。
7 罪数
甲には、遺失物等横領罪(Aの腕時計)、死体遺棄罪(Aの死体)、殺人罪(乙)、窃盗罪(乙の指輪)、遺失物等横領罪(乙のネックレス)及び死体遺棄罪(乙の死体)が成立し、これらは併合罪(45条前段)となる。
以上