予備試験 令和7年 刑法
問題文
【事例1】及び【事例2】を読んで、〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事例1】
1 甲(55歳)は、某年5月1日、A(60歳)に対し、甲が所有する山林(以下「本件山林」
という。)を代金200万円で売却し、Aから同代金200万円を受け取ったが、所有権移転登記手続はいずれ行うこととして先延ばしにしたため、登記簿上は依然として甲の所有名義のままになっていた。
2 乙(50歳)は、不動産業を営んでいたところ、同年6月頃、不動産開発会社を営む知人の丙
(55歳)から、本件山林を含む周辺の山林一帯(以下「本件山林一帯」という。)を買収して宅地造成工事を行う計画を持ち掛けられ、これに応じ、乙が本件山林一帯を買収することとなった。乙は、本件山林一帯の登記簿を調査したところ、本件山林の登記簿上の所有名義人が甲であることを知ったが、他方で、本件山林はAに売却済みであるとの噂も聞いた。
3 乙は、甲が真の所有者であれば甲から本件山林を取得しようと考え、同年7月上旬頃、甲方を訪れ、甲に対して本件山林の購入を申し入れた。その際、乙は、甲に対し、「Aはやっかいな人物であると聞いている。もしあの山林がAに売却済みであればAと重大なトラブルになりかねないので、あなたとは取引しない。Aにあの山林を売却したという噂は本当か。」と尋ねた。甲は、本件山林の登記簿上の所有名義人が甲であることを利用して、乙に本件山林を高値で売却して所有権移転登記をすることによって儲けようと考え、乙に対し、「登記を見てみろ。登記を見れば分かるとおり、あの山林は私のものだ。Aに売ったなんて噂もあるようだが、それはうそだ。今なら300万円であの山林をあなたに売ろう。代金受領後、直ちに登記を移す。」と言った。乙は、甲の言葉を信じ、甲から本件山林を購入することに決めた。甲は、同月15日、乙に対し、本件山林を代金300万円で売却し、乙から同代金300万円を受け取り、約定どおり乙への所有権移転登記を完了した。
〔設問1〕
【事例1】における甲の罪責を論じなさい(特別法違反の点は除く。)。
【事例2】(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)
4 丙は、計画どおり本件山林一帯を買収できたと乙から報告を受け、同年7月下旬頃から、本件山林一帯の宅地造成工事を開始した。丙は、そのことを知ったAから、本件山林はAが所有するものであるから同工事をやめるよう言われたものの、それを無視して同工事を進めた。そのため、Aは、同年8月上旬頃から、丙が営む会社の事務所前の路上にA所有の白色貨物自動車(以下「A車」という。)を停め、拡声器を用いて大音量で「丙は悪徳デベロッパーだ。直ちにあの山林での宅地造成工事を中止せよ。」などと繰り返し怒声を張り上げるようになった。丙は、このままでは上記工事やその後の住宅の建築・販売計画も立ちゆかなくなってしまうと考え、Aを殺害することを決意した。
5 そこで、丙は、本件山林一帯の開発計画を説明するという名目でAを本件山林に呼び出した上、Aをダンプカーでひき殺すこととし、それを乙に実行させることを計画した。丙は、同月中旬頃、乙に対して事情を説明した上、上記犯行計画を伝え、乙はこれに応じた。
6 丙は、工事が休みで人がいない同月31日にAを呼び出すことに決め、同日午後3時頃、Aに対し、電話で「あの山林一帯の開発計画を説明したいから、山林の工事現場に来てほしい。」旨伝えた。Aはこれを了承し、同日午後5時に本件山林の工事現場(以下「本件工事現場」という。)で待ち合わせることとなった。そこで、丙は、乙に対し、同日午後5時にAを本件工事現場に呼び出したことを伝え、共に本件工事現場に向かった。他方、Aは、丙からの上記電話連絡後に急用ができたことから、友人のB(65歳)に事情を説明し、Aの代わりに本件工事現場に行くよう依頼し、Bはこれを了承した。そのとき、Bは、娘夫婦から頼まれて孫のC(1歳)を預かっていた上、自身の車は娘夫婦が使用していたため、AからA車を借りて、Cと共に本件工事現場に行くこととした。
7 乙と丙は、同日午後4時30分頃、本件工事現場に到着し、乙は付近に駐めてあったダンプカーに乗り込み、丙は近くの物陰でAがやってくるのを待っていた。Bは、同日午後5時頃、A車を運転してCと共に本件工事現場に到着し、A車から降りると、Cを背負ってあやし始めた。乙は、A車が到着した状況を目撃し、西日の影響で、Cの存在には気付かず、降り立った人物の特徴までは分からなかったものの、この時刻に本件工事現場に来るのはA以外にはいないと考え、その人物がAであると思い、Aをひき殺すつもりで上記ダンプカーを急発進させた。物陰から様子を見ていた丙は、A車から降り立った人物がAではなく子供を背負った見知らぬ人物であることに気付いたため、乙に対し、「やめろ。そいつはAじゃない。」と叫んだ。しかし、丙の声は上記ダンプカー内の乙まで届かず、乙は、そのまま同ダンプカーを加速させ、Cの存在に気付かないままB及びCに同ダンプカーの前部を衝突させてれき過させた。B及びCは、いずれもその頃、同所において、上記れき過に起因する頭部外傷に基づく脳挫傷により死亡した。
〔設問2〕
【事例2】における乙及び丙の罪責を論じなさい(特別法違反の点は除く。)。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
設問1は、甲が、自己の所有する本件山林をAに売却し、その対抗要件(登記)
を経ないうちに、本件山林を乙にも売却し、乙への所有権移転登記を完了した事案において、甲の罪責に関する論述を求めるものである。
まず、Aを被害者とする単純横領罪の成否について、事実関係を的確に分析し、その既遂時期も意識した上で、その構成要件該当性を検討する必要がある。続いて、乙を被害者とする詐欺罪の成否について、事実関係を的確に分析し、甲が乙に所有権移転登記をする意思を有している場合であるにもかかわらず、財産的損害、ひいては(その点を要件に反映させた形での)欺く行為があるといえるのかという点を意識した上で、その構成要件該当性を検討する必要がある。
設問2は、乙と丙が、共謀してAを殺害しようとしたところ、実行行為者乙が、BをAであると誤認し、しかもBが背負っていたCの存在を認識せずに、B及びCを殺害した事案において、乙及び丙の罪責に関する論述を求めるものである。
まず、乙について、具体的事実の錯誤に関する自説に基づき、事実関係を的確に分析して、成立する罪名及び罪数を検討する必要がある。続いて、丙について、乙を制止しようとした行為に関し、共犯関係の解消を検討した上で、解消が認められないとした場合は、共犯の錯誤に関する自説に基づき、事実関係を的確に分析して、成立する罪名及び罪数を検討する必要がある。
いずれについても、刑法の基本的な概念に関する正確な理解を前提に、事実関係を的確に分析する能力や、論理的一貫性を保ちつつ具体的に当てはめを行う能力が問われている。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1(甲の罪責)
1 Aに対する横領罪(刑法(以下法名略)252条1項)
(1) 甲が、Aに売却済みの本件山林を乙に売却し、乙への所有権移転登記を完了した行為について、横領罪の成否を検討する。
(2) 「他人の物」
本件山林は、5月1日の甲A間の売買契約により所有権がAに移転しており(民法176条)、甲はAから代金200万円を受領済みである。したがって、本件山林は甲にとって「他人の物」に当たる。
(3) 「自己の占有」
横領罪の占有は、濫用のおそれのある支配力を意味し、事実上の支配のみならず法律上の支配を含む。不動産については、登記名義人は登記を利用して不動産を有効に処分し得る地位にあるから、登記名義を有する者に法律上の占有が認められる(最判昭和30年12月26日参照)。本件山林の登記簿上の所有名義は依然として甲のままであったから、甲は本件山林を占有していた。
(4) 委託信任関係
横領罪の占有は委託に基づくものであることを要する。不動産の売主は、買主に対して所有権移転登記を備えさせる義務を負い(民法560条)、登記移転までの間、買主のために登記名義を保持する関係にある。甲は、所有権移転登記手続をいずれ行うこととして先延ばしにしていたのであるから、Aとの委託信任関係に基づき登記名義を保持していたといえる。
(5) 「横領」
横領とは、不法領得の意思、すなわち委託の趣旨に背いて権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思の発現行為をいう。甲が本件山林を代金300万円で乙に売却し、乙への所有権移転登記をした行為は、所有者でなければできない処分であり、横領行為に当たる。甲は、登記名義が自己にあることを利用して乙に高値で売却して儲けようと考えていたから、不法領得の意思及び故意も認められる。
(6) 既遂時期
不動産の二重売買では、第二の売買契約を締結しただけでは、第一買主Aは先に登記を備えれば第二買主に対抗できる(民法177条)から、Aの所有権が侵害される危険は未だ現実化しない。第二買主への所有権移転登記が完了した時点で、Aは第二買主に所有権を対抗できなくなるから、この時点で横領罪は既遂に達する。本件では、7月15日に乙への所有権移転登記が完了している。なお、乙は、Aへの売却済みとの噂を聞いていたものの、その真否を甲に確認し、甲の否定を信じて購入したのであり、Aの所有権取得を知りながら害意をもって取得した背信的悪意者には当たらないから、Aは乙に対抗できず、Aの所有権喪失という法益侵害は現実化している。
(7) よって、甲にはAに対する横領罪が成立する。
2 乙に対する詐欺罪(246条1項)
(1) 甲が、乙に対し、Aへの売却の事実を否定する虚偽を述べて代金300万円を受け取った行為について、詐欺罪の成否を検討する。
(2) 詐欺罪の成立には、欺く行為、錯誤、錯誤に基づく処分行為、財物の移転及び財産的損害が因果的連鎖として必要である。本件では、甲は、「代金受領後、直ちに登記を移す。」と述べたとおり乙に所有権移転登記をする意思を現に有しており、約定どおり登記を完了し、乙は本件山林の所有権を確定的に取得している。そうすると、乙は代金300万円の対価として本件山林そのものを取得しており、財産的損害がなく、詐欺罪は成立しないのではないかが問題となる。
(3) 詐欺罪は個別財産に対する罪であり、錯誤に基づく財物の交付自体が損害となり得るが、相当の対価が提供されている場合にまで一律に詐欺罪を認めるのは処罰範囲を不当に広げる。そこで、財産的損害の要件は欺く行為の要件に反映させ、「人を欺」く行為とは、財物の交付の判断の基礎となる重要な事項を偽る行為をいうと解する(最決平成22年7月29日参照)。被交付者が、真実を知れば交付しなかったであろうといえる事項について欺かれて交付した場合には、交付自体が意思に反する財産の喪失であり、財産的損害が認められる。
(4) 乙は、本件山林を含む一帯を丙の宅地造成事業のために買収する目的で取引に臨んだ不動産業者であり、登記簿の調査に加えてAへの売却の噂を聞いていたことから、甲に対し、「もしあの山林がAに売却済みであればAと重大なトラブルになりかねないので、あなたとは取引しない。」と明言した上で噂の真否を尋ねた。すなわち、Aへの売却の有無は、乙が代金300万円を交付するか否かを決する前提として乙自身が明示した事項であった。甲は、Aに売却済みであることを知りながら、「登記を見てみろ。」と自己名義の登記を示して真の所有者であると装い、「Aに売ったなんて噂もあるようだが、それはうそだ。」と断言した。登記名義が自己にあるという真実の事情を利用して重要事項についての虚偽を信用させたものであり、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽る欺く行為に当たる。乙は甲の言葉を信じて錯誤に陥り、その錯誤に基づいて7月15日に代金300万円を交付し、甲はこれを受領した。乙が得たのは、登記は備えたものの、所有権を主張するAとの重大なトラブルの危険を伴う山林であり、開発事業の妨げとなるこの危険こそ乙が回避しようとしたものであるから、乙が取引の目的として求めた「Aとの紛争のない山林」ではない。したがって、300万円の交付は乙の真意に反する財産の喪失であり、財産的損害が認められる。
(5) 甲には、欺く行為の認識及び300万円を取得する意思があり、故意に欠けるところはない。
(6) よって、甲には乙に対する詐欺罪が成立する。
3 罪数
横領罪と詐欺罪は、被害者及び保護法益を異にし、欺く行為及び代金受領と、登記移転による横領とは別個の行為であるから、併合罪(45条前段)となる。
第2 設問2(乙及び丙の罪責)
1 乙の罪責
(1) 乙は、A車から降り立った人物をAと思い、Aをひき殺すつもりでダンプカーを急発進・加速させ、B及びCに前部を衝突させてれき過し、両名を頭部外傷に基づく脳挫傷により死亡させた。ダンプカーで人をれき過する行為は人を死亡させる現実的危険性のある行為であり、B及びCの死亡との間に因果関係も認められる。よって、乙の行為はB及びCに対する殺人罪(199条)の客観的構成要件に該当する。
(2) Bに対する故意
乙は、工事が休みで人がいない日に、A所有の白色貨物自動車であるA車が到着したのを目撃し、西日の影響で降り立った人物の特徴までは分からなかったものの、この時刻に本件工事現場に来るのはA以外にいないと考えてBをAと誤信したのであるから、乙の認識は現に存在するBに向けられており、客体の錯誤に当たる。故意責任の本質は、規範に直面して反対動機を形成し得たにもかかわらず行為に出たことに対する道義的非難にあり、規範は構成要件の形で与えられているから、認識した事実と発生した事実が同一構成要件内で符合する限り故意は阻却されない(法定的符合説)。乙は「人」を殺す認識で「人」を殺したのであるから、Bに対する殺人の故意が認められる。
(3) Cに対する故意
乙は、Cの存在に気付いていなかったから、Cについては認識しなかった客体に結果が発生した場合であり、方法の錯誤と同様に扱われる。法定的符合説によれば、「人」を殺す認識で「人」を殺した以上Cについても故意は阻却されず、構成要件的に符合する客体の数だけ故意犯が成立する(数故意犯説、最判昭和53年7月28日参照)。よって、Cに対する殺人の故意も認められる。
(4) なお、Aは急用により本件工事現場に来ておらず、Aの生命に対する現実的危険は生じていないから、Aに対する殺人未遂罪は成立しない。
(5) 乙には、B及びCに対する殺人罪が成立し、一個のれき過行為で二個の罪を犯したものとして観念的競合(54条1項前段)となる。両罪は後述のとおり丙との共同正犯(60条)である。
2 丙の罪責
(1) 共謀共同正犯の成否
丙は実行行為を分担していないが、共謀共同正犯が成立するには、①共謀、②共謀に基づく実行行為、③正犯意思が必要である(最大判昭和33年5月28日参照)。丙は、Aを本件山林に呼び出してダンプカーでひき殺し、乙に実行させる計画を立て、8月中旬頃に乙に事情を説明して計画を伝え、乙がこれに応じたから、Aを殺害する共謀が成立している(①)。丙は、Aの抗議活動により宅地造成工事や住宅の建築・販売計画が立ちゆかなくなることを恐れて殺害を決意した者であり、犯行計画を立案し、工事が休みで人がいない日を選び、自らAに電話して呼び出し、乙と共に現場に赴いて物陰で待機するなど、犯行の動機・利益はもっぱら丙に帰属し、役割も中心的であるから、正犯意思が認められる(③)。乙のれき過行為は共謀に基づく実行行為である(②)。
(2) 共犯関係の解消
ア 丙は、A車から降りた人物がAではなく子供を背負った見知らぬ人物であると気付き、乙に対し「やめろ。そいつはAじゃない。」と叫んでいるため、共犯関係の解消が認められないか。
イ 共犯の処罰根拠は結果との因果性にあるから、共犯関係の解消が認められるためには、離脱者が、それまでの共謀によって生じた心理的・物理的因果性を除去したことを要する(最決平成21年6月30日参照)。
ウ 丙の叫び声はダンプカー内の乙に届かず、乙は丙の制止を全く認識しないまま計画どおりにダンプカーを加速させてれき過に及んだ。丙は、犯行計画を伝えて乙に殺害の実行を決意させ、Aを呼び出して実行の機会を作出した者であるが、乙に届かない制止の叫びによっては、これらの心理的・物理的影響は何ら除去されておらず、乙の実行行為は丙との当初の共謀に基づいて行われたものである。よって、共犯関係の解消は認められない。
(3) 共犯の錯誤
ア 丙と乙の共謀はAを殺害するものであったのに、現実にはB及びCが殺害された。丙は、乙の実行の直前にBがAでないことに気付いていたが、共謀の内容であるAの殺害と発生した結果との間に客体の錯誤が存在する。
イ 共同正犯における錯誤も、法定的符合説により、共謀した犯罪と実行された犯罪が同一構成要件内で符合する限り故意を阻却しない。乙のれき過行為は、呼び出した時刻に現場に現れた人物をAと信じてひき殺すという共謀内容をそのまま実現したものであり、共謀の射程内にある。丙は「人」を殺す共謀をし、その共謀に基づいて「人」が殺されたのであるから、Bに対する殺人の故意が認められ、認識外のCについても数故意犯説により同様である。丙が実行の直前にBがAでないと認識して制止しようとしたことは、共犯関係の解消に至らず因果性が残存している以上、共謀に基づく結果の帰属を妨げない。
(4) よって、丙にはB及びCに対する殺人罪の共謀共同正犯(60条、199条)が成立し、両罪は観念的競合(54条1項前段)となる。
以上