予備試験 令和6年 刑法
問題文
以下の事例に基づき、甲及び乙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1 甲(20歳、男性)は、自宅から道のり約1キロメートルにあるX駅構内の居酒屋において、某年7月1日午後7時から友人乙(20歳、男性)と飲食する約束をしていたため、同日午後6時40分頃、自宅を出発した。
2 甲は、X駅に向かって人通りの少ない路上を歩いていたところ、同日午後6時45分頃、甲の約10メートル前を歩いていたA(30歳、男性)がズボンの後ろポケットから携帯電話機を取り出した際、同ポケットに入れていたコインケース(縦横の長さがそれぞれ約10センチメートルのもの。以下「本件ケース」という。)を路上(以下「第1現場」という。)に落としたことに気付いた。
Aは、同日午後6時40分頃、仕事を終え、自己の携帯電話機及び本件ケースをズボンの後ろポケットに入れて勤務先を出発し、X駅に向かっていたが、急いでいたため本件ケースを落としたことに気付かなかった。
甲は、本件ケースが自己の好みのものであったため、このままAが気付かなければ、本件ケースを自己のものにしようと考え、第1現場にとどまってAの様子を注視していたところ、Aが第1現場の先にある交差点を右折し、同交差点付近の建物によりAの姿が隠れて見えなくなったことを確認した。
そのため、甲は、本件ケースを拾い上げて自己のズボンのポケットに入れ、再びX駅に向かった。
甲が本件ケースを拾い上げたのは、Aが本件ケースを落としてから約1分後であった。
Aは、甲が本件ケースを拾い上げた時点で、第1現場から道のり約100メートルの地点におり、同地点と第1現場との間には建物があるため相互に見通すことができなかったが、同地点から上記交差点方向に約20メートル戻れば第1現場を見通すことができた。
Aは、同日午後6時55分頃、第1現場から道のり約700メートルのX駅に到着し、間もなく本件ケースを落としたことに気付き、勤務先からX駅までの道中で落としたのではないかと考えて、本件ケースを探しながらX駅から第1現場を経由して勤務先まで戻ったが、本件ケースが見当たらなかったため、本件ケースを紛失した旨を警察官に届け出た。
3 甲は、上記居酒屋に徒歩で向かったところ、X駅まで道のり約500メートルのコンビニエンスストア(以下「本件店舗」という。)前の歩道(以下「第2現場」という。)において、ガードレールに沿って駐輪された3台の自転車のうちの1台(以下「本件自転車」という。)が新品に近い状態である上に無施錠であることに気付いた。
本件店舗には専用の自転車置場がなかったが、第2現場は、自転車が駐輪できる相当程度のスペースがあり、事実上、本件店舗を含む付近店舗利用客の自転車置場として使用されていた。
本件自転車の所有者B(25歳、男性)は、本件店舗を利用してからX駅構内にある書店に立ち寄って参考書を購入したいと考えていたものの、X駅付近にある有料自転車置場の料金を支払うことが惜しくなった。
そのため、Bは、第2現場に本件自転車を駐輪したまま徒歩で上記書店に行き、同日午後8時頃には本件自転車を取りに戻ろうと考え、同日午後6時15分頃、本件自転車を第2現場に駐輪した。その際、Bは、本件自転車の施錠を失念した。Bは、本件店舗に立ち寄った後、同日午後6時20分頃、第2現場に本件自転車を駐輪したまま上記書店に向かった。
甲は、本件自転車が本件店舗を含む付近店舗の利用客が駐輪したものであると考えたが、上記居酒屋まで歩くことが面倒になり、本件自転車を足代わりにして乗り捨てようと考え、同日午後6時50分頃、本件自転車を持ち去った。
Bは、甲が本件自転車を持ち去った時点で上記書店におり、同日午後8時頃、第2現場に戻ったが、本件自転車が見当たらなかったため、本件自転車が盗まれたと考え、その旨を警察官に届け出た。
4 甲は、上記居酒屋に向かっていた際、自己の携帯電話機を操作しながら本件自転車を運転していたため、甲の前方を歩いていたC(30歳、男性)の存在に気付かず、Cに接触しそうになった。甲は、Cから「気を付けろよ。」と注意されたことで逆上し、本件自転車から降り、同日午後6時55分頃、Cの顔面を拳で数回殴った上、Cの腹部を足で数回蹴った。
甲は、ちょうどその場に乙が通り掛かったことから、乙に対し、「こいつが俺に説教してきたから痛め付けてやった。お前も一緒に痛め付けてくれ。」と言った。
乙は、Cの顔面が腫れていた上、Cがうなだれて意気消沈している様子であったことから、甲の言うとおり、甲がCに暴行を加えたと認識した。
乙は、勤務先から解雇されたばかりでストレスがたまっていた上、Cが逃げたり抵抗したりする様子がなかったことから、この状況を積極的に利用してCに暴行を加え、ストレスを解消したいと考え、甲に対し、「分かった。やってやる。」と言って、同日午後7時頃、Cの頭部を拳で数回殴った上、Cの腹部を足で数回蹴った。
甲は、乙がCに暴行を加えている間、その様子を間近で見ていたが、乙と共にCに暴行を加えることはなかった。
甲及び乙は、気が済んだため、その場にCを残し、本件自転車を乗り捨てて上記居酒屋に徒歩で向かった。
Cは、甲から顔面を殴られたことにより全治約1週間を要する顔面打撲の傷害を負った。
Cは、乙から頭部を殴られたことにより全治約2週間を要する頭部打撲の傷害を負った。
Cは、全治約1か月間を要する肋骨骨折の傷害を負ったが、同傷害は、甲がCの腹部を蹴った暴行から生じたのか、乙がCの腹部を蹴った暴行から生じたのかは不明であったものの、甲の同暴行及び乙の同暴行は、いずれも同傷害を生じさせ得る危険性があった。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本事例前段は、甲が路上を歩いていた際、前方を歩いていたAが落としたコインケースを拾い上げて領得した上、コンビニエンスストア前の歩道にBが駐輪した自転車を乗り去って領得した事例について、甲の罪責に関する論述を求めるものである。各領得行為の時点でA及びBそれぞれに各財物に対する占有が認められれば、甲に窃盗罪が成立し得るため、占有の有無に関する判断基準を示した上で、事実関係を的確に分析してA及びBそれぞれの占有の有無を検討する必要がある。その上で窃盗罪又は占有離脱物横領罪の成否を論じることになろう。
本事例後段は、甲がCに暴行を加えたことによりCに顔面打撲の傷害を負わせ、甲と暴行の共謀を遂げた乙がCに暴行を加えたことによりCに頭部打撲の傷害を負わせ、さらに、同共謀前に甲が加えた暴行又は同共謀を遂げた乙が加えた暴行によりCに肋骨骨折の傷害を負わせた事例について、甲及び乙の罪責に関する論述を求めるものである。その際、共謀の前後における甲及び乙それぞれの行為と各傷害結果との関係について的確に分析した上で、甲については各傷害結果が帰属されることについて検討する必要がある。乙については承継的共同正犯の成否を検討する必要があり、承継的共同正犯を否定した場合には中途共謀事案における刑法第207条(同時傷害の特例)の適用の可否について検討する必要がある。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 甲の罪責
1 本件ケースを拾い上げてポケットに入れた行為
(1) 甲が本件ケースを領得した行為について、窃盗罪(刑法(以下法名略)235条)が成立するか、遺失物等横領罪(254条)が成立するかは、領得時点で本件ケースにAの「占有」が認められるかによって決まる。
(2) 窃盗罪における占有とは、財物に対する事実上の支配をいい、客観的な支配状態(占有の事実)と支配意思(占有の意思)を基礎に、社会通念に従って判断する。財物が所持者の手元を離れた場合でも、所持者と財物との時間的・場所的近接性、所持者が財物の所在を認識し直ちに回復し得る状況にあったか、財物の置かれた場所の状況等を総合し、社会通念上なお所持者の支配が及んでいるといえれば占有は失われない(最判昭和32年11月8日、最決平成16年8月25日参照)。
(3) 本件では、甲が拾い上げたのはAが落としてから約1分後であり、Aは第1現場から道のり約100メートルの地点におり、約20メートル戻れば第1現場を見通せた。また、第1現場は人通りの少ない路上であり、第三者が直ちに持ち去る可能性は高くない。これらは時間的・場所的近接性を基礎付け、Aの占有を肯定する方向に働く事情である。しかし、Aは急いでいたため本件ケースを落としたこと自体に気付いておらず、落とした場所を知らないまま第1現場から遠ざかり続け、約10分後に道のり約700メートル離れたX駅に着いて初めて落としたことに気付いたものの、なお勤務先からX駅までの道中のどこで落としたか特定できず、探し回った末に見付けられなかった。最決平成16年の事案は、被害者が置き忘れに気付いて直ちに戻った事案であって、所持者が財物の所在を認識し回復し得る状況にあったか否かの点で本件とは決定的に異なる。また、本件ケースは縦横約10センチメートルの小さな物であり、建物に遮られてAからは見通せない路上に置かれていた。これらを総合すると、約1分・約100メートルという物理的な近接性があっても、Aが本件ケースの所在を全く認識しておらず、回復の可能性が偶然に左右される状態にあった以上、社会通念上Aの支配が及んでいたとはいえない。よって、Aの占有は失われていた。
(4) したがって、本件ケースは「占有を離れた他人の物」に当たる。甲は、約10メートル前を歩くAが落とすのを目撃しており他人の物であることを認識した上、本件ケースが自己の好みのものであったため自己のものにしようと考え、Aの姿が見えなくなるのを確認してから拾い上げてポケットに入れたのであるから、不法領得の意思をもって「横領」したといえ、故意もある。よって、遺失物等横領罪が成立する。
2 本件自転車を持ち去った行為
(1) 本件自転車についてBの占有が認められるか。Bは、午後6時15分頃、午後8時頃には取りに戻る意思で第2現場に本件自転車を駐輪し、甲が持ち去った午後6時50分頃には道のり約500メートル先のX駅構内の書店におり、約35分間本件自転車から離れていた。しかし、第2現場は、自転車を駐輪できる相当程度のスペースがあり、事実上、本件店舗を含む付近店舗利用客の自転車置場として使用されていた場所であって、本件自転車も他の2台と共にガードレールに沿って整然と駐輪されていたから、自転車を一時駐輪して用事を済ませる間離れることは、社会通念上通常の利用形態である。しかも、本件自転車は新品に近い状態であり、放置されたものとは見えない。Bは駐輪場所を明確に認識し、戻る意思を有していたから、施錠を失念していても、本件自転車に対するBの事実上の支配は継続していた。よって、Bの占有が認められ、これを持ち去った甲の行為は「窃取」に当たる。
(2) 甲は、本件自転車が付近店舗の利用客が駐輪したものと認識していたから、他人の占有を侵害する認識、すなわち窃盗の故意がある。無施錠であることは、占有がないとの認識を基礎付けるものではない。
(3) 甲は、足代わりにして乗り捨てる目的で持ち去っており、不法領得の意思の有無が問題となる。不法領得の意思とは、権利者を排除して他人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従い利用・処分する意思をいう。一時使用後に返還する意思がある場合には権利者排除意思を欠くことがあるが、乗り捨てる意思で持ち去る場合は、権利者の利用可能性を永続的に奪うものであり、権利者排除意思が認められる(最決昭和55年10月30日参照)。甲は、本件自転車をBに返還する意思を全く有さず、乗り捨てる意思で持ち去り、現にCへの暴行の後にその場に乗り捨てているから、権利者排除意思が認められ、足代わりに乗る意思は自転車の経済的用法に従った利用処分意思に当たる。
(4) よって、甲に窃盗罪が成立する。
3 Cに対する暴行
(1) 甲単独の暴行
甲は、Cから「気を付けろよ。」と注意されたことに逆上し、午後6時55分頃、Cの顔面を拳で数回殴り、腹部を足で数回蹴った。これは人の身体に対する不法な有形力の行使として暴行に当たり、顔面殴打によりCに全治約1週間の顔面打撲の傷害が生じている。甲には暴行の故意があるから、傷害罪(204条)が成立する。
(2) 乙との共謀に基づく乙の暴行
ア 共謀共同正犯(60条)が成立するには、①共謀、②共謀に基づく実行行為、③正犯意思が必要である(最大判昭和33年5月28日参照)。
イ 甲は、乙に対し「お前も一緒に痛め付けてくれ。」と言い、乙は「分かった。やってやる。」と応じたから、甲乙間にCに暴行を加える旨の意思の連絡が成立した(①)。乙の午後7時頃の暴行はこれに基づく実行行為である(②)。甲は、Cに注意されて逆上したという自己の動機から先行して暴行し、自ら乙に加担を求めて乙の暴行を発案し、乙の暴行を間近で見ていた者であって、乙の暴行は甲の報復の継続として行われたものであるから、甲には乙の暴行を自己の犯罪として行う正犯意思がある(③)。甲自身が乙の暴行に加わらなかったことは、共謀共同正犯の成立を妨げない。
ウ 乙の頭部殴打によりCが負った全治約2週間の頭部打撲は、共謀に基づく乙の実行行為から生じた結果である。傷害罪は暴行罪の結果的加重犯であり、暴行の共謀があれば足りるから、頭部打撲は甲に帰属し、傷害罪の共同正犯が成立する。
(3) 肋骨骨折の帰責
全治約1か月の肋骨骨折は、甲の腹部への蹴りと乙の腹部への蹴りのいずれから生じたかが不明である。しかし、甲の暴行から生じたのであれば甲自身の実行行為の結果として、乙の暴行から生じたのであれば共謀に基づく乙の実行行為の結果として、いずれにしても甲に帰属する。したがって、207条の適用を待つまでもなく、甲は肋骨骨折についても傷害罪の責任を負う。
(4) 以上より、甲には、顔面打撲、頭部打撲及び肋骨骨折の全てについて傷害罪が成立し(乙の暴行に係る部分は乙との共同正犯)、同一被害者に対する同一機会の一連の暴行による傷害として包括して一罪となる。
4 罪数
遺失物等横領罪、窃盗罪及び傷害罪は併合罪(45条前段)となる。
第2 乙の罪責
1 乙自身の暴行による結果
乙は、甲との共謀に基づき、午後7時頃、Cの頭部を拳で数回殴り、腹部を足で数回蹴り、頭部殴打によりCに全治約2週間の頭部打撲の傷害を負わせた。乙は、解雇によるストレスを解消するという自己の動機から実行行為を全て行った者であり、正犯性に疑いはない。暴行の故意もあるから、頭部打撲について傷害罪(204条)が甲との共同正犯として成立する。
2 顔面打撲についての責任(承継的共同正犯の成否)
(1) 顔面打撲は、乙が共謀加担する前の甲の顔面殴打によって生じたものである。乙は、Cの顔面が腫れ、うなだれて意気消沈している様子から甲が暴行を加えたことを認識し、Cが逃げたり抵抗したりしない状況を積極的に利用して暴行しようと考えて加担しているため、承継的共同正犯として顔面打撲についても責任を負うかが問題となる。
(2) 共犯の処罰根拠は、自己の行為が正犯の行為を通じて結果と因果性を持つ点にある。そうすると、後行者は、共謀加担後の行為と因果性を持ち得る結果についてのみ責任を負い、加担前に先行者が既に生じさせていた結果については、たとえこれを認識し利用する意思があったとしても責任を負わない。判例(最決平成24年11月6日)も、傷害罪につき、後行者は共謀加担前に先行者が既に生じさせていた傷害結果については、共謀加担後の暴行がこれを引き起こしたものではないから責任を負わないとする。
(3) 本件の顔面打撲は乙の加担前に既に発生していた結果であり、乙の暴行がこれを生じさせたものでも悪化させたものでもない。乙がCの抵抗できない状態を積極的に利用する意思で加担したことは、加担後の暴行を容易にした事情にすぎず、既に発生していた傷害結果との因果性を基礎付けるものではない。よって、乙は顔面打撲について責任を負わない。
3 肋骨骨折についての責任(207条の適用)
(1) 肋骨骨折は、乙の加担前の甲の暴行と加担後の乙の暴行のいずれから生じたか不明であり、乙の暴行との因果関係が証明されない以上、乙は原則としてこれについて責任を負わない。そこで、同時傷害の特例(207条)の適用の可否が問題となる。
(2) 207条は、二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、各暴行と傷害との因果関係が立証できないときに、共同正犯の例によるものである。判例(最決平成28年3月24日)によれば、検察官が、①各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有すること、②各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況、すなわち同一の機会に行われたものであることを証明すれば、各行為者は、自己の暴行が当該傷害を生じさせていないことを立証しない限り、傷害について責任を負う。そして、判例(最決令和2年9月30日)は、先行者の単独暴行の後に後行者が共謀加担し、傷害が加担前後いずれの暴行から生じたか不明である中途共謀の事案においても、共謀加担後の暴行について共同正犯が成立することは同条の適用を妨げないとして、同条の適用を肯定する。承継的共同正犯が否定される結果、傷害結果について誰も責任を負わないという不合理を回避する同条の趣旨は、中途共謀の事案にも等しく妥当するからである。
(3) 本件では、甲の腹部への蹴りと乙の腹部への蹴りは、いずれも肋骨骨折を生じさせ得る危険性があった(①)。また、両暴行は、午後6時55分頃から午後7時頃までの約5分間に、同一の場所で、同一の被害者Cの同じ腹部に対し、甲の暴行の直後に甲の求めに応じて連続して加えられたものであり、甲が乙の暴行を間近で見ていたことも併せれば、同一の機会に行われたといえる(②)。乙が自己の暴行が肋骨骨折の原因でないことを立証したという事情もない。
(4) よって、207条により、乙は肋骨骨折についても傷害罪の責任を負う。
4 結論
乙には、頭部打撲及び肋骨骨折についての傷害罪が成立し、包括して一罪となる。
以上