予備試験 令和8年 行政法
問題文
A県内のB市は、道路の整備に関する都市計画を決定するため、都市計画法第17条第1項の規定により、その旨を公告し、都市計画の案(以下「本計画案」という。)を公衆の縦覧に供した。本計画案では、B市中央部を南北に縦断する国道(幅員15.5メートル。以下「本件国道」
という。)の 約1キロメートル 西方に位置するB市立総合医療センター(以下「本件医療センター」という。)入口 付近を起点とし、起点から東方向に、歴史を有する街道や寺社が点在する住宅地(文化財保護法等の法令による保存地区として選定されたものではない。 以下「C地区」という。)を横断して、本件国道に接続する都市計画道路(幅員16メートル、延長約1060メートル。以下「本件都市計画道路」という。)を整備するものとされた。本件都市計画道路の整備については、その規模が小さいため、法律又は条例による環境影響評価が義務付けられていない。
Dは、C地区内に所有す る土地及び建物 に70年以上居住しており、本件都市計画道路の区域には、同土地及び建物が含まれていた。また、Eは、本件都市計画道路と本件国道との交差点から北西方向に約10メートル離れた場所に 所有する土地及び建物に 居住していた。D及びEは、都市計画法第17条第2項の規定により、 それぞれ 以下の内容の意見書を提出した。すなわち、Dは、C地区の歴史ある静穏な生活環境が保全されるべきであり、C地区を本件都市計画道路の区域に含めるべきでない旨を主張した。また、Eは、本件国道及び本件都市計画道路の両方から発生する騒音により著 しい被害を受けるおそれがあるので、本件都市計画道路を整備すべきでない旨を主張するとともに、本計画案では防音壁の設置等の騒音防止措置が全く予定されていないことを指摘した。
B市は、 同法第19条第1項の規定により、B市都市計画審議会(以下「本件審議会」という。)に本計画案を付議するとともに、同条第2項の規定により、D及びEの意見書の要旨を本件審議会に提出した。B市の担当者は、本件審議会の会議において、本件都市計画道路が本件医療センターと本件国道を結ぶ最短の線形であって、救急搬送時間が短縮されるなど、本件医療センターへの住民のアクセスを大きく向上させるものであること、C地区を迂回して都市計画道路を整備すると、工事の区間が長くなるので、収用の対象になる土地及び建物の件数が増えることを説明した。また、同担当者は、専門業者に委託して環境調査を実施したところ、Eの居住地付近では本件国道及び本件都市計画道路の両方から騒音が発生し、環境基準を超過することが予測されるものの、防音壁を設置すれば昼夜ともに環境基準を超えない 見込みとの結果が得られたこと、本件都市計画道路の供用開始後に騒音調査を行い、環境基準を超過する区間に防音壁を設 置する予定であることを説明した。本件審議会は、「本件都市計画道路の供用開始後に騒音調査を確実に実施し、その結果に応じて防音壁の設置等の騒音防止措置を講じること」という意見を付して、本計画案のまま、これを承認する内容の議決をした。
B市は、同条第1項の規定により、本件都市計画道路の整備を内容とする都市計画を決定した
(B市については公害防止計画が定められていない。 以下「本件都市計画決定」という。)。その後、B市は、本件都市計画決定に基づき同法第60条第1項第3号の事業計画を作成し、A県知事から、同法第59条第1 項の規定による認可(以下「本件都市計画事業認可」という。)を
受けた。Eは、本件都市計画事業認可の取消訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起する意向である。これに対してDは、高齢による体力低下等の自身の状態も考慮するようになり、Eと共同訴訟人として本件訴訟を提起するか、それとも用地取得の協議に応じて補償金を受け取るかを迷っている。なお、D の所有する土地及び建物は、同 法第60条第2項第1 号にいう事業地に含まれていたが、Eの所有する土地及び建物は、同号にいう事業地には含まれていない。
以上を前提として、以下の設問 に答えなさい。ただし、設問2及び設問3に記載した追加 の事実関係は、 それぞれ別個独立したものである。なお、関係法令の抜粋を【資料】として掲げるので、適宜参照しなさい。
〔設問1〕
Eの立場に立って、Eが本件訴訟における原告適格を有することの主張を行いなさい。
〔設問2〕
D及びEは 、共同訴訟として 本件訴訟を適法に提起した。この場合において、本件都市計画事業認可の前提となる本件都市計画決定が違法であるか否かについて、反対の立場にも言及しながら論じなさい(手続上の違法に関わる問題については、検討しなくてよい。)。
〔設問3〕
Dは本件訴訟を提起せず、補償金を受け取ることにした。その上で、Dは、高齢になってから住み慣れたC地区を離れなければならないという精神的損失も、土地収用法第88条の規定により、補償内容に含まれるべきであると主張したいと考えている。Dの主張が認められるべきかどうかを、損失補償の概念を述べた上で論じなさい。
【資料】
○ 都市計画法(昭和43年法律第100号)(抄)
(目的)
第1条 この法律は、都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。
(都市施設)
第11条 都市計画区域については、都市計画に、次に掲げる施設を定めることができる。(以下略)
一 道路、都市高速鉄道、駐車場、自動車ターミナルその他の交通施設二~十五 (略)
2~7 (略)
(都市計画基準)
第13条 都市計画区域について定められる都市計画(中略)は、(中略)法律に基づく計画
(当該都市について公害防止計画が定められているときは、当該公害防止計画を含む。(中略))及び道路、河川、鉄道、港湾、空港等の施設に関する国の計画に適合するとともに、当該都市の特質及び当該都市における自然的環境の整備又は保全の重要性を考慮して、次に掲げるところに従つて、土地利用、都市施設の整備及び市街地開発事業に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要な ものを、一体的かつ総合的に定めなければならない。
一~十 (略)
十一 都市施設は、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めること。(以下略)
十二~二十 (略)
2~6 (略)
(都市計画の案の縦覧等)
第17条 都道府県又は市町村は、都市計画を決定しようとするときは、あらかじめ、国土交通省令で定めるところにより、その旨を公告し、当該都市計画の案を、当該都市計画を決定しようとする理由を記載した書面を添えて、当該公告の日から2週間公衆の縦覧に供しなければならない。
2 前項の規定による公告があつたときは、関係市町村の住民及び利害関係人は、同項の縦覧期間満了の日までに、縦覧に供された都市計画の案について 、(中略)市町村の作成に係るものにあつては市町村に、意見書を提出することができる。
3~5 (略)
(市町村の都市計画の決定)
第19条 市町村は、市町村都市計画審議会(中略)の議を経て、都市計画を決定するものとする。
2 市町村は、前項の規定により都市計画の案を市町村都市計画審議会(中略)に付議しようとするときは、第17条第2項の規定により提出された意見書の要旨を市町村都市計画審議会
(中略)に提出しなければならない。
3~5 (略)
(施行者)
第59条 都市計画事業は、市町村が、都道府県知事(中略)の認可を受けて施行する。
2~7 (略)
(認可又は承認の申請)
第60条 前条の認可(中略)を受けようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、次に掲げる事項を記載した申請書を(中略)都道府県知事に提出しなければならない。
一、二 (略)
三 事業計画
四 (略)
2 前項第3号の事業計画には、次に掲げる事項を定めなければならない。
一 収用又は使用の別を明らかにした事業地 (都市計画事業を施行する土地をいう。 (以下略))
二、三 (略)
3、4 (略)
(認可等の基準)
第61条 (前略)都道府県知事は、申請手続が法令に違反せず、かつ、申請に係る事業が次の各号に該当するときは、第59条の認可(中略)をすることができる。
一 事業の内容が都市計画に適合し、かつ、事業施行期間が適切であること。
二 (略)
(都市計画事業のための土地等の収用又は使用)
第69条 都市計画事業については、これを土地収用法第3条各号の一に規定する事業に該当するものとみなし、同法の規定を適用する。
○ 土地収用法(昭和26年法律第219号)(抄)
(土地等に対する補償金の額)
第71条 収用する土 地(中略)に対する補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする。
(移転料の補償)
第77条 収用し、又は使用する土地に物件があるときは、その物件の移転料を補償して、これを移転させなければならない。(以下略)
(通常受ける損失の補償)
第88条 第71条、(中略)第77条(中略)に規定する損失の補償の外、離作料、営業上の損失、建物の移転による賃貸料の損失その他土地を収用し、又は使用することに因 つて土地所有者又は関係人が通常受ける損失は、補償しなければならない。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1(Eの原告適格)
1 判断枠組み
(1) 本件都市計画事業認可の名宛人は施行者であるB市であり、Eの所有する土地及び建物は事業地(都市計画法(以下「法」という。)60条2項1号)にも含まれていない。そこで、第三者であるEが「法律上の利益を有する者」(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)9条1項)に当たるかが問題となる。
(2) 「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、処分の根拠法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含む場合には、かかる利益も法律上保護された利益に当たる。行訴法9条2項により、①当該法令の趣旨及び目的、②処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、①については目的を共通にする関連法令の趣旨及び目的をも参酌し、②については処分が根拠法令に違反してされた場合に害される利益の内容・性質、害される態様・程度をも勘案する。判例は、都市計画事業認可の取消訴訟について、事業地の周辺に居住する住民のうち、事業に伴う騒音・振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に原告適格を認めている(最大判平17.12.7)。
2 法令の趣旨・目的
(1) 都市計画事業認可は、事業の内容が都市計画に適合することを要件とする(法61条1号)から、都市計画の内容を規律する規定も認可の根拠法規に含まれる。法13条1項柱書は、都市計画を、当該都市について公害防止計画が定められているときはこれに適合させるとともに、当該都市の特質及び自然的環境の整備又は保全の重要性を考慮して定めることを求め、同項11号は、都市施設を「円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めること」を求めている。これらは、都市施設の整備が周辺の生活環境を悪化させることを防止し、騒音等による健康又は生活環境への被害を回避することを都市計画の内容の適法要件としたものである。
(2) また、法17条2項は関係市町村の住民及び利害関係人に意見書の提出権を認め、法19条2項はその要旨を都市計画審議会に提出することを義務付けている。現にEは同項に基づき騒音被害を理由とする意見書を提出し、その要旨が本件審議会に提出されており、法は、計画道路の沿道住民を、計画によって自己の生活環境に影響を受ける利害関係人として手続に関与させている。これは、周辺住民の生活環境上の利益が都市計画において考慮されるべき利益であることを裏付ける。
(3) B市には公害防止計画が定められておらず、本件都市計画道路は環境影響評価の対象でもないため、公害防止計画や環境影響評価に関する法令を関連法令として参酌することはできない。しかし、環境基本法は、国及び地方公共団体が施策の策定に当たり環境の保全に配慮することを求め、騒音について人の健康を保護し生活環境を保全する上で維持されることが望ましい環境基準を定めるものとしており、都市環境の保持を目的とする法13条1項と目的を共通にする関連法令として参酌できる。そして、都市計画道路が沿道住民に騒音被害をもたらすことは公知の事実であり、法13条1項が自然的環境の保全や良好な都市環境の保持を要求していることからすれば、公害防止計画等の不存在は、沿道住民の健康・生活環境を保護する趣旨が法13条1項自体に含まれるとの結論を左右しない。
3 保護される利益の内容・性質
道路の騒音は、沿道に居住する住民に対し、睡眠妨害等の健康被害や生活環境の悪化を日常的かつ反復継続的にもたらす。このような被害は、居住地が道路に近接するほど直接的かつ重大であり、事業が完成すれば長期間継続し、事後的な回復が困難である。したがって、法13条1項は、騒音による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある沿道住民の利益を、一般的公益に吸収解消できない個別的利益として保護する趣旨を含む。
4 あてはめ
Eは、本件都市計画道路(幅員16メートル)と本件国道(幅員15.5メートル)との交差点から北西方向に約10メートルという至近の場所に所有する土地及び建物に居住している。B市が専門業者に委託した環境調査では、Eの居住地付近において両方の道路から騒音が発生し環境基準を超過すると予測され、防音壁を設置すれば昼夜ともに基準を超えないとされていることの裏返しとして、対策がなければ夜間も基準を超過し睡眠妨害等の健康被害が生じることが予測されている。しかも、本計画案には防音壁の設置等の騒音防止措置が予定されておらず、供用開始後の調査により対応するとされているにすぎない。よって、Eは、本件都市計画事業の実施により騒音による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者として、本件訴訟における原告適格を有する。
第2 設問2(本件都市計画決定の違法性)
1 都市計画決定の違法を本件訴訟で主張できること
都市計画決定は、一般的・抽象的に土地利用の制限等を定めるもので、特定個人の権利義務を直接形成するものではなく処分性を有しない(最判昭57.4.22参照)。他方、事業認可は事業の内容が都市計画に適合することを要件とする(法61条1号)から、前提となる都市計画決定が違法であれば、これに基づく事業認可も違法となる。よって、本件訴訟において本件都市計画決定の違法を主張することができる(最判平18.11.2)。なお、行訴法10条1項により、Dは事業地内の土地所有者として収用の対象となる地位にあり、自己の権利に直接関わる者として都市計画決定の違法を広く主張できる。Eは騒音被害という自己の利益に関する違法事由を主張できるが、C地区の歴史的環境の保全はEの法律上の利益に関係しないとの反論も考えられる。もっとも、線形の選択は騒音の発生地点を決める前提であるから、Eについても主張を許す余地がある。以下、両者の主張を検討する。
2 審査の枠組み
都市施設に関する都市計画の決定は、法13条1項11号の基準に従い、土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して適切な規模で必要な位置に配置することを求めるものであるが、その内容は、都市計画に関する専門技術的かつ政策的な判断を伴い、決定権者の広範な裁量に委ねられる。したがって、裁判所は、決定が重要な事実の基礎を欠くか、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等により、その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くと認められる場合に限り、裁量権の逸脱・濫用として違法と判断する(最判平18.11.2)。
3 C地区を区域に含めたこと(Dの主張)
(1) Dは、70年以上居住してきたC地区の歴史ある静穏な生活環境の保全を理由に、C地区を迂回すべきであったと主張する。法13条1項柱書は「当該都市の特質」及び「自然的環境の整備又は保全の重要性」を考慮することを求めており、歴史を有する街道や寺社が点在するC地区の環境は、法令による保存地区に選定されていなくとも、ルート選定において考慮すべき事情である。
(2) 違法とする立場からは、C地区の歴史的環境は一度失われれば回復不能であるのに、B市は迂回ルートの具体的な線形や収用件数の比較資料を示しておらず、代替案の検討不尽があるとの主張がありうる。
(3) しかし、B市の担当者は本件審議会において、本件都市計画道路が本件国道の約1キロメートル西方にある本件医療センターと本件国道とを結ぶ最短の線形(延長約1060メートル)であり、救急搬送時間の短縮など住民の医療アクセスを大きく向上させること、C地区を迂回すれば工事区間が長くなり収用対象の土地・建物の件数が増えることを説明している。C地区は法令による保存地区ではなく、Dの意見書の要旨も審議会に提出された上で、医療アクセスの向上という公益及び迂回による収用件数の増加という他の住民の不利益と、C地区の環境保全とを比較衡量して最短線形を選択した判断は、考慮すべき事情を考慮した上でのものであり、法が迂回案の具体的設計を義務付けていないことも併せ考えると、社会通念上著しく妥当性を欠くとはいえない。
4 騒音対策を定めなかったこと(Eの主張)
(1) Eは、環境基準を超過する騒音が予測されているにもかかわらず、防音壁の設置等の騒音防止措置が計画に盛り込まれていないと主張する。法13条1項11号は都市施設を「良好な都市環境を保持するように定めること」を求めるから、計画路線の沿道住民の生活環境に与える影響は考慮すべき事情である。
(2) 違法とする立場からは、同号は都市計画の内容自体の基準であるから、調査により基準超過が判明していた以上、計画段階で防音壁等の措置を定めるべきであり、供用後の調査結果に委ねることは、対策が講じられるまでEに夜間を含む基準超過の騒音を受忍させるものであること、審議会の付した意見には法的拘束力がなく、措置の実施は保障されていないこと、環境影響評価が義務付けられない規模であるからこそ計画決定の過程で環境への影響の回避・低減措置を検討すべきであること(最判平18.11.2が環境影響の回避・低減の検討を重視したことを参照)が主張される。
(3) しかし、B市は、環境影響評価の義務がないにもかかわらず専門業者に環境調査を委託し、Eの居住地付近で両道路からの騒音が環境基準を超過することを把握した上で、防音壁を設置すれば昼夜ともに環境基準を超えない見込みであること、供用開始後に騒音調査を行い超過区間に防音壁を設置する予定であることを審議会に説明し、審議会も騒音防止措置を確実に講じることを求める意見を付して承認している。都市計画は道路の位置及び幅員16メートルという規模を定めるものであり、防音壁は事業計画以降の段階で事業の内容として実施でき、その実効性も調査結果により確認されている。B市に公害防止計画がなく、計画段階での具体的措置を法令上義務付ける規定もない。したがって、B市は騒音による生活環境への影響を考慮し、これを回避できるとの合理的な根拠を有した上で決定したものであり、措置の具体化を事業段階に委ねた点に不十分さは残るものの、考慮不尽や評価の合理性の欠如があるとはいえず、裁量権の逸脱・濫用とまでは評価できない。
5 結論
以上から、本件都市計画決定は違法とはいえず、これを前提とする本件都市計画事業認可も違法とはいえない。
第3 設問3(Dの精神的損失の補償)
1 損失補償の概念
損失補償とは、適法な公権力の行使によって特定の者に加えられた財産上の特別の犠牲について、公平の見地から全体の負担においてこれを調整するための財産的補填をいう。違法な公権力の行使による損害の賠償である国家賠償とは異なり、適法な行為を前提とし、憲法29条3項の「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」との規定に根拠を有する。土地収用法はこれを具体化し、収用する土地の価格(71条)、物件の移転料(77条)のほか、「その他土地を収用し、又は使用することに因つて土地所有者又は関係人が通常受ける損失」(88条)の補償を定めている。
2 Dの主張
Dは、憲法29条3項の「正当な補償」は収用の前後を通じて被収用者の財産的価値を等しくする完全な補償を意味するところ(最判昭48.10.18)、88条は「その他…通常受ける損失」として包括的に補償対象を定めており、住み慣れた土地を離れることによる精神的損失は、居住用の土地建物を収用されるすべての者に生じる損失であって、70年以上居住し高齢となった自己にとってその損失は著しいから、88条の補償内容に含まれるべきであると主張する。
3 検討
(1) しかし、憲法29条3項が保障するのは財産権であり、損失補償は財産上の特別の犠牲を財産的に調整する制度である。88条が例示する離作料、営業上の損失、建物の移転による賃貸料の損失はいずれも財産的・経済的な損失であって、「通常受ける損失」とは、収用によって客観的・一般的に生じる財産的損失をいうと解すべきである。判例も、収用対象地の文化財的価値は、経済的・市場的価値に反映されない限り補償の対象とならないとしており(最判昭63.1.21)、金銭評価できない価値の喪失は損失補償の対象外とする立場に立つ。
(2) Dが主張する損失は、高齢になってから70年以上居住した住み慣れたC地区を離れなければならないという精神的損失であり、Dの年齢、居住年数、地域への愛着という個人的・主観的な事情に基づくもので、財産的価値に換算することができない。被収用者の主観的事情により補償額が左右されることは、補償の公平性と予測可能性を損なう。転居が被収用者に通常生じる事態であるとしても、それに伴う財産的損失は、土地・建物の価格(71条)、建物の移転料(77条)、引越費用等の通常受ける損失(88条)として補償され、これによって財産的価値の等価は確保される。高齢者が住み慣れた地域を離れることへの配慮は、生活再建のための措置(土地収用法139条の2参照)など政策的な行政措置によって図られるべき事柄である。
4 結論
よって、住み慣れたC地区を離れることによる精神的損失は、土地収用法88条の「通常受ける損失」に含まれず、Dの主張は認められない。
以上