予備試験 令和7年 行政法
問題文
養蜂業者であるAは、養蜂振興法第3条第1項に基づいてY県知事に届出を行った上で、Y県B地区において養蜂業を営んでいた。しかし、B地区が次第に市街化して蜜源(蜜蜂に蜜をとらせるのに適する植物のこと。)が減少してきたため、Aは、差し当たり令和7年について、令和6年の時点では市街化が進行しておらず蜜源が豊富なY県C地区において養蜂を行おうと考えた。X1及びX2は、C地区において養蜂業を営んでおり、X1は、Aが蜜蜂の巣箱を設置して養蜂を行おうとしている場所(以下「本件予定地」という。)から1.6キロメートル離れた場所に巣箱を設置して養蜂を行っている。また、X2は、本件予定地から5キロメートル離れた場所に巣箱を設置して養蜂を行っており、養蜂業者の団体であるY県養蜂農業協同組合のC地区支部長でもある。
Y県内の養蜂業者が県内の別の場所に移動して蜜蜂を飼育する(転飼(養蜂振興法第2条))ためには、養蜂振興法第1条及び第8条第1項の趣旨を踏まえたY県蜜蜂転飼条例(以下「本件条例」という。)第3条に基づく転飼の許可(以下「転飼許可」という。)を得る必要がある。転飼許可の申請書には、本件条例施行規則第5条第2項第3号により、Y県養蜂農業協同組合の転飼先地区を管轄する支部長の押印を得た事前調整報告書を添付することができる。そして、Y県は、申請書に同報告書が添付されている場合には、転飼先の周辺の蜂群(蜜蜂の群のこと。)の位置(巣箱の位置と同義と考えてよい。)や蜜源の状況に関する実地調査を行うことなく許可をする運用を行っているのに対して、申請書に同報告書が添付されていない場合には、許可をするかどうかを判断するために上記の実地調査を行うこととしている。
そこで、Aは、令和6年6月末に、X2に対し、事前調整報告書への押印を求めた。しかし、X2は、C地区においては大規模な開発が予定されており、それに先立って令和7年中に実施される地盤調査で植物が伐採されるだけでも蜜源の減少が予想されること、C地区における養蜂業者が既に多数である上にAが転飼しようとする蜂群数が40群と極めて多いことから、転飼を認めるとC地区の各養蜂業者が得られる蜜量が減少すると見込まれること、本件予定地からの距離が最も近い場所に蜂群を有するX1が強く反対していることを理由に、押印を拒否した。そのため、Aは、令和6年9月12日、Y県の担当課に対し、事前調整報告書の添付のない申請書を提出した。
Y県の担当課は、C地区における実地調査として、既存の蜂群の位置を測定し、蜜源の分布状況の調査を樹木医に依頼した。そして、樹木医から、調査時点ではC地区に蜜源が十分に存在するとの報告を受けた。また、Y県では県全体の養蜂業者が減少傾向にあることに加えて高齢化しており、数年前から、本件条例によって転飼を制限して経営の合理化・効率化を妨げてきたことがその原因ではないかとの指摘が県議会で何度もされていたことから、令和5年には、Y県の担当部長が、蜜源に対して蜂群数が「著しく」過剰である場合に限って、本件条例第3条第2項第1号に規定する場合に当たるとして許可をしない方針に変更すると県議会で答弁していた。こうした経緯から、Y県知事は、Aの転飼申請について、同号に規定する場合には当たらないと判断し、令和6年12月20日、Aに対し、令和7年1月1日から1年間の転飼許可(以下「本件処分」という。)をした。
X1及びX2は本件処分に不満であり、令和7年2月中に本件処分の取消訴訟を提起することを検討している。
以上を前提として、以下の設問に答えなさい。なお、関係法令及びY県の担当課が参考資料として養蜂業者に配布している「養蜂振興法及びY県蜜蜂転飼条例に関する手引」の抜粋を【資料】として掲げるので、適宜参照しなさい。
〔設問1〕
X1及びX2が本件処分の取消訴訟における原告適格を有するか否かについて、反対の立場にも言及しながら論じなさい。
〔設問2〕
本件処分の違法性の有無について、反対の立場にも言及しながら論じなさい。なお、行政手続条例上の問題について検討する必要はない。
【資料】
○養蜂振興法(昭和30年法律第180号)(抄)
(目的)
第1条 この法律は、養蜂を取り巻く環境の変化、農作物等の花粉受精において養蜂が果たす役割の重要性等に鑑み、蜜蜂の群(以下「蜂群」という。)の配置を適正にする等の措置を講じて、蜂蜜、蜜ろう、ローヤルゼリー等の蜜蜂による生産物の増産を図り、あわせて農作物等の花粉受精の効率化に資することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律で「転飼」とは、蜂蜜若しくは蜜ろうの採取又は越冬のため蜜蜂を移動して飼育することをいう。
(蜜蜂の飼育の届出)
第3条 蜜蜂の飼育を行う者は、農林水産省令の定めるところにより、毎年、その住所地を管轄する都道府県知事に次の各号に掲げる事項を届け出なければならない。ただし、業として蜜蜂の飼育を行う者(以下「養蜂業者」という。)以外の者が蜜蜂の飼育を行う場合であつて、農作物等の花粉受精の用に供するために蜜蜂の飼育を行う場合その他の蜂群配置の適正の確保及び防疫の迅速かつ的確な実施に支障を及ぼすおそれがないと認められる場合として農林水産省令で定める場合は、この限りでない。
一 氏名又は名称及び住所
二 蜂群数
三 飼育の場所及びその期間
四 その他農林水産省令で定める事項
2~4 (略)
(蜂群配置の適正等を図るための都道府県の措置等)
第8条 都道府県は、当該都道府県の区域における蜂群配置の適正及び防疫の迅速かつ的確な実施を図るため、蜜蜂の飼育の状況及び蜜源の状態の把握、蜂群配置に係る調整、転飼の管理その他の必要な措置を講ずるものとする。
2 (略)
(罰則)
第14条 第3条第1項又は第3項の規定に違反して、届出をせず、又は虚偽の届出をした者は、10万円以下の過料に処する。
〇Y県蜜蜂転飼条例(抄)
(趣旨)
第1条 この条例は、養蜂振興法(昭和30年法律第180号。以下「法」という。)及び養蜂振興法施行規則(昭和30年農林省令第45号)に定めるもののほか、蜜蜂の転飼について必要な事項を定めるものとする。
(定義)
第2条 この条例における用語の意義は、法に定めるところによる。
(転飼の許可)
第3条 養蜂業者は、県内で転飼しようとするときは、知事の許可を受けなければならない。
2 前項の許可は、次の各号のいずれかに該当する場合には、することができない。
一 蜂群数が転飼しようとする区域内の蜜源に比べて過剰と認められるとき。
二~四 (略)
3 第1項の許可は、条件を付けてすることができる。
(許可の申請)
第4条 前条第1項の許可を受けようとする者は、次の事項を記載した申請書に、転飼しようとする場所の土地の管理者の承諾書(許可を受けようとする者がその土地を管理している場合においては、その旨を証明する書類)、転飼場所付近の見取図(飼育場所が特定でき、そこから半径2キロメートル以内の蜂群の位置が記載されているもの)その他規則で定める書類を添えて知事に提出しなければならない。
一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあってはその代表者の氏名二 蜂群数三 転飼しようとする場所及び期間
(罰則)
第11条 第3条第1項の規定に違反した者は、2万円以下の罰金に処する。
〇Y県蜜蜂転飼条例施行規則(抄)
(申請書の添付書類)
第5条 条例第4条の規則で定める書類は、次のとおりとする。
一~三 (略)
2 条例第3条第1項の許可を受けようとする者は、次の書類を申請書に添付することができる。
一~二 (略)
三 事前調整報告書(蜜源に対し蜂群数が過剰にならないように、転飼先地区の養蜂業者と蜂群数及び転飼先の調整を行った旨を記載し、Y県養蜂農業協同組合の転飼先地区を管轄する支部長が押印した報告書をいう。)
〇養蜂振興法及びY県蜜蜂転飼条例に関する手引(抄)
2 蜜蜂の飼育に係る事務手続の留意事項
(1) 事前調整について
蜂群の位置は、互いに半径2キロメートル以上(相互の距離が4キロメートル以上)の距離をおくことを基準として、Y県養蜂農業協同組合の各支部長が蜜源に対し蜂群数が過剰にならないことを確認し、調整することとしています。
6 蜂群配置の適正化
事前調整が行われていない場合は、県が実地調査を行った上で、次の事項に留意して配置適正化を行います。
(1) 蜜蜂は採蜜のため巣箱からおおむね半径約2キロメートル内を中心に飛行することが一般的に知られているので、蜂群が接近しないように配置します。
(2) 蜂群が接近する場合は、当該箇所において継続飼育している養蜂業者を優先します(当事者間で配置場所について合意している場合を除く。)。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、Y県蜜蜂転飼条例(以下「本件条例」という。)に基づく許可について、既存の事業者が、転飼を求める事業者への許可に対して取消訴訟の提起を検討するという設例の下で、原告適格に関する基本的な理解を踏まえて前記既存の事業者の原告適格について適切に判断する力及び本案での主張を組み立てる力を問う趣旨の問題である。
設問1は、転飼許可取消訴訟に関する既存事業者の原告適格の有無を問うものである。養蜂振興法は、蜂群の配置を適正化することで蜂蜜等の生産物の増産と農作物等の花粉受精の効率化を図ることを目的としている。そこで、競業者の原告適格に関する諸事例(最判昭和37年1月19日民集16巻1号57頁、最判平成26年1月28日民集68巻1号49頁)との類似性に着目すると、蜂群が過剰になることによって事業者の経営が悪化して廃業者が増加し、養蜂振興法が実現しようとしている目的を達成できなくなることから、同法が目的として掲げる蜂群の適正な配置によって保護される既存事業者の利益は、処分要件において考慮されている利益であるといえるが、更にこの利益が個別的利益としても保護されているかという点について、X1とX2で異なる検討が必要である。
X1は、Aの転飼先から自身の蜂群までの距離が1.6キロメートルしかなく、直接に蜜源を奪い合う関係にある。そして、転飼許可に関する「蜂群数が転飼しようとする区域内の蜜源に比べて過剰」(本件条例第3条第2項第1号)という要件及び地域における蜜源の総量が限定されているという事情を踏まえて許可制度が保護しようとしている利益の内容・性格等を考慮すれば、蜂群の適正な配置が確保できないことによって生じる被害を受けないという利益を、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと考えることができる。また、許可の申請書に転飼場所から半径2キロメートル以内の蜂群の位置が記載された見取図の添付が本件条例第4条により求められていることにも着目し、転飼先との距離や位置関係を中心として社会通念に照らし合理的に判断することで、地理的に特に近い場所で養蜂業を営むX1の原告適格を認めることも考えられる。他方で、養蜂振興法第3条本文が、事業開始時には届出のみを要求し、蜜源の利用に関する調整を予定していないことから、利益の内容・性格に着目して個別的に保護されているとはいえないと考えることも可能である。
これに対して、Y県養蜂農業協同組合のC地区支部長であるX2は、同じC地区で養蜂業を営んでいるとはいえ、Aの転飼先から自身の蜂群までの距離が5キロメートルあることから、「養蜂振興法及びY県蜜蜂転飼条例に関する手引」(以下「手引」という。)の記載を前提とすると、直接に蜜源を奪い合う関係にはない。
しかし、手引によれば、蜂群が過剰になることを防ぐために、Y県では養蜂農業協同組合支部長が調整を行っており、事前調整報告書が申請書に添付されていればY県による実地調査が省略される運用がなされていることから、支部長には当該利益を主張し得る地位が法令上付与されているとの見方があり得る。他方で、養蜂振興法や本件条例には、距離制限や行政計画による需給調整のような、許可の総数を限定する規定は存在していないこと及び支部長の押印がある事前調整報告書が添付されるとY県が実地調査を行わない運用は条例等の法的根拠に基づくものではなく、参考資料である手引に記載されているにすぎないことに着目すると、個々人の個別的利益としてまでは保護されていないと結論づけることもできる。
設問2は、本件処分の違法性に関する内容を問うものである。転飼許可に関する前述の要件には不確定概念が含まれており、蜂群の適切な配置に関する基準が必ずしも明確でないことからすると、知事の判断には裁量が認められる。このことを前提に、考慮すべき事情を考慮しているかを中心とする司法審査がなされることとなる。具体的な考慮事項として、①蜂群間の距離、②蜜源の量に対する評価及び③既存事業者との利害調整が挙げられ、各事項について、Y県の判断理由を把握した上で、これに対する有効な反論を提示することが求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1(X1及びX2の原告適格)
1 判断枠組み
(1) X1及びX2は本件処分の名宛人ではない第三者であるから、「法律上の利益を有する者」(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)9条1項)に当たるかが問題となる。「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、処分の根拠法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含む場合には、かかる利益も法律上保護された利益に当たる(最判平元.2.17)。その判断に当たっては、行訴法9条2項により、①当該法令の趣旨及び目的、②処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、①については目的を共通にする関連法令の趣旨及び目的をも参酌し、②については処分が根拠法令に違反してされた場合に害される利益の内容・性質、害される態様・程度をも勘案する。
(2) 既存事業者が競業者に対する許可を争う場合について、判例は、公衆浴場法の距離制限規定が既存業者の経営上の利益を個別的利益として保護するとして原告適格を肯定し(最判昭37.1.19)、一般廃棄物処理業の許可についても、需給調整の仕組みが既存業者の営業上の利益を個別的利益として保護する趣旨を含むとして原告適格を肯定した(最判平26.1.28)。これらは、根拠法令が既存業者の利益を処分要件において考慮し、かつ個別的利益として保護しているか否かを決め手とする。
2 法令の趣旨・目的と保護される利益
(1) 養蜂振興法(以下「法」という。)1条は、蜂群の配置を適正にする等の措置を講じて蜜蜂による生産物の増産を図ることを目的とし、8条1項は、都道府県に、蜜源の状態の把握、蜂群配置に係る調整、転飼の管理等の措置を講ずることを求める。本件条例は法1条及び8条1項の趣旨を踏まえて転飼を許可制とし(3条1項)、「蜂群数が転飼しようとする区域内の蜜源に比べて過剰と認められるとき」は許可をすることができないとする(3条2項1号)。蜜源は地域において総量が限定された資源であり、蜂群が過剰になれば既存事業者の採蜜量が減少して経営が悪化し、廃業者が増加して法の目的である生産物の増産が達成できなくなる。したがって、蜂群の適正な配置によって保護される既存事業者の利益は、処分要件において考慮されている利益である。
(2) さらに、本件条例4条は、申請書に転飼場所から半径2キロメートル以内の蜂群の位置が記載された見取図の添付を求め、法3条1項は養蜂業者に毎年、蜂群数及び飼育の場所を届け出させている。これは、蜜蜂が巣箱からおおむね半径2キロメートル内を中心に飛行すること(手引6(1))を前提に、転飼先に近接する既存の蜂群を個別に把握した上で許可の可否を判断する仕組みであり、本件条例3条3項が条件を付して許可できるとしているのも、近接する既存事業者との個別の調整を予定するものである。転飼先から2キロメートル以内に蜂群を有する既存事業者は、転飼が許可されれば直接に蜜源を奪い合う関係に立ち、採蜜量の減少という営業の基盤に関わる具体的被害を受ける。このような被害は一般的公益に吸収解消させることが困難である。よって、本件条例3条2項1号及び4条は、転飼先に近接して蜂群を有する既存事業者が蜂群の適正な配置の確保できないことによる被害を受けない利益を、個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むと解すべきであり、その範囲は、転飼先との距離や位置関係を中心として社会通念に照らし合理的に判断すべきである。
(3) これに対し、法3条1項本文が養蜂業の開始につき届出のみを求め、蜜源の利用に関する事業者間の調整を予定していないこと、法及び本件条例には距離制限や許可総数を限定する規定がなく、公衆浴場法や廃棄物処理法の需給調整規定とは構造が異なることから、既存事業者の利益は反射的利益にすぎないとの反対の立場が考えられる。しかし、転飼については本件条例が蜜源と蜂群数の均衡を許可の消極要件として明記し、2キロメートルという具体的距離を基準に周辺蜂群の位置を把握させ、条件付許可による調整まで予定しているのであるから、距離制限規定に準じて、近接する既存事業者の利益を個別的に保護する構造を有しているといえる。
3 X1について
X1は本件予定地から1.6キロメートル離れた場所に巣箱を設置しており、本件条例4条の見取図に記載される半径2キロメートル以内に位置し、手引2(1)が基準とする相互距離4キロメートルの半分にも満たない。Aが転飼しようとする蜂群数は40群と極めて多く、C地区には既に多数の養蜂業者が存在する上、令和7年中の地盤調査による蜜源の減少も予想されており、X1はAと直接に蜜源を奪い合う関係にあって採蜜量の減少という被害を受ける。現にX1は最も近い位置の事業者として転飼に強く反対していた。よって、X1は本件処分により法律上保護された利益を侵害されるおそれのある者として原告適格を有する。
4 X2について
(1) X2は本件予定地から5キロメートル離れており、半径2キロメートルの範囲外で、手引2(1)の4キロメートル基準も満たすから、養蜂業者としてはAと直接に蜜源を奪い合う関係にない。C地区全体の蜜量が減少するという不利益は、同地区の養蜂業者に共通する一般的な利益の侵害にとどまり、同じC地区の養蜂業者であるという事実のみでは個別的利益を基礎付けない。
(2) もっとも、X2はY県養蜂農業協同組合のC地区支部長である。本件条例施行規則5条2項3号は、支部長が押印した事前調整報告書を申請書に添付できると定め、手引2(1)は、各支部長が蜜源に対し蜂群数が過剰にならないことを確認し調整することとし、同報告書が添付されていればY県は実地調査を省略する運用をしている。この点を捉えて、支部長には蜂群配置の調整主体として、地区の養蜂業者の利益を主張しうる地位が法令上付与されているとの見方もありうる。
(3) しかし、同報告書の添付は任意であり、現にAは押印を得ずに申請して許可を受けているように、支部長の押印がなければ許可ができないという仕組みにはなっていない。実地調査を省略する運用も条例等の法的根拠に基づくものではなく、参考資料である手引に記載されているにすぎない。また、法及び本件条例には許可の総数を限定する規定はなく、支部長が調整するのは組合内部の事実上の役割である。取消訴訟の原告適格は自己の法律上の利益の侵害を要するのであり、他の養蜂業者の利益を代表して主張する地位は、法令が明文で認めない限り基礎付けられない。X2が押印を拒否した理由も、C地区全体の蜜量減少とX1の反対であって、X2自身の個別的利益ではない。
(4) よって、X2は原告適格を有しない。
第2 設問2(本件処分の違法性)
1 裁量の有無と審査方法
本件条例3条2項1号の「蜂群数が転飼しようとする区域内の蜜源に比べて過剰と認められるとき」という要件は不確定概念を含み、蜜源の量や蜂群の適切な配置に関する判断は専門技術的・地域的な事情の評価を伴うから、知事には要件該当性の判断について裁量が認められる。したがって、裁判所は、知事の判断が重要な事実の基礎を欠くか、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くと認められる場合に限り、裁量権の逸脱・濫用(行訴法30条)として違法と判断する(最判平18.11.2参照)。
2 考慮事項ごとの検討
(1) 蜂群間の距離
手引は、蜂群の位置は互いに半径2キロメートル以上(相互の距離が4キロメートル以上)の距離をおくことを基準とし(2(1))、蜂群が接近する場合は、当事者間で合意している場合を除き、継続飼育している養蜂業者を優先するとしている(6(2))。本件予定地とX1の蜂群との距離は1.6キロメートルであり、基準の4キロメートルを大きく下回る上、X1は強く反対しており当事者間の合意はない。手引は法規ではないが、県が法8条1項の趣旨を踏まえて養蜂業者に配布し公にした配置適正化の指針であり、公正・平等な取扱いの要請と事業者の信頼の保護の観点から、これと異なる取扱いをするには合理的な理由を要する(処分基準について最判平27.3.3参照)。Y県は実地調査で既存蜂群の位置を測定しながら、X1との接近や継続飼育者の優先を考慮した形跡がなく、基準と異なる取扱いをする理由も示していない。これに対し、4キロメートルは事前調整の目安にすぎず拘束力はないとの反論が考えられるが、県自身が実地調査の際に留意するとした事項であるから、少なくとも考慮しないことは許されない。
(2) 蜜源の量に対する評価
Y県は樹木医から「調査時点では」蜜源が十分に存在するとの報告を受けて判断した。しかし、本件処分は令和7年1月1日から1年間の転飼を許可するものであり、C地区では令和7年中に大規模開発に先立つ地盤調査で植物が伐採され、蜜源の減少が予想されていた。A自身がB地区の市街化による蜜源減少を理由に転飼を求めているように、開発に伴う蜜源の減少は予見可能な事情である。許可期間中の蜜源の状態は要件判断において当然考慮すべき事情であるのに、Y県は調査時点の状況のみを基礎とし、将来の減少を考慮していない。専門家の調査を経ているから事実の基礎に欠けるところはないとの反論が考えられるが、調査の対象が調査時点に限られている以上、許可期間全体についての判断の基礎とはならない。
(3) 既存事業者との利害調整
C地区には既に多数の養蜂業者が存在し、Aの転飼蜂群数は40群と極めて多い。X2が押印を拒否した理由は、既存業者が得られる蜜量の減少見込み及びX1の強い反対という、まさに本件条例3条2項1号が考慮を予定する事情であり、Y県はこれらを把握しながら評価した形跡がない。しかも、本件条例3条3項は条件を付して許可できるとしており、Y県は、蜂群数の削減や本件予定地の変更を条件とする許可によって既存事業者との利害を調整することができたのに、これを検討せず無条件で40群の転飼を許可した。この点も考慮不尽に当たる。
(4) 判断基準の変更
Y県は、養蜂業者の減少・高齢化の原因が転飼制限にあるとの県議会での指摘を受け、担当部長が蜜源に対し蜂群数が「著しく」過剰である場合に限って許可をしない方針に変更すると答弁し、これに基づき判断した。要件該当性の判断について裁量基準を設けること自体は許されるが、本件条例3条2項1号は「過剰と認められるとき」と定めており、「著しく」という限定を付すことは、条例の文言と蜂群配置の適正化という法1条・8条1項の趣旨を超えて要件を実質的に緩和するものである。既存業者の経営の合理化・効率化や法1条の増産目的への配慮は正当な考慮であるとしても、条例の改正によらず議会答弁で要件を緩和し、これに従った判断は法令の解釈を誤ったものである。
3 反対の立場と結論
反対の立場からは、樹木医の専門的調査により蜜源が十分と確認されていること、手引は参考資料にすぎないこと、B地区の市街化で蜜源を失ったAに転飼を認めることは法1条の生産物の増産という目的に適合すること、地盤調査による蜜源減少は不確実な将来予測であり、許可も1年限りであることから、裁量の範囲内であるとの主張が考えられる。しかし、蜜源が調査時点で十分であることと、許可期間を通じて40群の追加を受け入れる余地があることは別問題であり、距離と継続飼育者の優先という県自身の指針、既存業者の利害及び条件付許可の可能性という本件条例が考慮を求める事情を検討しない判断は、専門的調査を経たことによって正当化されない。以上から、本件処分は、判断過程に看過し難い過誤欠落があり、裁量権の逸脱・濫用として違法である。
以上