司法試験 令和8年 商法
問題文
〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は、35:35:30〕)
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、Aが創業した会社法上の公開会社でない取締役会設置会社かつ監査役設置会社であり、種類株式発行会社ではない。甲社の定款には、発行する全部の株式の内容として、譲渡による甲社の株式の取得について甲社の取締役会の承認を要する旨の定めがあるが、株券を発行する旨の定めはない。甲社の発行済株式総数は10万株、発行可能株式総数は30万株であり、資本金は1000万円である。
2.創業以来、甲社の代表取締役を務めていたAは、取締役を退任して経営の一線から退く際、従業員に甲社の株式の保有を認めることが甲社への帰属意識を高めることにつながり、かつ、剰余金の配当により勤労意欲の維持・向上も期待できると考え、次の①及び②を内容とする制度(以下「本件制度」という。)を設けることにした。
① 甲社の従業員は、1株100円で、Aから甲社の株式を譲り受けることができる。
② 甲社の従業員が退職する際には、①に基づき譲り受けた甲社の株式をAが1株100円で買い戻す。
甲社の取締役を退任したAから本件制度の構想を示された甲社の取締役会は、本件制度に賛同し、甲社は、社内報を通じて本件制度を甲社の従業員に周知すること、Aと甲社の従業員の間で行われる甲社の株式の譲渡及び買戻しに際して必要となる手続を迅速に行うことをAに約束した。
3.甲社の従業員であるBは、社内報で本件制度の存在を知り、Aに対して甲社の株式1000株を譲り受けたいと申し出た。 Aは、Bに次の①から⑥までの事項が記載された書面(以下「本件書面」という。)を交付し、甲社の株式を譲り受けるためには本件書面の内容についてAと合意し、本件書面の定める手続に従わなければならないと説明した。
① 本件制度の目的は、従業員の甲社への帰属意識を高め、かつ、その勤労意欲の維持・向上を図ることである。
② Bが本件制度に基づき1株100円で甲社の株式を譲り受けるためには、本件書面の内容に同意し、「本件書面の内容に同意します。」と自署して署名をした上で、本件書面をAに提出しなければならない。
③ Bは、甲社からの退職を停止条件として、本件制度に基づき譲り受けた甲社の株式をAに1株100円で譲り渡す。
④ Bは、本件制度に基づき譲り受けた甲社の株式の譲渡を希望する場合には、Aに1株100円で譲り渡し、A以外の者に譲り渡すことはしない。
⑤ Bは、本件書面に付属している様式を利用して、「Bは、Aと共同して、AがBから甲社の株式を譲り受けることを甲社は承認すること、AがBから譲渡により取得した甲社の株式について株主名簿の名義をBからAに書き換えることを甲社に請求する。」旨が記載された「譲渡承認・株主名簿名義書換請求書」(以下「本件請求書」という。)を作成し、署名を
した上で、本件書面と同時にAに提出しなければならない。
⑥ Bは、Aが、Bの署名済みの本件書面及び本件請求書を甲社に提示して、③又は④に基づきAがBから買い戻す甲社の株式について、甲社に譲渡承認請求及び株主名簿の名義書換請求をすることに同意する。
4.Bが、本件書面の内容についてAと合意(以下「本件合意」という。)をした上で、署名済みの本件書面及び本件請求書をAに提出したため、Aは、Bに甲社の株式1000株(以下「本件株式」という。)を譲り渡した。BがAからの譲渡により本件株式を取得することは甲社の取締役会により承認され、Bを株主として株主名簿の名義書換がされた。
5.5年後、Bは転職することにし、甲社を退職した直後、Cとの間で、本件株式を1株1000円でCに譲渡すること(以下「本件譲渡」という。)を合意した。Bは、令和2年8月3日、甲社に対し、本件譲渡を承認すること、及び本件譲渡を承認しない場合には甲社又は甲社の指定する買取人が本件株式を買い取ることを請求した。甲社の取締役会は、同月10日、本件譲渡を承認しないことを決議し、甲社は、同日、Bに対してその旨の通知をしたが、甲社又は甲社の指定する買取人が本件株式を買い取るかについては、Bに対して何らの通知もしなかった。
6.B及びCは、令和2年10月1日、甲社に対し、Cが本件譲渡により本件株式を取得したとして、株主名簿の名義書換請求(以下「本件請求」という。)をした。甲社は、同日、Aに対して本件請求があったことを連絡するとともに、Aが本件株式の買戻しを取りやめたのかを問い合わせた。これに対してAは、Bの退職を知らなかったことを伝えた上で、本件請求を拒絶することを甲社に要請した。甲社は、Aに対し、Aの要請に従うことを伝えるとともに、Bには本件請求に応じるか否かを同月6日に返答すると伝えてあるので、その前日までに、Aが本件株式をBから買い戻すことについての譲渡承認請求及び株主名簿の名義書換請求をしてほしいと回答した。
7.Aは、令和2年10月5日、甲社に対し、本件書面及び本件請求書を提示した上で、本件合意に基づくBからの譲渡により本件株式を取得したこと(以下「本件取得」という。)の承認を請求した。甲社の取締役会は、同日、本件取得を承認することを決議し、A及びBに対してその旨の通知をした。Aは、翌6日、甲社に対し、本件書面及び本件請求書を提示した上で株主名簿の名義書換請求をし、甲社は、本件取得を理由として株主名簿の名義書換をした。
8.甲社は、令和2年10月6日、Bからの名義書換手続の進捗についての問合せに対して、本件株式の株主はAであり、既に株主名簿の名義書換をしていることを理由に、本件請求に応じることはできないと回答した。その回答を知ったCは、甲社及びAを被告として、自らが本件株式の株主であることの確認を求める訴え(以下「本件訴え」という。)を提起した。
9.なお、Bが本件株式を取得した当時、甲社の株式の価値は、いずれの評価方法によっても、1株100円を超えることはなかった。その後、甲社の株式の価値がBによる本件株式の取得時の値を下回ることが明らかな時期もあったが、本件譲渡の3か月前に甲社が発表した新製品が業界で高く評価され、本件譲渡の直前の時期に、甲社は投資会社を引受人として1株1000円を払込金額とする募集株式の発行により資金調達を行っていた。また、甲社は、毎年、1株当たり10円の剰余金の配当をしていた。さらに、Aは、この間、甲社の従業員が本件制度に基づき譲り受けた甲社の株式の売却を希望する場合には、1株100円で買い戻していた。
〔設問1〕
下記の小問に答えなさい。
〔小問1〕
Cは、本件訴えにおいて、本件取得自体を争いたいと考えている。Cの立場において考えられる主張及びその主張の当否について、論じなさい。
〔小問2〕
本件訴えに係る請求は認められるか、本件取得が認められると仮定した上で、論じなさい。
下記 10 から 14 までにおいては、上記2から9までの事実は存在しないことを前提として、
〔設問2〕に答えなさい。
10.甲社は、令和6年 8 月頃、新たに乙株式会社(以下「乙社」という。)と取引を開始しようとしたが、乙社は最低でも資本金が5000万円ある会社とでないと新規の取引をしないとの噂があった。甲社の代表取締役であるDは、乙社に取引を申し込む前に甲社の増資をしようと考え、取引先である丙株式会社(以下「丙社」という。)に5000万円の増資を引き受けてくれるよう申し入れたが、丙社は、財務状況が芳しくなく、5000万円を用意することは難しいと回答した。
11.Dは、乙社との取引を開始するため、何としても増資が成功したことにしたいと考え、丙社及びDの友人が経営する丁株式会社(以下「丁社」という。)に懇請し、次の①から③までについて甲社、丙社及び丁社で合意した上で、甲社が丙社に対して第三者割当ての方法によって募集株式の発行(以下「本件募集株式発行」という。)をすることで5000万円の増資を行うことを計画した。
① 甲社は丁社に対して5000万円の融資(以下「本件融資①」という。)をし、丁社はこれによって得た5000万円を丙社に対して融資(以下「本件融資②」という。)をする。
② 丙社は、本件融資②によって得た5000万円で、本件募集株式発行における払込みを行う。
③ 丁社が丙社から本件融資②による貸付金の返済を受けない限り、甲社は丁社に対して本件融資①による貸付金の返済を求めない。
12.甲社は、本件融資①及び本件募集株式発行について取締役会で承認した上で、令和6年10月1日に開催された甲社の臨時株主総会において、募集株式の数を5万株、募集株式の払込金額を1株1000円、払込期日を同月15日、払込金額全額(5000万円)を資本金とすることなど、本件募集株式発行に係る募集事項を特別決議によって決議した。なお、1株当たりの払込金額1000円は、特に有利な金額ではない。
本件融資①及び本件融資②は、それぞれ上記 11 のスキームに沿って実行され、丙社は、払込期日である令和6年10月15日、甲社に5000万円を払い込んだ。
その後、丙社の財務状況には変化はなく、本件融資②の返済はされておらず、当面その見込みもない。また、丁社は、本件融資②についての返済を丙社に求めていない。
13.ところで、丙社と丁社の間には本件融資②以外にも取引があり、丙社は、丁社に対し、本件
融資②に基づく債務とは別に、5000万円の買掛金債務を負っていた。
丙社は、当該買掛金債務の弁済の見込みがないことから、令和7年3月、代物弁済として、本件募集株式発行によって取得した甲社の株式5万株を丁社に譲渡することについて、丁社と合意した。丙社及び丁社は、同月10日、丙社の保有する甲社の株式5万株を丁社に譲渡することの承認を甲社に請求し、甲社の取締役会は、同月19日、これを承認して株主名簿の名義書換をした。
14.令和7年6月30日、甲社の定時株主総会が開催された。この定時株主総会では、丁社を含む、基準日時点の甲社の株主名簿上の株主全員に招集通知が送付され、全員が出席の上、Dを含む甲社の現任の取締役全員を再任する議案が総議決権(15万議決権)の60%(9万議決権)の賛成により可決された(以下「本件定時株主総会決議」という。)。なお、本件定時株主総会決議においては丁社も賛成の議決権を行使していた。
〔設問2〕
令和元年から甲社の株式を保有する株主であるEは、令和7年7月1日、上記10から14までの事実を知った。
下記の小問に答えなさい。
〔小問1〕
Eは、丁社が甲社の株主としての地位を有していることに不満を持ち、本件募集株式発行の効力を否定したいと考えた。Eは、どのような訴えを提起し、どのような主張をすることが考えられるか。また、その主張の当否について、論じなさい。
〔小問2〕
Eは、本件定時株主総会決議の効力を否定するために、どのような訴えを提起し、どのような主張をすることが考えられるか。また、その主張の当否について、論じなさい。
下記 15 から 19 までにおいては、上記2から 14 までの事実は存在しないことを前提として、
〔設問3〕に答えなさい。
15.甲社の取締役は、F、G、H、I及びJ(以下、Fを除く4名を「Gら」という。)の5名であり、いずれも令和5年6月30日に開催された甲社の定時株主総会において取締役に再任された。なお、甲社の定款に取締役の員数及び任期に関する特段の定めはない。Fの取締役としての報酬は、月額100万円とされていた。
Gは、Aの長男であり、甲社の代表取締役を務めている。甲社の株式は、Aが3万株、Gが1万株を保有するほか、F、H、I及びJがそれぞれ4000株ずつを保有し、その余は甲社の従業員や取引先等の計15名が保有していた。
16.Fは、令和6年8月頃、病気により長期の療養が必要となったことから、出社することが難しくなり、取締役会にもほとんど出席できない状態になった。そのため、同年12月に開催された甲社の取締役会において、令和7年1月31日に甲社の臨時株主総会を開催してFを取締役から解任する旨の議案を提出することが適法に決議された。Gは、甲社の総務部の担当者に、
臨時株主総会を開催するので、招集手続など事務的な準備をするように指示した。
17.令和7年1月31日、甲社の臨時株主総会(以下「本件臨時株主総会①」という。)が開催された。本件臨時株主総会①では、A及びGらが出席し、その他の株主は出席しなかったが、定足数を満たしていることが確認された後、Fを取締役から解任する旨の議案が出席株主全員の賛成により可決された。甲社は、同日、Fに取締役を解任された旨を通知し、同年2月分以後、Fに対して取締役の報酬を支払っていない。
18.その後、本件臨時株主総会①については、甲社の総務部の担当者のミスにより、株主に対する招集通知が一切発出されていなかったことが判明した。Gらは、本件臨時株主総会①の開催を決定した取締役会に出席していたことから、Aは長男であるGから本件臨時株主総会①の開催を知らされていたことから、それぞれ招集通知が発出されずとも本件臨時株主総会①に出席することができたが、招集通知について意識しておらず、それが送付されていなかったことにも気付いていなかった。
19.甲社は、改めて臨時株主総会(以下「本件臨時株主総会②」という。)を開催し、Fの解任を追認する決議をすることとした。本件臨時株主総会②は、令和7年4月30日に適法に開催され、本件臨時株主総会①におけるFの取締役解任決議を追認する旨の議案が、定足数を満たした上で賛成多数により可決された。なお、その後、同年6月30日には甲社の定時株主総会が適法に開催されたが、Fを取締役に選任する決議はされていない。
〔設問3〕
Fは、令和7年7月になって上記 18 及び 19 の事実を知り、甲社に対し、同年2月分以後任期満了までの取締役報酬額に相当する500万円の支払を請求した。Fの立場において考えられる主張及びその主張の当否について、論じなさい。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 小問1
(1) 本件取得は、本件合意③(Bの退職を停止条件とする本件株式のAへの譲渡)に基づき、Bの退職という条件の成就によってBからAへ本件株式が移転したというものである。Cは、本件訴えにおいて本件取得自体を争うため、次の主張をすることが考えられる。
(2) 主張1:本件合意③④の無効
ア Cは、本件合意③④は、退職時又は売却希望時に取得価格と同額の1株100円でAにのみ株式を譲渡することを従業員に強制するものであり、株式譲渡自由の原則(127条)に反し、また、本件譲渡直前に甲社が1株1000円で募集株式を発行していること(本文9)に照らせば、著しく不合理な価格による譲渡を強いてAに利益を得させるものであって公序良俗(民法90条)に反し無効であり、したがって本件取得は生じていないと主張することが考えられる。
イ 127条は、会社が定款(107条・108条)以外の方法で株式の譲渡を制限することを許さない趣旨の規定であり、株主と第三者との間の契約による譲渡の制限は、契約自由の原則により原則として有効である。従業員持株制度において、従業員が退職時に取得価格と同額で株式を譲渡する旨の合意も、その合意が従業員の自由な意思に基づくものであり、制度の目的、配当の実績、価格の定め方、損失負担の有無等に照らして著しく不合理でない限り、127条及び公序良俗に反しない(最判平7.4.25、最判平21.2.17)。
ウ 本件制度は、従業員の帰属意識の向上と勤労意欲の維持向上を目的とし(本文2・3①)、甲社の取締役会も賛同して社内報で周知し手続の迅速処理を約束した(本文2)、会社が関与する従業員持株制度である。Bは、本件書面の交付を受け、その内容を理解した上で自ら署名して本件合意をしている(本文3・4)から、合意は自由な意思に基づく。甲社は公開会社でなく、全部の株式に譲渡制限があり(本文1)、市場価格が存在しないから、譲渡価格を取得価格と同額に固定することには、価格をめぐる紛争を避け制度を安定させる合理性がある。Bが本件株式を取得した当時、甲社の株式の価値はいずれの評価方法によっても1株100円を超えず(本文9)、その後価値が100円を下回る時期にもAは100円で買い戻していた(本文9)から、本件制度は株価下落時の損失をAが負担して従業員を保護する機能を有し、Bは年10円(利回り10%)の配当を5年間受けていた(本文9)。Aは売却を希望する従業員から一貫して100円で買い戻しており、制度は公平に運用されている。本件譲渡の直前に1株1000円での募集株式の発行があったのは、3か月前に発表した新製品の評価による直近の価値上昇にすぎず、取得時に予定された価格で退職時に譲渡するという本件制度の合理性を失わせるものではない。
エ よって、本件合意③④は有効であり、主張1は認められない。
(3) 主張2:停止条件付譲渡の効力発生の否定
ア Cは、本件合意③は将来の譲渡の予約にすぎず、退職時に改めてAB間の譲渡の意思表示を要するところ、Bは退職後Aに譲渡する意思を有さずCに譲渡したのであるから、本件取得は生じていないと主張することが考えられる。
イ しかし、本件合意③は、「退職を停止条件として」「譲り渡す」という確定的な譲渡の意思表示であり、停止条件付法律行為は条件が成就した時からその効力を生ずる(民法127条1項)。株券発行会社でない甲社の株式の譲渡は当事者の意思表示のみによって効力を生ずる(128条1項の適用はない)から、Bの退職の時に本件株式はAB間ではAに移転した。本件譲渡がされたのは退職の「直後」であり(本文5)、Bが改めて意思表示をする余地はない。よって、主張2は認められない。
(4) 主張3:譲渡承認及び名義書換手続の瑕疵
ア Cは、譲渡制限株式の取得者による承認請求は株主名簿上の株主と共同してしなければならず(137条2項、施行規則24条)、名義書換請求も同様である(133条2項、施行規則22条)ところ、Aが用いた本件請求書は5年前にBが署名したものであり、Bは既にCへの譲渡を会社に請求していて、Aへの名義書換を求める現在の意思を有しないから、本件取得の承認及び名義書換は無効であると主張することが考えられる。
イ しかし、共同請求が要求される趣旨は、取得者が真に株式を取得したことを担保する点にある。Bは、本件合意⑤⑥において、本件請求書を作成して提出し、Aがこれを用いて承認請求及び名義書換請求をすることにあらかじめ同意している(本文3)。停止条件付譲渡について、条件成就後の手続をあらかじめ授権しておくことは、本件制度の円滑な運用のために合理的であり、Bの自署による真意に基づくものである。この授権は本件合意の履行のためにされたAの利益のためのものであるから、Bが一方的に撤回することはできず、Cへの譲渡の請求をしたことによって効力を失うものでもない。甲社の取締役会は、令和2年10月5日に本件取得を承認する決議をし(139条1項、本文7)、これに基づき翌6日に名義書換がされた(本文7)のであるから、手続に瑕疵はない。
ウ よって、主張3も認められない。
(5) 以上から、Cの本件取得自体を争う主張はいずれも認められない。
2 小問2
(1) 問題の所在
本件取得が認められることを前提とすると、Bは退職時に本件株式をAに譲渡し、その直後に同じ本件株式をCに譲渡したことになる。株券発行会社でない会社の株式の譲渡は、株主名簿の名義書換をしなければ会社その他の第三者に対抗することができない(130条1項)。これは、株券発行会社における株券の交付に代えて名義書換を第三者に対する対抗要件とするものであり、同一の譲渡人から二重に譲渡を受けた者相互の優劣も名義書換の先後によって決せられる。したがって、Aによる取得も、名義書換を了するまではCに対抗できず、AとCは、Bを譲渡人とする二重譲渡の関係に立つ。名義書換を先に備えたのはA(令和2年10月6日)であり、Cは名義書換を受けていないから、原則としてAが優先し、Cの請求は認められないことになる。そこで、Cは、以下のとおり主張して自己が株主であることを主張することが考えられる。
(2) 本件譲渡の会社に対する効力
ア 譲渡制限株式の譲渡は、会社の承認がなくても当事者間では有効であるが、会社に対する関係では効力を生じない(最判昭48.6.15)。
イ Bは、令和2年8月3日、甲社に対し、本件譲渡の承認を請求するとともに、不承認の場合には甲社又は指定買取人が買い取ることを請求した(136条、138条1号、本文5)。甲社は、同月10日に不承認の決定を通知したが(139条2項)、甲社が買い取る旨の通知(141条1項)も指定買取人による通知(142条1項)も全くしなかった(本文5)。会社が不承認の通知の日から40日以内に141条1項の通知をしなかった場合には、会社は譲渡を承認する旨の決定をしたものとみなされる(145条2号)。よって、同年9月19日の経過により本件譲渡は承認されたものとみなされ、本件譲渡は会社に対する関係でも有効となった。
(3) 甲社による名義書換の拒絶の不当性
ア B及びCは、令和2年10月1日、共同して本件請求をした(133条2項、本文6)。本件譲渡は既にみなし承認を受けていたから、甲社は名義書換をすべき義務を負っていた。甲社は、Aがまだ名義書換を受けておらず、130条1項によりAの取得を株主名簿の記載に優先させることができない以上、Aが真の株主であることを理由に本件請求を拒むことはできない。
イ それにもかかわらず甲社は、同日Aに本件請求の存在を連絡し、Aの拒絶の要請に従うと伝え、Bへの回答日を同月6日と告げてその前日までにAが承認請求及び名義書換請求をするよう促し(本文6)、Aの請求を同月5日に承認して翌6日に名義書換をした上で、同日Bに対し本件請求を拒絶した(本文7・8)。これは、会社が法定の義務に反して正当な名義書換請求を拒み、その間に他の譲受人に名義書換を先行させたものであり、名義書換の不当拒絶に当たる。会社が名義書換を不当に拒絶した場合、譲受人は名義書換なくして会社に対し株主であることを主張できる(最判昭41.7.28)から、甲社との関係では、Cは本件請求の時点である同月1日に名義書換を受けたものと同様に扱われる。
(4) Aとの関係
ア Aは、不当拒絶の効果は信義則上会社との関係で生ずるにとどまり、第三者であるAとの関係では130条1項により名義書換を先に備えたAが優先すると主張することが考えられる。Aは、本件合意に基づき退職時に本件株式を取得した第一譲受人であり、Bの退職を知らなかった(本文6)ため名義書換が遅れたにすぎず、自己の正当な権利を実現するために名義書換を受けたのであって、第二譲受人の存在を知った上で対抗要件の具備を急ぐことは二重譲渡における自由競争の範囲内であるとの立場である。
イ しかし、130条1項の対抗要件の制度は、譲受人が適法な手続によって対抗要件を備えることを競う場面を前提とするものであり、名義書換の欠缺を主張しうる「第三者」は、その欠缺を主張する正当な利益を有する者に限られる(民法177条における背信的悪意者排除の法理と同旨)。Aは、同月1日に甲社から本件請求の存在を知らされ、自ら甲社に拒絶を要請し、甲社の設定した日程に合わせて請求をすることで、甲社の法定義務違反を利用してCの名義書換を阻止しつつ自己の名義書換を先行させたのである。これは、第一譲受人としての権利実現の方法として許される自由競争の範囲を超え、Cの対抗要件具備を妨害して得た名義書換であって、Aが名義書換の欠缺をCに主張することは信義則に反する。しかも、甲社との関係ではCが同月1日に名義書換を受けたものと扱われる以上、Aの同月6日の名義書換は、名簿上の株主と扱われるべきCの関与なくされたものであり、Cに対して有効な対抗要件とはいえない。
(5) 結論
よって、Cは、甲社に対しては名義書換の不当拒絶を理由に、Aに対してはAが名義書換の欠缺を主張しえないことを理由に、本件株式の株主であることを主張でき、本件訴えに係る請求は認められる。なお、Aは、本件合意に違反して本件株式をCに譲渡したBに対し、債務不履行に基づく損害賠償を請求しうる。
第2 設問2
1 小問1
(1) 採りうる訴え
Eは、本件募集株式発行の効力を否定するため、新株発行無効の訴え(828条1項2号)を提起することが考えられる。甲社は公開会社でないから提訴期間は効力発生日(払込期日の令和6年10月15日)から1年以内であり、令和7年7月1日に事実を知ったEはなお提起できる。Eは令和元年から株主であり原告適格を有し(同条2項2号)、被告は甲社である(834条2号)。なお、丙社による払込みは現実にされているから、払込みの外形すらない場合を対象とする新株発行不存在確認の訴え(829条1号)は原則として対象外である。
(2) Eの主張:仮装払込みによる無効
ア Eは、丙社の払込みは、甲社が丁社に融資した資金を丁社が丙社に融資し、これを払込みに充てた上、丙社から丁社への返済がない限り甲社は丁社に返済を求めないとするものであり、甲社の資金が循環したにすぎない仮装の払込み(見せ金)であって、払込みの効力がない以上、本件募集株式発行は無効であると主張することが考えられる。
イ 払込みが仮装のものであるか否かは、払込資金の出所、払込金が会社資金として運用された実態、借入金の返済の時期と会社財産への影響等を総合して、会社に実質的な資金の流入があったかにより判断する(最判昭38.12.6参照)。本件では、丙社は当初5000万円を用意することは難しいと回答しており自己資金はなく(本文10)、払込資金5000万円は本件融資①として甲社から出捐され、Dの友人が経営する丁社を経由して丙社に貸し付けられ、そのまま甲社に払い込まれたものである(本文11・12)。甲社は払込金と引換えに丁社に対する5000万円の貸付債権を取得したにすぎず、丙社の財務状況は払込後も変わらず本件融資②の返済の見込みはなく、丁社も返済を求めず、丁社が返済を受けない限り甲社も返済を求めないとの合意がある(本文11・12)から、この債権は回収の見込みがない。Dの動機も、乙社との取引開始のため資本金5000万円という外形を「何としても」作り出すことにあった(本文10・11)。よって、甲社に実質的な資金の流入はなく、丙社の払込みは仮装の払込みに当たる。
ウ 次に、仮装の払込みが新株発行の無効事由に当たるかが問題となる。新株発行の無効事由は、発行された株式が流通し多数の利害関係人が生ずることから、重大な法令・定款違反に限られる。そして、会社法は、払込みを仮装した引受人に払込金額全額の支払義務を負わせ(213条の2第1項1号)、関与した取締役に連帯責任を課す(213条の3)とともに、引受人は支払義務が履行されるまで株主の権利を行使できないとしている(209条2項)。これは、仮装払込みがあっても募集株式の発行自体は有効に成立し株式は引受人に帰属することを前提に、支払義務の履行によって事後的に出資を確保する規律であるから、払込みの仮装は無効事由に当たらないと解すべきである。
エ これに対し、本件では発行された5万株全部について払込みが仮装され、資本充実が全く図られていないこと、甲社は公開会社でなく株式が広く流通する前提を欠き取引安全の要請が小さいこと(公開会社でない会社において株主総会特別決議の欠缺を無効事由とした最判平24.4.24参照)、会社の資金で会社が自己の株式を引き受けたに等しいことから、無効事由に当たるとの反対説も考えられる。しかし、会社法は仮装払込みの処理を支払義務と権利行使の制限に一元化しており、公開会社でない会社においても本件のように株式が第三者(丁社)に譲渡されることはあるから、無効とすれば法律関係を複雑にする。反対説は採り得ない。
オ 本件募集株式発行は株主総会の特別決議(199条2項、309条2項5号)を経ており、払込金額1株1000円は特に有利な金額でもない(本文12)から、他に無効事由はない。よって、Eの主張は認められず、新株発行無効の訴えは棄却される。Eとしては、株主代表訴訟(847条)により、丙社に対する213条の2第1項の支払義務及びDら取締役に対する213条の3・423条1項の責任を追及して是正を図るべきである。
2 小問2
(1) 採りうる訴え
Eは、本件定時株主総会決議の効力を否定するため、決議の方法が法令に違反するとして、株主総会決議取消しの訴え(831条1項1号)を提起することが考えられる。決議の日(令和7年6月30日)から3か月以内(同年9月30日まで)に提起することを要し、Eは株主として原告適格を有し、被告は甲社である(834条17号)。
(2) Eの主張:権利を行使できない者による議決権行使
ア 前記のとおり丙社の払込みは仮装であり、丙社は支払義務を履行するまで株主の権利を行使できない(209条2項)。そして、仮装払込みに係る株式を引受人から譲り受けた者も、悪意又は重大な過失がある場合には株主の権利を行使できない(同条3項)。丁社は、本件融資①②のスキームについて甲社・丙社と合意した当事者であり、自ら本件融資②として丙社に貸し付けた資金が払込みに充てられたことを知っていた上、その丙社から代物弁済として本件株式5万株を取得した(本文11・13)のであるから、悪意である。したがって、丁社は5万株について議決権を行使することができず、甲社の取締役会が譲渡を承認して名義書換をしても(本文13)、この結論は変わらない。
イ それにもかかわらず、甲社は、丁社に招集通知を送付し、丁社の議決権行使を認めて本件定時株主総会決議を成立させた(本文14)。議決権を行使できない者の議決権行使を認めてされた決議は、決議の方法が法令(209条2項・3項)に違反する。甲社は株主名簿の記載に従って丁社を株主として扱ったにすぎないと反論しうるが、甲社自身がスキームの当事者として仮装を知っていた以上、丁社を株主として扱ったことに正当な理由はない。
(3) 裁量棄却の可否
決議方法の法令違反があっても、その違反する事実が重大でなく、かつ決議に影響を及ぼさないと認めるときは、裁判所は請求を棄却することができる(831条2項)。本件決議は、総議決権15万のうち9万の賛成により可決されたが、そのうち5万は丁社の議決権である(本文14)。丁社の議決権を除くと、総議決権10万を有する株主全員が出席し、賛成は4万にとどまって出席株主の議決権の過半数(341条)に達しないから、議案は否決されたはずである。よって、違反は決議に影響を及ぼすものであり、裁量棄却は許されない。
(4) よって、Eの主張は認められ、本件定時株主総会決議は取り消される。
第3 設問3
1 Fの主張
Fの報酬は株主総会の決議により月額100万円と定められており(361条1項、本文15)、これは甲社とFとの委任契約の内容となっている。Fは、本件臨時株主総会①における解任決議は不存在であり、本件臨時株主総会②の追認決議にも遡及効はないから、自己は令和7年6月30日の任期満了まで取締役の地位を失っていないとして、同年2月分以後の報酬500万円を請求し、仮に解任が有効であるとしても解任による損害の賠償(339条2項)を請求すると主張することが考えられる。
2 本件臨時株主総会①の解任決議の効力
(1) 本件臨時株主総会①については、株主に対する招集通知(299条1項)が一切発出されていなかった(本文18)。招集通知の欠缺は招集手続の法令違反であり、原則として決議取消事由(831条1項1号)となるにとどまるが、瑕疵が著しく、株主総会の決議として法律上存在すると評価できない場合には、決議は不存在である(830条1項)。不存在か否かは、通知を欠いた株主の範囲及びその議決権割合、招集権者の瑕疵の有無、出席状況等を総合して判断する(最判昭33.10.3参照)。
(2) 甲社は、本件臨時株主総会①の開催は取締役会で適法に決議され、代表取締役Gが招集を指示しており招集権限に瑕疵はなく、出席株主の持株は定足数を満たしていたから、瑕疵は取消事由にとどまり、決議の日から3か月(令和7年4月30日)が経過した以上、解任決議は有効なものとして確定していると反論することが考えられる。Fが令和7年7月になって事実を知った(設問)としても、取消しの訴えの提訴期間は伸びないから、この反論が認められればFの請求は全て否定される。
(3) しかし、本件では、株主の誰一人に対しても招集通知が発出されていない。出席したのは、総務部に招集の準備を指示したG本人と、開催を決定した取締役会に出席していたH・I・J、長男Gから私的に知らされたAの5名(合計5万2000株、52%)であり、いずれも会社の招集行為によってではなく内部的・私的な経路で開催を知ったにすぎない。F(4000株)及び従業員・取引先等の15名(4万4000株)という議決権の48%を占める株主は開催自体を知る機会を全く与えられなかった。代表取締役の招集の意思があっても株主に向けた招集行為が何ら行われていない以上、これは支配株主らが一部で集まった会合と同視すべきものであって、株主総会の決議として法律上存在するとは認められない。株主全員が出席して招集手続の瑕疵が治癒される場合(最判昭60.12.20)にも当たらない。よって、本件臨時株主総会①の解任決議は不存在である。
(4) したがって、本件臨時株主総会①の決議によってFが解任された効果は生じず、Fは、提訴期間の制限なく(830条1項)、決議の不存在を前提として報酬を請求することができる。
3 本件臨時株主総会②の追認決議の効力
(1) 甲社は、本件臨時株主総会②において解任を追認する決議が適法にされた(本文19)から、Fは令和7年1月31日に遡って解任されたと反論することが考えられる。
(2) 不存在の決議を追認する旨の株主総会決議は、追認の対象となる決議が存在しない以上、これを遡及的に有効とするものではなく、追認決議の時点で新たに同一内容の決議がされたものとして、その時から将来に向かって効力を生ずると解すべきである。解任は取締役の地位を一方的に失わせる形成的効果を有し、株主総会の決議によっていつでもすることができる(339条1項)が、これを遡及させることは、それまでの間に取締役が有した地位及び取締役の行為に関する対外的な法律関係の安定を害し許されない。
(3) よって、Fは、本件臨時株主総会②の決議(令和7年4月30日)により同日をもって解任されたのであり、同年2月から4月までの3か月間は取締役の地位にあった。
4 報酬請求権の範囲
(1) 令和7年2月分から4月分まで
Fは、この期間、取締役の地位にあったから、委任契約に基づき月額100万円の報酬請求権を有する。甲社は、Fが病気のため出社できず取締役会にもほとんど出席していなかった(本文16)ことを理由に、職務を執行していない期間の報酬は発生しないと主張することが考えられる。しかし、株主総会決議に基づき確定した取締役の月額報酬は、委任事務の履行割合に応じた報酬(民法648条3項)ではなく、取締役の地位にあることの対価として期間に応じて発生するものであり、会社が一方的にこれを減額し又は不支給とすることは許されない(最判平4.12.18参照)。病気療養中もFは取締役としての責任を負い続けており、職務執行に支障があることは解任の理由とはなっても、報酬の発生を否定する理由にはならない。よって、Fは3か月分300万円の報酬を請求することができる。
(2) 令和7年5月分及び6月分
ア Fの任期は、定款に別段の定めがないから、選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までであり(332条1項)、令和7年6月30日の定時株主総会の終結時に満了する(本文15・19)。しかし、Fは同年4月30日に解任されたから、同年5月以降は取締役の地位になく、報酬請求権は発生しない。
イ もっとも、株主総会決議により解任された取締役は、その解任について正当な理由がある場合を除き、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる(339条2項)。Fは、残任期である同年5月・6月分の報酬相当額200万円を損害として請求することが考えられる。「正当な理由」とは、取締役の職務執行上の法令・定款違反や心身の故障等により職務の執行に支障がある場合をいい、病気により長期の療養を要し職務の執行に支障を生じた場合はこれに含まれる(最判昭57.1.21参照)。Fは、令和6年8月頃から病気により長期の療養が必要となり、出社が困難で取締役会にもほとんど出席できない状態が解任時まで半年以上続いていた(本文16)のであるから、解任には正当な理由がある。よって、339条2項に基づく損害賠償請求は認められない。
5 結論
Fの請求は、令和7年2月分から4月分までの報酬300万円の限度で認められ、その余は認められない。
以上