司法試験 令和7年 商法
問題文
〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は、30:45:25〕)
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、電子機器の製造及び販売等を目的とする株式会社であり、その発行する株式を東京証券取引所(グロース)に上場している。甲社は、種類株式発行会社ではなく、監査役会設置会社であって、その総資産額は100億円である。甲社ではここ数年、営業赤字が続いていた。
甲社の代表取締役はAであり、取締役としてAのほかにB、C、D及びEがおり、Eは社外取締役である。また、甲社の内規(職務権限規程)によれば、5000万円以上の取引については取締役会の承認が必要とされているところ、これまでに5000万円未満の取引の承認が甲社の取締役会の議題とされたことはなかった。
2.乙株式会社(以下「乙社」という。)は、甲社が製造している製品の主要な出荷先の一つである。甲社は、令和5年2月、乙社の担当者から、これまでとは全く別の規格の電子機器αを継続的に大量生産して乙社に供給することが可能かどうかを検討してほしいと依頼され、その試作品の検討及び開発を始めた。
その後、甲社において電子機器αの試作品を開発する中で、甲社の工場にある既存の機械設備で電子機器αを生産することは少量であれば可能であるものの、大量生産することは困難であり、乙社と新たな供給契約を締結するためには特殊な工業用機械βの購入及び設置が必要であって、そのための費用が4000万円掛かることが判明した。また、工業用機械βには汎用性がなく、電子機器αの生産以外の用途には転用できないものであった。
3.乙社と電子機器αに関する供給契約を締結するためには新たな設備投資が必要になることを踏まえて、甲社の取締役会ではその対応をめぐって複数回協議がされた。甲社の取締役会においては、1回の設備投資の額として4000万円は過大ではないかとの意見もあったが、令和5年10月、電子機器αに関する供給契約の締結は甲社に大きな利益をもたらすと見込まれることや、甲社における乙社の重要性からすれば、基本的には乙社の依頼に応じる方向で検討すべきであるという方針(以下「本件方針」という。)が確認された。その際に、社外取締役であるEが、「工業用機械βには汎用性がなく、他の用途には転用できないのであるから、これを購入して設置する前に、乙社と供給契約について協議してその内容を確認し、甲社が不測の損害を被らないよう最善の注意を尽くすべきである。」との意見を述べた。B、C及びDもEの意見に賛同したことから、同月の時点では、取締役会において本件方針が確認されたにとどまり、工業用機械βを購入して設置することについては、乙社との今後の協議の結果を踏まえて改めて取締役会で承認を得るものとされた。
4.Aは、本件方針を踏まえ、令和5年11月、電子機器αの試作品を示して乙社と供給契約について協議することを試みた。ところが、乙社の担当者は、示された試作品の品質に難色を示し、「この程度の品質ではとても御社とは契約することができない。供給契約について今後協議を開始する前提として、まずはもっと品質の良い試作品を作ってもらう必要がある。」との意見をAに伝えるとともに、「実は、御社以外にも電子機器αの供給の検討をお願いした会社があり、我が社と供給契約を締結することができるのは1社だけなので、もし契約を勝ち取りたいと真剣に考えるのであれば、品質の良い試作品を急ぎ用意することをお勧めする。」とAに告げた。
こうした中、Aは、甲社に大きな利益をもたらすことが見込まれる乙社との供給契約の締結の機会を逃すわけにはいかないと考えるとともに、令和5年12月上旬に「既存の機械設備ではこれ以上の品質の試作品を製作することは困難だが、工業用機械βを設置して製作すれば現状よりも品質が向上することが見込まれる。」とする甲社の従業員のレポートが示されたことを受け、同月中旬、取締役会に諮ることなく工業用機械βを購入して設置し、甲社はその費用として4000万円を支払った。Aは、緊急性があることから工業用機械βの購入及び設置に当たり事前に取締役会に諮ることをしなかったが、乙社との供給契約の締結の重要性及び甲社の内規で取締役会の承認が必要とされているのは5000万円以上の取引であることも考慮すれば、同年10月の甲社の取締役会におけるEの発言を踏まえても、次回の取締役会で速やかに事後承認が得られるだろうと考えていた。しかし、同年12月下旬に開催された甲社の取締役会では、工業用機械βを購入して設置したAの対応は強く非難され、工業用機械βを購入して設置したことにつき取締役会の事後承認は得られなかった。
5.乙社は、令和6年1月、甲社に対し、他社と電子機器αに関する供給契約を締結したので甲社とは新たな供給契約を締結しない旨を連絡した。そのため、設置された工業用機械βは、使われることのないまま甲社の工場で保管されている。
〔設問1〕
甲社の監査役であるFが、令和6年2月、甲社を代表して、Aに対し、工業用機械βの購入に係る責任を追及する訴えを提起した場合に、甲社の立場において考えられる主張及びその主張の当否について、論じなさい。
下記6から11までにおいては、上記2から5までの事実は存在しないことを前提として、〔設問2〕に答えなさい。
6.甲社では、平成24年6月の定時株主総会の決議により、取締役の報酬の総額の上限額が年額1億円と定められるとともに、各取締役の報酬の具体的な配分が取締役会に一任されていた。また、甲社の取締役会は、株主総会から一任された各取締役の報酬の具体的な配分を毎年代表取締役に再一任していた。令和4年度に支払われた報酬の年額は、Aが3000万円、B、C及びDがそれぞれ2000万円、Eが1000万円であった。
7.Aは、同種の海外企業と比較して、日本企業の経営者の報酬が低すぎると考えていた。そこで、Aは、令和5年4月に開催された甲社の取締役会に、取締役の報酬の総額の上限額を年額3億円とし、各取締役の報酬の具体的な配分を取締役会に一任する旨の議案(以下「本件議案」という。)
を定時株主総会に上程することを諮り、可決された。
8.令和5年6月に適法に招集された甲社の定時株主総会では、株主から「営業赤字が続いている今、なぜ取締役の報酬を増やす必要があるのか。」との質問があったが、Aは、「同業他社との競争が激しくなっているため、今後はより優秀な人材を獲得して取締役に就任してもらう必要があるが、今のままでは報酬額が低く優秀な人材を獲得することができない。また、同業他社と比べても報酬額が低いという我が社の現状を踏まえれば、現在の取締役の勤労意欲の向上を図るという観点も欠かすことはできない。これらの事情を総合的に考慮し、取締役の報酬の総額の上限額を増やす必要がある。」と回答した。甲社提案の本件議案は、上記定時株主総会で可決された。
9.上記定時株主総会の日の翌日に開催された甲社の取締役会において、各取締役の報酬の具体的な配分について協議がされ、甲社の従来の慣行及び決定方針に従い、各取締役の報酬の具体的な配分を代表取締役であるAに再一任する旨の決議がされた。
10.その後、Aは、今後は取締役の報酬の支払に関する事務を甲社の外部に委託することとし、各取締役に支払われる報酬の額を甲社の従業員に容易には知られないようにした。その上で、Aは、自らの報酬の年額を前年度の3000万円から2億円増額して2億3000万円とし、B、C、D及びEの報酬の年額は前年度と同額とする旨の決定(以下「本件報酬額決定」という。)をし、実際にその額が甲社から各取締役に1年分の報酬として支払われた。
11.Aは、本件報酬額決定に基づく増額後の自らの報酬額を他の取締役に明らかにしたり、取締役会に報告したりすることを一切しなかったため、令和6年5月に、甲社の取締役会に諮られる有価証券報告書の案文においてAの報酬の年額が2億3000万円であったことが記載されるまで、Aが自らの報酬額だけを増額していたことは、甲社の他の取締役や監査役に気付かれなかった。
その後、自らの報酬額だけを大幅に増額したAによる本件報酬額決定は、甲社の取締役会で強く非難された。
〔設問2〕
甲社の監査役であるFが、令和6年6月、甲社を代表して、Aに対し、Aが本件報酬額決定をして増額した報酬を受領したことについての責任を追及する訴えを提起した場合に、甲社の立場において考えられる主張及びその主張の当否について、論じなさい。
下記12以下においては、上記2から11までの事実は存在しないことを前提として、〔設問3〕に答えなさい。
12.Gは、長年にわたって甲社の株式を保有する個人株主であり、自らが所有する多数の不動産から得られる収入によって生計を立てており、自らは営業を行っておらず、また、甲社と競合する事業を営む会社の株式又は持分は一切保有していない。Gは、令和6年4月時点で、甲社の総株主の議決権の約3.2%に相当する数の株式を保有している。
13. Gは、令和6年3月、甲社におけるAの独断専行に不満を持つ甲社の従業員から、Aが令和5年7月から9月にかけて自らの親族の語学留学のための費用を海外調査費用の名目で甲社に負担させていた旨の情報を得た。そこで、Gは、同年7月から9月までの期間に甲社が海外調査費用として支出した金銭の使途を調査し、その調査結果次第ではAの責任を問う株主代表訴訟を提起することも視野に入れた上で、甲社に対し、当該調査を目的とすることを明示して会計帳簿及びこれに関する資料の閲覧又は謄写の請求(以下「本件請求」という。)をした。甲社は、Gの意図を察知したAの指示により本件請求に応じなかったため、Gは、令和6年4月、本件請求に係る訴えを提起した。
14. 甲社の取締役会は、令和6年5月、経営状態の悪化により事業継続のための緊急の資金が必要であることを理由に、甲社と長年付き合いのある丙株式会社(以下「丙社」という。)に対する募集株式の第三者割当て(募集株式の数は発行済株式の総数の10%に相当する数であり、払込金額は時価である。以下「本件増資」という。)を決定した。本件増資は、その旨の公示がされた上で、同月末日までにその効力が生じた。もっとも、同月の時点では、甲社の経営状態が従来と比べて悪化していたことは事実であったものの、甲社は特に使う当てのない多額の預貯金を有していたことから、事業継続のための緊急の資金が必要であるという状態にはなかった。また、本件増資を決定した甲社の取締役会において、本件増資を速やかに実施すべきであると述べて終始議論を主導したのはAであった。
15. 本件増資の結果、令和6年5月末日の時点で、丙社は甲社の総株主の議決権の約14%に相当する数の株式を保有する一方で、Gは甲社の総株主の議決権の約2.9%に相当する数の株式を保有することとなり、丙社及びGの甲社の株式の保有状況については、令和7年3月までに変動はなかった。なお、本件増資の効力を争う旨の訴えは、同月までに提起されていない。
〔設問3〕
令和7年3月に本件請求に係る訴えの事実審の口頭弁論が終結した。本件請求が認められるか否かについて、論じなさい。なお、社債、株式等の振替に関する法律所定の手続は、適法に行われていたものとする。また、甲社の定款には、会計帳簿及びこれに関する資料の閲覧又は謄写の請求について、別段の定めはないものとする。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
1 本問は、上場会社である取締役会設置会社において、①一見すると取締役会の決議に反するように見える代表取締役が行った設備投資について、当該会社が当該代表取締役の責任を追及する訴えを提起した場合において、当該会社の立場において考えられる主張及びその当否を検討すること(設問1)、②取締役会が株主総会から一任された各取締役の報酬の具体的な配分の決定を代表取締役に再一任する旨の決議に基づき、当該代表取締役が自己の報酬額のみを増額する旨の決定をした行為について、当該会社が当該代表取締役の責任を追及する訴えを提起した場合において、当該会社の立場において考えられる主張及びその当否を検討すること(設問2)、並びに③会計帳簿等の閲覧謄写請求(会社法第433条第1項)に係る訴えを提起した株主が、当該訴えに係る訴訟の係属中の募集株式の発行により、総株主の議決権の100分の3以上という少数株主要件を欠くに至った場合において、当該訴えに係る請求が認められるか否かを検討すること(設問3)を求めるものである。いずれの設問についても、問題点を適切に分析した上で、具体的な事実関係に応じて結論を導き出すことができるかを問うものである。
2 設問1について
⑴ 設問1は、①主要な取引先である乙社から新製品の供給を打診された甲社の代表取締役であるAが、そのために必要となる4000万円を要する設備投資(工業用機械βの購入及び設置)を行うに当たり、改めて甲社の取締役会で承認を得るものとされていたにもか-1 1-かわらず、緊急性があることから、事前に取締役会に諮ることなく当該設備投資を行った、
②Aは、当該設備投資について事後承認が得られるだろうと考えていたが、実際には事後承認を得ることができず、その後乙社との供給契約を締結することもできなかったという事例において、Aに対して当該設備投資に係る責任を追及する甲社の立場において考えられる主張及びその主張の当否の検討を求めるものである。
⑵ まず、甲社としては、工業用機械βの購入が「重要な財産の〔中略〕譲受け」 (会社法
第362条第4項第1号)に該当し、取締役会の決議によらずに工業用機械βを購入した行為は法令に違反するものであり、 Aが 「その任務を怠った」(会社法第423条第1項)
と主張することが考えられる。この点については、重要な財産の処分に関する判例(最判平成6年1月20日民集48巻1号1頁)によれば、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断することとなる。本問の事実関係(例えば、4000万円という工業用機械βの価額が甲社の総資産100億円に占める割合は0.4%にすぎないことや、甲社の内規では、5000万円以上の取引について取締役会の承認が必要とされており、これまでも5000万円未満の取引の承認が取締役会の議題とされたことはなかったことなど)を踏まえると、工業用機械βの購入が「重要な財産の〔中略〕譲受け」に該当すると解するのは、上記判例の判断基準を適用する限りは難しいであろう。
⑶ 次に、甲社としては、Aの行為は善管注意義務に違反するものであり、Aが「その任務を怠った」と主張することが考えられる。Aは、改めて甲社の取締役会で承認を得るものとされていたにもかかわらず、取締役会に諮ることなく工業用機械βを購入しており、一見すると、令和5年10月に開催された取締役会の決議に反する行為であるようにも見えるため、これをAの善管注意義務違反と評価することができるかが、本問の主要な論点である(本問では、この点に問題意識を持つことなく、経営判断原則について論ずることは求められていない。)。他方で、本問では、甲社に大きな利益をもたらすことが見込まれる乙社との供給契約を締結するためには、早急に工業用機械βを購入及び設置して質の良い試作品を製作する必要があったという事情も存在する。
そのため、Aの行為を善管注意義務違反と評価することができるかについて判断するに当たっては、代表取締役が業務執行を行うに際しては基本的には取締役会の決議に従わなければならないところ、①甲社の企業価値の維持・向上という観点からみて緊急性が高い場合には、一見すると取締役会の決議に反するように見える行為を行う余地が認められる場合があるか、また、②本問の事実関係の下で、緊急性があることを理由に事前に取締役会の承認を得なかったAの行為は、そのような場合であると評価することができるかなどが問題となる。結論としては、Aの責任を肯定する方向で検討することも、否定する方向で検討することも考えられるであろうが、いずれの立場であっても、本問の事実関係を丁寧に分析し、自らの結論との整合性について説得的に論ずることが求められる。
なお、Aの行為を善管注意義務違反と評価することができるかについて判断するに当たっては、工業用機械βを購入するというAの判断内容自体の合理性についても問題となり得るが、本問の事実関係の下では、判断内容自体の合理性を否定することは難しいであろう。
3 設問2について
⑴ 設問2は、取締役の報酬の総額の上限額を3億円とし、①各取締役の報酬の具体的な配分の決定を取締役会に一任する旨の株主総会の決議及び②各取締役の報酬の具体的な配分の決定を代表取締役であるAに再一任する旨の取締役会の決議に基づき、Aが自己の報酬額のみを2億円増額する旨の決定をしたという事例において、Aに対して当該決定をして増額した報酬を受領したことに係る責任を追及する甲社の立場において考えられる主張及-1 2-びその主張の当否の検討を求めるものである。
⑵ まず、甲社としては、①各取締役の報酬の具体的な配分の決定を取締役会に一任すること又は②これを代表取締役に再一任することは許容されないと主張することが考えられるが、株主総会では取締役の報酬の総額の上限額のみを定め、各取締役の報酬の具体的な配分の決定を取締役会に一任することは許容される(会社法第361条第1項に反しない)
と一般に解されており、①が許容されないと解するのは難しいであろう。まずは、その点を指摘した上で、②が許容されるかを検討することが必要となる。この点については、例えば、株主総会の決議で取締役の報酬の総額の上限額は定まっていることや、会社法施行規則第98条の5第6号の存在などを指摘して、②が許容されるとすることが考えられる。
これに対し、取締役会による代表取締役に対する監督機能が阻害されることなどを指摘して、 ②が許容されないとすることも考えられないではないが、 甲社では、 平成24年以降、各取締役の報酬の具体的な配分を毎年代表取締役に再一任しているため、再一任を否定する旨の主張をすることは自社の長年にわたる報酬実務を否定することになり、さらに令和5年度についてもA以外の取締役に対する報酬支払も不適法だとする主張となることを理解した上で、それが本問で検討が求められる「甲社の立場において考えられる主張」としてふさわしい内容かも考慮することが求められる。
⑶ 次に、甲社としては、各取締役の報酬の具体的な配分の決定を代表取締役に再一任することが許容されるとしても、自らの報酬額のみを2億円増額することを決定したAの行為は善管注意義務に違反するものであり、Aが「その任務を怠った」と主張することが考えられる。この点については、①そもそも代表取締役による具体的な報酬額の決定が善管注意義務違反を構成することがあり得るか、②善管注意義務違反を構成することがあり得るとしても、善管注意義務違反をどのような基準で判断するべきか(代表取締役に経営判断原則と同程度の広範な裁量を認めるべきか)、③本問の事実関係の下で、自らの報酬額のみを2億円増額することを決定したAの行為が善管注意義務違反と評価することができるかが問題となる。
①の点については、例えば、具体的な報酬額の決定は株主総会から委任を受けた取締役会の職務であり、取締役会から再一任を受けた代表取締役の職務であることなどを指摘して、代表取締役による具体的な報酬額の決定が善管注意義務違反を構成し得ることを肯定することも考えられるであろう。これに対し、会社法は取締役の報酬額の決定については株主総会の決議という手続規制を加えるにとどまることなどを指摘して、代表取締役による具体的な報酬額の決定が善管注意義務違反を構成し得ることを否定することも考えられるであろうが、この立場を採る場合であっても、定時株主総会においてAが報酬を増額すべき理由として株主に対してした説明と、自らの報酬のみを2億円増額するという行為の不整合について、これが善管注意義務違反(又は総会決議遵守義務違反)を構成するかについて、検討する必要がある。
②の点については、例えば、具体的な報酬額の決定には専門的・技術的判断が必要であることなどを指摘して、経営判断原則と同じ内容の判断枠組みによるべきとすることも考えられるであろう。これに対し、再一任を受けた代表取締役による自らの報酬額の決定の場面では自己の利益のために恣意的な決定をする危険があるという問題があることは否定できないことなどを指摘して、そのような判断枠組みによるべきではないとすることも十分に考えられる。いずれの立場を採用するにしても、自らが採用する判断枠組みと整合的な理由付けを適切に指摘することが求められる。
③の点については、②において自らが採用した判断枠組みに従い、本問の事実関係を丁寧に分析しつつ、自らの報酬額のみを2億円増額したAの決定が善管注意義務違反と評価することができるかについて、説得的に論ずることが求められる。また、どのような判断-1 3-枠組みを採用するとしても、定時株主総会においてAが報酬を増額すべき理由として株主に対してした説明と、自らの報酬のみを2億円増額するという行為の不整合(株主総会の決議で示された株主の合理的意思から逸脱した行為であるか)にも留意することが望ましい。ただし、この不整合をAの善管注意義務違反の判断における一要素として論ずるか、別途株主総会決議遵守義務違反として論ずるかは、いずれの構成もあり得るであろう。
なお、Aの行った報酬決定が定時株主総会においてAが株主に対してした説明と不整合であることから、そもそも定時株主総会におけるAの説明が虚偽のものであったと考える余地もある。この場合には、Aが虚偽の説明をしなければ株主総会決議がされなかったという関係性が認められれば、甲社はAの説明義務違反に基づく損害賠償請求をすることも考えられる。
4 設問3について
⑴ 設問3は、 甲社の総株主の議決権の約3.2%に相当する数の株式を保有していたGが、甲社に対して会計帳簿等の閲覧謄写請求(会社法第433条第1項)に係る訴えを提起したところ、当該訴えに係る訴訟の係属中に甲社が丙社に対して募集株式の発行をしたことにより、当該訴訟の口頭弁論終結時には、Gは甲社の総株主の議決権の約2.9%に相当する数の株式を保有することとなったという事例において、当該訴えに係る請求が認められるか否かの検討を求めるものである。
⑵ まず、本問の事実関係によれば、総株主の議決権の100分の3以上という少数株主要件以外の会計帳簿等の閲覧謄写請求の要件が満たされているか検討する必要がある。本問の事実関係によれば、会社法第433条第2項各号が定める会計帳簿等の閲覧謄写請求の拒絶事由は見いだし難く、また、Gによる請求の理由は具体的に明らかにされていると評価することができるであろう。
⑶ 次に、総株主の議決権の100分の3以上という少数株主要件について、これが訴えの提起の時点では充足されていたものの、口頭弁論終結時には充足されていなかったことがもたらす影響について検討する必要がある。
この少数株主要件は、会計帳簿等の閲覧謄写請求が認められるための要件であり、当該請求に係る訴えにおいて、事実審の口頭弁論終結時に充足されていることを要することが原則であることを指摘することが求められる。
もっとも、検査役の選任申立てに関するものではあるが、判例(最決平成18年9月28日民集60巻7号2634頁)の判示を踏まえると、訴え提起の時点では少数株主要件が充足されていたものの、その後の募集株式の発行によりこれが充足されないこととなった場合には、会計帳簿等の閲覧謄写請求に係る訴えを妨害する目的で募集株式の発行をしたなどの特段の事情がない限り、当該請求に係る訴えは棄却されると解することができ、このことを反対からみると、上記の「特段の事情」がある場合には、訴えの係属中に少数株主要件を充足しないこととなったときであっても、例外的に当該請求が認められるという立論をすることが可能であろう。このような判断枠組み(なお、判断枠組みとしては、上記の「特段の事情」の有無のほか、信義則違反によるものなども考えられ、具体的な判断枠組みを適切に論ずることができれば、同様に評価される。)を示した上で、本問の事実関係を丁寧に分析し、例外的に請求が認められる場合に該当するかについて説得的に論ずることが求められる。
なお、上記の法律構成とは異なり、株主が自ら株式を譲渡することにより少数株主要件が充足されなくなる場合と、募集株式の発行等の会社の行為により少数株主要件が充足されなくなる場合とで区別をし、後者の場合には会計帳簿等の閲覧謄写請求が認められるとする考え方もあり得、このような考え方を採るべき理由を示した上で、このような考え方を採る場合には、本問の事実関係では、甲社の募集株式の発行により少数株主要件が充足-1 4-されなくなる場合に当たることを指摘し、請求を認容するとの結論を導くこととなるであろう。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 甲社は、監査役Fが甲社を代表して(386条1項1号)、Aに対し、工業用機械βの購入につき、取締役の任務懈怠責任(423条1項)に基づき、損害賠償を請求するものである。同項の責任が認められるためには、①任務懈怠、②帰責事由、③損害、④任務懈怠と損害との因果関係が必要である。甲社の立場からは、任務懈怠の根拠として、次の二つの主張が考えられる。
2 主張1:取締役会決議を欠く「重要な財産の譲受け」(362条4項1号)としての法令違反
(1) 甲社は、工業用機械βの購入は「重要な財産の処分及び譲受け」に当たり、取締役会の決議を要するにもかかわらず、Aはこれを経ずに購入したから、法令に違反し、任務を怠ったと主張することが考えられる。取締役は法令を遵守する義務を負い(355条)、具体的な法令違反は直ちに任務懈怠となる。
(2) 「重要な財産」に当たるか否かは、当該財産の価額、その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきである(最判平成6年1月20日)。
(3) 本件では、工業用機械βの価額は4000万円であり、甲社の総資産額100億円に占める割合は0.4%にすぎない(本文1・2)。甲社の内規(職務権限規程)では5000万円以上の取引について取締役会の承認を要するものとされ、これまで5000万円未満の取引の承認が取締役会の議題とされたことはなかった(本文1)。工業用機械βは、乙社との供給契約に向けた設備投資として取得されるものであり、通常の事業活動の範囲内の取得である。もっとも、甲社は営業赤字が続いており(本文1)、βは汎用性がなく転用できないものであって(本文2)、取締役会でも4000万円は過大ではないかとの意見が出され、改めて承認を得るものとされていた(本文3)という事情はあるが、これらは金額・割合・従来の取扱いに照らして法令上の重要性を基礎付けるには足りない。
(4) よって、工業用機械βの購入は「重要な財産の譲受け」に当たらず、主張1は認められない。
3 主張2:善管注意義務違反
(1) 甲社は、Aが、令和5年10月の取締役会において工業用機械βの購入・設置については乙社との協議の結果を踏まえて改めて取締役会の承認を得るものとされていたにもかかわらず、取締役会に諮ることなくこれを購入したことが、善管注意義務(330条、民法644条)に違反し、任務を怠ったと主張することが考えられる。
(2) 判断枠組み
ア 取締役会設置会社において、代表取締役は、取締役会の決定した業務執行に関する事項に従って職務を執行する義務を負う(362条2項1号、363条1項)。したがって、取締役会が特定の業務執行について自らの承認を留保した場合、代表取締役がその承認を得ずに当該業務執行を行うことは、原則として善管注意義務に違反する。
イ もっとも、代表取締役は会社の企業価値の維持・向上のために職務を執行するものであり、取締役会の承認を得る時間的余裕がなく、承認を待てば会社が重大な利益を失う蓋然性が高く、かつ、取締役会の決議の趣旨に照らして承認が得られることが合理的に期待できる場合には、例外的に、事後承認を求めることを前提として先行して行為に及ぶことも許される余地がある。そのような場合に当たるか否かは、緊急性の程度、取締役会を招集して承認を得ることの可能性、取締役会決議の趣旨及び当該行為のリスクを総合して判断する。
(3) あてはめ
ア まず、緊急性について、乙社の担当者は、他社も検討対象としており契約できるのは1社だけであるとして、品質の良い試作品を急ぎ用意することを勧めた(本文4)から、時間的要素が契約獲得に影響する状況にはあった。しかし、具体的な期限が示されたわけではなく、供給契約の締結自体も、品質改善を前提とする協議の開始が約束されたにすぎず、βを購入すれば契約を獲得できる確実な見通しがあったわけではない。
イ 次に、取締役会の承認を得る可能性について、甲社の取締役は5名であり(本文1)、臨時の取締役会を招集することは容易であった(366条)。Aは、12月上旬に従業員のレポートを受け、同月中旬にβを購入し、同月下旬には取締役会が開催されている(本文4)。レポート受領後直ちに取締役会を招集すれば、購入前に承認の可否を諮ることは十分に可能であり、仮に下旬の取締役会を待ったとしても、その1〜2週間の遅れが乙社との契約の機会を失わせたとは認め難い。
ウ さらに、取締役会決議の趣旨についてみると、10月の取締役会では、社外取締役Eが、βは転用できないから購入前に乙社と供給契約の内容を確認し、不測の損害を被らないよう最善の注意を尽くすべきであると述べ、B、C及びDもこれに賛同して、協議の結果を踏まえて改めて承認を得るものとされた(本文3)。すなわち、取締役会は、βの転用不能性に着目し、契約内容が確認されるまで購入を控えることを明示的に決定していたのである。ところが、11月の協議では、乙社は試作品の品質に難色を示し、供給契約の内容を協議する段階にすら至らなかった(本文4)のであるから、取締役会が承認の前提とした状況は満たされておらず、むしろβを購入しても契約を獲得できないリスクが顕在化していた。Aは、乙社との契約の重要性、内規上5000万円未満であること、Eの発言を考慮してもなお事後承認が得られると考えた(本文4)が、内規の一般的基準は、取締役会が個別に承認を留保した事項については妥当せず、Eの発言はまさに契約内容の確認前の購入を戒めるものであったから、承認が得られると期待することは合理的でない。現に、12月下旬の取締役会では事後承認が拒否された(本文4)。
エ なお、βを購入して品質の高い試作品を製作するというAの判断内容自体は、従業員のレポートに基づくものであり、乙社との契約獲得の可能性を高める手段として不合理とはいえない。しかし、本件で問題となるのは判断内容の合理性ではなく、取締役会が留保した承認を得ずに実行した手続面の義務違反である。
(4) よって、Aの行為は、取締役会の承認を得ずに行うことが例外的に許される場合に当たらず、善管注意義務に違反し、任務懈怠に当たる。Aは取締役会の決定を認識しながらあえて購入したのであるから、帰責事由(故意又は過失)も認められる。
4 損害及び因果関係
乙社は令和6年1月に他社と契約した旨を連絡し、βは使われないまま保管されており(本文5)、転用できない以上、その購入代金4000万円は甲社にとって無価値な支出となった。Aが取締役会に諮っていれば、前記取締役会決議の趣旨及び12月下旬の取締役会での非難(本文4)に照らし、購入は承認されなかった蓋然性が高い。よって、Aの任務懈怠と4000万円(βの残存価値があればこれを控除した額)の損害との間に因果関係が認められる。
5 結論
甲社の主張のうち、主張1は認められないが、主張2は認められ、Aは、甲社に対し、423条1項に基づき、βの購入代金相当額の損害を賠償する責任を負う。
第2 設問2
1 甲社は、Fが甲社を代表して、Aが本件報酬額決定をして増額分2億円を受領したことについて、423条1項の責任を追及するものである。
2 主張1:取締役会への一任及び代表取締役への再一任の違法
(1) 甲社は、各取締役の報酬の具体的な配分を取締役会に一任し、さらに代表取締役に再一任することは361条1項に反し許されず、本件報酬額決定は無効であり、Aは法律上の原因なく2億円を受領したと主張することが考えられる。
(2) 361条1項の趣旨は、取締役が自らの報酬を決定することによるお手盛りを防止する点にある。株主総会が報酬の総額の上限を定めれば、会社の負担は確定し、お手盛りの弊害は防止されるから、各取締役への配分を取締役会に一任することは同項に反しない(最判昭和60年3月26日)。よって、取締役会への一任が許されないとの主張は認められない。
(3) 次に、取締役会から代表取締役への再一任については、取締役会による代表取締役の監督機能が害されるとしてこれを否定する考え方もある。しかし、株主総会決議によって総額の上限が確定している以上、会社の負担の観点からは再一任によって新たな弊害は生じない。また、会社法施行規則98条の5第6号は、取締役会が報酬の決定を取締役に委任することを前提とする規定であり、法令も再一任を想定している。よって、再一任自体は許容されると解する。加えて、甲社は平成24年以降毎年再一任を行ってきたのであり(本文6)、再一任の違法を主張することは自社の長年の報酬実務を否定し、令和5年度のA以外の取締役への報酬支払も不適法とする結果を招くから、甲社の立場においてふさわしい主張ともいえない。
(4) したがって、主張1は認められない。
3 主張2:善管注意義務違反・株主総会決議遵守義務違反
(1) 甲社は、再一任が許容されるとしても、自らの報酬のみを2億円増額する本件報酬額決定をしたAの行為は、善管注意義務(330条、民法644条)及び株主総会決議遵守義務(355条)に違反し、任務懈怠に当たると主張することが考えられる。
(2) 代表取締役による報酬配分の決定が善管注意義務違反を構成しうるか
具体的な報酬額の決定は、本来株主総会の権限に属する事項であり、取締役会はその委任を受けて、さらに代表取締役は取締役会の再委任を受けて、会社の職務としてこれを行うものである。したがって、再一任を受けた代表取締役は、株主総会決議及び取締役会決議の趣旨に従い、会社の利益のために善良な管理者の注意をもって配分を決定する義務を負い、その裁量を逸脱した決定は善管注意義務違反を構成しうる。会社法が報酬について株主総会決議という手続規制を設けるにとどまることは、委任を受けた者の裁量が無制限であることを意味しない。
(3) 判断枠組み
経営上の判断については、判断の過程及び内容に著しく不合理な点がない限り善管注意義務違反とならない(経営判断原則)。しかし、再一任を受けた代表取締役が自己の報酬額を決定する場面では、自己の利益のために恣意的な決定をする危険が構造的に存在し、株主総会決議によるお手盛り防止の趣旨が及ぶべき場面であるから、経営判断原則と同程度の広範な裁量を認めるべきではない。この場面では、当該決定が、株主総会決議に示された株主の合理的意思及び取締役会の委任の趣旨の範囲内にあり、かつ、その内容が各取締役の職責・貢献等に照らして合理的といえるかを審査すべきである。
(4) あてはめ
ア 本件議案を可決した定時株主総会において、Aは、営業赤字の中でなぜ増額が必要かとの株主の質問に対し、上限増額の理由として、優秀な人材を獲得して取締役に就任してもらう必要があること、及び現在の取締役の勤労意欲の向上を図る必要があることを説明した(本文8)。株主は、この説明を前提として上限額3億円を承認したのであるから、株主総会決議に示された株主の合理的意思は、新たな人材の獲得と取締役全体の勤労意欲向上のために報酬総額の上限を引き上げるというものであった。本件議案の上程を可決した取締役会(本文7)及び翌日にAに再一任した取締役会(本文9)も、同じ理由による上限増額を前提としていたのであるから、再一任の趣旨も、この目的に沿った配分を予定するものであった。
イ ところが、Aは、新たな取締役を獲得することなく、他の取締役の報酬を前年度と同額に据え置いたまま、自らの報酬のみを3000万円から2億3000万円へと2億円増額した(本文10)。令和4年度の報酬総額は上限と同額の1億円であり(本文6)、本件報酬額決定後の総額は新たな上限と同額の3億円となるから、Aは上限増額分2億円の全部を自らの報酬に充て、優秀な人材の獲得に用いる枠を一切残していない。これは、Aが株主に説明した増額理由のいずれにも合致せず、株主総会決議に示された株主の合理的意思から明らかに逸脱する。また、甲社は営業赤字が続いており(本文1)、Aの職責や貢献を考慮しても、自らの報酬のみを約7.7倍に増額することを正当化する事情はない。
ウ さらに、Aは、報酬支払事務を外部に委託して報酬額を従業員に知られないようにし、増額後の報酬額を他の取締役に明らかにせず、取締役会にも報告しなかったため、令和6年5月の有価証券報告書の案文で判明するまで他の取締役や監査役に気付かれなかった(本文10・11)。決定の過程において取締役会による監督を回避する隠蔽的行動をとったことは、本件報酬額決定が正当性を欠くことをA自身が認識していたことを示す。
エ よって、本件報酬額決定は、株主総会決議に示された株主の合理的意思及び取締役会の委任の趣旨を逸脱し、恣意的なものであって、善管注意義務及び株主総会決議遵守義務に違反する。Aには故意が認められる。
(5) 損害及び因果関係
甲社は、本件報酬額決定に基づき、Aに対し増額分2億円を支払っており、これが損害である。適正な決定がされていれば増額はされなかったから、因果関係も認められる。なお、本件報酬額決定が上限額の範囲内であり株主総会決議に形式的に反しないとしても、任務懈怠に基づく損害賠償責任は免れない。
(6) なお、Aが株主総会においてした説明が当初から真実に反するものであったとすれば、Aは説明義務(314条)に違反したものであり、虚偽の説明がなければ本件議案が可決されなかったという関係が認められる限り、甲社は、説明義務違反を理由とする任務懈怠責任を追及することも考えられる。
4 結論
甲社の主張のうち、主張1は認められないが、主張2は認められ、Aは、甲社に対し、423条1項に基づき、2億円の損害を賠償する責任を負う。
第3 設問3
1 本件請求は、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写の請求(433条1項)である。その要件は、①総株主の議決権の100分の3以上の議決権又は発行済株式の100分の3以上の数の株式を有する株主であること、②請求の理由を明らかにしてすること、③433条2項各号の拒絶事由がないことである。
2 請求の理由の明示
請求の理由は、会社が拒絶事由の有無を判断し、閲覧対象を特定できる程度に具体的に記載されることを要するが、その理由を基礎付ける事実の立証までは要しない(最判平成2年11月8日)。Gは、令和5年7月から9月までの期間に甲社が海外調査費用として支出した金銭の使途を調査する目的を明示して本件請求をしており(本文13)、対象期間及び費目が特定され、甲社の従業員から得たAの親族の語学留学費用が甲社に負担させられた疑いという具体的根拠もある。よって、②を満たす。
3 拒絶事由の不存在
Gの目的は、Aの不正支出を調査し、株主代表訴訟(847条)の提起を検討することにあり、株主の権利の確保又は行使に関する調査目的である(433条2項1号に該当しない)。会社業務の運営の妨害や株主共同の利益を害する目的はうかがわれない(同項2号)。Gは不動産収入で生計を立て、自ら営業を行わず、甲社と競合する会社の株式等も保有していない(本文12)から、競業者に当たらない(同項3号)。利益を得て第三者に通報する目的や過去2年内の通報の事実もない(同項4号・5号)。よって、③を満たす。
4 少数株主要件
(1) Gは、本件請求及び訴え提起の時点(令和6年4月)では総株主の議決権の約3.2%を保有していたが、本件増資により、同年5月末日以降は約2.9%となり、事実審の口頭弁論終結時(令和7年3月)までその状態が続いた(本文12・15)。
(2) 少数株主要件は、閲覧謄写請求権が認められるための実体的要件であるから、これを求める訴えにおいては、事実審の口頭弁論終結時において充足されていることを要するのが原則である。株主が自ら株式を譲渡した場合はもちろん、募集株式の発行により持株比率が低下した場合も、原則として要件を欠くに至る。
(3) もっとも、判例は、検査役選任の申立て(358条)について、申立て後に募集株式の発行により持株要件を欠くに至った場合、会社が当該申立てを妨害する目的で募集株式の発行をしたなどの特段の事情がない限り、申立ては不適法となるとする(最決平成18年9月28日)。この判断枠組みは、同じく少数株主権である会計帳簿閲覧謄写請求にも妥当し、会社が訴えを妨害する目的で募集株式を発行したなどの特段の事情がある場合には、会社が自ら作出した要件欠缺を主張することは信義則に反し許されず、例外的に請求が認められると解すべきである。
(4) 本件では、本件増資は、事業継続のための緊急の資金が必要であることを理由とするものであったが、当時の甲社は、経営状態の悪化はあったものの、特に使う当てのない多額の預貯金を有しており、緊急の資金が必要な状態にはなかった(本文14)。本件増資を決定した取締役会において終始議論を主導したのは、本件請求の対象である海外調査費用の不正支出の疑いを持たれ、Gの意図を察知して本件請求を拒絶させた当のAであった(本文13・14)。本件増資は、本件請求に係る訴えの提起(令和6年4月)の翌月に決定・実行されており、割当先は甲社と長年付き合いのある友好的な丙社であり、その規模は発行済株式総数の10%であって、これによりGの持株比率は3%をわずかに下回ることとなった(本文14・15)。これらの事情を総合すれば、本件増資は、Gの本件請求に係る訴えを妨害する目的でされたものと認められ、特段の事情がある。
(5) なお、本件増資は払込金額を時価とし公示を経て効力を生じており、その効力を争う訴えも提起期間内に提起されていない(本文14・15、828条1項2号参照)から、本件増資自体は有効である。しかし、本件増資の効力と、会社が妨害目的で作出した要件欠缺をGに対して主張できるかとは別問題であり、Gが差止請求(210条)や無効の訴えを提起しなかったことは、特段の事情の認定を妨げない。また、Gは長年の株主であり自ら株式を手放したものではなく(本文12)、要件を欠くに至ったのは専ら会社側の行為によるものであるから、会社の行為によって要件を欠くに至った場合には請求を妨げないとする考え方によっても、結論は同様である。
(6) よって、Gは、口頭弁論終結時に少数株主要件を欠くに至ったものの、例外的に、本件請求は認められる。
5 結論
本件請求は、その余の要件をいずれも満たし、少数株主要件についても前記の特段の事情が認められるから、認められる。
以上