司法試験 令和5年 商法
問題文
(配点:100〔〔設問1〕及び〔設問2〕の配点の割合は、40:60〕)
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、試験時に施行されている法令に基づいて答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、Aが個人事業として始めた工務店が昭和60年頃に法人成りしたものであって、会社法上の公開会社ではなく、取締役会及び監査役を置いている。
甲社の定款には、①取締役の任期を選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする旨の定め及び②譲渡による甲社の株式の取得について甲社の取締役会の承認を要する旨の定めがあり、役員を選任する株主総会の決議の定足数に関する定めはない。甲社は、種類株式発行会社ではなく、設立以来、Aがその発行済株式6万株の全部を保有していた。甲社の取締役は、Aのほか、いずれも甲社の従業員であったB、C及びDの合計4名であり、代表取締役は、Aであった。
2.甲社は、平成29年春頃、創業以来取引関係にあった乙株式会社(以下「乙社」という。)に対して3000万円の買掛金債務(以下「本件債務」という。)を負った。本件債務の履行期は、平成30年5月31日であった。
3.Aは、平成29年夏頃、Aの住居に隣接する土地(以下「本件土地」という。)を所有するEとの間でトラブルとなり、それを解決するため、Eから本件土地を買い取るよう要求されるようになった。Aは、そのような要求に応じる義務はないと考えたが、今後平穏に暮らしていくためにはEとの関係を断つのがよいと考え、Eの要求に応じることにした。Aは、自身で本件土地を買い取るための資金を調達することは難しいと考え、甲社に本件土地を買い取らせることにした。
4.Eは、本件土地の代金として5000万円を提示してきたので、Aは、その金額で本件土地を買い取ることにした。もっとも、近隣の不動産の相場に照らせば、当時の本件土地の評価額は高く見積もっても1000万円程度であり、Aもそのことを知っていた。Aは、平成29年10月2日、甲社を代表して、Eとの間で、本件土地を5000万円で購入する契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、本件土地の所有権移転登記手続を受けるのと引換えに代金5000万円を支払った。なお、甲社においては、本件売買契約の締結に先立ち、取締役会の決議等の会社法所定の手続が行われた。
本件売買契約の代金5000万円は、甲社の定期預金(以下「本件定期預金」という。)を取り崩すことで賄われた。また、本件土地は、本件売買契約後も甲社で利用されることなく放置されていた。
5.Aの妹であるFは、外国に居住していたが、平成29年末頃、その配偶者であるGと共に帰国した。Gのことが気に入ったAは、今後Gと共に甲社を経営していくことを見据え、平成30年1月中旬頃、甲社の取締役会の承認を得て、Gに甲社の株式1万株を譲渡し、その旨の株主名簿の名義書換が行われた。その後、Gは、本件土地が甲社の名義であるにもかかわらず活用されていないことに疑問を持ち、甲社の従業員にそれとなく尋ねてみたところ、上記3及び4の事実を知った。
〔設問1〕下記の小問に答えなさい。
〔小問1〕Gは、平成30年末頃、Aに対し、本件売買契約を締結したことにより甲社に4000万円の損害が生じたと主張して、会社法第423条第1項に基づく損害賠償を請求する責任追及等の訴えを適法に提起した。この請求が認められるか否かについて、Aの立場において考えられる反論及びその当否を検討した上で、論じなさい。
なお、本小問においては、甲社の経営は順調であり、本件売買契約の締結後も、その運転資金が枯渇することはなく、近い将来に甲社が資金繰りに困ることが予想される状態ではなかったものとする。
〔小問2〕乙社は、甲社が本件債務を履行しなかったことから、平成30年末頃、Aに対し、本件債務の額に相当する3000万円を損害として会社法第429条第1項に基づく損害賠償を請求する訴えを適法に提起した。この請求が認められるか否かについて、論じなさい。
なお、本小問においては、次のような事実があったものとする。
① 甲社は、平成27年頃からその営業利益が減少し始めたものの、平成29年春頃の時点では運転資金が枯渇するような状態ではなかった。
② Aは、本件債務の発生当時、本件債務を含む甲社の債務の履行のための運転資金が足りなくなれば、本件定期預金を取り崩すか担保に入れることにより対応することを予定していた。
③ 甲社は、本件売買契約に基づく代金の支払により実質的な債務超過に陥り、また、本件土地には担保的価値がないために短期の融資を受けることもできず、平成30年5月頃には事業活動を継続することができなくなった。
下記6以下においては、上記2から5までの事実は存在しないことを前提として、〔設問2〕に答えなさい。
6.Aは、令和元年秋頃、高齢を理由に甲社の代表取締役を辞任し、甲社の創業以来従業員としてAを支えたBにその地位を譲ることにした。AがBにそのことを相談したところ、Bは、Aに対し、甲社の代表取締役に就任することを引き受ける条件として甲社の株式の一部を譲り受けたいと述べた。Aは、その申出に応じることとし、Bと共に甲社を支えてきたC及びDにも甲社の株式の一部を譲り渡すことにした。Bは、同年12月16日に開催された取締役会において、後任の代表取締役として選定され、Aは、同日、甲社の取締役会の承認を得て、Bに甲社の株式1万株を、C及びDに甲社の株式各5000株を譲渡し、その旨の株主名簿の名義書換が行われた。
その結果、甲社の株主及びその保有株式数は、Aが4万株、Bが1万株、C及びDが各5000株となった。
7. 令和2年12月13日、Aが死亡した。Aの相続人は、HとI(いずれもAの子である。)であり、Aの保有する甲社の株式4万株は、H及びIが法定相続分である2分の1ずつの割合で準共有することとなった(以下この株式を「本件準共有株式」という。)。HとIは、遺産分割協議をしたが、対立点が多く、本件準共有株式についての権利を行使する者の指定も含めて、何一つ合意することができないでいた。
8.Bは、令和3年6月25日に開催する甲社の定時株主総会(以下「本件株主総会1」という。)
を招集するに当たり、B、C及びDのほか、取りあえずH及びIの両名にも、会社法所定の日までにその招集通知を発した。
令和3年6月25日、本件株主総会1が開催され、任期満了となる取締役B、C及びDの後任となる取締役の選任が議題とされた。本件株主総会1の会場には、B、C、D及びHは来場したが、Iは姿を現さなかった。議長を務めるBは、本件株主総会1においてHが本件準共有株式の全部について議決権を行使することについて、甲社を代表して同意した。B、C、D及びHの賛成により、取締役としてB、H及びJを選任する旨の決議(以下「本件決議1」という。)がされた。
そして、その後の取締役会において、Jが代表取締役に選定された。
9.Iは、令和3年9月15日、本件決議1の取消しの訴え(以下「本件訴え」という。)を提起した。
10.Jは、令和5年6月23日に開催する甲社の定時株主総会(以下「本件株主総会2」という。)
を招集するに当たり、依然として、HとIが本件準共有株式について何一つ合意することができないでいたため、B、C及びDのほか、取りあえずH及びIの両名にも、会社法所定の日までにその招集通知を発した。
11.本件訴えに係る訴訟係属中の令和5年6月23日、本件株主総会2が開催され、取締役の選任が議題とされた。本件株主総会2の会場には、B及びHは来場したが、C、D及びIは姿を現さなかった。議長を務めるJは、本件株主総会2においてHが本件準共有株式の全部について議決権を行使することについて、甲社を代表して同意した。B及びHの賛成により、取締役としてB、H及びJを選任する旨の決議(以下「本件決議2」という。)がされた。
〔設問2〕下記の小問に答えなさい。
〔小問1〕本件訴えに係るIの原告適格及び訴えの利益の有無並びに本件訴えに係る請求が認められるか否かについて、論じなさい。
〔小問2〕本小問においては、上記8、10及び11の事実がいずれも次のような事実であったものとする。
この場合における本件訴えに係る訴えの利益の有無について、論じなさい。
① 上記8の事実について、本件決議1は、B、C及びDを取締役に再任するというものであり、Bがその後の取締役会において代表取締役に選定されたものであった。
② 上記10の事実について、Bが、甲社の代表取締役として本件株主総会2を招集したものであった。
③ 上記11の事実について、本件株主総会2の会場には、B、H及びIは来場したが、C及びDは姿を現さず、議長を務めるBが甲社を代表して行った同意に基づき、H及びIが本件準共有株式の全部について議決権を共同で行使し、B、H及びIの賛成により、取締役としてB、H及びK(Kは、Iの配偶者である。)を選任する旨の本件決議2がされたものであった。
論文式試験問題集[民事系科目第3問][民事系科目]
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
1 本問は、公開会社でない取締役会設置会社において、①唯一の株主であり、かつ、代表取締役でもある者が代表取締役として行った行為について、その者の会社法第423条第1項に基づく損害賠償責任及び会社法第429条第1項に基づく損害賠償責任の有無を検討すること(設問1)、②権利行使者の指定のない共有株式につき議決権が行使された株主総会決議の効力を、当該株式を共有する者が当該株主総会決議の取消しの訴えを提起することの適法性(原告適格及び訴えの利益の有無)とともに検討すること(設問2)を求めるものである。いずれについても、会社法上の重要な制度や判例に関する基本的な理解を前提に、問題点を適切に分析した上で、具体的な事実関係に応じて結論を導き出すことができるか否かを 問うものである。
2⑴ 設問1は、甲社の唯一の株主であり、かつ、代表取締役であるAが、甲社の代表取締役として本件売買契約を締結したことについて、その法的責任の有無を問うものである。小問1においては、その後に株主となったGが会社法第423条第1項に基づく損害賠償を請求する責任追及等の訴えを提起した場合、小問2においては、債権者である乙社が会社法第429条第1項に基づく損害賠償を請求する訴えを提起した場合において、Aの損害賠償責任が認められるか否かを検討することが求められるものであるが、特に任務懈怠の 有無については、各小問を通じて整合的な検討をすることが望ましい。
⑵ 小問1においては、まず、本問の事実関係の下で、会社法第423条第1項の損害賠償責任が認められるための要件に沿って検討することが求められる(なお、問題文に「会社法第423条第1項に基づく損害賠償を請求する責任追及等の訴えを適法に提起した」と記載されていることから、Gが責任追及等の訴えを提起するための訴訟要件について検討する必要はない。)。 その中でも特に問題となるのが、任務懈怠の有無である。小問1においては、本件売買契約を締結することは、甲社の唯一の株主の意向に沿ったものであるから、そのような場合にも任務懈怠があるといってよいのかについて、取締役が負う善管注意義務又は忠実義務の本質に触れつつ、検討することが求められる。これらの義務の内容について、株主の経済的利益を最大化するという観点から考えるのであれば、小問1においては任務懈怠を否定する方向に傾くことになろうが、これとは異なる考え方やこのような方向を修正すべ き要素があると考えるのであれば、その点も含めて的確に論ずることが求められる。
さらに、小問1においては、Aの立場において考えられる反論及びその当否についての検討も求められる。Aの立場からすると、上記のように、取締役が負う善管注意義務又は忠実義務の内容について、株主の経済的利益を最大化するという観点から考えるべきであることを前提に、自らが唯一の株主であったことを理由に任務懈怠がなかったと主張することが考えられるため、この点について的確に論ずることが求められる。また、それ以外にも、Aとしては、自らが唯一の株主であったことから、免除(会社法第424条)があったと主張することも考えられることから、その点についても検討することが望ましい。
その場合には、問題文からは免除に関する明示的な意思表示があったとはいえず、また、Gが責任追及等の訴えを提起していることに鑑み、AがGに対して甲社の株式を譲渡する前に免除に関する黙示の意思表示があったといえるか否かという観点から検討することが できると、なお望ましい。
ところで、小問1において、利益相反取引である間接取引(会社法第356条第1項第3号)の該当性を検討する場合であっても、それが肯定されることによって任務懈怠が推定されるにすぎないことから(会社法第423条第3項)、Aの立場において考えられる反論及びその当否として、上記の各点について検討することが求められることになる(任務懈怠責任の有無を検討するに当たって重要なのは上記の各点について検討することであり、間接取引の該当性を検討する場合であっても、そのことを踏まえて論ずることが求められる。)。なお、問題文に「甲社においては、本件売買契約の締結に先立ち、取締役会の決議等の会社法所定の手続が行われた」と記載されていることから、手続的な規制につい て検討する必要はない。
⑶ 次に、小問2であるが、小問2においても、まず、本問の事実関係の下で、会社法第429条第1項の損害賠償責任が認められるための要件に沿って検討することが求められ る。
ここでも、特に問題となる点は、小問1と同様である。会社法第429条第1項に基づく損害賠償責任の性質については、諸説があるが、判例(最判昭和44年11月26日民集23巻11号2150頁参照)によれば、株式会社に対する任務懈怠についての悪意又は重過失の有無が問われることとなる。その上で、小問2においては、本件売買契約を締結したことが甲社の唯一の株主の意向に沿ったものではあるものの、それによって経営に悪影響が生じ、債務の弁済にも支障を来す程度に財務状態が悪化したことなどの小問1の事実関係とは異なる点に留意して検討することになる。小問1の事実関係とは異なる点を重視すると、任務懈怠を肯定する方向に傾くことになろうが、その場合には、取締役が負う善管注意義務又は忠実義務の内容について株主の経済的利益を最大化するという観点から考えるべきであるという考え方によっているのであれば、そのこととの整合性をどのよ うに考えるのかという点にも配慮しながら論ずるのが望ましい。
⑷ どのような考え方によるにせよ、各小問を検討するに当たり、整合性に意識しながら検討することが望ましい。例えば、小問1において任務懈怠を否定し、小問2において任務懈怠を肯定するのであれば、結論を異にする理由を意識しながら検討することが望ましい。
実務においては、各小問のように、一人会社においてその唯一の株主自身が取締役として行った行為や唯一の株主の事実上の同意の下で行われた行為に係る任務懈怠の有無が問題となることは多く、参考となる下級審の裁判例も見られるところであり、より実務的な観点から、事例解析能力、論理的思考力、会社法に関する基本的な理解並びに法令の解釈及 び適用の能力等を試そうとするものである。
3⑴ 設問2は、共有株式につき、権利行使者の指定もなく、共有者間で何一つ合意がされていない状況において、共有者の一人によって株主総会で議決権が行使された結果、取締役を選任する旨の決議がされた場合に、その決議の効力について、他の共有者がその決議の取消しの訴えを提起することの適法性とともに検討することを求めるものである。具体的には、問題文に指摘されているところに従い、株主総会決議の取消しの訴えを提起することの適法性として原告適格及び訴えの利益の有無を検討するとともに、株主総会決議の取 消しの訴えに係る請求が認められるか否かについて検討することになる。
⑵ まず、原告適格(小問1)については、権利行使者としての指定を受けてその旨を株式会社に通知していないときは、特段の事情がない限り、原告適格を有しないという判例(最判平成2年12月4日民集44巻9号1165頁参照)の考え方を踏まえつつ、検討することが求められる。判例のように、原則として原告適格が認められないとした上で、特段の事情の有無を検討することも考えられるし、判例とは異なる考え方に立って検討することも考えられるが、いずれにしても、権利行使者の指定がないことによって原告適格の有 無が問題となることを理解していることが求められる。
⑶ 次に、訴えの利益(小問1及び小問2)についてであるが、小問1と小問2を通じて、株主総会決議につきいわゆる瑕疵の連鎖がある場合にどのように考えるのかという点についての理解を問うものである。まず、株主総会決議の取消しの訴えは、形成の訴えであり、原告適格が認められる者は訴えの利益を有するのが通常であるものの、その後の事情の変化によって訴えの利益を欠くことがあり得るところ、取締役を選任する株主総会決議の取消し訴えの係属中に、その決議に基づいて選任された取締役が全て任期満了によって退任し、その後の株主総会決議によって新たな取締役が選任されたときは、特段の事情のない限り、訴えの利益を欠くに至るという判例(最判昭和45年4月2日民集24巻4号223頁参照)の考え方を前提とすると、本件決議1に基づいて選任された取締役は、本件株主総会2の終結時に任期満了によって退任することになるため、本件訴えについては、特 段の事情のない限り、訴えの利益を欠くことになると考えられるところである。
これを踏まえ、小問1及び小問2の事実関係を下に、更に具体的に検討することが求められる。小問1においては、本件決議1が取り消されると、本件決議1に基づいて選任された取締役によって構成される取締役会による代表取締役の選定も遡って無効になるため、本件株主総会2はその招集手続に瑕疵があることとなり、本件決議1の瑕疵が連鎖するものといえることから、この点を適切に評価し、訴えの利益を欠くことになるのか否かを検討することになろう(この点については、最判令和2年9月3日民集74巻6号1557頁を参考にすることが考えられる。)。これに対し、小問2においては、本件決議1がB、C及びDを取締役に再任するものであったことからすると、本件決議1が取り消されても、B、C又はDは、会社法第346条第1項又は第351条第1項の規定により取締役又は代表取締役としての権利義務を有することになるなどの事情を適切に評価し(例えば、本件株主総会2の招集手続に瑕疵があることにはならず、本件決議1の瑕疵が連鎖するものとはいえないなど)、訴えの利益を欠くことになるのか否かを検討することになろ う。
⑷ 最後に、株主総会決議取消しの訴えに係る請求が認められるか否か(小問1)であるが、この点については、共有株式について会社法第106条本文の規定に基づく権利行使者の指定及び通知を欠いたまま当該株式についての権利が行使された場合において、当該権利の行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは、株式会社が同条ただし書の同意をしても、当該権利の行使は、適法となるものではないという判例(最判平成27年2月19日民集69巻1号25頁参照)の考え方を踏まえつつ、検討することが求められる。さらに、同判例は、共有株式についての議決権の行使は、当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し、又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り、株式の管理に関する行為として、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決せられるとしていることから、判例と同様の考え方による場合には、本件準共有株式につき、HとIとの間で何一つ合意がされていない以上、Hによる議決権の行使は適法ではなかったことになるものと考えられる。それ以外にも、Hによる議決権の行使を保存行為とする考え方や、そもそも判例とは異なる考え方に立って検討することも考えられるが、いずれにしても、会社法第106条本文及び同条ただし書の関係及び内容についての正しい理解と適切な解釈論を示すことが求められる。その上で、決議取消事由(会社法第831条第1項第1号)の該当性を検討することになる(定足数に満たないことになる、又は議決権の取扱いに違法があるなど)。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1小問1
1 任務懈怠
取締役がその任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(会社法423条1項)。「任務を怠った」とは、取締役が会社に対して負う善管注意義務(330条、民法644条)又は忠実義務(会社法355条)に違反したことをいう。
まず、本件売買契約は、Aの個人的な紛争の相手方であるEとの間で甲社が締結したものであり、これによってAはEから本件土地を買い取るよう要求される負担を免れる。したがって、会社と取締役Aとの利益が相反する取引(356条1項3号)に当たる。利益相反取引により会社に損害が生じた場合には、当該取引をした取締役について任務懈怠が推定される(423条3項)。もっとも、推定は反証により覆り得るから、以下実質的に検討する。
本件土地の評価額は、当時の近隣の不動産の相場に照らし高く見積もっても1000万円程度であり、Aもこれを知っていた。それにもかかわらずAは、その5倍に当たる5000万円で本件土地を購入したのであって、対価は著しく不相当である。
しかも、Aが本件土地を取得したのは、甲社の事業上の必要からではなく、Eとのトラブルを解決して今後平穏に暮らすというA個人の目的のためである。Aは自ら本件土地を買い取るための資金調達が難しいと考え、その負担を甲社に転嫁したにすぎない。現に本件土地は本件売買契約後も甲社で利用されることなく放置されている。
さらにAは、その代金を甲社の定期預金を取り崩して賄っており、会社の流動資産を減少させている。
以上によれば、本件売買契約の締結は、会社の利益を犠牲にして自己の利益を図るものであって、善管注意義務及び忠実義務に違反する。取締役の経営上の判断には一定の裁量が認められるが、Aは評価額を認識しながら5倍の価格で、しかも事業上の必要もない資産を取得したのであって、判断の前提事実の認識及び意思決定の内容のいずれにも著しく不合理な点があるから、経営判断原則によっても正当化されない。
2 Aの反論
⑴ 唯一の株主の意向に沿うものであるとの反論
Aは、本件売買契約の当時、甲社の発行済株式6万株の全部を保有する唯一の株主であったから、取締役の義務は株主の経済的利益を最大化することに尽きるのであって、唯一の株主である自らの意向に沿った本件売買契約について任務懈怠はないと反論することが考えられる。
しかし、取締役の善管注意義務及び忠実義務は、「株式会社に対して」負うものである(330条、355条)。会社は株主とは別個の法人格を有し、その財産は会社債権者に対する唯一の担保であって、株主は残余財産についてのみ利益を有するにすぎない。したがって、株主の利益の最大化という視点も、会社財産の維持という制約の下でのみ妥当する。
また、423条1項の責任は会社に対する責任であり、その免除には総株主の同意という厳格な手続が要求されている(424条)。これは、株主の意向が事実上存在することをもって当然に責任が発生しないとする解釈を排するものである。もしAの反論を認めれば、一人会社の取締役は会社財産をいかに費消しても責任を負わないことになり、本件のように後に株式が譲渡された場合に新株主の利益も害される。
よってこの反論は認められない。
⑵ 責任の免除があるとの反論
Aは、当時唯一の株主であった自らが本件売買契約を締結したのであるから、黙示に責任を免除した(424条)と反論することが考えられる。
424条の免除は、既に発生した責任を免れさせる意思表示であり、黙示にすることも可能である。しかし、責任の発生原因となる行為をしたこと自体から当然に免除の意思表示があったと認めることはできない。そのように解すれば、取締役が株主である場合に423条1項の規律が無意味となるからである。
本件では、免除に関する明示の意思表示はなく、Aが自己の任務懈怠責任を認識した上でこれを免除する意思を表示したと認めるべき事情もない。そして、Aは平成30年1月中旬にGに1万株を譲渡しており、それ以降は総株主の同意を得ることもできない。
よってこの反論も認められない。
3 損害及び結論
甲社は、1000万円程度の価値しかない本件土地を取得するために5000万円を支出したのであるから、その差額である4000万円の損害を受けた。これはAの任務懈怠と相当因果関係のある損害である。
よってGの請求は認められる。
第2 設問1小問2
1 429条1項の責任の性質
役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う(429条1項)。
同項は、株式会社が経済社会において重要な地位を占め、その活動が取締役の職務執行に依存することに鑑み、第三者を保護するために特別に認められた法定責任である。したがって、取締役が会社に対する義務に違反し、これについて悪意又は重大な過失がある場合に、任務懈怠と第三者の損害との間に相当因果関係がある限り、直接損害か間接損害かを問わず責任を負う(最大判昭和44年11月26日)。
すなわち、悪意又は重大な過失は、会社に対する任務懈怠について要求される。
2 任務懈怠及び悪意
小問1で述べたとおり、Aは、評価額1000万円程度の本件土地を5000万円で、甲社の事業上の必要もなく、専ら自己の私的な紛争の解決のために取得したのであり、善管注意義務及び忠実義務に違反する。
小問2では、さらに次の事情が加わる。甲社は平成27年頃から営業利益が減少し始めており、Aは、本件債務の発生当時、本件債務を含む甲社の債務の履行のための運転資金が足りなくなれば本件定期預金を取り崩すか担保に入れることにより対応することを予定していた。すなわちAは、本件定期預金が甲社の債務の履行を支える最後の資金源であることを明確に認識していた。
それにもかかわらずAは、その本件定期預金を取り崩して本件土地の代金に充て、しかも取得した本件土地には担保的価値がなかった。これは、会社債権者に対する責任財産を自己の利益のために費消したに等しく、取締役の義務に対する重大な違反である。
なお、Aが唯一の株主であったことは、会社債権者である乙社に対する責任を否定する理由とならない。429条1項は会社債権者その他の第三者の保護を目的とする規定であり、株主の意向によってその保護が失われることはない。
そしてAは、本件土地の評価額が1000万円程度であることを知っており、本件定期預金の意義も認識していた。したがって、任務懈怠について悪意がある。
3 損害及び因果関係
乙社は、履行期である平成30年5月31日に本件債務3000万円の弁済を受けられなかった。
甲社は、平成29年春頃の時点では運転資金が枯渇するような状態ではなかったが、本件売買契約に基づく5000万円の代金の支払により実質的な債務超過に陥り、本件土地には担保的価値がないため短期の融資を受けることもできず、平成30年5月頃には事業活動を継続することができなくなった。
したがって、Aが本件売買契約を締結しなければ、甲社は本件定期預金をもって本件債務を弁済することができたのであり、Aの任務懈怠と乙社が弁済を受けられなかったこととの間には相当因果関係がある。損害額は本件債務の額である3000万円である。
これは会社の財産状態の悪化を通じて生じたいわゆる間接損害であるが、前記のとおり429条1項は間接損害も含むと解されるから、乙社は直接にAに対して請求することができる。
4 結論
乙社の請求は認められる。
第3 設問2小問1
1 原告適格
株式が二以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、会社に対しその者の氏名を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない。ただし、会社が当該権利を行使することに同意した場合はこの限りでない(106条)。
判例は、共有株式について権利行使者としての指定を受けてその旨を会社に通知していない共有者は、特段の事情がない限り、株主総会決議の取消しの訴えの原告適格を有しないとしている(最判平成2年12月4日)。106条本文が権利行使者の指定及び通知を要求するのは、会社の事務処理の便宜を図る趣旨であるから、原則としてはこれに従うべきである。
本件では、HとIは本件準共有株式についての権利を行使する者の指定も含めて何一つ合意することができないでいたのであり、権利行使者の指定及び通知はされていない。
もっとも、本件では甲社自身が、Hが本件準共有株式の全部について議決権を行使することに同意し、これに基づいて本件決議1がされている。そうすると、会社の事務処理の便宜という106条本文の趣旨は、会社自らの同意によって放棄されている。それにもかかわらず他方の共有者Iに決議の瑕疵を争う手段を認めないとすれば、Iは、自己の持分に基づく議決権行使の利益を一方的に奪われたまま救済を受ける途を失う。
したがって、会社が106条ただし書の同意をして他の共有者に権利行使をさせた場合には、同意を受けなかった共有者について特段の事情が認められ、決議取消しの訴えの原告適格を有すると解すべきである。
よってIは原告適格を有する。なお本件決議1は令和3年6月25日にされ、本件訴えは同年9月15日に提起されているから、3か月の提訴期間内である(831条1項柱書)。
2 訴えの利益
判例は、取締役を選任する株主総会決議の取消しの訴えの係属中に、その決議によって選任された取締役が全て任期満了により退任し、その後の株主総会決議によって新たな取締役が選任されたときは、特段の事情がない限り、決議取消しの訴えは実益を欠き訴えの利益を失うとしている(最判昭和45年4月2日)。
甲社の定款は取締役の任期を選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとしている。本件決議1により選任されたB、H及びJの任期は、令和5年6月23日に開催された本件株主総会2の終結の時に満了し、本件決議2により新たにB、H及びJが選任されている。したがって原則として訴えの利益を欠くことになる。
しかし、本件決議1が取り消されると、その効力は決議の時に遡って失われ、これにより選任されたB、H及びJによって構成される取締役会がJを代表取締役に選定した決議も遡って効力を失う。そうすると、本件株主総会2は、代表取締役でない者が招集したものとなり、またその招集を決定した取締役会も適法に構成されていなかったことになるから、本件株主総会2の招集手続には法令違反があり、本件決議2もまた取消しを免れない。
すなわち、本件決議1の瑕疵は本件株主総会2に連鎖しており、本件決議2によって本件決議1の瑕疵が治癒され、又は本件決議1を取り消す実益が失われたとはいえない(最判令和2年9月3日参照)。
よって特段の事情があり、本件訴えの利益は失われない。
3 請求の当否
⑴ Hによる議決権行使の適法性
判例は、共有株式について106条本文の規定に基づく権利行使者の指定及び通知を欠いたまま権利が行使された場合において、当該権利の行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは、会社が同条ただし書の同意をしても、当該権利の行使は適法となるものではないとしている(最判平成27年2月19日)。106条ただし書は会社の事務処理の便宜のために会社の側の障害を除くものにすぎず、共有者間の権利関係を変更するものではないからである。
そして、共有株式についての議決権の行使は、当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し、又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り、株式の管理に関する行為として、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決せられる(民法252条本文、前掲最判平成27年2月19日)。
本件では、H及びIは本件準共有株式について法定相続分である2分の1ずつの割合で持分を有し、両者は何一つ合意することができないでいた。本件決議1の議題は取締役の選任であり、株式を処分し又はその内容を変更するものではないから特段の事情もない。
したがって、持分の価格の過半数による決定を欠くから、Hによる本件準共有株式の全部についての議決権行使は、甲社の同意があっても適法ではない。
⑵ 取消事由
役員の選任の決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う(341条)。甲社の定款には役員を選任する株主総会の決議の定足数に関する定めはない。
甲社の議決権の総数は、Bの1万株、C及びDの各5000株、本件準共有株式4万株の合計6万個である。Hによる4万個の議決権行使が不適法であるとすれば、適法に出席した株主の議決権は2万個にとどまり、議決権の過半数である3万個を超えないから定足数を欠く。
よって、本件決議1は決議の方法が法令に違反するものであり、取消事由がある(831条1項1号)。
裁量棄却(831条2項)については、定足数を欠くという瑕疵は重大であり、かつHの4万個を除けば決議は成立し得ないから決議に影響を及ぼす。したがって裁量棄却は認められない。
⑶ よって本件訴えに係る請求は認められ、本件決議1は取り消される。
第4 設問2小問2
1 原則
小問2においても、本件決議1により選任された取締役B、C及びDの任期は本件株主総会2の終結の時に満了し、本件決議2によって新たにB、H及びKが取締役に選任されている。したがって前掲最判昭和45年4月2日によれば、特段の事情がない限り本件訴えの利益は失われる。
2 瑕疵の連鎖の有無
小問1と異なり、小問2では本件決議1はB、C及びDを取締役に再任するものであり、Bは従前から代表取締役であった者である。そして本件株主総会2はBが甲社の代表取締役として招集している。
仮に本件決議1が取り消され、B、C及びDの選任が遡って無効となると、甲社は取締役会設置会社として必要な取締役3人(331条5項)を欠くこととなる。この場合、任期の満了により退任した役員は、新たに選任された役員が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する(346条1項)。本件決議1はB、C及びDの再任であるから、同人らは従前の任期の満了により退任した取締役として、なお取締役としての権利義務を有する。
同様に、代表取締役が欠けることとなるから、Bは、351条1項により、なお代表取締役としての権利義務を有する。
したがって、本件決議1が取り消されても、Bが本件株主総会2を招集したことは代表取締役としての権利義務を有する者による招集であって、その招集手続に瑕疵はない。すなわち本件決議1の瑕疵は本件株主総会2に連鎖しない。
3 本件決議2自体の瑕疵の有無
小問2では、議長Bの同意に基づき、H及びIが本件準共有株式の全部について議決権を共同で行使している。
共有者全員が共同して議決権を行使する場合には、持分の価格に従いその過半数で決せられるという民法の共有に関する規定の要請は当然に充たされる。そして甲社は106条ただし書の同意をしている。したがってH及びIによる議決権行使は適法である。
議決権の総数6万個のうち、出席した株主の議決権はBの1万個と本件準共有株式の4万個の合計5万個であり、定足数である3万個を超える。そして出席議決権の全部である5万個の賛成により本件決議2がされている。よって本件決議2は341条の要件を充たし、瑕疵はない。
4 結論
以上によれば、本件決議1によって選任された取締役は全て任期満了により退任し、適法な本件決議2によって新たな取締役が選任されており、本件決議1の瑕疵が本件株主総会2に連鎖することもない。そうすると、本件決議1を取り消しても、過去の決議の効力を遡って失わせるだけであって、現在の会社の運営に関して何らの実益もない。
なお、取消判決の遡及効により本件決議1に基づく取締役の報酬等について影響が生ずる余地はあるが、このような事情は前記特段の事情に当たらないと解される。
よって本件訴えは訴えの利益を欠き、却下される。
以上