司法試験 令和元年 商法
問題文
[民事系科目]〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,30:50:20〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,事務用品の製造及び販売等を目的とする会社法上の公開会社である監査役会設置会社であり,金融商品取引所にその発行する株式を上場している。
甲社は,種類株式発行会社でない。甲社の資本金の額は20億円,総資産額は250億円,直近数年の平均的な年間売上高は300億円である。甲社の取締役は10人であり,代表取締役社長はAである。
2.甲社は5年前からその製造拠点の海外移転を進め,甲社の国内物流拠点の役割は大きく変化してきている。甲社は大型倉庫を二つ所有しているが,そのうちP県に所在する倉庫(以下「P倉庫」という。)は2年前からほぼ使用されていなかった。1年前にP倉庫の近隣に高速道路のインターチェンジが設置されることが決まってから近隣の不動産価格が上昇し,P倉庫の市場価格は平成29年12月の時点で約15億円であった。
3.乙合同会社(以下「乙社」という。)は,日本企業への投資を目的とする投資ファンドである。乙社の代表社員Bは,甲社がP倉庫を始めとする多くの遊休資産を有しているため,これらを売却することにより剰余金の配当を増額すべきであると考えている。乙社は,市場において甲社の株式を買い集め,平成29年5月の時点で甲社の総株主の議決権の4%を,同年9月の時点で同9.8%を,平成30年1月の時点で同15%を保有するに至った。
4.甲社の定款には,以下の定めがあるが,他に株主総会の招集及び株主提案について別段の定めはない。
甲社定款(抜粋)
(招集)
第12条 当会社の定時株主総会は,毎年6月にこれを招集し,臨時株主総会は,必要があるときに随時これを招集する。
(定時株主総会の基準日)
第13条 当会社の定時株主総会の議決権の基準日は,毎年3月31日とする。
(招集権者及び議長)
第14条 株主総会は,取締役社長がこれを招集し,議長となる。
2 取締役社長に事故があるときは,取締役会においてあらかじめ定めた順序に従い,他の取締役が株主総会を招集し,議長となる。
(事業年度)
第36条 当会社の事業年度は,毎年4月1日から翌年3月31日までの1年とする。
〔設問1〕 乙社は,平成30年1月,甲社の株主として,株主総会において,株主総会の権限に属する一定の事項を提案することを検討していた。上記1から4までを前提として,乙社が,そのために採ることができる会社法上の手段について,甲社の臨時株主総会を自ら招集する場合と平成30年6月の甲社の定時株主総会の開催に当たり株主提案権を行使する場合のそれぞれの手続を説明し,比較検討した上で,論じなさい。ただし,社債,株式等の振替に関する法律上の手続については,説明しなくてよい。
5.乙社は,平成30年3月31日の時点で,甲社の総株主の議決権の20%を保有しており,同年4月25日,以下のとおり,定款変更及びP倉庫の売却を甲社の定時株主総会の議題とすることを請求するとともに,各議案の要領を定時株主総会の招集通知に記載することを請求した(以下「本件株主提案」という。)。
議題1 定款変更の件議案の要領 現行定款に「当会社の財産の処分は,株主総会の決議によってもすることができる。当該株主総会の決議は,当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し,出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う。」という条項を追加する。
提案の理由 甲社の株主総会において,甲社の遊休資産等の財産の処分を決定することができるようにする。甲社は,現在,市場価格が上昇しているが,ほぼ使用されていないP倉庫を始めとする多くの遊休資産を有している。甲社がこのような財産を継続して保有すべきか否かについて,株主の意向を反映すべきである。
議題2 P倉庫の売却の件議案の要領 甲社の取締役会は,遅くとも平成30年度中にP倉庫を近隣の不動産価格に照らし適正な価格で売却する。
提案の理由 P倉庫については,他社から過去に現状のまま購入したいという申出が多数あったが,甲社は合理的な理由なく売却を渋っている。現在,約15億円まで市場価格が上昇しているP倉庫を売却することにより剰余金の配当を増額すべきである。
6.本件株主提案を受け,甲社の取締役会において,本件株主提案及び乙社による甲社の株式の取得への対応について審議された。
甲社の取締役会においては,P倉庫については,今後,活用する可能性が十分にあるとして,本件株主提案に反対する意見が多かった。
また,甲社の取締役らからは,乙社について,比較的短期間で株式を売買し,その売買益を得る投資手法を採っていることや,敵対的な買収により対象会社の支配権を取得し,経営陣を入れ替え,対象会社の財産を切り売りする投資手法を採ったことがあることなどの事実,乙社の代表社員Bについて,ソーシャル・ネットワーキング・サービスで,甲社の事業に関して「社会のデジタル化に伴い,事務用品は早晩なくなるであろう。」と述べるなど,甲社の事業に対して理解がないことが指摘された。
そして,甲社の取締役らからは,仮に,乙社が甲社の支配権を取得すれば,甲社の財産を切り売りするのではないかという懸念や,乙社は,このまま甲社の株式を買い増し,経営陣を入れ替える可能性が高いという懸念が示された。
7.審議の結果,甲社の取締役会においては,乙社によるこれ以上の甲社の株式の買い増しを防止し,乙社による甲社の支配権の取得を阻止すべきであるという意見が大勢を占めた。そして,甲社の取締役らは,乙社の持株比率を低下させる新株予約権無償割当てを行うことで意見が一致した。もっとも,甲社の取締役から,このような新株予約権無償割当ては株主との対話を重視して乙社の意向を見極めた上で行うべきであるという意見も述べられたため,これを新株予約権の内容に反映させることとした。さらに,甲社の社外取締役から,取締役会限りでこのような重大な決定をすることには問題があるという意見が述べられたため,甲社の取締役らは,株主総会の決議による承認を受けることでも意見が一致した。
8.そこで,甲社の取締役会は,以下の概要の新株予約権無償割当て(以下「本件新株予約権無償割当て」という。)を,株主総会の決議による承認を受けることを条件として行うことを決定した(以下「本件取締役会決議」という。)。
本件新株予約権無償割当ての概要
⑴ 割当ての方法及び割当先:新株予約権無償割当ての方法により,基準日(下記第3項で定義される。以下同じ。)の最終の株主名簿に記録された株主に対して,その有する甲社の株式1株につき2個の割合で新株予約権を割り当てる。
⑵ 新株予約権の総数:基準日の最終の発行済株式(自己株式を除く。)の総数の2倍の数と同数とする。
⑶ 基準日:平成30年7月24日
⑷ 本件新株予約権無償割当てがその効力を生ずる日:平成30年7月25日
⑸ 新株予約権の目的である株式の数:新株予約権1個の行使により甲社が普通株式を新たに発行又はこれに代えて甲社の有する甲社の普通株式を処分(以下甲社の普通株式の発行又は処分を「交付」という。)する数は,1株とする。
⑹ 新株予約権の行使により甲社がその普通株式を交付する場合における株式1株当たりの払込金額は,1円とする。
⑺ 新株予約権を行使することができる期間(以下「行使期間」という。):平成30年11月1日から同月30日まで
⑻ 乙社を「非適格者」とする。非適格者は,新株予約権を行使することができないものとする。
⑼ 新株予約権の譲渡に際しては甲社の取締役会の承認を要する。
⑽ 甲社の取締役会は,行使期間開始日までの日であって取締役会が別に定める日に,その決議により,新株予約権を取得することができる。取得の対価は,非適格者以外の株主については新株予約権1個につき甲社の普通株式1株とし,非適格者については1円とする。
ただし,甲社は,乙社に対し,これ以上の甲社の株式の買い増しを行わないように要請する。
その結果,行使期間開始日までの日であって甲社の取締役会が別に定める日までに,乙社がこれ以上の甲社の株式の買い増しを行わない旨を確約した場合には,甲社の取締役会は,取締役会が別に定める日に,その決議により,本件新株予約権無償割当てにより株主に割り当てた新株予約権の全部を無償で取得することができる。
そして,甲社の取締役会は,以下のとおり,本件新株予約権無償割当てを行うことの承認を平成30年6月25日に開催する甲社の定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)の議題及び議案(以下「本件会社提案」という。)とすることを決定した。
議題3 新株予約権無償割当てを行うことの承認の件議案の概要 本件取締役会決議に係る本件新株予約権無償割当てを行うことを承認する。
提案の理由 本件新株予約権無償割当ては,乙社による甲社の支配権の取得を阻止するために行うものである。甲社の定款上,新株予約権無償割当てを行うことについて株主総会の決議による承認を要するという条項はない。しかし,本件新株予約権無償割当ては,乙社によるこれ以上の甲社の株式の買い増しが甲社の企業価値を毀損し,株主の共同の利益を害するものであるという判断に基づくものであり,このような判断は,最終的には株主の意思によりされるべきである。
なお,本件新株予約権無償割当てを行うことにより乙社に生じ得る不利益は,乙社がこれ以上の甲社の株式の買い増しを行わない旨を確約した場合には,甲社の取締役会が解消することができる仕組みとなっており,乙社の利益を不当に害するものでない。
9.平成30年6月25日に開催された本件株主総会には,甲社の総株主の議決権の90%を有する株主が出席し,本件株主総会において,本件会社提案に係る議案は出席株主の67%の賛成により可決され,本件株主提案に係る議案はいずれも否決された。
〔設問2〕 乙社は,平成30年6月26日,本件新株予約権無償割当ての差止めを請求することを検討している。乙社が採ることができる会社法上の手段について,乙社の立場において考えられる主張及びその主張の当否を検討した上で,論じなさい。なお,本件株主総会の招集の手続及び議事は,適法であったものとする。
下記 10 及び 11 では,上記9と異なり,平成30年6月25日に開催された本件株主総会において本件会社提案に係る議案が否決され,本件株主提案に係る議案がいずれも可決されたこと(以下議題1(定款変更の件)に関する本件株主総会の決議を「本件決議1」といい,議題2(P倉庫の売却の件)に関する本件株主総会の決議を「本件決議2」という。),本件株主総会の招集の手続及び議事は適法であったことを前提として,〔設問3〕に答えなさい。
10.本件決議1及び本件決議2を受け,甲社はP倉庫の売却の相手方候補数社と交渉を開始し,平成30年度中にP倉庫を近隣の不動産価格に照らし適正な価格で売却することができる見込みが付いた。ところが,平成31年1月,甲社が所有するもう一つの大型倉庫(以下「Q倉庫」という。)が所在するQ県において発生した大地震により,Q倉庫が倒壊したため,海外から到着する貨物をP倉庫において保管しなければならず,P倉庫を売却すると,競合他社に多数の顧客を奪われるなど,50億円を下らない損害が甲社に生ずることが見込まれた。他方で,P倉庫の近隣の不動産価格が下落する兆候は,うかがわれなかった。
11.その後の甲社の取締役会においては,改めて本件決議1及び本件決議2への対応について,取締役らから,「そもそも本件株主提案の内容は,業務執行の具体的な決定に係るものである以上,これに従う必要はないのではないか。」という意見や,「適法な株主総会の決議を遵守することは取締役の義務であろうが,本件決議2については,これに従いP倉庫を売却することにより,損害が発生し,他方で,P倉庫の売却の交渉を中止しても,P倉庫の資産価値は維持されるし,現時点では,違約金等の負担も生じないので,遵守することにこだわるべきでない。」という意見が述べられ,さらに,社外取締役から,「適法な株主総会の決議は,常に遵守すべきである。」という意見が述べられるなど,様々な意見が述べられたが,代表取締役社長Aが本件決議2に従いP倉庫を売却する旨の議案を提案し,当該議案が代表取締役社長Aの賛成を含む賛成多数により可決された。
そこで,代表取締役社長Aは,平成30年度中にP倉庫を近隣の不動産価格に照らし適正な価格で売却したが,それにより,多数の顧客を奪われるなどした結果,多大な損害が甲社に発生した。
〔設問3〕 甲社の代表取締役社長Aの会社法第423条第1項の責任について,本件決議1の効力を検討した上で,論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第2問〕本問は,①少数株主による株主総会の招集及び株主提案権の行使(設問1),②買収防衛策としての差別的な内容の新株予約権無償割当て(設問2),③取締役会設置会社における株主総会の権限,取締役の株主総会の決議の遵守義務及び取締役の株式会社に対する損害賠償責任(設問3)についての理解等を問うものである。
設問1においては,乙社が採ることができる会社法上の手段として,少数株主による株主総会の招集の手続(会社法第297条等)並びに議題提案権(同法第303条)及び議案要領通知請求権(同法第305条)の行使の手続について説明し,比較検討した上で,論ずることが求められる。
少数株主による株主総会の招集の手続並びに議題提案権及び議案要領通知請求権の行使の手続について比較検討するに当たっては,例えば,下記①から③までのことについて,言及することが期待される。
① 議事運営の主導権少数株主が臨時株主総会を招集する場合には,少数株主は株主総会の招集等の手続を行うことにより株主総会の議事運営にその意向を反映し得ること,他方で,取締役が招集する定時株主総会の開催に当たり少数株主が議題提案権及び議案要領通知請求権を行使する場合には,取締役が株主総会の招集等の手続を行うため,少数株主が臨時株主総会を招集する場合と比べると,株主総会の議事運営に少数株主の意向を反映することに支障があり得ること。
② 費用等の手続面の負担少数株主が臨時株主総会を招集する場合には,少数株主が株主総会の招集及び開催の費用及び労力を負担すること,他方で,議題提案権及び議案要領通知請求権を行使する場合には,株式会社が株主総会の招集及び開催の費用及び労力を負担すること。
③ 時期の選択少数株主が臨時株主総会を招集する場合には,定時株主総会が開催されるのを待つことを要せず,それよりも前に,株主総会を開催することができること,他方で,議題提案権及び議案要領通知請求権を行使する場合には,定時株主総会が開催されるのを待たなければならないこと。
設問2においては,乙社による本件新株予約権無償割当ての差止めの請求(会社法第247条類推)が認められるか否かについて,問題文中の事実関係を適切に評価した上で説得的に論ずることが求められる。
乙社による本件新株予約権無償割当ての差止めの請求が認められるか否かについて論ずるに当たっては,まず,新株予約権無償割当てに関して,会社法第247条が類推適用されるか否かについて,検討することが求められる。
そして,新株予約権無償割当てについて,会社法第247条が類推適用される(東京地決平成19年6月28日金判1270号12頁)と解する場合には,乙社による差止事由に関する主張について,条文及びその文言を引用しつつ,具体的に検討することが求められる。
乙社による差止事由に関する主張としては,例えば,下記①又は②の主張について,検討することが求められる。
① 本件新株予約権無償割当ては,新株予約権者の差別的な取扱いを内容とするものであり,株主平等の原則(会社法第109条第1項)又はその趣旨に反し,法令に違反するものであるとの主張(同法第247条第1号。最決平成19年8月7日民集61巻5号2215頁参照)。
② 本件新株予約権無償割当ては,新株予約権者の差別的な取扱いを内容とするものであって,会社の企業価値ひいては株主の共同の利益を維持するためではなく,専ら経営を担当している取締役等の経営支配権を維持するためのものであり,著しく不公正な方法により行われるものであるとの主張(会社法第247条第2号。東京高決平成17年3月23日判時1899号56頁,判タ1173号125頁参照)。
その上で,その主張の当否に関して,例えば,上記①の主張については,前掲最決平成19年8月7日を参考にするなどしつつ,本件新株予約権無償割当ては,新株予約権者の差別的な取扱いを内容とするものであり,非適格者である乙社を差別的に取り扱うものであるが,他方で,買収防衛策としての導入等の是非が株主総会の決議(ただし,いわゆる勧告的決議である。)に委ねられていること,さらに,本件新株予約権無償割当ては,乙社に経済的損害を与える性質を有するものであるが,他方で,乙社がこれ以上の甲社の株式の買い増しを行わない旨を確約した場合には,甲社の取締役会が,その決議により,本件新株予約権無償割当てにより株主に割り当てた新株予約権の全部を無償で取得することができる仕組みとなっており,乙社に撤退可能性が保障されていることなどの問題文中の事実関係に即し,条文の適用と当てはめを丁寧に行い,説得的に検討することが求められる。
また,上記②の主張については,前掲東京高決平成17年3月23日を参考にするなどしつつ,本件新株予約権無償割当ては,いわゆる主要目的ルールに照らすと経営支配権の維持を主要な目的とするものであるが,他方で,上記のとおり買収防衛策としての導入等の是非が株主総会の決議に委ねられていることなどの問題文中の事実関係を踏まえ,この株主総会の決議の意義がどのようなものであるかや,前掲東京高決平成17年3月23日が挙げる四つの具体例に照らし,株主全体の利益の保護という観点から本件新株予約権無償割当てを正当化する特段の事情があるかどうかなどについて検討した上で,同様に,説得的に論ずることが求められる。
設問3においては,①甲社の財産の処分を株主総会の決議によってもすることができるようにする定款の変更に関する議案を可決した本件決議1の効力を検討した上で,②本件決議1に基づく本件決議2の効力及び取締役の株主総会の決議の遵守義務(会社法第355条)
を前提として,③下記の問題文中の事実関係を踏まえ,甲社の取締役会が遅くとも平成30年度中にP倉庫を適正な価格で売却することに関する議案を可決した本件決議2に関して,甲社の代表取締役社長Aは,これを遵守してはならなかったにもかかわらず遵守したことにより,その任務を怠ったものと認められるのではないか,結果として,甲社に対し,会社法第423条第1項に基づき,損害賠償責任を負うか否かについて,論ずることが求められる。
本件決議1の効力を検討するに当たっては,まず,①取締役の業務執行権限に属する事項を株主総会の決議事項とすることができるかどうかについて,論ずることが求められる。
そして,②取締役の業務執行権限に属する事項であっても,定款で定めることにより株主総会の決議事項とすることができ(会社法第295条第2項),本件決議1及び本件決議2はいずれも有効であると解する場合には,取締役は株主総会の決議を遵守しなければならないこと(同法第355条)について,言及することが求められる。
その上で,③株主総会の決議の遵守義務を前提として,例えば,Q県において発生した大地震により,Q倉庫が倒壊したため,海外から到着する貨物をP倉庫において保管しなければならず,P倉庫を売却すると,競合他社に多数の顧客を奪われるなど,50億円を下らない損害が甲社に生ずることが見込まれ,他方で,P倉庫の近隣の不動産価格が下落する兆候はうかがわれなかったことなどの問題文中の事実関係を踏まえ,(ア)代表取締役社長Aは,甲社に損害を与えないように業務を執行するのであれば,本件決議2を遵守してはならなかったにもかかわらず,本件決議2を遵守し,その任務を怠ったものと認められるから,甲社に対し,損害賠償責任を負うと解するか,(イ)本件決議2の後に重大な事情の変更が生じたことに鑑み,改めて株主の意思を確認しなければならなかった(改めて株主総会の決議を得なければならなかった)にもかかわらず,事情の変更が生ずる前の本件決議2を遵守することに固執し,その任務を怠ったものと認められるから,甲社に対し,損害賠償責任を負うと解するか,あるいは(ウ)上記の問題文中の事実関係を踏まえても,代表取締役社長Aは,本件決議2を遵守しなければならず,その任務を怠ったとは認められないから,甲社に対し,損害賠償責任を負うとは認められないと解するかなどについて,説得的に論ずることが求められる。
①の検討の結果,本件決議1が無効であると解する場合には,これを前提とする本件決議2も株主総会の決議としての効力はないこととなるが,(エ)なお株主の意向を示すものとして尊重する必要がないかや,代表取締役社長Aが本件決議2を遵守する義務があると考えてP倉庫を売却するという決定をしたことに取締役としての任務懈怠や過失がなかったかどうかについて,説得的に論ずることが求められる。
なお,設問3は,株主総会の決議の遵守義務が問題となっている場面であり,いわゆる経営判断原則の適用が問題となる典型的な場面ではないため,経営判断原則に言及する場合には,その趣旨や適用範囲について検討した上で言及することが望まれる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 臨時株主総会を自ら招集する場合
総株主の議決権の100分の3以上の議決権を6か月前から引き続き有する株主は、取締役に対し、株主総会の目的である事項及び招集の理由を示して、株主総会の招集を請求することができる(会社法297条1項)。甲社は公開会社であるから6か月の保有期間の要件が適用される(同条2項参照)。
乙社は平成29年5月の時点で甲社の総株主の議決権の4%を有し、以後買い増して平成30年1月の時点で15%を有している。したがって、同年1月の時点で6か月以上引き続き100分の3以上の議決権を有しており、要件を充たす。
乙社は、まず甲社の取締役に対し、株主総会の目的である事項及び招集の理由を示して臨時株主総会の招集を請求する。甲社の定款14条1項は取締役社長が株主総会を招集し議長となるとするが、これは招集権者を定めるものであって、297条による請求を妨げるものではない。
そして、請求の後遅滞なく招集の手続が行われない場合、又は請求があった日から8週間以内の日を会日とする株主総会の招集の通知が発せられない場合には、請求をした株主は、裁判所の許可を得て、自ら株主総会を招集することができる(297条4項)。
乙社が自ら招集する場合には、乙社が招集の日時及び場所、株主総会の目的である事項等の298条1項各号の事項を定めなければならない(同条4項)。また、議決権を行使することができる株主を確定するため基準日を定め、基準日の2週間前までにこれを公告する必要がある(124条1項、3項)。甲社は公開会社であるから、株主総会の日の2週間前までに書面により招集の通知を発しなければならない(299条1項、2項1号)。書面による議決権行使を定める場合には株主総会参考書類及び議決権行使書面の交付を要する(301条1項)。
2 定時株主総会において株主提案権を行使する場合
取締役会設置会社である公開会社においては、総株主の議決権の100分の1以上の議決権又は300個以上の議決権を6か月前から引き続き有する株主は、取締役に対し、一定の事項を株主総会の目的とすることを請求することができる(303条1項、2項)。この請求は株主総会の日の8週間前までにしなければならない(同条2項後段)。
同じ要件を充たす株主は、株主総会の目的である事項につき、自己の提出しようとする議案の要領を株主に通知することを請求することができる(305条1項、同項ただし書)。この請求も株主総会の日の8週間前までにしなければならない。なお、提出することができる議案の数は10を超えることができない(305条4項)。
甲社の定時株主総会は毎年6月に招集され(定款12条)、議決権の基準日は毎年3月31日である(定款13条、124条)。乙社は平成30年3月31日の時点で総株主の議決権の20%を有するから、基準日株主として議決権を有し、持株要件及び保有期間の要件を充たす。
したがって乙社は、平成30年6月に開催される定時株主総会の日の8週間前までに、甲社の取締役に対し議題提案権及び議案要領通知請求権を行使すればよい。
3 比較検討
第一に、議事運営の主導権について、臨時株主総会を自ら招集する場合には、乙社が招集の手続及び議事運営を主導し、議長の選任を含めて自らの意向を反映させることができる。他方、定時株主総会において株主提案権を行使する場合には、招集の手続を行うのは取締役であり、定款14条により取締役社長が議長となるため、議事運営に乙社の意向を反映させることに支障が生じ得る。
第二に、費用及び労力の負担について、自ら招集する場合には、乙社が招集の通知の発送、参考書類の作成、会場の手配等の費用及び労力を負担しなければならない。甲社は上場会社であって株主数も多いから、その負担は小さくない。他方、株主提案権を行使する場合には、これらの費用及び労力は甲社が負担する。
第三に、時期の選択について、自ら招集する場合には、定時株主総会の開催を待つ必要がなく、より早期に株主総会を開催して提案を諮ることができる。もっとも、裁判所の許可を得る手続を要するため、その審理に時間を要する可能性がある。他方、株主提案権を行使する場合には、平成30年6月の定時株主総会を待たなければならない。
本件では、乙社は平成30年1月の時点で既に提案を検討しており、同年3月31日の基準日においても20%の議決権を有しているから、費用負担を回避しつつ確実に提案を上程できる株主提案権の行使が現実的である。他方、早期の決着を重視するのであれば臨時株主総会の自ら招集を選択すべきである。
第2 設問2
1 差止請求の可否と根拠
新株予約権無償割当て(277条)は新株予約権の「発行」ではないから、新株予約権の発行の差止めに関する247条が直接適用されるものではない。
しかし、278条3項が募集新株予約権の割当てに関する240条3項を準用していることとの均衡に照らし、また新株予約権無償割当てによって既存株主の持株比率が実質的に変動し、株主が割当てを受ける者として不利益を受け得ることに照らせば、新株予約権無償割当てについても247条を類推適用し、その差止めを請求することができると解する(東京地決平成19年6月28日)。
乙社は、本件新株予約権無償割当てが法令に違反し(247条1号)、又は著しく不公正な方法により行われるものである(同条2号)として、その差止めを請求することが考えられる。なお効力発生日は平成30年7月25日であり、乙社の請求は同年6月26日であるから、差止めの時期的要件も問題ない。
2 株主平等原則違反(247条1号)
株式会社は、株主をその有する株式の内容及び数に応じて平等に取り扱わなければならない(109条1項)。新株予約権無償割当ては株主の有する株式の数に応じて新株予約権を与えるものであり、109条1項の趣旨は新株予約権無償割当てにも及ぶと解すべきである。
本件新株予約権無償割当ては、株主に対し1株につき2個の割合で一律に新株予約権を割り当てるものであるが、乙社を非適格者として新株予約権の行使を認めず、かつ取締役会による取得の対価を非適格者以外の株主については普通株式1株、非適格者については1円とするものである。これにより乙社の持株比率は大幅に低下し、かつ乙社は相応の対価を得られない。したがって形式的には株主平等原則に反する差別的取扱いである。
もっとも、判例は、特定の株主による経営支配権の取得が会社の企業価値をき損し、株主の共同の利益を害することになる場合には、その防止のために当該株主を差別的に取り扱うことも、衡平の理念に反し相当性を欠くものでない限り、株主平等原則の趣旨に反しないとし、その判断は株主自身によってされるべきものであるとしている(最決平成19年8月7日)。
本件では、本件新株予約権無償割当てを行うことの承認が本件株主総会の議題とされ、総株主の議決権の90%を有する株主が出席し、出席株主の67%の賛成により可決されている。すなわち、乙社を除く株主の圧倒的多数が、乙社によるこれ以上の株式の買い増しが甲社の企業価値をき損し株主の共同の利益を害すると判断したものである。甲社の取締役会においても、乙社が短期間で株式を売買して売買益を得る投資手法を採り、過去に敵対的買収により対象会社の財産を切り売りする投資手法を採ったことがあること、代表社員Bが甲社の事業に対する理解を欠く発言をしていることが指摘されており、株主の判断には合理的な基礎がある。
また、相当性についても、乙社がこれ以上の株式の買い増しを行わない旨を確約すれば、甲社の取締役会は新株予約権の全部を無償で取得することができ、乙社に不利益は生じない。すなわち乙社には撤退の可能性が保障されている。
したがって、本件新株予約権無償割当ては株主平等原則の趣旨に反せず、247条1号の差止事由は認められない。
3 著しく不公正な方法(247条2号)
新株予約権の割当てが、資金調達等の正当な目的ではなく、現経営陣の経営支配権の維持・確保を主要な目的としてされた場合には、著しく不公正な方法による割当てに当たる。もっとも、株主全体の利益の保護という観点から当該割当てを正当化する特段の事情がある場合には、なお不公正とはいえない。裁判例は、そのような事情として、買収者が真に経営参加の意思がなく株価の高値買取りを目的とする者である場合、会社の知的財産等を移転させる目的の場合、会社の資産を買収者の債務の担保や弁済原資とする目的の場合、会社の資産の処分による一時的な高配当をもって株価を上昇させ売り抜ける目的の場合を挙げている(東京高決平成17年3月23日)。
本件新株予約権無償割当ては、提案の理由において明示されているとおり乙社による甲社の支配権の取得を阻止するために行うものであり、資金調達目的は存在しない。したがって主要目的ルールによれば支配権維持を主要な目的とするものである。
もっとも、本件新株予約権無償割当ては取締役会限りで決定されたものではなく、株主総会の決議による承認を受けることを条件として行われるものであり、現に本件株主総会において圧倒的多数の支持を得ている。この決議は定款に根拠のないいわゆる勧告的決議であって法的拘束力を有しないが、乙社を除く株主の意思を直接に確認したものとして重い意義を有し、取締役の自己保身という懸念を払拭するものである。
また、乙社は株式の売買益を得る投資手法を採り、過去に対象会社の財産を切り売りしたことがあり、本件株主提案もP倉庫等の遊休資産を売却して配当を増額することを求めるものであって、前記裁判例の挙げる類型のうち資産処分による一時的高配当により株価を上昇させる類型に接近する面がある。
以上に加えて、前記のとおり乙社には買い増しを行わない旨を確約することによる撤退の可能性が保障されている。
よって、株主全体の利益の保護の観点から本件新株予約権無償割当てを正当化する特段の事情があり、著しく不公正な方法に当たらない。247条2号の差止事由も認められない。
4 結論
乙社の差止請求は認められない。
第3 設問3
1 本件決議1の効力
株主総会は、会社に関する一切の事項について決議することができるが、取締役会設置会社においては、会社法に規定する事項及び定款で定めた事項に限り決議をすることができる(295条1項、2項)。他方、重要な財産の処分及び譲受けは取締役会の決議事項であり、取締役に委任することができない(362条4項1号)。
そこで、取締役の業務執行権限に属する事項を定款の定めによって株主総会の決議事項とすることができるかが問題となる。
取締役会設置会社において業務執行の決定が取締役会に委ねられているのは、機動的かつ専門的な経営判断を可能とするためであるが、これは株主の利益のための制度であり、株主自らがその利益を放棄して自ら決定することを禁ずる趣旨とまでは解されない。そして295条2項は「定款で定めた事項」について株主総会が決議できるとし、その対象を限定していない。362条4項は取締役会の決定権限を取締役に委任することを禁ずるものであって、株主総会に留保することを禁ずるものではない。
したがって、取締役の業務執行権限に属する事項も、定款の定めにより株主総会の決議事項とすることができると解する。
本件決議1は、甲社の財産の処分を株主総会の決議によってもすることができる旨の定款の条項を追加するものであり、有効である。本件株主総会の招集の手続及び議事は適法であり、定款変更は特別決議(466条、309条2項11号)を要するが、本件では出席株主の多数により可決されており、本件株主提案に係る議案が可決されたとの前提に照らし決議要件の充足に問題はない。
そして本件決議1により追加された定款の条項に基づき、P倉庫の売却を内容とする本件決議2も株主総会の決議として有効である。
2 株主総会の決議の遵守義務
取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない(355条)。したがってAは、原則として本件決議2に従いP倉庫を売却すべき義務を負う。
もっとも、355条は、取締役が会社のため忠実に職務を行うべきことを定めるものであり、株主総会の決議の遵守義務も会社の利益の実現に奉仕するものである。株主総会の決議がされた後にその前提となる事情に重大な変更が生じ、決議の内容をそのまま実行すれば会社に重大な損害が生ずることが明らかとなった場合に、なお決議の文言に機械的に従うことを取締役に義務付けることは、355条の趣旨に反する。このような場合には、取締役は、速やかに株主総会を招集して改めて株主の意思を確認すべき善管注意義務(330条、民法644条)を負うと解すべきである。
3 Aの任務懈怠
本件では、本件決議2の後である平成31年1月にQ県で大地震が発生し、Q倉庫が倒壊した。そのため海外から到着する貨物をP倉庫において保管しなければならず、P倉庫を売却すれば競合他社に多数の顧客を奪われるなど50億円を下らない損害が甲社に生ずることが見込まれた。甲社の総資産額は250億円、年間売上高は約300億円であり、50億円の損害は甲社の規模に照らしても重大である。
他方、P倉庫の近隣の不動産価格が下落する兆候はうかがわれなかったから、売却を中止してもP倉庫の資産価値は維持され、現時点では違約金等の負担も生じない。すなわち、売却の交渉を中止して改めて株主の意思を確認することに何の不利益もなかった。しかも甲社の定款12条は必要があるときに随時臨時株主総会を招集することができるとしており、取締役会はこれを容易に行うことができた。
そうすると、P倉庫の売却という本件決議2の前提事情は根本的に変更されており、Aは、本件決議2を直ちに実行してはならず、取締役会に臨時株主総会の招集を諮り、改めて株主の意思を確認すべきであった。
それにもかかわらずAは、事情変更前の本件決議2を遵守することに固執し、自ら売却の議案を提案して賛成し、平成30年度中にP倉庫を売却した。これは善管注意義務に違反し、任務を怠ったものである。
なお、本件は株主総会の決議の遵守義務が問題となる場面であって、取締役の広い裁量を前提とする経営判断原則が当然に適用される場面ではない。改めて株主の意思を確認すべきか否かの判断には一定の裁量が及ぶとしても、本件では事情の変更が重大で見込まれる損害も巨額であり、他方で売却を延期する不利益が存在しなかったのであるから、売却を実行する判断は前提事実の認識及び意思決定の内容において著しく不合理であり、経営判断原則によっても正当化されない。
4 損害及び結論
P倉庫の売却により甲社は多数の顧客を奪われるなどして多大な損害を受けており、Aの任務懈怠との間に相当因果関係がある。
よってAは、甲社に対し、423条1項に基づき損害賠償責任を負う。
なお、仮に取締役会設置会社において業務執行事項を定款で株主総会の決議事項とすることはできず本件決議1が無効であると解する場合には、本件決議2も株主総会の決議としての効力を有しない。この場合、Aは355条による遵守義務を負わないのであるから、株主の意向として尊重すべきであるとしても、なおさら前記の事情の下でP倉庫を売却した判断は善管注意義務に違反し、任務懈怠及び過失が認められる。結論は変わらない。
以上