司法試験 平成27年 商法
問題文
[民事系科目]〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,4:4:2〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,A,B及びS株式会社(以下「S社」という。)の出資により平成19年に設立された取締役会設置会社である。甲社では,設立以来,Aが代表取締役を,B及びCが取締役をそれぞれ務めている。
甲社の発行済株式の総数は8万株であり,Aが4万株を,Bが1万株を,S社が3万株をそれぞれ有している。甲社は,種類株式発行会社ではなく,その定款には,譲渡による甲社株式の取得について甲社の取締役会の承認を要する旨の定めがある。
2.甲社は,乳製品及び洋菓子の製造販売業を営んでおり,その組織は,乳製品事業部門と洋菓子事業部門とに分かれている。
乳製品事業部門については,Aが業務の執行を担当しており,甲社の工場で製造した乳製品を首都圏のコンビニエンスストアに販売している。
また, 洋菓子事業部門については, Bが業務の執行を担当しており, 甲社の別の工場 (以下 「洋菓子工場」という。)で製造した洋菓子を首都圏のデパートに販売している。甲社は,世界的に著名なP社ブランドの日本における商標権をP社から取得し,その商標(以下「P商標」という。)
を付したチョコレートが甲社の洋菓子事業部門の主力商品となっている。
3.S社は,洋菓子の原材料の輸入販売業を営んでおり,S社にとって重要な取引先は,甲社である。
4.平成22年1月,甲社は,関西地方への進出を企図して,マーケティング調査会社に市場調査を委託し,委託料として500万円を支払った。
5.Bは,関西地方において洋菓子の製造販売業を営む乙株式会社(以下「乙社」という。 )の監査役を長年務めていた。Bの友人Dが乙社の発行済株式の全部を有し,その代表取締役を務めている。
平成22年3月,Bは,Dから乙社株式の取得を打診され,代金9000万円を支払って乙社の発行済株式の90%を取得した。Bは,この乙社株式の取得に際して,A及びCに対し, 「乙社の発行済株式の90%を取得するので,今後は乙社の事業にも携わる。」と述べたが,A及びCは,特段の異議を述べなかった。Bは,この乙社株式の取得と同時に,乙社の監査役を辞任して,その顧問に就任し,その後,連日,乙社の洋菓子事業の陣頭指揮を執った。また,Bは,同年4月以後,月100万円の顧問料の支払を受けている。
平成22年4月,乙社は,業界に知人の多いBの紹介により,チョコレートで著名なQ社ブランドの商標(以下「Q商標」という。)を日本において独占的に使用する権利の設定を受けた。
6.平成22年5月,Bは,甲社におけるノウハウを活用するため,洋菓子工場の工場長を務めるEを甲社から引き抜き,乙社に転職させた。Eの突然の退職により,甲社の洋菓子工場は操業停止を余儀なくされ,3日間受注ができず,甲社は,その間,1日当たり100万円相当の売上げを失った。
7.その後,乙社は,関西地方のデパートへの販路拡大に成功し,平成21事業年度(平成21年4月から平成22年3月まで)に200万円であった乙社の営業利益は,翌事業年度には1000万円に達した。
8.平成23年4月,甲社は,乙社が関西地方においてQ商標を付したチョコレートの販路拡大に成功したことを知り,関西地方への進出を断念した。
〔設問1〕 上記1から8までを前提として, Bの甲社に対する会社法上の損害賠償責任について,論じなさい。
9.平成23年7月,Bは,甲社の取締役を辞任した。Bに代わり,Fが甲社の取締役に就任し,洋菓子事業部門の業務の執行を担当するようになったが,Bの退任による影響は大きく,同部門の売上げは低迷した。
10.平成24年5月,甲社は,洋菓子事業部門の売却に向けた検討を始め,丙株式会社(以下「丙社」 という。) との交渉の結果, 同部門を代金2億5000万円で丙社に売却することとなった。
その際,甲社の洋菓子事業部門の従業員については,一旦甲社との間の雇用関係を終了させた上で,その全員につき新たに丙社が雇用し,甲社の取引先については,一旦甲社との間の債権債務関係を清算した上で,その全部につき新たに丙社との間で取引を開始することとされた。その当時,甲社が依頼した専門家の評価によれば,甲社の洋菓子事業部門の時価は,3億円であった。
11.上記の洋菓子事業部門の売却については,その代金額が時価評価額より安価である上,株主であるS社が得意先を失うことになりかねず,S社の反対が予想された。
平成24年7月2日,Aは,洋菓子事業部門の売却をS社に知らせないまま,甲社の取締役会を開催して,取締役の全員一致により,洋菓子工場に係る土地及び建物を丙社に代金1億5000万円で売却することを決議した上で,丙社と不動産売買契約を締結し,丙社は,甲社に対し,直ちに代金を支払った(以下「第1取引」という。)。
また,その10日後の平成24年7月12日,Aは,甲社の取締役会を開催して,取締役の全員一致により,P商標に係る商標権を丙社に代金1億円で売却することを決議した上で,丙社と商標権売買契約を締結し,丙社は,甲社に対し,直ちに代金を支払った(以下「第2取引」という。)。
第1取引及び第2取引に係る売買契約においては,甲社が洋菓子事業を将来再開する可能性を考慮して,甲社の競業が禁止されない旨の特約が明記された。
なお,甲社の平成24年3月31日時点の貸借対照表の概要は,資料①のとおりであり,その後,同年7月においても財務状況に大きな変動はなかった。また,同月2日時点の洋菓子事業部門の資産及び負債の状況は,資料②のとおりであり,資産として,洋菓子工場に係る土地及び建物(帳簿価額は1億5000万円)並びにP商標(帳簿価額は1億円)があるが,負債はなかった。
12.平成24年7月下旬,第1取引及び第2取引に基づき,洋菓子工場に係る不動産の所有権移転登記及びP商標に係る商標権移転登録がされた。
13.平成24年8月,甲社が第1取引及び第2取引をしたことを伝え聞いたS社は,Aに対し,甲社において株主総会の決議を経なかったことにつき強く抗議し,翻意を促した。
〔設問2〕 第1取引及び第2取引の効力に関する会社法上の問題点について,論じなさい。
14.平成25年6月,甲社は,将来の株式上場を目指して,コンビニエンスストア市場に精通した経営コンサルタントであるGとアドバイザリー契約を締結した。その際,甲社は,このアドバイザリー契約に基づく報酬とは別に,甲社株式が上場した場合の成功報酬とする趣旨で,Gに対し,新株予約権を発行することとした。
15.上記の新株予約権(以下「本件新株予約権」という。)については,①Gに対して払込みをさせないで募集新株予約権1000個を割り当てること,②募集新株予約権1個当たりの目的である株式の数を1株とすること,③各募集新株予約権の行使に際して出資される財産の価額を5000円とすること,④募集新株予約権の行使期間を平成25年7月2日から2年間とすること,⑤募集新株予約権のその他の行使条件は甲社の取締役会に一任すること,⑥募集新株予約権の割当日を同月1日とすること等が定められた。
平成25年6月27日,甲社の株主総会において,Gに特に有利な条件で本件新株予約権を発行することを必要とする理由が説明されたところ,Bは,募集新株予約権のその他の行使条件を取締役会に一任することはできないのではないかと主張し,これに反対したが,A及びS社の賛成により, 上記の内容を含む募集事項が決定された。 これを受けて, 甲社の取締役会が開催され,取締役の全員一致により,「甲社株式が国内の金融商品取引所に上場された後6か月が経過するまでは,本件新株予約権を行使することができない。」とする行使条件(以下「上場条件」という。)が定められた。
平成25年7月1日,甲社は,Gとの間で新株予約権割当契約を締結し,Gに対し,本件新株予約権1000個を発行した。
16.その後,Gは,上記のアドバイザリー契約に基づき,甲社に様々な施策を提言し,Gのアドバイスにより製造した低カロリーのヨーグルトが好評を博するなど,甲社の業績は向上したが,本件新株予約権の行使期間内に上場条件を満たすには至らない見込みとなった。
平成26年12月上旬, Aは,Gから,「上場すると思っていたのに, これでは割に合わない。
せめて株式を取得したいので,上場条件を廃止してほしい。」との強い要請を受けた。Aは,取締役会で上場条件を廃止することができるのか疑問を持ったが,Gの態度に押され,同月11日,C及びFを呼んで甲社の取締役会を開催し,取締役の全員一致により上場条件を廃止する旨の決議をした。同日,甲社は,Gとの間で,上場条件を廃止する旨の新株予約権割当契約の変更契約を締結した。
平成26年12月12日,Gは,行使価額である500万円の払込みをして本件新株予約権を行使し,Gに対し,甲社株式1000株が発行された。
〔設問3〕 上記16で発行された甲社株式の効力に関する会社法上の問題点について, 論じなさい。
【資料①】貸借対照表の概要(平成24年3月31日現在)
(単位:円)
科目 金額 科目 金額(資産の部) (負債の部)
流動資産 (略) (略)
(略) (略) 負債合計 200,000,000(純資産の部)
固定資産 株主資本 500,000,000有形固定資産 (略) 資本金 400,000,000建物 100,000,000 資本剰余金 100,000,000土地 400,000,000 資本準備金 100,000,000(略) (略) その他資本剰余金 -無形固定資産 (略) 利益剰余金 -商標権 100,000,000 利益準備金 -(略) (略) その他利益剰余金 -純資産合計 500,000,000資産合計 700,000,000 負債・純資産合計 700,000,000(注) 「-」は,金額が0円であることを示す。
【資料②】洋菓子事業部門の資産及び負債の状況(平成24年7月2日現在)
(単位:円)
資産 負債項目 帳簿価額 項目 帳簿価額建物 50,000,000土地 100,000,000商標権 100,000,000資産合計 250,000,000 負債合計 -(注) 「-」は,金額が0円であることを示す。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第2問〕本問は,会社法上の公開会社でない取締役会設置会社(甲社)において,取締役の競業行為等についての競業避止義務違反又は忠実義務違反の成否とその違反が成立する場合における取締役の損害賠償責任(設問1),会社の重要な事業の一部を二つの資産売買に分けて第三者に売却する取引についての会社法上の規律とそのような取引の効力(設問2) ,株主総会の決議により新株予約権の行使条件の決定を取締役会に委任すること及び取締役会の決議により当該行使条件を廃止することについての法的瑕疵の有無とそのような新株予約権の行使により発行された株式の効力(設問3)に関し,会社法上の規律の基礎的な理解とともに,その応用を問う問題である。
設問1では,まず,首都圏で洋菓子の製造販売業を営む甲社の取締役Bが,関西地方において同種の事業を営む乙社の事業に関連して行った競業行為に関し,競業避止義務違反(会社法第356条第1項第1号,第365条第1項)が成立するかどうかについて,事案に即して丁寧に論ずることが求められる。
会社法第356条第1項第1号所定の「自己又は第三者のために・・・取引をしようとするとき」については,その「取引」が個々の取引行為をいうものとされていること, 「自己又は第三者のために」の解釈につき計算説と名義説とがあることを意識しつつ,取締役Bが自己又は第三者のために取引をしたかどうかを検討する必要がある。その際,個々の取引は乙社名義で行われ,Bは乙社の代表取締役ではないことを踏まえながら,Bは,乙社の発行済株式の90%を取得し保有していること,Bは,連日,乙社の洋菓子事業の陣頭指揮を執っていたこと,Bは,乙社の顧問として,毎月100万円の顧問料の支払を受け,洋菓子工場の工場長Eの引き抜きやQ商標の取得に関与したことなどの事情(事実上の主宰者性)に着目すべきである。
甲社と乙社の市場は,設問1の時点では,地理的に競合しているとはいえない。そこで,甲社が乙社の市場(関西地方)への進出を具体的に企図していた場合に,Bによる乙社の取引が甲社の「事業の部類に属する取引」(会社法第356条第1項第1号)に該当するかどうかについても論ずるべきであり,乙社が,甲社と同様に,洋菓子の製造販売業を営み,著名な商標を付したチョコレートをデパートに販売していることのほか,甲社は,既にマーケティング調査会社に関西地方の市場調査を委託し,委託料500万円を支払済みであることを具体的に指摘する必要がある。
取締役会設置会社において取締役が競業取引をしようとする場合には,取締役会において当該取引につき重要な事実を開示し,その承認を受けることを要する(会社法第356条第1項,第365条第1項)。Bが,A及びCに対し,「乙社の発行済株式の90%を取得するので,今後は乙社の事業にも携わる。」と述べたところ,A及びCは特段の異議を述べなかったという事実関係の下で,このような手続的要件が満たされるかどうかを論じなければならない。
会社法第356条第1項違反が成立する場合には,その取引によって取締役又は第三者が得た利益の額が,甲社の損害の額と推定される(同法第423条第2項)。本件では,このように推定される損害の額は幾らなのか,すなわち,第三者である乙社の得た利益の額とみるべきか,又は取締役Bが得た利益の額とみるべきかについて,「自己又は第三者のために・・・取引をしようとするとき」という要件の当てはめとの論理的な整合性も意識しつつ,論ずることが求められる。そして,具体的な損害の額に関しては,乙社が得た利益としては,平成22事業年度における営業利益の増額分800万円を,Bが得た利益としては,上記800万円にBの持株比率である90%を乗じた額(720万円)ないしBが乙社から受領した顧問料(100万円に月数を乗じた額)を挙げることなどが考えられ,これらと本件競業取引との間の相当因果関係について検討する必要がある。
本件では,甲社の取締役Bの競業行為の結果,会社法第423条第2項により推定される損害の額とは別に,現に甲社に損害が生じているとして,同条第1項に基づく損害賠償請求が可能かどうかについても,検討する必要がある。具体的には,甲社がマーケティング調査会社に支払った500万円の委託料について,Bの任務懈怠との間に相当因果関係があるかどうかなどを論ずることとなる。仮に,Bについて同法第356条第1項違反が成立しないとの結論を採った場合においても,甲社に生じた損害について,別途,同法第423条第1項に基づく損害賠償請求の可否を論ずることとなる。
次に,Bによる洋菓子工場の工場長Eの引き抜きについては,引き抜き行為自体を「競業取引」と評価することは困難であるが,会社法第355条所定の忠実義務違反を原因とする同法第423条第1項に基づく損害賠償請求の可否が検討されるべきである。Eが甲社において重要な地位にあったこと,Eの突然の退職により甲社の洋菓子工場は操業停止を余儀なくされ,3日間受注ができず,1日当たり100万円相当の売上げを失ったこと,Bは甲社の洋菓子事業部門の業務執行担当取締役であり,当該事業部門の利益を守るべき立場にあったことなどを踏まえると,Bには任務懈怠が認められるであろう。この場合には,損害の額に関する推定規定はなく,損害賠償責任の有無及びその額について丁寧に論ずる必要がある。
設問2では,まず,甲社が,会社の事業の一部(洋菓子事業部門)を二つの資産売買に分けて丙社に売却した取引に関し,これらを全体として事業譲渡と評価すべきかどうか,株主総会の特別決議が必要となる「事業の重要な一部の譲渡」(会社法第467条第1項第2号)に該当するかどうかについて,事案に即して論ずることが求められる。
甲社の洋菓子事業部門が二つの資産売買に分けて丙社に譲渡されたことに関しては,洋菓子工場に係る不動産とP商標に係る商標権とにつき,各別の売買契約が締結され,それぞれ各別に債務が履行されたという形式を重視すれば,二つの「重要な財産の処分」 (会社法第362条第4項第1号)がされたものと評価することとなる。これに対し,当初,甲社と丙社との間では,甲社の洋菓子事業部門の全体を代金2億5000万円で売却する旨の交渉がされていたという経緯,上記の各売買契約及びそれぞれの取締役会決議の時間的近接性,甲社の洋菓子事業部門に従事する従業員の全員が引き続き丙社に雇用されたこと,甲社の取引先についても実質的にその全部が丙社に引き継がれたこと,甲社の代表取締役Aは,株主であるS社が洋菓子事業部門の売却に反対する可能性が高いため,株主総会の特別決議を潜脱する意図で本件の取引を行ったと推測されることなどの事情を重視すれば,実質的に全体として「事業の重要な一部の譲渡」(会社法第467条第1項第2号)がされたものと評価することとなる。この点についての問題意識が明らかにされる必要がある。
会社法第467条(旧商法第245条)により株主総会の特別決議による承認を必要とする事業譲渡の意義について,判例(最高裁昭和40年9月22日大法廷判決・民集19巻6号1600頁参照)は,会社法第21条(旧商法第24条)以下と同一の意義であって,①一定の営業目的のために組織化され,有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部又は重要な一部を譲渡し,②これによって,譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ,③譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴うものをいう旨判示している。この点について,①の要件が不可欠であることにほぼ争いはないが,②及び③の要件が不可欠であるかどうかについては解釈上の争いがあるところ,事業譲渡に株主総会の特別決議が要求される趣旨を踏まえ,いずれかの立場に立った上で,本件の事案に当てはめて,会社法第467条所定の事業譲渡に該当するかどうかを論ずることが求められる。特に,本件では,当事者間の特約により,競業避止義務が明示的に排除されていることに留意すべきである。
事業譲渡に該当するとした場合には,更に,事業の「重要な」一部の譲渡に当たるかについても,論ずる必要がある。その際には,重要性の判断基準を示した上で,質的・量的な側面から問題文の事実を具体的に当てはめるとともに,貸借対照表等の資料を分析して,株主総会の特別決議を要しないこととなる形式基準(会社法第467条第1項第2号括弧書き,同法施行規則第134条第1項)を満たすかどうかについても,検討することが求められる。
この資料によれば,譲り渡す資産の帳簿価額は2億5000万円であり,甲社の総資産額は7億円であって,前者が後者の5分の1を上回るから,上記の形式基準を満たさない。
次に,本件では,会社法上の必要な手続を欠く場合の事業譲渡の効力について,論ずる必要がある。この点について,会社法上特別の規定はないところ,判例(最高裁昭和61年9月11日第一小法廷判決・集民148号445頁参照)は,事業譲渡契約は,株主総会の特別決議によって承認する手続を経由していなければ,無効であり,その無効は,広く株主・債権者等の会社の利害関係人の保護を目的とするものであるから,何人との関係においても常に無効である旨判示している。このような考え方のほかに,善意無過失の譲受人を保護するために相対的無効とみる考え方などもあり得るが,甲社の株主であるS社の保護,譲受人である丙社の保護の観点等を考慮しつつ,説得的な論述をすることが求められる。
仮に,本件について事業譲渡に該当しないとした場合には,本件の取引が「重要な財産の処分」(会社法第362条第4項第1号)に該当するかどうかを検討することとなる。その際には,重要性の判断基準について,判例(最高裁平成6年1月20日第一小法廷判決・民集48巻1号1頁参照)は,当該財産の価額,その会社の総資産に占める割合,当該財産の保有目的,処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきものと判示しているところ,本件でも,事案に即して論ずる必要がある。結論として,第1取引及び第2取引のいずれも「重要な財産の処分」に該当すると評価することになろうが,その場合には,いずれについても取締役会の決議を経ているので,会社法上の手続的要件は満たされていることとなる。
設問3では,会社法上の公開会社でない会社における新株予約権の発行に関する規律を念頭に置きつつ,①株主総会の決議により新株予約権の行使条件(上場条件)の決定を取締役会に委任することの可否,②仮に,このような委任ができるとした場合に,当該行使条件を取締役会の決議により廃止することの可否を論じた上で,③瑕疵のある手続により発行された新株予約権の行使により発行された株式の効力,又は行使条件に反した新株予約権の行使により発行された株式の効力について,論理的に整合した論述をすることが求められる。
まず,会社法上の公開会社でない会社においては,同法第238条第1項第1号所定の「募集新株予約権の内容」の決定は,株主総会の特別決議を要し,取締役会に委任することができない(同法第238条第2項,第239条第1項第1号)ところ,新株予約権の行使条件は「募集新株予約権の内容」に含まれ,その決定を取締役会に委任することができないという考え方と,取締役会への委任を許容する考え方とがあるが,いずれの考え方によるかを明らかにしつつ,新株予約権の発行手続における瑕疵の有無を論ずることが求められる。そして,仮に,新株予約権の行使条件の決定を取締役会に委任することが可能であるとした場合でも,取締役会において当該行使条件の廃止を決議することができるかどうかについては,株主総会による委任の趣旨を検討しつつ,論ずる必要がある。本件では,経営コンサルタントGに対する新株予約権の発行が,甲社株式が上場した場合の成功報酬とする趣旨であったことから,取締役会における上場条件の廃止の決議は,株主総会による授権の範囲を超えて無効であると解することもできるであろう。
新株予約権の発行手続に瑕疵があるとした場合には,そのような発行手続の法令違反が新株予約権の発行の無効原因となるか(なお,新株予約権の発行の無効の訴えの出訴期間である1年は既に経過している(会社法第828条第1項第4号)。),そのような新株予約権の行使により発行された株式が無効となるかについて,検討する必要がある。これに対し,新株予約権の発行は適法であるが,上場条件の廃止が無効であるとした場合には,甲社において上場条件は新株予約権の重要な内容を構成しており,上場条件に反した新株予約権の行使による株式の発行については,既存株主の持株比率がその意思に反して影響を受けるため,重大な瑕疵があるものとして,当該株式が無効となるのではないかという点について,検討する必要がある。
設問3については,旧商法の下における判例(最高裁平成24年4月24日第三小法廷判決・民集66巻6号2908頁参照)を参考にしながら,会社法上の公開会社でない会社における新株予約権の発行等について,会社法の条文及び制度趣旨を踏まえた検討が望まれる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 乙社の事業に関するBの行為についての競業避止義務違反
(1)取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、取締役会において当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない(会社法356条1項1号、365条1項)。これは、取締役がその地位を利用して会社の取引先やノウハウを奪い、会社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ることを防止する趣旨である。
(2)「自己又は第三者のために」の意義
この要件については、法律上の取引名義を基準とする名義説と、取引による経済的利益の帰属を基準とする計算説がある。356条1項の趣旨が会社と取締役との利益衝突の防止にある以上、名義のいかんにかかわらず、経済的利益が取締役又は第三者に帰属することによって利益衝突が生ずる場合を捉えるべきである。したがって計算説が妥当である。
本件において、洋菓子の製造販売に係る個々の取引は乙社の名義で行われており、Bは乙社の代表取締役ではなく顧問にすぎない。しかし、Bは乙社の発行済株式の90パーセントを9000万円で取得して保有し、監査役を辞任して顧問に就任した上で、連日、乙社の洋菓子事業の陣頭指揮を執っている。また、Bは月100万円の顧問料の支払を受け、乙社のQ商標の使用権の取得を自ら紹介し、甲社の洋菓子工場の工場長Eの引き抜きも行っている。以上によれば、Bは乙社の事実上の主宰者であり、乙社の取引による経済的利益は実質的にBに帰属する。
したがって、乙社名義でされた洋菓子の製造販売取引は、Bが自己又は第三者である乙社のためにした取引に当たる。
(3)「株式会社の事業の部類に属する取引」の意義
これは、会社が実際に行っている事業と市場において競合し、会社と取締役との間で利益が衝突するおそれのある取引をいう。市場の競合は、商品の種類のみならず地域的範囲をも考慮して判断される。
本件では、甲社は首都圏のデパートにP商標を付したチョコレート等の洋菓子を販売し、乙社は関西地方のデパートにQ商標を付したチョコレートを販売しているから、現実の地理的市場は競合していない。
しかし、会社が進出を具体的に企図している地域において取締役が同種の事業に関与すれば、会社の進出の機会が奪われ、将来の市場の競合が現実に予想されるのであって、利益衝突のおそれは現に存在する。したがって、会社が進出を具体的に企図している地域における同種の取引も「事業の部類に属する取引」に含まれると解すべきである。
本件では、甲社は平成22年1月に関西地方への進出を企図してマーケティング調査会社に市場調査を委託し、委託料500万円を支払っている。すなわち、Bが乙社株式を取得した同年3月の時点において、甲社の関西地方への進出は具体的な計画の段階にあった。そして、乙社の事業は洋菓子の製造販売業であり、著名な商標を付したチョコレートをデパートに販売するという点で甲社の洋菓子事業部門と全く同種である。
したがって、乙社の取引は甲社の「事業の部類に属する取引」に当たる。
(4)取締役会の承認の有無
取締役会設置会社においては、取締役会において当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない(356条1項、365条1項)。これは、取締役会が競業の内容・規模を把握した上で、会社の利益が害されないかを審議して判断するためである。
本件では、BはA及びCに対し「乙社の発行済株式の90パーセントを取得するので、今後は乙社の事業にも携わる。」と述べたにとどまる。これは取締役会を開催して議題とし決議を得たものではなく、単なる事実の告知にすぎない。A及びCが特段の異議を述べなかったことも、黙示の承認とは評価できない。しかも、乙社の取引の内容・規模・対象市場や甲社の関西進出計画との関係といった「重要な事実」の開示は全くされていない。なお、Bは特別の利害関係を有する取締役であるから議決に加わることができず(369条2項)、A及びCによる決議が必要であった。
したがって、取締役会の承認はなく、Bは356条1項1号及び365条1項に違反する。
(5)損害額の推定(423条2項)
取締役が356条1項1号の規定に違反して競業取引をしたときは、当該取引によって取締役又は第三者が得た利益の額が、423条1項の損害の額と推定される(423条2項)。
本件で推定の基礎となるのは、第三者である乙社の得た利益の額か、取締役Bの得た利益の額か。上記のとおり計算説により、乙社の取引を実質的にBに利益の帰属する取引と評価したのであるから、Bが得た利益の額を基準とするのが論理的に整合する。
乙社の営業利益は、平成21事業年度の200万円から翌事業年度には1000万円に達しているから、その増額分は800万円である。Bは乙社の発行済株式の90パーセントを保有しているから、この増額分のうちBに帰属する利益は720万円である。
他方、Bが乙社から受領した顧問料(月100万円)は、乙社の事業全般に対する役務提供の対価であって、競業取引から直接生じた利益とはいえない部分を含むから、これをもって推定の基礎とすることは相当でない。
したがって、推定される損害の額は720万円である。乙社の営業利益の増加には、Q商標の使用権の取得や関西地方のデパートへの販路拡大の成功といった事情も寄与しているが、これらもいずれもBの関与によって実現したものであるから、推定を覆すに足りる事情とはいえない。
(6)市場調査委託料についての423条1項の責任
423条2項による推定とは別に、現実に生じた損害について423条1項に基づく責任を追及することができる。
甲社は、平成22年1月、関西地方への進出を企図して市場調査を委託し、委託料500万円を支払った。しかし、平成23年4月、乙社が関西地方においてQ商標を付したチョコレートの販路拡大に成功したことを知り、関西地方への進出を断念した。すなわち、Bが乙社の事業を主宰して関西地方の市場を先に獲得したことにより、甲社の進出計画は実現不可能となり、支出した500万円は無駄になった。
したがって、Bの任務懈怠と500万円の損害との間には相当因果関係が認められ、Bは423条1項に基づきこれを賠償する責任を負う。なお、仮に競業避止義務違反が成立しないとしても、甲社の進出計画を知りながら自ら同一市場で事業を行ったことは忠実義務(355条)違反に当たり、同じ結論となる。
2 Eの引き抜きについての忠実義務違反
Bによる工場長Eの引き抜き行為自体は「取引」ではないから、356条1項1号の競業取引には当たらない。
しかし、取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない(355条)。取締役が、会社の事業の遂行に不可欠な使用人を自己又は第三者の事業のために引き抜き、会社の事業の遂行を妨げることは、忠実義務に違反する。
本件では、Eは甲社の洋菓子工場の工場長であり、洋菓子の製造に関するノウハウを有する重要な地位にあった。Bは甲社の洋菓子事業部門の業務執行を担当する取締役であり、同部門の利益を守るべき立場にあったにもかかわらず、甲社におけるノウハウを活用するためにEを引き抜いて乙社に転職させた。その結果、甲社の洋菓子工場は操業停止を余儀なくされ、3日間受注ができなかった。
したがって、Bには忠実義務違反の任務懈怠が認められ、423条1項の責任を負う。競業取引ではないから423条2項の推定は働かず、損害の額は個別に立証を要する。甲社が失ったのは1日当たり100万円相当の売上げを3日分、すなわち合計300万円の売上げであるが、損害は売上げそのものではなく、当該売上げから得られたはずの利益である。したがって、300万円を上限として、甲社の洋菓子事業部門の利益率に応じた額が損害となる。
3 結論
Bは甲社に対し、423条1項に基づき、競業取引について推定される720万円、市場調査委託料500万円、及びEの引き抜きによる逸失利益について損害賠償責任を負う。
第2 設問2
1 第1取引及び第2取引の法的性質
(1)全体として一個の事業の譲渡と評価すべきか
形式を重視すれば、洋菓子工場に係る土地建物の売買(第1取引)とP商標に係る商標権の売買(第2取引)とは各別の売買契約であり、各別に取締役会決議を経て各別に債務が履行されているから、二つの「重要な財産の処分」(362条4項1号)がされたにとどまると評価することになる。
しかし、第一に、当初、甲社と丙社との間では洋菓子事業部門の全体を代金2億5000万円で売却する旨の交渉がされており、第1取引の代金1億5000万円と第2取引の代金1億円の合計額はこれと一致する。第二に、両取引に係る取締役会決議及び契約締結は平成24年7月2日と同月12日であって、10日しか隔たっていない。第三に、洋菓子事業部門の従業員については、一旦甲社との雇用関係を終了させた上で全員が丙社に雇用されている。第四に、甲社の取引先についても、一旦債権債務関係を清算した上で、その全部につき丙社との間で取引が開始されている。第五に、Aは、代金額が時価評価額より安価であり株主S社の反対が予想されたことから、洋菓子事業部門の売却をS社に知らせないまま両取引を実行している。
以上によれば、両取引は、実質的に洋菓子事業部門を一体として丙社に移転するものであり、株主総会の特別決議を潜脱する意図から形式上二つの資産売買に分割されたものにすぎない。したがって、両取引は全体として一個の事業の譲渡と評価すべきである。
(2)「事業の譲渡」の意義
467条1項の「事業の譲渡」とは、①一定の事業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む)の全部又は重要な一部を譲渡し、②これによって譲渡会社がその財産によって営んでいた事業活動の全部又は重要な一部を譲受人に受け継がせ、③譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に競業避止義務を負う結果を伴うものをいう(最大判昭40.9.22)。
本件では、①洋菓子工場に係る土地建物とP商標に係る商標権は、洋菓子の製造販売という事業目的のために組織化され有機的一体として機能する財産であり、従業員及び取引先関係もあわせて移転されている。②丙社は甲社の洋菓子事業部門の従業員全員を雇用し、その取引先の全部と取引を開始しているから、事業活動の承継がある。
これに対し、③については、本件の売買契約において、甲社が洋菓子事業を将来再開する可能性を考慮して、甲社の競業が禁止されない旨の特約が明記されている。そこで、競業避止義務を負うことが事業譲渡の不可欠の要素かが問題となる。
467条が株主総会の特別決議を要求する趣旨は、会社の事業の基礎に重大な変更を生じさせる行為について株主の意思を問う点にある。そして、譲渡会社の競業避止義務は当事者の合意により排除し得る任意規定上の効果である(21条1項)。これを事業譲渡の不可欠の要素とすれば、当事者が特約により競業避止義務を排除するだけで株主総会の特別決議を回避できることとなり、467条の趣旨が容易に潜脱される。したがって、競業避止義務を負うことは事業譲渡の要素ではないと解すべきである。
よって、本件取引は全体として「事業の譲渡」に当たる。
(3)「重要な」一部に当たるか
重要性は、譲渡の対象となる資産の価額及び会社の総資産に占める割合、売上げ及び利益に占める割合、従業員数、会社の事業全体における当該部門の位置付け等を総合考慮し、量的・質的の両面から判断すべきである。
量的には、譲り渡す資産の帳簿価額は2億5000万円であり、甲社の総資産額7億円の5分の1を上回るから、株主総会の決議を要しないこととされる形式基準(467条1項2号括弧書き、会社法施行規則134条1項)を満たさない。
質的には、甲社の組織は乳製品事業部門と洋菓子事業部門の二部門からなり、洋菓子事業部門は甲社の事業の一方の柱である。P商標を付したチョコレートは同部門の主力商品であり、工場及び商標権の譲渡により甲社は洋菓子事業を遂行することができなくなる。
したがって、本件取引は「事業の重要な一部の譲渡」(467条1項2号)に当たり、株主総会の特別決議(309条2項11号)を要する。
2 必要な手続を欠く事業譲渡の効力
本件では、株主総会の特別決議を経ていない。株主総会の決議を欠く事業譲渡の効力について会社法に規定はない。
判例は、事業譲渡契約は株主総会の特別決議によって承認する手続を経由していなければ無効であり、その無効は広く株主・債権者等の会社の利害関係人の保護を目的とするものであるから、何人との関係においても常に無効であるとしている(最判昭61.9.11)。これに対し、取引の安全を重視して、善意無過失の譲受人に対しては無効を主張できないとする相対的無効説もある。
467条の趣旨は、会社の事業の基礎に重大な変更を生ずる行為について株主の意思を問い、株主の重要な利益を保護する点にある。相対的無効と解すると、譲受人の善意無過失という偶然の事情によって株主の保護が左右され、株主総会の特別決議を要求した趣旨が実現されない。したがって、絶対的に無効と解すべきである。
もっとも、本件では、Aが株主総会の特別決議を潜脱する意図で取引を二つに分割し、株主S社に知らせないまま実行したものであり、丙社も当初から洋菓子事業部門全体の売却として交渉していたのであるから、丙社が株主総会の決議の欠缺について善意無過失であったとは認められない。したがって、相対的無効説によっても結論は異ならない。
なお、甲社の側から自ら経由しなかった手続の欠缺を理由として無効を主張することが信義則に反しないかが問題となるが、467条が株主の保護を目的とするものであり、本件では現にS社が抗議して翻意を促しているのであるから、無効の主張は許される。
その結果、甲社は丙社に対し受領した代金2億5000万円を返還し、丙社は甲社に対し洋菓子工場に係る不動産及びP商標に係る商標権を返還して、所有権移転登記及び商標権移転登録の抹消手続をすべき義務を負う。
3 事業譲渡に当たらないとした場合
仮に両取引を各別の取引と評価する場合には、それぞれが「重要な財産の処分」(362条4項1号)に当たるかを検討することとなる。重要性は、当該財産の価額、会社の総資産に占める割合、当該財産の保有目的、処分行為の態様及び会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断すべきである(最判平6.1.20)。
第1取引の対象は帳簿価額1億5000万円の土地建物であり、甲社の総資産7億円の約2割を占め、洋菓子の製造に不可欠な工場である。第2取引の対象は帳簿価額1億円のP商標に係る商標権であり、総資産の約7分の1を占め、洋菓子事業部門の主力商品に付される商標である。いずれも重要な財産の処分に当たる。
しかし、いずれについても取締役の全員一致による取締役会の決議を経ているから、会社法上の手続的要件は満たされており、各取引は有効となる。
第3 設問3
1 本件新株予約権の発行手続の瑕疵
(1)甲社は、譲渡による株式の取得について取締役会の承認を要する旨の定款の定めを有するから、公開会社ではない(2条5号)。
公開会社でない会社においては、募集新株予約権の募集事項の決定は株主総会の決議によらなければならず(238条2項)、これは特別決議による(309条2項6号)。株主総会は募集事項の決定を取締役会に委任することができるが、その場合においても、株主総会自らが「委任に基づいて募集新株予約権の内容及び数の上限」を定めなければならない(239条1項1号)。すなわち、「募集新株予約権の内容」(238条1項1号)そのものの決定を取締役会に委ねることはできない。これは、公開会社でない会社においては株主の持株比率の維持についての利益が重視されるべきことによる。
(2)新株予約権の行使条件は「募集新株予約権の内容」に含まれるか
新株予約権の内容として定めるべき事項には、目的である株式の数、行使に際して出資される財産の価額、行使期間等が含まれる(236条1項)。行使条件はこれらに明示的に列挙されていない。
しかし、新株予約権をいかなる場合に行使することができるかは、新株予約権という権利の内容そのものを定めるものであり、既存株主の持株比率がいかなる場合に変動するかを決する極めて重要な事項である。したがって、行使条件も「募集新株予約権の内容」に含まれると解すべきである。
そうすると、平成25年6月27日の株主総会決議のうち、募集新株予約権のその他の行使条件を甲社の取締役会に一任する旨の部分は、238条2項及び239条1項1号に違反し無効である。本件新株予約権の発行手続には法令違反の瑕疵がある。
(3)仮に委任が許されるとした場合の上場条件の廃止の可否
行使条件は「募集新株予約権の内容」に含まれず、取締役会への委任が許されるとする立場に立つとしても、委任を受けた取締役会の権限は、株主総会による委任の趣旨に沿って行使条件を定めることに限られる。いったん定められた行使条件を廃止することまでが委任の範囲に含まれるとは解されない。
本件新株予約権は、アドバイザリー契約に基づく報酬とは別に、甲社株式が上場した場合の成功報酬とする趣旨でGに発行されたものであり、株主総会においてもGに特に有利な条件で発行することを必要とする理由としてその趣旨が説明されている。上場条件は、まさにこの発行の趣旨を実現する中核的な条件である。
したがって、平成26年12月11日の取締役会における上場条件を廃止する旨の決議は、株主総会による授権の範囲を超えるものであって無効であり、同日Gとの間で締結された新株予約権割当契約の変更契約も効力を生じない。すなわち、上場条件は依然として有効に存続している。
2 本件新株予約権の発行自体の効力
新株予約権の発行の無効は、新株予約権の発行の無効の訴え(828条1項4号)によってのみ主張することができ、公開会社でない会社においては発行の効力が生じた日から1年以内に提起しなければならない(同条2項4号)。本件新株予約権の割当日は平成25年7月1日であるから、既に1年を経過しており、発行自体の無効を主張することはできない。
なお、本件新株予約権はGに払込みをさせないで割り当てるものであるが、株主総会においてこれがGに特に有利な条件であることとその理由が説明され(238条3項)、特別決議を経ているから、この点に瑕疵はない。
3 平成26年12月12日に発行された甲社株式の効力
(1)新株予約権の行使による株式の発行についても、その無効は新株発行無効の訴え(828条1項2号)によってのみ主張することができ、公開会社でない会社においては発行の効力が生じた日から1年以内に提起しなければならない(同条2項2号)。本件株式の発行は平成26年12月12日であるから、提訴期間内であり、Bらは訴えを提起することができる。
(2)無効原因について明文の規定はない。株式の発行は会社の業務執行に準ずるものであり、発行により形成された法律関係の安定を図る必要があるから、無効原因は限定的に解すべきである。しかし、公開会社でない会社においては、株式に流通性がなく取引の安全を害する程度が小さい一方、株主の持株比率の維持についての利益が重視されるべきである。
そこで、公開会社でない会社において、新株予約権の行使条件が当該新株予約権の重要な内容を構成している場合には、行使条件に反する行使によってされた株式の発行は無効であると解すべきである(最判平24.4.24参照)。
(3)本件では、上場条件は、本件新株予約権が甲社株式の上場を前提とする成功報酬として発行されたものであることに照らし、本件新株予約権の重要な内容を構成している。そして、Gは、甲社株式が国内の金融商品取引所に上場された後6か月が経過していないにもかかわらず、無効な廃止決議及び変更契約に依拠して本件新株予約権を行使したのであるから、行使条件に反する行使である。
その結果、発行済株式の総数8万株に1000株が加わり、既存株主の持株比率はその意思に反して低下する。Bは株主総会において行使条件を取締役会に一任することに反対していたのであり、上場条件の廃止についても株主の意思は全く問われていない。これは既存株主の持株比率の利益を害する重大な瑕疵である。
なお、上記1(2)の立場、すなわち行使条件の決定を取締役会に委任することが違法であるとの立場を前提とした場合にも、株主総会が決定していない行使条件に基づく行使である点で、株主総会の決定した募集新株予約権の内容に従った行使とはいえないから、同様に重大な瑕疵がある。
(4)したがって、Gに対して発行された甲社株式1000株は無効であり、Bらは新株発行無効の訴えによってその無効を主張することができる。
無効判決が確定した場合、当該株式は将来に向かってその効力を失い(839条)、甲社はGに対し、払込みを受けた金額に相当する金銭である500万円を支払わなければならない(840条1項)。
以上