司法試験 平成25年 商法
問題文
[民事系科目]〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,2:5:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)の定款は,別紙のとおりである。
甲社の発行済株式の総数は1000株であり,その資本金の額は4億円である。甲社は,会社法上の大会社ではない。
2.甲社は,亡Pが創業し,その妻Q,長男A,二男B,三男Cらと共に発展させてきた会社であり,株主構成としては,Qが120株,Aが400株,Bが250株,Cが150株を有し,そのほか,Aの長男Dが30株,亡Pの弟Eが50株を有していた。
甲社における取締役はA,B,C及びQの4人であり,代表取締役社長はAであった。これらの取締役は,いずれも平成23年3月に開催された定時株主総会(以下「平成23年総会」という。)で再任され,その任期は,平成24年12月31日に終了する事業年度に関する定時株主総会の終結の時までであった。
3.平成23年総会においては,取締役全員の報酬の総額を年6000万円以内とする旨の決議がされ,その直後の取締役会において,全員一致により,次の定時株主総会までの間の各取締役の報酬の額をAにつき2000万円,Bにつき1500万円,Cにつき1200万円,Qにつき1000万円とする旨の決議がされた。
その後,平成24年3月に開催された定時株主総会の直後の取締役会においても,全員一致により,次の定時株主総会までの間の各取締役の報酬につき,上記と同額とする旨の決議がされた。
4.平成24年10月,Qが死亡した。Qの相続人は,A,B及びCの3人であり,Qは,遺言をしていなかった。
遺産分割協議では,A,B及びCが互いに譲らない状況が続いていた。A,B及びCは,Qが有していた甲社株式についての権利行使者に関しても協議したが,合意に至らなかったため,平成25年1月20日,B及びCは,上記の権利行使者をBとすることに合意し,甲社に対し,連名でその旨を通知した。
5.平成25年1月下旬,Aは,Eから,Eの経営する会社が資金繰りに窮したために緊急にその有する甲社株式を換金したい旨の相談を受けた。
Aは,自己の意向に沿う株主を増やすことを企図し,Eに対し,友人である資産家のFを紹介した。Fは,Aから,甲社株式を保有してAを支持すれば,株式の価値も上がり良い投資になる旨説得され,株式の取得を承諾した。
同年2月13日,Eは,Fとの間で,その有する甲社株式50株を代金1億円で売り渡す旨の売買契約を締結し,甲社に対し,会社法所定の記載がされた株式譲渡承認請求書を提出した。
Aは,取締役会においてFが甲社株式を取得することについて承認しない旨の決定がされることを懸念し,他の取締役に対し,Eから株式譲渡承認請求書が提出されたことを伝えなかった。
6.その後,甲社において取締役会は開催されず,甲社からEに対して何の連絡もないまま,2週間が経過した。
平成25年3月1日,Aは,Fに対し,「Fが甲社株式を取得することについて取締役会の承認の効力が生じたので, 今後は, 株券の交付さえ受ければ, 特段の手続を要することなく, Fは,正式に甲社の株主として扱われることになる。」などと伝えた。Fは,Aの発言を信じ,Eに対し甲社株式の代金1億円を支払い,Eから株券の交付を受けた。Fは,甲社に対し,名義書換の請求手続を採らず,甲社において,名義書換の手続はされなかった。
Eは,受領した代金をその経営する会社のために使用した。
7.一方,Aは,甲社における自己の支配権を確立する目的で,あらかじめ自らの払込金を用意した上で,B及びCが短期間に調達することが困難な多額の出資を伴う株主割当てによる募集株式の発行を実施しようと考えていた。そして,Aは,銀行から一定額の融資を受ける見込みとなったが,なお払込金に不足する部分につき,取締役の報酬の増額により捻出しようと考えた。
8.甲社では,平成25年3月7日に開催された取締役会において,同月16日を開催日として,平成24年12月31日に終了した事業年度に関する定時株主総会(以下「平成25年総会」という。)を招集することとされ,平成25年総会に,①計算書類の承認議案を提案すること,並びに②任期満了を迎えるA,B及びCのほか,D及び甲社の総務部長Gを取締役候補者とする旨の取締役選任議案を提案することが,全員一致で承認された。
平成25年3月8日,甲社は,A,B,C,D及びFに対し,平成25年総会の招集通知を発送した。その招集通知には,第1号議案として上記①の議案が,第2号議案として上記②の議案が記載されていた。なお,平成25年総会における議決権の行使につき,基準日は定められなかった。
9.平成25年総会においては,A,B,C及びDが出席し,Fは,Dを代理人として,一切の議決権の行使を委任していた。
第1号議案及び第2号議案が満場一致で承認可決された後,Aは,株主総会の席上で,取締役全員の報酬の総額を年3億円以内に引き上げる旨の議案を提案した。Bは,甲社の経営状態を理由に反対する旨述べたが,株主総会の議長であるAは,採決をすることとした。
Aは,Qが有していた甲社株式についてのBによる議決権行使に関しては,その株式についての権利行使者の指定につきAの同意がないから,無効として取り扱うこととし,その結果,賛成した議決権の数が480個(内訳は,A400個,D30個,F50個),反対した議決権の数が400個 (内訳は, B250個, C150個) となり, 可決を宣言した (以下 「本件報酬決議」
という。)。
Aは,閉会の宣言をし,平成25年総会は,終了した。
10.平成25年総会の直後に開催された甲社の取締役会においては,取締役への就任を承諾したA,B,C,D及びGが出席した。
この取締役会において,Aから,(a)代表取締役としてAを選定すること,(b)次の定時株主総会までの間の各取締役の報酬の額をAにつき2億円,Bにつき1500万円,Cにつき1200万円,D及びGにつき各2000万円とすること,並びに(c)株主割当ての方法により募集株式を発行することが提案された。上記(c)については,株主に対しその有する株式5株につき2株の割当てを受ける権利を与えること,引受けの申込みの期日及び払込みの期日を平成25年4月1日とすること,募集株式1株の払込金額を200万円とすることなど,会社法所定の事項についての提案がされた。
上記(a)から(c)までの議案について,B及びCは反対したが,A並びにAから事前に話を聞いていたD及びGが賛成したため,これらの議案は,賛成多数により可決された。
11.平成25年3月17日,甲社は,株主に対し,上記10の株主割当てに係る募集事項その他の会社法所定の事項を通知し,その通知は,同日,株主全員に到達した。
12.平成25年4月1日,甲社は,各取締役に対し,上記10で定められた報酬の全額を支払った。
同日,A,D及びFは,募集株式の割当てを受ける権利を行使し,その払込金額の全額の払込みをした。B及びCは,甲社の経営の主導権を握りたかったが,その払込金額の一部しか資金を用意することができず,募集株式の割当てを受ける権利を行使しなかった。
〔設問1〕 上記5のEのFに対する甲社株式の譲渡が甲社に対する関係で効力を生ずるかどうかについて検討した上で,甲社が平成25年総会においてFを株主として取り扱うことの当否について,論じなさい。
〔設問2〕
⑴ Bが本件報酬決議の効力を否定するために会社法に基づき採ることができる手段について,論じなさい。
⑵ 甲社は,A,D及びGに対し,上記12において支払済みの報酬の全部又は一部の返還を請求することができるかどうかについて,論じなさい。ただし,取締役の会社に対する任務懈怠責任(会社法第423条)については,論じなくてよい。
〔設問3〕 Bが,①上記11の時点において,募集株式の発行を阻止するために会社法に基づき採ることができる手段,及び②上記12より後の時点において,募集株式の発行の効力を否定するために会社法に基づき採ることができる手段について,論じなさい。
別紙甲株式会社定款(商号)
第1条 当会社は,甲株式会社と称する。
(目的)
第2条 当会社は,次の事業を営むことを目的とする。
一 自動車部品の製造二 不動産の賃貸三 前二号に附帯関連する一切の事業(本店の所在地)
第3条 当会社は,本店を乙県丙市に置く。
(発行可能株式総数)
第4条 当会社の発行可能株式総数は,2000株とする。
(株式の譲渡制限)
第5条 当会社の株式を譲渡により取得するには,取締役会の承認を受けなければならない。
(株主割当ての方法による募集株式の発行)
第6条 当会社は,会社法第199条第1項の募集において,株主に株式の割当てを受ける権利を与える場合には,取締役会の決議により,同項各号に掲げる事項及び同法第202条第1項各号に掲げる事項を定めることができる。
(株券の発行)
第7条 当会社は,発行する株式に係る株券を発行する。
(機関)
第8条 当会社は,株主総会及び取締役のほか,取締役会及び監査役を置く。
2 当会社の監査役の監査の範囲は,会計に関するものに限定する。
(株主総会の招集権者及び議長)
第9条 株主総会は,代表取締役社長が,これを招集し,その議長となる。
(代表取締役社長)
第10条 取締役会は,その決議により,代表取締役社長を選定する。
(事業年度)
第11条 当会社の事業年度は,毎年1月1日から12月31日までの1年とする。
以上は,甲社の定款の全部である。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第2問〕本問は,非公開会社である甲社において代表取締役が自己の支配権を確立するために一連の方策を講じた事例に関して,譲渡制限株式の譲渡の効力と名義書換未了の場合の取扱い(設問1),株主総会における取締役の報酬の増額決議の効力,この決議に基づいて支払われた報酬の返還請求の可否及び範囲(設問2),株主割当てによる新株発行の差止めの可否及び新株発行の効力(設問3)を問うものである。
設問1前段は,EのFに対する株式譲渡の甲社に対する効力を問うものである。甲社は,株券発行会社であり,非公開会社であるから,甲社株式の譲渡が甲社に対する関係で効力を生ずるには,株券の交付により当事者間における株式譲渡の効力が発生することを前提として,取締役会の決議により株式譲渡の承認がされなければならない。本問では,会社法第145条の規定によるみなし承認の要件を形式的に充足していることを踏まえた上で,代表取締役Aが,取締役会においてFに対する株式譲渡が承認されないことを懸念し,これを取締役会に諮ることを回避して上記のみなし承認の要件を充足させたという事情を指摘する必要がある。そして,このような本来の制度の目的とは異なる目的でみなし承認の制度を利用した点がみなし承認の効力に影響を与え得るか否かについて,株式譲渡自由の原則,株式の譲渡制限とみなし承認の制度趣旨,甲社の既存株主又は譲受人Fのいずれの利益を保護すべきか等に触れながら,説得的に論ずることが求められる。
設問1後段では,基準日の定めがなく,株主総会当日の株主に議決権を行使させればよいことを前提として,名義書換をしていないFを会社側から株主として取り扱うことができるか否かについて,名義書換が対抗要件であること(会社法第130条)やその趣旨に照らして論ずることが求められる(最判昭和30年10月20日民集9巻11号1657頁参照) 。本問では,代表取締役Aの言動が原因となってFから名義書換の請求がされていないことから,Fに法定の手続を履践していないという一定の落ち度は認められるものの,名義書換の不当拒絶に類似する状況であるという視点から論ずることも考えられる。設問1前段において,みなし承認の効力を否定し,EのFに対する株式譲渡は甲社に対して効力を生じていないという結論を採った場合には,株式譲渡の効力要件を具備しながらも名義書換未了の株主を会社側から株主として取り扱うことができるかという問題とは異なることを意識した上で,論ずることが必要である。
設問1全体を通じて,株式譲渡の当事者間における効力,会社に対する効力及び会社に対する対抗要件について,その制度趣旨,要件,相互の論理的関係等を理解した上で,筋の通った解答をすることが求められる。
設問2前段は,平成25年総会における取締役の報酬の増額決議の効力を問うものである。
具体的には,まず,①取締役会設置会社である甲社の株主総会において,その招集の際に定められた株主総会の目的である事項(会社法第298条第1項第2号)以外の事項について決議をしたことについて,同法第309条第5項に違反し,株主総会の決議方法の法令違反という同法第831条第1項第1号の決議取消事由に該当することを指摘する必要がある。また,②Qの死亡により遺産共有状態にある株式の権利行使者の指定(同法第106条)が共有者の持分の過半数の同意により行われたことについて,同条の規定の趣旨,上記の権利行使者の指定の持つ意味,権利行使者の指定に共有者の全員一致を要するとする見解との比較等を踏まえ,その指定の効力を論じた上で,議長AがBによる議決権の行使を認めなかった取扱いの法的評価につき,上記①と同様の決議取消事由に該当するか否かを論ずる必要がある(最判平成9年1月28日集民181号83頁参照)。さらに,③同法第831条第1項第3号の決議取消事由に関しても,取締役の報酬総額を定める株主総会決議について取締役である株主が特別利害関係人に該当するか否か,その議決権行使によって著しく不当な決議がされたか否かについて,本問の事実関係に即して論ずることが求められる。上記①から③までに加え,設問1において,譲受人Fを株主として取り扱うことができないという結論を採った場合には,Eに株主総会の招集通知を発していないこと及びFの議決権行使を許容したことについても,決議取消事由に該当するか否かを論ずることが考えられる。なお,これらの決議取消事由については,同法第831条第2項の裁量棄却の余地があるか否かを論ずることも期待される。
設問2後段では,平成25年総会における取締役の報酬の増額決議が取り消されると,当該増額決議は遡及的にその効力を失うこと,その結果,平成23年総会における取締役の報酬総額の決議がなお効力を有することとなることを前提として,平成23年総会において定められた報酬総額の枠を超える額の個別報酬額を定めた取締役会決議の効力を論ずる必要がある。具体的には,この取締役会決議が全部無効となるのか又は一部無効にとどまるのか,一部無効となる場合には,各取締役に対する報酬決定について無効となる金額,全部無効となる場合には,全部返還を求め得るのか等の検討を踏まえて,結論の妥当性をも意識しつつ,各取締役に対して不当利得として報酬の返還を求め得ること及びその具体的金額について,説得的かつ論理的に論ずることが求められる。
設問3前段は,本問のような株主割当てによる新株発行に対し,不公正発行を理由とする差止請求(会社法第210条第2号)ができるか否かを問うものである。同号は,株式の発行が「著しく不公正な方法」により行われることを要件とするところ,本問では,株主全員に申込みの機会を付与する株主割当ての事案であること,新株発行の目的がAによる支配権の確立にあること,Aは,取締役の報酬の増額により,払込資金を用意するために有利な状況を自ら作出していること等の事実を的確に摘示した上で,上記の要件に該当することを説得的に論じ,また,「株主が不利益を受けるおそれ」という要件についても,株主Bが持株比率の低下という不利益を受けるおそれがあることを記述することが必要である。さらに,差止請求の実効性を確保する観点から,これを被保全権利とする仮処分(民事保全法第23条第2項)についても,保全の必要性に関する事情を指摘しつつ,言及すべきである。
設問3後段では,新株発行無効の訴え(会社法第828条第1項第2号)の可否について論ずることが求められる。この訴えに係る無効事由について法の定めがないことを前提として,新株発行により形成された法律関係の安定性や新株発行が会社の業務執行に準ずるものであることを重視する見解(最判平成6年7月14日集民172号771頁参照)を踏まえつつ,本問では,甲社が非公開会社であり,株主の持株比率の利益が重視されるべきであること,他方で,Bは,新株発行差止請求権を被保全権利とする仮処分により救済を受けることが可能であったこと等を意識しながら,説得的に論ずることが必要である。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 EのFに対する甲社株式の譲渡の甲社に対する効力
(1)甲社は、その発行する全部の株式について譲渡による取得に取締役会の承認を要する旨を定款で定めており(定款5条、会社法107条1項1号、2項1号)、また株券を発行する旨を定めている(定款7条、214条)。
株券発行会社においては、株式の譲渡は株券を交付しなければその効力を生じない(128条1項)。Eは平成25年3月1日にFに対し株券を交付しているから、当事者間では同日に譲渡の効力が生じている。
もっとも、譲渡制限株式の譲渡は、取締役会の承認を受けなければ会社に対する関係では効力を生じない(最判昭48.6.15)。これは、譲渡制限の制度が、会社にとって好ましくない者が株主となることを防止する点にあることによる。甲社は取締役会設置会社であるから、承認の決定は取締役会の決議によってする(139条1項)。
(2)本件では、Eが平成25年2月13日に会社法所定の記載がされた株式譲渡承認請求書を提出しているから、適法な譲渡承認請求(136条、138条1号)がされている。会社が請求の日から2週間以内に承認するか否かの決定の内容を請求者に通知しなかった場合には、承認する旨の決定をしたものとみなされる(145条1号、139条2項)。甲社においては取締役会が開催されず、Eに対して何の連絡もないまま2週間が経過しているから、形式的にはみなし承認の要件を充足している。
(3)しかし、代表取締役Aは、取締役会においてFによる取得が承認されないことを懸念し、他の取締役に承認請求書の提出を伝えないことによって、意図的にみなし承認の要件を充足させている。そこで、このような本来の制度目的とは異なる目的によるみなし承認が、なお効力を有するかが問題となる。
145条の趣旨は、会社が譲渡承認の決定を不当に遅延させることにより譲渡当事者の地位が長期間不安定となることを防ぎ、株式譲渡自由の原則(127条)と譲渡制限制度との調和を図ることにある。すなわち、承認手続を適時に行わなかったことによる不利益は会社の側が負担すべきものとされているのである。
そして、承認請求書の提出を受けながらこれを取締役会に諮らなかったことは、代表取締役の職務執行の懈怠という会社内部の事情にすぎず、譲渡の当事者であるE及びFはこれを知り得る立場にない。それにもかかわらず、会社内部の事情や代表取締役の主観的意図によってみなし承認の効力が左右されるとすれば、譲渡当事者は極めて不安定な地位に置かれ、株式譲渡自由の原則が害される。他方、既存株主の利益は、代表取締役に対する責任追及(423条1項)や解任(339条1項、854条)によって図ることができる。
したがって、みなし承認の効力は客観的な要件の充足によって生じ、本件においてもその効力は否定されない。よって、EのFに対する甲社株式の譲渡は、甲社に対する関係でも効力を生じている。
2 甲社が平成25年総会においてFを株主として取り扱うことの当否
(1)株式の譲渡は、譲受人の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し、又は記録しなければ、会社に対抗することができない(130条1項、2項)。Fは甲社に対し名義書換の請求をしておらず、甲社において名義書換はされていない。そこで、名義書換未了のFを会社の側から株主として取り扱うことができるかが問題となる。
なお、平成25年総会については基準日が定められていないから、株主総会の時点における株主が議決権を行使することができる。
(2)130条の趣旨は、多数の株主を相手とする会社の事務処理の便宜を図り、会社が株主名簿の記載に従って画一的に株主を取り扱うことを認める点にある。この趣旨は専ら会社の利益のためのものであるから、会社が自己の危険において、名義書換未了の実質上の株主を株主として取り扱うことは差し支えないと解される(最判昭30.10.20)。
(3)もっとも、130条の画一的処理の要請は、会社が恣意的に株主を選別して取り扱うことを許すものではない。株主名簿の記載と異なる取扱いが、会社の機関の私的な目的のために特定の者についてのみ行われる場合には、他の株主の利益を害するものであって、130条の趣旨を逸脱するものとして許されない。
本件では、Aは、自己の意向に沿う株主を増やすことを企図してFにEの株式を取得させ、その際、「株券の交付さえ受ければ、特段の手続を要することなく、Fは、正式に甲社の株主として扱われることになる。」と述べて、Fに名義書換の請求をさせなかった。その上で、甲社は平成25年総会の招集通知を株主名簿上の株主であるEには発せず、名義書換未了のFに発し、FがDを代理人として行使した50個の議決権を本件報酬決議の賛成票に算入している。これは、代表取締役であるAが、自己の支配権を確立するために名義書換制度を利用し、自己に有利な場面に限って名義書換未了の者を株主として取り扱ったものである。
もっとも、Fが名義書換の請求をしていないのはAの誤った説明に起因するのであるから、Fの側から名義書換の不当拒絶に類する状況にあるとして株主としての権利を主張することは認められるべきである。しかし、それは会社が一方的にFを株主として取り扱うことを正当化するものではない。
したがって、甲社が平成25年総会においてFを株主として取り扱ったことは、不当であって許されない。
第2 設問2
1 小問(1) 本件報酬決議の効力を否定するための手段
Bは甲社株式250株を有する株主であるから、本件報酬決議の日から3か月以内に、株主総会決議取消しの訴え(831条1項)を提起することができる。本件報酬決議の内容自体が法令に違反するものではないから決議無効確認の訴え(830条2項)は妥当せず、決議が物理的・法律的に存在しないともいえないから決議不存在確認の訴え(830条1項)も適切でない。取消事由として、以下の各点を主張すべきである。
(1)招集通知に記載のない事項について決議をしたこと
取締役会設置会社の株主総会は、招集の際に定められた株主総会の目的である事項(298条1項2号)以外の事項については決議をすることができない(309条5項)。これは、株主が事前に議題を知り、出席及び議決権行使の準備をする機会を確保する趣旨である。
本件では、平成25年総会の招集通知に記載されていたのは計算書類の承認議案及び取締役選任議案のみであり、取締役の報酬総額の増額は目的事項とされていない。それにもかかわらず、Aは総会の席上でこれを提案し、採決を行っている。全株主が出席して異議なく決議に同意した場合であれば別論であるが、本件ではBが反対しており、また株主名簿上の株主であるEは出席していない。
したがって、309条5項に違反し、決議方法の法令違反として831条1項1号の取消事由となる。
(2)Bによる議決権行使を認めなかったこと
Qの死亡により、Qが有していた甲社株式120株は、相続人であるA、B及びCの遺産共有に属する(民法898条、264条)。株式が2以上の者の共有に属する場合、共有者は、当該株式についての権利を行使する者1人を定め、会社に通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない(106条本文)。
権利行使者の指定方法について、共有者全員の一致を要するとする見解もある。しかし、全員一致を要するとすれば、共有者間に意見の対立がある場合には権利行使が永久に不可能となり、会社の運営に支障を生ずるとともに、共有者の利益にも反する。権利行使者の指定は共有物の管理に関する行為(民法252条本文)に当たるから、各共有者の持分の価格に従い、その過半数をもって決することができると解する(最判平9.1.28)。
本件では、A、B及びCの相続分は各3分の1であり(民法900条4号)、持分の価格の3分の2を有するB及びCの合意により権利行使者をBと定め、平成25年1月20日に連名で甲社に通知している。したがって、権利行使者の指定は有効であり、Bは120個の議決権を行使することができた。
それにもかかわらず、議長Aは、Aの同意がないことを理由にBによる議決権行使を無効として取り扱っている。これは106条の解釈を誤り、適法な議決権行使を排除したものであって、決議方法の法令違反として831条1項1号の取消事由となる。Bの120個を反対票に加えれば、賛成480個に対し反対520個となり、本件報酬決議は否決されるべきであった。
(3)Eに招集通知を発せず、Fの議決権行使を認めたこと
設問1で述べたとおり、甲社がFを株主として取り扱うことは許されない。そうすると、甲社は、株主名簿上の株主であるEに対して招集通知を発しておらず(299条1項、126条1項)、招集手続の法令違反がある。また、株主として取り扱うべきでないFに議決権を行使させた点は決議方法の法令違反である。いずれも831条1項1号の取消事由となる。Fの50個を賛成票から除けば、賛成は430個にとどまる。
(4)特別の利害関係を有する者の議決権行使による著しく不当な決議
831条1項3号は、株主総会の決議について特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことにより著しく不当な決議がされたことを取消事由とする。
取締役の報酬の総額を定める決議は、会社と取締役との間の利益が相反する事項であり、取締役である株主は当該決議によって直接に自己の経済的利益を得る立場にある。したがって、取締役である株主は特別の利害関係を有する者に当たる。Aは甲社の代表取締役であり、400個の議決権を行使して賛成している。
そして、本件報酬決議は、取締役全員の報酬総額を年6000万円以内から年3億円以内へと5倍に引き上げるものである。甲社は資本金4億円の大会社でない会社であり、Bは経営状態を理由に反対している。しかも、Aは、募集株式の払込金に不足する部分を取締役の報酬の増額により捻出しようと考えて本件報酬決議を提案したものであり、現にその直後の取締役会においてA自身の報酬が2000万円から2億円へと10倍に増額されている。これは、会社財産を流出させてA個人の支配権確立のための資金に充てるものであって、会社及び他の株主の利益を著しく害する。
したがって、著しく不当な決議がされたものであり、831条1項3号の取消事由も認められる。
(5)裁量棄却の可否
裁判所は、招集手続又は決議方法の法令違反につき、違反する事実が重大でなく、かつ決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、請求を棄却することができる(831条2項)。
しかし、309条5項違反は株主の議案検討の機会を奪う重大な違反であり、Bの議決権行使の排除及びFの議決権行使の許容は、いずれもこれを正せば結論が逆転するものであって決議に影響を及ぼす。したがって裁量棄却は認められない。
よって、Bの決議取消しの請求は認められる。
2 小問(2) 支払済み報酬の返還請求の可否
(1)株主総会決議取消しの判決は、会社の組織に関する行為の無効又は取消しの判決と異なり遡及効が制限されないから、本件報酬決議は遡って効力を失う。その結果、平成23年総会における取締役全員の報酬の総額を年6000万円以内とする旨の決議がなお効力を有することとなる。
取締役の報酬等は、定款又は株主総会の決議によって定めなければならない(361条1項)。これは、取締役が自ら報酬を定めることによる会社財産の不当な流出(いわゆる取締役の自己決定の弊害)を防止する趣旨である。もっとも、株主総会において取締役全員の報酬の総額の上限を定め、各取締役への配分を取締役会の決議に委ねることは、上記趣旨に反しないから適法である。
(2)平成25年総会の直後の取締役会決議は、各取締役の報酬の額をAにつき2億円、Bにつき1500万円、Cにつき1200万円、D及びGにつき各2000万円と定めたものであり、その合計は2億4700万円に達する。これは、株主総会が定めた年6000万円以内という枠を大きく超えるものであって、株主総会決議による委任の範囲を超える。
そこで、当該取締役会決議が全部無効となるか、枠を超える部分についてのみ一部無効となるかが問題となる。
一部無効と解すべきであるとの見解は、適法に職務を執行した取締役に対し一切の報酬を認めないことは不当であることを根拠とする。しかし、一部無効と解する場合には、6000万円の枠を各取締役にどのように配分するかを決しなければならないが、本件取締役会決議は各取締役の報酬額を相互に関連させて一体として定めたものであり、しかも総額の枠を4倍以上超過している。いかなる基準により枠内の有効部分を画するかについて合理的な基準を見いだすことはできず、裁判所が配分を定めることは361条1項が報酬の決定を株主総会及びその委任を受けた取締役会の権限とした趣旨にも反する。
したがって、本件取締役会決議は全部無効と解すべきである。
(3)そうすると、A、D及びGの報酬の額を定める有効な決定は存在しないことになる。361条1項の趣旨に照らせば、報酬の額を定める有効な決定がない限り、取締役は会社に対して報酬請求権を取得しない。
したがって、平成25年4月1日に支払われた報酬は法律上の原因を欠くものであり、A、D及びGは不当利得としてこれを返還する義務を負う(民法703条)。そして、Aは報酬の増額を自らの払込資金を捻出するために企図した者であり、D及びGもAから事前に話を聞いて取締役会決議に賛成した者であって、いずれも報酬決議及び取締役会決議の瑕疵を認識していた悪意の受益者である。よって、受けた利益に利息を付して返還しなければならない(民法704条)。
甲社は、Aに対し2億円、D及びGに対し各2000万円並びにこれらに対する利息の返還を請求することができる。
なお、仮に一部無効と解する立場に立つとしても、Aについては従前の報酬額である2000万円を超える1億8000万円の返還を免れず、D及びGについても、枠内の残余を超える部分の返還義務を負う。
第3 設問3
1 ① 募集株式の発行を阻止するための手段
(1)募集株式の発行の差止請求
株主は、募集株式の発行が法令若しくは定款に違反する場合(210条1号)又は著しく不公正な方法により行われる場合(同条2号)において、これにより不利益を受けるおそれがあるときは、会社に対し当該募集株式の発行をやめることを請求することができる。甲社は公開会社でないから、株式の保有期間の要件はない。
まず、甲社は公開会社でない会社であるが、定款6条により、株主に株式の割当てを受ける権利を与える場合には取締役会の決議によって募集事項等を定めることができるとされている(202条3項2号)。したがって、取締役会決議により募集事項を定めたこと自体に法令・定款違反はない。また、株主割当ての場合には有利発行に関する規定は適用されないから(202条5項)、払込金額が1株200万円であることをもって有利発行の手続違反をいうこともできない。そこで、210条2号の不公正発行に当たるかを検討する。
(2)「著しく不公正な方法」の意義
募集株式の発行が、資金調達その他の事業上の必要性に基づくものではなく、取締役の支配権の維持・確立又は特定の株主の持株比率の低下を主要な目的としてされた場合には、「著しく不公正な方法」による発行に当たると解する。
株主割当ての方法による発行は、全株主にその持株数に応じて割当てを受ける権利を与えるものであるから、原則として持株比率に変動を生じさせず、不公正発行とはならない。しかし、株主の資金力に著しい差があることを利用し、特定の株主が払込みをすることが事実上不可能な条件を設定して発行する場合には、形式的に割当てを受ける権利を与えたとしても、実質的には当該株主の持株比率を低下させることを目的とするものであり、不公正発行に当たる。
(3)本件へのあてはめ
本件では、Aは、甲社における自己の支配権を確立する目的で、あらかじめ自らの払込金を用意した上で、B及びCが短期間に調達することが困難な多額の出資を伴う株主割当てによる募集株式の発行を実施しようと考えていた。発行条件は5株につき2株、1株の払込金額200万円であり、Bは100株につき2億円、Cは60株につき1億2000万円の払込みを要することとなる。しかも、募集事項の通知は平成25年3月17日にされ、引受けの申込みの期日及び払込みの期日は同年4月1日と定められており、2週間程度しか資金調達の猶予がない。
他方、Aは、銀行からの融資の見込みを得たほか、なお不足する部分を取締役の報酬の増額によって捻出しようと考え、現に本件報酬決議及びこれに基づく取締役会決議により自己の報酬を2億円に増額させている。すなわち、Aは会社財産を用いて自己の払込資金を用意するという有利な状況を自ら作出している。また、甲社に具体的な資金需要が存在したことをうかがわせる事情はない。
以上によれば、本件募集株式の発行は、Aの支配権確立を主要な目的とするものであり、著しく不公正な方法による発行に当たる。
そして、Bは、払込みをしなければ持株比率が低下するという不利益を受けるおそれがある。現にA、D及びFのみが割当てを受ける権利を行使した結果、Bの持株比率は4分の1から約2割に低下し、Aを中心とする株主の持株比率は過半数に達することとなる。
したがって、Bは210条2号に基づき募集株式の発行の差止めを請求することができる。
(4)仮処分の申立て
差止請求の訴えを提起しても判決の確定前に払込期日が到来すれば実効性を欠く。そこで、Bは、210条2号の差止請求権を被保全権利として、募集株式の発行を仮に差し止める仮処分を申し立てるべきである(民事保全法23条2項)。保全の必要性としては、払込期日が平成25年4月1日と目前であること、いったん株式が発行されれば後述のとおり無効が認められにくく、持株比率の低下という不利益は事後的に回復することが困難であることを主張すべきである。
(5)報酬支払の差止め
Aによる自己への報酬の支払は、361条1項の有効な決定を欠くものであり、法令に違反する行為である。甲社は監査役を置いているが、その監査の範囲は会計に関するものに限定されており(定款8条2項、389条1項)、2条9号の監査役設置会社には当たらない。したがって、Bは、株主として、会社に著しい損害が生ずるおそれがあることを要件として(360条1項、3項の適用はない)、Aに対し報酬の支払の差止めを請求することができる。あわせて本件報酬決議の取消しの訴えを提起することにより、払込資金の捻出を阻止すべきである。
2 ② 募集株式の発行の効力を否定するための手段
(1)株式の発行がその効力を生じた後は、その無効は、新株発行無効の訴え(828条1項2号)によってのみ主張することができる。甲社は公開会社でないから、提訴期間は株式の発行の効力が生じた日から1年以内である(同条2項2号)。Bは株主であるから原告適格を有する。なお、払込みが現にされ株式が発行されているから、新株発行不存在確認の訴え(829条1号)によることはできない。
(2)無効事由については法に定めがない。新株発行は会社の業務執行に準ずるものであり、また新株発行によって多数の者との間に法律関係が形成されるから、その安定を図る必要がある。そこで、無効事由は限定的に解すべきであり、判例も、著しく不公正な方法による新株発行であっても、それだけでは無効原因とならないとしている(最判平6.7.14)。不公正発行については、株主は事前に差止請求(210条)によって救済を受けるべきであるというのがその趣旨である。
もっとも、公開会社でない会社においては、株式に流通性がなく取引の安全を害する程度が小さい一方、株主の持株比率の維持に関する利益が重視されるべきである。判例も、公開会社でない会社において株主総会の特別決議を欠いてされた募集株式の発行は無効であるとしている(最判平24.4.24)。
(3)しかし、本件では、法令及び定款上必要とされる取締役会の決議(定款6条、202条3項2号)は経られており、手続の欠缺はない。また、本件発行は株主割当ての方法によるものであって、Bに対してもその持株数に応じて割当てを受ける権利が与えられており、株主平等の形式は保たれている。
そして、甲社は平成25年3月17日に株主全員に対し募集事項その他会社法所定の事項を通知し、通知は同日全員に到達している。Bは、払込期日である同年4月1日までの間に、上記のとおり差止請求権を被保全権利とする仮処分によって発行を阻止する機会を有していたにもかかわらず、これを行わなかった。差止めの機会が実質的に確保されていたにもかかわらずこれを行使しなかった株主が、事後に無効を主張して既に形成された法律関係を覆すことは認められるべきでない。
したがって、本件募集株式の発行が著しく不公正な方法によるものであっても無効事由とはならず、Bの新株発行無効の訴えは認められない。
(4)Bは、本件報酬決議の取消しの訴え(831条1項)によって報酬の返還を実現し、また、A、D及びGに対する責任追及等の訴え(847条1項)によって損害の回復を図るべきである。
以上