司法試験 平成24年 商法
問題文
[民事系科目]〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,2:5:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,主に情報サービス事業を営む監査役会設置会社であり,その株式を東京証券取引所に上場している。
甲社の資本金は30億円,その発行済株式の総数は100万株である。
甲社の取締役は,平成20年6月に選任されたA,B,C及びDの4名であり,Aが代表取締役社長である。なお,Aは,甲社の株式1万株を有している。
甲社の監査役は,平成19年6月に選任されたE,F及びGの3名であり,Eが常勤監査役,F及びGが非常勤の社外監査役である。
2.甲社の定款には,(a)定時株主総会の議決権の基準日は,毎年3月31日とすること,(b)株主総会は,取締役社長がこれを招集し,議長とな ること,(c)取締役の員数は,6名以内とすること,(d)取締役の選任決議は,議決権を行使することができる株主の議決権の3分の1以上を有する株主が出席し,その議決権の過半数をもっ て行うこと,(e)取締役の選任決議は,累積投票によらないものとすること,(f)取締役会は,その決議によって取締役会長及び取締役社長各1名を定めることができること,(g)事業年 度は,4月1日から翌年3月31日までの1年とすることなどが定められている。
なお,甲社には,取締役の任期を短縮する旨の定款の定めや株主総会の決議はない。
3.甲社は,平成20年秋頃の経営環境の著しい悪化を受け,その業績及び株価は,共に下落の一途をたどった。それにもかかわらず,Aは,効果的な経営立て直し策を実施できないままでいたため,甲社内外のAに対する評価は,日増しに厳しくなる一方であった。
これに危機感を抱いたB,C及びDは,Aに対し,Aは取締役会長となって一線を退き,新たに外部から経営者を迎えて代表取締役社長とすることを求めた。結局,Aも,この求めに応じざるを得ず,Hを新たに甲社の代表取締役社長として迎えることに同意した。
これを受けて,平成21年6月に開催された甲社の定時株主総会において,Hが取締役に選任され,就任し,また,その後に開かれた甲社の取締役会において,Hが代表取締役社長に選定され,Aは代表権のない取締役会長となった。
4.乙株式会社(以下「乙社」という。)は,設立以来,株主も取締役もPだけの会社であるが,実際の事業活動は,ほとんど行っていない。
乙社は,平成21年7月に入り,金融業者から融資を受けて市場において甲社の株式を買い集め,平成22年1月に,甲社の株式33万株を有するに至った。
5.平成22年6月に開催された甲社の定時株主総会(以下「22年総会」という。 )では,その終結の時をもって,取締役5名のうちHを除くA,B,C及びDの4名について取締役の任期が満了するため,A,B,C及びDの4名を候補者とする取締役選任議案が会社提案として提出された。
ところが, 甲社の株主である乙社から, 上記の取締役選任につき, 会社法第304条に基づき,P,Q及びRの3名を候補者として追加する旨の議案が提出された。なお,乙社は,Dの選任については賛成する意向であった。
議長であるHは,事前に何も知らされていなかったためやや驚いたものの,淡々と議事を進めることとし,A,B,C,D,P,Q,Rの順に,候補者ごとに投票による採決をした。
投票による採決の結果,Hは,Aから上記の順に得票数(候補者の選任に賛成する議決権の数をいう。以下同じ。)を集計し,Pの得票数を集計した時点で,出席株主の議決権の過半数の賛成を得た候補者が4名に達したので, Q及びRの得票数については議場で集計しないで, B, C,D及びPの4名だけが取締役に選任された旨を宣言した。なお,各候補者の実際の得票数等は,次のとおりであった。
議決権を行使することができる株主の議決権の数:100万個出席株主の議決権の数:77万個各候補者の得票数A:33万個B:39万個C:43万個D:65万個P:42万個Q:41万個R:40万個
6. 22年総会の後に開かれた甲社の取締役会には, H, B, C, D及びPが取締役として, また,E,F及びGが監査役として,それぞれ出席した。
この取締役会で,Pは,甲社が乙社に対して平成22年7月中に15億円の貸付けを無担保で行う旨の提案をした(以下この貸付けを「本件貸付け」という。)。これに対し,説明が不十分であるとしてFが強く異議を述べたものの,この提案は,議決に加わらなかったPを除くH,B,C及びDの賛成により承認された。
7.Fは,この取締役会の後に引き続いて開かれた甲社の監査役会でも,本件貸付けはさせるべきでない旨を強く主張したが,E及びGは,これに取り合わなかった。最終的には,Eが,本件貸付けについては問題視しないことを監査役会の方針とする旨の提案をし,Fが反対したものの,Gは,この提案に賛成した。
8.E,F及びGは,平成23年6月に開催される甲社の定時株主総会(以下「23年総会」という。)の終結の時をもって監査役の任期が満了するところ,同年3月に,Hは,甲社の監査役会に対し,23年総会に提出する監査役選任議案の候補者は,E,Q及びRの3名としたい旨を伝えた。
9.平成23年4月上旬に,Eが,甲社の監査役会において,上記の監査役選任議案の提出に同意する旨の提案をしたが,F及びGが賛成しなかったため,この提案は可決されなかった。
他方,Fが,この監査役会において,E,F及びGの3名を候補者とする監査役選任議案(以下 「議案①」という。)を23年総会に提出することを取締役に対して請求する旨の提案をした。
この提案は,F及びGの賛成により,可決された。そこで,甲社の監査役会は,Hに対し,議案①を23年総会に提出することを請求した。
10.平成23年4月下旬に,Pは,甲社の株主である乙社を代表して,甲社に対し,監査役3名の選任を23年総会の目的とすること並びにE,Q及びRの3名を候補者とする監査役選任議案(以下「議案②」という。)の要領を招集通知に記載することを請求した。なお,社債,株式等の振替に関する法律第154条第3項所定の通知(いわゆる個別株主通知)に係る要件は満たされていた。
11.平成23年6月7日に,Hは,H,B,C,D及びPの賛成による取締役会決議に基づき,議案①及び議案②を含む23年総会に係る招集通知を発した。
12.平成23年6月29日に,Hが議長となって23年総会が開催された。この株主総会に監査役として出席したFは,議案①及び議案②の審議の際に,監査役の選任について意見を述べようと,議長であるHに対して発言の機会を求めた。しかし,Hがこれを制止したため,Fは,意見を述べることができなかった。
Hは,採決の結果,議案①については,出席した株主の議決権の過半数の賛成を得られなかったことから,否決を宣言し,議案②については,出席した株主の議決権の過半数の賛成を得たことから,可決を宣言した。これに基づき,E,Q及びRが監査役に就任した。
〔設問1〕 上記5のとおり,22年総会において,Hは,B,C,D及びPの4名だけが取締役に選任された旨を宣言したが,この取締役選任の当否について,論じなさい。
なお,解答に当たっては,次の2点を前提としてよい。
ア.22年総会における甲社の会社提案の提出及び乙社による会社法第304条に基づく議案の提出は,いずれも適法であったこと。
イ.22年総会の日から3か月以内に,株主総会の決議の取消しの訴えは,提起されなかったこと。
〔設問2〕 上記1から上記7までを前提として,次の⑴及び⑵に答えなさい。
⑴ Hが甲社を代表して本件貸付けを実行しようとしている場合,A及びFが本件貸付けをあらかじめ阻止するために行使することができる会社法上の権限について,論じなさい。
⑵ Hが甲社を代表して本件貸付けを実行し,その後,乙社が倒産し,甲社が本件貸付けの返済を受けられなくなった場合, A及びFは, 本件貸付けに関し, H, D及びPに対し, 会社法上,どのような責任追及をすることができるかについて,論じなさい。
〔設問3〕 上記12の後,A及びFは,23年総会において否決を宣言された議案①及び可決を宣言された議案②につき,株主総会の決議の取消しの訴えを提起しようと検討している。この訴えに関して考えられるA及びFの主張並びにその当否について,論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第2問〕本問は,22年総会における取締役4名(B,C,D及びP)の選任の当否(設問1) ,本件貸付けに関する株主A及び監査役Fによる事前(設問2 (1))及び事後(同 (2))の対応並びに23年総会決議に関するA及びFによる決議取消しの訴えの当否(設問3)について,問うものである。設問2は,会社法の基本的な理解及び事例を踏まえた分析力と論述力を問うものである。他方,設問1及び設問3の主な出題意図は,何が問題となるかを見抜き,これに論理的に対応する能力を問うことにある。また,全体として,会社法の条文を的確に理解し,これを摘示することも求められている。
設問1では,22年総会における取締役4名(B,C,D及びP)の選任の当否が問われている。同総会では,㋐A,B,C及びDの4名を候補者とする取締役選任議案が会社提案として提出され,㋑甲社の定款には,取締役の員数は6名以内と定められている(任期の満了しない取締役Hがいるため,同総会において選任可能な定款上の取締役の員数は5名以内となる。)一方で,結果的にはB,C,D,P,Q及びRの6名の取締役候補者について会社法第341条の選任のための決議要件が満たされていることから,このような場合に,①取締役として何名が選任され得るか(㋐4名か,㋑5名か,あるいは㋒決議の瑕疵を生じさせるにとどまり6名全員かなど)や,②選任され得る取締役の数を超えて同条の決議要件を満たす候補者がいる場合の決定方法(採決順か得票順かなど)が問題となることを指摘し,自らの考え方を述べた上,当てはめをすることが求められる。どのような結論を採るにせよ,その結論が同条を含む会社法の規定から当然に導かれるものではないことに留意しつつ,他の考え方も意識しながら説得的に自らの考え方を論ずることが期待される。
次に,設問2の本件貸付けに関する株主A及び監査役Fの対応については,事前の対応(小問(1))としての差止請求と,事後の対応(小問 (2))としての損害賠償請求について,それぞれ論述することが求められる。小問 (1)の差止請求については,会社法第360条第1項及び第3項と同法第385条第1項を摘示しつつ,その要件(特に「法令に違反する行為」という要件)を検討し,問題文にある事実を抽出した丁寧な当てはめをすることが求められる。
実務的な観点からは,仮処分(同法第385条第2項参照)にも言及することが望ましい。
小問(2)の損害賠償請求については,本件貸付けが利益相反取引(同法第365条第1項,第356条第1項第2号)に該当することを指摘しつつ,H,D及びPにつき,それぞれ同法第423条第3項各号により任務懈怠が推定されることを踏まえ(Pについては,更に同法第428条第1項参照),当てはめをすることが求められる。その上で,株主Aによる責任追及としては甲社に対する提訴請求及び株主代表訴訟(同法第847条)について,監査役Fによる責任追及としてはその提訴権限(同法第386条第1項)について,それぞれ条文を摘示しつつ論述することが求められる。なお,小問 (1)及び(2)に共通して,監査役Fの権限を論ずるに際しては,甲社の監査役会において,Eが「本件貸付けについては問題視しないことを監査役会の方針とする」旨を提案し,Gがこれに賛成していることから,監査役の独任性との関係(同法第390条第2項ただし書)について触れることが求められ,また,監査役の調査権限(同法第381条第2項)についても触れることが望ましい。
最後に,設問3の23年総会決議についての決議取消しの訴えの当否については,まず,否決を宣言された議案①については,同議案に係る「否決の決議」がそもそも決議取消しの訴えの対象となるか否かが問題となることを指摘し,これを検討することが求められる。どのような結論を採るにせよ,決議取消しの訴えの制度趣旨に立ち返った上で,その対世効や,決議が取り消された場合には株主は3年経過前でも議案の再提出が可能となること(同法第304条)等を勘案しながら,自らの考え方を述べることが期待される。次に,可決を宣言された議案②(上記の検討において,議案①が決議取消しの訴えの対象となるとの結論を採った場合には,議案①も同様である。)については,Fの主張に関しては,決議取消しにより監査役としての権利義務を有することとなる者(同法第346条第1項)にも明文で原告適格が認められていること(同法第831条第1項後段)を踏まえつつ,監査役の選任に関する意見陳述の機会(同法第345条第4項,第1項)が奪われていることを,Aの主張に関しては,このようなFに関する手続上の瑕疵をAが主張することができるか否かを,それぞれ条文を摘示しつつ論ずることが求められる。また,設問1において採った結論によっては,23年総会の招集に係る取締役会決議の瑕疵の存否や,22年総会において取締役に選任されたとも考えられるQやRが監査役に選任されることの適否について論ずることも期待される。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 選任可能な取締役の員数
取締役の選任決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う(会社法341条)。定足数は定款で3分の1未満に引き下げることはできないが、甲社の定款(d)は3分の1以上としており適法である。
本件では、議決権を行使することができる株主の議決権100万個のうち77万個を有する株主が出席しており、定足数は満たされている。各候補者の得票数をみると、出席株主の議決権の過半数は38万5000個を超える数であるから、A(33万個)はこれに達せず選任されない。他方、B(39万個)、C(43万個)、D(65万個)、P(42万個)、Q(41万個)、R(40万個)の6名は、いずれも341条の決議要件を満たしている。
しかし、甲社の定款(c)は取締役の員数を6名以内と定めている。Hは平成21年6月に選任されており、その任期は選任後2年以内に終了する事業年度に関する定時株主総会の終結の時までであるから(332条1項)、22年総会では任期が満了しない。したがって、22年総会において選任することができる取締役は5名以内である。そこで、決議要件を満たす候補者が6名いる場合に、何名が選任され、いずれの候補者が選任されるかが問題となる。
2 決議要件を満たす候補者が定款上の員数を超える場合の処理
まず、6名全員について決議要件が満たされているとして6名全員が選任され、定款所定の員数を超える点は決議の内容の定款違反(831条1項2号)にとどまるとする考え方がある。しかし、定款による員数の制限は、取締役会の構成という会社の機関設計の基本に関する事項であり、これを超える員数の取締役が取消判決の確定まで有効に在任することを認めれば、取締役会決議の効力が広範に不安定となる。また、本問では議長が6名全員について選任を宣言していないのであるから、6名全員が選任されたと解することは株主総会の意思にも反する。したがって、この考え方は採り得ない。
そうすると、定款上選任可能な5名の枠内でいずれの候補者が選任されるかを決する必要がある。この点について、候補者ごとに採決がされた順序に従い、員数に達するまで順次選任されると解する考え方(採決順説)もある。しかし、どの候補者を先に採決するかは、会社提案を先に採決するという議長の裁量的判断という偶然の事情に左右されるものであり、これによって選任の結果が決まるとすれば、株主の多数が支持した候補者が排除され、304条による株主の議案提出権の実質的な保障が害される。
株主総会における取締役選任決議の趣旨は、株主の多数の意思に適合する者を取締役として選任することにあるから、決議要件を満たす候補者が定款上の員数を超える場合には、得票数の多い候補者から順に選任されると解すべきである(得票順説)。
3 本件へのあてはめ
本件では、得票数の多い順にD(65万個)、C(43万個)、P(42万個)、Q(41万個)、R(40万個)の5名が選任され、B(39万個)は6番目であるから選任されない。
議長による可決の宣言は、投票の結果を確認し、決議の成立を対外的に明らかにする事実行為にすぎず、決議の内容は投票の結果によって客観的に定まる。したがって、議長Hがかろうじて4名に達した時点で集計を打ち切り、B、C、D及びPの4名だけが選任された旨を宣言しても、それによって得票数の少ないBが選任され、得票数の多いQ及びRが選任されないという効果は生じない。
なお、Q及びRの得票を議場で集計せずに可決を宣言した点は、決議方法の法令違反として831条1項1号の取消事由となり得るが、本問では決議の日から3か月以内に取消しの訴えが提起されていないから、決議自体は取り消され得ない。もっとも、決議取消しの訴えは成立した決議の効力を遡って失わせる制度であるから、そもそも決議として成立していないBの選任について、提訴期間の経過により効力が生ずるものではない。
したがって、22年総会においてはC、D、P、Q及びRの5名が取締役に選任されたのであり、B、C、D及びPの4名だけが選任されたとするHの宣言は誤りである。
第2 設問2
1 小問(1) 事前に本件貸付けを阻止するための権限
(1)本件貸付けの法令違反性
後述する差止請求はいずれも取締役の「法令に違反する行為」を要件とするから、まずこの点を検討する。
ア まず、本件貸付けは利益相反取引に当たる。Pは甲社の取締役であり、他方で乙社は設立以来株主も取締役もPだけの会社である。甲社が乙社に15億円を貸し付けることは、Pが第三者である乙社のために甲社と取引をするものであり、直接取引(356条1項2号)に該当する。したがって取締役会の承認が必要である(365条1項)。
もっとも、本件では、特別の利害関係を有する取締役であるPが議決に加わらず(369条2項)、H、B、C及びDの賛成により承認がされている。したがって、承認を欠く取引であることを理由として法令違反をいうことはできない。
イ しかし、取締役会の承認があっても、取締役が善管注意義務及び忠実義務(330条、民法644条、355条)に違反して会社に損害を与えることが許されるわけではない。差止請求の要件たる「法令」には、取締役の善管注意義務・忠実義務を定める規定も含まれると解する。これを含めなければ、具体的な禁止規定に違反しない限り差止めができず、会社の損害を事前に防止するという制度の趣旨が達せられないからである。
本件では、乙社は実際の事業活動をほとんど行っておらず、金融業者から融資を受けて甲社株式を買い集めた会社であって、その返済能力は乏しい。それにもかかわらず、甲社は資本金30億円の半分に相当する15億円を無担保で貸し付けようとしている。しかも、取締役会においてはFが説明が不十分であるとして強く異議を述べていたにもかかわらず、乙社の信用状態や資金使途、返済原資について調査が行われていない。これは、取締役として当然に尽くすべき調査を尽くさないまま著しく不合理な意思決定をしたものであり、善管注意義務に違反する。
ウ さらに、乙社は22年総会においてPを取締役に選任させた株主であり、本件貸付けはその直後にPの提案によって決定されたものである。これらの事情に照らせば、本件貸付けは、実質的に株主の権利の行使に関し財産上の利益を供与するもの(120条1項)とみる余地があり、その限りでも法令違反となる。
(2)Aの権限
Aは甲社の株式1万株を有する株主である。株主は、取締役が法令若しくは定款に違反する行為をするおそれがある場合において、当該行為によって会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該行為をやめることを請求できる(360条1項)。公開会社では6か月前から引き続き株式を有することが必要であるが(同条2項)、Aは創業当初から株主であるからこれを満たす。
もっとも、甲社は監査役会設置会社であり監査役設置会社に当たるから、要件は「回復することができない損害が生ずるおそれ」に加重される(360条3項)。本件では、返済能力の乏しい乙社に対する15億円の無担保貸付けであり、乙社が返済不能となれば回収はほぼ不可能であって、甲社の資本金30億円に照らしても損害は重大である。したがって、回復することができない損害が生ずるおそれが認められる。
よって、AはHに対し本件貸付けの差止めを請求することができ、これを本案として差止めの仮処分を申し立てることもできる。
また、Aは代表権のない取締役会長であるから、取締役として取締役会の招集を請求し(366条2項)、取締役会において本件貸付けの再考を求めることもできる。
(3)Fの権限
Fは監査役であり、取締役の職務の執行を監査する(381条1項)。Fは、取締役及び使用人に対し事業の報告を求め、会社の業務及び財産の状況を調査することができる(381条2項)から、まず乙社の信用状態等について調査すべきである。また、取締役が法令若しくは定款に違反する事実があると認めるときは、遅滞なく取締役会に報告しなければならず(382条)、取締役会に出席して意見を述べることができる(383条1項)。
そして、監査役は、取締役が法令若しくは定款に違反する行為をするおそれがある場合において、当該行為によって会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該行為をやめることを請求することができる(385条1項)。監査役による差止請求は、株主によるものと異なり「著しい損害」で足りる。上記のとおり本件貸付けにより甲社には重大な損害が生ずるおそれがあるから、要件を満たす。
Fは、差止請求権を本案として差止めの仮処分を申し立てることができ、この場合、裁判所は担保を立てさせないものとされる(385条2項)。
なお、甲社の監査役会では、Eの提案によりFが反対したにもかかわらずGの賛成で、本件貸付けについては問題視しないことを監査役会の方針とする旨が決議されている。しかし、監査役会は、各監査役の権限の行使を妨げることができない(390条2項ただし書)。監査役は、独立した機関として各自が単独で監査権限を行使できる独任制の機関であるから、Fは上記方針に拘束されず、単独で調査、報告及び差止請求をすることができる。
2 小問(2) 事後の責任追及
(1)責任の内容
ア 取締役は、その任務を怠って会社に損害を生じさせたときは、会社に対し損害賠償責任を負う(423条1項)。そして、356条1項の利益相反取引によって会社に損害が生じたときは、①同項の取締役、②会社が当該取引をすることを決定した取締役、③当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役は、任務を怠ったものと推定される(423条3項各号)。
イ Pについて。Pは、第三者である乙社のために甲社と取引をした356条1項2号の取締役であるから、任務怠慢が推定される(423条3項1号)。
さらに、自己のために直接取引をした取締役の責任については、任務を怠ったことが当該取締役の責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができない(428条1項)。乙社は設立以来株主も取締役もPのみであり、実際の事業活動をほとんど行っていない、いわばPの個人会社である。本件貸付けは実質的にP自身に対する貸付けと同視すべきものであるから、Pは「自己のために」直接取引をしたものとして428条1項の適用を受け、無過失責任を負う。また、この責任は総株主の同意による以外に免除することができない(428条2項)。
ウ Hについて。Hは代表取締役として甲社が本件貸付けをすることを決定し、これを実行した取締役であり、かつ取締役会の承認決議に賛成しているから、任務怠慢が推定される(423条3項2号、3号)。Hは、Fから説明が不十分であるとの強い異議が述べられていたにもかかわらず、乙社の返済能力について何ら調査をせず、無担保で15億円の貸付けを実行している。したがって推定は覆らない。
エ Dについて。Dは取締役会の承認決議に賛成した取締役であるから、任務怠慢が推定される(423条3項3号)。取締役は、他の取締役の職務の執行を監視し、取締役会における意思決定に際して必要な情報を収集すべき義務を負う。Dは、Pの提案につきFの異議があったにもかかわらず、独自に調査を求めることなく賛成しているから、推定は覆らない。
オ 甲社の損害は、回収不能となった貸付金15億円及びこれに対する遅延損害金相当額である。
(2)責任追及の方法
ア Aは株主として、甲社に対し、書面その他の法務省令で定める方法によりH、D及びPの責任を追及する訴えの提起を請求し、甲社が請求の日から60日以内に訴えを提起しないときは、自ら甲社のために責任追及等の訴えを提起することができる(847条1項、3項)。公開会社であるから6か月前から引き続き株式を有することが必要であるが、Aはこれを満たす。甲社が訴えを提起しない場合、Aは不提訴理由の通知を請求することができる(847条4項)。なお、この提訴請求の相手方は監査役である(386条2項1号)。
イ Fは監査役として、甲社が取締役に対して訴えを提起する場合には甲社を代表する権限を有する(386条1項1号)。したがって、Fは自ら甲社を代表してH、D及びPに対する責任追及の訴えを提起することができる。この場合も、監査役会における「問題視しない」旨の方針決議は各監査役の権限の行使を妨げないから(390条2項ただし書)、Fは単独でこれを行うことができる。また、Fは、Aからの提訴請求を受ける監査役として、その当否を判断して甲社として訴えを提起することもできる。
第3 設問3
1 議案①に係る否決の宣言について
A及びFは、議案①について、Fの意見陳述の機会が奪われた瑕疵があるとして決議取消しの訴えを提起すると主張することが考えられる。しかし、議案①は否決が宣言されたものであるから、否決の決議が831条1項の決議取消しの訴えの対象となるかが問題となる。
831条1項にいう「決議」とは可決決議を指し、否決決議はその対象に含まれないと解する。すなわち、①否決決議を取り消しても、それによって可決決議が成立するわけではなく、原告の実質的な救済にならない、②決議取消判決には対世効がある(838条)が、何らの法律関係も創出していない否決決議についてこれを及ぼす意味に乏しい、③否決決議の取消しを認めれば、招集権者に再度の株主総会の開催を事実上強制することとなり、会社運営の安定を害する、④否決された議案と実質的に同一の議案は3年間提出できないが(304条ただし書)、この点は株主総会の招集請求(297条)や議題提案権(303条)等の別の手段によって対応すべきである。
したがって、議案①についての決議取消しの訴えは、対象を欠き不適法であって却下される。A及びFの主張は認められない。
2 議案②に係る可決の決議について
(1)原告適格
831条1項は、株主等が決議取消しの訴えを提起できるとするほか、当該決議の取消しにより取締役又は監査役となる者(346条1項により監査役としての権利義務を有することとなる者を含む)にも原告適格を認めている。
Fは、23年総会の終結の時に任期が満了して退任している(336条1項)。しかし、議案②の決議が取り消されると、E、Q及びRの選任が遡って効力を失い、甲社は法令及び定款所定の監査役の員数を欠くことになるから、Fは退任後も監査役としての権利義務を有することとなる(346条1項)。したがって、Fには831条1項により原告適格が認められる。
Aは甲社の株式1万株を有する株主であるから、株主として原告適格を有する。
(2)取消事由
ア 監査役の意見陳述権の侵害
監査役は、株主総会において、監査役の選任について意見を述べることができる(345条4項、1項)。この権利は、取締役が監査役の人事を通じて監査役を事実上支配することを防ぎ、監査役の地位の独立性を確保するための重要な権利である。
本件では、監査役として23年総会に出席したFが、議案①及び議案②の審議の際に監査役の選任について意見を述べようとして議長Hに発言の機会を求めたにもかかわらず、Hはこれを制止してFに意見を述べさせなかった。これは345条4項、1項に違反する決議方法の法令違反であり、831条1項1号の取消事由に当たる。
イ Aが上記瑕疵を主張できるか
Fの意見陳述権の侵害はF自身に対する手続上の瑕疵であるから、株主Aがこれを取消事由として主張できるかが問題となる。
決議取消しの訴えは、株主が自己の利益のためだけでなく、会社の利益のために決議の適法性を確保する制度である。したがって、原告適格を有する者は、自己に対する手続上の瑕疵に限らず、決議一般の瑕疵を取消事由として主張することができると解する。判例も、他の株主に対する招集手続の瑕疵を株主が主張することを認めている。よって、AもFの意見陳述権の侵害を主張することができる。
ウ 設問1の結論を前提とする瑕疵
設問1で述べたとおり、22年総会ではC、D、P、Q及びRが取締役に選任され、Bは取締役ではない。そうすると、23年総会の招集を決定した平成23年6月7日の取締役会決議は、取締役でないBが参加し、他方で取締役であるQ及びRに招集通知がされず、これらの者が参加していないものである。一部の取締役に対する招集通知を欠く取締役会決議は、当該取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特別の事情がない限り無効である。Q及びRは乙社の推薦する取締役であって、出席すれば議案①及び議案②の取扱いについて異なる議論がなされた可能性を否定できないから、上記の特別の事情は認められず、当該取締役会決議は無効である。
したがって、23年総会の招集は、取締役会の決議(298条4項)を欠くものであり、招集手続の法令違反として831条1項1号の取消事由となる。
また、Q及びRは22年総会で甲社の取締役に選任されているから、これらの者を監査役に選任することは、監査役が会社の取締役を兼ねることができないとする規定(335条2項)に違反する。この点は決議の内容の法令違反であり、本来は決議無効確認の訴え(830条2項)によって主張すべき事柄であるが、Q及びRが監査役就任を承諾したことにより取締役を辞任したと解する余地もあるから、主たる主張は上記アの取消事由に求めるべきである。
(3)裁量棄却の可否
裁判所は、招集手続又は決議方法の法令違反につき、違反する事実が重大でなく、かつ決議に影響を及ぼさないものであると認めるときは、請求を棄却することができる(831条2項)。
本件では、H自らが監査役会に対しE、Q及びRを候補者とすることを求め、これに現監査役であるF及びGが反対していたという対立構造の中で、議長であるHがFの意見陳述を封じたものである。監査役の独立性を確保するための意見陳述権の侵害であり、しかも取締役が自らに都合のよい監査役を選任させるために意見陳述を妨げたものであるから、違反する事実は重大である。また、Fが監査役の立場から意見を述べていれば、株主の判断が変わった可能性は否定できない。23年総会の招集に係る取締役会決議の瑕疵についても同様である。
したがって、裁量棄却は認められない。
3 結論
議案①についての決議取消しの訴えは不適法であるが、議案②についての決議取消しの訴えは、A及びFのいずれについても原告適格が認められ、831条1項1号の取消事由があるから、請求は認められる。
以上