司法試験 令和7年 民事訴訟法
問題文
〔第3問〕(配点:100[〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は、35:25:40])
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、令和7年1月1日現在において施行されている法令に基づいて答えなさい。
【事 例】
1.Aは、令和5年3月30日に死亡し、Aの相続人は、Aの妻であるY、AとYとの間の子であるX及びBの3名のみであった。Aが生前にYと居住していた建物(以下「本件建物」という。)については、令和2年1月24日、売買を原因とするCからYへの所有権の移転の登記がされていた。
2.Xは、令和5年5月に行われたAの遺産分割協議において、Yに対し、本件建物がAの遺産に属する旨を主張したが、Yは、本件建物はYがCから買い受けたものであり、Aの遺産には属しないと主張したため、遺産分割協議は成立しなかった。
3.Xは、本件建物がAの遺産に属することを確定させるため、Yを被告として、民事訴訟を提起しようと考えた。
以下は、Xから相談を受けた弁護士L1と司法修習生Pとの間の会話である。
L1:Xは、Yに対し、どのような訴えを提起すればよいでしょうか。
P:本件建物がAの遺産であることの確認を求める訴えを提起すればよいと思います。
L1:なるほど。それでは、まず、遺産確認の訴えを提起する方法について検討してみましょう。
P:判例(最高裁判所平成元年3月28日第三小法廷判決・民集43巻3号167頁)によれば、遺産確認の訴えは、共同相続人全員が当事者となることを要する固有必要的共同訴訟とされていますから、X及びYのみならず、Bも当事者とする訴えを提起する必要があります。
L1:そうですね。それでは、遺産確認の訴えが固有必要的共同訴訟と解される根拠を、上記判例を踏まえつつ説明してください。これを「課題1」とします。
P:承知しました。
L1:次に、Xによれば、遺産確認の訴えを提起することにつき、Bは、「自分も本件建物がAの遺産に属すると思っているが、現段階では、訴えを提起することには反対である。もう少しYと話合いをすべきである。」と言って譲らないということです。そのような場合でも、遺産確認の訴えを提起できるでしょうか。
P:判例には、提訴しようとする当事者の訴権の保護などを根拠に、入会集団の構成員のうち提訴に同調しない者を被告に加えて、固有必要的共同訴訟である入会権確認の訴えを提起することが許されるとしたものがあります(最高裁判所平成20年7月17日第一小法廷判決・民集62巻7号1994頁)。本件でも、Xは、Bを被告に加えて遺産確認の訴えを提起すればよいと思います。
L1:そうですか。しかし、この判例は、ある土地が入会集団の入会地であることの確認を求める訴えに関するもので、原告となった入会集団の構成員以外の構成員が、その土地は入会地ではないと主張して提訴に同調しなかったという事案のようです。このことからすると、本件のようにXとBとの間で本件建物がAの遺産に属することにつき争いがない場合でも、この判例と同様にBを被告に加えて遺産確認の訴えを提起することに問題はありませんか。
P:はい・・・。確認の利益があるといえるかが問題になるように思います。
L1:そうですね。そこでPさん、XがBを被告に加えて本件建物につき遺産確認の訴えを提起した場合に、その訴えには確認の利益があるという方向で検討してみてください。その際には、確認の利益が認められるか否かを判断するための一般的な基準を示した上で、それを本件事例に即して当てはめてください。これを「課題2」とします。
P:承知しました。
〔設問1〕
あなたが司法修習生Pであるとして、L1から与えられた課題1及び課題2について答えなさい。
なお、以下に掲げる【事例(続き・その1)】及び【事例(続き・その2)】に記載されている事実関係は考慮しなくてよい。
【事 例(続き・その1)】
4.Bは、Xの説得により、Xと共同原告となって遺産確認の訴えを提起することとした。そこで、X及びB(以下「Xら」という。)から訴訟委任を受けたL1は、令和6年2月、Yを被告として、本件建物がAの遺産であることの確認を求める訴え(以下、この訴えに係る訴訟を「本件訴訟」という。)を提起した。
5.L1は、本件訴訟に係る訴えの提起に先立ち、Cから事情を聴取したところ、Cは、本件建物につき、令和2年1月24日にCがAに代金700万円で売却したもので、Yはその買主ではないこと、AとCは、同日、売買契約書を2通作成し、その際に、契約当事者としてそれぞれ署名押印し、1通ずつ保管したこと、Cが保管していた売買契約書は、同年3月に焼失してしまったこと、Cが令和5年5月頃、Yから同契約書の存否について聞かれた際に、同契約書が焼失した旨、Yに答えたことなどを話した。
6.Xらは、本件訴訟の口頭弁論の期日において、請求原因として、本件建物はCが令和2年1月24日に所有していたこと、Aが同日、本件建物を代金700万円でCから買い受けたこと、その後、Aが死亡し、その相続人は、Aの妻であるY、AとYとの間の子であるXらであること、Yは本件建物が遺産に属することを争っていること(以下、これらの事実を「本件請求原因事実」という。)を主張した。また、Xらは、請求原因に関連する事実として、上記売買の際、AとCは、売買契約書を2通作成し、それぞれ署名押印し、1通ずつ保管したこと、Yを本件建物の所有権の登記名義人にしたのは便宜上のものにすぎないことなどを主張した。
7.これに対し、Yは、弁護士L2を訴訟代理人に選任した上で、口頭弁論の期日において、本件建物をCが令和2年1月24日に所有していたことは認めるが、同日に本件建物をCから買い受けたのはAではなくYであると主張して、AC間の本件建物の売買契約締結の事実を争った。
8.本件訴訟は、令和6年4月、弁論準備手続に付されたが、L1は、その弁論準備手続の期日において、AがCから本件建物を買い受けたことを証明するため、L2に対し、本件建物内に保管されていると思われるAC間の本件建物の売買契約書(以下「本件契約書」という。)の存否を尋ねたところ、L2は、「そのような契約書はもともと存在しないとYから聞いており、仮にそのような契約書があったとしても、Yはそれを提出する義務を負わない。」と述べた。また、同期日に出頭していたYは、「Aの死亡後の令和5年夏頃に、本件建物内のAの身の回りの物を廃棄処分した。」と発言した。
9.そこで、L1は、本件契約書は既に廃棄されている可能性があると考え、Cに本件訴訟で証人になってもらうべく連絡を取ろうとしたところ、Cは令和6年3月に死亡していたことが判明した。
以下は、L1とPとの会話である。
P:Cからの聴取結果によれば、本件契約書をAが保管していたことはほぼ確実であると思われます。それにもかかわらず、Yがそのような契約書はもともと存在しないと主張するのは不自然、不合理であると言わざるを得ません。
L1:弁論準備手続の期日でのYの発言からすると、Yは、本件契約書を廃棄している可能性が高いと思われます。そこで、Yが令和5年夏頃にAが保管していた本件契約書を廃棄していた場合に、Xらとして、どのような主張をすることが考えられるでしょうか。
P:民事訴訟法第224条第2項に基づく主張が考えられます。その要件について、まず、本件契約書についてYに提出義務があると思います。また、弁論準備手続の期日でのYの発言からすると、「Yが、Xらによる証拠申出を妨げる目的で、本件契約書を廃棄して滅失させた」ということができそうです。
L1:そうですね。ただ、仮に、民事訴訟法第224条第2項の要件を満たしているとしても、その効果は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることが「できる」(同条第1項)ことにとどまります。そこで、裁判所に本件契約書の記載に関するXらの主張を真実であると認めてもらえるように、更に主張を補強してみましょう。まず、民事訴訟法第224条第2項により、当事者がある証拠を保存せずに廃棄してしまった場合に、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができることとされているのは、なぜでしょうか。その趣旨を説明してください。
P:はい。民事訴訟法第224条第2項は、証明妨害の法理を具体化したものであると理解されていますから、証明妨害の法理の趣旨が問題になります。その趣旨については、学説上様々な見解があり、どれも説得力がありますが、私は、訴訟当事者間の信義則(同法第2条)に反するという点に根拠を求めるのが妥当であると考えます。
L1:分かりました。それでは、そのような観点から検討してみましょう。まず、①証明妨害とはどのような行為を指すのかを簡潔に示した上で、②証明妨害がなぜ「訴訟当事者間の信義則に反する」と評価できるのかを踏まえながら、そのような評価を基礎付ける要素として一般的にどのような点が挙げられるかを示してください。その上で、③Yが令和5年夏頃にAが保管していた本件契約書を廃棄していたことを前提に、本件において信義則違反という評価を基礎付ける具体的事実を、【事例】及び【事例(続き・その1)】の事実関係に即して示し、信義則違反が認められるとする主張をまとめてください。以上①から③までを「課題」とします。
P:承知しました。
〔設問2〕
あなたが司法修習生Pであるとして、L1から与えられた課題について答えなさい。なお、以下に掲げる【事例(続き・その2)】に記載されている事実関係は考慮しなくてよい。
【事 例(続き・その2)】
10.裁判所は、本件訴訟の弁論準備手続を終結するに当たり、Xら及びYとの間で、本件訴訟における争点はXらが主張するAC間の本件建物の売買契約の成否であると確認し、その後の口頭弁論の期日において、弁論準備手続の結果が陳述された後に、証拠調べが実施された。
11.その結果、裁判所は、本件建物をCが令和2年1月24日に所有していたこと、同日にAがCから本件建物を買い受けたこと、便宜上Yを本件建物の所有権の登記名義人としたことが認められ、同日にYがCから本件建物を買い受けたとは認められないとの心証に至った。他方で、裁判所は、①Yは、Aの生前に、Aと共に本件建物を利用して行う家業に長年従事していたこと、②Aは、Y及びXらに対し、Yが自分を支えてくれていたことに深く感謝しており、自分が死んだら本件建物はYのものになる旨をしばしば話していたこと、③Yもそれに対して異を唱えず聞いていたことも、それぞれ認められるとの心証を得ており、これら①、②及び③の各事実(以下「本件各事実」という。)からすれば、遅くともAが死亡した令和5年3月30日までに、AとYは、AがYに本件建物を死因贈与することを黙示的に合意していたと認定することができると考えるに至った。(ア)しかし、本件各事実については、XらもYも主張していなかった。
以下は、本件訴訟の担当裁判官Jと司法修習生Qとの会話である。
J:本件訴訟の進行として、裁判所が、口頭弁論を終結し、本件各事実を認定して、Xらの請求を棄却する旨の判決をすることに問題はありますか。
Q:弁論主義との関係で問題があると考えられます。
J:そうですね。それでは、この点について検討してみましょう。まずは、弁論主義といってもその内容にはいくつかの点が含まれますから、そのうちどの点が本件訴訟で問題になるかを明らかにしてください。次に、本件各事実は、いわゆる黙示の意思表示を基礎付ける事実であり、これは実務的には主要事実に該当すると解するのが一般的ですから、本件各事実が本件請求原因事実(【事例(続き・その1)】6.)に対する抗弁になることを、主要事実及び抗弁の意義を明らかにした上で述べてください。これらを「課題①」とします。なお、「課題①」について、弁論主義の適用が主要事実に限定されるか否かを検討する必要はありません。
Q:承知しました。(イ)ところで、J裁判官は、証拠調べ実施後の口頭弁論の期日で、L2に対し、「証拠調べの結果からすれば、AとYとの間で本件建物につきA死亡を原因とする黙示の死因贈与契約が成立する可能性があると考えられますが、本件各事実について主張するつもりはありませんか。」と質問していました。これに対し、L2は、「本件建物の所有権移転登記の登記原因がCからYへの売買となっていることから、そのような主張をする予定はない。」
と述べていました。このようなやり取りがあった場合には、裁判所がAからYへの黙示の死因贈与契約の成立を認定することは、不意打ちにならず、弁論主義に反しない、ということはできないでしょうか。
J:私はそのようには考えませんが、弁論主義の本質に関わる良い質問ですね。そこでQさん、当事者に対する不意打ちにならないとしても弁論主義に反するとすれば、それはなぜかについて、民事訴訟において弁論主義が採られる根拠に言及しつつ、明らかにしてください。これを「課題②」とします。
Q:承知しました。
J:それともう一つ、下線部分(ア)及び(イ)とは異なり、本件各事実が、口頭弁論における当事者の主張に含まれていたと仮定しましょう。この場合においては、AがYに本件建物を死因贈与することをAとYとの間で黙示的に合意していたと判断しても弁論主義には反しないでしょう。しかし、裁判所が、そのような判断をするに当たっては、当事者に対して、AのYへの黙示の死因贈与契約という法的構成が採られる可能性があることを明らかにした上で、それを踏まえた主張立証を検討するよう促すべきであるとも考えられます。そこで、上記仮定の下での本件訴訟の手続経過や争点の所在を踏まえつつ、裁判所が当事者に上記検討を促すべきであるとする立論をしてみてください。その際には、その根拠と理論構成についても明らかにしてください。これを「課題③」とします。
Q:承知しました。
〔設問3〕
あなたが司法修習生Qであるとして、Jから与えられた課題①、課題②及び課題③について答えなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、Aの相続人であるXが、本件建物がAの遺産であることの確認を求める訴えを提起したいという事案を題材として、①遺産確認の訴えが固有必要的共同訴訟と解される根拠及び共同相続人のうち本件建物が遺産であることを争わない者をも被告として訴えを提起することについて確認の利益があるといえることについての検討(設問1) 、②共同相続人の一人が遺産確認訴訟において重要な証拠となる売買契約書を廃棄していた場合に、そのことが証明妨害に当たり、訴訟当事者間の信義則に反すると評価できるという主張が認められるための立論(設問2)、③本件建物をAがCから買い受けたかどうかが主要な争点となっている場合に、Aが買い受けたが、その後AからYに黙示の贈与があったという認定をすることにつき、黙示の贈与の主張がなかったときに弁論主義に反するといえる理由及び黙示の贈与の主張があったとしても裁判所がそのような法的観点(法律構成)を採用することを指摘する義務を負うという立論(設問3)のそれぞれにつき検討を求めるものである。
1 設問1について
いわゆる遺産確認の訴えが固有必要的共同訴訟と解されている根拠について、問題文記載の判例(最判平成元年3月28日民集43巻3号167頁)において示されている根拠を踏まえつつ解答した上、提訴に消極的な当事者を被告として訴えを提起することと確認の利益との関係を、本問の具体的状況に即して検討し解答することを求める問題である。
課題1では、固有必要的共同訴訟となるための要件につき、特に訴訟共同の必要が問題になることを指摘した上、それがどのような基準ないし事情に基づいて判断されるかを、前記判例の判断枠組みを踏まえて論述することが期待される。この点、判例の一般的傾向としては、訴訟物の実体法的性質、特に訴訟物を構成する管理処分権が共同的に帰属し、かつ行使されるかという実体的観点を基礎としつつも、紛争解決の統一性や実効性、矛盾判断の回避等の訴訟法的観点も一定の場合に考慮しているとされていることから、これを踏まえての検討が期待される。そして、遺産確認の訴えが、当該財産が遺産分割対象の財産であることを既判力をもって確定し、その後の遺産分割手続を円滑に進行させる機能を持つこと、共同相続人全員の関与が必要となる遺産分割手続の前段階の手続であることから、遺産確認の訴えについても共同相続人全員が当事者となることが必要かつ相当と考えられることなど、前記訴訟法的観点を重視して訴訟共同の必要が肯定される点を指摘できるかがポイントになる。
課題2は、本件建物が遺産に属することについて争いがないXとBとの間で、遺産確認の訴えを適法に提起することができるか(確認の利益、特に即時確定の利益を有するといえるか)を問うものであり、固有必要的共同訴訟となる確認の訴えにおいて、提訴を拒否する一部原告を被告として訴えを提起することができるとした問題文記載の判例(最判平成20年7月17日民集62巻7号1994頁)の射程が問題になる。また、確認の利益が肯定できるという結論を導くための理論構成が問われており、Xの立場からの立論が求められている。
これについては、遺産確認の訴えのように合一確定の必要が強く認められる訴えにおいて、一部当事者について、確認の利益が肯定できないことを理由に本案判決をしないとすることは、その紛争解決機能を弱めるもので妥当ではない、確認の利益を否定することは、提訴を拒否する者を被告とすることを認めて提訴を望む当事者の訴権の保護を図り、違法な権利関係を本案判決によって是正しようとした意味が失われる、遺産確認の訴えの目的ないし存在意義は、遺産帰属性の有無を既判力をもって確定させ、その後の遺産分割手続において遺産帰属性についての蒸し返しを許さないとする点にあるが、このような目的等は、現在遺産帰属性について争いのない当事者間でも等しく妥当する、確認の利益が要求されるのは、およ-1 5-そ権利又は法律関係とはいえない事象について訴えによる解決を求めることが妥当ではないという点にあるところ、本問のような場合にはそのような事情はなく、むしろ権利又は法律関係の確定が必要かつ有益な場合である、などといった理由から、確認の利益(即時確定の利益)を肯定することが考えられる。いずれにしても、遺産確認の訴えの目的や固有必要的共同訴訟となる根拠、前記問題文記載の判例の趣旨、あるいは確認の利益が要求される趣旨などに遡って、説得的な根拠を示すことが期待される。
2 設問2について
設問2は、訴訟において重要な証拠になると考えられる売買契約書が一方当事者によって廃棄された場合に、相手方当事者としてはどのような主張をすることができるかにつき、本問におけるXらの立場からの検討を求めるものである。問題文にも示されているとおり、提出義務のある文書を滅失させた場合に関する規定として民事訴訟法第224条第2項があるが、本問では、より広く、同条などの規定の基礎にあると考えられるいわゆる証明妨害の法理についての理解を問うものである。まず、課題①において、当事者の一方が相手方当事者による証拠の収集・提出を不可能又は困難にするという証明妨害行為の意義を確認した上で、課題②では、証明妨害の法理の趣旨について、学説上も比較的多数と思われる信義則説によることを問題文で明示し、なぜ証明妨害行為が信義則に反すると評価できるのかを説明するよう求めるとともに、信義則違反との評価を基礎付ける要素として一般的にどのようなものが考えられるかを問い、課題③において、本問で示されている事実関係に即して、Yによる本件契約書の廃棄について信義則違反が認められるという結論を導くための当てはめを行うことを求めている。
証明妨害法理の根拠を信義則に求める見解においても、証明妨害行為がいかなる意味で信義則に反すると考えるのかについては、様々な考え方が存在するが、解答に当たっては、必ずしも既存の学説について正確に記憶していることが求められるわけではなく、相手方当事者に証明困難という不利益を課しつつ、その反面で自らは訴訟上有利な地位に立つという利益を獲得するものである、という証明妨害行為の基本的な性格を適切に踏まえた上で、そうした行為の客観的性格や行為者の主観的態様に照らし、当該行為に対して規範的に否定的な評価が導かれる旨を論じることが期待される。例えば、妨害行為となることを知りながら、相手方当事者に不利益な判断をもたらし、妨害者が利益を得ようとすることは、一種の禁反言として許容されない、と説明することや、当事者には信義則上一定の協力義務が課されている旨を論じた上で、証明妨害行為はこれに違反すると説明することなどが考えられよう。
信義則違反という評価を基礎付ける一般的な要素としては、こうした根拠に結び付けた形で、相手方当事者に証明困難という不利益を発生させるという客観的な側面と、行為者の認識又は認識可能性という主観的な側面を指摘できるかがポイントとなる。
課題③の当てはめにおいても、課題②において述べた一般論と対応させながら、証明困難という結果が現に生じているという客観的側面と、行為者であるYが、その後の訴訟においてAによる建物所有権の取得の有無が争われる可能性や、その場合に本件契約書が重要な証拠となることを十分に認識できたという主観的側面に関する評価を導き得る事実関係を、説得的に摘示できているかどうかがポイントとなる。前者の客観的側面に関しては、本件契約書がCA間の本件建物の売買契約締結の事実を立証するための重要な証拠(処分証書)であるという事情や、証人となる可能性があったA及びCが死亡し、Cが保管していた売買契約書が焼失していることから代替証拠が乏しいという事情などに触れることが考えられ、後者の主観的側面に関しては、本件廃棄行為がYも参加した遺産分割協議で本件建物の遺産帰属性という争点が顕在化した後にされているという事情や、Cは、Yから売買契約書の存否について聞かれた際に、Cが所持していた売買契約書は焼失した旨をYに告げたと話しており、Yとしては本件契約書が唯一の有力な証拠であるという事情を認識していたと考えられるこ-1 6-となどを述べていくことになろう。また、これらの事情から、Yには本件契約書を保存すべき義務があったなどと論じることも考えられよう。
3 設問3について
設問3は、 弁論主義の第一原則 (主張原則) 及び法的観点指摘義務の意義・適用について、基本的な理解を具体的事例を通じて問うものである。
課題①では、不意打ち防止と弁論主義の関係を問う前提として、主張原則の内容、主要事実及び抗弁の意義、その具体的事例への当てはめといった基本的事項について、正確な理解を解答することが求められる。
なお、 本問では、 黙示的意思表示の要件事実については、 いわゆる主要事実説を前提とし、AY間贈与の事実は、所有権喪失の抗弁の主要事実となること、弁論主義の適用が主要事実に限定されるべきか否かについては検討の必要がないことを前提とした。参考判例として、最判昭和55年2月7日民集34巻2号123頁が挙げられる。
課題②では、本件各事実についてYに対して釈明権が行使されたものの、Yが明示的にそれらの事実主張をしない旨の意思表示をした場合に、本件各事実に基づいて贈与の事実を認定することは、不意打ちには当たらないものの、弁論主義の意義との関係では問題があることを、弁論主義の根拠論に遡って検討することが求められる。
弁論主義の根拠論として複数の議論があるが、比較的多数とみられる本質説ないし私的自治説からは、実体法上の私的自治原則の訴訟手続への反映と見ることから、判決の基礎となるべき事実の提出について当事者の権限が及ぶべきこと、求釈明による不意打ち防止は、当事者が真意に基づく攻撃防御を尽くすための機能的(手段的)役割と位置付けられることを論ずることになる。不意打ち防止の要請は、弁論権の実質的保障に係る要請であること、仮に本問でQが述べたような帰結を認めてしまうと、求釈明さえ行えば、当事者からの主張がなくとも裁判所は証拠から事実を認定できることになり、職権探知主義との境界が曖昧になることも指摘できよう。
課題③は、課題②と異なり、本件各事実について当事者から主張がなされた場合であっても、裁判所は、死因贈与という法的構成について当事者に指摘すべき義務を有するかを問うものである。
法的構成についての判断は、原則として裁判所の権限に属するが、法的構成と事実主張・立証は深く結びついており、判決における不意打ち防止の要請は事実のみならず法的観点(法的構成)にも及ぶべきとするならば、審理過程において、当事者の弁論権を実質的に保障するために、裁判所は法的観点(法的構成)についても指摘する義務を負うこと、その理論構成として、釈明権行使による不意打ち防止や弁論権の実質的保障の機能を法的構成まで拡充する必要性等を論ずることが求められる。参考判例として、最判平成22年10月14日集民235号1頁が挙げられる。
具体的事例への当てはめにおいては、弁論準備手続終結時に主たる争点の限定とこれに基づく証拠調べが行われていること、いずれの当事者も死因贈与を念頭においた攻撃防御の機会を得ておらず、期待可能性もなかったこと等の指摘が求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 課題1
(1) 固有必要的共同訴訟とは、数人が共同してのみ当事者適格を有し(訴訟共同の必要)、かつ全員について合一にのみ確定すべき(民事訴訟法(以下法名略)40条)共同訴訟をいう。訴訟共同の必要の有無は、訴訟物たる権利関係についての管理処分権が数人に共同的に帰属し共同で行使されるべきものかという実体法的観点を基礎としつつ、紛争解決の統一性・実効性や矛盾判断の回避といった訴訟法的観点をも考慮して判断すべきである。
(2) 遺産確認の訴えは、特定の財産が現に共同相続人による遺産分割前の共有関係(民法898条)にあることの確認を求める訴えである。最判平成元年3月28日は、この訴えの原告勝訴の確定判決は、当該財産が遺産分割の対象である財産であることを既判力をもって確定し、これに続く遺産分割審判の手続等において遺産帰属性を争うことを許さないことによって共同相続人間の紛争の解決に資するものであり、そのためには共同相続人全員の間で合一に確定する必要があるとして、固有必要的共同訴訟と解した。
(3) この根拠は次のように説明できる。実体法的観点からみると、遺産分割前の遺産は共同相続人全員の共有に属し、遺産分割は共同相続人全員の協議又は審判によってのみ行われる(民法907条)から、遺産分割の対象財産の範囲は全員に共通の前提であり、一部の相続人間でのみ確定しても意味をなさない。訴訟法的観点からみると、遺産確認の訴えの機能は、遺産帰属性を既判力をもって確定し、共同相続人全員の関与を要する遺産分割手続を円滑に進行させる点にあるところ、遺産帰属性の判断が相続人の組合せごとに区々となれば遺産分割手続の前提が相続人ごとに異なり、同手続は機能しない。すなわち、遺産確認の訴えは共同相続人全員が関与する遺産分割手続の前段階の手続であるから、全員が当事者となり全員について合一に確定することが必要かつ相当である。判例はこの訴訟法的観点を重視して訴訟共同の必要を肯定したものである。
(4) よって、Xは、Aの共同相続人であるYのみならずBをも当事者とする訴えを提起しなければならない。
2 課題2
(1) 確認の利益の一般的基準
確認の訴えは対象が無限定に拡大するおそれがあり、執行力も伴わないため、確認判決によって紛争を実効的に解決できる場合に限り確認の利益が認められる。具体的には、①確認対象が現在の権利又は法律関係であること(対象選択の適否)、②他により直接的かつ有効な紛争解決手段がないこと(方法選択の適否)、③原告の権利又は法的地位に現実の危険・不安が存在し、確認判決がこれを除去するのに有効適切であること(即時確定の利益)を要する。
(2) 問題の所在
最判平成20年7月17日は、固有必要的共同訴訟である入会権確認の訴えにおいて、提訴に同調しない構成員を被告に加えて訴えを提起することを許容した。その根拠は、同調しない者がいるために提訴を望む者が訴えを提起できないとすれば、その者の裁判を受ける権利(訴権)が害され、違法な権利関係を本案判決により是正する途が閉ざされる点にある。もっとも、同判例の事案では被告とされた構成員は入会権の存在を争っていたのに対し、本件のBは本件建物がAの遺産に属すると考えており、提訴の時期について「もう少しYと話合いをすべきである」と反対しているにすぎず、XB間に遺産帰属性の争いはない。そこで、Bを被告に加えた訴えにつきXB間に即時確定の利益が認められるかが問題となる。
(3) 確認の利益が認められるとの立論
ア 本件建物が遺産分割前の共有関係にあるか否かは現在の権利関係であり(①)、遺産分割審判では遺産帰属性の判断に既判力が生じないから、これを既判力をもって確定する遺産確認の訴えに代わるより直接的な手段はない(②)。
イ 即時確定の利益(③)について、固有必要的共同訴訟では、訴えは共同訴訟人全員について一個の訴訟として審理され、本案判決も全員について合一に確定される。そうであれば、確認の利益の有無も、個々の当事者間の関係を分断して判断するのではなく、訴訟全体として原告の法的地位に現実の不安があり確認判決がその除去に有効適切であるかによって判断すべきである。本件では、Yが本件建物は自らがCから買い受けたものであると主張して遺産帰属性を争い、その登記名義もYにあり、そのために令和5年5月の遺産分割協議が成立していないのであるから、Aの遺産について分割を受けるというXの法的地位には現実の不安があり、共同相続人全員を当事者とする遺産確認の判決はこれを除去するのに有効適切である。
ウ このことは、遺産確認の訴えの目的に照らしても裏付けられる。同訴えの存在意義は、遺産帰属性を共同相続人全員について既判力をもって確定し、後の遺産分割手続における蒸し返しを許さない点にあり、この目的は現時点で争いのない当事者間にも等しく妥当する。Bの立場は将来の遺産分割における利害状況に応じて変わり得るから、XB間でも既判力をもって確定しておくことは遺産分割手続の円滑な進行のために必要かつ有益である。また、XB間に争いがないことを理由にBとの関係で確認の利益を否定すれば、訴訟共同の必要により訴え全体が不適法となり、Yとの間に現実の争いがあるにもかかわらずXから紛争解決の途を奪う結果となる。これは遺産確認の訴えの紛争解決機能を損ない、提訴を拒む者を被告とすることを認めて提訴を望む者の訴権を保護した平成20年判例の趣旨にも反する。同判例の根拠が訴権保護にある以上、被告とされる者が権利関係を争っているか否かは本質的な事情ではなく、むしろ争わない者を被告とする場合は応訴の負担が小さく弊害も少ない。さらに、確認の利益が要求される趣旨は、およそ権利関係とはいえない事象や確定しても紛争解決に役立たない事項の訴えを排除する点にあるが、本件はこれに当たらず、権利関係の確定が必要かつ有益な場合である。
エ したがって、XがBを被告に加えて提起する遺産確認の訴えには確認の利益が認められる。
第2 設問2
1 課題①
証明妨害とは、証明責任を負わない当事者が、故意又は過失により、相手方が証明責任を負う事実についての証拠の収集又は提出を不可能又は困難にする行為をいい、証拠の滅失、隠匿、改ざん等がこれに当たる。224条2項は、文書提出義務を負う者が相手方の使用を妨げる目的で文書を滅失させた場合に当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができるとするが、これは証明妨害の法理を文書について具体化した規定である。なお、本件契約書はAC間の売買契約書であり、Aの相続人であるXらの利益のために作成された文書(220条3号)として、また一般義務文書(同条4号)としてYは提出義務を負うから、同項の前提を満たす。
2 課題②
(1) 当事者は信義に従い誠実に訴訟を追行する義務を負う(2条)。証明責任の分配は、両当事者が証拠に公平にアクセスし得ることを前提として、真偽不明の場合の不利益を公平に配分するものである。ところが、証明妨害行為は、相手方に証明困難という不利益を一方的に課し、その反面として、自らは相手方が証明に失敗すれば勝訴するという訴訟上有利な地位を獲得するものである。自らの不当な先行行為によって相手方を証明不能に陥れておきながら、その結果として得られる証明責任上の利益を主張することは、先行行為と矛盾する主張により利益を得ようとするものであり、一種の禁反言として信義則に反する。また、当事者は真実発見に向けて相手方の証拠へのアクセスを不当に妨げないという信義則上の協力義務を負い、証明妨害行為はこれに違反する。
(2) したがって、信義則違反の評価を基礎付ける要素は、客観的側面として、①対象証拠が相手方の証明責任を負う事実の証明にとって重要であること、②代替証拠に乏しく、相手方に現実に証明困難という不利益が生じたこと、③行為者が当該証拠を保存すべき立場にあるなど行為が規範的に非難し得るものであることであり、主観的側面として、④行為者が、当該証拠が相手方との紛争において重要な証拠となることを認識し又は認識し得たことである。
3 課題③
(1) 客観的側面
ア 本件契約書は、AC間の本件建物の売買契約締結の事実を直接証明する処分証書であり、Xらが証明責任を負う本件請求原因事実のうち唯一争われているAによる買受けの事実について最も重要な証拠である(①)。
イ 代替証拠についてみると、Cが保管していたもう1通は令和2年3月に焼失し、契約当事者であるAは令和5年3月30日に、Cも令和6年3月に死亡したため、当事者の証言によって売買の事実を立証することもできない。しかも、登記はCからYへの売買を原因とするものであって外形上Yの主張を裏付けており、Xらは登記名義が便宜上のものにすぎないことを証明しなければならない。本件契約書の廃棄によりXらは現に著しい証明困難に陥っている(②)。
ウ 本件契約書はAが保管していた遺産に関する重要書類であり、Aと本件建物に居住していたYは、Aの死後、建物内の遺品を排他的に管理する立場にあって、他の共同相続人との関係でこれを保存すべき立場にあった。それにもかかわらず、Yは令和5年夏頃にAの身の回りの物として本件契約書を廃棄したのであり、この行為は規範的に非難されるべきものである(③)。
(2) 主観的側面
ア Yは、令和5年5月の遺産分割協議でXから本件建物が遺産に属する旨の主張を受け、自らCから買い受けたと主張して争った。この時点で、Cから買い受けたのがAかYかという争点は顕在化しており、Yはこれが訴訟で争われる可能性と、その場合にAC間の売買契約書が決定的な証拠となることを十分に認識できた。
イ さらに、Yは協議決裂と同じ令和5年5月頃、Cに対し売買契約書の存否を尋ね、C保管分は焼失した旨を告げられている。協議決裂直後に契約書の存否をCに確認したこと自体、Yが契約書の証拠としての重要性を認識していたことを示し、C保管分の焼失を知った時点で、Aが保管していた本件契約書が本件売買を証明する唯一の有力な証拠であることをYは認識していたといえる。
ウ 本件契約書の廃棄は、この遺産分割協議及びCへの確認の後の令和5年夏頃にされた。しかも、Yは本件訴訟で本件契約書がもともと存在しないと主張するが、Cの聴取結果によればAが保管していたことはほぼ確実であり、Yの主張は不自然かつ不合理であって、廃棄の事実を隠そうとする態度と評価できる。以上から、Yは本件契約書がXらにとって重要な証拠であることを認識しながらこれを廃棄したものである(④)。
(3) まとめ
以上のとおり、本件契約書の廃棄は、Xらに証明困難という不利益を現に生じさせる一方でYが証明責任の分配上有利な地位を得ようとするものであり、Yはその重要性を認識した上でこれを行ったのであるから、訴訟当事者間の信義則に反する証明妨害行為に当たる。したがって、裁判所は、224条2項、1項により、AがCから本件建物を代金700万円で買い受けた旨の本件契約書が存在したとのXらの主張を真実と認めるべきである。
第3 設問3
1 課題①
(1) 弁論主義とは、判決の基礎となる事実及び証拠の収集・提出を当事者の権能と責任に委ねる原則であり、第1に裁判所は当事者が主張しない事実を判決の基礎としてはならないこと(主張原則)、第2に当事者間に争いのない事実はそのまま判決の基礎としなければならないこと(自白の拘束力)、第3に事実認定は当事者が申し出た証拠によらなければならないこと(職権証拠調べの禁止)を内容とする。主張原則はいずれの当事者が主張したかを問わない(主張共通の原則)が、本件ではXらもYも本件各事実を主張していない(下線部(ア))から、裁判所がこれを認定して判決の基礎とすることができるかという主張原則の問題となる。
(2) 主張原則が適用される主要事実とは、権利の発生・変更・消滅という法律効果の判断に直接必要な事実、すなわち法律要件に該当する具体的事実をいう。抗弁とは、請求原因事実と両立し、請求原因事実から生じる法律効果の発生を障害し、消滅させ、又はその行使を阻止する法律効果を生じさせる事実であって、被告が証明責任を負うものをいう。
(3) 本件請求原因事実は、Cの本件建物所有、AのCからの買受け、Aの死亡と相続人、Yが遺産帰属性を争っていることであり、これらはAが本件建物を所有していたことを基礎付け、Aの死亡により本件建物が共同相続人の遺産共有に属するという法律効果を導く。これに対し、本件各事実は、AとYとの間でAがYに本件建物を死因贈与する旨の黙示の合意が成立したことを基礎付ける事実であり、死因贈与契約(民法554条)が成立していればAの死亡により本件建物の所有権はYに移転し、本件建物は遺産に属しないこととなる。したがって、本件各事実は、本件請求原因事実と両立しつつそこから生じる遺産帰属という法律効果を消滅させるものであり、Yが証明責任を負う所有権喪失の抗弁を構成する。そして、黙示の意思表示を基礎付ける本件各事実は、死因贈与契約の成立という法律要件に該当する主要事実である。
(4) よって、当事者のいずれも主張していない本件各事実を認定してXらの請求を棄却することは主張原則に反する。
2 課題②
(1) 弁論主義の根拠は、実体法上の私的自治の原則が訴訟手続に反映したものと解すべきである(本質説)。私法上の権利関係は当事者の自由な処分に委ねられるから、訴訟においてその存否判断の基礎となる事実の提出についても当事者の意思に委ねることが私的自治に適合する。不意打ちの防止は、弁論主義の根拠そのものではなく、当事者が真意に基づき攻撃防御を尽くすことを実質的に保障するための機能的・手段的な要請にとどまる。
(2) 本件では、下線部(イ)のとおりJ裁判官が釈明権(149条1項)を行使して本件各事実を主張する意思の有無を確認し、L2は登記原因がCからYへの売買であることを理由に主張しない旨を明示した。これにより、裁判所が本件各事実を認定してもYにとって予期しない認定ではなく不意打ちにはならない。しかし、Yは裁判所の示唆を受けた上で、自ら買主であるという主位的立場との整合性を考慮し、自らの判断で本件各事実を判決の基礎としないことを選択したのであって、これは私的自治に基づき当事者に認められた事実提出の処分権の行使である。裁判所がこの処分を無視して本件各事実を認定することは、判決の基礎となる事実の提出を当事者の権能と責任に委ねるという弁論主義の本質そのものに反する。
(3) また、釈明さえ行えば主張のない事実を認定できるとすれば、裁判所は形式的に釈明をすることにより、当事者の主張がなくとも証拠から認められる事実を自由に判決の基礎とできることとなり、職権探知主義との境界が曖昧になる。これは当事者の弁論権の実質的保障を損なう。したがって、不意打ちにならないとしても、本件各事実を認定することは弁論主義に反する。
3 課題③
(1) 法の適用は裁判所の職責であり、裁判所は当事者が主張する事実に法を適用するに当たり当事者の法律構成に拘束されない。したがって、本件各事実が当事者の主張に含まれている以上、死因贈与契約の成立を認定すること自体は弁論主義に反しない。しかし、法的構成と事実の主張立証は密接に結びついており、当事者は自ら想定する法的構成を前提に攻撃防御方法を組み立てる。裁判所が当事者の予期しない法的構成を採用して判決をすれば、当事者はその法的構成を前提とした主張立証の機会を奪われ、不意打ちを受ける。
(2) 当事者が審理において十分に弁論する機会を保障されるべきことは、裁判を受ける権利(憲法32条)及び信義則(2条)に基づく弁論権の実質的保障の要請であり、この要請は事実のみならず法的観点にも及ぶと解すべきである。釈明権(149条1項)は事案解明のほか不意打ち防止・弁論権保障の機能を有するから、裁判所は、当事者が前提とする法的構成と異なる法的観点を採用して判断しようとする場合には、釈明権の行使によりこれを当事者に指摘し、それを踏まえた主張立証の機会を与える義務(法的観点指摘義務)を負うと解する。最判平成22年10月14日も、当事者が主張していない法律構成を採用する場合に、これを指摘して主張立証を促す釈明義務を認めている。この義務に違反した判決は釈明義務違反として違法となる。
(3) 本件では、裁判所は弁論準備手続を終結するに当たりXら及びYとの間で本件訴訟の争点をAC間の本件建物の売買契約の成否であると確認し(170条5項、165条)、口頭弁論でその結果が陳述された後、この争点に沿って証拠調べが実施された(事実10)。この手続経過の下では、本件各事実が当事者の主張に含まれていたとしても、当事者双方は、AY間の死因贈与契約の成否が判決の帰趨を左右する法的観点となることを想定しておらず、これを念頭に置いた攻撃防御を行っていない。Xらは、Aが「自分が死んだら本件建物はYのものになる」としばしば話すのをYとともに聞いていた(事実11②)が、それはCから買ったのがAかYかという争点とは無関係な事情として受け止めていたのであり、死因贈与の黙示の合意の有無、Aの真意、Aによる生前の撤回の有無(民法1022条類推)といった点について何ら主張立証の機会を得ておらず、争点整理で争点が売買の成否に限定された以上、これらを主張立証することを期待することもできなかった。Yも本件各事実を死因贈与の抗弁として位置付けて立証を尽くしてはいない。この状況で裁判所が死因贈与契約の成立を認定すれば、当事者に対する不意打ちとなり、弁論権の実質的保障を欠く。
(4) したがって、裁判所は、口頭弁論を終結する前に、当事者に対し、AからYへの黙示の死因贈与契約という法的構成が採られる可能性があることを明らかにし、それを踏まえた主張立証を検討するよう促すべきであり、これをせずに本件各事実を認定してXらの請求を棄却することは法的観点指摘義務に違反し許されない。
以上