司法試験 令和6年 民事訴訟法
問題文
〔第3問〕(配点:100[〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は、35:35:30])
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、令和6年1月1日現在において施行されている法令に基づいて答えなさい。
【事 例】
1.Aは、令和2年4月1日、その所有する建物(以下「本件建物」という。)をYに対して賃貸する旨の契約を締結し(以下「本件契約」という。)、本件契約に基づき本件建物をYに引き渡した。本件契約では、賃貸期間を契約日から3年間とすること、賃料は月額6万円を前月末日までに支払うこと、Yは本件建物を居住用建物として使用し、他の目的での使用はしないこと、Yが賃料の支払を怠ったとき又は前記使用目的に違反したときは、Aは催告を要することなく本件契約を解除することができることが定められた。
2.その後、Aは令和3年7月に死亡し、その子であるX1、X2及びX3(以下、併せて「Xら」という。)が遺産分割協議をした。その結果、本件建物については、Xらがそれぞれ3分の1の持分で共有すること、本件契約については、Xら全員が賃貸人となること、本件契約の更新、賃料の徴収及び受領、本件建物の明渡しに関する訴訟上あるいは訴訟外の業務についてはX1が自己の名で行うことが取り決められた。
3.これを受けて、X1は、同年9月に本件契約の現状について調べたところ、同年6月から8月までの3か月分の賃料が支払われていないことが判明したことから、X1は、本件契約を解除して本件建物の明渡しを求める訴訟を提起しようと考え、X2及びX3にその旨を相談した。これに対し、X2及びX3は、Yに対して本件建物の明渡しを求めるとのX1の意向には賛成したが、自らが当事者となることは時間的・経済的負担が大きいことを理由に、X1単独で訴訟を提起してほしいと述べた。
以下は、X1から相談を受けた弁護士L1と司法修習生Pとの間の会話である。
L1:X1としては、できればX2及びX3と共同で訴訟を提起したいとの気持ちがあるようですが、それが難しいようなら、自分一人で訴訟を提起することもやむを得ないということでした。
そこで、X1のみが原告となって訴訟を提起する方法について検討してみましょう。
P:本件建物の明渡しについて、賃貸借契約の終了に基づく明渡請求権を訴訟物とした場合は、X1単独で訴訟を提起することができるのではないかと思います。
L1:固有必要的共同訴訟ではないということですね。それ以外に何かありませんか。
P:X1が自らの請求権について当事者となるだけでなく、X2及びX3の訴訟担当者としても関与するということでしょうか。本件では、X2やX3からの選定行為はないので、X1は選定当事者になることはできませんが、明文なき任意的訴訟担当とすることが考えられると思います。
L1:なるほど。それでは、まず、任意的訴訟担当の意義及びそれが明文なくして認められるための要件を説明してもらえますか。その要件の説明に当たっては、民法上の組合契約に基づいて結成された共同事業体を契約当事者とする訴訟について当該共同事業体の代表者である組合員の任意的訴訟担当を認めた最高裁判所昭和45年11月11日大法廷判決・民集24巻12号1854頁を踏まえるようにしてください。これを「課題1」とします。その上で、課題1における意義及び要件の説明を踏まえ、本件においてX1による訴訟担当が明文なき任意的訴訟担当として認められるかについて、検討してください。その際、本件と前記最高裁判例の事案との異同に留意するようにしてください。これを「課題2」とします。
〔設問1〕
あなたが司法修習生Pであるとして、L1から与えられた課題1及び課題2について答えなさい。
なお、以下に掲げる【事例(続き・その1)】及び【事例(続き・その2)】に記載されている事実関係は考慮しなくてよい。
【事 例(続き・その1)】
4.X2及びX3はX1の説得に応じ、Xらはそろって弁護士L1にYに対する訴訟の提起等を委任した。これを受けて、L1は、令和4年1月24日、令和3年6月から8月までの3か月分の賃料の支払がないとして、催告することなく、同日をもって本件契約を解除する旨を内容証明郵便にてYに送付した。さらに、L1は、Xらを原告、Yを被告として、本件契約の終了に基づく本件建物の明渡しを求める訴え(以下、この訴えに係る訴訟を「本件訴訟」という。)を提起した。
5.これに対し、Yは、弁護士L2に訴訟委任をした上、本件訴訟の第1回口頭弁論期日において、「未払とされる賃料は全額支払済みである。無催告解除が認められるに足りる信頼関係の破壊の事実はない。」と主張してXらの請求を争った。
6.裁判所は、本件訴訟に係る事件を弁論準備手続に付すこととした。その際、前記3か月分の賃料の支払を示す書証が提出されていなかったことから、裁判官の示唆により、第1回弁論準備手続期日においては、賃料不払による無催告解除の可否に関して当事者間の信頼関係の破壊を基礎付ける事実関係の存否につき、当事者双方が口頭で自由に議論し、その結果を踏まえ、第2回弁論準備手続期日以降に準備書面を提出して具体的な争点を確定することとされた。
7.第1回弁論準備手続期日において、Yは、「令和3年10月以降、自分の妻が、本件建物において何回か料理教室を無償で開いたことがあった。X1は夫婦でその料理教室に毎回参加していたが、賃料の話など一切出なかった。」と話したところ(以下、Yのこの発言を「本件陳述」という。)、第2回弁論準備手続期日の前に、L1から、「Yによる本件建物の使用は本件契約において定められた使用目的に違反するものであり、賃料不払とは別の解除原因を構成するものであるところ、Yはかかる請求原因事実を自白したものであり、Xらはこれを援用する。」と記載された準備書面が裁判所に提出された。
以下は、第2回弁論準備手続期日の前にされた、L2と司法修習生Qとの間の会話である。
L2:Yは、本件陳述はXらとの間の信頼関係が破壊されていないことを裏付ける事実として述べたにすぎないのに、このような形でXらが主張してきたのは心外であると怒っていました。
Q:私も、このような揚げ足取りの主張は許されないと思います。
L2:そうですね。第2回弁論準備手続期日においてXらの準備書面を陳述させるべきでないと主張することが考えられますが、裁判所が陳述を許すことも想定しておく必要があります。そこで、次善の策として、裁判上の自白は成立しない、又はこれが成立するとしても撤回が許されるとの主張を準備しておきましょう。この点について検討してもらえますか。検討に当たっては、まず裁判上の自白の意義及び要件に触れ、それを前提に、本件陳述がされた場面や当該手続の目的等を踏まえ、本件陳述について裁判上の自白が成立しないとの立場又はこれが成立するとしても撤回が許されるとの立場のいずれかを選択して論じてください。これを「課題」とします。
〔設問2〕
あなたが司法修習生Qであるとして、L2から与えられた課題について答えなさい。なお、以下に掲げる【事例(続き・その2)】に記載されている事実関係は考慮しなくてよい。
後記8以下においては、前記6及び7の事実は存在しないことを前提として、〔設問3〕に答えなさい。
【事 例(続き・その2)】
8.裁判所は、本件訴訟につき、令和5年4月に口頭弁論を終結し、Yが主張する賃料の支払は認められないものの、未払の期間及び本件契約の解除に至る経緯等からすれば、信頼関係が破壊されたとまでは認められないとして、Xらの請求を棄却するとの判決(以下「本件判決」という。)をし、本件判決は確定した。
9.その後、Yが、令和3年1月から令和5年1月までの間、本件建物において、株式投資に関するセミナー(以下「本件セミナー」という。)を有料で月一、二回の割合で開催していたことが判明した。そこで、Xらは、これが用法遵守義務違反に該当するとして本件契約を解除することができないかと考えるに至り、L1に相談した。
以下は、L1と司法修習生Rとの間の会話である。
L1:Xらとしては、本件訴訟では敗訴したが、本件訴訟とは異なる前記9の用法遵守義務違反を理由として本件契約を解除し、再度本件建物の明渡しを求める訴え(以下、この訴えに係る訴訟を「後訴」という。)を提起したいと考えているようです。所有権に基づく明渡請求権を訴訟物とすることも考えられますが、ここでは、賃貸借契約終了に基づく明渡請求権を訴訟物とすることを前提に検討してみましょう。
R:本件訴訟の訴訟物は賃貸借契約終了に基づく明渡請求権ですから、後訴も同一の訴訟物になります。そして、本件セミナーの開催は、いずれも本件訴訟の事実審の口頭弁論終結時(以下「基準時」という。)より前の事実であり、基準時後は開催されていないとのことですから、確定した本件判決の既判力が後訴に作用し、後訴は請求棄却となるように思います。また、解除権の行使は基準時後にされていますが、学説では、基準時後の解除権の行使の主張が既判力により遮断されないとするのは難しいとする説が強いということを授業で聞きました。
L1:そうですか。それでは、別の観点から検討してみましょう。Xらによれば、XらがYによる本件セミナーの開催に気付いたのは本件判決の確定後であったとのことですから、用法遵守義務違反を理由とする解除権の行使の主張は本件判決の既判力によっては遮断されないと考えることはできないでしょうか。
R:確かに、本件判決の既判力によって主張を制限してしまうのは、Xらにやや酷な気もします。
L1:ただ、Xらに酷というだけでは裁判所は受け入れてくれないと思いますので、そのための理論構成を考える必要があります。まず、既判力によって基準時前の事由に関する主張が遮断される根拠を考えてみましょう。そして、それを踏まえ、本件の具体的な事実関係に照らし、本件判決の既判力によって解除権行使の主張を遮断することが相当かどうかを検討してください。
これを「課題」とします。なお、結論はどちらでも構いませんが、検討に当たっては、自説と反対の結論を採る見解にも留意するようにしてください。
〔設問3〕
あなたが司法修習生Rであるとして、L1から与えられた課題について答えなさい。なお、【事例(続き・その1)】に記載されている6及び7の事実関係は考慮しなくてよい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、XらがYに対し、建物賃貸借契約の終了(賃料不払による債務不履行解除)に基づく本件建物の明渡請求訴訟(本件訴え)を提起したという事案を素材として、①X1がいわゆる任意的訴訟担当(者)として本件訴えを提起することの可否(設問1)、②本件訴えの弁論準備手続でYがした陳述が自白に該当するか、また、自白に該当するとしても撤回が可能か(設問2)、③本件訴えにおいてXらの請求を棄却する判決が確定したのち、本件訴えの基準時前に存在した別の事由(用法遵守義務違反)により、再度Yに対して賃貸借契約の終了(用法遵守義務違反による債務不履行解除)に基づき本件建物の明渡しを求める訴えを提起した場合の問題点(設問3)のそれぞれにつき検討を求めるものである。
1 設問1について
設問1の課題①は、任意的訴訟担当の意義を述べた上、訴訟担当が認められる前提要件として担当者に対する授権が必要であることを明らかにし、さらに、問題文記載の判例(最大判昭和45年11月11日民集24巻12号1854頁)から、それが明文なくして許容されるための要件、すなわち弁護士代理原則(民事訴訟法第54条第1項)及び訴訟信託の禁止の潜脱とならず(以下「非潜脱要件」という。)、かつ、訴訟担当を認める合理的必要があること(以下「合理的必要性」という。)を的確に示すことが期待される。なお、任意的訴訟担当が許容される要件については学説上様々な見解があるが、ここではそれについて言及することまでは求めていない。そして、課題②においては、問題文記載の具体的事実から前記前提要件及び許容されるための要件充足の有無について検討していくことになるが、弁護士代理原則の潜脱の有無については、前記判例の判示内容に照らし、どのような点が認められれば潜脱とならないのか、その要素(実体上の管理権の有無)に言及しつつ検討することが期待される。具体的には、前記判例が非潜脱要件を満たすとしたのは、当該業務執行組合員が単なる訴訟代理権だけではなく実体上の管理権も併せ有していたという点を主な理由としていることから、本問でもX1への授権により同じような事実関係が認められるかを検討していくことになる。そして、合理的必要性の有無について、前記判例が、非潜脱要件を満たす場合には特段の事情がない限り合理的必要性を欠くものとはいえないと判示していることを踏まえつつ、本問の具体的事情(例えば、X1が本件賃貸借契約についての賃貸人の1人であること、X1単独の訴え提起による目的達成の可能性、問題文に現れているX2及びX3の意向が合理的必要性を基礎付ける事情となり得るか、Xらが3名と比較的少数であることから、任意的訴訟担当によらず、選定当事者制度の利用やXらが弁護士代理人に委任することで足りるのではないか等々)から、前記判例との異同を踏まえつつ、合理的必要性の有無について具体的に検討することが期待される。その他、前記判例においては、団体の目的遂行のための業務上の必要性があったという点や、当該訴訟追行に係る権利が、業務執行組合員を含む構成員共同の利益に関するものであったという点が、任意的訴訟担当の合理的必要性を肯定する一つの根拠になったとの指摘もあることから、本問でもこれに類するような事情が認められるかにつき検討することも考えられる。
2 設問2について
設問2は、Yのした本件陳述がいわゆる先行自白に該当し得ることを前提に、これが裁判上の自白に該当しない、あるいは裁判上の自白が成立したとしても撤回ができることにつき、Yの立場からの検討を求めるものである。その際、本件陳述がされた第1回弁論準備手続期日の目的、裁判上の自白の意義及び要件並びに撤回が認められる要件と関連付けながらの検討が求められている。したがって、自白の効果一般や撤回が認められる要件一般について冗長に検討している答案や、自白の対象事実に間接事実が含まれるかといった論点について、本問との関連性を意識せずに漫然と検討している答案は評価されない。また、特に説得的根拠もなく、料理教室開催の事実を信頼関係破壊に関する間接事実とした上、自白の対象にならないとして済ませている答案も、本問が先行自白に関する問題であり、弁論準備手続の目的等からの検討も求めている本問の題意から外れるものであり、同じく評価されない。
まず、裁判上の自白の意義につき、従来からの通説のように「当事者が、その訴訟の口頭弁論又は弁論準備手続においてする、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実の陳述」
と定義づけた場合、相互の事実認識の一致が要素になり、当事者の意思的要素は捨象されることになるので、本問のY陳述は、自己に不利益な事実を先行自白し、これが弁論準備手続において援用されることによって自白となると考えられる。したがって、この説に立った場合は、裁判上の自白に該当するという方向と親和性を有することになるが、先行自白の持つ問題点(不意打ちの危険)などから、本問のような場合は相手方が主張する事実との一致が認められないから自白に該当しない、とする立論も可能である。これに対し、裁判上の自白を「相手方の主張する自己に不利益な事実を争わない旨の意思を表明する、弁論としての陳述」と定義づけた場合、上記「争わない旨の意思を表明」とはどのようなものであるかを明らかにした上、これがあったとはいえない、あるいは、不利益性についての認識があったとはいえないとして自白の成立要件を欠く、と構成することが考えられる。
次に、本問では、以上のような自白の意義から検討するというアプローチだけではなく、本件陳述がされた第1回弁論準備手続期日の目的や実施方法に着目して、自白該当性や撤回可能性について検討するというアプローチも求められている。これにつき、一つの考え方として、同期日での発言内容について自白とは扱わない、あるいは撤回を容易に認めることにつき、裁判所と当事者間において何らかの合意等があったと構成することが考えられる。例えば、弁論準備手続の中でされた陳述にも自白が成立し得ると一般的に解されるとしても、争点に関する当事者間の自由な議論を促進するという弁論準備手続の目的ないし趣旨、本件での第1回弁論準備手続期日でのテーマ設定からすれば、争点整理手続中に自白がされても、争点整理作業が完了するまでは、それを自白とは確定的に扱わない、あるいは自白と扱うとしても、その撤回は柔軟に認められると解すべきところ、同期日での発言内容については自白又は不利益な陳述として扱わない旨の事前の黙示的合意があったとすることが考えられる。あるいは、一般に自白の撤回は相手方の同意があれば許容されることの応用ないし延長として、同期日において自白に該当する陳述がそれぞれからされたとしても、これを撤回自由とすることについて事前に黙示的に同意ないし合意がされていた、といった構成をとることも考えられる。なお、自白の撤回が認められる場合として、自白が真実に反しかつ錯誤による場合が挙げられるが、本問の場合にこれに該当すると構成するのは困難ではないかと思われる。
以上のほか、自白が原則撤回できないとする根拠ないし趣旨から、本件陳述を撤回することはその趣旨に反しない、と構成することも考えられる。例えば、自白事実についてはいわゆる不要証効が生じ(民事訴訟法第179条)、自白の相手方は当該事実について自白がされれば、それにつき証明不要との期待ないし信頼を有するに至るところ、これを撤回するのはかかる信頼を裏切るもので、禁反言(信義則)に抵触するという点から撤回が原則として制限されると解される。本件陳述は、第1回弁論準備手続期日のテーマ(賃料不払解除に関する信頼関係破壊の有無について、それを基礎付けあるいは阻害する具体的事実について自由に討議する)に沿った形で主張されたものであること(法的には、賃料不払いに関する信頼関係破壊の評価障害事実(自己に有利な事実)として陳述されたものであること)、これに対し、Xらによる先行自白との主張は、上記テーマとは反するものであり、援用を認めることは禁反言(信義則)の見地から問題であることからすれば、不要証との相手方の信頼はそもそも働いておらず、これを撤回したとしても、自白の撤回を原則認めないとする趣旨には抵触しない、と構成することが考えられる(ただし、このようなアプローチを採用する場合は、従来承認されてきた自白の撤回が認められる要件と乖離することになるので、その点についての検討が求められよう。)。
これに対し、本問の第1回弁論準備手続期日では争点に対する自由な討議が予定されていたということから一足飛びに、同期日では自白はおよそ成立しない、あるいは撤回が自由であったという結論に至ってしまうのは理論的検討が不十分と評価される。これと同様に、本問をいわゆる争点整理手続におけるノンコミットメントルール(確定的な定義はないが、争点整理手続において当事者から口頭で述べられた事項については自白が成立せず、その発言が後に不利益に援用されることはないという訴訟運営上のルールとされている。)の問題であるとして、かかるルールからすれば自白は成立しない、又は撤回は自由であると早急に結論付けることも題意に沿ったものとはいえず、評価されない。本問は、ノンコミットメントルールそれ自体の知識を問うものではなく、弁論準備手続の趣旨や目的、弁論準備手続で相手方の主張を認める陳述の持つ意味、本問での第1回弁論準備手続期日の目的等を的確に分析し、それを自白の要件又は撤回要件にどのように説得的に結び付けられているかがポイントになる。
3 設問3について
設問3は、本件訴えの基準時前の事由である用法遵守義務違反を理由とする解除による建物賃貸借契約の終了に基づき、後訴において建物明渡を求めることができるかが問われている。そして、解答に当たっては、本件訴えと後訴の訴訟物が同一であること、本件訴えの確定判決の既判力により、基準時前の用法遵守義務違反の主張が遮断されることが前提とされている。また、本問に関しては、いわゆる「前訴基準時後における形成権行使の可否」という論点との関係で検討することも考えられるが、問題文中の会話においてこのアプローチは採らないことが明らかになっていることに留意が必要である。以上を前提に、課題①において、既判力の遮断効(消極的作用)の根拠論を述べ、課題②において、課題①を踏まえながら、後訴の可否に関する理論構成を、反対の立場を踏まえて論じていくことが求められている。
まず、既判力の基準時が口頭弁論終結時であることを根拠とともに簡潔に説明し、その上で、既判力の作用からの理論的説明として、遮断効(消極的作用)については、後訴の裁判所に対する拘束力(積極的作用)を前提として認められるものであること、基準時前に存在した事実については、後訴での蒸返し防止(勝訴者の紛争解決に対する合理的期待の保護、法的安定性の確保等)の観点から後訴で主張することはできないといった制度的効力を挙げた上、さらに実質的根拠(正当化の根拠)として、前訴において十分な主張立証の機会が与えられていたにもかかわらず、これを行使しなかった場合は後訴においてかかる主張が遮断されてもやむを得ない、といった点を述べていくことが期待される。
そして、その上で、遮断を否定するアプローチとして、遮断効につき、前記のとおり法的安定性の確保や勝訴者の地位の安定といった制度的効力を基礎としつつも、前訴において十分に主張立証の機会が与えられていたにもかかわらず、これを行使しなかったことに対する自己責任の観点からすれば、前訴における主張立証がおよそ期待できなかった事実については前訴確定判決の既判力による遮断効は生じないと解する説(期待可能性説)を挙げることが期待される。この説に対しては、前記既判力の制度的効力からすると、このような主張を認めるのは慎重な態度が要請される、再審事由に関する民事訴訟法第338条第1項第5号からすれば、刑事罰が科されるような他人の行為によった場合であっても既判力が作用するとされているのであり、単なる期待可能性の欠如をもって既判力が作用しないとすることは再審と既判力の作用との境界をあいまいにするものであって不当である、あるいは、期待可能性の有無について後訴裁判所が審理判断することになり、後訴の審理負担が不当に重くなる懸念がある、といった批判がされているところである。期待可能性説に立つ場合は、これらの批判を示しつつ、自己の立場を説得的に展開し、判断基準を定立することが期待される
(その上で、本問への当てはめにおいて、期待可能性があったとすることも考えられる。)。
これに対し、遮断効の根拠につき、前記制度的効力の点を重視する立場に立った場合は、前記期待可能性説に対する批判を加えつつ、前訴の基準時前に生じていた事由であれば例外なく遮断するという方向で検討することが考えられるが、その場合には、問題文の具体的事実関係から遮断するのが相当とされる根拠を丁寧に示していくことが期待される。
なお、遮断効を否定する立場に立つ場合、既判力による遮断効の正当化根拠を手続保障と自己責任であるとしか指摘せず、本問の事実関係からは用法遵守義務違反の事実について手続保障がされたとはいえないから遮断されないと解すべき、といった程度の大雑把な検討に終始している答案は、既判力の遮断効に関する説明が不十分と評価されるだけでなく、遮断効に例外を認める理論構成や根拠を適切かつ十分に検討したものとは評価できない(「手続保障及び自己責任の観点から本問では特段の事情がある」といった程度の記述にとどまっている答案も同様である。)。また、前記したとおり、本問においては、いわゆる「基準時後の形成権行使の可否」という点からのアプローチは明示的に排除している。したがって、このようなアプローチをとったと思われる答案、例えば、「解除権は前訴確定判決の判断に内在付着する瑕疵である(ない)から」といった点から遮断の可否を論じている答案や、反対説についてこのような趣旨で言及しているとみられる答案については、問題文の指示を無視したものとして評価されない。また、期待可能性説以外のアプローチ、例えば、釈明義務違反や法的観点指摘義務違反に基づいて既判力が縮小するという構成も考えられなくはないが、前訴である本件訴えの手続経過からは、かかる釈明義務違反や法的観点指摘義務違反を基礎付けるような事実関係は見当たらないので、これを採用するのは難しいと思われる。その他、判決理由中の判断の拘束力(信義則等)を検討している答案は、既判力が作用するという本問の前提に反するので、当然のことながら評価されない。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 課題1
(1) 当事者適格は、原則として訴訟物たる権利義務の帰属主体に認められるが、帰属主体以外の第三者が自己の名で訴訟を追行し判決を受ける資格を認められる場合があり、これを第三者の訴訟担当という。このうち、帰属主体の意思に基づく授権によって第三者に訴訟追行権が与えられるものを任意的訴訟担当といい、民事訴訟法(以下法名略)は選定当事者(30条)という明文の制度を置く。担当者の受けた判決の効力は被担当者にも及ぶ(115条1項2号)。
(2) 任意的訴訟担当が認められる前提として、権利義務の帰属主体から担当者に対し、当該訴訟を自己の名で追行する権限を授与する授権が必要である。
(3) 問題は、明文なき任意的訴訟担当が許容されるかである。54条1項は訴訟代理人を原則として弁護士に限り(弁護士代理の原則)、信託法10条は訴訟行為をさせることを主たる目的とする信託を禁止する(訴訟信託の禁止)。任意的訴訟担当を無制限に認めると、非弁護士に他人の訴訟を追行させる弊害が生じ、これらの趣旨が潜脱される。そこで、最大判昭和45年11月11日は、任意的訴訟担当は「訴訟信託の禁止の趣旨に反したり、弁護士代理の原則を潜脱するおそれがなく、かつ、このような訴訟担当を認める合理的必要性がある場合には、これを許容して差し支えない」とし、民法上の組合の業務執行組合員が組合規約により自己の名で組合財産を管理し対外的業務を執行する権限を有していた事案において、同組合員が単なる訴訟追行権だけでなく実体上の管理権をも併せ有していたことを主な理由として潜脱のおそれを否定し、このような場合には特段の事情のない限り合理的必要性を欠くとはいえないとした。
(4) 以上から、明文なき任意的訴訟担当は、①帰属主体から担当者への授権を前提に、②担当者が訴訟追行権のみならず当該権利関係についての実体上の管理権を有するなど弁護士代理の原則及び訴訟信託の禁止の潜脱とならないこと(非潜脱要件)、③訴訟担当を認める合理的必要性があることを要件として許容されると解する。
2 課題2
(1) 授権
Xらの遺産分割協議において、本件契約の更新、賃料の徴収及び受領、本件建物の明渡しに関する訴訟上あるいは訴訟外の業務はX1が自己の名で行うことが取り決められた(事実2)。これは、X2及びX3が自己の有する本件契約終了に基づく明渡請求権について、X1に自己の名で訴訟を追行する権限を授与したものと評価できる。しかも、X2及びX3は、X1からの相談に対し、明渡しを求めること自体には賛成した上でX1単独での提訴を求めている(事実3)から、授権の意思は現在も維持されている。よって授権は認められる。
(2) 非潜脱要件
前記判例が潜脱のおそれを否定した決め手は、業務執行組合員が訴訟追行のみを目的とする授権を受けたのではなく、組合財産について実体上の管理権を有し、その管理権の一環として訴訟を追行する地位にあった点にある。本件では、X1は本件建物につき3分の1の共有持分を有し、本件契約の賃貸人の一人として自らも明渡請求権の帰属主体である。さらに、X1は遺産分割協議により、本件契約の更新及び賃料の徴収・受領という本件契約に関する訴訟外の管理業務一切を自己の名で行う権限を与えられており、本件契約について実体上の管理権を有する。したがって、X1への授権は訴訟追行のみを目的とするものではなく、共有者兼共同賃貸人としての管理権に付随するものである上、X1は自己の権利のためにも訴訟を追行するのであって、他人の訴訟に非弁護士が介入する弊害や、訴訟のために権利を移転させる訴訟信託の弊害は認められない。判例の事案が組合規約に基づく包括的な管理権の付与であったのに対し、本件は共有者間の遺産分割協議による付与である点で異なるが、権利の帰属主体全員の合意により実体上の管理権と訴訟追行権が一体として付与された点で同質であり、この相違は非潜脱要件の判断を左右しない。よって非潜脱要件を満たす。
(3) 合理的必要性
ア 判例は、非潜脱要件を満たす場合には特段の事情がない限り合理的必要性を欠かないとする。もっとも、判例の事案では、組合の目的遂行のための業務上の必要性があり、訴訟追行に係る権利が業務執行組合員を含む構成員共同の利益に関するものであった点が合理的必要性を支えていた。本件にこれに類する事情があるか、また特段の事情があるかを検討する。
イ まず、賃貸借契約終了に基づく明渡請求は共有者各自が単独でなしうるものであり固有必要的共同訴訟ではないから、X1が自己の請求権についてのみ訴えを提起し勝訴すれば、本件建物の明渡し自体は実現できる。この点から任意的訴訟担当の必要性は乏しいとの見方があり得る。しかし、X1のみを当事者とする判決の既判力はX2及びX3には及ばず(115条1項1号)、Xら全員が賃貸人である本件契約の終了をXら全員について統一的に確定することができない。契約終了の統一的確定は賃貸人側の共同の利益に関する事項であり、判例の事案における構成員共同の利益に相当する。また、遺産分割協議によりX1に本件契約の管理業務一切を委ねたのは、相続により生じた共有関係の下で本件建物の管理を一元化するためであり、本件訴訟もその管理業務の延長にあるから、判例の事案の業務上の必要性に類する事情も認められる。さらに、X2及びX3が自ら当事者となることの時間的・経済的負担を避けたいとの意向(事実3)は、権利主体本人の訴訟関与の負担を軽減するという任意的訴訟担当の機能そのものに関わる事情であり、合理的必要性を基礎付ける方向に働く。
ウ これに対し、Xらは3名と少数であり、X2及びX3がX1を選定当事者に選定する(30条1項)か、3名が共同原告となって弁護士L1に委任すれば足りるから、明文なき任意的訴訟担当を認める必要はないとの反論が考えられる。しかし、判例の事案でも選定当事者制度の利用は可能であったにもかかわらず任意的訴訟担当が認められたのであり、他の制度を利用し得ることは直ちに合理的必要性を否定する特段の事情とはならない。また、共同原告となれば、弁護士に委任しても当事者尋問への出頭や訴訟費用の負担が生じ得るのであって、X2及びX3の意向は不合理なものではない。
エ したがって、本件では判例の事案に類する共同の利益及び業務上の必要性が認められ、特段の事情もないから、合理的必要性も認められる。
(4) 結論
以上から、X1は、自己の明渡請求権については固有の当事者適格に基づき、X2及びX3の明渡請求権については明文なき任意的訴訟担当者として、単独で本件訴訟を提起することができ、その判決の効力はX2及びX3にも及ぶ(115条1項2号)。
第2 設問2
1 裁判上の自白の意義及び要件
(1) 裁判上の自白は、従来の通説によれば、口頭弁論又は弁論準備手続(170条2項、179条)においてされる、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実の陳述をいい、①弁論としての陳述、②事実の陳述、③相手方の主張との一致、④不利益性(相手方が証明責任を負う事実であること)を要件とする。自白が成立すると当該事実は証明を要せず(179条)、当事者は原則として撤回できない。当事者が相手方の主張に先立って不利益な事実を陳述し、後に相手方が援用した場合(先行自白)、援用の時点で要件③が充足され自白が成立する。
(2) 本件陳述は第1回弁論準備手続期日におけるものであり、Yの妻が本件建物で料理教室を開いたという事実の陳述である。この事実は、居住用建物との使用目的に違反する使用があったという用法遵守義務違反による解除の請求原因事実であり、Xらが証明責任を負う。そして、Xらは本件陳述を援用する準備書面を提出しているから、これが第2回期日において陳述されれば(L2が陳述させるべきでないと主張するのはこのためである)、通説の定義に従う限り先行自白として裁判上の自白が成立することになる。
2 本件陳述について裁判上の自白は成立しないとの立場
(1) 裁判上の自白の意義の再構成
裁判上の自白に撤回制限という強い効力が認められる根拠は、弁論主義の下で当事者は事実について処分権を有し、自己に不利益な事実を認めるという意思に基づく処分をした以上はその結果について自己責任を負うべきこと、及び相手方がこれにより当該事実の証明を要しないとの信頼を抱くことにある。そうであれば、裁判上の自白は、相手方の主張と客観的に一致する陳述であれば足りるのではなく、相手方の主張する自己に不利益な事実を争わない旨の意思を表明する弁論としての陳述であることを要すると解すべきである。先行自白では陳述時に相手方の主張が存在しないから、陳述者が当該事実を自己に不利益な事実として認識した上で争わない意思を表明したと評価できる場合に限り、援用により自白が成立すると解する。
(2) あてはめ
ア 本件陳述がされた第1回弁論準備手続期日は、賃料の支払を示す書証が未提出であったことから、裁判官の示唆により、賃料不払による無催告解除の可否に関して信頼関係の破壊を基礎付ける事実関係の存否につき当事者双方が口頭で自由に議論し、その結果を踏まえて第2回期日以降に準備書面により具体的な争点を確定するという目的で実施された(事実6)。弁論準備手続は争点及び証拠の整理を目的とする手続であり(168条)、本件の第1回期日は、争点確定前の段階で当事者の率直な事実の開示を促す自由討議の場として設定されていた。
イ このテーマの下で、Yは、第1回口頭弁論期日で「信頼関係の破壊の事実はない」と主張した(事実5)のを受け、その裏付けとして、X1が夫婦で料理教室に毎回参加しながら賃料の話を一切しなかったという事情、すなわち賃料不払にもかかわらず信頼関係が破壊されていないことを示す評価障害事実(自己に有利な事実)として本件陳述をしたものである。しかも、Yが述べた料理教室は、Y本人ではなく妻が、無償で、令和3年10月以降に何回か開いたというものにすぎず、家族が居住用建物に知人を招いて無償で料理を教える程度の使用は居住用使用の範囲内とも評価し得るから、Yがこれを用法遵守義務違反という別個の解除原因を構成する不利益な事実と認識していたとは到底いえない。他方、Xらによる援用は、同期日のテーマである賃料不払解除に関する信頼関係破壊の有無とは異なる、新たな解除原因の請求原因事実としての援用であって、Yが陳述した事実の文脈とは法的位置付けを異にする。X1自身が夫婦で毎回参加して使用態様を知りながら何ら異議を述べていなかったという本件陳述の内容に照らしても、Xらが援用を認める信義則上の基礎を欠く。
ウ また、争点整理のための自由討議の場における発言に確定的な自白の効力を認めると、当事者は後の不利益な援用をおそれて事実の開示を控え、争点整理の機能が損なわれる。本件第1回期日の目的及び実施方法に照らせば、裁判所と当事者の間には、同期日における口頭での発言内容を争点整理作業が完了するまでは確定的に自白として扱わない旨の黙示的な合意があったと評価でき、自白の撤回に相手方の同意があれば足りるとされていることとの均衡からも、このような合意は有効と解される。
エ したがって、本件陳述について、Yが自己に不利益な事実を争わない意思を表明したとはいえず、裁判上の自白は成立しない。
(3) 通説の定義から意思的要素を不要とする立場に立っても、先行自白は相手方の援用によって初めて効力を生じるものであり、陳述者が不利益性を認識し得ない文脈での陳述を不意打ち的に援用することは手続保障の観点から許されないから、本件では相手方の主張との一致を欠くとして自白の成立を否定することができる。
3 補足
仮に自白が成立するとしても、撤回制限の根拠は相手方の不要証への信頼保護と禁反言にあるところ、Xらは第1回期日のテーマに反して別の解除原因の請求原因事実として援用したのであり、Xらに保護すべき不要証への信頼は生じていない。前記2(2)ウの黙示的合意は、同期日での発言を撤回自由とすることについての事前の同意とも評価できるから、相手方の同意による撤回の応用として撤回が許される。
第3 設問3
1 既判力による遮断効の根拠
(1) 既判力とは確定判決の判断内容に与えられる後訴における通用力をいい、その客観的範囲は主文に包含するもの、すなわち訴訟物たる権利関係の存否の判断に限られる(114条1項)。既判力の基準時は事実審の口頭弁論終結時である(民事執行法35条2項参照)。当事者はこの時点まで訴訟資料を提出でき、裁判所はこの時点の権利関係の存否を判断するからである。
(2) 既判力の作用として、後訴裁判所は基準時における訴訟物の存否について前訴の判断に拘束される(積極的作用)。この積極的作用を前提として、当事者は基準時前に存在した事由に基づいて前訴の判断と矛盾する主張をすることができず、後訴裁判所はこれを排斥しなければならない(消極的作用、遮断効)。
(3) 遮断効の根拠は、第1に、既判力の制度的効力として、前訴で確定した権利関係についての紛争の蒸返しを防止し、勝訴当事者の紛争解決に対する合理的期待を保護して法的安定性を確保する点にある。第2に、これを当事者との関係で正当化する実質的根拠として、当事者には前訴において基準時までに当該事由を主張立証する機会が保障されていたのであるから、これを行使しなかった以上、後訴で主張できなくなってもやむを得ないという手続保障と自己責任の観点が挙げられる。
2 本件における遮断の相当性
(1) 前提
本件訴訟と後訴の訴訟物はいずれも本件契約の終了に基づく本件建物の明渡請求権であり同一である。本件判決は請求棄却であるから、基準時である令和5年4月の口頭弁論終結時において同請求権が存在しないことについて既判力が生じ、Xら及びYは前訴当事者としてこれを受ける(115条1項1号)。本件セミナーの開催は令和3年1月から令和5年1月までの基準時前の事実であり基準時後は開催されていないから、用法遵守義務違反は基準時前に存在した事由であって、原則として遮断効の対象となる。
(2) 遮断効の例外を認める見解(期待可能性説)
前記実質的根拠を重視すれば、遮断効は前訴で主張立証の機会が与えられていたことに対する自己責任によって正当化されるのであるから、前訴における主張立証がおよそ期待できなかった事由については自己責任を問う前提を欠き、遮断効は生じないと解する余地がある。
(3) この見解に対する批判
しかし、第1に、既判力は蒸返し防止と法的安定性確保のための制度的効力であり、当事者の主観的事情によって例外を認めることは勝訴者の地位を不安定にする。第2に、338条1項5号は、刑事上罰すべき他人の行為によって攻撃防御方法の提出を妨げられた場合ですら再審によるべきこととしており、それより軽微な期待可能性の欠如をもって既判力が作用しないとすることは既判力と再審の境界を曖昧にする。第3に、期待可能性の有無を後訴裁判所が審理すれば前訴の審理経過を蒸し返すこととなり、後訴の審理負担が不当に重くなる。
(4) 私見
ア これらの批判は正当であり、遮断効に例外を認めることには慎重であるべきである。もっとも、手続保障と自己責任が遮断効の正当化根拠である以上、前訴での主張立証が客観的に不可能で当事者に何らの帰責性もない事由にまで遮断効を及ぼすことは正当化根拠を欠く。そこで、再審との均衡及び法的安定性を考慮し、前訴当事者が通常期待される注意を尽くしても基準時前に当該事由の存在を知り得ず、かつその不知について帰責性がないことが明白である場合に限り、例外的に遮断効が及ばないと解する。これにより後訴裁判所の審理負担も限定される。
イ 本件では、本件セミナーは令和3年1月から令和5年1月までの2年間にわたり、月一、二回の割合で有料で開催されていた。有料の株式投資セミナーである以上、外部の参加者が反復して本件建物に出入りし、何らかの募集もされていたはずであり、近隣への確認や本件建物の外観の確認等の通常の調査を行えば開催を把握することは十分可能であった。しかも、X1は遺産分割協議により賃料の徴収・受領を含む本件契約の管理業務を担い(事実2)、令和3年9月には契約の現状を調査している(事実3)のであって、管理担当者として使用状況を把握する立場にあった。さらに、Xらは令和4年1月に本件訴訟を提起し、令和5年4月の口頭弁論終結まで1年以上Yと争っており、本件訴訟の争点は賃料不払による信頼関係破壊の有無であって、本件判決も未払期間や解除に至る経緯等を総合して信頼関係破壊を否定した(事実8)。信頼関係破壊の有無は賃貸借関係全般の事情を総合して判断されるから、Yの本件建物の使用態様は信頼関係破壊を基礎付ける事情として前訴で主張すべき事実であり、Xらにはこれを調査する動機と機会があった。本件セミナーは本件訴訟係属中の令和5年1月まで続いていたのである。Yが開催を積極的に秘匿していた事情も認められない。
ウ これに対し、本件契約は居住用建物の賃貸借であり、賃貸人は賃借人の建物内部の使用状況を日常的に監視する立場になく、前訴の争点が賃料不払であった以上、用法違反を調査する契機はなかったとして、Xらが本件判決確定後に初めて気付いたことに帰責性はなく、遮断効は及ばないとする反対の見解も考えられる。しかし、前記のとおり明渡しを求めて争う賃貸人が賃借人の使用態様に注意を払うことは通常期待され、本件セミナーの開催態様及び期間に照らせば、通常の注意を尽くしても知り得なかったことが明白であるとはいえない。Xらが判決確定後に気付いたという事情だけでは、酷であるとの評価を超えて例外を正当化するには足りない。
エ したがって、本件では用法遵守義務違反を理由とする解除権行使の主張を本件判決の既判力によって遮断することが相当であり、後訴において当該主張は遮断される。
以上