司法試験 令和4年 民事訴訟法
問題文
[民事系科目](配点:100[ から までの配点の割合は、45:30:25])〔第3問〕 〔設問1〕 〔設問3〕次の文章を読んで、後記の から までに答えなさい。〔設問1〕 〔設問3〕なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、試験時に施行されている法令に基づいて答えなさい。また、商号のうち「株式会社」は省略して差し支えありません。
【事 例】1.動画コンテンツの企画・制作を行う会社(商号「株式会社Mテック」)(この会社は平成30年5月21日に設立された。以下、この会社を「甲」という。)の設立者で代表取締役であるAは、事務所の移転先を検討していたところ、都内に雑居ビルを所有するXを知人から紹介された。Xが同ビルの4階部分(以下「本件事務所」という。)を勧めるとAは即決し、令和2年4月10日、Xは甲との間で、賃料を月額30万円、毎月末日に翌月分を支払う、期間を2年とすることを主な内容とする賃貸借契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)。同月14日、Aは、本件事務所の所在地を甲の本店とする本店移転の登記をし、Xにその旨を伝えた。
2.移転後の甲の業績は当初好調であったが、令和2年10月頃から徐々に業績が悪化し、運転資金に不足が生じるようになった。賃料の支払が滞り、令和3年3月の時点で賃料の未払は3か月に及んだ。
Xは、同年3月10日、甲に対し、3月末日までに未払賃料の全額を支払うように催告するとともに、その支払がなければ、本件賃貸借契約を解除するとの意思表示をし、訴えを提起して明渡しを求める旨を内容証明郵便で通知した。甲は、期間内に未払賃料を支払わなかった。Aは、Xの訴えを空振りさせて時間稼ぎができるように一計を案じ、同年4月2日、まず甲の商号を「株式会社Gテック」に、代表取締役をAの配偶者であるBに変更し、商号の変更等の登記をした。さらにAは、同日、代表取締役をA、商号を「株式会社Mテック」とする株式会社を設立し、設立の登記をした(以下、新設された会社を「乙」という。)。乙の商業登記簿上の本店所在地、目的等は甲のそれと同一であった。
3.Xは、令和3年4月20日、Aによる一連の行為を知らぬまま、本件事務所の所在地を住所とする「株式会社Mテック」を被告として表示し、請求の原因として、⑴原告は、被告との間で、令和2年4月10日に本件事務所につき賃貸借契約を締結した、⑵原告は、同日、本件事務所を被告に引き渡した、⑶原告は、被告が令和3年1月分以降の賃料を支払わないため、催告の上同契約を解除した(以下省略)旨を記載した訴状を作成し、賃貸借契約の終了に基づき、本件事務所の明渡しを求める訴えを提起した(以下、この訴えに係る訴訟手続を「本件訴訟」という。)。なお、訴状には、同年4月16日に発行された乙の代表者事項証明書が附属書類として添付されていた。代表者事項証明書には、会社の商号、本店所在地、法人番号、代表者の資格、氏名及び住所の記載はあるが、会社の設立年月日については記載がないため、Xは、乙を甲と誤認していた。
4.第1回口頭弁論期日の呼出状を受領したAは、Xの請求を棄却するとの判決を求める旨を記載した答弁書を提出したものの、同期日には出頭しなかった。なお、答弁書には、請求の原因に対する認否につき、「追って認否する。」とのみ記載されていた。
5.第2回口頭弁論期日に出頭したAは、請求原因事実⑴、⑵及び⑶を認める旨の陳述をした。その際、Aは、同年4月2日付けで行われた甲の商号変更及び新会社乙の設立については一切明らかにしなかった。裁判所は、以上の経過を踏まえて口頭弁論を終結し、判決の言渡期日を指定した。
6.ところが、Aは、判決の言渡期日の直前に、⑴本件訴訟に係る訴えの提起時において「株式会社Mテック」は乙の商号であるから被告は乙である、⑵乙はXとの間で本件賃貸借契約を締結していない、⑶第2回口頭弁論期日におけるXの主張を認める旨の陳述は事実に反するからこれを撤回する、⑷被告たる乙はXに対していかなる債務も負わないからXの請求は棄却されるべきである、として口頭弁論の再開を申し立てた。再開された第3回口頭弁論期日において、Aは、上記と同旨の主張をし、⑴の証拠として、乙の全部事項証明書を提出した。全部事項証明書には、乙の設立年月日が記載されている。裁判所は、Xに対し、対応について検討するように指示し、次回期日を指定した。
以下は、裁判官Jと司法修習生Pとの間の会話である。
J:本件訴訟の被告に疑義が生じていますから、裁判所としては被告を確定しなければなりません。
当事者の確定の基準については様々な見解がありますが、ここでは、本件訴訟の被告が甲となるような見解、乙となるような見解をそれぞれ一つ取り上げ、これらの見解に従って、被告を甲又は乙と確定することができることをそれぞれ論じてもらえますか。これを「課題1」とします。
P:承知しました。
J:次に、仮に被告を乙と確定した場合について、裁判所は、第2回口頭弁論期日における乙の代表者としてのAの陳述につき、自白が成立していると取り扱うべきか、仮に自白が成立しているとすると、再開後の第3回口頭弁論期日における自白の撤回をどのように取り扱うべきかを検討してください。これを「課題2」とします。なお、最高裁判所昭和48年10月26日第二小法廷判決・民集27巻9号1240頁(以下「最判昭和48年」という。)は、新旧会社が実質的に同一という事案において、新会社が旧会社と別人格であることを信義則によって実体法上否定し、新会社は旧会社の責任を負うべきものとしましたが、課題1及び課題2について最判昭和48年を考慮する必要はありません。
〔設問1〕あなたが司法修習生Pであるとして、Jから与えられた課題1及び課題2について答えなさい。
【事 例(続き)】7.第3回口頭弁論期日後、本人訴訟を続けることに不安を覚えたXは、相談のため弁護士Lの事務所を訪問した。Lは、事件の経過を一通り確認し、本件訴訟の被告が甲と確定される可能性は必ずしも高くはないとの見方を示した。Xは、Lの指摘を踏まえ、甲に対する給付判決を得て、本件事務所の明渡しを実現したい旨をLに伝え、対処法の検討を依頼した。
以下は、弁護士Lと司法修習生Qとの間の会話である。
L:Xは、甲に対する給付判決を得たいとのことですが、本件訴訟の被告が乙と確定されることを前提とした場合に、Xにとって便宜な手段はありますか。
Q:甲を被告に追加する主観的追加的併合を申し立てることが考えられます。もっとも、最高裁判所昭和62年7月17日第三小法廷判決・民集41巻5号1402頁(以下「最判昭和62年」
という。)は、この場合につき、仮に新旧両訴訟の目的たる権利又は義務につき現行の民事訴訟法(以下「法」という。)第38条所定の共同訴訟の要件が具備する場合であっても、新訴が法第152条1項の適用をまたずに当然に旧訴訟に併合されるとの効果を認めることはできない旨判示しました。最判昭和62年によれば、甲に対して別訴を提起し、裁判所の裁量により弁論が併合されるのを待つしかないと思います。
L:基本はそのとおりですが、本件訴訟においてXが被告の追加を求めるに至った原因が、甲が被告にならないように乙を設立して甲の旧商号を乙に使用させたAの一連の行為にあるとしますと、Xには主観的追加的併合を求めるだけの理由があると思います。それでも最判昭和62年と同様に考えるべきでしょうか。
Q:最判昭和62年が主観的追加的併合を認めた場合の問題として指摘したのは、主として次の4点に整理できると思います。第1に、新たな当事者に対する別訴(新訴)に対し、係属中の訴訟(旧訴訟)の訴訟状態を当然に利用できるとは限らないので、訴訟経済に資するとはいえないこと、第2に、全体として訴訟を複雑化させる弊害が予測されること、第3に、訴訟の途中で被告の間違いや被告の脱漏が判明しても、原告は被告を追加できるため、軽率な提訴等が誘発されるおそれがあること、第4に、新訴の提起の時期いかんによっては訴訟の遅延を招きやすいことです。
L:そうですね。では、これらの4点を踏まえ、甲を被告に追加するXの申立てが認められるように立論してもらえますか。これを「課題」とします。
〔設問2〕あなたが司法修習生Qであるとして、Lから与えられた課題について答えなさい。
【事 例(続き)】8.本件訴訟の被告は乙と確定された。そこで、Xから訴訟委任を受けたLは、甲を被告として、本件賃貸借契約の終了に基づき、本件事務所の明渡しを求める訴えを提起した。第1回口頭弁論期日に出頭したBは、令和3年1月15日、甲はXとの間で賃料の支払猶予につき協議し、支払が遅れた賃料及びその後2か月分の賃料の支払を猶予する旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立したため、Xは本件賃貸借契約を解除することはできないと主張し、「賃料支払猶予合意書」と題する電子ファイル(以下「本件合意書」という。)を保存したUSBメモリを証拠として申し出た。Bの説明によれば、本件合意書は、Aがコンピュータで賃貸人記名欄を未入力にした原案を作成し、Xに対し電子メールで送信し、Xが内容を確認した上で賃貸人記名欄に氏名及び住所を入力して完成させた後、USBメモリに保存し、Aに渡されたものとのことである。これに対し、Lと共に出頭したXは、本件合意の成立を否認し、本件合意書は知らないと反論した。
以下は、裁判官Jと司法修習生Pとの間の会話である。
J:Bが証拠として申し出たUSBメモリは、情報を電磁的に記録する媒体であり、情報の読み出しにはコンピュータやプリンター等の出力機器が不可欠ですから、新種証拠と呼ばれます。Xが本件合意の成立を否認している以上、USBメモリを取り調べる必要があります。新種証拠の証拠調べの方法をめぐっては、見解の対立がありますが、電磁的記録媒体のうち録音テープ及びビデオテープについては法第231条により立法的に解決されました。これに対し、USBメモリのようなコンピュータ用の記録媒体は、同条に挙がっていないため解釈が必要です。良い機会ですから、この種の記録媒体の取り調べは書証によるべきであるとの見解に立って、同条をUSBメモリに適用することができることを論証してもらえますか。
P:USBメモリは、法第231条の「情報を表すために作成された物件で文書でないもの」に該当し、同条を適用することができる理由を明らかにせよということですね。
J:そのとおりです。ただし、論証する際には、まず「文書」を定義して、USBメモリが「文書でないもの」に当たることを論証してください。その上で、USBメモリを録音テープ等と同様に取り調べることが許容される理由を明らかにしてください。以上を「課題」とします。
〔設問3〕あなたが司法修習生Pであるとして、Jから与えられた課題について答えなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第3問〕本問は、令和3年4月20日、Xが、その所有する建物の一部(以下「本件事務所」という。 )につき、平成30年5月21日設立の会社である甲(商号「株式会社Mテック」 )との間で締結した賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。 )の終了に基づき、 「株式会社Mテック」を被告と表示して本件事務所の明渡しを求める訴えを提起した(以下、この訴えに係る訴訟手続を「本件訴訟」という。 )ところ、本件訴訟の提起前である令和3年4月2日、甲の代表者Aが、甲の商号を「株式会社Mテック」から「株式会社Gテック」に変更し、甲の代表取締役としてAの配偶者Bを就任させ、商号の変更等の登記をした一方で、自身を代表取締役とし、商号を「株式会社Mテック」とする乙という会社を新たに設立し、設立の登記をしていたことに加え、Xが訴状の附属書類として添付した代表者事項証明書には「株式会社Mテック」の設立年月日の記載がないため、乙を甲と誤認したまま本件訴訟を提起していたという事案を素材としている。この事案について、①原告が請求の原因として主張した本件賃貸借契約締結及びその解除の事実等を被告が認めたことを踏まえて口頭弁論が終結された後、Aから口頭弁論の再開が申し立てられ、被告と表示された乙はXと賃貸借契約を締結していない等として自白の撤回が主張された場合における当事者の確定の基準及び自白の撤回を主張することの当否の検討(設問1) 、②本件訴訟の被告が乙であることを前提とした場合に、Xが甲を被告として追加する主観的追加的併合を申し立てる際に留意すべき4つの問題点の検討(設問2) 、③本件訴訟の被告が乙と確定され、Xが甲を被告として本件賃貸借契約の終了に基づき本件事務所の明渡しを求める訴えを提起した場合において、甲が本件賃貸借契約には賃料支払猶予の合意(以下「本件合意」という。 )があることを理由に解除することができないと主張し、その証拠として提出された本件合意を記録した電子ファイルを保存したUSBメモリの取調べを書証によってすることができることの論証(設問3)をそれぞれ求めるものである。
まず、設問1の課題1では、当事者の確定の基準に関する種々の見解から、被告を甲と確定し得る見解と乙と確定し得る見解をそれぞれ一つ取り上げ、これらの見解に従えば被告を甲又は乙と確定し得ることを実際に論証することが求められている。甲は訴状に現れていないため、被告を甲と確定することができる見解としては、例えば、意思説が考えられ、この見解によるならば、この見解が、原告の意思に着目するものであることを指摘した上で、Xが甲を被告とする意思であったことを、訴状の記載等に言及しつつ、説得的に論証することが求められる。次に、被告を乙と確定することができる見解としては、例えば、行動説が考えられ、この見解によるならば、この見解が、被告らしく行動した者は誰であるかに着目するものであることを指摘した上で、実際に訴訟追行をしたのは乙の代表者Aであることに言及するなどして被告らしく行動したのは乙であることを説得的に論証することが期待される。
次に、設問1の課題2では、被告を乙と確定した場合に、第2回口頭弁論期日において乙(代表者A)が請求原因事実を認める旨を陳述したことにより裁判上の自白が成立したことになるか、仮に自白が成立したとして、再開後の第3回口頭弁論期日における自白の撤回が許されるかどうかの検討が求められる。課題2の前半部分では、裁判上の自白の成立要件を明らかにした上で、乙(代表者A)の上記陳述について要件該当性を検討することが求められる。課題2の後半部分では、裁判上の自白が成立した場合には、原則としてその撤回が禁止されることを踏まえ、例外として自白撤回が許される場合を明らかにすることが期待される。本件において問題となる自白撤回の要件としては、自白した事実が真実に反し、かつ、自白が錯誤に基づくことが証明されたことが挙げられるが、個々の要件につき、反真実を錯誤よりも重視する見解、また、錯誤を反真実よりも重視する見解が主張されていることに鑑み、撤回要件の当てはめに先立ち、自白撤回の要件をどのように構成するかを理由付けとともに明らかにすることが期待される。この理由付けができている限り、自白撤回の要件をどの見解に従って構成したかによって評価に差を設けることはない。当てはめにおいては、自らが採用した見解に従い、乙(代表者A)による自白撤回の許否を検討する必要があるところ、反真実については、本件賃貸借契約の締結当時、賃借人は「株式会社Mテック」こと甲であるから、Xと乙との間で賃貸借契約が締結された事実はないことに言及する必要がある。
他方で、錯誤については、乙(代表者A)は、請求原因事実を認める旨を陳述した際、本件賃貸借契約の賃借人が乙ではないことを知っていたことに言及する必要がある。
設問2では、本件訴訟の被告が乙と確定されることを想定し、Xが甲に対する給付判決を得る上で便宜な手段として主観的追加的併合の申立てがあるところ、最判昭和62年7月17日民集41巻5号1402頁が主観的追加的併合を認めた場合の問題として主に4点を指摘していることを踏まえ、Xによる主観的追加的併合の申立てが認められるような立論を上記4点を踏まえて検討することが求められている。第1に、新たな当事者に対する別訴に対し、旧訴訟の訴訟状態を利用することができ、それが訴訟経済に資する旨の立論については、Xが乙を甲と誤認して旧訴訟(X乙間の訴訟)に提出した資料は、本来甲に対する新訴訟(X甲間の訴訟)において提出すべきであったことを踏まえ、甲と乙はたとえ別法人であっても、それはAがXに乙を甲と誤認させるように図った結果であるから、信義則上、旧訴訟において形成された乙に不利な訴訟状態が弁論の併合を通じて新当事者が引き継ぐことを甲は拒否することができないのではないか、といった点に言及することが期待される。第2に、主観的追加的併合を認めることにより全体として訴訟が複雑化するという弊害は予測されない旨の立論については、旧訴訟では請求原因事実について乙が自白しているところ、弁論の併合の結果、この訴訟状態が新訴訟に引き継がれることにより、裁判所は事案全体を統一的に把握することができるようになるから、必ずしも訴訟が複雑化するという弊害は生じないのではないか、といった点に言及することが期待される。第3に、主観的追加的併合を認めても軽率な提訴等を誘発するおそれはない旨の立論としては、Xが乙を甲と誤認した主な原因が、甲の商号変更、乙の設立及び甲の旧商号の使用等のAによる一連の行為にあることから、Xは被告の誤認について帰責性が乏しいため、この事案において主観的追加的併合による被告の追加を認めたからといって、必ずしも軽率な提訴は誘発されないのではないか、といった点に言及することが期待される。第4に、主観的追加的併合が訴訟の遅延を招来しない旨の立論としては、例えば、主観的追加的併合の申立ては、甲を被告に追加するXの申立てを伴うところ、追加された甲に対して防御の機会を保障するには新たな期日を設ける必要がある以上訴訟手続の遅延は生じるが、そもそも訴訟手続の遅延はそれが著しい場合に限り不適法となることに鑑みると (民事訴訟法 (以下 「法」 という。 ) 第143条第1項ただし書の類推) 、甲を被告に追加する旨をXが申し立てた時期は第1審手続の係属中であり、旧訴訟の訴訟状態が引き継がれることなどからすれば、著しい訴訟遅延が生じるおそれはないといった点に言及することが考えられる。
設問3では、Xが、甲を被告として、本件賃貸借契約の終了に基づいて提起した、本件事務所の明渡しを求める訴えに係る訴訟手続において、第1回口頭弁論期日に出頭した甲の代表者Bが証拠として提出したUSBメモリが、 「情報を表すために作成された物件で文書でないもの」 (法第231条)に該当し、書証により取り調べることができることの論証が求められている。設問3の課題前半部分では、 「文書」の定義を明らかにした上で、USBメモリが「文書でないもの」に該当することの論証が求められる。文書は、 「文字その他の記号を使用して人間の思想、判断、認識、感情等の思想的意味を可視的状態に表示した有形物」 (大阪高決昭和53年3月6日高民集31巻1号38頁)のように定義されることから、このような文書の定義に照らして、USBメモリが文書に当たらないことを論証することが期待される。設問3の課題後半部分では、USBメモリを録音テープ等と同様に取り調べることが許される理由の検討が求められる。ここでは、証拠方法の一つとしての書証がどのようなものであるかを明らかにした上で、法第231条においては、USBメモリのようなコンピュータ用の電磁的記録媒体が例示されていないことに留意しつつ、USBメモリに保存された電子ファイルは、適切な出力装置によってこれを閲読可能な状態にすることができる限り、これを閲読し、その結果を証拠資料にすることができることに言及する必要がある。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 課題1(当事者の確定)
⑴ 当事者とは、自己の名において判決を求め、又は求められる者をいう。誰が当事者であるかは、裁判権の及ぶ範囲、訴訟要件の判断の対象、既判力の主観的範囲を決する前提となるから、訴訟の当初から明確に確定されなければならない。
本件では、訴状に被告として「株式会社Mテック」と表示されているが、訴えの提起時においてこの商号を有していたのは乙であり、本件賃貸借契約の締結当時にこの商号を有していたのは甲である。そこで、被告が甲と乙のいずれであるかが問題となる。
⑵ 被告を甲と確定することができる見解として、意思説がある。
意思説は、誰を当事者とするかは訴えを提起する原告の意思によって定まるとする見解である。訴訟は原告の訴えの提起によって開始され、審判の対象及び相手方の設定は処分権主義の下で原告に委ねられているから、当事者も原告の意思によって定まると解するのである。この見解の下では、訴状の記載は原告の意思を推知するための資料にとどまる。
これによれば、本件訴訟の被告は甲である。すなわち、Xは、訴状の請求の原因において、「原告は、被告との間で、令和2年4月10日に本件事務所につき賃貸借契約を締結した」「原告は、同日、本件事務所を被告に引き渡した」「原告は、被告が令和3年1月分以降の賃料を支払わないため、催告の上同契約を解除した」と記載している。令和2年4月10日に本件賃貸借契約を締結し、本件事務所の引渡しを受け、令和3年1月分以降の賃料を支払わなかったのは甲であって、乙は令和3年4月2日に設立された会社であるからこれらの行為をしていない。
また、Xは、Aから本件事務所の所在地を本店とする本店移転の登記をした旨を伝えられ、賃料の支払が滞った際には甲に対して内容証明郵便で催告及び解除の意思表示をしている。Xは、Aによる一連の行為を知らぬまま訴えを提起したのであり、乙という会社の存在すら認識していなかった。訴状に添付された代表者事項証明書に設立年月日の記載がないため、Xは乙を甲と誤認したにすぎない。
したがって、Xの意思は一貫して本件賃貸借契約の賃借人である甲を被告とするものであり、被告は甲と確定される。
⑶ これに対し、被告を乙と確定することができる見解として、行動説がある。
行動説は、現実に当事者として訴訟行為をし、又は裁判所によって当事者として扱われた者を当事者とする見解である。当事者の確定は現実に進行した手続を前提とするものであり、手続の安定を図るためには、実際に当事者らしく振る舞った者を当事者とみるのが合理的だからである。
これによれば、本件訴訟の被告は乙である。すなわち、訴状には乙の代表者事項証明書が附属書類として添付され、裁判所はこれに基づいて期日の呼出しをしている。そして、第1回口頭弁論期日の呼出状を受領したのは乙の代表取締役であるAであり、Aは請求棄却の判決を求める答弁書を提出し、第2回及び第3回口頭弁論期日に出頭して請求原因事実についての認否をするなど、現実に被告として訴訟を追行している。
したがって、被告らしく行動したのは乙であり、被告は乙と確定される。
2 課題2(自白の成否及び撤回)
⑴ 裁判上の自白の成否
裁判上の自白とは、口頭弁論又は弁論準備手続における弁論としての陳述であって、相手方の主張と一致する、自己に不利益な事実を認める旨の陳述をいう。自己に不利益な事実とは、相手方が証明責任を負う事実をいう。
本件では、第2回口頭弁論期日において、Aが請求原因事実⑴、⑵及び⑶を認める旨の陳述をしている。Aは乙の代表取締役であって乙を代表する権限を有するから(会社法349条4項)、この陳述は乙の訴訟行為として効力を有する。
そして、この陳述は口頭弁論期日における弁論としての陳述であり、Xの主張と一致する。また、⑴本件賃貸借契約の締結、⑵本件事務所の引渡し、⑶賃料の不払に基づく催告及び解除は、いずれも賃貸借契約の終了に基づく明渡請求権を基礎付ける主要事実であり、Xが証明責任を負う事実である。したがって乙にとって不利益な事実である。
よって、請求原因事実⑴から⑶までについて裁判上の自白が成立している。
なお、第1回口頭弁論期日について、Aは答弁書を提出しながら出頭していないが、同答弁書には請求の原因に対する認否につき「追って認否する」とのみ記載されていたから、同期日において擬制自白(159条3項、1項)が成立する余地はない。
⑵ 自白の撤回の可否
ア 裁判上の自白が成立すると、その事実は証明を要しなくなり(179条)、自白した当事者は原則としてこれを撤回することができない。その根拠は、自白した当事者がもはや証明を要しないとの相手方の信頼を保護すべきこと、及び自ら不利益な陳述をした当事者に自己責任を問うべきことにある。
もっとも、真実に反する事実を判決の基礎とすることは適正な裁判の要請に反するから、例外的に撤回が許される場合がある。判例は、①相手方の同意がある場合、②刑事上罰すべき他人の行為により自白がされた場合、③自白した事実が真実に反し、かつ自白が錯誤に基づく場合に撤回が許されるとし、反真実の証明があれば錯誤が推定されるとしている。
反真実のみならず錯誤を要件とする趣旨は、自白した当事者が真実に反することを知りながらあえて自白した場合には、その自己責任を問うべきであり、かつ相手方の信頼を保護すべきであるという点にある。そして錯誤は内心の事情であって直接の立証が困難であるから、反真実の証明により錯誤が推定されるとするのが相当である。しかし、この推定は、自白が錯誤に基づかないことが明らかである場合には破られると解すべきである。
イ 本件につき、まず反真実の要件を検討する。
本件賃貸借契約の締結当時、「株式会社Mテック」の商号を有していたのは平成30年5月21日設立の甲であり、本件事務所の引渡しを受け、賃料を支払い、また賃料の支払を怠って催告及び解除を受けたのも甲である。乙は令和3年4月2日に設立された会社であるから、Xと乙との間で本件賃貸借契約が締結された事実は存在しない。Aが提出した乙の全部事項証明書には乙の設立年月日が記載されており、これによって反真実は証明されている。
ウ 次に錯誤の要件を検討する。
Aは、甲の代表取締役として、Xの訴えを空振りさせて時間稼ぎができるように一計を案じ、自ら甲の商号を「株式会社Gテック」に変更し、代表取締役をBに変更する登記をした上で、同日、商号を「株式会社Mテック」とする乙を設立し、その代表取締役となった者である。したがってAは、乙がXとの間で本件賃貸借契約を締結していないことを当初から熟知していた。
それにもかかわらず、Aは、第2回口頭弁論期日において、甲の商号変更及び乙の設立について一切明らかにすることなく、請求原因事実を認める旨の陳述をした。すなわち、Aの自白は、真実に反することを知りながら、あえてこれを認めたものであって、錯誤に基づくものではないことが明らかである。したがって、反真実の証明によっても錯誤の推定は働かない。
エ 加えて、Aの一連の行為は、Xを誤認させて訴えを空振りさせ、判決の言渡しの直前に至って自白を撤回することによって訴訟を遅延させるものであり、当事者に信義に従い誠実に民事訴訟を追行すべき義務を課した2条に著しく反する。このような当事者による自白の撤回を許すことは、訴訟上の信義則に照らしても認められない。
オ よって、Aによる自白の撤回は許されない。裁判所は、自白された請求原因事実を前提に、乙に対して明渡しを命ずる判決をすべきことになる。
第2 設問2
1 主観的追加的併合とは、訴訟の係属中に、原告が従前の被告に加えて第三者を被告として訴えを提起し、これを従前の訴訟に併合して審理することを求めるものである。民事訴訟法には明文の規定がなく、判例は、新旧両訴訟の目的たる権利又は義務について38条所定の共同訴訟の要件が具備する場合であっても、新訴が152条1項の適用をまたずに当然に旧訴訟に併合されるとの効果を認めることはできないとしている。
もっとも、判例が主観的追加的併合の弊害として指摘する諸点は、本件には妥当しない。以下、Xの申立てが認められるべきことを立論する。
2 まず、38条の要件については、XのZに対する請求と甲に対する請求は、いずれも本件賃貸借契約の終了に基づく本件事務所の明渡請求であり、同一の事実上及び法律上の原因に基づくものであるから、同条前段の要件を満たす。
3 第1点(訴訟状態の利用と訴訟経済)について
新訴において旧訴訟の訴訟状態を当然に利用できないという指摘は、新旧の被告が無関係な別人格である通常の場合を前提とするものである。
本件では、Xが乙を甲と誤認して旧訴訟に提出した訴状、代表者事項証明書その他の資料は、本来、甲に対する新訴訟において提出されるべきものであった。そして、甲と乙は形式的には別法人であるが、乙は甲の代表者であったAが甲の旧商号を用いて設立した会社であり、両者の本店所在地及び目的は同一で、Xに乙を甲と誤認させるためにAが意図的に作り出した関係にある。そうであれば、旧訴訟において形成された乙に不利な訴訟状態、とりわけ乙が請求原因事実を自白したという訴訟状態を、弁論の併合を通じて甲が引き継ぐことを、甲が拒むことは信義則上許されない。
したがって、旧訴訟の訴訟状態を新訴訟において利用することができ、主観的追加的併合は訴訟経済に資する。
4 第2点(訴訟の複雑化)について
本件の争点は、本件賃貸借契約の締結、本件事務所の引渡し、賃料の不払に基づく催告及び解除という単一の事実関係であり、甲に対する請求と乙に対する請求とで審理の対象は実質的に同一である。そして、旧訴訟において請求原因事実が自白されている訴訟状態が新訴訟に引き継がれることにより、裁判所は、甲の商号変更及び乙の設立という事案の全体を統一的に把握することができる。
むしろ、別訴として審理すれば、同一の事実関係について二重の審理がされ、甲と乙のいずれが賃借人かについて矛盾した判断がされるおそれがある。したがって、主観的追加的併合を認めることによって訴訟が複雑化するという弊害は予測されない。
5 第3点(軽率な提訴等の誘発)について
この指摘は、原告が被告の特定を怠っても後に追加できるとすれば、調査を尽くさない軽率な提訴が誘発されるという点にある。
しかし本件では、Xが乙を甲と誤認した主たる原因は、Aが甲の商号を変更し、同日に甲の旧商号を用いて乙を設立し、本店所在地及び目的を甲と同一としたという一連の行為にある。加えて、代表者事項証明書には会社の設立年月日が記載されないため、Xは通常の調査によって両者を区別することができなかった。したがって、Xに被告の誤認についての帰責性は乏しい。
このような事案において被告の追加を認めても、原告の調査義務を緩めることにはならず、軽率な提訴を誘発するおそれはない。
6 第4点(訴訟の遅延)について
甲を被告に追加すれば、甲に防御の機会を保障するために新たな期日を設ける必要があり、その限りで手続の遅延は生ずる。しかし、訴えの変更に関する143条1項ただし書が「著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき」に限りこれを許さないとしていることに照らせば、追加的併合も、著しい遅滞を生ずる場合に限り不適法とすべきである。
本件では、Xが甲の追加を申し立てる時期は第一審の手続の係属中であり、上訴審における追加ではないから甲の審級の利益も害されない。また、前述のとおり旧訴訟の訴訟状態が引き継がれるのであるから、審理を一から繰り返す必要はない。むしろ、別訴の提起と弁論の併合を待つ場合に比べて、紛争の解決は早期に図られる。
したがって、著しい訴訟遅延が生ずるおそれはない。
7 以上より、本件のように、原告が被告を誤認した原因が追加される被告の側の作為にある場合には、主観的追加的併合を認めるべきであり、甲を被告に追加するXの申立ては認められるべきである。
第3 設問3
1 「文書」の意義とUSBメモリ
書証とは、文書を閲読し、そこに表示された作成者の思想内容を証拠資料とする証拠調べである。そして文書とは、文字その他の記号を使用して、人の思想、判断、認識、感情等の思想的意味を可視的状態に表示した有形物をいう。
USBメモリは、情報を電磁的方法によって記録する媒体である。そこに記録された情報は、電気信号として保存されているにすぎず、肉眼によって直接読み取ることはできない。情報の読み出しには、コンピュータやプリンター等の出力機器が不可欠である。
したがって、USBメモリは、思想的意味を可視的状態に表示した有形物とはいえず、「文書」に当たらない。すなわち、231条にいう「情報を表すために作成された物件で文書でないもの」に該当する。
2 USBメモリを録音テープ等と同様に取り調べることが許される理由
⑴ 231条は、図面、写真、録音テープ、ビデオテープその他の情報を表すために作成された物件で文書でないものについて、書証の規定を準用する旨を定める。
その趣旨は、次の点にある。すなわち、書証の本質は、物件に表示された作成者の思想内容を裁判所が直接に把握し、その意味内容を証拠資料とする点にある。文書以外の物件であっても、人の思想内容を表示するために作成され、かつ裁判所がその内容を把握し得るものであれば、書証と同じ機能を果たす。そのような物件について、検証という方法によるのは実質に合わないから、書証に準じて取り調べることが合理的なのである。
現に、同条が挙げる録音テープ及びビデオテープも、再生装置を用いなければその内容を把握することができないものであり、可視性を欠く点ではUSBメモリと異なるところはない。それにもかかわらず同条がこれらを対象としているのは、適切な機器を用いて内容を把握できることをもって足りるとする趣旨にほかならない。
⑵ 本件についてみると、USBメモリに保存された本件合意書は、賃料の支払を猶予する旨の合意という人の意思内容を文字によって表示した電子ファイルであり、情報を表すために作成された物件である。そして、コンピュータ及びプリンター等の出力機器を用いることによって、これを閲読可能な状態にすることができる。そうすれば、裁判所は、通常の文書と全く同様に、その記載内容を閲読してこれを証拠資料とすることができる。
⑶ USBメモリのようなコンピュータ用の記録媒体が231条に例示されていないのは、同条が立法された当時の技術状況を反映したものにすぎず、これを除外する趣旨ではない。情報を表すために作成され、出力機器によって閲読可能な状態にすることができるという性質において、録音テープ及びビデオテープと区別すべき理由はない。
⑷ また、書証として取り調べることにより、文書の成立の真正に関する規律(228条)が準用され、本件合意書の成立の真正は、これを証拠として提出する甲が証明しなければならないことになる。本件では、作成名義人とされるXが本件合意の成立を否認し、本件合意書は知らないと反論しているのであるから、成立の真正をめぐる争いを書証の規律に従って処理することが、当事者間の公平にも適う。
3 以上より、USBメモリは231条の「情報を表すために作成された物件で文書でないもの」に該当し、同条により書証の規定を準用して取り調べることができる。
以上