司法試験 令和3年 民事訴訟法
問題文
[民事系科目]〔第3問〕(配点:100[〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,40:20:40])
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
なお,解答に当たっては,文中において特定されている日時にかかわらず,試験時に施行されている法令に基づいて答えなさい。
【事 例】AとBは,Aを貸主,Bを借主として,Aの所有する土地(以下「本件土地」という。)について,期間を30年,賃料を1か月30万円,目的を建物所有とする賃貸借契約(以下「本件契約」という。なお,本件契約は,事業用定期借地権を設定するものではない。)を締結した。
Bは,本件土地上に,レストラン経営のための店舗建物(以下「本件建物」という。)を建築し,本件建物でレストラン(以下「本件レストラン」という。)を経営してきた。Bが本件契約の締結から20年後に死亡すると,その子であるYが相続により本件土地の賃借人としての地位を承継し,本件レストランの経営を引き継いだ。また,Bの死亡と同じ時期に,AがXに本件土地を譲渡したことから,Xが本件土地の賃貸人としての地位を承継した。
Yは,本件契約の期間満了の3か月前に,Xと面談し,本件契約が期間満了後も更新されることの確認を求めたが,Xは,その場で,以下のように主張しつつ,本件契約の更新を拒絶した。
1.Xの息子Cは,歯科医であり,開業を予定している。本件土地は,Cが歯科医院を営むのに最適の立地条件であることから,本件土地上に歯科医院用の建物を建築することを計画している。
2.XはYに対して立退料として1000万円程度を支払う用意がある。
XY間での交渉はまとまらず,Xは,本件契約の期間満了の直後,本件契約の終了に基づき,「Yは,Xから1000万円の支払を受けるのと引換えに,Xに対し,本件建物を収去して本件土地を明け渡せ。」との判決を求めて,訴え(この訴えに係る訴訟を,以下「本件訴訟」という。)を提起した。
本件訴訟の第1回口頭弁論期日においては,XとYの双方が出頭し,Xが前記1と2記載の主張をしたのに対して,Yは,本件レストランの経営継続を予定しているところ,離れた地に移転してしまうと経営が成り立たず,近隣において適当な土地を取得することは困難である旨及びXから申出があった程度の立退料では本件レストランの収入喪失まで補償するには全く不十分である旨を主張した。
また,この期日において,裁判官Jは,訴状の請求の趣旨には,「1000万円の支払を受けるのと引換えに」と記載してあるが,他方で,Xが1000万円程度を支払う用意がある旨を申し出た旨を主張していることから,1000万円という額にどの程度のこだわりがあるかという点についてXに釈明を求めた。これに対して,Xは,「1000万円という額に強いこだわりはありません。この額は,早期解決の趣旨で若干多めに提示したものですので,早期解決の目がなくなった以上,より少ない額が適切であると思っておりますが,本件土地を明け渡してもらうのが一番大事ですから,裁判所がより多額の立退料の支払が必要であると考えるならば,検討する用意があります。」と陳述し,その要旨は口頭弁論調書にも記載された。
以下は,裁判官Jと司法修習生Pとの間の会話である。
J:Xは,立退料の支払を申し出ていますね。立退料は,借地借家法第6条の正当事由の有無を判断する上で,どのような役割を担うのでしょうか。
P:借家に関してですが,判例は,立退料は他の諸般の事情と総合考慮され,相互に補充しあって正当事由の判断の基礎となるものであるとしています(最高裁判所昭和46年11月25日第一小法廷判決・民集25巻8号1343頁。以下「最判昭和46年」という。)。
J:そうすると,裁判所が正当事由を認める上で必要と考える立退料額がXの申出額よりも多額である場合は,どういう判決をすることになりますか。
P:最判昭和46年は,原告は「立退料として300万円もしくはこれと格段の相違のない一定の範囲内で裁判所の決定する金員を支払う旨の意思を表明し,かつその支払と引き換えに(中略)
店舗の明渡を求めている」と述べた上で,申出額よりも多額である500万円の支払との引換給付判決をした原判決を是認しています。本件でも,Xの第1回口頭弁論期日における陳述の内容から見て,Xの申出額と格段の相違のない範囲内で増額した立退料の支払との引換給付判決は許容されそうです。
J:それはそうでしょうね。それでは,申出額と格段の相違のない範囲を超えて増額した立退料の支払との引換給付判決はどうでしょうか。
P:最判昭和46年に照らすと難しいと思います。
J:そう結論を急がないでください。最判昭和46年は,格段の相違のない範囲を超えて増額した立退料の支払との引換給付判決の許否について直接判断したものではありません。また,格段の相違のない範囲を超えて増額した立退料の支払との引換給付判決を拒否するというのがXの意思であるとは直ちにはいえないように思います。
P:確かにそうですね。
J:それでは,引換給付判決をすることができないとすると,その場合にすべきことになる判決はどのようなものとなるのかを示し,その判決を,Xの申出額と格段の相違のない範囲を超えて増額した立退料の支払との引換給付判決と対比した上で,後者のような引換給付判決をすることの許否を検討してください。これを「課題1」とします。
ところで,裁判所が正当事由を認める上で必要と考える立退料額がXの申出額よりも少ないということも考えられます。この場合には,Xの申出額よりも少額の立退料の支払との引換給付判決をすることはできるのでしょうか。
P:それは,Xが求めている判決よりも有利な判決をXに与えることになりそうでやや違和感があります。しかし,口頭弁論調書を見ると,Xはより少ない額が適切であるとも陳述していますね。
J:こちらも額によるかもしれないですね。それでは,第1回口頭弁論期日におけるXの陳述の内容にも留意しつつ,Xの申出額よりも少額の立退料の支払との引換給付判決をすることは許容されるかという点も検討してください。これを「課題2」とします。
なお,「課題1」及び「課題2」を検討するに当たっては,どのような事実を判決の基礎にすることができるかという問題と借地借家法第6条に関する実体法上の解釈問題に言及する必要はありません。
〔設問1〕あなたが司法修習生Pであるとして,Jから与えられた課題1及び課題2について答えなさい。
【事 例(続き)】本件訴訟が第一審に係属中,弁護士に頼らず自ら訴訟を追行してきたYは,心労もあって健康を害し,以前から本件レストランの経営を手伝っていたZにレストラン経営を任せることとした。
そこで,Yは,Zに本件建物を賃貸し,これに基づき本件建物を引き渡した。
Xは,前記の事実を直ちに察知し,Zを本件建物から立ち退かせなければ,目的は達成することができないと考え,Zに対する建物退去土地明渡請求を定立しつつ,Zが本件訴訟の係属中にYから本件建物を賃借し,これに基づき本件建物の引渡しを受けたことを理由としてZを引受人とする訴訟引受けの申立てをした。
以下は,裁判官Jと司法修習生Pとの間の会話である。
J:本件で,民事訴訟法第50条の承継は認められるのでしょうか。
P:同条の「訴訟の目的である義務」という文言を素直に捉えて,同条にいう承継とは訴訟物である義務の承継を指すと理解するのであれば,Zがこのような義務をYから承継したというのは難しいと思います。
J:しかし,そのような承継の理解は狭すぎるように思います。そこで,そのような理解を離れた上で,訴訟承継制度の趣旨を踏まえて,同条の承継の意味内容を具体的に明らかにし,Zが同条にいう承継をしたといえるか否か検討してください。これを「課題」とします。
なお,検討に際しては,XのYに対する訴えの訴訟物は,賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての建物収去土地明渡請求権であることを前提にしてください。
〔設問2〕あなたが司法修習生Pであるとして,Jから与えられた課題について答えなさい。
【事 例(続き)】本件訴訟では,弁論準備手続における争点及び証拠の整理が完了したことから弁論準備手続が終結となり,Cの証人尋問並びにX及びYの当事者尋問が実施され,口頭弁論の終結が予定された口頭弁論期日(以下「最終期日」という。)の指定がされた。本件建物がYからZに対して賃貸され,引き渡されたのは,最終期日の指定がされた直後であり,Xの訴訟引受けの申立ては,最終期日前に認められることとなった。
本件訴訟に従前関わっていないZは,弁護士に頼らずに訴訟を追行するのは難しいと考え,直ちに弁護士Lに訴訟委任をした。Lは,正当事由の判断の基準時が本件契約の期間満了時であるとしても,Yが本件レストランの経営から退いたことが,Yの従前の主張に関して不利にしんしゃくされることもあり得ることから,更新拒絶に正当事由があると評価されるのを妨げる事実を追加して主張するのが適切であろうと考えた。
そこで,Lが改めて本件レストラン経営に係る資料を調査すると,B名義の預金通帳(以下「本件通帳」という。)に,本件契約締結の際にBがAの預金口座に対して1500万円を振り込んだ旨の記帳がされていることを発見した。LがYに対してこれについて質問をすると,「Bから,亡くなる直前に,本件契約の際に権利金としてAの口座にかなりの額を振り込んだ,本件土地の更新時にもめるといけないから,本件通帳はきちんと保管しておくように,と伝えられていました。言われたとおり,本件通帳は本件契約の契約書と共に厳重に保管し,本件訴訟の前にも本件通帳の中身を見てBからAへの振込みも把握していましたが,本件訴訟においてそれほど重要なものとは思っていませんでした。」との回答を得た。その後,Lは,近隣の土地の相場や賃料相場を調査した結果,BからAに支払われた権利金は,賃料の前払の性質だけではなく,更新料の前払の性質も含むものであったと思うに至った。
以下は,弁護士Lと司法修習生Qとの間の会話である。
L:最終期日には,BからAに対して更新料の前払の性質も含む権利金が支払われていた旨の新主張(以下「本件新主張」という。)をするとともに,この事実を立証するために本件通帳についての書証の申出とAの証人尋問の申出をしようと思います。ただ,最終期日にAの証人尋問を実施するというのは無理がありますから,改めて期日を指定してもらうことになります。
Q:Xは,これらの攻撃防御方法の提出は,時機に後れた攻撃防御方法であるとして,却下決定を申し立ててくるのではないでしょうか。
L:その可能性は十分にあります。そこで,差し当たり本件新主張が却下されるか否かについて考えてほしいのです。Xは,①Y自身が最終期日に本件新主張をしたとしたら,時機に後れたものとして却下されるべきである,②そうである以上,Zによる本件新主張も却下されるべきである,と主張してくると思います。まず,Xの立場から,①について,その結論を得るための理由を説明してください。また,その際には,以後予想されるXとY双方の主張立証活動と,却下決定を得るのを容易にするためにXがYに対してすることができる訴訟法上の行為にも言及してください。これを「課題1」とします。
その上で,Xの立場から②についてZによる本件新主張は却下されるべきであるという立論をして,さらに,Zの立場からこれに対する反論をしてください。これを「課題2」とします。
「課題2」の検討に当たっては,Y自身が本件新主張をしたとしたら,時機に後れたものとして却下されるということを前提としてください。
〔設問3〕あなたが司法修習生Qであるとして,Lから与えられた課題1及び課題2について答えなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第3問〕本問は,XがYに対して,土地(以下「本件土地」という。)の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)終了に基づいて,Yが本件土地上に所有する建物(以下「本件建物」という。)
の収去と本件土地の明渡しを求めて提起した訴えに係る訴訟(以下「本件訴訟」という。)の係属中にYがZに対して本件建物を賃貸し,これに基づいて本件建物をZに引き渡したという事案を題材として,①原告が一定の額の立退料の支払と引換えに建物収去土地明渡請求訴訟を提起した場合に,原告が申し出た額とは異なる額の立退料の支払との引換給付判決をすることの許否の検討(設問1),②XがZを引受人とする訴訟引受けの申立てをした場合に,Zが民事訴訟法(以下「法」という。)第50条にいう承継人に該当するか否かの検討(設問2),③ZがXによる更新拒絶を争うために,BからAに対して権利金が支払われていた旨を主張することが時機に後れた攻撃防御方法として却下されるかどうかの検討(設問3)をそれぞれ求めるものである。
まず,設問1の課題1では,Xが,Yに対して1000万円程度の立退料の支払を申し出た上で,1000万円の立退料の支払と引換えに本件建物を収去して本件土地を明け渡せとの判決を求め,さらに,第1回口頭弁論期日において,1000万円という額には大きなこだわりはない旨の陳述をしたという事実関係において,Xの申出額と格段の相違のない範囲を超えて増額した額の立退料の支払との引換給付判決(以下「増額判決」という。)をすることの許否の検討が求められている。ここでは,法第246条には,原告の意思の尊重と当事者に対する不利益の最大限の予告という二つの趣旨が認められるところ,とりわけ前者の観点から,増額判決の許否につき検討する必要がある。訴状の記載及び第1回口頭弁論期日におけるXの陳述から,Xがいかなる意思であるかを可能な限り具体的に特定するとともに,Xの現実の意思が明らかにならない部分は,原告の合理的意思の推測により補うことが期待される。原告の合理的意思を推測する際には,裁判所が増額判決をし得ないとすれば,どのような判決がされるかを特定した上で,この両者を比較検討しつつ,通常の原告であればいずれを望むかを検討することが求められる。なお,最高裁判所昭和46年11月25日第一小法廷判決・民集25巻8号1343頁は,原告が「立退料として300万円もしくはこれと格段の相違のない一定の範囲内で裁判所の決定する金員を支払う旨の意思を表明し,かつその支払と引き換えに(中略)
店舗の明渡を求めている」との事実関係の下で,申出額よりも多額である500万円の支払との引換給付判決をした原判決を是認しているが,本設問では,Xが1000万円又はこれと格段の相違のない一定の範囲内で裁判所の決定する金員を支払う旨の意思しか表明していないと評価することができるか否かが問題であるから,この判決に依拠して,直ちに申出額と格段の相違のない範囲を超えて増額した立退料の支払との引換給付判決をすることができないとするのみでは,課題1に十分に答えたとはいえない。
次に,設問1の課題2では,課題1と同様の事実関係において,Xの申出額よりも少額の立退料の支払との引換給付判決をすることの許否の検討が求められている。ここでも,法第246条の二つの趣旨からの検討が必要となるところ,原告の意思の尊重という観点から行うべき作業は,課題1と基本的に同様であり,課題2では,当事者,とりわけ被告に対する不利益の最大限の予告という観点から詳細な検討をする必要がある。訴状の記載のみならず,第1回口頭弁論期日における陳述も踏まえた上で,Yに対して不利益の最大限として何が予告されていたと評価することができるかについて,Xの申出額と裁判所が正当事由を認める上で必要と考える立退料額との差の大きさが結論に影響を与えるか否かにも留意しつつ,具体的に検討することが期待される。
設問2では,本件訴訟の係属中に,YがZに対して本件建物を賃貸し,これに基づき本件建物を引き渡したという事実関係において,Zが法第50条の承継人に該当するか否かの検討が求められている。ここではまず,訴訟承継制度の趣旨を明らかにすることが要求される。具体的には,訴訟の係属中に第三者による承継が生じた場合において,従前の訴訟状態を流用して当該第三者との間で訴訟を進めることが訴訟経済に資するとともに,とりわけ相手方が従前の既得的地位を維持することができるという意味で公平の確保に資するという点を指摘することが期待される。次に,このような訴訟承継制度の趣旨と適合的な形で,同条にいう承継の意味内容を具体的に明らかにすることが要求される。この点については,学説上,種々の見解が示されており,いずれを採用するかにより評価に差をつけることは想定していないが,承継の意味内容を具体的に明らかにすることが要求されている以上,最高裁判所昭和41年3月22日第三小法廷判決・民集20巻3号484頁において用いられている「紛争の主体たる地位の承継」というのみでは,十分に課題に答えたことにはならない。この判例に依拠する場合も,そこでいう紛争の主体たる地位とはいかなるものか等の点についてより踏み込んだ記述が求められる。最後に,以上のように具体的に明らかにされた承継の意味内容に照らして,Zが承継人に該当するか否かの検討が要求される。例えば,承継前の訴訟において,被承継人を当事者として適切な者としていた法的地位が第三者に移転し,この地位が相手方の当該第三者に対する訴訟において,当該第三者を当事者として適切な者としている場合に同条にいう承継が認められると考えるのであれば,Yを本件訴訟で被告として適切な者としている法的地位は何か,これはYからZに移転しているか,移転しているとして,このような地位はXのZに対する訴訟においてZを被告として適切な者としているか,といった点を検討する必要がある。
設問3の課題1は,訴訟を引き受けたZが,弁論準備手続の終結及び人証の取調べの後に,従前当事者から主張されていなかった「BからAに対して更新料の前払の性質をも含む権利金が支払われていた」との新主張(以下「本件新主張」という。)をしようとしているという事実関係において,Xの立場から,仮にYが本件新主張をしたとしたら,時機に後れた攻撃防御方法として却下されることの論証を求めるものである。法第157条第1項を摘示した上で,同項の定める各要件の具体的意味内容を明らかにし,それぞれが充足されることを説得的に述べる必要がある。なお,同項の要件のうち,「訴訟の完結を遅延させること」の検討に際しては,その後予想されるXY双方の主張立証活動を踏まえることが要求される。YがAの証人尋問を申請することは問題文から明らかであるが,Xとしても,立退料額にも関わることであるから,BからAへの振込みの趣旨について反論をする機会を欲するであろうことを指摘することが期待される。また,本件新主張は,弁論準備手続終結後にされるものであるから,法第174条及び第167条により,XからYに対して説明要求がされ得ること,このような要求がされた場合には,Yは説明義務を負い,Yが説明を拒絶し,又は不十分な説明しかし得なかった場合には,法第157条第1項の「時機に後れた」又は「重大な過失」が推定され得ることを指摘することも期待される。
設問3の課題2の前半部分では,Yが本件新主張をしたとしたら,同項により却下されることを前提として,Xの立場から,Zによる本件新主張も却下されるべきであるという立論をすることが求められる。具体的には,まず,法第50条の承継人は,承継原因発生時の訴訟状態を承認する義務を負う旨を,一定の理由をもって論証した上で,そこでいう訴訟状態とはいかなるものであるかを明らかにする必要がある。その上で,同条にいう承継人であるZは訴訟状態を承認する義務を負い,その結果,法第157条第1項によりY自身がすることができない本件新主張は,Zもすることができないという結論に至ることが期待される。
設問3の課題2の後半部分では,Yが本件新主張をしたとしたら,同項により却下されることを前提として,Zの立場から,そうであるとしても,Zによる本件新主張は,却下されないという立論をすることが求められる。このような立論としては,Zは訴訟状態を承認する義務を負うものの,承継の前後で,Xによる更新拒絶の可否を判断する上での本件新主張の重要性が変容している場合や,Yによる訴訟追行がなれ合いと評価し得る場合には,一定の例外が認められると論じた上で,本件では,そのような例外が認められるとするものと,承継人は,およそ訴訟状態を承認する義務を負わないとするものが考えられる。いずれであっても十分な理由が示されている限り,評価に差をつけることはない。ただし,後者であれば,訴訟状態承認義務を伴わない訴訟承継制度はいかなる意義を持つものであるか,という点についても検討することが期待される。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 処分権主義の趣旨
裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない(民事訴訟法246条)。この規定は処分権主義を定めるものであり、その趣旨は、①私的紛争の解決について審判の対象及び範囲の設定を当事者の意思に委ね、原告の意思を尊重すること、及び②被告に対し、当該訴訟で受けるべき不利益の最大限を予告し、不意打ちを防止することにある。
立退料の支払の申出は、借地借家法6条の正当事由の有無を判断する上で、他の諸般の事情と総合考慮され、相互に補充し合って正当事由の判断の基礎となるものであり、判例もそのように解している。そして、立退料の支払との引換給付判決は、原告の請求を一部制限して認容するものであるから、原告の申立ての範囲内にあるか、すなわち246条に反しないかが問題となる。
2 課題1(申出額と格段の相違のない範囲を超えて増額する場合)
⑴ まず、増額した立退料の支払との引換給付判決(以下「増額判決」という。)をすることができないとすれば、裁判所がすべき判決はどのようなものとなるか。
この場合、裁判所は、Xの申出額である1000万円又はこれと格段の相違のない範囲内の額の立退料では、更新拒絶の正当事由を認めることができないと判断していることになる。そうすると、本件契約は更新され終了していないことになるから、裁判所はXの請求を棄却する判決をすることになる。
⑵ これを増額判決と対比する。増額判決がされれば、Xは、申出額を上回る立退料を支払う負担を負うものの、本件土地の明渡しを受けることができる。これに対し、請求棄却判決がされれば、Xは立退料を支払う必要はないが、本件土地の明渡しを一切受けられず、Cの歯科医院を建築する計画を実現できない。しかも、請求棄却判決が確定すれば本件契約が更新され、以後30年近くにわたり明渡しを求め得ないことになりかねない。
そうすると、通常の原告であれば、立退料が増額されても明渡しを得られる増額判決を望むと考えられる。
⑶ そして、Xの現実の意思をみても、訴状の請求の趣旨には1000万円と記載されているが、Xは、第1回口頭弁論期日において、1000万円という額に強いこだわりはなく、裁判所がより多額の立退料の支払が必要であると考えるならば検討する用意があり、本件土地を明け渡してもらうのが一番大事であると陳述し、その要旨は口頭弁論調書にも記載されている。
判例が是認した事案は、原告が申出額「もしくはこれと格段の相違のない一定の範囲内で裁判所の決定する金員」を支払う旨の意思を表明していた事案であるが、本件のXは、そのような範囲の限定を付していない。むしろXは、明渡しの実現を最優先する意思を明示しているのであって、格段の相違のない範囲を超える増額であれば引換給付判決を拒否するという意思であるとはいえない。したがって、同判例は本件において増額判決を否定する根拠とはならない。
⑷ また、246条の第二の趣旨である被告に対する不利益の予告の観点からも問題はない。増額判決は、Yにとって、予告されていた1000万円よりも多額の立退料を受領できるものであって、Yに不意打ちの不利益を与えるものではない。
⑸ 以上より、増額判決は原告の合理的意思に合致し、被告に不意打ちを与えるものでもないから、246条に反せず許される。
もっとも、原告の意思の尊重が処分権主義の趣旨である以上、Xの資力を超えるなど、Xの意思に反することが明らかな額の立退料との引換給付判決をすることは許されない。そこで、裁判所は、増額判決をするに先立ち、釈明権(149条1項)を行使して具体的な額についてXの意思を確認し、Xに申出額を増額する機会を与えるべきである。
3 課題2(申出額よりも少額とする場合)
⑴ 原告の意思の尊重の観点からみると、申出額よりも少額の立退料の支払との引換給付判決(以下「減額判決」という。)は、Xにとって、より少ない負担で本件土地の明渡しを得られるものであるから、Xの意思に反しない。現にXは、第1回口頭弁論期日において、1000万円は早期解決の趣旨で若干多めに提示したものであり、早期解決の目がなくなった以上より少ない額が適切であると思っていると陳述している。したがって、Xは減額判決を求める意思を有している。
⑵ 問題となるのは、被告に対する不利益の最大限の予告という観点である。
本来、訴状の請求の趣旨が「1000万円の支払を受けるのと引換えに明渡せ」というものであれば、Yに予告された不利益の最大限は、1000万円を受領して本件土地を明け渡すという内容である。減額判決は、これよりもYに不利益な判決であるから、申立ての範囲を超えるものとして246条に反するのではないかが問題となる。
もっとも、処分権主義が被告への予告を要求する趣旨は、被告が審判の範囲を前提として防御の方針を定めることを保障する点にある。したがって、訴状の記載のみならず、その後の審理において原告が明示した意思も、予告の内容を構成すると解すべきである。
本件では、Xは、第1回口頭弁論期日において、より少ない額が適切であると思っていると明示的に陳述し、その要旨は口頭弁論調書にも記載されている。Yはこの期日に出頭しており、立退料が1000万円より減額される可能性を了知した上で、以後の防御活動をすることができた。現にYは、Xから申出があった程度の立退料では本件レストランの収入喪失まで補償するには全く不十分である旨を主張しており、立退料の額をめぐって攻防を展開している。
したがって、Yに対する不利益の予告は、第1回口頭弁論期日におけるXの陳述によって、1000万円より少ない額を受領して明け渡すという範囲にまで及んでいたと評価できる。
⑶ もっとも、Xの申出額と裁判所が必要と考える立退料額との差が著しく大きい場合は別に解すべきである。Xの陳述は、早期解決の趣旨による上積み分を減らすという趣旨にとどまるから、これを大きく下回る額、例えば立退料をほとんど支払わずに正当事由を認めるのと実質的に異ならない額については、Yに予告された不利益の範囲を超える。この場合に減額判決をすれば、Yは立退料の額について十分な主張立証の機会を与えられないまま、著しく低額の立退料で明渡しを命じられることになり、不意打ちとなる。
⑷ 以上より、Xの陳述によって予告されたと評価できる範囲内の減額であれば、減額判決は許容されるが、その範囲を超える著しい減額は許されない。この点についても、裁判所は釈明によってXの意思を確認し、Yに立退料額についての主張立証の機会を与えるべきである。
第2 設問2
1 訴訟承継制度の趣旨
訴訟の係属中に第三者がその訴訟の目的である義務を承継したときは、裁判所は、当事者の申立てにより、その第三者に訴訟を引き受けさせることができる(50条1項)。
訴訟承継制度の趣旨は、次の二点にある。第一に、訴訟の係属中に紛争の主体たる地位が第三者に移転した場合に、従前の訴訟において既に形成された訴訟状態を流用して当該第三者との間で訴訟を続行することにより、審理の重複を避け、訴訟経済に資することである。第二に、相手方が従前の訴訟追行によって獲得してきた既得的地位を維持できるようにし、当事者間の公平を確保することである。すなわち、当事者が訴訟の係属中に第三者に権利義務を移転することによって、相手方の従前の訴訟追行の成果を無に帰せしめることは不当である。加えて、被承継人のみを相手とする判決では紛争が実効的に解決されないため、第三者を手続に引き込む必要がある。
2 50条にいう承継の意味内容
「訴訟の目的である義務」の承継を、訴訟物である義務そのものの承継に限定すると、本件のように、訴訟物である義務は被承継人のもとに残りつつ、紛争の実体が第三者に移転した場合に、上記の趣旨が全く実現されない。したがって、同条の承継は、訴訟物である義務の承継に限られないと解すべきである。
そこで、同条にいう承継とは、従前の訴訟において被承継人を被告として適切な者としていた法的地位、すなわち当事者適格の基礎となる地位が第三者に移転し、かつ、その地位が相手方の当該第三者に対する訴訟において当該第三者を被告として適切な者としている場合をいうと解する。このように解すれば、従前の訴訟状態を流用することが可能であり、相手方の既得的地位の維持という趣旨にも適合する。判例が「紛争の主体たる地位の承継」というのも、同様の趣旨を述べたものと解される。
3 あてはめ
⑴ XのYに対する訴えの訴訟物は、賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての建物収去土地明渡請求権である。この訴訟においてYを被告として適切な者としていた法的地位は、Yが本件建物を所有し、これによって本件土地を占有しているという地位である。
⑵ YはZに本件建物を賃貸し、これに基づき本件建物を引き渡した。これによって、本件建物の直接の占有はZに移り、Zが本件建物を占有することを通じて本件土地を占有するに至った。すなわち、本件土地の占有という、Yを被告として適切な者としていた地位の中核部分がZに移転している。Yは本件建物の所有権を保持しているが、本件土地の現実の占有を解くためにはZを本件建物から退去させる必要があり、Xが目的を達成するにはZを手続に引き込むほかない。
⑶ そして、XのZに対する請求は建物退去土地明渡請求であり、Zが本件建物を占有して本件土地を占有していることが、まさにZを被告として適切な者としている。
⑷ さらに、XのZに対する請求の当否を決する中心的争点は、Xの更新拒絶に借地借家法6条の正当事由が認められるかという点であり、XのYに対する請求における争点と同一である。Cの証人尋問並びにX及びYの当事者尋問も既に実施されており、これらの訴訟状態を流用することが可能であって、訴訟経済に資する。また、Yが訴訟の終盤に至ってZに本件建物を賃貸したことによってXの従前の訴訟追行の成果が失われるとすれば、著しく不公平である。
4 結論
よって、Zは50条にいう承継をした者に当たり、Xの訴訟引受けの申立ては認められる。
第3 設問3
1 課題1(Y自身が本件新主張をした場合)
⑴ 当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法は、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる(157条1項)。その趣旨は、審理の計画的・集中的な進行を確保し、訴訟の遅延を防止することにある。
⑵ 「時機に後れて」とは、当該攻撃防御方法をより早い時期に提出する機会があり、かつその提出を期待することができたのに、これをしなかったことをいう。
本件では、本件新主張は、弁論準備手続における争点及び証拠の整理が完了して弁論準備手続が終結し、Cの証人尋問並びにX及びYの当事者尋問も実施され、口頭弁論の終結が予定された最終期日においてされるものである。本件新主張は、BからAに対して更新料の前払の性質も含む権利金が支払われていたとして、更新拒絶の正当事由を否定する方向に働く主張であり、本件訴訟の中心的争点に関するものであるから、本来は争点整理の段階で提出されるべきものであった。したがって、時機に後れたものである。
⑶ 「重大な過失」とは、当該攻撃防御方法を提出し得たことを容易に知り得たのに、著しい注意の欠如によってこれを提出しなかったことをいう。
Yは、Bから、亡くなる直前に、本件契約の際に権利金としてAの口座にかなりの額を振り込んだ、本件土地の更新時にもめるといけないから本件通帳はきちんと保管しておくようにと伝えられていた。そして、Yは言われたとおり本件通帳を本件契約の契約書と共に厳重に保管し、本件訴訟の前にも本件通帳の中身を見てBからAへの振込みを把握していた。
すなわちYは、権利金の支払という事実を認識し、かつそれが本件土地の更新をめぐる紛争において意味を持ち得ることをBから告げられていたのである。そうであれば、更新拒絶の正当事由が争点である本件訴訟において権利金の支払を主張すべきことは容易に知り得たというべきであり、それほど重要なものとは思っていなかったというのは著しい注意の欠如である。よって重大な過失が認められる。
⑷ 「訴訟の完結を遅延させる」とは、当該攻撃防御方法を審理するために、これを却下する場合と比べて訴訟の完結が遅れることをいう。
本件では、Yは本件新主張を立証するため本件通帳についての書証の申出とAの証人尋問の申出をすることになるが、最終期日にAの証人尋問を実施することはできず、改めて期日の指定を要する。さらに、Xとしても、権利金の支払の有無及びその性質は正当事由のみならず立退料の額にも関わる重大な事項であるから、BからAへの振込みの趣旨について反論し、反証する機会を求めるはずであり、A以外の関係者の尋問や近隣の賃料相場に関する証拠の提出のためにさらに期日を要する。したがって、口頭弁論を終結できる状態にある本件訴訟の完結は、著しく遅延する。
⑸ また、Xが却下決定を得ることを容易にするためにすることができる訴訟法上の行為として、説明の要求がある。すなわち、弁論準備手続の終結後に攻撃防御方法を提出した当事者は、相手方の求めがあるときは、相手方に対し、弁論準備手続の終結前にこれを提出することができなかった理由を説明しなければならない(174条、167条)。
Xがこの説明を求めた場合、Yは説明義務を負う。そしてYが説明を拒絶し、又は不十分な説明しかできなかったときは、より早い時期に提出する機会があり提出を期待できたこと、及びそれを怠ったことについて著しい注意の欠如があったことが推認され、「時機に後れた」こと及び「重大な過失」が事実上推定されることになる。本件でYが述べ得る理由は、それほど重要なものとは思っていなかったという程度のものにすぎないから、Xは容易に却下決定を得られる。
⑹ 以上より、Y自身が最終期日に本件新主張をしたとすれば、157条1項により却下されるべきである。
2 課題2(Zによる本件新主張)
⑴ Xの立論
50条の承継人は、承継原因発生時における訴訟状態を承認する義務を負うと解すべきである。その理由は、訴訟承継制度の趣旨が、相手方が従前の訴訟追行によって獲得した既得的地位を維持させ、当事者間の公平を確保することにある点に求められる。もし承継人が従前の訴訟状態に拘束されないとすれば、被承継人は、訴訟の係属中に第三者に権利義務を移転することによって、相手方が積み重ねてきた訴訟状態を白紙に戻すことができることになり、制度の趣旨に反する。
ここで訴訟状態とは、承継原因発生時までに当該訴訟において形成された手続上の効果の一切をいい、裁判上の自白、証拠調べの結果、既に生じた失権効のほか、157条1項による攻撃防御方法の提出の制限もこれに含まれる。
本件では、Zに対する訴訟引受けの申立てが認められた時点において、既に弁論準備手続が終結し、人証の取調べも完了し、最終期日の指定がされていた。Y自身が本件新主張をすれば157条1項により却下されるのであるから、承継人であるZもこの訴訟状態を承認しなければならず、Yがすることができない本件新主張をZがすることもできない。
よって、Zによる本件新主張も却下されるべきである。
⑵ Zの反論
もっとも、訴訟状態承認義務には例外を認めるべきである。
第一に、訴訟状態承認義務は、承継人が被承継人の訴訟追行の結果を引き受けることを正当化し得る場合に限って認められるべきである。被承継人が著しく不適切な訴訟追行をしていた場合にまで承継人を拘束することは、承継人の裁判を受ける権利を不当に制約する。本件では、Yは弁護士に頼らず自ら訴訟を追行し、心労もあって健康を害していた。そして、Bから本件土地の更新時にもめるといけないと告げられて厳重に保管していた本件通帳の訴訟上の意義を見落としていたのであり、適切な訴訟追行がされていたとはいえない。
第二に、承継の前後で当該攻撃防御方法の重要性が変容している場合には、承継前の訴訟状態による制限を及ぼすべきではない。本件では、YがZに本件建物を賃貸して本件レストランの経営から退いたことにより、Yの従前の主張、すなわち本件レストランの経営継続を予定しており移転すれば経営が成り立たないという主張が、不利にしんしゃくされ得る状況が生じた。その結果、更新拒絶の正当事由が認められるのを妨げる事実として、権利金に更新料の前払の性質が含まれることという本件新主張の重要性は、承継を契機として格段に高まったのである。承継後に初めて提出の必要性が顕在化した主張について、承継前に提出の機会がなかったことを理由に却下するのは不当である。
第三に、157条1項は、「当事者が故意又は重大な過失により」時機に後れて提出したことを要件としており、当該当事者自身の帰責性を前提とする規定である。Zは本件訴訟に従前関わっておらず、訴訟引受けが認められるまで本件訴訟において主張をする機会を有していなかった。そしてZは、訴訟を引き受けた後直ちに弁護士Lに訴訟委任をし、Lが調査の上、最終期日において本件新主張をするのであるから、Z自身には故意も重大な過失も認められない。
⑶ 以上より、Zは訴訟状態承認義務を負うものの、本件では上記の例外が認められ、またZ自身に157条1項の主観的要件を欠くから、Zによる本件新主張は却下されるべきではない。
以上