司法試験 令和2年 民事訴訟法
問題文
[民事系科目]〔第3問〕(配点:100[〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,40:20:40])
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
なお,解答に当たっては,文中において特定されている日時にかかわらず,試験時に施行されている法令に基づいて答えなさい。
【事 例】1.Xは,旧友Aとの間で,Xが所有する賃貸用建物(以下「本件建物」という。)について,賃料月額20万円,期間の定めなしとの約定でAに賃貸するとの賃貸借契約(以下「本件契約」
という。)を締結し,Aに対し,本件契約に基づき,本件建物を引き渡した。
2.Aは,本件建物で書店を経営し,Aの子であるY1及びY2(以下「Yら」という。)が書店を手伝っていた。
3.Aは,5月に死亡した。Aの配偶者は,既に死亡しており,Aの相続人は,Yらのみである。
Yらは,まだAの遺産についての遺産分割をしていない。
4.Xは,7月末,Yらに対し,「XとAは,今年の4月1日,本件契約について9月30日をもって終了するとの解約の合意をした。Aは,その際,Xに対し,9月30日までに本件建物を明け渡すと言った。」と述べた上で,本件建物の明渡しの具体的な時期を問い合わせた。
5.Y1とY2は,8月初め頃に話合いをした。この話合いの場において,Y1は,「Aから本件契約の解約の合意をしたとは聞いていない。Y1とY2は,相続によってAから本件建物の賃借権を承継し,書店の経営も引き継いでいる。Y1は,Xに対し,Aの死亡後,Y1が本件契約に基づく賃料の請求先となったことを知らせたが,Xは,本件契約が終了するとは言わずに,これを了承した。また,本件契約に基づく賃料は,現在まで滞りなく支払ってきた。」とし,本件建物を明け渡す必要はないと述べた。これに対し,Y2は,「本件建物を明け渡し,敷金を返還してもらった方がよい。Y2は,Aの生前,Aから,Xに敷金を差し入れてあると聞いていた。実際に,本件契約を締結した頃の日付で120万円を受領した旨のX名義の受領書がAの遺品の中にあった。この受領書が敷金の差し入れの証拠になる。」と述べた。
6.Y2が8月中旬に,Xに対して敷金が全額返還されるか問い合わせたところ,Xは,Y2に対し,「8月分まで賃料の滞納はなく,本件建物をきれいに使ってくれて修繕の必要もない。しかし,Aから本件契約の締結時に受け取ったのは礼金であって,返還の必要のある敷金ではない。」と述べた。
7.そこで,Y2は,その翌日,かねてより相談していた弁護士Lに,上記1から6までの経緯を説明した上で,Xから敷金を返還してもらうことができるかどうかを検討してもらうこととした。
以下は,弁護士Lと司法修習生Pとの間の会話である。
L:Y2は本件建物を明け渡して敷金を返還してもらうことを希望しています。Y1が本件契約の解約の合意を争っているため,本件建物の明渡しの見通しはついていませんが,Xに対し敷金返還を請求する訴えを提起した場合に,本件建物の明渡しをしないままの状態であっても,本案判決を得ることはできるでしょうか。ここでは,敷金返還請求権は,賃貸借終了後,不動産が明け渡されたときに,敷金によって担保されるそれまでに生じた一切の債務の額を控除した残額につき発生するものと考えましょう。
P:そうすると,本件建物の明渡し前には敷金返還請求権は発生しないので,将来給付の訴えの適法性を検討せよということですね。敷金返還請求権が本件建物の明渡しを条件とする条件付請求権ということであれば,将来給付の訴えの適法性が認められるのではないでしょうか。
L:条件付請求権であっても,将来給付の訴えの適法性が認められるとは限りませんよ。ここでは,Y2の法定相続分が2分の1であることを考慮し,60万円のみの請求をすることとして,「Xは,Yらから本件建物の明渡しを受けたときは,Y2に対し,60万円を支払え。」との請求の趣旨による将来給付の訴えの適法性につき検討してもらいましょう。これを「課題1」とします。検討の際には,本件の具体的状況を踏まえた上で,敷金返還請求権の特質のほか,当事者間の衡平の観点から,適法性が認められた場合の被告の負担を考慮する必要があります。ただし,応訴の負担は考慮する必要がありません。
P:はい,分かりました。ところで,もし,将来給付の訴えの適法性が認められないという結論になるとすると,敷金に関する確認の訴えを提起することになるのでしょうか。
L:良い機会ですから,将来給付の訴えが不適法とされる場合に備え,敷金に関する確認の訴えの利益についても考えましょう。Y2の立場から,どのような訴えであれば確認の利益が認められるかを検討してください。その際には,既判力により確定する必要性を考慮して,なぜその訴えであれば確認の利益が認められるのかについて説明してください。これを「課題2」とします。
〔設問1〕あなたが司法修習生Pであるとして,Lから与えられた課題1及び課題2について答えなさい。
【事 例(続き)】8.Xは,Yらが9月30日を経過しても本件建物の明渡しをしないことから,Yらを被告として,本件契約の終了に基づく本件建物の明渡しを求める訴えを提起した(以下,この訴えに係る訴訟を「本件訴訟」という。)。Xは,訴状において,Yらの被相続人であり,本件契約の相手方当事者であったAとの間で本件契約の解約の合意がされた旨主張している。
9.本件訴訟は,裁判官Jが単独で審理及び裁判をすることとなった。本件訴訟の第1回口頭弁論期日において,Xは,訴状を陳述した。これに対し,Yらはいずれも,請求を棄却するとの判決を求め,本件契約の解約の合意について,Y1は否認し,Y2は知らないとした。
10.その後に指定された和解期日において,裁判官Jが他の当事者を退席させた上でX,Y1,Y2を順次個別に面接する方式により,和解協議が実施された。Y2は,その際,裁判官Jに対し,「Xは,Aが差し入れた敷金を礼金であるとして返還しようとしないが,敷金を返還してくれるのであれば,Y2は,Xに本件建物を明け渡してもよい。Y2としては,無理に書店の経営を続けなくともよいのではないかと思っている。今から思えば,Aも,日頃から店の経営不振に悩んでおり,Xに相談しているという話もしていた。本件建物を明け渡して敷金が戻るような和解が成立することを希望している。」と述べた。しかし,Y1が飽くまで本件契約の継続を希望したため,和解は成立しなかった。
以下は,裁判官Jと司法修習生Qとの間の会話である。
J:今日は和解成立には至りませんでした。和解手続における当事者の発言内容をその後の判決に影響させることがないように,注意する必要があります。
Q:それでは,先ほどの和解期日におけるY2の発言から,XA間の解約の合意は存在したという心証を得て,それに基づいて判決をすることはできないのですね。
J:もちろん許されません。それを理解してもらうために,まず,民事訴訟法においては,裁判所は何を心証形成の資料とすることができるとされているのかを示した上で,和解期日におけるY2の発言がそれに当たらないことを説明してください。また,和解手続における当事者の発言内容を心証形成の資料とすることができるとすると,どのような問題が生ずるかについて,理由を示して検討してください。これらを「課題」とします。
〔設問2〕あなたが司法修習生Qであるとして,Jから与えられた課題について答えなさい。
【事 例(続き)】11.本件訴訟の第2回口頭弁論期日において,Xは,Aが生前にXとの間で本件契約の解約の合意をしていたことを裏付けるため,「Xは,4月3日,本件建物の内外を検分し,Aに対して,『大変きれいに使ってくれていますね。これなら修繕の必要はない。』と述べるなど,Aとの間で本件建物の明渡しの準備について話をした。Y2は,書店の手伝いをしていたことから,その際,XとAとの会話を聞いたはずである。」と主張した。これに対し,Y2は,「4月3日にXが主張するXとAの会話を聞いた記憶はない。Aが作成していた業務日誌を見ても,Xとの間で本件契約の解約や本件建物の明渡しを前提とした会話があったことは記載されていない。」
と主張し,Xが主張するような会話がなかったことを立証するため,Aが作成した同日の業務日誌(以下「本件日誌」という。)を提出して書証の申出をした。裁判所は,同期日において,本件日誌を取り調べた。
12.本件訴訟の第3回口頭弁論期日が指定された後,X,Y1及びY2は,訴訟外で解決に向けた協議をした。その結果,XとY1の間では協議が整わなかったが,XとY2の間では,解決に向けた合意がされ,XがY2に対する訴えを取り下げることとなった。そこで,Xは,裁判所に対し,Y2に対する訴えの取下書を提出し,それを受け,Y2は,裁判所に対し,Xの訴えの取下げに同意する旨の書面を提出した。
以下は,裁判官Jと司法修習生Rとの間の会話である。
J:XがY2に対する訴えの取下書を提出し,Y2もその同意書を提出しています。XはY2に対する訴えのみを取り下げることができるのでしょうか。
R:それを考えるに当たっては,まず,本件訴訟が共同訴訟のどの類型に当たるのかを考慮する必要があります。
J:そうですね。それでは,その結果を踏まえて,XはY2に対する訴えのみを取り下げることができるのかを検討してください。これを「課題1」とします。
また,仮にXがY2に対する訴えのみを取り下げることができるとして,残されたXとY1のみの訴訟において本案判決がされる場合に,第2回口頭弁論期日にY2が提出した本件日誌の取調べの結果を事実認定に用いてよいかを,共同訴訟における証拠調べの効果及びそれが訴えの取下げによって影響を受けるかどうかを踏まえて検討してください。これを「課題2」とします。
〔設問3〕あなたが司法修習生Rであるとして,Jから与えられた課題1及び課題2について答えなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第3問〕本問は,XとAとの建物(以下「本件建物」という。)の賃貸借(以下この賃貸借に係る契約を「本件契約」という。)の継続中,賃借人であるAが死亡し,Y1及びY2(以下「Yら」
という。)がAを相続したところ,XがYらに対してAとの間で本件契約の解約の合意をしたと主張している事案を題材として,①敷金に関する将来給付の訴えの適法性及び確認の訴えにおける確認の利益の検討(設問1),②和解手続における当事者の発言の内容を裁判官が心証形成の資料とすることができない理由の検討(設問2),③本問の共同訴訟(以下「本件訴訟」
という。)において共同被告の一方に対する訴えを取り下げることの可否と,仮にそれができるとする場合に取下げにより当事者ではなくなった者が取下げの前に提出して取り調べられた証拠の証拠調べの結果を事実認定に用いることができるかどうかの検討(設問3)をそれぞれ求めるものである。
まず,設問1の課題1では,Xが本件契約の締結時にAから交付された120万円について敷金であることを否定し,Y1がXとAとの間の本件契約の解約の合意を争って本件建物の明渡しを拒んでいるという事実関係の下において,敷金の返還を求めるY2の立場から,本件建物の明渡しをしないままの状態で敷金の返還を求める将来給付の訴えの適法性についての検討が求められている。ここでは,敷金返還請求権が目的物の明渡しを条件として,それまでに生じた敷金の被担保債権一切を控除した残額につき発生するため,本件建物の明渡し前には請求権の成否及び額が明確に定まらないこと,したがって本件訴訟はその事実審の口頭弁論終結時(基準時)には請求権の成否及び額が具体化しない将来給付の訴えであることを踏まえ,民事訴訟法(以下「法」という。)第135条の将来給付の訴えの利益に言及した上で,将来給付の訴えの適法性につき検討する必要がある。基準時までにその成否及び額が定まらない請求権を行使する給付の訴えの適法性については,判断の枠組みとそのような権利の性質の位置付けに関していくつかの考え方が成り立ち得る。いわゆる権利保護の資格(請求の適格)と権利保護の利益とを分けて前者の問題として論ずる考え方,将来の権利発生の蓋然性と現在これを行使する必要性とを総合的に判断するとの観点から論ずる考え方などが考えられるが,いずれにせよ,設問において敷金返還請求権の特質のほか,当事者間の衡平の観点から将来給付の適法性が認められた場合の被告の負担を考慮することが求められているとおり,将来における権利発生の蓋然性のみならず,将来の強制執行に対する防御のために請求異議の訴えを提起しなければならなくなるかもしれない被告の負担につき論ずる必要がある。その際には,判例(最高裁判所昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁,最高裁判所昭和63年3月31日第一小法廷判決・裁判集民事153号627頁等)が示した将来給付の訴えの適法性の判断基準を用いることが適当かどうかも意識しつつ敷金返還請求権に即して検討することが求められるとともに,本件におけるXとY2間の争いの状況を踏まえて具体的に考察することが期待される。
次に,設問1の課題2では,本件建物の明渡し前における敷金関係の確認の訴えにつき,確認の利益の一般的指標とされる確認訴訟という方法を選択することの適切性,確認対象の適切性,即時確定の必要性に従って,あるいは確認訴訟における権利保護の資格と利益に沿って,Y2の立場からそれぞれが肯定されるように,説得的な立論をすることが求められる。そのうちでも特に,敷金返還請求権が設問1の課題1では将来の給付訴訟の対象と性質付けられていることとの関係で,どのような確認対象であれば基準時に確定する必要が認められるかにつき,即時確定の必要性又は権利保護の利益と関係付けた確認対象又は権利保護の資格の理解を示す必要がある。その際には,賃貸借契約継続中における敷金債権の確認の利益を肯定した判例(最高裁判所平成11年1月21日第一小法廷判決・民集53巻1号1頁)のように確認対象を現在の権利又は法律関係と位置付ける立場のほか,将来の権利又は法律関係と位置付けた上で確認対象となり得ると解する立場もある。どちらを採るかにより評価に差が生ずるわけではないが,前者については,敷金返還請求権を単に条件付債権と位置付けるにとどまらず,設問1の課題1では将来と性質付けた給付訴訟との違いを示し,本件の紛争状況から見て確認の利益が肯定される対象を具体的に検討することが期待される。また,後者については,XがAの支払った金銭は敷金でないと争っている等といった具体的な事情をできるだけ挙げた上で,将来具体化する対象であっても即時確定の利益又は権利保護の利益が認められることを本件に即して説得的に論ずることが求められる。
設問2では,和解手続におけるY2の発言から本件契約の解約の合意の存在を認定することができない理由の検討が求められている。ここでは,法第247条において,裁判所が「口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果」をしん酌して心証を形成するものとされていることを指摘した上で,和解手続における当事者の発言がこれらに当たらないことを論証する必要がある。
また,設問2では,和解手続における当事者の発言内容を心証形成の資料とすることができるとした場合の問題についても検討することが求められている。ここでは,単に「手続保障を欠く」などとするにとどまる答案は,論証として不十分であり,当事者の発言内容が裁判官の心証に影響し得るとすると,例えば,和解の成立に向けた当事者の自由な発言を阻害するおそれがあること,本問のようにいわゆる交互面接方式により行われた和解手続では情報の共有や反論の機会の保障がないままに判決がされるおそれがあることなど,より実質的な観点から,具体的に問題点を指摘することが期待される。
設問3の課題1では,本件訴訟において,XがY2に対する訴えのみを取り下げることができるかどうかの検討が求められている。そこで,その前提として,本件訴訟について訴訟共同の必要があるものかどうか,すなわち,本件訴訟が通常共同訴訟であるのか,固有必要的共同訴訟であるのかという点が問題となる。本件訴訟が通常共同訴訟であると考える場合には,例えば,相続財産の共有が民法第249条以下の共有と性質を異にするものではないこと,建物明渡義務が不可分債務に当たり義務者各自が全部につき除去義務を負うことなどを指摘して,本件訴訟が通常共同訴訟であり,共同訴訟人独立の原則(法第39条)が本件訴訟にも適用されること,その帰結として,XがY2に対する訴えの取下げをすることができることを示す必要がある。本件訴訟について,固有必要的共同訴訟であると解し,XはY2に対する訴えの取下げをすることはできないとする場合であっても,説得力のある理由が示されていれば評価に差異はないが,いずれにせよ,自説の根拠と結論との整合性が求められる。
次に,設問3の課題2では,Xが適法にY2に対する訴えのみを取り下げたという前提の下において,XとY1のみの訴訟において本案判決がされる場合に,取下げがされる前の期日においてY2が提出して取調べがされた本件日誌の証拠調べの結果を事実認定に用いてよいかどうかの検討が求められている。ここでは,「共同訴訟における証拠調べの効果」と「それが訴えの取下げによって影響を受けるかどうか」という問題文中で示された二つの視点を踏まえつつ検討を進める必要がある。まず,一つ目の視点,すなわち「共同訴訟における証拠調べの効果」については,共同訴訟人の一人が提出した証拠から得られる証拠資料はその援用がなくとも他の共同訴訟人に関する事実認定にも用いることができるという通常共同訴訟における証拠共通の原則の意義や証拠共通の原則が認められる根拠を説明することが求められる。次いで,二つ目の視点,すなわち「それが訴えの取下げによって影響を受けるかどうか」という点については,訴えの取下げがあった部分は初めから係属していなかったものとみなされる(法第262条第1項)という訴えの取下げの効果を指摘することが必要となるが,これらの論証を通じ,XのY2に対する訴えの取下げがY2の申出により取調べがされた本件日誌についての証拠共通に影響を与えるのではないかという問題意識が導かれることとなる。これが課題2における主要な検討事項となる。本件日誌を証拠として用いることができるとの結論を採る場合には,その根拠として,例えば,判例(最高裁判所昭和32年6月25日第三小法廷判決・民集11巻6号1143頁)によれば,証拠申出の撤回は,証拠調べの終了後においては許されないとされており,その結論は相手方に有利な証拠資料が得られている可能性があることを考慮すると是認されることや,Y2の申出によりされた証拠調べの結果は,証拠共通の原則によりXとY1との関係においても心証を形成する資料となっているところ,それは,係属が消滅した訴訟における訴訟行為から別の訴訟法律関係が生じているといい得ることから,取下げによってもその効果は維持されるべきであることなどを指摘することが考えられる。これに対し,本件日誌を証拠として用いることができないとする結論を採る場合には,その根拠として,例えば,取下げの結果,当事者の訴訟行為によって形成された法律効果は全て消滅することを前提とし,証拠申出の撤回は,弁論主義に照らし,相手方の同意があれば許されるとした上で,XがY2に対する訴えの取下げをしたことにより,実質的には,Y2の証拠申出とこれに基づく証拠調べの結果の消滅に同意をしているものとみることができることなどを指摘することが考えられよう。課題2については,いずれの結論であっても,評価に差異はないが,いずれにせよ,論理的かつ説得的な論証が求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 課題1(将来給付の訴えの適法性)
⑴ 「Xは、Yらから本件建物の明渡しを受けたときは、Y2に対し、60万円を支払え」との請求の趣旨による訴えは、口頭弁論終結時(基準時)にはまだ履行期の到来していない給付を求めるものであるから、将来の給付を求める訴えである。
将来の給付を求める訴えは、「あらかじめその請求をする必要がある場合」に限り提起することができる(民事訴訟法135条)。給付の訴えは、権利が現に存在し履行を求め得ることを前提とするのが本来であり、まだ発生していない請求権について債務名義を与えることは、債務者に不当な負担を課すおそれがあるからである。
そこで、将来給付の訴えの対象となり得る請求権(請求適格)は、①請求権の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されること、②請求権の成否及びその内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来の事情が、あらかじめ明確に予測し得る事由に限られること、かつ③これについては請求異議の訴えによりその発生を証明して初めて執行を阻止し得るという負担を債務者に課しても格別不当とはいえない場合に認められると解する。
⑵ 本件では、敷金返還請求権は、賃貸借終了後、不動産が明け渡されたときに、敷金によって担保されるそれまでに生じた一切の債務の額を控除した残額につき発生するものである。すなわち、同請求権は、明渡しという条件の成就によって初めて発生し、しかもその額は、明渡しまでに生ずる賃料債務、損害賠償債務、修繕費用等の被担保債権の額をすべて控除した残額として算定される。
これを上記の要件に照らして検討する。
まず①については、本件契約及びこれに付随する敷金契約という基礎となる法律関係は既に存在しているとみる余地がある。しかし、XはAから受領した120万円は礼金であって返還の必要のある敷金ではないと主張しており、敷金契約の存在自体が争われている。また、Y1は飽くまで本件契約の継続を希望して解約の合意を否認しており、本件建物の明渡しの見通しは全く立っていない。したがって、基礎となる法律関係が既に存在し、条件の成就が予測されるとは言い難い。
次に②については、敷金返還請求権の額は、明渡しまでに生ずる被担保債権の額に左右される。本件建物は賃貸用建物であり、Yらが明渡しをするまでの期間は不確定であって、その間に賃料の滞納が生じ、あるいは建物の損傷が生じて損害賠償債務や修繕費用が発生する可能性がある。これらは、Xに有利な影響を生ずる将来の事情であるが、現時点であらかじめ明確に予測し得る事由ではない。現に、現時点では8月分まで賃料の滞納はなく修繕の必要もないという状態であるが、これが明渡時まで継続する保証はない。
そして③については、仮に60万円の支払を命ずる将来給付判決がされると、Y2が明渡しの事実を証明して強制執行に着手した場合、Xは、控除されるべき被担保債権が存在することを請求異議の訴え(民事執行法35条)において自ら主張立証して執行を阻止しなければならない。本来、敷金返還請求権の発生及び額についてはこれを主張するY2が立証責任を負うべきであるのに、将来給付判決を認めると、控除事由の立証責任が実質的にXに転換されることになる。これは、当事者間の衡平を著しく害し、被告に不当な負担を課すものである。
⑶ 以上より、本件敷金返還請求権は将来給付の訴えの請求適格を欠く。よって、本件の将来給付の訴えは不適法であり、Y2は本案判決を得ることができない。
2 課題2(確認の訴えの利益)
⑴ 確認の訴えは、給付の訴えと異なり執行力がなく、また性質上その対象が無制限に拡大するおそれがあるから、紛争の抜本的解決に資する場合に限り確認の利益が認められる。具体的には、確認の訴えという方法を選択することが適切であるか、確認の対象が適切であるか、即時に確定する必要があるかという三つの観点から判断する。
⑵ まず、方法選択の適切性について検討する。
一般に、給付の訴えを提起できる場合には、執行力を伴う給付判決によるべきであって、確認の訴えは適切な方法ではない。しかし本件では、前述のとおり明渡し前の敷金返還請求権は将来給付の訴えの請求適格を欠くのであるから、Y2が現時点でとり得る手段は確認の訴えのほかにない。したがって、確認の訴えによることは適切である。
⑶ 次に、確認の対象の適切性について検討する。
Y2が求めるべき確認の対象は、「Y2がXに対し、本件契約に基づく敷金返還請求権のうち2分の1に相当する部分を有すること」とすべきである。
まず、敷金返還請求権は、明渡しを条件として発生する条件付権利であり、条件付権利も現在の法律関係として確認の対象となり得る。判例も、賃貸借契約継続中であっても敷金返還請求権の確認の利益を肯定している。本件建物の明渡し前であっても、敷金契約が存在し、Xが120万円の敷金を受領しているという法律関係は現在既に存在しているのであって、これを確認対象とすることは、過去の事実の確認を求めるものではない。
これに対し、「XがAから受領した120万円が敷金であること」の確認を求めることは、過去の法律行為ないし事実の確認を求めるものであり、現在の権利関係の確認に比べて迂遠であるから、対象として適切でない。
また、敷金返還請求権は金銭債権であり、可分債権であるから、Aの死亡により法定相続分に従って当然に分割されてYらに承継される。Y2の法定相続分は2分の1であるから、Y2は自己の有する2分の1の部分についてのみ確認を求めるべきである。
⑷ 最後に、即時確定の必要性について検討する。
Xは、Aから本件契約の締結時に受け取ったのは礼金であって返還の必要のある敷金ではないと明確に述べ、敷金契約の存在自体を否認している。したがって、Y2の法的地位には現実の危険が生じている。
そして、明渡し前の現時点において敷金契約の存在及び敷金額について既判力をもって確定しておくことには、次のような必要性がある。すなわち、敷金返還請求権をめぐる紛争の中心的な争点は、120万円が敷金か礼金かという点にあり、この点が確定されれば、明渡後に残る争点は明渡しまでに生じた被担保債権の額のみとなる。しかも、敷金の交付から相当の期間が経過しており、Aは既に死亡しているから、受領書以外の証拠は散逸するおそれが大きい。明渡しを待って給付の訴えを提起するまで判断を留保すると、Y2の立証はより困難となる。また、敷金が返還されるのであればY2は本件建物を明け渡してもよいとの意向であるから、敷金関係が確定されれば、本件建物の明渡しをめぐる紛争の解決にも資する。
以上より、上記の確認の訴えについては確認の利益が認められる。
第2 設問2
1 裁判所が心証形成の資料とすることができるもの
裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する(247条)。すなわち、裁判所が心証形成の資料とすることができるのは、口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果に限られる。
「口頭弁論の全趣旨」とは、口頭弁論において現れた当事者の弁論の内容、態度、時期など審理の経過の全体をいう。「証拠調べの結果」とは、当事者の申出又は職権に基づき、法定の手続に従って適式に取り調べられた証拠方法から得られた資料をいう。
これらに限られる理由は、次の点にある。第一に、当事者の弁論及び証拠の申出は、公開の法廷において口頭で行われ(憲法82条、民事訴訟法87条1項)、相手方に反論・反証の機会が保障されている。第二に、判決をする裁判官が自ら弁論を聴き証拠調べに関与することによって(249条1項)、その心証の形成過程が手続上統制される。
2 和解期日におけるY2の発言
和解は、訴訟の進行中、裁判所が当事者の互譲による紛争の自主的解決を試みる手続であって(89条)、和解期日は口頭弁論の期日ではない。したがって、和解期日におけるY2の発言は、弁論としての陳述ではなく、「口頭弁論の全趣旨」に当たらない。
また、Y2の発言は、当事者尋問(207条)等の証拠調べの手続によって得られたものではなく、宣誓もされていないから、「証拠調べの結果」にも当たらない。
したがって、裁判官Jが、和解期日におけるY2の「Aも日頃から店の経営不振に悩んでおり、Xに相談しているという話もしていた」という発言から、XA間に本件契約の解約の合意が存在したとの心証を得て、これに基づいて判決をすることは許されない。
3 心証形成の資料とすることができるとした場合の問題
⑴ 第一に、和解制度の機能が損なわれる。和解が成立するためには、当事者が譲歩の可能性や自己に不利な事情を含めて率直に意向を述べることが不可欠である。和解期日における発言が判決の基礎とされるおそれがあるとすれば、当事者は自己に不利に働き得る発言を一切控えることになり、裁判所は当事者の真の意向を把握できず、和解による紛争解決の機能が失われる。本件でY2が、Aの経営不振やXへの相談といった、本来は自己に不利な事情にわたる発言をしたのは、和解の成立を期待したからであって、判決の基礎とされることを前提としていない。
⑵ 第二に、手続保障が害される。本件の和解協議は、裁判官Jが他の当事者を退席させた上でX、Y1、Y2を順次個別に面接する交互面接方式により実施された。この方式では、ある当事者の発言内容が他の当事者に開示されず、他の当事者はこれを知ることも反論・反証することもできない。それにもかかわらず当該発言が心証形成の資料とされれば、当事者は自己の知らない資料に基づいて不利な判決を受けることになり、当事者に主張立証の機会を保障する弁論主義及び双方審尋主義に反する。本件では、Y2の発言はY1の訴訟にも事実上影響するが、Y1はその存在すら知らない。
⑶ 第三に、当事者が公開の法廷で弁論する機会を経ずに判決の基礎が形成されることになり、公開主義及び口頭主義に反する。
よって、和解手続における当事者の発言内容を心証形成の資料とすることはできない。
第3 設問3
1 課題1(Y2に対する訴えのみの取下げの可否)
⑴ まず、本件訴訟が共同訴訟のいかなる類型に当たるかを検討する。
固有必要的共同訴訟とは、数人が共同してのみ訴え又は訴えられることが必要な共同訴訟をいう。これに当たるか否かは、実体法上の管理処分権の帰属のあり方(実体法的観点)と、紛争の統一的解決の必要性及び当事者の手続上の負担(訴訟法的観点)を総合して判断する。
本件訴訟は、Xが本件契約の終了に基づき、共同相続人であるYらに対して本件建物の明渡しを求めるものである。
実体法的観点からみると、相続財産の共有は民法249条以下の共有と性質を異にするものではなく、本件建物の賃借権はYらに共同して帰属する。しかし、賃貸借終了後の建物明渡義務は、目的物の占有を全部排除する義務であって不可分債務であり、Yらは各自が全部について明渡義務を負う。したがって、Xは、Yらのいずれに対しても単独で明渡しを請求することができる。
訴訟法的観点からみても、不可分債務者の一人に対する勝訴判決があればその者に対して執行することができるのであり、必ず全員を共同被告としなければならないとする必要はない。むしろ、常に全員を被告とすることを要求すると、一部の者が所在不明である場合などに権利の実現が妨げられる。
したがって、本件訴訟は固有必要的共同訴訟ではなく、通常共同訴訟である。
⑵ 通常共同訴訟においては、共同訴訟人の一人の訴訟行為、共同訴訟人の一人に対する相手方の訴訟行為及び共同訴訟人の一人について生じた事項は、他の共同訴訟人に影響を及ぼさない(39条、共同訴訟人独立の原則)。各共同訴訟人は、それぞれ独立して訴訟を追行する地位を有するからである。
そうすると、Xは、Y2に対する訴えのみを取り下げることができる。
そして、訴えは判決が確定するまで取り下げることができるが、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後は、相手方の同意を得なければならない(261条1項・2項)。Y2は第1回口頭弁論期日において請求棄却の判決を求め、本件契約の解約の合意について知らないと陳述しているから、同意が必要である。本件では、Y2が同意する旨の書面を裁判所に提出しているから、この要件も満たす。
よって、XはY2に対する訴えのみを有効に取り下げることができる。
2 課題2(本件日誌の取調べの結果の利用)
⑴ まず、共同訴訟における証拠調べの効果について検討する。
通常共同訴訟においては、共同訴訟人の一人が提出した証拠から得られた証拠資料は、他の共同訴訟人による援用がなくても、その者に関する事実認定に用いることができる(証拠共通の原則)。
その根拠は、自由心証主義(247条)にある。すなわち、証拠調べの結果に基づいて形成される裁判官の心証は不可分一体のものであって、同一の裁判官が同一の争点について、証拠の提出者が誰であるかによって異なる事実認定をすることは、およそ不可能であり、かつ合理的でない。また、証拠共通は、裁判所の心証形成の問題であって、共同訴訟人の訴訟行為の効果を他の共同訴訟人に及ぼすものではないから、共同訴訟人独立の原則に反しない。
本件では、Y2が本件日誌を提出して書証の申出をし、裁判所は第2回口頭弁論期日においてこれを取り調べている。本件日誌は、Aが作成した4月3日の業務日誌であり、Xが主張するような解約や明渡しを前提とした会話の記載がないというものであって、解約の合意を否認するY1との関係においても、その主張を裏付ける証拠資料となる。したがって、証拠共通の原則により、本件日誌の取調べの結果は、XとY1との間の事実認定にも用いることができる状態にあった。
⑵ 次に、これが訴えの取下げによって影響を受けるかを検討する。
訴えの取下げがあった部分については、訴訟は初めから係属していなかったものとみなされる(262条1項)。そうすると、Y2が当事者として行った証拠の申出も遡って効力を失い、これに基づく証拠調べの結果も用いることができなくなるのではないかが問題となる。
しかし、以下の理由から、本件日誌の取調べの結果を事実認定に用いることができると解する。
第一に、判例は、証拠の申出の撤回は、証拠調べが終了した後においては許されないとしている。その趣旨は、証拠調べによって既に相手方に有利な証拠資料が得られている可能性があり、これを申出人の一方的意思で失わせることは相手方の利益を害するという点にある。本件日誌は第2回口頭弁論期日において既に取り調べられているから、仮にY2が申出を撤回しようとしても許されない。訴えの取下げによってこれと同じ結果を生じさせることは、同じ趣旨に照らして認められない。
第二に、262条1項の効果は、取り下げられた請求についての訴訟係属を遡及的に消滅させるものであって、裁判所が当該訴訟手続において適法に行った証拠調べによって、他の共同訴訟人との関係で既に生じた効果まで消滅させるものではない。証拠共通の原則によってXとY1との関係で生じた心証形成の資料としての効果は、XとY1との間の訴訟法律関係において生じたものであり、XとY2との間の訴訟係属の消滅によって左右されない。
第三に、本件日誌はY1に有利な証拠であり、Y1は何ら訴訟行為をしていないのに、XとY2の合意によってこれを失うことになるとすれば、Y1に不当な不利益を課すことになる。共同訴訟人独立の原則からしても、Y2について生じた事項がY1に不利益に影響を及ぼすことは許されない。
なお、Xが訴えを取り下げたことをもって、Y2の証拠の申出及びその結果の消滅に実質的に同意したものとみる見解もあり得る。しかし、取下げの同意と証拠申出の撤回への同意とは別個の訴訟行為であり、Xの意思をそのように解することはできない。
⑶ 以上より、XとY1のみの訴訟において本案判決をする場合にも、本件日誌の取調べの結果を事実認定に用いることができる。
以上