司法試験 平成29年 民事訴訟法
問題文
[民事系科目]〔第3問〕(配点:100[〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,15:55:30])
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
【事 例】Xは,Yに対し,平成28年3月10日,Yから譲り受けた浮世絵版画(以下「本件絵画」という。)の引渡しを求める訴えを管轄地方裁判所に提起した。この訴訟において,訴訟代理人は選任されていない。
Xは,訴状において,次のように主張した。
「Xは,かねてよりYの事業の支援をしていたが,平成27年9月1日,Yから,これまでの支援の御礼として,本件絵画の贈与を受けた。Yから受け取った念書には,YがXに本件絵画を譲る旨や同年10月1日にY宅で本件絵画を引き渡す旨が記載されている。その後,Xが約束どおりY宅に出向いて本件絵画の引渡しを求めたのに,Yはこれを拒み,一切の話合いに応じないので,贈与契約に基づく本件絵画の引渡しを求めるため,本件訴えを提起した。贈与の事実の証拠として,この念書を提出する。」
これに対し,Yは,答弁書において,次のように主張した。
「Yは,絵画について造詣が深い友人Aから,Xが本件絵画の購入を望んでいると聞いて,Xに本件絵画を売却したのであり,贈与などしていない。Xに交付した念書には代金額の記載がないが,それは,代金額を本件絵画の時価相当額とする趣旨であり,その額は300万円である。ところが,平成27年10月,Xは,本件絵画の取引はXに対する贈与であり,代金を支払うつもりはないと言ってきたので,Yは,本件絵画の引渡しを拒んだ。これらの事実を立証するため,本件絵画の取引経緯に詳しいAを証人として申請する。」
第1回口頭弁論期日が平成28年5月10日に開かれ,Xは訴状に記載した事項を,Yは答弁書に記載した事項をそれぞれ陳述した。さらに,Xは,贈与の主張に加え,仮にこの取引が売買であり,本件絵画の時価相当額が代金額であるとしても,その額は200万円にすぎないと主張した。
第2回口頭弁論期日では,Aの証人尋問と,X及びYの当事者尋問が行われた。Aは,本件絵画の取引はその時価相当額を代金額とする売買契約であること,その額は200万円であること,この売買契約はAがYの代理人としてXと締結したものであることなどを述べた。期日においては,本件絵画の取引が贈与又は売買のいずれであるか,また,売買であるとしてその代金額は幾らかに焦点が絞られ,AがYの代理人であったか否かについては,両当事者とも問題にしなかった。
以下は,期日終了後の裁判官J1と司法修習生Pとの間の会話である。
J1:今日の証拠調べの結果をどのように評価しますか。率直な意見を聴かせてください。
P:取引経緯に関するAの証言は具体的で信用できるため,Yの代理人AとXとの間で,本件絵画の時価相当額を代金額とする売買契約が成立し,その額は200万円であると考えられます。Xはこの200万円を支払っていませんから,売買を理由に,「Yは,Xから200万円の支払を受けるのと引換えに,Xに対し,本件絵画を引き渡せ。」との判決をすべきではないでしょうか。
J1:私の心証も同じですが,あなたの言うような判決を直ちにすることができるのでしょうか。まず,Yの代理人AとXとの間で契約が締結されたとの心証が得られたとして,その事実を本件訴訟の判決の基礎とすることができるのかについて,考えてみてください。
P:両当事者がその点を問題にしなかったのだからいいように思いましたが,考えてみます。
〔設問1〕あなたが司法修習生Pであるとして,J1から与えられた課題に答えなさい。
【事 例(続き)】以下は,J1とPとの間の会話の続きである。
J1:次に,あなたの言うような判決はXの請求に対する裁判所の応答として適当なのか,すなわち,本件の訴訟物は何かを考える必要もありますね。
そして,Xは,第1回口頭弁論期日に,「仮にこの取引が売買であり,本件絵画の時価相当額が代金額であるとしても,その額は200万円にすぎない。」と主張していますが,これには,どのような法的な意味合いがありますか。
P:Xが単に譲歩をしただけで,あまり法的に意味のある主張には見えませんが。
J1:本当にそうでしょうか。
他方,Yは,「本件絵画をXに時価相当額で売却し,その額は300万円である。」と主張していますが,その法的な意味合いも問題になりますね。
P:はい。Xの主張する請求原因事実との関係で,Yのこの主張がどのように位置付けられるか,整理したいと思います。
J1:本件は,訴訟代理人が選任されていないこともあり,紛争解決のために,両当事者の曖昧な主張を法的に明確にする必要がありそうです。
訴訟物の捉え方については様々な議論がありますが,あなたの捉える本件の訴訟物は何になるかを示した上で,各当事者から少なくともどのような申立てや主張がされれば,「Yは,Xから200万円の支払を受けるのと引換えに,Xに対し,本件絵画を引き渡せ。」との判決をすることができるか,考えてみてください。その際,先ほどお願いしたYの主張の位置付けの整理も行ってください。これを課題①とします。
ところで,本件絵画の時価相当額については,当事者からより適切な証拠が提出されれば,別の金額と評価される可能性もあると思います。課題①で必要となる各当事者の申立てや主張がされたという前提の下で,仮に,本件絵画の時価相当額が220万円と評価される場合あるいは180万円と評価される場合には,それぞれどのような判決をすることになるのかについても,考えてみてください。これを課題②とします。
なお,課題①及び②の検討においては,設問1で検討した点に触れる必要はありません。
また,あなたの言うとおり,本件絵画の時価相当額を代金額とする売買契約が成立したものとして,考えてください。
〔設問2〕
⑴ あなたが司法修習生Pであるとして,J1から与えられた課題①に答えなさい。
⑵ あなたが司法修習生Pであるとして,J1から与えられた課題②に答えなさい。
【事 例(続き)】その後,上記の訴訟(以下「前訴」という。)においては,「Yは,Xから200万円の支払を受けるのと引換えに,Xに対し,本件絵画を引き渡せ。」との判決がされ,この判決は確定した。
もっとも,Xは,自らの事業の経営状態が悪化したこともあり,代金を支払ってまで本件絵画を手に入れることに熱意をなくしてしまった。逆に,Yは,Xに対し,本件絵画を持参するので代金200万円を支払ってほしいと連絡したが,Xから拒絶された。そこで,Yは,弁護士に委任して,Xに対し,平成29年3月1日,本件絵画の売買代金200万円の支払を求める訴え(以下「後訴」という。)を管轄地方裁判所に提起した。
Xから委任を受けた弁護士は,前訴で問題となった本件絵画の取引について事情を調べたところ,X及びYの取引仲間であるBから,本件絵画の取引は贈与である旨の証言を得られそうだとの感触を得た。また,同弁護士が本件絵画の写真数点を古物商に見せたところ,高くても150万円相当であるとのことであった。そこで,同弁護士は,改めて事実関係を争うべきであると考え,答弁書において,XY間には本件絵画の贈与契約が成立したのであって,Xは売買代金の支払義務を負わないし,仮に贈与契約でなく売買契約が成立したと判断されたとしても,その代金額は150万円であり,Xはその限度でしか支払義務を負わないと主張した。
第1回口頭弁論期日には,双方の訴訟代理人が出頭し,訴状及び答弁書に記載した事項をそれぞれ陳述した。Yの訴訟代理人は,答弁書におけるXの主張は前訴判決の既判力に触れて許されず,前訴判決に沿って,直ちに請求認容判決がされるべきであると主張した。これに対し,Xの訴訟代理人は,前訴判決において,XY間には代金200万円の本件絵画の売買契約が成立したと判断されたかもしれないが,Xの代金支払義務に関する判断には既判力は生じないと主張した。
以下は,後訴を担当した裁判官J2と司法修習生Qとの間の会話である。
J2:本件は,Yの訴訟代理人の主張するように,前訴判決に沿って,直ちに請求認容判決をすべきなのでしょうか。
Q:今まで考えたことがないのですが,既判力の範囲に関する民事訴訟法の規定に遡って考えないといけないように思います。
J2:そうですね。それを出発点としつつ,前訴判決の主文において引換給付の旨が掲げられていることの趣旨にも触れながら,後訴において,XY間の本件絵画の売買契約の成否及びその代金額に関して改めて審理・判断をすることができるかどうか,考えてみてください。
〔設問3〕あなたが司法修習生Qであるとして,J2から与えられた課題に答えなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第3問〕本問は,Xが贈与契約に基づき本件絵画の引渡しを求めたのに対し,Yがその取引は時価相当額を代金額とする売買契約であってその額は300万円であると主張したという紛争を基本的な題材として,①当事者が代理人による契約締結の事実を主張していない中で,証拠上その事実の心証が得られた場合において,その事実を判決の基礎にすることができるか(設問1),②裁判所として200万円と引換えに本件絵画の引渡しを命ずる判決をするためには,当事者からどのような申立てや主張がされる必要があるか(設問2⑴),また,そのような申立てや主張がされたという前提の下で,220万円又は180万円との引換給付判決をすることができるか(設問2⑵),③引換給付判決のうち反対給付に係る部分の裁判所の判断が後訴に対して何らかの拘束力を有するか(設問3)に関して,検討することを求めるものである。
まず,設問1では,民事訴訟において,裁判の基礎となる資料の収集を当事者の責任とする原則(いわゆる弁論主義)が妥当し,その一環として,裁判所は当事者が主張しない事実を判決の基礎にしてはならないとの原則(いわゆる主張原則)が妥当すること,一般的に,主張原則の対象となる事実は少なくとも主要事実を含むと解されていることを前提に,代理の主要事実は何かを明らかにした上で,代理人による契約締結の事実を認定することの可否を検討することが求められる。また,この点については,判例(最判昭和33年7月8日民集12巻11号1740頁)もあるところ,本件において,Aの証人尋問がされ,AがYの代理人として契約を締結した旨を述べたにもかかわらず,当事者はこれを問題にしなかったという事情の下で,主張原則との関係をどのように評価するかの検討も必要である。設問1は,弁論主義に関するごく基礎的な理解を問う問題である。
設問2⑴では,裁判所として200万円と引換えに本件絵画の引渡しを命ずる判決をするために当事者からどのような申立てや主張がされる必要があるかを検討する前提として,裁判所は当事者が申し立てていない事項について判決をすることができないという申立拘束原則(民事訴訟法第246条)を指摘した上で,問題文に記載されたとおり,本件の訴訟物の捉え方を示すことが求められる。そこでは,①いわゆる旧訴訟物理論に立ち,売買に基づく引渡請求権と贈与に基づく引渡請求権とは訴訟物が異なるとする立場,②同じく旧訴訟物理論に立ちつつも,債権的請求である以上両者は訴訟物として同一であるとする立場,③いわゆる新訴訟物理論に立ち,売買と贈与とで原因が異なっても同一の目的物の給付を求めるのであるから,訴訟物は同一であるとする立場など,種々の立場が考えられるが,どのような立場でも,論理的に筋が通った答案が展開されていれば同様に評価した。
本件において,Xは,「仮にこの取引が売買であり,本件絵画の時価相当額が代金額であるとしても,その額は200万円にすぎない。」と主張しており,その法的な意味合いを明確にすべきところ,旧訴訟物理論のうち,債権的契約につき契約ごとに異なる訴訟物を構成するとの立場からは,裁判所が上記の引換給付判決をするためには,Xから,予備的請求として,売買契約に基づく本件絵画の引渡請求を追加的に併合する訴えの変更(民事訴訟法第143条)
の申立てがされることが必要となる。その際,同時履行の抗弁はYから主張することを要する権利抗弁であるため,Xの予備的請求として「200万円の支払を受けるのと引換えに本件絵画の引渡しを求める」旨の限定を付す必要はなく,単純に,売買契約に基づき本件絵画の引渡しを求めることとなることに留意すべきである。他方,新訴訟物理論の立場,あるいは旧訴訟物理論のうち,贈与によっても売買によっても債権的請求として訴訟物は変わらないとする立場からは,Xの申立てとしては,訴状における本件絵画の引渡請求で十分であり,贈与又は売買の主張は攻撃方法の位置付けとなるため,この申立てに対して,売買を理由に200万円と引換えに本件絵画の引渡しを命ずる判決をすることは,申立拘束原則には抵触しないものと考えられる。
次に,Yは,「本件絵画をXに時価相当額で売却し,その額は300万円である。」と主張しているところ,その主張の位置付けについては,訴訟物の捉え方によって多少説明は異なることになるが,①主位的な請求原因又は主張(贈与)と②予備的な請求原因又は主張(売買)を構成する各事実との関係で,それぞれ否認か自白かを整理するとともに,裁判所が上記の引換給付判決をするためには,上記②に対して,Yから権利抗弁である同時履行の抗弁権の主張が明確にされる必要があることを指摘することが求められる。
設問2⑵では,設問2⑴で必要とされた各当事者の申立てや主張がされたという前提の下で,220万円又は180万円との引換給付判決をすることの可否が問われているが,220万円はXが主張する時価相当額(200万円)とYが主張する時価相当額(300万円)との間にあるのに対し,180万円はその間にはない(Xの主張額より更にXに有利である。)という違いに着目しつつ,申立拘束原則と弁論主義の双方の観点から検討することが求められる。申立拘束原則は,原告の意思の尊重と権利主張の権限及び責任のほか,被告の敗訴リスクの上限を画するという意義を有するところ,本件では,請求の趣旨としては単純に本件絵画の引渡しを求めるものであり,上記の引換給付判決も基本的にはXの合理的意思に反しないものと考えられるが,他方,Yの敗訴リスクの関係では,時価相当額が220万円又は180万円のいずれと判断されるかにより評価が分かれる可能性があることなどを踏まえ,事案に即して論ずる必要がある。また,弁論主義に関しては,220万円や180万円という金額自体は両当事者とも主張していないが,本件では本件絵画の時価相当額を代金額とすることにつき主張が一致しており,時価相当額の評価が分かれているにすぎないことや,220万円や180万円という金額は,Xの主張額(200万円)とかけ離れた額ともいい難いこと等を踏まえて論ずることが期待される。
設問3では,確定判決は主文に包含するものに限り既判力を有すること(民事訴訟法第114条第1項)を指摘した上で,同項所定の「主文に包含するもの」とは一般的に訴訟物と理解されていることや,設問2⑴における前訴の訴訟物の捉え方を前提にして,後訴の訴訟物(旧訴訟物理論では,本件絵画の売買契約に基づくYのXに対する200万円の代金請求権)との関係で前訴判決の既判力が及ぶか否かを論ずることが求められる。
この点について,引換給付の旨は前訴判決の主文に掲げられてはいるが,その趣旨は,双務契約における牽連性を強制執行との関係においても保障するため,債権者が反対給付又はその提供をしたことを証明したときに限り強制執行を開始することができること(民事執行法第31条第1項)を主文において明らかにする点にあり,主文に掲げられていることからストレートに既判力又はこれに準ずる効力等の拘束力が導かれるというわけではないことに留意する必要がある。
また,本問では,既判力などの制度的効力を否定する場合には,既判力以外の理由,例えば信義則などにより,Xが本件絵画の売買契約の成否及びその代金額を後訴で争えなくなるか否かについて検討することも求められる。具体的には,前訴においてXは予備的に売買契約の成立を主張していること,前訴で認定された200万円という代金額は,予備的ではあるもののX自身の主張額であること,売買契約の存否及びその代金額は引換給付判決をするために不可欠の判断対象であること,他方で,Yとしては,自らがXに対して200万円の売買代金請求権を有することにつき既判力のある判断を得たければ,前訴において反訴を提起することができたことなどの事情をどのように評価するかが一つのポイントとなろう。また,信義則の適用に際しては,前訴が本人訴訟であり第一審で判決が確定していることや,後訴に至った事情などを評価する必要の有無も,検討対象となろう。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 弁論主義と主張原則
民事訴訟においては、裁判の基礎となる資料の収集提出を当事者の権能かつ責任とする弁論主義が妥当し、その一環として、裁判所は当事者が主張しない事実を判決の基礎としてはならない(主張原則)。その趣旨は、私的紛争の解決について当事者の意思を尊重するとともに、当事者に攻撃防御の機会を保障して不意打ちを防止する点にある。
そして、主張原則の対象となるのは、権利の発生、変更、消滅という法律効果を直接基礎付ける主要事実である。間接事実や補助事実は証拠と同様の機能を有するにとどまるからである。
2 代理の主要事実
代理の効果が本人に帰属するためには、代理人が本人のためにすることを示して法律行為をしたこと(顕名及び法律行為)及びその法律行為に先立って本人が代理人に代理権を授与したこと(代理権の発生原因事実)が必要である(民法99条1項)。これらはいずれも主要事実である。
本件において、Yは答弁書で、友人Aから、Xが本件絵画の購入を望んでいると聞いて、Xに本件絵画を売却したと主張するにとどまる。これはY自身が契約を締結した旨の主張であって、AがYの代理人として契約を締結したという主張ではない。Xも代理の主張をしていない。
したがって、AがYの代理人として契約を締結したとの事実は、いずれの当事者からも主張されていない。
3 証言及び当事者の態度の評価
もっとも、Aの証人尋問において、Aは、この売買契約はAがYの代理人としてXと締結したものであると述べている。しかし、証人の証言は証拠資料であって、当事者の主張ではない。弁論主義が裁判所と当事者との間の役割分担を問題とするものである以上、証拠資料から主要事実の主張を代替することはできない。
また、期日においてAがYの代理人であったか否かについて両当事者とも問題にしなかったという事情がある。しかし、主張のない事実について争いがないという状態は生じ得ないのであって、これを自白(179条)とみることはできない。両当事者が問題にしなかったのは、むしろ代理の有無が争点として意識されていなかったことを示すにすぎず、これを判決の基礎とすればXにとって不意打ちとなる。
なお、判例には、契約の締結が当事者本人によってされたか代理人によってされたかは法律効果に変わりがないとして、当事者の主張がないにもかかわらず代理による締結を認定した原判決は弁論主義に反しないとしたものがある(最判昭33.7.8)。しかし、これは傍論であり、前記のとおり代理権授与等は主要事実であるから、これに従うことはできない。
4 結論
よって、裁判所は、AがYの代理人として契約を締結した事実を直ちに判決の基礎とすることはできない。裁判所は、釈明権を行使して(149条1項)Yに代理の主要事実を主張させた上で、これを判決の基礎とすべきである。
第2 設問2⑴
1 訴訟物
裁判所は、当事者が申し立てていない事項について判決をすることができない(246条)。したがって、いかなる判決をし得るかは訴訟物の捉え方による。
判例及び実務は旧訴訟物理論を採用し、訴訟物は実体法上の請求権ごとに別個に観念される。贈与に基づく引渡請求権と売買に基づく引渡請求権は、発生原因となる契約を異にする別個の実体法上の請求権であり、訴訟物を異にすると解する。
本件において、Xは訴状で贈与契約に基づく本件絵画の引渡しを求めている。したがって、本件の訴訟物は、贈与契約に基づく本件絵画引渡請求権である。
2 Xから必要となる申立て
前記のとおり売買に基づく引渡請求権は別個の訴訟物であるから、売買を理由に引渡しを命ずる判決をすれば、申立てのない事項について判決をすることとなり246条に反する。
そこで、Xから、売買契約に基づく本件絵画の引渡請求を予備的請求として追加的に併合する訴えの変更の申立て(143条1項)がされる必要がある。
Xが第1回口頭弁論期日にした「仮にこの取引が売買であり、本件絵画の時価相当額が代金額であるとしても、その額は200万円にすぎない」との主張は、単なる譲歩ではない。これは、主位的な贈与の主張が認められない場合に備えて、予備的に、本件絵画の時価相当額を代金額とする売買契約の成立及びその額が200万円であることを主張する趣旨のものと解される。すなわち、予備的請求の請求原因の主張としての意味を持つ。本件は訴訟代理人が選任されていない本人訴訟であるから、裁判所は釈明権を行使して、この主張を訴えの変更の申立てとして明確にさせるべきである。
訴えの変更は、請求の基礎に変更がない限り許される(143条1項)。変更前後の請求はいずれも同一の本件絵画の引渡しを求めるものであり、同一の念書を中心とする取引の性質が共通の争点であって、従来の訴訟資料をそのまま利用できる。したがって請求の基礎に変更はなく、著しく訴訟手続を遅滞させることもない。
なお、同時履行の抗弁(民法533条)は、権利抗弁であって被告から主張されることを要する。したがって、Xの予備的請求に「200万円の支払を受けるのと引換えに」という限定を付す必要はなく、単純に売買契約に基づく本件絵画の引渡しを求めるものとすればよい。
3 Yの主張の位置付け
Yの「本件絵画をXに時価相当額で売却し、その額は300万円である」との主張は、次のように整理される。
まず、主位的請求原因である贈与契約の締結との関係では、これを否認する趣旨である。Yは贈与などしていないと述べている。
次に、予備的請求原因との関係では、本件絵画の時価相当額を代金額とする売買契約が締結されたことを認めるものであり、この点は自白(179条)に当たる。もっとも、Yは時価相当額が300万円であるとしてXの主張する200万円を争っている。
4 Yから必要となる主張
Yの主張は、予備的請求原因を認めるものであるから、これだけでは売買契約に基づく引渡請求は無条件に認容されることになる。
引換給付判決をするためには、Yから同時履行の抗弁の主張が必要である。同時履行の抗弁は、相手方が債務の履行を提供するまで自己の債務の履行を拒むという権利の行使を要する権利抗弁であり、要件事実が審理に現れていても、当事者の権利主張がない限り裁判所がこれを考慮することはできない。
Yは、Xが代金を支払うつもりはないと言ってきたので本件絵画の引渡しを拒んだと述べているにとどまり、同時履行の抗弁を明示的に主張しているとはいえない。裁判所は釈明権を行使して、Yに代金200万円の支払を受けるまで本件絵画の引渡しを拒むとの同時履行の抗弁を明確に主張させる必要がある。
5 結論
以上のとおり、Xから売買契約に基づく引渡請求を予備的に追加する訴えの変更の申立てがされ、Yから同時履行の抗弁の主張がされれば、裁判所は、主位的請求を棄却し、予備的請求について「Yは、Xから200万円の支払を受けるのと引換えに、Xに対し、本件絵画を引き渡せ。」との判決をすることができる。
第3 設問2⑵
1 検討の視点
246条の趣旨は、①原告の意思を尊重し、審判の対象の設定を原告の権限及び責任に委ねることと、②被告の敗訴のリスクの上限を画し不意打ちを防止することにある。一部認容判決は、これらの趣旨に反しない限り許される。引換給付判決も、無条件の引渡請求に対して反対給付を条件として引渡しを命ずるものであるから、一部認容判決である。
また、弁論主義の観点から、当事者の主張しない事実を判決の基礎としていないかも検討を要する。
2 時価相当額が220万円と評価される場合
まず弁論主義の観点をみると、220万円という金額自体はいずれの当事者も主張していない。しかし、本件では、本件絵画の時価相当額を代金額とする旨の合意があったことについて当事者双方の主張が一致している。主要事実は時価相当額を代金額とする合意の成立であり、その時価相当額が具体的に幾らであるかは、証拠に基づく評価の問題である。したがって、裁判所が時価相当額を220万円と評価することは弁論主義に反しない。
次に246条の観点をみる。Xの請求の趣旨は単純に本件絵画の引渡しを求めるものであり、Xは代金を支払ってでも本件絵画の引渡しを受けることを求めている。220万円はXの主張額200万円を上回るが、Xの合理的意思に反するものではない。
Yの側については、Yは時価相当額が300万円であると主張して、300万円の支払を受けるのと引換えでなければ引き渡さないという立場に立つ。Yにとっての最大の敗訴リスクは、Xの主張額である200万円と引換えに引渡しを命じられることであり、220万円との引換給付判決はこれより有利である。したがって、Yの敗訴リスクの上限を超えるものではなく、不意打ちにもならない。
よって、「Yは、Xから220万円の支払を受けるのと引換えに、Xに対し、本件絵画を引き渡せ。」との判決をすることができる。
3 時価相当額が180万円と評価される場合
これに対し、180万円は、Xの主張額200万円とYの主張額300万円の間にはなく、Xの主張額よりも更にXに有利な額である。
246条の趣旨のうち原告の意思の尊重という点からみると、Xは自ら予備的請求原因として代金額が200万円であると主張しており、200万円を支払う意思を表明している。それにもかかわらず180万円と引換えに引渡しを命ずることは、Xが自ら設定した請求の範囲を超えてXに有利な判決をするものであって、Xの申立てに拘束されないことになる。
また、被告の敗訴リスクの上限という点からみると、Yにとって最も不利な結果はXの主張額200万円と引換えに引渡しを命じられることである。180万円との引換給付判決はこれを超えてYに不利益を課すものであり、Yに対する不意打ちとなる。Yは、X自身が200万円と主張している以上、それより低い額が認定されることを想定して防御する必要がないからである。
さらに弁論主義の観点からも、X自身が200万円と主張していることからすれば、時価相当額が180万円であるという評価は当事者双方の主張の範囲を超えるものといえる。
よって、180万円との引換給付判決をすることはできない。この場合、裁判所は、Xの主張額である200万円を限度として、「Yは、Xから200万円の支払を受けるのと引換えに、Xに対し、本件絵画を引き渡せ。」との判決をすべきである。
第4 設問3
1 既判力の客観的範囲
確定判決は、主文に包含するものに限り既判力を有する(114条1項)。そして、主文に包含するものとは訴訟物たる権利関係の存否の判断をいい、判決理由中の判断には原則として既判力は生じない。その趣旨は、当事者が審判の対象として設定した訴訟物についてのみ拘束力を認めることにより、当事者の予測可能性を確保する点にある。
前訴の訴訟物は、設問2⑴で述べたとおり、主位的には贈与契約に基づく本件絵画引渡請求権、予備的には売買契約に基づく本件絵画引渡請求権である。これに対し、後訴の訴訟物は、売買契約に基づくYのXに対する200万円の代金請求権である。両者は訴訟物を異にする。
そして、売買契約が成立したこと及びその代金額が200万円であることは、前訴において予備的請求を認容するための理由中の判断にすぎない。したがって、これらについて既判力は生じない。
2 引換給付の主文の趣旨
前訴判決の主文には「Xから200万円の支払を受けるのと引換えに」という引換給付の旨が掲げられている。そこで、これにより代金請求権の存在について既判力が生ずるのではないかが問題となる。
しかし、引換給付の旨が主文に掲げられる趣旨は、双務契約における両債務の牽連性を強制執行の段階においても保障するため、債権者が反対給付又はその提供をしたことを証明したときに限り強制執行を開始することができること(民事執行法31条1項)を主文において明らかにする点にある。すなわち、引換給付の記載は執行開始の要件を示すものであって、反対給付請求権そのものを審判の対象として確定するものではない。
また、同時履行の抗弁は、相殺の抗弁について既判力を認める114条2項のような特別の規定を有しない。同条2項が例外的に抗弁について既判力を認めたのは、相殺が自働債権の消滅という実体的効果を伴うからであり、同時履行の抗弁にこれを及ぼすことはできない。
したがって、主文に引換給付の旨が掲げられていることから直ちに既判力又はこれに準ずる拘束力が導かれるものではない。
3 信義則による遮断
そこで、既判力以外の根拠により、Xが売買契約の成否及び代金額を後訴で争えなくなるかを検討する。
当事者は信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない(2条)。前訴の確定判決の既判力が及ばない場合であっても、後訴における主張が実質的に前訴で認められなかった主張の蒸し返しであり、相手方の合理的期待に反して二重の応訴の負担を強いるものであるときは、信義則に反して許されないと解すべきである。
本件では、第一に、Xは前訴において自ら予備的に売買契約の成立を主張しており、後訴で贈与契約が成立したと主張することは、自らの前訴における主張と正面から矛盾する。第二に、前訴で認定された200万円という代金額は、予備的ではあるもののX自身が主張した額である。第三に、売買契約の存否及びその代金額は、引換給付判決をするために不可欠の判断対象であり、前訴において主要な争点として証人尋問及び当事者尋問を経て審理されている。第四に、Xが後訴で援用しようとするBの証言及び古物商の評価は、前訴の段階でも提出することのできた証拠であって、前訴の口頭弁論終結後に生じた新たな事由ではない。Xが後訴で主張を翻したのは、経営状態の悪化により本件絵画を手に入れることに熱意をなくしたという事情によるものにすぎない。
確かに、前訴は訴訟代理人の選任されていない本人訴訟であり、第一審で判決が確定している。しかし、Xは自ら念書を提出し、第1回口頭弁論期日には予備的主張をし、当事者尋問も受けているのであって、売買契約の成否及び代金額について攻撃防御を尽くす機会を与えられていた。手続保障に欠けるところはない。
また、Yは、自らが200万円の代金請求権を有することについて既判力ある判断を得たければ、前訴において反訴を提起することができた(146条1項)。これをしなかったYは、代金請求権について債務名義を得られないという不利益を自ら引き受けたものである。しかし、このことは、前記のとおり既判力による制度的効力を否定する根拠となるにとどまり、Xが自らの前訴における主張を翻して紛争を蒸し返すことを正当化するものではない。
4 結論
よって、Xが後訴において贈与契約の成立を主張し、又は代金額が150万円であると主張することは、信義則に反して許されない。裁判所は、後訴においてXY間の本件絵画の売買契約の成否及びその代金額に関して改めて審理及び判断をすることはできず、前訴判決に沿って請求を認容する判決をすべきである。
以上