司法試験 平成27年 民事訴訟法
問題文
[民事系科目]〔第3問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,4:3:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
【事 例】X(注文主)は,Y(請負人)との間で,自宅(一戸建て住宅)をバリアフリーとするため,リフォーム工事を内容とする請負契約を,代金総額600万円,頭金を契約時に300万円支払い,残代金は工事完了引渡後1か月以内に支払う約定で締結した。
Xは,工事を完了したYから工事箇所の引渡しを受けたが,Yの工事に瑕疵が存すると主張して,残代金300万円の支払を拒否した。
その後,XY間で交渉したが,解決には至らなかった。
そのため,Xは,Yに対し,瑕疵修補に代わる損害賠償として300万円を請求する訴え(本訴)を提起した。
これを受けて,Yは,Xに対し,未払の請負残代金である300万円の支払を請求する反訴を提起した。
以下は,弁論準備手続期日の終了後に,Yの訴訟代理人弁護士L1と司法修習生P1との間でされた会話である。
L1:今回の裁判については,争点整理もかなり進行していますが,P1さん,現時点で裁判所はどんな心証を持っていると感じていますか。
P1:裁判所にどうも瑕疵の存在を認めるような気配があることが気掛かりです。でも,残代金が未払であることはXも認めていますから,反訴も認容されるので,まあ仕方ないのではないでしょうか。
L1:XとYとがそれぞれ債務名義を取得するのは,面倒なことになりませんか。もっと簡便で有効な対応策はありませんか。
P1:すみませんでした。そう言われれば,本訴請求債権が存在すると判断される場合に備えて,反訴で請求している債権を自働債権とし,本訴請求債権を受働債権とする訴訟上の相殺の抗弁を提出しておくことが考えられます。ただ,既にその債権について反訴が係属している以上,相殺の抗弁を提出すると,それに民事訴訟法第142条の法理が妥当するのではないかという疑いがあります。
L1:そうですね。関係する判例(最高裁判所平成3年12月17日第三小法廷判決・民集45巻9号1435頁。以下「平成3年判決」という。)の事案と判旨を教えてください。
P1:平成3年判決の事案は,被告が別訴の第一審で一部認容され,現在控訴審で審理されている売買代金支払請求権を自働債権として本訴請求債権と対当額において相殺する旨の抗弁を本訴の控訴審で提出した,というものです。判旨は,次のとおりです。
(判旨)
「係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないと解するのが相当である。すなわち,民訴法231条(現142条)が重複起訴を禁止する理由は,審理の重複による無駄を避けるためと複数の判決において互いに矛盾した既判力ある判断がされるのを防止するためであるが,相殺の抗弁が提出された自働債権の存在又は不存在の判断が相殺をもって対抗した額について既判力を有するとされていること(同法199条2項:現114条2項),相殺の抗弁の場合にも自働債権の存否について矛盾する判決が生じ法的安定性を害しないようにする必要があるけれども理論上も実際上もこれを防止することが困難であること,等の点を考えると,同法231条の趣旨は,同一債権について重複して訴えが係属した場合のみならず,既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出する場合にも同様に妥当する(以下省略)。」
L1:本件では,初めから本訴と反訴は併合審理されているのだから,平成3年判決の趣旨は当てはまらないのではないでしょうか。
P1:平成3年判決の事案では,本訴,別訴とも控訴審で併合審理されており,その段階で相殺の抗弁が提出されたのですが,平成3年判決は,相殺の抗弁に民事訴訟法第142条の法理が妥当することは,「右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され,両事件が併合審理された場合についても同様である。」と判示しています。
L1:そうでしたか。平成3年判決は,弁論が併合されている場合にも当てはまるのですね。
そうすると,反訴請求を維持しつつ同一債権を相殺の抗弁に供したいという我々の希望を実現するためには,この判例との抵触を避ける必要がありますが,何かヒントとなる判例はありませんか。
P1:最高裁判所平成18年4月14日第二小法廷判決・民集60巻4号1497頁(以下「平成18年判決」という。)は,本訴被告(反訴原告)が反訴請求債権を自働債権として本訴請求債権と相殺する旨の抗弁を提出したという事案で,そのような場合は訴え変更の手続を要することなく,反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示された場合にはその部分については反訴請求としない趣旨の予備的反訴として扱われる以上,相殺の抗弁と反訴請求とが重なる部分については既判力の矛盾抵触が生じない旨判示しています。
L1:予備的反訴として扱われると,なぜ既判力の矛盾抵触が生じないことになるのでしょうか。また,平成3年判決は,相殺による簡易,迅速かつ確実な債権回収への期待と,相殺に供した債権について債務名義を得るという2つの利益を自働債権の債権者である被告が享受することは許されないとする趣旨だと思いますが,平成18年判決は,その点について,どのように考えているのでしょうか。
P1:実は,勉強不足で,それらの点がよく理解できないのです。
L1:判例を丸暗記するだけでは,良い法曹にはなれませんよ。では,良い機会ですから,平成3年判決の趣旨に照らし,本件において反訴請求債権を自働債権として本訴請求債権と相殺する旨の抗弁を適法と解しても,平成3年判決と抵触しない理由をまとめてください。検討に当たっては,一旦提起された反訴が予備的反訴として扱われると,第一に,なぜ既判力の矛盾抵触が生じないことになるのか,第二に,反訴原告は,相殺による簡易,迅速かつ確実な債権回収への期待と,相殺に供した自働債権について債務名義を得るという2つの利益を享受することにはならないのはなぜか,を論じてください。さらに,これは平成18年判決についての疑問ですが,第三に,訴え変更の手続を要せずに予備的反訴として扱われることが処分権主義に反しない理由はどのように説明したらよいか,また,訴え変更の手続を要せずに予備的反訴とされると反訴請求について本案判決を得られなくなる可能性がありますが,それでも反訴被告(本訴原告)の利益を害することにならないのはなぜか,を論じてください。 もちろん, 第三の点は, 我々の立場を積極的に理由付けることには役立ちませんが,平成18年判決を理解する上で確認しておく必要があります。
〔設問1〕あなたが司法修習生P1であるとして,L1が指摘した問題点を踏まえつつ,L1から与えられた課題に答えなさい。
なお, 設問の解答に当たっては, 遅延損害金及び相殺の要件については, 考慮しなくてよい (設問2及び設問3についても同じ。)。
以下は,第一審判決の言渡し後に,担当裁判官Jと司法修習生P2との間でされた会話である。
J:この前,訴訟記録を見てもらい,意見交換をしたXY間の損害賠償請求訴訟ですが,その時に述べたように,XのYに対する損害賠償請求権は認められるが,YのXに対する請負代金請求権も認められるということで,本訴におけるYの相殺の抗弁を認めた上で,受働債権と自働債権の額が同額だったので本訴請求を棄却するという判決をしました。控訴もなく確定しましたが,せっかくですから,ここで,控訴審について,少し勉強することにしましょう。Xが控訴した場合,その控訴について何か問題はありますか。
P2:Xの控訴自体は,自らの請求が棄却されているのですから,不服の利益もあると思うので,特に問題はないと思います。
J:確かに,Xの控訴自体は問題なさそうですね。それでは,仮に,控訴審が審理の結果,そもそもXが主張するような瑕疵はなく,Xの本訴請求債権である損害賠償請求権がないとの心証を得た場合,控訴審はどのような判決をすべきでしょうか。
P2:理由の重要な部分について,原審と控訴審とで判断が異なっているわけですから,控訴審としては,控訴を棄却するのではなく,第一審判決を取り消して,改めて請求を棄却すべきではないかと考えます。
J:では,控訴審はどのような判決をすべきかについて,あなたの言う第一審判決取消し・請求棄却という結論の控訴審判決が確定した場合と,相殺の抗弁を認めて請求を棄却した第一審判決が控訴棄却によりそのまま確定した場合とを比較して検討してください。
〔設問2〕あなたが司法修習生P2であるとして,Jから与えられた課題に答えなさい。
なお,Yによる控訴及び附帯控訴の可能性については考えなくてよい。また,Yが控訴又は附帯控訴をしない場合には,Xの本訴請求債権は控訴審の審判対象とならないとの見解もあるが,ここでは,Xの本訴請求債権の存否が控訴審の審判対象となるとの前提に立って検討しなさい。
以下は,第一審判決の確定後に,Xの訴訟代理人弁護士L2と司法修習生P3との間でされた会話である。
L2:本件では,いろいろと努力をした結果,Xの損害賠償請求権は認められたのですが,一方で,Yの相殺の抗弁も認められて,Xの本訴請求は棄却されました。Yも控訴することなく, 第一審判決が確定したので, ほっとしていたところでしたが, 先ほどXから連絡があり,Yが不当利得の返還を求める文書を送付してきたというのです。
P3:Yの言い分は,どのようなものでしょうか。
L2:Yは,弁護士に相談していないようで,あまり法律的でない内容の文書だったのですが,これを私なりにまとめ直してみました。
(Yの言い分)
① XのYに対する損害賠償請求権は,工事に瑕疵がないので,そもそも存在していなかった。
② それなのに,裁判所は,XのYに対する損害賠償請求権を認めた。
③ 請負代金請求権に対立する債権は存在していなかったのだから,相殺の要件を欠いている。
④ そこで,YとしてはXに対し請負代金の請求をしたいが,それは既判力によって制限されている。
⑤ したがって,Xは,請負代金請求を受けないことによって利益を受けており,一方,Yは,請負代金を請求できないことにより損失を被っているので,不当利得返還請求をする。
P3:仮に,Yが訴えを提起した場合,我々はどのように対応したらいいのでしょうか。
L2:本訴の判決は確定しているので,Yの主張は,本訴の確定判決の既判力によって認められないという反論を考えてみましょう。まず,仮に,YがXに対し請負代金請求訴訟を提起したとしたらどうでしょうか。
P3:この場合,Yは,本訴で相殺の抗弁として主張した請負代金請求権と同じ権利を主張していることになります。そうすると,民事訴訟法第114条第2項により,請負代金請求権が存在するとの主張が既判力によって遮断されることは,Yの言い分のとおりだと思います。
L2:そうなりそうですね。では,本件はどうですか。
P3:Yは,不当利得返還請求権という請負代金請求権とは別の訴訟物を立てているので,既判力は作用しないと思います。しかし,本件でYが主張している内容は,本訴で争いになった損害賠償請求権は存在しないということを理由としており,明らかにおかしいので,信義則を使うことができるのではないでしょうか。
L2:いきなり一般条項に頼るのではなく,民事訴訟法第114条第2項の既判力で解決することができないかを,よく考えてみるべきではないですか。
P3:すみません。法科大学院の授業で,民事訴訟法第114条第2項の解釈として,相殺の時点において,受働債権と自働債権の双方が存在し,それらが相殺により消滅した,という内容の既判力が生じると解する説を聞いたことがあります。この説によれば,同項の既判力により,Yの主張が遮断されることを容易に説明することができます。
L2:確かに,その説によれば,YがXに不当利得返還請求をしても,相殺の時点で損害賠償請求権が存在していたことに既判力が生じている以上,利得に法律上の原因がないと主張することができない,と言いやすいですね。しかし,債権が消滅した理由についての判断にも既判力が生じるというのは,既判力の一般的な考え方にそぐわないと言われており,この説は現在の学説上は支持を失っているので,これに依拠して立論するわけにはいきません。民事訴訟法第114条第2項をその説のように理解しなくても,同項によりYの請求が認められないことを説明できないか検討すべきです。その前提として,今一度,Yの言い分を不当利得返還請求権の要件に当てはめて整理した上で,それに対する既判力の作用を検討してください。
P3:分かりました。難しいですがやってみます。
〔設問3〕あなたが司法修習生P3であるとして,L2から与えられた課題について検討した上,Yの請求が既判力によって認められないことを説明しなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第3問〕本問は,リフォーム工事を内容とする請負契約に係る瑕疵修補に代わる損害賠償請求事件(本訴)を基本的な題材として,反訴で訴求されている債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴において提出することの適法性(〔設問1〕),相殺の抗弁を認めた第一審判決に対する控訴と不利益変更禁止の原則との関係(〔設問2〕),民事訴訟法第114条第2項が規定する既判力の内容とその具体的な作用の仕方(〔設問3〕)について検討することを求めている。
これらの課題に含まれる論点には基礎的なものが含まれており,それだけに,受験者には,その基礎的な論点に係る正確な知識をもとにして,問題文に示された事実関係及び関連判例を踏まえ,結論を導き出す論述を行うことが期待されている。
〔設問1〕は,XがYに対して提起した上記損害賠償請求事件(本訴)でYがXに対して反訴を提起した場合において,反訴で訴求されている債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴において提出することの適法性を検討することを求めている。その検討に当たっては,重複起訴を禁止する民事訴訟法第142条の趣旨は,別訴で訴求されている債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴において提出する場合にも妥当する,とした判例(最高裁判所平成3年12月17日第三小法廷判決・民集45巻9号1435頁。以下「平成3年判決」という。 )と,反訴で訴求されている債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴において提出する場合には重複起訴の問題は生じない,とした判例(最高裁判所平成18年4月14日第二小法廷判決・民集60巻4号1497頁。以下「平成18年判決」という。)との相互関係を正しく理解していることが必要である。
より具体的にいうと,第一に,反訴で訴求されている債権を自働債権とする相殺の抗弁を本訴において提出すると,訴えの変更の手続を経由せずに,既に提起されていた反訴が予備的反訴として扱われる,というのが平成18年判決の考え方であるが,平成3年判決は,重複起訴の禁止を定める民事訴訟法第142条の趣旨を類推する主な根拠を,たとえ本訴と別訴とが併合審理されていてもなお既判力の矛盾抵触のおそれがあることに求めているところ,平成18年判決のように考えるとなぜそのおそれが生じないこととなるのかについて説明することが求められている。第二に,平成3年判決は,相殺の担保的機能という利益と反対債権について債務名義を取得するという利益とを二重に享受することは許さないとする趣旨と解されるが,平成18年判決の考え方ではなぜ二重の利益を享受する結果にならないのかについて,説明することが求められている。
〔設問2〕は,XがYに対して提起した上記損害賠償請求事件(本訴)において提出された相殺の抗弁を認めて本訴請求を棄却した第一審判決に対し,Xのみが控訴した場合において,控訴審における審理の結果,本訴の訴求債権の不存在が明らかとなったとき,控訴審が第一審判決を取り消し,上記訴求債権の不存在を理由として改めて請求棄却の判決をすることが許されるかどうかを問うものである。より具体的にいうと,控訴審が第一審判決を取り消し請求棄却の判決をすることが,控訴したXにとって原判決の不利益変更となるか,なると考える場合のその理由について,説明を求めるものである。上記第一審判決が確定すると,本訴の訴求債権の不存在の判断 (民事訴訟法第114条第1項) 及び反対債権の不存在の判断 (同条第2項)
の双方に既判力が生じるが,第一審判決を取り消し,訴求債権の不存在を理由として請求を棄却した判決が確定すると,反対債権の不存在という,Xに有利に作用する既判力が生じないこととなる。こうした理由から控訴棄却にとどめるべきであるとするのが,判例(最高裁判所昭和61年9月4日第一小法廷判決・判例時報1215号47頁)の考え方であるが,本問では,この二つの判決が確定したと仮定した場合に生ずる既判力の内容の相違に注目して,不利益変更禁止の原則に抵触するかどうかを説明することが求められている。
〔設問3〕は,XがYに対して提起した上記損害賠償請求事件に係る第一審判決(その内容は,Yの相殺の抗弁が認められ,Xの本訴請求が棄却されたというもの)が確定した後に,新たに,Yが不当利得の返還を求める文書を送付してきたという事案を題材に,当該第一審判決の既判力の作用について具体的に説明することを求めるものである。また,本問は,問題文におけるL2の発言(問題文5頁19行目から27行目のもの)において具体的に示唆するとおり,民事訴訟法第114条第2項が規定する既判力の内容は,基準時における反対債権の不存在の判断であるとの考え方に依拠したとしても,相殺の抗弁が認められて勝訴したYが,訴求債権は本来存在しなかったから相殺はその効力を生じていないとの理由に基づき,反対債権の金額に相当する不当利得の返還を請求した場合,その既判力によって棄却することが可能であることを説明することを求めている。より具体的にいうと,不当利得返還請求権の要件,すなわち利得,損失,両者の因果関係及び利得に法律上の原因がないことのうち,どの要件に関する主張がその既判力と抵触するのかを,Yがその言い分において主張する事実関係に則して,受験者自らの言葉で具体的に説明することが求められている。こうした観点からは,既判力は訴訟物同一,先決関係又は矛盾関係において作用するところ,不当利得返還請求権の主張は反対債権の不存在の判断と矛盾関係にあるから,確定した第一審判決の既判力に抵触する,と述べるにとどまる答案は,本問の題意を的確に捉えたものとは評価し難い。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 問題の所在
Yは、未払請負残代金300万円の支払を求める反訴を提起しており、同債権を自働債権として本訴請求債権である瑕疵修補に代わる損害賠償請求権と相殺する旨の抗弁を提出しようとしている。
重複起訴の禁止(142条)の趣旨は、①審理の重複による訴訟経済上の無駄を避けること、②被告の二重応訴の煩を避けること、③複数の判決において互いに矛盾する既判力ある判断がされることを防止することにある。
そして、相殺の抗弁が提出された場合、自働債権の存在又は不存在の判断は相殺をもって対抗した額について既判力を有する(114条2項)。そこで判例は、相殺の抗弁についても自働債権の存否について矛盾する判決が生ずるおそれがあり、理論上も実際上もこれを防止することが困難であるとして、既に係属中の別訴において訴訟物となっている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出することは142条の趣旨に照らし許されないとし、これは抗弁が控訴審の段階で初めて主張され両事件が併合審理された場合も同様であるとした(最判平3.12.17)。
したがって、単に本訴と反訴が併合審理されていることを理由に平成3年判決の射程外であるというのでは足りない。
2 予備的反訴として扱われること
判例は、本訴被告が反訴請求債権を自働債権として本訴請求債権と相殺する旨の抗弁を提出した場合、反訴は、訴えの変更の手続を要することなく、反訴請求債権につき本訴において相殺の自働債権として既判力ある判断が示されたときはその部分については反訴請求としない趣旨の予備的反訴に変更されるとし、相殺の抗弁と反訴請求とが重なる部分については既判力の矛盾抵触は生じないとした(最判平18.4.14)。
3 既判力の矛盾抵触が生じない理由
予備的反訴として扱われると、反訴請求は、本訴において相殺の自働債権としての判断が示されなかった場合にのみ審判の対象となるという条件に服する。すなわち、反訴請求は、本訴における相殺の抗弁に対する判断を解除条件とする予備的な請求となる。
そうすると、本訴において相殺の抗弁が審理され、自働債権の存否について114条2項の既判力ある判断が示された場合には、その対抗額の範囲で反訴請求は審判の対象から外れ、裁判所は反訴についてこれと重なる部分の本案判決をしない。逆に、本訴で相殺の抗弁について判断が示されなかった場合、例えば本訴請求債権が存在しないとして請求が棄却された場合には、114条2項の既判力は生じず、反訴請求について本案判決がされる。
このように、同一の債権について既判力ある判断が二重に示されることは論理的に起こり得ない。一つの手続内において、相殺の抗弁に対する判断と反訴請求に対する判断とが択一的な関係に置かれるからである。したがって、既判力の矛盾抵触のおそれは生じない。
平成3年判決が別訴の場合に矛盾抵触の防止が理論上も実際上も困難であるとしたのは、別訴は本来独立した手続であって、仮に併合審理されても、弁論の分離や一部判決によって別個に判断がされる可能性が残るからである。これに対し、反訴は本訴と同一の手続内で提起されるものであり、本訴請求と反訴請求が相殺によって牽連する以上、弁論を分離することは許されない。この点で両者は決定的に異なる。
4 二重の利益を享受しない理由
平成3年判決は、相殺による簡易、迅速かつ確実な債権回収への期待(相殺の担保的機能)と、相殺に供した債権について債務名義を得るという二つの利益を自働債権の債権者が共に享受することは許されないとする趣旨と解される。
しかし、予備的反訴として扱われる場合には、前記のとおり、反訴請求のうち相殺の抗弁と重なる部分については本案判決がされない。したがって、Yは、相殺が認められて本訴請求が棄却されるという担保的機能による利益を得る場合には、当該債権について債務名義を得ることはできない。逆に、反訴請求について請求認容判決という債務名義を得る場合には、相殺の抗弁についての判断は示されていないのであって、担保的機能による利益を得ていない。
このように、Yが享受し得る利益は常にいずれか一方に限られ、二つの利益を重複して享受する結果にはならない。
5 処分権主義に反しない理由
処分権主義は、審判の対象及び範囲の設定を当事者の意思に委ねる原則である(246条参照)。したがって、当事者の意思に反して請求の内容を変更することは許されない。
しかし、本訴被告が自ら反訴請求債権を自働債権とする相殺の抗弁を提出した場合、当該債権について相殺の担保的機能によって満足を得ようとする意思を表明したものである。そして、相殺が認められてその目的が達成される限り、重ねて同一債権について給付判決を求める必要はない。そうすると、反訴請求を予備的なものとする趣旨は、相殺の抗弁を提出した本訴被告自身の合理的意思に合致する。
むしろ、反訴請求を無条件の請求として維持すると解すれば、前記のとおり二重の利益の享受や既判力の矛盾抵触という不当な結果を招き、相殺の抗弁自体が142条の趣旨に照らし不適法とされることになる。これは当事者の意思に反する。
したがって、訴えの変更の手続を要せずに予備的反訴として扱うことは、当事者の合理的意思を汲むものであって、処分権主義に反しない。
6 反訴被告の利益を害しない理由
予備的反訴として扱われると、反訴請求について本案判決が得られない可能性が生ずる。しかし、これによって反訴被告(本訴原告)Xの利益が害されることはない。
第一に、Xは反訴の被告であり、反訴請求について本案判決を得る利益を有する立場にない。反訴請求についての本案判決がされないことは、Xにとって請求を棄却されることと同様かそれ以上に有利な結果である。
第二に、Xは、相殺の抗弁に対して自働債権の不存在を主張して争うことができ、反訴請求に対する防御と全く同一の攻撃防御を尽くすことができる。本訴と反訴は同一の手続で併合審理されるのであるから、Xの手続保障に欠けるところはない。
第三に、相殺の抗弁が認められれば、114条2項により自働債権が対抗額の範囲で存在しなかったことになり、この点はXに有利に既判力をもって確定される。Xは、後に改めてYから同一債権を請求されるおそれから解放される。
7 結論
よって、本件において、反訴請求債権を自働債権として本訴請求債権と相殺する旨の抗弁は適法であり、平成3年判決と抵触しない。P1の懸念は当たらず、Yは相殺の抗弁を提出すべきである。
第2 設問2
1 不利益変更禁止の原則
控訴裁判所は、不服申立ての範囲においてのみ第一審判決の当否を審理判断する(296条1項)。そして、控訴人のみが控訴し被控訴人が控訴も附帯控訴もしない場合には、第一審判決を控訴人に不利益に変更することはできない(304条)。これを不利益変更禁止の原則という。その趣旨は、処分権主義が上訴審においても妥当することから、当事者が申し立てていない不服について裁判することを禁じる点にある。
控訴人にとって不利益であるか否かは、控訴審判決が確定した場合と第一審判決が控訴棄却によりそのまま確定した場合とを比較し、既判力の範囲(114条1項、2項)に照らして判断すべきである。
2 二つの場合に生ずる既判力の比較
第一審判決は、本訴請求債権である損害賠償請求権の存在を認め、Yの相殺の抗弁を認めた上で、受働債権と自働債権の額が同額であったことから本訴請求を棄却したものである。
これが控訴棄却によりそのまま確定した場合、第一に、114条1項により、基準時において本訴請求債権が存在しないことについて既判力が生ずる。第二に、114条2項により、相殺をもって対抗した300万円の全額について、自働債権である請負残代金請求権が存在しないことについて既判力が生ずる。
これに対し、控訴審が、そもそもXの主張するような瑕疵はなく本訴請求債権が存在しないとの心証を得て、第一審判決を取り消し、訴求債権の不存在を理由として改めて請求を棄却した場合はどうか。この場合、本訴請求債権が存在しないことについては114条1項の既判力が生ずる。しかし、本訴請求債権が存在しないのであれば相殺の抗弁について判断する必要がないから、自働債権の存否について判断は示されず、114条2項の既判力は生じない。
3 不利益変更に当たること
以上を比較すると、いずれの場合もXは請求棄却という同一の結論を受ける点では変わらない。しかし、第一審判決がそのまま確定する場合には、Xは請負残代金請求権が存在しないという自己に有利に作用する既判力を得る。YがXに対し改めて請負残代金300万円の支払を求める訴えを提起しても、Yの主張は114条2項の既判力により遮断され、請求は棄却される。
これに対し、第一審判決を取り消して改めて請求を棄却する判決が確定する場合には、Xはこの有利な既判力を失う。Yは、後に請負残代金300万円の支払を求める訴えを提起することができ、Xはこれに応訴して瑕疵の不存在等を争わなければならず、敗訴すれば300万円の支払を命じられる。
そうすると、控訴審が第一審判決を取り消して請求棄却の判決をすることは、控訴人Xにとって第一審判決よりも不利益な変更に当たる。
4 結論
よって、控訴審は、本訴請求債権が存在しないとの心証を得たとしても、不利益変更禁止の原則(304条)により第一審判決を取り消すことはできず、控訴を棄却すべきである。判例もこれと同趣旨である(最判昭61.9.4)。
確かに、理由の重要な部分について原審と控訴審の判断が異なる以上、第一審判決を取り消すべきであるというP2の考え方にも一応の理由がある。しかし、判決理由中の判断は原則として既判力を生じないのであり、不服申立てをしていないYのために控訴人Xの地位を悪化させることは、処分権主義の上訴審における現れである不利益変更禁止の原則に反して許されない。
第3 設問3
1 Yの言い分の整理
不当利得返還請求権(民法703条)の要件は、①受益者の利得、②損失者の損失、③両者の因果関係、及び④利得に法律上の原因がないことである。
Yの言い分をこれに即して整理する。Yは、Xが請負代金の請求を受けないという利益を受けていること(①)、Yが請負代金を請求できないという損失を被っていること(②)、両者が同一の原因から生じていること(③)を主張する。
そして④については、Yは、XのYに対する損害賠償請求権はそもそも存在していなかったのであるから、請負代金請求権に対立する債権が存在せず相殺の要件を欠いており、したがって請負代金請求権は消滅していなかったが、既判力によってその請求が制限される結果、Xは法律上の原因なく利得している、と主張するものである。
すなわち、Yの主張する④の内容は、相殺が効力を生じておらず、基準時において請負残代金請求権が消滅せずに存在していた、ということに帰着する。
2 既判力の内容と作用
第一審判決は確定しており、その既判力は当事者であるX及びYに及ぶ(115条1項1号)。
そして、同判決はYの相殺の抗弁を認めて本訴請求を棄却したものであるから、114条2項により、相殺をもって対抗した300万円の全額について、基準時における自働債権すなわち請負残代金請求権の不存在の判断について既判力が生ずる。
ここで、同項の既判力の内容を、相殺の時点で受働債権と自働債権の双方が存在しそれらが相殺により消滅したという内容のものと解すれば、Yの主張の遮断は容易に説明できる。しかし、債権が消滅した理由についての判断に既判力を認めることは、既判力は主文に包含するものに限り生ずるという一般的な理解にそぐわない。そこで、同項の既判力の内容は、基準時における自働債権の不存在の判断に限られると解する。
3 Yの主張の遮断
前記のとおり、Yの主張する④の内容は、基準時において請負残代金請求権が存在していたということである。相殺が効力を生じていないからこそ請負代金を請求し得たはずであり、それが既判力により妨げられているという論理をとる以上、Yの主張は、請負残代金請求権が基準時に存在していたことを不可欠の前提とする。
ところが、これは、基準時において請負残代金請求権が存在しないという確定判決の114条2項の既判力ある判断と正面から矛盾する。
したがって、Yは、基準時において請負残代金請求権が存在していたと主張することができず、裁判所もこれに反する認定をすることができない。既判力の消極的作用により、Yの④の主張は排斥される。
4 結論
そうすると、基準時において請負残代金請求権が存在しなかったことが既判力をもって確定されている以上、YはXに対し請負代金を請求し得る地位にはなかったのであり、Xが請負代金の請求を受けないことは法律上の原因に基づくものである。すなわち、不当利得返還請求権の要件のうち④の要件を基礎付ける主張が既判力によって遮断される。
同時に、YがXに対して請求し得る請負代金債権がもともと存在しないのであるから、Yに損失が生じたともいえず、②の要件についても同様である。
よって、Yの不当利得返還請求は、確定した第一審判決の既判力により認められない。信義則という一般条項に依拠する必要はない。
以上