司法試験 平成26年 民事訴訟法
問題文
[民事系科目]〔第3問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,4:2:4〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
【事例】Xは, 横断歩道を歩行中, 車道を直進してきたAの運転する車両に衝突されそうになったので,Aの運転態度を注意したところ,激高し降車してきたAにいきなり突き飛ばされた。路上に背中から倒れ込んだXは,路面に頭を打ち付けて意識を失い,救急車で病院に搬送された。幸い頭部には目立った外傷もなく,その他の異状も認められなかったが,腰部及び頸部の脊椎を痛めたため,検査等の目的で2日間入院した後,腰椎及び頸椎に受けた傷害の治療のため,約半年間通院して加療を受けた。上記車両は,運送業を営むB株式会社(以下「B社」という。)の所有する車両であり,Aは,配送業務を実施中であった。
Xは,上記の通院治療が終了した後に,A及び同人を雇用するB社に対し,上記傷害に関して,治療費や交通費などの実費のほか,入通院による休業損害及び傷害慰謝料を請求したものの,いずれからも誠意ある対応はなかった。Xから相談を受けた弁護士L1は,この事件を受任し,損害賠償金の支払を求める内容証明郵便をA及びB社に送付したところ,Aからは返事がなく,B社からは,従業員の起こした暴力事件のことであり会社としては関知しない旨の書面が返送されてきた。そこで,L1は,A及びB社を被告とし,上記の損害に係る賠償金に弁護士費用を加えた合計330万円を連帯して支払うよう求める訴えを提起することとした。
B社に対する訴えについては,L1が同社の登記事項証明書を入手した上,代表取締役として登記されていたCを代表者と記載した訴状を裁判所に提出したところ,訴状副本及び第1回口頭弁論期日への呼出状等がB社の本店所在地の住所に宛てて送達され,同社の従業員がこれらを受領した旨の送達報告書が裁判所に送付された。
第1回口頭弁論期日において,Aは,口頭で請求棄却を求める答弁をし,その余は弁護士を頼んでから対応したい旨を述べ,一方,B社の代表者として出頭したCは,Aの暴行はB社の業務とは無関係に行われたものであると答弁しつつ,道義的責任は感じるので和解による解決を希望する旨を述べたことから,裁判所は和解を勧試した。
その後,Aは弁護士L2に事件を依頼し,L2はAの訴訟代理人となった。その際,Aは,本件の内容を詳しく説明するほか,第1回口頭弁論期日に裁判所が和解を勧試するに至った経緯を説明し,和解のため指定された次回期日までに原告及び被告らがそれぞれ和解条件について検討してくるよう指示されたことを報告した。
和解期日において,X及びL1,L2並びにCが出頭し,XとA及びB社との間で訴訟上の和解が成立し,次のとおりの条項が調書に記載された。
(和解条項)
1 被告Aは,本件における傷害行為について深く反省し,原告に対し,心から謝罪の意を表し,今後二度と本件のような事件を起こさないことを誓約する。
2 被告らは,原告に対し,損害賠償債務として150万円を連帯して支払う義務があることを認める。
3 被告らは,原告に対し,連帯して,前項の金員を,平成〇〇年〇月〇日限り,〇〇銀行〇〇支店の原告名義の普通預金口座(口座番号〇〇〇〇〇〇〇)に振り込む方法で支払う。
4 原告はその余の請求をいずれも放棄する。
5 原告及び被告らは,原告と被告らとの間には,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務のないことを相互に確認する。
6 訴訟費用は各自の負担とする。
以下は,Xの訴訟代理人である弁護士L1と司法修習生Pとの間でされた会話である。
L1:P君にも検討してもらったXさんの事件ですが,被告であるA及びB社との間で成立した訴訟上の和解について,賠償金の支払期日を前にしてB社から代表取締役D名義の書面が送付されてきました。
それによれば,B社の内部には紛争があったようで,Cは訴状が送達される1年近く前に解任されていて代表者の地位になく,したがって,Cを代表者として成立した訴訟上の和解はB社に対して効力を有しないとのことです。書面に添付されていた同社の登記事項証明書を見ると,確かにCはDが主張する時期に解任され,その同じ日にDが新しい代表者として選定されて就任したようですが,ただこうした解任と就任の登記がされたのは和解が成立した期日の数週間後になっています。 このように代表者に異動があったにもかかわらず, なぜ,登記がされないまま放置され,それが今になって登記されたのか,そもそもB社にどのような内紛があったのか,真の代表者は誰なのか,その経緯は我々には分かりません。しかし,いずれにしても早急に対応を考えなければなりません。仮にDの主張することが事実だとすると,訴訟上の和解の効力はB社には及ばないと言わざるを得ないでしょうか。
P:先生, 最高裁判所昭和45年12月15日第三小法廷判決 (民集24巻13号2072頁)
があります。
L1:どのような事案においてどのような判示をした判例ですか。
P:はい。やはり登記上代表取締役であったが実際には代表取締役ではなかった者を被告会社の代表者として提起された訴えについて,請求を認容した第一審の本案判決を取り消し,訴状の送達からやり直すべし,として事件を第一審に差し戻したものです。
一般論としては,「民法一〇九条および商法二六二条の規定は,いずれも取引の相手方を保護し,取引の安全を図るために設けられた規定であるから,取引行為と異なる訴訟手続において会社を代表する権限を有する者を定めるにあたつては適用されないものと解するを相当とする。この理は,同様に取引の相手方保護を図った規定である商法四二条一項が,その本文において表見支配人のした取引行為について一定の効果を認めながらも,その但書において表見支配人のした訴訟上の行為について右本文の規定の適用を除外していることから考えても明らかである。」と述べています。訴訟手続において会社の代表者を定めるに当たって表見法理の適用はないという判例法理があるということになりそうです。
この判例法理の当否については議論があり,判旨が言及している点のほか,代表権の存否は職権調査事項であり,その欠缺は絶対的上告理由・再審事由であることや,手続の安定などが問題にされていたと思います。
L1:確かにこの判例の一般論については議論があるところですが,ここでは訴訟上の和解に表見法理を適用することの可否に絞って考えることにしましょう。本件のように訴訟上の和解が成立した事案においては, 民法や商法の表見法理を適用することを否定する理由として,判旨が挙げるような取引行為と訴訟手続の違いや,P君が言うような手続の不安定を招くといった点を持ち出すことに果たして説得力があるかということを踏まえ,本件和解の訴訟法上の効力を維持する方向で立論してみてください。
P:訴訟上の和解には,私法上の契約とそれを裁判所に対して陳述するという両面がありますから,仮に訴訟行為としての和解の効力が否定されるとして,では私法上何の効果も生じないことになるのか,といった辺りも考えてみる必要がありそうです。
L1:頼もしいですね。それでは,和解が無効だとするDの主張を退け,無事に和解の履行期限を迎えられるよう,我々の側として用意できる法律論をまとめてみてください。実体法上の表見法理のうちどの条文の適用を主張すべきか,という問題もありますが,そこはひとまずおいて,まずは訴訟法の問題について検討してください。よろしくお願いします。
〔設問1〕あなたが司法修習生Pであるとして,弁護士L1から与えられた課題に答えなさい。
なお,引用した判決文中の 「商法二六二条」は現行会社法の第354条に相当する規定であり,「商法四二条」は現行商法の第24条に相当する規定であり,その内容は次のとおりである。
「第四十二条 本店又ハ支店ノ営業ノ主任者タルコトヲ示スベキ名称ヲ附シタル使用人ハ之ヲ其ノ本店又ハ支店ノ支配人ト同一ノ権限ヲ有スルモノト看做ス但シ裁判上ノ行為ニ付テハ此ノ限ニ在ラズ
② 前項ノ規定ハ相手方ガ悪意ナリシ場合ニハ之ヲ適用セズ」
以下は,後日,L1とPとの間でされた会話である。
L1:例の事件ですが,和解無効を主張するDに対して私の進めてきた説得がなんとかうまく運び,ようやくDも折れ,改めて賠償金の支払を約束してくれ,安堵していたところ,今度は,被告のA本人から書面で申入れがありました。
そこに書かれた内容を法律的に整理してみると,Aが訴訟代理人のL2弁護士に与えた訴訟代理権の範囲には,和解条項第1項にあるように「被告Aは,本件における傷害行為について深く反省し,原告に対し,心から謝罪の意を表し,今後二度と本件のような事件を起こさないことを誓約する。」という謝罪や誓約の文言を設けることまでは含まれておらず,これはL2弁護士が和解期日当日に出頭していなかったAに無断でしたことなので,この条項は無権代理として無効であり,和解全体も無効となるというのです。
P:先生,和解条項第1項が設けられた経過はどのようなものだったのですか。
L1:和解が成立した期日には,私のほかにXさんも出頭しましたが,Aは欠席し,代理人のL2弁護士だけが出頭していました。Xさんは,被告らが要望する賠償金の減額に応じてもよいが,その代わりAが事件のことを反省して謝罪をし,二度と同じような事件を起こさないことを約束してほしい, そのことを和解条項にしっかり書き残してほしいと要請しました。
欠席していたAの意思を直接確認することはできませんでしたが,L2弁護士が言うには,「Aはかねてから事件のことを真摯に反省していたので,そうした条項を設けることに異存はないはずだ。」ということでした。その結果,第1項としてあのような条項が加えられ,他方,損害賠償の金額については150万円とすることで原告と被告らとの間で合意ができたのです。
P:よく分かりました。これに関連した判例があったと記憶しています。最高裁判所昭和38年2月21日第一小法廷判決(民集17巻1号182頁)がそれです。
L1:どのような事案においてどのような判示をした判例ですか。
P:単純化すると,貸金返還請求訴訟において,証拠調べが終わった段階で和解が勧められ,裁判所から和解案が示されていたところ,借主である被告本人がそれを拒んで帰宅してしまった後,被告の訴訟代理人弁護士はそのまま話合いを続行し,最終的に被告本人が同席しない中で,請求されていた貸金債務の弁済期を延期して分割払とする代わりに,その担保として被告が所有する不動産に抵当権を設定するという内容の和解を成立させたという事情の下,後日その被告がこの和解の無効確認等を求めたという訴訟において,最高裁は,被告訴訟代理人が授権された和解の代理権限のうちに抵当権設定契約をする権限も包含されていたと解するのが相当である,と判示したものです。
L1:なるほど。念のため,裁判所に確認したところ,本件でAがL2弁護士に訴訟委任をした際,民事訴訟法第55条第2項第2号の和解に関する特別授権はされていましたから,そのことを前提として,この最高裁判決の内容を踏まえ,AはXさんとの間で本件和解の効力を争うことはできない,と立論してみてください。
〔設問2〕あなたが司法修習生Pであるとして,弁護士L1から与えられた課題に答えなさい。
なお,AとL2との間の訴訟委任契約に関連して生じ得る弁護士倫理の問題や契約違反を理由とした損害賠償の問題について論ずる必要はない。
以下は,Pが司法修習を終えて弁護士登録をし,L1の法律事務所に勤務弁護士として就職した後に,L1との間でされた会話である。
L1:P君が司法修習生だった頃に扱っていたXさんの和解の件を覚えていますか。いろいろありましたけれども,P君が奮闘して判例等を研究してくれたおかげで,いずれも事なきを得,和解の効力には問題がないということで,賠償金の支払も無事に約束どおり履行されました。
ところが,あの和解期日から半年以上も経過したつい先日のこと,Xさんから相談がありました。近ごろめまいや吐き気などを覚えるようになったので,事故後に入通院していた病院で診察を受けたところ,本件事故により腰椎及び頸椎に受けた傷害が原因で発症したもので,後遺障害として残存するだろうと診断されたそうです。一般に,事故から相当期間が経過した後に初めて発症した症状については,当該事故による傷害に起因するものであっても法的にみて因果関係を有する後遺障害と評価できるかどうかが争われることが多いので,本件でもそのことは綿密に調査・検討する必要があります。しかし,その点はしばらくおき,この後遺障害に基づく新たな損害賠償を求める訴えをAとB社に対して提起することも視野に入れ,ひとまずAの代理人であったL2弁護士に連絡したところ,既に委任関係は終了しているということでしたので,直接Aに文書で連絡しました。
これに対してAから送られてきた回答書では,和解条項では,第2項で損害賠償債務は150万円であるとされ,第5項では「原告と被告らとの間には,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務のないことを相互に確認する。」となっており,かつその損害賠償金は全額既に支払が完了しているので,もはやこれ以上の賠償責任は負うことはないとされています。
P:先生,今後,Aが弁護士に相談すれば,訴訟上の和解には既判力があるから,Xさんからの賠償請求はその既判力に触れるとの主張をしてくることが考えられます。判例にも,裁判上の和解について「既判力を有する」という一般論を述べたものがあります(最高裁判所昭和33年3月5日大法廷判決・民集12巻3号381頁)。
L1:そうですね。訴訟上の和解調書の記載に既判力が生じるとの前提に立つとして,何か反論が考えられますか。
P:訴訟上の和解が成立した後に別の新たな損害が生じたから,これには既判力は及ばないとの議論はいかがでしょうか。
L1:しかし,不法行為に基づく損害賠償請求権は当該不法行為時に確定額の請求権としていまだ現実化していなかった損害も含めて損害全体について成立しているはずであり,後に生じた後遺障害はたまたま請求時に認識できなかっただけのことですから,和解成立後に生じた事由とはいえないと考えられます。
また, 本件では, 和解条項第5項によって,「原告及び被告らは, 原告と被告らとの間には,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務のないことを相互に確認する。」とされていますから,一部請求後の残部請求の議論を応用することも困難ではないでしょうか。
P:そうしますと,既判力肯定説に立ちつつ,我々に有利な結論を導くには,和解条項第2項及び第5項について生じる既判力を本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張を遮断しない限度にまで縮小させる,あるいは,本件和解契約は同請求権を対象として締結されたものではないから,訴訟上の和解につき既判力肯定説を採るとしても,本件の和解条項第2項及び第5項につき同請求権を不存在とする趣旨の既判力は生じない,というような議論を考えればよいわけですね。
L1:そうだと思います。一つヒントですが,定期金方式による損害賠償判決の基礎となった事情に事後的な変動が生じたときには損害額の再調整をすることができるという民事訴訟法第117条を参考にしてはどうでしょうか。この条文を単純に類推適用するというのではなく,人身損害の損害賠償を主として念頭に置いてそのような規定が作られた趣旨を参考にしてほしいということです。難問ですが,諦めないで頑張ってください。
〔設問3〕あなたが弁護士Pであるとして,弁護士L1から与えられた課題に答えなさい。
なお,訴訟上の和解に既判力が認められるかについての一般論には触れなくてよい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第3問〕本問は,不法行為に基づく損害賠償請求事件を題材として,訴訟上の和解に対する表見法理の適用(設問1),訴訟上の和解についての訴訟代理人の代理権限の範囲(設問2),予測できなかった後遺障害の主張と訴訟上の和解における既判力との関係(設問3)について検討することを求めている。受験者には,問題文において与えられた事実関係,関係する判例,示された考え方を踏まえ,問題文の指示に従った考察を行うことが求められている。
〔設問1〕は,XとA及びB社との間で成立した訴訟上の和解について,表見法理の適用によりその効力を維持する議論を行うことを求めるものである。問題文においては,表見法理の適用を否定する見解に関し,取引行為と訴訟手続(訴訟行為)の違いを指摘する判例(最高裁判所昭和45年12月15日第三小法廷判決・民集24巻13号2072頁)の考え方のほか,手続の不安定を招くといった考え方が示され,これらの論拠には説得力がないとする立場から論述することが求められている。また,問題文においては,訴訟上の和解は,私法上の和解契約とその内容を一致して裁判所に陳述する合同訴訟行為との併存であることから,訴訟行為としての和解の効力が否定されるとした場合において私法上何の効果も生じないことになるのか,といった観点も考慮することが求められている。したがって,本設問に対する解答では,先に掲げた考え方が,訴訟上の和解に表見法理の適用を否定する論拠として説得力を欠くことに加えて,訴訟上の和解に係る私法上の和解契約としての側面が表見法理の適用により効力を維持する余地がある一方で,訴訟行為の側面は有効となる余地がないと解した場合に不都合が生じることについて,具体的な理由を挙げて説得力ある論述をすることが求められる。
なお,問題文においては,訴訟上の和解に表見法理を適用することの可否に絞って論述することが求められているから,本問では,表見代表取締役Cに対する訴状送達により訴訟係属の効力が生じるかについては論じる必要がない。また,本問は,訴訟行為に対する表見法理不適用説に対する一般的,抽象的な反論を求めるものでもない。
〔設問2〕は,Xに対して謝罪することを内容とする本件の和解条項第1項について,和解期日に欠席したAにおいて,こうした内容の和解をする権限をL2に明示的に授与していなかったから,この条項を含めて和解全体が無効である,と後日主張するに至ったため,この条項も和解の訴訟代理権の範囲に含まれているという角度からの検討を求めるものである。問題文においては,訴訟物である貸金返還義務についての分割払いという譲歩を引き出すため,抵当権の設定という訴訟物の範囲外の譲歩を被告側訴訟代理人がした場合につき,明示的に授権がなくてもそれが和解の代理権限に含まれるとした判例(最高裁判所昭和38年2月21日第一小法廷判決・民集17巻1号182頁)が示され,この最高裁判決の内容を踏まえた立論が求められている。そのためには,L2に対して授権された和解権限に一定の制約があるとしても,本件の和解条項第1項のような和解をする権限はその中に含まれているから,Aは本件和解の無効を主張することができないという方向での論述が求められる。例えば,和解の本質が互譲にあることを説明した上で,Xが賠償金額の減額に応じるという譲歩とAがXに謝罪するという譲歩との間には対価性が認められることを踏まえ,抵当権の設定が互譲の一方法として訴訟代理人の和解権限に含まれる以上,謝罪を内容とする和解をすることも同様に本件和解の代理権限の範囲内にある,といった内容の論述が考えられるところである。
なお,弁護士に与えられた和解権限はそもそも無制限であることを根拠とすることも考えられないわけではないが,そのような論述においては,問題文で示された上記最高裁判決を,無制限説を採用するものとして理解することが可能かという問題のほか,訴訟代理人の権限が無制限であるとすることの理由付けについて触れる必要があろう。
〔設問3〕は,訴訟上の和解には既判力があるから,本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張が遮断される,との主張に対する反論を求めるものである。問題文においては,①本件の和解条項第2項及び第5項(特に第5項)について生じる既判力を本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張を遮断しない限度にまで縮小させる議論,又は,②本件の和解は本件後遺障害に基づく損害賠償請求権を対象として締結されたものではないから,この請求権を不存在とする趣旨の既判力は生じないとの議論という2つの法律構成の可能性が示されている。①は,訴訟上の和解の既判力を確定判決のそれに引き寄せて理解した場合に考えられる法律構成である。これに対し②は,訴訟上の和解の既判力とは,和解の更改的効力に反する蒸し返し的な主張を不適法として遮断する訴訟法上の効力であるが,本件のような後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張が本件和解の既判力により遮断されるか否かは,本件の和解条項(特に第5項)
がその不存在をも確認する趣旨のものであるか否かに係り,それは本件和解条項の解釈の問題である,とする考え方に依拠した法律構成である。また,ヒントとして,定期金方式による損害賠償を命じた判決の基礎となった事情に事後的な変動が生じたときには損害額の再調整をすることができるという民事訴訟法第117条が示されている。
これらを踏まえると,上記①・②の論述に共通する前提として,人身損害においては,その性質上将来的に後遺障害の程度の変化により変動する可能性があり,それを全て予測して訴訟追行をし,判決をすることは困難であることから,民事訴訟法第117条は,定期金方式により長期にわたって損害賠償を命じる場合について,将来の事情変動を考慮して損害額の再調整をすることを許しているということを,まず確認する必要があろう。
その上で,①の論述としては,上記のような民事訴訟法第117条が前提とする人身損害の性質は,一時金方式であっても同様であり,したがって,判決当時に予測ができなかった形で損害が生じたときに,その損害を不存在とする趣旨の既判力が作用するからそれを主張することは遮断されるというように,既判力を絶対的なものとして理解すべきではなく,既判力は,正確な将来予測に基づいて完全な攻撃防御を尽くすことが期待できる限度まで縮小されるのであり,訴訟上の和解の既判力もこれと同じである,といった内容のものが考えられる。
また,②の論述としては,将来生じるかどうか定かではない新たな後遺障害も含めて損害の全体像を正確に把握して和解の合意を行うことは不可能であり,本件訴訟上の和解は,その成立時に当事者双方においてその発生が認識されていたか,又は認識が可能であった損害のみを対象として行われたものと解するのが,当事者の合理的意思に合致すること,訴訟上の和解に対して付与される既判力の範囲が,和解の更改的効力が及ぶ範囲を超えることはないことからして,本件の和解は成立当時にいまだ生じていなかった後遺障害に基づく損害賠償請求権を対象として締結されたものではないので,当該請求権を不存在とする趣旨の既判力は生じない,といった内容のものが考えられる。
これらの論述は,既判力の縮小(上記①)又は訴訟上の和解における合意内容の限定(上記②)という法律構成を,人身損害の性質や,訴訟上の和解に既判力が認められることの意味などを踏まえて説明するものであり,受験者には,自らの言葉で理論的でかつ具体的な説明を試みる姿勢が求められる。このような観点からは,後遺障害については手続保障が欠けるから訴訟上の和解の既判力が縮小されるといった抽象的な論述にとどまるもの,期待可能性の欠如による既判力縮小を抽象的に論じるにとどまるものは,十分かつ的確な論述とは言い難いであろう。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 問題の所在
Cは、訴状が送達される1年近く前に代表取締役を解任されており、本件和解の成立時においてB社の代表者ではなかった。もっとも、解任及びDの就任の登記がされたのは和解成立期日の数週間後であり、和解成立時にはCが代表取締役として登記されていた。
Xは、B社の登記事項証明書を入手し、代表取締役として登記されていたCを代表者と記載して訴えを提起し、Cが現実にB社の代表者として期日に出頭して和解をしている。そこで、会社法354条等の表見法理を適用して本件和解の効力をB社に及ぼすことができるかが問題となる。
判例は、民法109条及び商法262条(現会社法354条)は取引の相手方を保護し取引の安全を図るために設けられた規定であるから、取引行為と異なる訴訟手続において会社を代表する権限を有する者を定めるに当たっては適用されないとし、その理由として表見支配人について訴訟上の行為を除外する商法24条但書の存在を挙げる(最判昭45.12.15)。しかし、訴訟上の和解については、以下のとおり表見法理の適用を認めるべきである。
2 取引行為と訴訟手続の区別に説得力がないこと
確かに、訴訟手続は裁判所が主宰する公権的な手続であり、相手方との間の私的取引とは性質を異にする。しかし、訴訟上の和解は、私法上の和解契約と、その内容を一致して裁判所に対し陳述する合同訴訟行為とが併存するものである。その私法上の契約としての側面は、当事者双方が互譲によって自ら権利義務の内容を形成するものであって、まさに取引行為そのものである。本件和解条項第2項から第5項までは、損害賠償債務の額を150万円と定め、残余の請求を放棄し、他に債権債務がないことを相互に確認するという、実体法上の権利関係を処分する合意である。
このような和解において、相手方は、会社の代表者として登記され現実に期日に出頭して交渉した者を信頼して自己の権利を処分するのであり、保護の必要性は通常の取引行為における相手方と全く異ならない。むしろ、裁判所の関与の下で成立した和解であるという点で、相手方の信頼はより強固である。
また、商法24条但書が表見支配人の訴訟上の行為を除外する趣旨は、支配人という使用人に訴訟追行という高度に専門的な権限まで擬制することが相当でない点にあると解される。これは会社の代表機関そのものとして登記された者の場合と同視できず、同条但書から訴訟手続一般につき表見法理が排除されるという結論を導くことはできない。
3 手続の不安定を招くとの点に説得力がないこと
表見法理不適用説は、代表権の存否が職権調査事項であり、その欠缺は絶対的上告理由(312条2項4号)及び再審事由(338条1項3号)であるから、表見法理により代表権を擬制すれば手続の安定を害するという。
しかし、これらの規定の趣旨は、代表権を欠く者による訴訟追行により会社に不利益な判決が押し付けられることを防ぎ、会社の手続保障を確保する点にある。本件はこれと事情を異にする。
第一に、本件は判決によって会社の意思と無関係に権利義務が確定された場合ではなく、現に代表取締役として登記されていたCが自ら期日に出頭し、Aの暴行はB社の業務と無関係であると答弁して防御を尽くした上で、道義的責任を認めて和解による解決を希望し、その結果成立した和解である。B社の手続保障が害されたとはいえない。
第二に、B社の内部に紛争があり、代表者の異動があったにもかかわらず登記がされないまま放置されていたという事情は、専らB社の側の帰責事由に属する。登記の不実状態を招いた者が、これを信頼した相手方の犠牲の下に手続の安定を主張することは許されない。
第三に、むしろ表見法理の適用を否定することこそ手続の不安定を招く。訴訟上の和解により訴訟は終了し、当事者は紛争が解決されたものとして行動する。本件でもXは請求の一部を放棄し、A及びB社は支払を約した。それを後になって代表権の欠缺を理由に覆し得るとすれば、訴訟上の和解による紛争解決機能が根本から害される。
4 訴訟行為の側面のみを無効とすることの不都合
仮に、訴訟上の和解のうち訴訟行為としての側面には表見法理の適用がなく、私法上の和解契約としての側面についてのみ表見法理により効力が維持されると解するとどうなるか。
この場合、私法上はB社が150万円の支払義務を負い残余の請求が放棄されたという合意が有効に成立しているのに、訴訟は終了せずB社に対する訴訟が係属し続けることになる。しかし、訴訟が継続しても、Xの請求のうち150万円を超える部分は私法上放棄されているのであって、審判すべき実質的な紛争は存在しない。裁判所は、無意味な手続を続行した末に、和解契約の存在を理由として請求を一部棄却する判決をするほかなく、著しく不経済である。
また、和解調書は確定判決と同一の効力を有し(267条)執行力を伴うが、訴訟行為としての側面が無効であれば執行力が生じない。Xは、せっかく裁判所の関与の下で合意を得たにもかかわらず、改めて給付の訴えを提起して債務名義を取得しなければならない。これは当事者の意思に反し、和解制度の存在意義を損なう。
そうすると、私法上の契約としての側面についてのみ効力を認めることは、かえって法律関係を混乱させる。訴訟上の和解は私法上の契約と訴訟行為とが不可分一体のものとして成立するのであり、一方の側面について表見法理による効力の維持を認める以上、他方の側面についてもこれを認めるのが整合的である。
5 結論
よって、本件和解には会社法354条等の表見法理が適用され、Cを代表者として成立した本件和解は、私法上の効力のみならず訴訟法上の効力もB社に及ぶ。和解が無効であるとのDの主張は認められない。
第2 設問2
1 訴訟代理人の和解権限の範囲
訴訟代理人が和解をするには特別の委任を受けなければならない(55条2項2号)。本件では、AはL2に和解についての特別授権をしている。
もっとも、和解条項第1項は、Aが傷害行為を深く反省し、Xに謝罪の意を表し、二度と同様の事件を起こさないことを誓約するというものであり、訴訟物である損害賠償請求権の処分には当たらない。そこで、このような条項を設けることが和解権限の範囲に含まれるかが問題となる。
和解の本質は、当事者双方が互譲によって紛争を解決することにある。そして、互譲の内容は訴訟物に関する譲歩に限られるものではなく、訴訟物に関する譲歩を相手方から引き出すために訴訟物の範囲外の譲歩をすることも、互譲の一方法として当然に予定されている。
判例も、貸金返還請求訴訟において、訴訟物である貸金債務の弁済期を延期して分割払とする代わりにその担保として被告所有の不動産に抵当権を設定するという和解について、被告訴訟代理人に授権された和解の代理権限のうちに抵当権設定契約をする権限も包含されていたとしている(最判昭38.2.21)。抵当権の設定は訴訟物の範囲外の新たな義務の負担であるが、訴訟物についての譲歩の対価として機能する以上、明示の授権がなくとも和解権限に含まれるというのである。
そこで、和解権限は訴訟物以外の事項にも及ぶが、①互譲によって当該事件を解決するために必要又は有用であり、かつ②当事者があらかじめ予測し得る範囲に限られると解する。
2 本件へのあてはめ
本件において、和解期日でXは、被告らが要望する賠償金の減額に応じてもよいが、その代わりにAが反省して謝罪し、二度と同じ事件を起こさないことを約束し、そのことを和解条項に書き残してほしいと要請した。その結果、第1項が加えられ、他方で損害賠償金額が150万円とされる合意が成立した。Xの当初の請求額は330万円である。
このように、和解条項第1項の謝罪及び誓約は、Xが賠償金額を330万円から150万円へと大幅に減額することに応じる直接の対価としてされたものである。Aの側からみれば、180万円の減額という訴訟物についての重大な譲歩を得るために、謝罪という譲歩をしたものであって、両者の間には対価性が認められる。
そして、本件はAがXをいきなり突き飛ばして傷害を負わせたという暴行に基づく事案であり、被害者が加害者の謝罪と再発防止の約束を求めるのは当然に予想されるところである。Aは精神的満足を求める被害者に謝罪をすることが和解の条件となり得ることを予測できたはずであり、現にL2も、Aはかねてから事件を真摯に反省していたので異存はないはずだと述べている。
また、謝罪及び誓約の条項は、金銭的な負担を伴わず、Aに新たな財産的義務を課すものではない。抵当権の設定という重大な財産的負担が和解権限に含まれるのであれば、それより負担の軽い謝罪を内容とする条項を設けることも当然に和解権限の範囲内である。
さらに、Aは第1回口頭弁論期日の経緯及び裁判所の和解勧試をL2に説明し、次回期日までに和解条件を検討するよう指示されたことも報告した上で、自ら和解期日に出頭しなかったのである。Aは和解の内容の形成をL2に委ねたものといえ、個別の条項について授権がなかったという和解権限の個別的制限を相手方に対して主張することは許されない。
3 結論
よって、和解条項第1項を設けることはL2の和解権限の範囲内であり、AはXとの間で本件和解の効力を争うことはできない。
第3 設問3
1 問題の所在
訴訟上の和解は確定判決と同一の効力を有する(267条)。和解調書の記載に既判力が生ずるとの前提に立てば、和解条項第2項が損害賠償債務を150万円と定め、第5項が和解条項に定めるもののほか何らの債権債務がないことを相互に確認している以上、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張は既判力により遮断されるようにみえる。
後遺障害による損害も不法行為時に成立した損害賠償請求権の内容をなし、和解成立後に生じた事由とはいえない。また、第5項による債権債務不存在の相互確認がある以上、明示の一部請求後の残部請求の議論を用いることも困難である。そこで、既判力を肯定しつつ、後遺障害に基づく請求を可能とする構成を検討する。
2 人身損害の性質と117条の趣旨
人身損害は、その性質上、症状の推移により将来にわたって変動する可能性があり、また訴訟の時点では未だ発現していない後遺障害が後に顕在化することもある。損害の全体像を訴訟時に正確に予測して訴訟を追行し、判決をすることは本質的に困難である。
117条1項が、口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、後遺障害の程度等の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合に、判決の変更を求める訴えを認めるのは、まさにこの点に着目したものである。すなわち、同条は、人身損害においては将来予測が困難であることを前提に、将来の事情変動を考慮して損害額を再調整することを許し、既判力を貫徹することによる不当な結果を回避する趣旨の規定である。
このように、人身損害について正確な将来予測を前提とした完全な攻撃防御を当事者に要求することはできないという117条の前提は、賠償方式が定期金であるか一時金であるかによって異なるものではない。一時金方式であっても、判決時に予測し得なかった後遺障害が後に発現する可能性は同様に存在する。
3 既判力の縮小による構成
既判力の正当化根拠は、前訴において当事者に十分な手続保障が与えられ、攻撃防御を尽くす機会があったことに求められる。そうであれば、既判力の遮断効は、当事者が正確な将来予測に基づいて完全な攻撃防御を尽くすことを期待できる限度に限られるべきであって、既判力を絶対的なものとして理解すべきではない。
前記のとおり、人身損害においては、判決当時に予測することのできない形で後に損害が生ずることがあり、これについて当事者に攻撃防御を期待することはできない。したがって、判決当時に予測不能であった後遺障害に基づく損害賠償請求権については、これを不存在とする趣旨の既判力は作用しないと解すべきである。この理は訴訟上の和解の既判力についても同様である。
本件では、本件和解の成立時にはXの頭部に目立った外傷はなく、その他の異状も認められず、約半年間の通院加療により治療は終了していた。めまいや吐き気が現れたのは和解期日から半年以上経過した後であり、Xも被告らも和解時に後遺障害の発生を予測することはできなかった。
したがって、和解条項第2項及び第5項について生ずる既判力は、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張を遮断しない限度に縮小される。
4 和解の対象の限定による構成
以上に代えて、次のように解することもできる。
訴訟上の和解に認められる既判力は、当事者が互譲によって従前の権利関係を新たな権利関係に改めるという和解の更改的効力に反する蒸し返し的な主張を、訴訟法上遮断する効力である。そうすると、既判力の及ぶ範囲が、当事者が和解によって処分した権利関係の範囲、すなわち更改的効力の及ぶ範囲を超えることはない。そして、和解がいかなる権利関係を対象として成立したかは、和解条項の解釈の問題である。
前記のとおり、人身損害については、将来生ずるか否か定かでない後遺障害も含めて損害の全体像を正確に把握して合意をすることは不可能である。そうであれば、当事者が和解により処分したのは、和解の成立時に当事者双方においてその発生が認識されていたか、又は認識することが可能であった損害に限られると解するのが、当事者の合理的意思に合致する。
本件和解は、Xが請求した治療費や交通費等の実費、入通院による休業損害及び傷害慰謝料を対象として、賠償額を150万円と定めたものである。和解条項第1項がAの謝罪と誓約を定めていることからも、本件和解が既に生じていた傷害についての紛争の解決を目的としていたことが明らかである。和解条項第5項の債権債務不存在の相互確認も、このような和解の対象の範囲内において、当事者間に残債務がないことを確認する趣旨にとどまると解すべきである。
したがって、本件和解は、成立当時に未だ生じておらず予測も不可能であった後遺障害に基づく損害賠償請求権を対象として締結されたものではなく、同請求権を不存在とする趣旨の既判力は生じない。
5 結論
よって、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権の主張は本件和解の既判力に抵触せず、Xは、A及びB社に対し、後遺障害に基づく新たな損害賠償を求める訴えを提起することができる。
以上