司法試験 令和8年 民法
問題文
〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕及び〔設問2〕の配点は、50:50〕)
次の各文章を読んで、後記の〔設問1⑴・⑵〕及び〔設問2⑴・⑵〕に答えなさい。
なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、令和8年1月1日現在において施行されている法令に基づいて答えなさい。
【事実Ⅰ】
1.令和2年1月10日、Aは、更地である甲土地が、これに隣接するA所有の乙土地に含まれると過失なく信じて、甲土地の占有を開始し、両土地を資材置場として利用し始めた。しかし、実際には、甲土地はBが所有しており、その所有権の登記名義人もBであった。
2.令和22年4月20日、Bは、貸金業者Cから、令和37年4月20日を弁済期として、5000万円を借り受けた。Bは、この貸金債務を担保するため、令和22年4月20日、甲土地にCを抵当権者とする抵当権を設定し、その旨の登記(以下「本件登記①」という。)
がされた。
3.令和33年2月15日、Bは、貸金業者Dから、令和36年2月15日を弁済期として、1000万円を借り受けた。Bは、この貸金債務を担保するため、令和33年2月15日、甲土地にDを抵当権者とする第二順位の抵当権を設定し、その旨の登記(以下「本件登記②」
という。)がされた。
4.令和35年9月3日、Aは、甲土地が乙土地に含まれず、甲土地につき本件登記①及び本件登記②が存在することを知った。この日まで、Aは甲土地を自己の所有地であると信じてその占有を継続しており、そのように信じることについてAに過失はなかった。
5.令和35年10月15日、㋐Aは、甲土地について取得時効を援用し、甲土地の所有権を自らが取得したこと、それによりC及びDの抵当権は消滅したことを主張して、Cに対し本件登記①の、Dに対し本件登記②の各抹消登記手続を請求した。なお、これ以前に、Aは、甲土地についての時効を援用したことはなかった。
〔設問1⑴〕
【事実Ⅰ】を前提として、下線部㋐のAの各請求が認められるかどうかを論じなさい。
【事実Ⅱ】
1.令和7年6月2日、Eは、公正証書遺言の方式により、E所有の丙土地を友人Fに遺贈し、弁護士Gを遺言執行者に指定する旨の遺言(以下「本件遺言」という。)をして、本件遺言に係る遺言書の謄本を自宅に保管し、その正本をFに預けた。なお、本件遺言は適法にされたものである。
2.令和8年1月10日、Eは、死亡した。Eの相続人は、その子であるHとJのみであった。
その翌日、Hは、本件遺言に係る遺言書の謄本を発見し、その内容を認識した。
3.令和8年1月20日、Hは、丙土地について、HとJとで法定相続分の割合で共有する旨
の、相続を原因とする所有権移転登記を備えた。その翌日、Hは、Kとの間で、丙土地のHの持分をKに売る契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。そして、Kは、当該持分について、売買を原因とする所有権移転登記(以下「本件登記③」という。)を備えた。
なお、本件売買契約を締結する際、Kは、本件遺言の存在を知らず、また、Hに対してEが遺言を残していたか否かを尋ねることもしなかった。
4.令和8年 2 月 1 日、Fは、Eの死亡の事実を知り、その事実と本件遺言の存在をGに伝えた。同月10日、Gは、H及びJに対し、遺言執行者への就職を承諾する旨の意思表示をするとともに、本件遺言の内容を通知した。
5.令和8年2月16日、Gは、本件登記③の存在を知り、その旨をFに伝えた。
6.令和8年3月2日、㋑Fは、Kに対し、本件登記③の抹消登記手続を請求した。
〔設問1⑵〕
【事実Ⅱ】を前提として、下線部㋑のFの請求が認められるかどうかを論じなさい。なお、HとJは、Eからの相続を単純承認したものとして解答しなさい。
【事実Ⅲ-1】
1.令和8年3月3日、Aは、建築業者Bとの間で、A所有の土地の上にAの自宅用建物を建築する工事(以下「本件工事①」という。)を報酬1000万円でBに請け負わせる契約
(以下「本件契約①」という。)を締結した。本件契約①では、報酬について、契約締結日に400万円を、引渡日に残額の600万円をそれぞれ支払うこと、引渡日を同年9月1日とすること、及び本件契約①が解除された場合に出来形部分の所有権をAに帰属させることが合意された。同年3月3日、Aは、Bに対し、本件契約①に従い、400万円を支払った。
2.令和8年3月3日、Bは、工務店を営むCとの間で、本件工事①の全てを報酬800万円でCに請け負わせる契約(以下「本件契約②」という。)を締結した。本件契約②の締結に先立ち、Bは、本件工事①の全てをCに請け負わせることについて、Aから書面による承諾を得ていた。また、Cは、本件契約②の内容が、Bの請け負った本件工事①を一括して請け負うものであることを知っていた。本件契約②では、報酬について、契約締結日に200万円を、同年6月15日に200万円を、引渡日に残額の400万円をそれぞれ支払うこと、及び引渡日を同年9月1日とすることが合意された。他方において、本件契約②が解除された場合における出来形部分の所有権の帰属に関する特段の合意はされなかった。同年3月3日、Bは、Cに対し、本件契約②に従い、200万円を支払い、Cは、本件工事①に着手した。
3.Cは、本件工事①に必要な材料の全部を自ら調達し、計画通りに工事を進めた。しかし、令和8年5月末頃、Bの資金繰りが悪化し、同年6月15日に行われるはずであったBのCに対する200万円の支払が行われなかったため、Cは、同年7月1日、工事を停止した。
結局、同年9月1日までに本件工事①は完成せず、同日が経過した。
4.令和8年9月2日、Aは、Bに対し、同月末日までに本件工事①を完成させて、完成した建物をAに引き渡すよう求めた。しかし、同月2日以降も本件工事①が進むことはなく、同
月末日までに本件工事①は完成しなかった。同年10月1日、Aは、Bに対し、本件契約①を解除する旨の意思表示をした。
5.令和8年10月1日の時点において、Cが築造した出来形部分(以下「本件出来形」という。)は、独立の不動産となっており、Aに引き渡されていない。
6.本件出来形の引渡しによってAが受けるべき利益は、本件工事①が完成したとすればAが受けたであろう利益の6割に相当するものであった。
〔設問2⑴〕
【事実Ⅲ-1】を前提として、次の問いに答えなさい。
令和8年10月1日の時点において、本件出来形の所有権がAとCのいずれに帰属するのかについて、反対の立場の論拠にも触れつつ、論じなさい。
【事実Ⅲ-2】
前記【事実Ⅲ-1】に加え、次の事実があった。
7.令和8年10月13日、Aは、Cから本件出来形の引渡しを受けた上で、工務店を営むDとの間で、本件工事①の未完成部分の工事(以下「本件工事②」という。)を報酬650万円でDに請け負わせる契約(以下「本件契約③」という。)を締結した。650万円という金額は、同日の時点における市場の適正価格と評価できるものであった。本件契約③では、報酬について、引渡日に650万円全額を支払うこと、及び引渡日を同年12月1日とすることが合意された。
8.令和8年12月1日、Dは、本件工事②を完成させ、完成した建物をAに引き渡した。同日、Aは、Dに対し、本件契約③に従い、650万円を支払った。
9.令和8年12月2日、㋐Aは、Bに対し、Bの債務不履行による損害の賠償を請求した。
これに対して、㋑Bは、「令和8年10月1日の時点において本件工事①の一部が完成しており、Bは、その報酬の支払をAに請求することができるので、その限りにおいて相殺をする。」と反論した。
〔設問2⑵〕
【事実Ⅲ-1】及び【事実Ⅲ-2】を前提として、次の問いに答えなさい。
下線部㋐のAの請求がどのような範囲で認められるかについて、下線部㋑のBの反論の当否も検討しつつ、金額を示して論じなさい。なお、Aによる損害賠償請求に関して、遅延賠償については論じなくてよい。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1⑴
1 下線部㋐のAの各請求は、甲土地の所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記手続請求である。これが認められるためには、Aが甲土地の所有権を取得し、かつ、C及びDの各抵当権が消滅したか、又はAがその所有権取得を抵当権者C及びDに対抗しうることを要する。なお、C及びDの各被担保債権は、Aが援用した令和35年10月15日の時点でいずれも弁済期が未到来であり(【事実Ⅰ】2・3)、被担保債権の消滅による抵当権の付従的消滅は問題とならないから、抵当権の消滅は専ら取得時効の効果として検討する。
2 取得時効の完成
(1) 10年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の不動産を占有した者は、その占有の開始の時に善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する(162条2項)。所有の意思、平穏、公然及び善意は推定され(186条1項)、善意無過失は占有開始時に備わっていれば足りる。
(2) Aは、令和2年1月10日、更地である甲土地が自己所有の乙土地に含まれると過失なく信じて占有を開始し、両土地を資材置場として利用している(【事実Ⅰ】1)。Aは自己の所有地と信じて占有しているのであるから所有の意思があり、平穏かつ公然の占有であることを疑わせる事情もない。したがって、Aについては、令和12年1月10日の経過により、甲土地の短期取得時効が完成した。なお、Aが令和35年9月3日に真実を知った(【事実Ⅰ】4)としても、善意無過失は占有開始時に判断されるから、これは時効の成否に影響しない。また、仮に長期取得時効(162条1項)によるとしても、その完成は令和22年1月10日であり、いずれにせよCの登記(令和22年4月20日)より前である。
3 時効完成後の抵当権者との関係
(1) もっとも、Cの抵当権(本件登記①)は令和22年4月20日に、Dの抵当権(本件登記②)は令和33年2月15日に、それぞれ設定・登記されたものであり(【事実Ⅰ】2・3)、いずれも前記時効完成後に甲土地につき物権を取得した第三者である。
(2) 時効による所有権の取得は原始取得であるが、時効完成後に所有者から物権を取得した第三者との関係では、所有者から時効取得者への物権変動と所有者から第三者への物権変動とが競合する二重譲渡類似の関係に立つから、時効取得者は、登記なくしてその所有権取得を第三者に対抗することができない(最大判昭和33年8月28日、177条)。この理は、第三者が抵当権者である場合にも妥当し、時効取得者は、登記を備えない限り、抵当権の負担のない所有権の取得を抵当権者に対抗できない。
(3) Aは甲土地について所有権の登記を備えておらず、登記名義人はBのままである(【事実Ⅰ】1)から、令和12年に完成した時効による所有権取得をもって、C及びDに対し、抵当権の消滅を主張することはできない。また、時効の起算点は占有開始時に固定され、時効援用者が任意に起算点を選択して第三者の登記後に時効が完成したこととすることはできない(最判昭和35年7月27日)。
4 再度の取得時効の成否
(1) しかし、判例は、時効完成後に第三者が登記を備えた場合であっても、占有者がその後引き続き時効取得に必要な期間占有を継続したときは、登記なくして当該第三者に対し時効取得を対抗できるとする(最判昭和36年7月20日)。第三者の登記後に新たに時効期間が経過した場合、第三者は時効完成前の第三者と同視されるからである。そして、抵当権についても、取得時効完成後、所有権移転登記がされないまま第三者に対して抵当権が設定され登記された場合において、占有者が抵当権設定登記後引き続き時効取得に必要な期間占有を継続し、その期間経過後に取得時効を援用したときは、占有者が抵当権の存在を容認していたなど抵当権の消滅を妨げるべき特段の事情がない限り、占有者は抵当権の負担のない所有権を取得し、抵当権は消滅する(最判平成24年3月16日)。債務者又は抵当権設定者でない者が抵当不動産について取得時効に必要な要件を具備する占有をしたときは抵当権が消滅するとする397条の趣旨にも合致する。この場合、再度の時効の起算点は第三者の登記の時であり、占有者がそれ以前に時効を援用していないことを要する。
(2) Cの抵当権について
Cの本件登記①は令和22年4月20日にされた。Aはその後も引き続き甲土地の占有を継続し、少なくとも令和35年9月3日までは自己の所有地と過失なく信じていた(【事実Ⅰ】4)から、本件登記①の時点を起算点とする再度の占有の開始時においてAは善意無過失であった。したがって、本件登記①から10年を経過した令和32年4月20日の経過により、Aについて甲土地の再度の取得時効が完成した。Aは、甲土地の債務者でも抵当権設定者でもなく、また、Aは令和35年9月3日に初めて抵当権の存在を知り、その1か月余り後の同年10月15日に援用に及んでいる(【事実Ⅰ】4・5)のであるから、抵当権の存在を容認していたという事情はなく、特段の事情は認められない。そして、Aは、それ以前に時効を援用したことはなく、令和35年10月15日に初めて取得時効を援用した(【事実Ⅰ】5)。よって、Aは、登記なくしてCに対し甲土地の時効取得を対抗することができ、Cの抵当権は消滅した。Cに対する本件登記①の抹消登記手続請求は認められる。
(3) Dの抵当権について
Dの本件登記②は令和33年2月15日にされたものであり、前記再度の時効が完成した令和32年4月20日より後である。したがって、Dは、再度の時効との関係でも時効完成後の第三者であり、Aは登記なくして再度の時効による所有権取得をDに対抗することはできない。そこで、本件登記②の時点を起算点として更に取得時効が完成していないかを検討するに、本件登記②から10年が経過するのは令和43年2月15日であり、Aが時効を援用した令和35年10月15日の時点では、善意無過失を前提とする10年の期間も経過していない(Aが令和35年9月3日以降悪意となったことを措くとしても同様である)。よって、Aは、Dに対して甲土地の時効取得を対抗することができず、Dの抵当権は消滅しない。Dに対する本件登記②の抹消登記手続請求は認められない。
5 以上により、Aの請求は、Cに対する本件登記①の抹消登記手続請求については認められるが、Dに対する本件登記②の抹消登記手続請求については認められない。
第2 設問1⑵
1 下線部㋑のFの請求は、丙土地の所有権に基づく妨害排除請求権としての本件登記③の抹消登記手続請求である。これが認められるためには、Fが丙土地の所有権を取得し、かつ、これをKに主張しうることを要する。
2 Fの所有権取得
本件遺言は、Eの死亡(令和8年1月10日)により効力を生じ(985条1項)、相続人でない友人Fに丙土地が特定遺贈された(964条)。特定遺贈による所有権移転は遺言の効力発生と同時に生じるから、Fは、同日、丙土地の所有権を取得した。なお、遺言執行者Gがある場合であっても、Fは所有者として自ら第三者に対し所有権に基づく請求をすることができる。
3 遺言執行者がある場合の相続人の処分行為
(1) Hは、Eの死亡の翌日に遺言書の謄本を発見して本件遺言の内容を認識しながら(【事実Ⅱ】2)、令和8年1月20日に法定相続分による相続登記をした上で、翌21日、Kに対し丙土地のHの持分を売却し、Kは本件登記③を備えた(【事実Ⅱ】3)。遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができず(1013条1項)、これに違反してした行為は無効である(同条2項本文、最判昭和62年4月23日参照)。本件遺言は弁護士Gを遺言執行者に指定しており、Gが就職を承諾したのは本件売買契約の後である令和8年2月10日である(【事実Ⅱ】4)。しかし、同条の趣旨は遺言者の意思の実現を相続人の妨害から確保する点にあり、遺言執行者に指定された者がある場合には、その就職承諾前であっても相続人の処分は同条1項により制限されると解すべきである。丙土地はFに遺贈されたものであり、Hがその持分をKに売却する行為は、遺贈の執行を妨げるべき行為に当たる。
(2) もっとも、1013条2項ただし書は、相続人の処分行為の無効をもって善意の第三者に対抗することができないとする。Kは、本件売買契約締結時に本件遺言の存在を知らなかった(【事実Ⅱ】3)。同項ただし書は無過失を要求しておらず、KがHに遺言の有無を尋ねなかったことは、Kの善意を否定する事情にはならない。よって、Fは、本件売買契約の無効をKに対抗することができない。
4 遺贈と登記
(1) そうすると、本件売買契約が有効なものとして扱われる結果、Kは、Hから丙土地の持分を取得したと主張しうる地位にあり、Fの遺贈による取得とKの売買による取得とが、Eを起点として競合する関係となる。遺贈は、遺言者の意思表示に基づく物権変動であり、相続人は遺言者の地位を承継する者であるから、受遺者と相続人からの譲受人とは二重譲渡類似の関係に立つ。したがって、受遺者は、登記なくして遺贈による所有権取得を相続人からの譲受人に対抗することができない(最判昭和39年3月6日、177条)。なお、899条の2第1項は相続による権利の承継に関する規定であり、相続人以外の者に対する遺贈にはそのまま適用されないが、遺贈については177条により同様の結論となる。1013条2項ただし書が善意の第三者を保護する趣旨も、受遺者と第三者との優劣を対抗要件の先後により決することを前提とするものである。
(2) 177条の「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者であって登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいう。Kは、Hから持分を買い受けて本件登記③を備えた者であり、本件遺言の存在を知らなかったのであるから、背信的悪意者に当たらないことはもちろんである。
(3) Fは、遺言書の正本を預かっていた(【事実Ⅱ】1)ものの、Eの死亡を令和8年2月1日に知るまで(【事実Ⅱ】4)遺贈を原因とする所有権移転登記を備える機会がなく、現在も登記を備えていない。Fが登記を備えられなかったことに帰責性がないとしても、177条は登記の先後により画一的に優劣を決する規定であり、この点は結論を左右しない。他方、Kは、Hの持分について本件登記③を備えている。よって、Fは、Hの持分に相当する部分についての所有権取得をKに対抗することができない。Fは、遺言の存在を知りながら持分を処分したHに対し、1013条1項違反を理由とする損害賠償等を求めうるにとどまる。
5 以上により、Fは、Kに対し本件登記③の抹消登記手続を請求することはできず、下線部㋑の請求は認められない。
第3 設問2⑴
1 本件契約①の解除の有効性
本件契約①の引渡日は令和8年9月1日であったが、同日までに本件工事①は完成せず、Aは、9月2日、同月末日までに完成・引渡しをするよう催告したにもかかわらず、相当期間内に履行がされなかったため、10月1日に解除の意思表示をした(【事実Ⅲ-1】4)。よって、本件契約①は、541条本文により有効に解除された。そこで、解除時点における本件出来形の所有権の帰属が問題となる。本件出来形は独立の不動産であるから(【事実Ⅲ-1】5)、A所有の土地に付合するものではない(242条)。
2 所有権帰属の判断枠組み
(1) 請負契約において仕事が完成した建物の所有権帰属については、当事者間に合意があればそれに従い、合意がない場合には、材料の全部又は主要部分を提供した者が所有権を原始取得すると解される(大判昭和7年5月9日等)。この理は、工事が中途で終了した出来形部分についても妥当する。
(2) 本件では、本件契約②に出来形部分の帰属に関する合意はなく、Cが材料の全部を自ら調達して本件出来形を築造した(【事実Ⅲ-1】2・3)。したがって、前記原則によれば、本件出来形の所有権はCに帰属するとも考えられる。他方、本件契約①には、解除された場合に出来形部分の所有権をAに帰属させる旨の特約がある(【事実Ⅲ-1】1)。そこで、この特約の効力が下請負人Cにも及ぶかが問題となる。
3 Cに帰属するとの立場の論拠
Cに帰属するとの立場は、①本件契約①の特約は債権的な合意にすぎず、契約当事者でないCを拘束する根拠がないこと、②Cは、Bから報酬800万円のうち契約締結日の200万円の支払を受けたにすぎず、6月15日の200万円も支払われず、Bの資金繰り悪化によって工事を停止せざるを得なかった者であり(【事実Ⅲ-1】2・3)、本件出来形を手元に留めてその報酬債権を確保する必要があること、③材料を全て提供して築造した者に所有権を帰属させるのが加工・付合の法理(246条参照)に沿うこと、を論拠とする。
4 私見
(1) しかし、注文者と元請負人との間に出来形部分の所有権を注文者に帰属させる旨の約定がある場合には、下請負人が自ら材料を提供して出来形部分を築造したとしても、注文者と下請負人との間に格別の合意があるなど特段の事情がない限り、その約定の効力は下請負人にも及び、出来形部分の所有権は注文者に帰属すると解すべきである(最判平成5年10月19日)。その理由は、下請負人は、注文者との関係では、元請負人の履行補助者的立場に立つものにすぎず、注文者に対して元請負人と異なる権利関係を主張しうる立場にないからである。特に、元請負人が注文者の承諾を得て工事を一括して下請けさせ、下請負人がそのことを知っている場合には、下請負人は元請負人の注文者に対する契約上の地位を前提として工事を行うことを引き受けたものといえる。
(2) 本件では、Bは、本件工事①の全てをCに請け負わせることについて、Aから書面による承諾を得ており、Cは、本件契約②がBの請け負った本件工事①を一括して請け負うものであることを知っていた(【事実Ⅲ-1】2)。したがって、Cは、Aとの関係ではBの履行補助者的な立場にあり、Bが本件契約①において解除時の出来形部分をAに帰属させる義務を負っている以上、Cもこれに従うべき立場にある。AとCとの間に出来形の帰属について格別の合意はなく、特段の事情もない。また、Aは契約締結時に報酬の4割に当たる400万円を既に支払っており(【事実Ⅲ-1】1)、Aに本件出来形を帰属させることは、注文者の合理的期待にも合致する。
(3) 前記3の論拠については、①特約は確かに債権的合意であるが、下請負人は注文者に対し元請負人と異なる主張をしえない以上、結果として特約に従うことになるのであり、②本件契約②は解除されておらず、Cの報酬債権は、Bに対する報酬請求権(634条2号)及び本件出来形に対する留置権等によって保護されるべきものであって、所有権の帰属を左右する理由にはならない。また、③加工法理は所有権帰属に関する合意がない場合の補充的基準にすぎず、注文者と元請負人との合意が下請負人に及ぶ以上、優先的に適用されるべきものではない。
5 よって、令和8年10月1日の時点において、本件出来形の所有権はAに帰属する。
第4 設問2⑵
1 下線部㋐のAの請求の根拠
(1) Bは、本件契約①に基づき、令和8年9月1日までに本件工事①を完成させて建物を引き渡す債務を負っていたところ、これを履行せず、本件契約①は解除された。解除は損害賠償の請求を妨げないから(545条4項)、Aは、Bに対し、債務不履行による履行に代わる損害賠償を請求しうる(415条1項本文、同条2項3号)。
(2) 本件工事①の遅延・不履行は、Bの資金繰りの悪化によりBがCへの6月15日の支払をせず、Cが7月1日に工事を停止したことによるものである(【事実Ⅲ-1】3)。資金繰りの悪化は債務者自身の事情であり、CはBの履行補助者であるから、契約及び取引上の社会通念に照らしてBの責めに帰することができない事由によるものとはいえず、Bは免責されない(415条1項ただし書)。
2 損害の範囲及び額
(1) 債務不履行による損害賠償の範囲は、これによって通常生ずべき損害に及ぶ(416条1項)。請負契約が請負人の債務不履行により解除された場合、注文者が他の業者に残工事を依頼するために要した費用のうち、当初契約の対価を超える部分は、通常生ずべき損害に当たる。
(2) 本件契約①の報酬は1000万円であり、Aは400万円を支払済みで、残報酬は600万円であった。他方、本件出来形の引渡しによってAが受ける利益は、完成時の利益の6割であるから(【事実Ⅲ-1】6)、本件工事①のうち未完成部分は4割であり、本件契約①においてこれに対応する報酬は400万円と評価される。Aは、本件出来形の引渡しを受けた上で、本件工事②をDに報酬650万円で請け負わせ、12月1日に完成建物の引渡しを受けてこれを支払ったところ(【事実Ⅲ-2】7・8)、この金額は契約時の市場の適正価格であった。したがって、Aは、本件契約①が履行されていれば400万円の負担で得られたはずの未完成部分の工事について、650万円の支出を余儀なくされたのであり、その差額250万円が、Bの債務不履行によってAに通常生ずべき損害である。
3 下線部㋑のBの反論の当否
(1) Bは、本件工事①の一部が完成しているとして、その報酬債権をもってAの損害賠償債権と相殺すると主張する。請負が仕事の完成前に解除された場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなし、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる(634条2号)。同号は解除の原因が請負人の帰責事由による場合を除外していないから、本件にも適用される。
(2) 本件出来形は独立の不動産として存在し、Aは10月13日にその引渡しを受けてこれを基礎に本件工事②を行わせたのであるから(【事実Ⅲ-2】7)、既にした仕事の結果は可分であり、Aはその給付により利益を受けている。その利益は完成時の利益の6割であるから、Bは、報酬1000万円の6割に当たる600万円の報酬を請求することができる。もっとも、Aは既に400万円を支払っているから、Bの未払報酬債権は200万円である。
(3) Aの損害賠償債権とBの報酬債権は、いずれも金銭債権であって弁済期にあり、相殺適状にある(505条1項本文)。Aの損害賠償債権は、不法行為債権ではなく生命身体侵害によるものでもないから、509条の相殺禁止にも当たらない。よって、Bは、200万円の限度で相殺することができ、Bの反論は、その限度で認められる。
4 結論
Aの損害賠償請求は、250万円の範囲で認められ、Bの200万円の報酬債権による相殺によって対当額で消滅する結果、Aは、Bに対し、50万円の支払を求めることができる。この結果、Aの総支出は、Bに支払った400万円とDに支払った650万円の合計1050万円から50万円を差し引いた1000万円となり、本件契約①が履行されていた場合と同額になるから、履行利益の賠償として整合的である。
以上