司法試験 令和5年 民法
問題文
(配点:100〔〔設問1〕、〔設問2〕及び〔設問3〕の配点は、30:40:30〕)
次の各文章を読んで、後記の〔設問1〕、〔設問2〕及び〔設問3〕に答えなさい。
なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、試験時に施行されている法令に基づいて答えなさい。
【事実Ⅰ】1.Aは、自らの所有する2階建ての居住用建物(以下「甲建物」という。)に、亡妻との間の子であるB及びCと居住していた。B及びCは、いずれも、成人後に他県で居住するようになった。その後、Aは、Dと再婚し、Dと甲建物に同居していた。Dは、甲建物に無償で居住し、また、Aに子B及びCがいることを知っていた。
2.令和5年4月1日、Aが遺言を残さずに死亡し、B、C及びDがAの財産を相続した。B、C及びDの間での遺産分割は未了である。
同年5月1日、Dは、甲建物を改築してその1階部分を店舗として利用することを計画し、B及びCの同意を得ないで、甲建物の改築工事を行った。同年8月1日、Dは、甲建物の2階部分に居住を続けながら、1階部分で惣菜店を始めた。
3.甲建物の改築及び1階部分での開店の事実を知ったBは、令和5年8月10日、Dに対し、「あなたには甲建物に住む権利はない。直ちに出て行くように。」と述べた。
4.令和5年8月31日、Bは、Dに対し、共有持分権に基づいて甲建物の明渡しを請求し(以下「請求1」という。)、併せて、同年4月2日以降明渡しまで1か月当たり5万円(甲建物の賃料相当額である月額20万円の4分の1)の支払を請求した(以下「請求2」という。)。
Dは、Bの請求に対し、「㋐私は、Aの妻として甲建物に居住していたのだから、Aの死亡後も無償で甲建物に住み続ける権利があり、仮にそのような権利が認められないとしても、㋑甲建物を共同で相続したのだから、いずれにせよ請求1及び請求2を拒むことができる。」と反論した。
〔設問1〕【事実Ⅰ】を前提として、次の⑴及び⑵の問いに答えなさい。なお、【事実Ⅰ】4の「月額20万円」は賃料相当額として適正な額であるものとする。
⑴ Dは、下線部㋐の反論に基づいて、請求1及び請求2を拒むことができるかどうかを論じなさい。
⑵ Dは、下線部㋑の反論に基づいて、請求1及び請求2を拒むことができるかどうかを論じなさい。
【事実Ⅱ】1.個人で養鯉業を営むEは、乙池で1等級の錦鯉を養殖している。
2.令和4年8月1日、錦鯉の輸出事業を新規に計画しているFが、Eの養殖池を見て回り、Eとの間で、乙池で育成中の100匹の錦鯉全部(以下「本件コイ」という。)を買う契約(以下「契約①」という。)を結んだ。契約①において、本件コイの引渡しは、同年10月1日にEの事務所で行うこととされ、また、代金は、100万円(1匹当たり1万円)とし、引渡しから2か月以内に支払うこととされた。
3.令和4年9月1日、Eは、同年11月1日から同月7日まで開催される地域の秋祭りに際し、空になるはずの乙池に5等級の錦鯉を放って釣堀を営業する計画を立てた。
4.令和4年10月1日の早朝、Eは、本件コイを出荷用容器に入れて事務所に運び込んだ。Eは、終日、事務所でFを待っていたが、Fが来訪することはなかった。
同月2日の朝、Eは、Fに対し、引渡日が過ぎたので早急に本件コイを受け取りに来てもらいたいこと、その際は前日までに連絡が欲しいことを伝えた。
5.その後、Fからは特に連絡がないまま、2週間が過ぎた。Eは、この間も毎日、乙池に戻した本件コイの世話を続けていた。
6.令和4年10月16日、Eは、Fに対し、同月30日までに本件コイを受け取りに来なければ同月31日付けで契約①を解除する旨を告げた。その際、Eは、乙池は同年11月上旬に釣堀営業のために使用する予定があり、同年10月末までにいったん空にしなければならないことも説明した。
7.Fは、令和4年9月以降に錦鯉の相場が下落したため錦鯉の輸出事業計画を中止し、同年10月30日を過ぎても、本件コイを受け取りに行かなかった。そのため、Eは、釣堀の営業を断念せざるを得なかった。
8.1等級の錦鯉の相場は、令和4年8月初めには1匹当たり1万円であったが、同年10月初めには8000円、同年10月末には7000円、同年11月末には6000円となった。
9.令和4年11月30日、Eは、㋐契約①が同年10月31日に解除されたと主張し、これを前提に、Fに対し、㋑本件コイの代金相当額100万円及び釣堀の営業利益10万円についての損害賠償を請求した。同年11月30日まで、Eが本件コイを他に売却する等の処分をした事実はない。
〔設問2〕【事実Ⅱ】を前提として、次の⑴及び⑵の問いに答えなさい。
⑴ 下線部㋐におけるEの主張の根拠とその当否を検討しなさい。
⑵ 仮に下線部㋐におけるEの主張が正当であるとした場合、Eは、Fに対し、下線部㋑の損害の全部について賠償を請求することができるかどうかを検討しなさい。なお、Eが釣堀を営業すれば、10万円の利益を得ることができたものとする。
【事実Ⅲ】1.令和4年2月1日、賃貸用建物(以下「丙建物」という。)を所有するGは、Hから2000万円を借り入れた。この借入金に係る債権(以下「α債権」という。)については、令和5年5月31日までに弁済することとされた。令和4年2月1日、Gは、α債権を担保するため、Hに対し、丙建物について抵当権を設定し、その旨の登記がされた。
2.令和4年5月9日、GとKとの間で、GがKに対して丙建物を賃貸する契約(以下「契約②」
という。)がされ、これに基づき、丙建物はKに引き渡された。契約②で定められた賃料は月額25万円であり、当月末日払とされた。
3.令和5年1月、Gの経営する事業の資金繰りが悪化した。同月16日、Gは、弟のLから200万円を借り入れた。この借入金に係る債権(以下「β債権」という。)については、同年5月1日までに弁済することとされた。
4.β債権は、令和5年5月1日を過ぎても、弁済されなかった。そこで、LがG及びKに働き掛けた結果、次のことが行われた。
まず、同月2日、GとKとの間で、契約②が合意により解除された。その上で、同日、GとLとの間で、GがLに対して丙建物を賃貸する契約(以下「契約③」という。)がされ、また、LとKとの間で、LがKに対して丙建物を転貸する契約(以下「契約④」という。)がされた。
実際には、Kが丙建物の使用を継続していた。
契約③で定められた賃料は月額3万円であり、契約④で定められた賃料は月額25万円であり、それぞれ当月末日払とされた。また、Lは、Kから、契約④で定められた賃料の支払を受けるものの、Gに対し、契約③で定められた賃料は実際には支払わないこととされた。KとLとの間では、同年5月分の賃料は、同年6月分の賃料と合わせて同年6月30日に支払うこととされた。
5.α債権は、令和5年5月31日を過ぎても、弁済されなかった。
〔設問3〕【事実Ⅲ】を前提として、次の問いに答えなさい。なお、利息や遅延損害金、敷金については考慮しないものとする。
令和5年6月20日、Hは、契約④に基づいてLがKに対して有する同年5月分以降の賃料債権について、抵当権に基づく物上代位権の行使としての差押えを申し立てた。この物上代位権の行使が認められるかどうか、同年5月分の賃料債権と同年6月分以降の賃料債権とで結論が異なるかを含めて論じなさい。
論文式試験問題集[民事系科目第2問][民事系科目]
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
1 設問1について
設問1は、建物の所有者の死亡により生じた遺産共有状態の下で、被相続人の子であった共有者の1人が、被相続人の配偶者であった共有者が建物を無権限で使用しているとして建物の明渡請求及び金銭の支払請求をした事案を基に、物権及び相続の両分野にまたがる諸制度の基本的知識と相互関係의理解を問うものである。
⑴ 設問1⑴では、配偶者Dが被相続人Aの生前から建物に無償で居住していたことによる無償での占有権原の成立を主張した場合の法律関係が問われている。
ア その前提として、本問で問題となっている請求は、建物を共同相続することによって取得した共有持分権に基づく返還請求権としての建物明渡請求(請求1)と、請求者Bの共有持分権に対応する使用利益をDが不当に利得していることを理由とする不当利得返還請求、又は共有持分権に対応する使用収益権をDの故意又は過失により侵害されたことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求(請求2)であることを確認する必要がある。
その際、Bは、Aの財産を共同相続しており、遺産分割は未了であるから、Bは甲建物について共有持分権を有し(民法第898条第1項)、その持分の割合はBの法定相続分である4分の1であること(民法第898条第2項、第887条第1項、第890条、第900条第1号、第4号)、も指摘する必要がある。 イ その上で、Dが主張する無償の占有権原の成否につき、その法的構成を明らかにし、本問での当てはめを展開する必要がある。すなわち、Dは、被相続人の配偶者として、被相続人の生前から被相続人所有の建物に無償で居住していたことに基づき、配偶者短期居住権(民法第1037条第1項第1号)の成立を主張しているものと考えられる。
そのため、Dがその法律要件を満たすことを丁寧に論ずることが求められる。
なお、Dの主張は、遺産に属する建物の相続開始後の使用について被相続人と相続人との間に使用貸借契約が推認される場合に関する判例法理(最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁)によるものと解することもできなくはない。もっとも、この判例は平成30年法律第72号により配偶者短期居住権制度が創設される前のものであり、現行法制の下では、従前の判例法理と配偶者短期居住権との関係について適切 に論ずることが求められる。
ウ 次に、Dが無断で居住用建物の改築及び店舗開業をしていることから、配偶者短期居住権の消滅が問題となる。これらの行為は、建物の従前の用法を変動させるものであって、用法遵守の善管注意義務(民法第1038条第1項)に違反し、配偶者短期居住権の消滅請求事由となり得る(同条第3項)ところ、Bの申入れ(事実3)により消滅請求の意思表示がされたものと解することができるかについて、事案を分析して法律要件 に適切に当てはめることが求められる。
なお、目的不動産が共有される場合において、配偶者短期居住権の消滅請求を各共有者が単独でできるかどうかも問題となり、この点について適切に論ずる答案は、高く評 価される。
⑵ 設問1⑵では、Dが、建物の共有持分権を有していることを根拠に、無償での占有権原 があると主張した場合の法律関係が問われている。
ア 請求1については、まず、Dが、Aの配偶者として法定相続分2分の1の割合で共同相続し、甲建物について2分の1の共有持分権を有していることを確認する必要がある。
そして、相続財産の共有(遺産共有)も民法第249条以下に規定する共有とその性質を異にするものではなく(最判昭和30年5月31日民集9巻6号793頁)、共有の規定が適用されるが、各共有者は共有物の全部についてその持分に応じた使用をする権限を有するため(同条第1項)、Dは甲建物につき正当な占有権原を有する。 そのため、Bの明渡請求は直ちには認められず、明渡しを求める理由があることを主張立証する必要があること(最判昭和41年5月19日民集20巻5号947頁)について、判例法理を踏まえて適切に論ずることが求められる。共有者間で誰が共有物を使用するかを決めるのは共有物の管理に関する事項に当たること(民法第252条第1項後段)を踏まえ、Bの請求に理由があるかどうかにつき、BがCの同意を得たとしてもなお持分の過半数による決定を得ることができないことを指摘しつつ、事案を分析して 自説を展開する必要がある。
イ 他方で、請求2については、Dが共有者として正当な占有権原を有しているとしても、その持分は2分の1にすぎないことに着目する必要がある。共有者は、その持分割合を超えた使用利益を享受することまでは正当化されないため(民法第249条第2項)、Dが、請求2(Bの持分割合に応じた使用利益相当額の支払請求)を拒むことができな いとの結論を導くことが求められる。
2 設問2について 設問2は、物品(動物)の売買契約において売主が提供した目的物を買主が受領しない事案を基に、受領義務の成否、その不履行による契約解除の成否及び契約解除の場合の損害賠償の具体的内容について問うものである。債権の分野に関する基本的な知識・理解を踏まえつつ、受領義務の不履行及び売主側の解除という事案の特殊性に即して論理を展開する能力 が問われている。
⑴ア 設問2⑴では、下線部㋐でのEの主張が、Fに本件コイを受け取る債務(受領義務)
があることを前提に、その不履行による催告解除(民法第541条)を主張するもので あることから、まず受領義務の成否を検討する必要がある。
債権者が履行を受領しない場合における債務者の不利益については、受領遅滞制度や供託制度による手当てがあり、通常、債務不履行の効果までは必要とされない。そこで、判例・通説は、債権者の一般的な受領義務は否定しつつ、一定の場合に限って受領義務を認める立場をとる(最判昭和40年12月3日民集19巻9号2090頁、最判昭和46年12月16日民集25巻9号1472頁)。受領義務の成否は特に物の売買契約について問題となるが、受領義務を認めるべき範囲をめぐっては、この立場の中でも見解が分かれる。大別すれば、個別の売買契約の事情に着目して、信義則や契約解釈を通じて個別に受領義務を認める見解(判例もこの見解とみられる。)と、売買契約一般に つき、契約の趣旨から類型的に買主の受領義務を導く見解とがある。
いずれの見解をとるにせよ、本問では、受領義務が、何を根拠に、どのような範囲で認められるかについての考え方を示した上で、それを設例に当てはめる必要がある。Fが本件コイを受領しなければ、Eは、その管理のため毎日の世話が必要となり、また、その保管場所とするため乙池を塞がれて他の用途に利用できなくなることからすれば、個別の契約の事情に着眼する前者の見解からも、Fの受領義務が認められよう。
なお、債権者が一般的に受領義務を負うとする答案も、判例・通説の見解を踏まえて自説を論じていれば、同等に評価される。また、結論としてFの受領義務を否定する答 案も、契約①の個別事情についての検討が説得的であれば、同等に評価される。
イ Fに受領義務があるとしても、民法第541条に基づく解除をするためには、受領義務の不履行がなければならない。受領義務の不履行は、履行の提供がされたにもかかわらず、債権者が目的物を受領しない場合に成立する。引渡日におけるEの行為が本件コイの引渡債務の現実の提供(民法第493条本文)に当たること、及び、Fがそれを受 領しないことが受領義務の不履行(履行遅滞)となることの指摘が求められる。
さらに、催告と解除の意思表示も要件となる。Eが、相当の期間を定めた催告と同時 に、停止条件付きの解除の意思表示をしていることについて指摘する必要がある。
⑵ア 設問2⑵では、下線部㋑の損害について具体的に検討するに先立ち、Eの損害賠償請求の根拠を確認しておく必要がある。Eは、受領義務の債務不履行に基づく損害賠償請求(民法第415条第1項)をしているところ、Fには民法第415条第1項ただし書の事由がないため、この請求は認められる。Eは契約①を解除しているが、このことは債務不履行に基づく損害賠償請求を妨げず(民法第545条第4項)、また、Eの債務不履行は履行遅滞であるが、契約解除に伴い、債務の履行に代わる損害賠償が認められ る(民法第415条第2項第3号)ことの指摘が求められる。
イ これを前提に、本件コイの代金相当額100万円の損害賠償請求の当否を論ずることになるが、Fが受領義務を履行しなかったために、契約①の解除によりFの受領義務とともにEの代金債権が消滅し、Eは代金相当額の損害を受けている。そのため、消滅した受領義務又は代金債権に代わる填補賠償として、代金相当額100万円の損害賠償請 求が認められるとの結論を導くことが求められる。
ウ 次に、釣堀の営業利益10万円の損害賠償請求の当否が問われる。Fが受領義務を履行しなかったために、Eは釣堀の営業利益を失った。この損害については、民法第416条が定める損害賠償の範囲に含まれるかが問題となり、特別損害として同条第2項の規定が適用されることを、乙池での釣堀営業の計画が特別事情に当たることを明示しつ つ指摘することが求められる。
同項が要件とする特別事情の予見可能性について、判例は、債務不履行時までに債務者がその事情を予見すべきであったことと解する(大判大正7年8月27日民録24輯1658頁、大判昭和15年2月28日新聞4543号7頁)。この解釈を、その合理性とともに、明確に提示することが必要となる。Fは、Eから釣堀営業の計画を知らされた後も、受領義務の履行遅滞を継続して(Fが前記の計画を知った時以降の不履行を指摘することが必要である。)、Eの営業利益を失わせたのであるから、営業利益10万 円は損害賠償の範囲に含まれることになる。
なお、民法第416条第2項は「予見すべき」という規範的基準をとっているため、Eが催告時にFに計画を告げただけではFが計画を「予見すべき」とまではいえないという評価もあり得る。また、同項について、前記の判例の解釈を説明した上で、契約締結時の予見を基準とする解釈をとって、本問での予見を否定する答案も、同等の評価を 受ける。
エ 最後に、損害賠償の額に関して、損益相殺の検討が求められる。Eは、契約①の解除により本件コイの引渡債務を免れるから、損益相殺として、賠償額から本件コイの価値 が控除されることを指摘しなければならない。
その上で、本件コイの価値をどの時点の市場価格によって算定すべきかが問題となる。
これについては、市場価格が下落傾向にある中で売主が契約を解除するという事案の特殊性に即した考察が求められる。Eは、解除までは契約に拘束されるため、解除時点の下落価格によってしか本件コイを他に売却処分することができない。他方で、解除後は、本件コイの保管に伴う負担を免れるべく、早期の処分を行うことが期待される。このように考えれば、解除時点の下落価格70万円を損益相殺の額とすべきことになる。解除時以降の他の時点を基準とする考え方も、その論拠の説得力に応じて同等に評価される。 3 設問3について 設問3は、抵当権に基づく転貸賃料債権に対する物上代位の可否及び範囲につき、担保物権の諸規定と判例に関する基本的な知識・理解を踏まえ、事案に即しつつ一貫した論理を展 開する能力を問うものである。
⑴ 転貸賃料債権に対する物上代位について論ずる前提として、Hは、抵当権に基づく賃料 債権に対する物上代位権の行使をすることができるかどうかが問題となる。
ア 抵当権に基づく賃料債権に対する物上代位は可能と解されているが、その根拠については、主に、㋐実体的根拠を民法第371条の規定に求めた上で、物上代位による差押えは、民法第372条において準用する同法第304条第1項ただし書の規定によりこれをすることができるとする見解(以下「㋐説」という。)と、㋑実体的根拠を民法第372条において準用する同法第304条第1項の規定に求め、同法第371条の規定は、担保不動産収益執行の実体的根拠となるとする見解(以下「㋑説」という。)とが ある。
そして、抵当権の効力が賃料に及ぶ理由について、㋐説からは、抵当権は、被担保債権について不履行があったときは、天然果実・法定果実を問わず、果実についてその効力が及ぶことを民法第371条の規定に基づいて説明することが考えられる。これに対し、㋑説からは、賃料については、付加的物上代位として抵当権の効力が及ぶと説明することが考えられる。いずれにせよ、抵当権の効力が賃料に対して及ぶ理由の検討において、利害関係人の利益を考量したり、抵当権の本質に遡ったりするものには、高い評 価が与えられる。
イ その上で、抵当権に基づく物上代位権の行使としての差押えは、抵当権の実行方法の一つであり、抵当権の被担保債権について不履行が生じていることを要件とするため、Hが有する抵当権の被担保債権であるα債権について不履行が生じていることを指摘す る必要がある。
⑵ア 以上を前提に、Hの転貸賃料債権に対する抵当権に基づく物上代位権の行使の可否を論ずることが求められる。その解答に当たっては、最決平成12年4月14日民集54巻4号1552頁(以下「平成12年決定」という。)を正確に理解した上で、解釈論として一貫した論述をする必要がある。
平成12年決定は、抵当権に基づく転貸賃料債権に対する物上代位は、原則として認められないとした。その理由は、(ⅰ)抵当権に基づく物上代位は、物的責任を負担する者、つまり抵当不動産の所有者が有する債権についてのみ可能であること、(ⅱ)正常な転貸借をした賃借人=転貸人の利益も考慮しなければならないこと、(ⅲ)(平成15年法律第134号による改正前の民法第371条の規定の下では、抵当権に基づく転貸賃料債権に対する物上代位は専ら民法第372条において準用する同法第304条の規定が根拠となっていたことを前提として)同条第1項の文言に照らして、抵当不動産の賃 借人=転貸人を「債務者」に含めることができないことである。
これを踏まえて、本問でも、抵当権に基づく転貸賃料債権に対する物上代位が原則として認められないという定式を示した上で、その理由を論ずる必要があるが、平成15年法律第134号による改正後の現行民法の下では、㋑説に立つ場合には、平成12年決定の(ⅲ)を理由として援用することができる一方で、㋐説に立つ場合には、(ⅲ)を援 用すると論理が一貫しないこととなることに留意しなければならない。
イ その上で、平成12年決定が示した、「抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合」には抵当権に基づく転貸賃料債権に対する物上代位が例外的に認め られるという定式を示して、事案に即した論述を行うことが求められる。
Lは、Gの弟であり、形式的にも実質的にも同一人であるとはいえないが、抵当権の行使を妨害する目的や不当な債権回収目的があるといった事情から、Lを所有者と同視 することを相当とする場合に当たるといえるかどうかが問題となる。
抵当権の行使を妨害する目的に焦点を合わせる場合には、①LがGの弟であること、②賃貸借関係への割込みにより転貸借関係が作出されたこと、③転貸借契約がされた時期が資金繰りの悪化した後、α債権の弁済期の直前であったこと、④賃貸料の額と転貸賃料の額との間の差が大きいこと、⑤原賃貸料は、実際には支払われないこととされていたことを考慮すれば、転貸借関係の作出は、Hの賃料債権に対する物上代位権の行使 を妨害する目的でされたものといえよう。
債権を回収する目的に焦点を合わせる場合には、債権回収そのものは何ら不当なものではないとしても、抵当権設定登記がされた後、一般債権者であるLが賃料債権から自己のβ債権を回収するために上記のような形で賃貸借関係に割り込むことは、不当な債権行使目的でされたものと評価されよう(最判平成10年1月30日民集52巻1号1頁、最判平成10年3月26日民集52巻2号483頁等を参照)。 いずれにせよ、本問では、抵当不動産の賃借人Lを所有者と同視することを相当とする場合に当たり、Hは、転貸賃料債権に対して抵当権に基づく物上代位権の行使をする ことができるとの結論を導くことが求められる。
⑶ア 5月分の転貸賃料債権は、Hが有する抵当権の被担保債権であるα債権についての債務不履行の前に生じたものである。そこで、5月分の転貸賃料債権に対しても、抵当権 に基づく物上代位権の行使をすることができるかどうかが問題となる。
抵当権者が抵当権の被担保債権についての不履行前に生じた賃料から物上代位に基づいて優先弁済を受けることができるかどうかについては、肯定説と否定説とが対立して いる。
イ 肯定説からは、①抵当権は、抵当目的物件の換価代金の意味での交換価値のみではなく、使用・収益価値も抵当権設定時から潜在的に把握しているとされるが、否定説から は、①´抵当権は、非占有担保であることが強調される。
また、㋐説をとった上で肯定説をとるときは、②民事執行法第188条において準用する同法第93条第2項の規定は、賃料債権の発生時期を問題としていないとされるのに対し、㋐説をとった上で否定説をとるときは、②´強制執行としての強制管理の対象の範囲と担保執行としての担保不動産収益執行の対象の範囲とは異なってしかるべきであるため、前記の準用は、根拠とならないとされるとともに、③´民法第371条の「生 じた」という文言からは、否定説が素直な解釈であるとされる。
他方で、㋑説をとった場合において、担保不動産収益執行の対象の範囲と物上代位の対象の範囲とは同じであるべきであるとの評価を提示するときは、前記の㋐説をとった上での肯定説の論拠と否定説の論拠とを肯定説・否定説の各立場から援用することができる。さらに、㋑説をとった上で肯定説をとるときは、③抵当権に基づく賃料債権に対する物上代位は、民法第372条において準用する同法第304条第1項の規定によっ て認められるため、民法第371条の文言は、妨げとならないとされる。
ウ どの結論をとるにせよ、論理を一貫させることが求められる。例えば、㋐説をとるにもかかわらず、③の論拠を挙げて肯定説をとったり、㋑説をとるにもかかわらず、単純に③´の論拠を挙げて否定説をとったりするものは、論理が一貫していないと評価され る。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 前提 各請求の性質とBの地位
Aの相続人は、配偶者D並びに子B及びCであり(民法890条、887条1項)、その法定相続分は、Dが2分の1、B及びCが各4分の1である(900条1号・4号)。相続人が数人あるときは相続財産はその共有に属し、各共同相続人の共有持分は相続分による(898条1項・2項)。遺産分割は未了であるから、甲建物はBCDの共有であり、Bの持分は4分の1である。
請求1は、Bの共有持分権に基づく返還請求としての甲建物の明渡請求である。請求2は、Bの持分割合に対応する使用利益をDが法律上の原因なく利得していることを理由とする不当利得返還請求(703条)、又はBの使用収益権をDが故意若しくは過失により侵害したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求(709条)である。
2 設問1⑴ ㋐の反論
(1)配偶者短期居住権の成立
㋐の反論は、配偶者短期居住権(1037条1項1号)の主張と解される。すなわち、被相続人の配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、遺産分割によりその建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日までの間、居住建物を無償で使用する権利を取得する。
本件では、DはAの配偶者であり、甲建物はAの財産に属し、Dは相続開始の時である令和5年4月1日に甲建物に無償で居住していた。相続欠格・廃除等の事由もない。遺産分割は未了であるから、Dは甲建物の全部について無償で使用する権利を取得した。
なお、判例は、共同相続人の1人が被相続人の許諾を得て遺産である建物に同居していた場合に、被相続人と当該相続人との間に相続開始を始期とする使用貸借関係が推認されるとしていた(最判平成8年12月17日)。しかし、配偶者については1037条が明文で短期の居住権を保障したのであるから、配偶者の居住保護は同条によって図るのが相当である。
(2)配偶者短期居住権の消滅
配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって居住建物を使用しなければならない(1038条1項)。配偶者が同項に違反したときは、居住建物取得者は、配偶者に対する意思表示によって配偶者短期居住権を消滅させることができる(同条3項)。無償かつ短期の権利であることから、催告を要しないものとされている。
本件で、Dは、令和5年5月1日、BCの同意を得ずに居住用建物である甲建物の改築工事を行い、同年8月1日からは1階部分で惣菜店を営んでいる。これは、建物を従前の居住の用から店舗の用に変動させるものであって従前の用法に従った使用ではなく、かつ無断の改築は善管注意義務にも反する。したがって1038条1項違反が認められる。
次に、Bの令和5年8月10日の「あなたには甲建物に住む権利はない。直ちに出て行くように。」という発言が消滅請求の意思表示に当たるかが問題となる。この発言は、Dの居住権原を否定して退去を求めるものであるから、改築及び開店の事実を知った上での発言である点に照らし、客観的には配偶者短期居住権を消滅させて明渡しを求める趣旨を含むものと解される。
また、居住建物が共有に属する場合に各共有者が単独で消滅請求をなしうるかが問題となる。しかし、消滅請求は、用法違反という違法状態を除去して居住建物を本来の状態に回復させるものであって共有物の保存行為に類し(252条5項)、また持分の過半数の決定を要するとすれば用法違反の是正が困難となる。そこで、各共有者が単独で消滅請求をすることができると解する。したがって、Bが単独でした意思表示は有効である。
(3)結論
よって、Dの配偶者短期居住権は令和5年8月10日に消滅した。Dは、㋐の反論により請求1を拒むことはできない。
請求2については、令和5年4月2日から同年8月10日までの間は、Dは配偶者短期居住権に基づき甲建物の全部を無償で使用する権原を有していたから、この期間に対応する使用利益については法律上の原因があり、Bの請求を拒むことができる。これに対し、同月11日以降については権原を欠くから、拒むことはできない。
3 設問1⑵ ㋑の反論
(1)請求1
Dは、Aの配偶者として法定相続分2分の1の割合で共同相続したから、甲建物について2分の1の共有持分権を有する。
相続財産の共有も249条以下に規定する共有とその性質を異にするものではない(最判昭和30年5月31日)。そして、各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる(249条1項)。したがってDは甲建物を占有する正当な権原を有する。
そうすると、共有物を単独で占有する共有者に対し、他の共有者は、自己が共有持分権を有することのみを理由として当然に明渡しを請求することはできず、明渡しを求める理由を主張立証しなければならない(最判昭和41年5月19日)。
そして、共有者間で誰が共有物を使用するかを定めることは共有物の管理に関する事項に当たり、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決する(252条1項後段)。本件では、Bの持分は4分の1であり、仮にCの同意を得ても合計2分の1にとどまるから、持分の価格の過半数による決定をすることができない。したがって、Bは、Dの使用を排除する管理の決定に基づいて明渡しを求めることができず、他に明渡しを求める理由も認められない。
よって、Dは㋑の反論により請求1を拒むことができる。
(2)請求2
もっとも、共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負う(249条2項)。共有者が持分を超えて使用利益を享受することは正当化されないからである。
本件では、Dの持分は2分の1にすぎず、Dは甲建物の全部を使用している。BCD間に別段の合意はない。したがって、Dは、Bの持分4分の1に対応する使用利益、すなわち適正賃料相当額月額20万円の4分の1である月額5万円を償還する義務を負う。
よって、Dは㋑の反論によって請求2を拒むことはできない。
第2 設問2
1 設問2⑴ ㋐の主張の根拠とその当否
(1)㋐の主張は、Fが本件コイを引き取る債務(受領義務)を負うことを前提に、その不履行を理由とする催告解除(541条)を主張するものである。
(2)受領義務の成否
債権者が履行の受領を拒む場合における債務者の不利益は、受領遅滞による保管義務の軽減及び増加費用の負担(413条)、危険の移転(413条の2第2項、567条2項)並びに供託(494条1項1号)によって手当てされており、通常はこれを超えて債務不履行の効果を認める必要はない。したがって、債権者は一般的に受領義務を負うものではない(最判昭和40年12月3日)。
もっとも、個別の契約の趣旨及び信義則(1条2項)に照らし、債権者が目的物を引き取るべき義務を負うと認められる場合には、その不履行を理由として解除をすることができると解する。具体的には、売主が目的物を引き続き管理しなければ相当の負担を負う場合や、目的物の性質上受領の拒絶が売主に著しい損害を及ぼす場合がこれに当たる。
本件の本件コイは、乙池で育成中の生きた錦鯉100匹であり、Eはこれを引き取ってもらえなければ毎日世話を続けなければならず、現にEは2週間にわたり乙池に戻した本件コイの世話を続けている。また、本件コイが乙池を占めている限り、Eは乙池を他の用途に利用することができない。契約①は、Fが乙池で育成中の錦鯉全部を特定して買い受け、引渡しをEの事務所で行うとするものであって、Eが引取りを前提に乙池を空けることが当然の前提とされていた。
したがって、Fは信義則上本件コイを引き取る義務を負う。
(3)受領義務の不履行
受領義務の不履行は、債務者が履行の提供をしたにもかかわらず債権者が目的物を受領しない場合に成立する。本件では、Eは、引渡期日である令和4年10月1日の早朝、本件コイを出荷用容器に入れて引渡場所である事務所に運び込み、終日Fを待っていたのであるから、現実の提供(493条本文)があった。これに対しFは来訪せず受領していないから、同日、Fは受領義務の履行遅滞に陥った。
(4)催告及び解除の意思表示
Eは、令和4年10月16日、Fに対し、同月30日までに本件コイを受け取りに来なければ同月31日付けで契約①を解除する旨を告げている。これは、相当の期間を定めた催告と、期間内に履行がないことを停止条件とする解除の意思表示を同時にしたものであり、いずれも有効である。
約2週間という期間は、既に引渡期日から半月が経過していたこと、乙池を11月上旬の釣堀営業のため10月末までに空ける必要があったことに照らし、相当の期間といえる。
また、受領義務の不履行は、Eに本件コイの日々の管理の負担と乙池の使用不能という重大な不利益を生じさせており、契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとはいえない(541条ただし書)。
そして、Fは、錦鯉の相場下落により輸出事業計画を中止し、令和4年10月30日を過ぎても受け取りに行かなかった。
(5)よって、契約①は令和4年10月31日に解除され、㋐の主張は正当である。
2 設問2⑵
(1)損害賠償請求の根拠
Eの請求は、Fの受領義務の不履行を理由とする損害賠償請求(415条1項)である。Fの不履行は、相場下落により自己の事業計画を中止したという自己の都合によるものであって、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らしてFの責めに帰することができない事由によるものとはいえず、同項ただし書による免責はない。
解除権の行使は損害賠償の請求を妨げない(545条4項)。そして、債務の不履行による解除権が発生したときは、債権者は債務の履行に代わる損害賠償を請求することができる(415条2項3号)。
(2)代金相当額100万円
契約①の解除により、Fの受領義務とともにEの代金債権100万円も消滅した。Eは、Fが受領義務を履行していれば代金100万円を取得できたのであるから、消滅した債権に代わる填補賠償として100万円の損害を受けたといえる。これは債務不履行により通常生ずべき損害(416条1項)に当たる。
(3)釣堀の営業利益10万円
これに対し、釣堀の営業利益10万円は、Eが乙池で秋祭りに際して釣堀を営業する計画を有していたという特別の事情によって生じた損害である。したがって、当事者がその事情を予見すべきであったときに限り賠償の範囲に含まれる(416条2項)。
ここで予見すべき時期は、契約締結時ではなく債務の不履行時と解する。債務者は、契約締結後に知った事情をも前提として債務を履行すべきであり、不履行時にその事情を予見すべきであった場合には、これによって拡大した損害を負担させることが公平に適うからである。
本件では、Eは令和4年10月16日の催告の際、乙池は同年11月上旬に釣堀営業のために使用する予定があり、10月末までにいったん空にしなければならないことを説明している。Fはこれを知った後も受領義務の履行遅滞を継続し、同月30日を過ぎても本件コイを受け取りに行かなかった。したがって、Fは不履行の時点でこの特別の事情を予見すべきであった。
よって、営業利益10万円も損害賠償の範囲に含まれる。
(4)損益相殺
もっとも、Eは、契約①の解除により本件コイの引渡債務を免れ、現に本件コイを保持している。填補賠償は債務が履行された場合と同一の経済的地位を債権者に与えるものであるから、賠償額からEが保持する本件コイの価値を控除すべきである。
そこで、本件コイの価値をいつの時点の相場で算定すべきかが問題となる。Eは、解除をするまでは契約①に拘束され、本件コイを他に処分することができなかった。他方、解除後は保管の負担を免れるために早期に処分することが期待される。そうすると、解除時である令和4年10月31日の相場、すなわち1匹7000円、合計70万円をもって控除すべき価値と解するのが相当である。その後の令和4年11月末までの相場の下落は、Eが処分を行わなかったことによるものであり、Fに負担させるべきではない。
(5)結論
よって、Eが請求できる額は、100万円に10万円を加えた110万円から70万円を控除した40万円であり、Eは㋑の損害の全部について賠償を請求することはできない。
第3 設問3
1 賃料債権に対する物上代位の可否
抵当権者は、抵当不動産の賃貸によって債務者が受けるべき金銭に対しても抵当権を行使することができる(372条・304条1項本文)。賃料債権は抵当不動産の交換価値が具体化したものではないが、抵当権は目的物の価値を把握する権利であり、その使用収益から生ずる価値にも及ぶと解されるから、賃料債権はいわゆる付加的物上代位の対象となる(最大決平成元年10月27日)。
これに対し、371条は、抵当権は被担保債権について不履行があったときはその後に生じた抵当不動産の果実に及ぶと定めるが、同条は担保不動産収益執行の実体的根拠を定めたものであり、賃料債権に対する物上代位の根拠は372条が準用する304条1項に求められると解する。
そして、物上代位は抵当権の実行方法の一つであるから、被担保債権について不履行が生じていることを要する。本件では、α債権は弁済期である令和5年5月31日を過ぎても弁済されていないから、不履行がある。また、物上代位権の行使は払渡し又は引渡しの前に差押えをしてしなければならないが(304条1項ただし書)、契約④の令和5年5月分の賃料は6月分と合わせて同年6月30日に支払うこととされていたから、同月20日のHの差押えの申立ては払渡し前である。
2 転貸賃料債権に対する物上代位の可否
本件でHが差押えを申し立てたのは、賃借人Lが転借人Kに対して有する転貸賃料債権である。
304条1項は「債務者が受けるべき金銭」と規定しており、物上代位は、物的責任を負担する者、すなわち抵当不動産の所有者が有する債権についてのみ行使しうるのが原則である。また、転貸賃料は、賃借人が自己の資本と信用に基づいて得た収益であり、正常な転貸借をした賃借人の利益も保護されなければならない。さらに、同項の「債務者」に抵当不動産の賃借人を含めることはできない。
そこで、抵当権者は、原則として転貸賃料債権について物上代位権を行使することはできないが、所有者の取得すべき賃料を減少させ、又は抵当権の行使を妨げるために、法人格を濫用し、又は賃貸借を仮装した上で転貸借関係を作出したものであるなど、抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合には、例外的に物上代位権の行使が認められると解する(最決平成12年4月14日)。
本件についてみると、第一に、LはGの弟であり、Gと密接な身分関係を有する。第二に、既存のGK間の契約②をあえて合意解除し、Lを割り込ませて契約③・契約④という転貸借関係を作出しているが、実際にはKが丙建物の使用を継続しており、建物の使用関係に実質的な変更はない。第三に、これが行われたのは、Gの資金繰りが悪化し、β債権の弁済期を過ぎた令和5年5月2日であり、α債権の弁済期である同月31日の直前である。第四に、契約③の賃料は月額3万円、契約④の賃料は月額25万円であって差が著しく大きい。第五に、しかも契約③の賃料はGに実際には支払わないこととされていた。
これらによれば、本件の転貸借関係の作出は、丙建物から生ずる賃料をHの物上代位の対象から逃れさせ、一般債権者であるLが自己のβ債権を優先的に回収するための仮装にほかならず、抵当権の行使を妨げる目的でされたものと評価すべきである。Lに丙建物を使用収益する実質的な利益はなく、保護すべき正常な転貸借とはいえない。
よって、Lを所有者Gと同視することを相当とする場合に当たり、Hは転貸賃料債権に対して物上代位権を行使することができる。
3 令和5年5月分と6月分以降との差異
令和5年5月分の転貸賃料債権は、α債権の債務不履行が生じた令和5年5月31日の経過より前の期間に対応して生じたものである。そこで、不履行前に生じた賃料債権に対しても物上代位権を行使しうるかが問題となる。
371条の「不履行があったとき」「その後に生じた」という文言からは、不履行前に生じた果実には抵当権の効力が及ばないとする解釈が成り立ちうる。しかし、前記のとおり、賃料債権に対する物上代位の根拠は372条が準用する304条1項であり、371条は担保不動産収益執行の実体的根拠を定めたものにとどまる。そうすると、371条の文言は物上代位の範囲を限定する根拠とはならない。
そして、抵当権は、抵当不動産の換価による交換価値のみならず、その使用収益から生ずる価値をも設定時から潜在的に把握しているものである。抵当権の効力が賃料に及ぶのは、被担保債権の不履行後に抵当権者が優先弁済を受ける必要が生じたことによるものであって、不履行後に差押えがされる限り、対象となる賃料債権が不履行前の期間に対応するものであっても抵当権者を優先させて差し支えない。
よって、令和5年5月分の転貸賃料債権についても、6月分以降と同様に、Hの物上代位権の行使が認められる。なお、6月分以降の転貸賃料債権は差押え時にまだ発生していないが、将来発生すべき賃料債権についても物上代位権の行使としての差押えをすることができる。
以上