司法試験 令和4年 民法
問題文
[民事系科目](配点:100〔 、 及び の配点は、50:30:20〕)〔第1問〕 〔設問1〕 〔設問2〕 〔設問3〕次の各文章を読んで、後記の 、 及び に答えなさい。〔設問1⑴・⑵〕 〔設問2〕 〔設問3〕なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、試験時に施行されている法令に基づいて答えなさい。
【事実Ⅰ】1.個人で事業を営んでいるAは、その所有する甲土地を売却することとした。
2.令和2年3月20日、不動産取引の経験がなかったAは、かつて不動産業に携わっていた友人のBに甲土地の売却について相談をした。甲土地の登記記録には、弁済によって被担保債権が既に消滅した抵当権の設定登記が残っていたことから、Bは、甲土地の売却先を探してみるが、その前に抵当権の登記を抹消してあげようと申し出、Aはこれを了承した。
【事実Ⅱ】前記【事実Ⅰ】の1と2に続いて、以下の事実があった。
3.Bは、自身が負う金銭債務の弁済期が迫っていたため、甲土地を自己の物として売却し、その代金を債務の弁済に充てようと考えた。
4.令和2年4月2日、Bは、Aに対し、抵当権の抹消登記手続に必要であると偽って所有権移転登記手続に必要な書類等の交付を求め、Aは、Bの言葉を信じてこれに応じた。Bは、Aが甲土地をBに3500万円で売却する旨の契約(以下「契約①」という。)が成立したことを示す売買契約書を偽造し、同契約書とAから受け取った書類等を用いて、同月5日、甲土地につき、抵当権の抹消登記手続及びAからBへの所有権移転登記手続をした。
5.令和2年4月20日、Bは、甲土地を4000万円でCに売却する旨の契約(以下「契約②」
という。)をCとの間で締結した。Cは、契約②の締結に当たり、甲土地の登記記録を確認し、Bが甲土地を短期間のうちに手放すことになった経緯につきBに尋ねたところ、Bは、「知らない人と契約を交わすのを不安に感じたAの意向で、いったん友人である自分が所有権を取得することになった」旨の説明をした。
6.令和2年4月25日、CからBへの代金全額の支払と、甲土地につきBからCへの所有権移転登記がされた。
〔設問1⑴〕
【事実Ⅰ】及び【事実Ⅱ】(1から6まで)を前提として、令和2年5月1日、CがAに対して甲土地の引渡しを請求した。Aはこれを拒むことができるか、論じなさい。
【事実Ⅲ】前記【事実Ⅰ】の1と2に続いて、以下の事実があった(前記【事実Ⅱ】の3から6までは存在しなかったものとする。)。
7.令和2年4月2日、Aは、知人のDから甲土地を4000万円で購入したいとの申出を受け、この額が時価相当であったことから、Dに売却することを決めた。Aは、同日、Bに対して、甲土地の売却先を探してもらう必要はなくなったが、抵当権の抹消登記手続については急いでほしい旨を述べ、Bはこれを了承した。
8.Aは、事業の不振により債務超過に陥っていたことから、Dに対し、登記手続は来月になってしまうが、売買契約の締結と代金の授受は早々にさせてほしいと懇請し、Dはこれに応じた。
令和2年4月5日、Aが甲土地を4000万円でDに売却する旨の契約(以下「契約③」という。)がAとDとの間で締結され、代金全額がDからAに支払われた。なお、甲土地は、Aが所有する唯一のめぼしい財産であった。
9.令和2年4月8日、Bは、Aが甲土地を売却した相手が、かねてより恨みを抱いているDであることを知って、契約③を阻止し、Dに損害を与えようと考えた。Bは、Aに対して、今後継続的にAの事業を支援するから、甲土地は自分に2000万円で売ってほしいと述べた。Aは、今後のBからの支援に期待をかけ、Bの申出を受けることにした。
10.令和2年4月12日、Aは、甲土地を2000万円でBに売却する旨の契約(以下「契約④」
という。)をBとの間で締結した。同月15日、BからAに代金全額が支払われ、甲土地につき抵当権の抹消登記及びBへの所有権移転登記がされた。
11.令和2年5月8日、Bは、甲土地を4000万円でCに売却する旨の契約(以下「契約⑤」
という。)をCとの間で締結した。同月10日、CからBへの代金全額の支払と、甲土地につきCへの所有権移転登記がされた。なお、Cは、契約⑤の締結に当たり、契約③の存在やAが十分な資力を有していないことについてBから説明を受けていたが、BにDを害する意図があったことは、Cへの所有権移転登記がされた後も知らないままであった。
〔設問1⑵〕
【事実Ⅰ】及び【事実Ⅲ】(1、2及び7から11まで)を前提として、令和2年6月1日、Dは、Cに対し、甲土地につき、Dへの所有権移転登記手続をするよう請求し(以下「請求1」という。)、それができないとしても、Aへの所有権移転登記手続をするよう請求した(以下「請求2」という。)。
これらの請求は認められるか、請求1及び請求2のそれぞれについて論じなさい。
【事実Ⅳ】12.令和3年3月、Fは、その所有する乙建物を、期間5年、賃料月額30万円でGに賃貸する契約(以下「契約⑥」という。)をGとの間で締結し、Gに引き渡した。
13.令和3年5月31日、Fは、Hから1000万円を弁済期を2年後とする約定で借り受け、その借入金債務(以下「債務α」という。)を担保する目的で乙建物をHに譲渡する契約(以下「契約⑦」という。)をHとの間で締結した。契約⑦において、Fが債務αの弁済期が経過するまで乙建物の使用収益をする旨が合意された。同年6月5日、契約⑦に基づき、乙建物につきHへの所有権移転登記がされた。
14.Gは、その後もFに対して契約⑥に基づく賃料を支払っていたが、令和5年5月、乙建物につきHへの所有権移転登記がされていることを知り、賃料を支払わなくなった。
15.Fは、債務αの弁済期経過後もその弁済をしないまま、令和5年7月、債務αの弁済期経過前に発生した同年5月分の賃料と弁済期経過後に発生した同年6月分の賃料の支払をGに請求した(以下「請求3」という。)。Gは、「㋐乙建物がHに譲渡されたので、Fに対して賃料を支払う必要はない。」と述べて支払を拒んだ。Fは、「㋑Hへの所有権移転登記がされているが、これは契約⑦に基づくものであって、賃貸人の地位が直ちにHに移転する効果を生ずべき譲渡があったわけではない。㋒仮にそのような譲渡があったとしても、債務αの弁済期が経過するまでFが乙建物の使用収益をする旨の合意があるから、賃貸人の地位は自分に留保されている。」と反論した。
16.Hは、請求3の時点で、契約⑦に基づく担保の実行も、乙建物の第三者への処分もしていない。
〔設問2〕
【事実Ⅳ】(12から16まで)を前提として、次の問いに答えなさい。
下線部㋐㋑㋒の各主張の根拠を説明した上で、Fの反論の当否を検討し、請求3が認められるか、論じなさい。その際、令和5年5月分と6月分とで結論に違いが生じ得るかにも留意しなさい。
【事実Ⅴ】17.Kは、別荘とその敷地(以下併せて「丙不動産」という。)を所有していた。Kには子Lがいたが、Kは、姪のMを幼少の頃からかわいがっていたことから、令和6年1月17日、Mとの間で「Kが死亡したときには、丙不動産をMに与える」旨の贈与契約(以下「契約⑧」という。)
を書面で締結した。
18.令和8年2月頃よりKとMの関係が悪化した。
19.令和8年10月1日、Kは、丙不動産をN県に遺贈する旨を記した適式な自筆証書遺言を作成し、同日、LとN県にその内容を通知した。
20.Kは、令和9年5月1日に死亡した。Kの相続人はLのみであった。
21.丙不動産の所有権の登記名義人はKのままであった。令和9年8月20日、Mは、Lに対し、契約⑧に基づき丙不動産のMへの所有権移転登記手続を求めた(以下「請求4」という。)。
これに対し、Lは、「㋓契約⑧は、その後にKがN県に丙不動産を遺贈する遺言をしたことにより、撤回されたはずである。」と主張してこれを拒んだ。
〔設問3〕
【事実Ⅴ】(17から21まで)を前提として、次の問いに答えなさい。
下線部㋓の主張の根拠を説明した上で、考えられるMからの反論を踏まえ、請求4が認められるか、論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕1 設問1⑴について
⑴ 設問1⑴は、虚偽の外観を信頼して取引をした者の保護をどのような要件の下で図るかという問題に関する理解を問うものである。
設問1⑴においては、 甲土地の所有権登記がAからB、 BからCと順次移転しているが、Bは無権利者であり、Cが外観を信じて取引をした者として保護されるかが問題となる。
虚偽の外観の作出・存続に本人の意思が直接には関与していない事例について、判例は、民法(以下「法」という。 )第94条第2項と第110条の法意を重畳的に適用することによって、権利外観法理の伸張を図っている。本問の解答としては、この判例法理の趣旨を正確に理解した上で、 本人の帰責性の程度を勘案しつつ第三者に求められる要件を論じ、本問に当てはめて結論を導くことが求められる。
⑵ まず、無権利者からの譲受人は権利を取得できないのが基本であるところ、判例は、虚偽の権利外観の作出・存続が所有者の意思に基づくと評価される場合に法第94条第2項を類推適用し、登記の外形を信頼して無権利者と取引をした善意の第三者の保護を図っている。解答に当たっては、こうした本問の基本構造が提示されることが求められる。
なお、本問においては、代理権の存在についての信頼を保護することを趣旨とする法第110条の適用が問題となるわけではない。
⑶ 法第94条第2項が類推適用される要件である本人の帰責性が認められる場合としては、本人自らが虚偽の外観を作出したとき(外形意思対応=外形自己作出型)や、虚偽の外観の作出が他人によるものであっても、本人がその存在を知りつつその存続を明示又は黙示に承認していたとき(外形意思対応=外形他人作出型)が挙げられる。これに対し、本人が作出した虚偽の外観に他人の行為が加わって更なる虚偽の外観が作出されたが、本人がそれを知らなかった場合(外形意思非対応型)や、本人が他人を信用して交付した書類が濫用されて虚偽の外観が作出されるなど、本人が虚偽の外観作出の原因を与えていた場合(外形与因型)には、判例は、法第94条第2項と第110条の「法意」又は「趣旨の類推」により、善意無過失の第三者を保護するものとしている(最判昭和43年10月17日民集22巻10号2188頁、 最判平成15年6月13日判時1831号99頁 (以下「平成15年判決」という。 ) 、最判平成18年2月23日民集60巻2号546頁【民法判例百選Ⅰ<第8版>22事件】 (以下「平成18年判決」という。 ) ) 。
⑷ 本問は、Aは、Bに対して抵当権抹消登記手続を委託しているものの、甲土地の所有権をBに移転させる意思は有していないことから、上記の「外形与因型」に該当する。 「外形与因型」の事例への対処については、判例のように法第94条第2項と第110条の法意に照らし判断するもののほか、学説には、法第110条を持ち出さずに、法第94条第2項類推適用によるものとする見解や、 「外形与因型」の事例は法第94条第2項類推適用の許容範囲を超えるものとして第三者保護を否定すべきとの見解もある。論拠が適切に示されているのであれば、判例とは異なる見解に依拠するのであっても等しく評価されるが、いずれの見解によるとしても、法第94条第2項類推適用が認められる事例の限界については言及がされるべきである。
⑸ 本問の解答としては、ここまでに述べてきた法的論拠に関する議論を踏まえ、本人Aの帰責性と第三者Cの善意又は善意無過失の要件具備の当否を適切に判断することが求められる。平成18年判決は、虚偽の外観作出について権利者本人が知らなかった事案において、権利者に不実登記を承認したと「同視し得るほど重い」帰責性がある場合に無過失の第三者が保護されるとした。本問においても、Cの無過失はもとより、Aの帰責性についても、その判断については相当の慎重さが求められる。
Aの帰責性に関しては、所有権移転登記手続に必要となる書類をBに言われるまま交付していることが事実4に示されているものの、契約①の契約書がBの偽造によるものであることは重視されるべきである。所有権移転登記それ自体にAの意思的関与はなく、Bによって作出された外観を是正し得る契機も見いだせない。こうしたことからすれば、本問は、上記の平成18年判決の事案よりも平成15年判決の事案に類似しているといえる。
法第94条第2項と第110条の法意に照らしても、Cに対抗し得ないとすべき程の帰責性がAにあるとは評価できず、Cに対する権利主張は妨げられないものと解される。ただし、Aの帰責性を是認する答案も、その論拠が説得的に示されていれば、相応に点を与える。
2 設問1⑵について⑴ア 設問1⑵は、 Aが、 甲土地をDとBに二重譲渡した事例であり、 登記名義はAからB、BからCへと順次移転している。登記のない譲受人が自己の所有権取得を登記のある譲受人に対抗するための方途としてまず考えられるのは、登記を有する譲受人が背信的悪意者であるとの主張である。通説・判例によれば、法第177条にいう「第三者」には背信的悪意者は含まれず、登記がなくても物権の取得を対抗することができる(最判昭和40年12月21日民集19巻9号2221頁、最判昭和43年8月2日民集22巻8号1571頁等) 。自由競争の前提となる信義則に違反し、権利濫用法理に違背するような者は、自由競争の範囲を逸脱し、登記による保護を認められるべきではないからであるとされている。背信的悪意者の典型例としては、 「不動産登記法第5条の第三者と類似する立場にある第三者」 、 「不動産取得の目的や方法が著しく信義に反する第三者」 、 「第1譲受人の不動産取得を害意をもって侵害しようとする第三者」 、 「譲受人と実質的に同一人格と判断される第2譲受人」などが挙げられる。
もっとも、学説上は、悪意者排除論や有過失者排除論も有力であり、これらを論拠とする場合も、判例法理となっている背信的悪意者排除論への疑問を提示しつつ説得的に論じられていれば、同様に点を与える。
設問1⑵において、Bは、第1売買の事実を知り、またDへの第1売買を妨害する意図をもって自己への所有権移転、Cへの転売をしているため、上記の「不動産取得の目的が著しく信義に反する第三者」に該当し、背信的悪意者であると認定することができる。したがって、悪意者排除論に依拠する場合はもちろん、判例・通説のいう背信的悪意者排除論に依拠するのでも、Dは、甲土地について登記なくして自己の所有権取得をBに対抗することができると解される。
イ では、Dは、背信的悪意者からの転得者Cとの関係でも、同様に登記なくして所有権の取得を対抗することができるか。背信的悪意者からの譲受人は所有権を取得し得るのか、また、背信的悪意者としての地位を承継することにならないのかが検討されるべきこととなる。判例は、背信的悪意者につき相対的に判断をしており、第1譲受人との関係で登記の欠缺を主張できない背信的悪意者も所有権取得者であって、背信的悪意者から所有権を承継取得する転得者は、自身が第1譲受人との関係で背信的悪意者と評価されるのでない限り、登記を備えれば第1譲受人に対抗できるとしている(最判平成8年10月29日民集50巻9号2506頁【民法判例百選Ⅰ<第8版>61事件】 ) 。
本問では、 事実11において、 背信的悪意者Bからの譲受人Cが、 Dへの第一売買 (契約③)を知っていたものとされており、悪意であるということができるが、Dを害する意図がBにあったことまでは知らなかったというのであるから、背信的悪意者とはいえないものと解される。したがって、Dは、登記名義人が背信的悪意者であることを理由として、Cに対して、自己に所有権があることを主張し、自己への登記名義の移転を請求することはできない。
⑵ア 次に、Aは、財産権移転義務・登記移転義務を負っているDを害することを知りながら、評価額よりも低い価額で、唯一のめぼしい財産である甲土地をBに売却し、登記移転をしている。 Dとしては、 この売買契約が詐害行為に当たるとして (法第424条) 、転得者Cに対し、法第424条の5に基づいて詐害行為取消権を行使することが考えられる。
本問において、DがAに対して有しているのは甲土地の引渡しや登記の移転を目的とする債権である。一般債権者の共同担保を保全するという詐害行為取消権の趣旨からすれば、被保全債権は金銭債権に限られるのではないか、この見地から、本問において詐害行為取消権の行使は認められないのではないかが問題となる。判例・通説は、特定物債権でも、債務者が目的物を処分することにより無資力になる場合なら、処分行為の取消しは認められるとしている (最判昭和36年7月19日民集15巻7号1875頁 【民法判例百選Ⅱ<第8版>15事件】 ) 。特定物債権でも窮極において損害賠償債権に変じうることが、その理由とされる。
イ 詐害行為取消権を行使するための要件としては、 「債権者を害することを知ってした行為」 「受益者の悪意」があり(法第424条) 、転得者に対して行使をするには、さらに「転得者の悪意」が要件として加わる(法第424条の5第1号) 。本問においてこれら要件が具備されているかを事実に即して確認することが求められる。
第1に、Aが債務超過状態に陥っていること、甲土地がAの唯一のめぼしい財産であることが事実8に示されていること。また、事実7にあるように、甲土地の時価は4000万円であるところ、その半額で売却をしていること。以上より、契約④は詐害行為に当たる。第2に、事実9からすれば、Aに詐害意思があることも明らかであり、受益者Bの悪意も、同事実に示されているとおりである。第3に、事実11において、売買③の存在やAが無資力であることにつき転得者Cは知っていたことが示されているため、転得者の悪意の要件も満たされている。
以上より、本問では、Cに対する詐害行為取消権の行使は認められると解される。
ウ 詐害行為取消権の行使によって、転得者に対してはどのような内容の請求が認められるか。法第424条の6によれば、債務者のした行為の取消しとともに、転得者が転得した財産の返還を請求することができる。Dは、転得者Cに対して債務者Aに登記を戻すよう請求することはできるが、 直接自己に移転登記せよと請求することはできない (法第424条の9の反対解釈。最判昭和53年10月5日民集32巻7号1332頁【民法判例百選Ⅱ<第8版>16事件】 ) 。
3 設問2について
⑴ 設問2は、賃貸不動産が債権担保を目的として譲渡された場合における法第605条の2第1項及び第2項の適用可能性を問うものである。事案は、対抗要件を備えた賃借権の負担が付いた不動産が債権担保の目的で譲渡され、その譲渡につき所有権移転登記がされた場合において、被担保債権の弁済期が経過した後、設定者の受戻権が存続する状態で、設定者が賃借人に対して賃料の支払を請求した、というものである。設定者(譲渡人)FがHに債務αを弁済することなく、賃借人Gに賃料を請求したのに対して、Gが法第605条の2第1項に基づいて、 Fは所有権とともに賃貸人の地位をも喪失したと主張して (下線部㋐) Fに対する賃料の支払を拒絶した場合に、 Fからの反論として想定される根拠 (下線部㋑㋒)の妥当性につき検討することが求められている。
⑵ まず、下線部㋐㋑㋒の各主張の根拠は次のとおりであると考えられる。
下線部㋐が法第605条の2第1項を根拠として、乙建物の所有権移転に随伴して直ちに賃貸人の地位がFからHに移転したという趣旨を述べるものであることを示す必要がある。そのために、同項を摘示しつつ、下線部㋐の主張が、乙建物の所有権に随伴して賃貸人の地位がFからHに移転したという趣旨を述べるものであること、乙建物に係るGの借家権が引渡しにより対抗要件を備えていること(借地借家法第31条) 、乙建物が所有者FからHに譲渡されたことを指摘することが求められる。
次に、下線部㋑の反論の趣旨及び論拠を明らかにする必要がある。反論㋑は、契約⑦に基づく譲渡が債権担保を目的とする譲渡であり、譲渡担保は一般的に法第605条の2第1項の「譲渡」に当たらないから、賃貸人の地位はHに移転することなくFのもとにとどまるという趣旨を述べるものであることを指摘することが求められる。加えて、請求3の時点において債務αの弁済期が経過していること、契約⑦に基づく担保の実行が未了であり、かつHは乙建物を第三者に処分しておらず、Fの受戻権が失われていないことを確認することも必要である。
さらに、反論㋒が、法第605条の2第2項の類推適用により、賃貸人の地位がFに留保されるという趣旨を述べていることを指摘することが求められる。そのためには、①FH間における乙建物の使用・収益に関する合意は賃貸人の地位をFに留保する趣旨を定めたものと解されること、②Fの設定者留保権に内包される利用権限は賃貸借に類比することができること、③Fの設定者留保権が担保の実行により消滅すると、賃貸人の地位が確定的に譲受人Hに移転することが予定されていることから、同項の類推適用の基礎があるという趣旨の主張であることを指摘する必要がある。
以上を踏まえて、Fの反論の当否を検討しつつ、請求3の可否について結論を述べることが求められる。その際、5月分と6月分との間で違いが生じ得るか、つまり債務αの弁済期経過が本問の検討において意味を持ち得るか、 という点にも留意しなければならない。
反論㋑は、契約⑦に基づく譲渡が法第605条の2第1項の「譲渡」に当たらないと主張するものであり、反論㋒は、上記の主位的主張が奏功しない場合に備えて、契約⑦に基づく譲渡が同項の「譲渡」に当たると仮定した場合の追加的主張であり、反論㋑を不当とする場合は反論㋒の当否を検討することが不可欠となる一方、 ㋑の反論を正当とする場合は、重ねて㋒の当否を論じる必要はない。
⑶ Fの反論の当否及び請求3の可否を論じるに当たっては、それに先立ち、法第605条の2第1項の趣旨を確認する必要がある。同項は、不動産の賃借権が対抗力を備えている場合、賃貸不動産の譲渡に伴い、特段の事情がない限り、当然に賃貸人の地位が譲渡人から譲受人に移転するものとした平成29年改正前民法下の判例法理(最判昭和39年8月28日民集18巻7号1354頁)の趣旨を明文化したものとされている。その趣旨の理解については、 (合理的)当事者意思の推定を根拠とするという説明が一般的になっているが、賃貸人の債務の性質、法律関係の複雑化の回避など、当事者意思の推定以外の説明が記載されていた場合も、その説得力に応じて相応に評価される。
⑷ 譲渡担保においては、債権担保の目的の範囲内で所有権が譲渡担保権者に移転することを認める法律構成が定着しつつあるといえる(最判昭和57年9月28日判時1062号81頁)が、確定的な所有権移転と目的物の使用・収益権限との関係につき従来十分な議論がされているとはいえず、譲渡担保と賃貸人の地位の移転の関係について直接判断した最高裁判例は存在しない。よって、譲渡担保の法的構成に関する上記の昭和57年最判の法律構成に依拠する場合、反論㋑の当否に関しては、理論上、肯定・否定いずれの結論も導くことができる。検討に当たっては、純然たる所有権的構成ではなく、担保的構成に依拠する場合であっても、 譲渡担保においては所有権移転という法形式が採られている以上、非占有担保・占有担保いずれの形態も対等に成立し得ることに留意すべきである。また、抵当権においても被担保債権の債務不履行後は果実に抵当権の効力が及ぶ (法第371条)
とされていることとの均衡上、譲渡担保においても被担保債権の弁済期到来が譲渡担保権の実体法上の効力にどう影響するのか、特に目的物の処分権限についての制約が撤廃されること以上の変化がないと考えるべきか否か、といった点にも目配りがされることが望ましい。
⑸ 次に、反論㋒の根拠とされる法第605条の2第2項は、賃貸不動産の譲渡人と譲受人との間における賃貸人の地位を譲渡人に留保する旨の合意の存在のみをもって譲渡人が賃貸人の立場にとどまり続けることができるとすれば、賃借人の法的地位を不安定なものにしてしまうから妥当でないとした平成29年改正前民法下の判例法理(最判平成11年3月25日集民192号607頁)を受けて、賃借人の法的地位の安定化を阻害しない範囲で、賃貸人の地位の留保合意の効果を認めるものである。そのために、譲渡人に使用・収益権限を留保することに加えて、譲受人との間の賃貸借契約の存在が求められている。譲渡担保契約の当事者間において、譲渡担保権者が設定者に目的物を賃貸するという法律関係は通常予定されていないため、同項前段が定める賃貸借契約の存在という要件を満たさず、同項を直接適用することはできないと考えられる。
もっとも、法第605条の2第2項は、賃貸不動産の譲渡にもかかわらず賃貸人の地位が移転しない場合を完結的に要件化しているわけではなく、同項の類推適用や趣旨の類推により、譲渡人への留保が認められるべき場合が存在し得ることを否定する趣旨まで含んでいないと考えられる。
⑹ 請求3の当否を論じるに当たっては、契約⑦に基づく譲渡が、法第605条の2第1項の 「譲渡」 に当たるかどうかを検討する必要がある。 一つの方向性として、 同項の 「譲渡」
に当たるためには、目的物の確定的な所有権が譲渡担保権者に移転していることが必要であり、設定者の受戻権が存続する限りは、その趣旨が妥当しないという立論の方向性が考えられる(構成α―1) 。他方で、所有権留保に関しては、担保目的で所有権を留保する売主は、被担保債権の弁済期経過後は、目的物の占有権限を取得し、目的物に関して必要となる管理行為を行うことができるものと解されている(最判平成21年3月10日民集63巻3号385頁) 。このような考え方を譲渡担保にも推及し、 「譲渡」は、目的物の所有権及び使用・収益の基礎となる占有権限を取得する必要があるが、それで足り、所有権が確定的に譲受人に移転していることまで要求すべきだと考える必然性はないという方向の立論も考えられる(構成α―2) 。
⑺ 以上のような法律構成に対して、債権担保目的での所有権移転も「譲渡」に当たると解した上で、乙建物に関する使用・収益権限に関するFH間の合意の効果として、賃貸人の地位がFに留保されるかどうかを検討するという方向性の立論もあり得る(構成β) 。この立場による場合、法第605条の2第1項の「譲渡」は所有権の移転があれば足り、それが債権担保目的でなされていれば十分であること、譲受人は、所有権の部分権能である使用・収益権限も観念的には取得した上で間接占有を取得し(譲渡担保は、抵当権と同様に非占有担保として扱われることが多いが、不動産譲渡担保に関しては、所有権移転登記を備えることにより、特段の事情がない限り、同時に占有改定の合意が認められ、譲受人は、目的不動産の(間接)占有を取得しているものと考えられる。 ) 、賃借人に使用・収益させる義務を履行することが可能な状態にあることを指摘することが求められる。以上を踏まえて、反論㋒の当否を検討するに当たっては、まず、譲渡担保に関しては、典型担保(抵当権や質権) と異なり、 使用・収益権限の帰属が当事者の合意に委ねられていること、次に、 本件合意の内容を解釈し、 同第2項の類推の可否を論じ、 結論を述べる必要がある。
譲渡担保の場合、被担保債権の弁済期経過後であっても担保権の実行まで使用・収益権限を設定者Fに委ねる趣旨を内包しており、担保権者が担保の実行を遅らせることもしばしば見受けられる。 本件においても、 弁済期が経過した後もHが担保権を実行しておらず、第三者への目的物の処分もしていないことから、黙示的に期限の猶予がされ、5月分・6月分いずれの賃料もFに賃貸人の地位が留保された状態で発生したものと解するのが合意の趣旨に沿うとする立場があり得る(構成β―1-1) 。他方で、本件合意は、債務αの弁済期経過によりHは債権担保目的に伴う制約である処分権の制約から解放され、担保権実行を待つことなく使用・収益権限を取得するものであり、5月分に関してのみ本件合意の効果に基づく賃貸人の地位の留保を認める考え方も成り立ち得る(構成β―1-2) 。
さらには、 法第605条の2第2項の類推適用を否定する考え方もあり得る (構成β―2) 。
この立場からは、同第1項の原則に従い、賃貸人の地位はHに移転しており、反論㋒は妥当せず、 請求3は5月分・6月分ともに認められない、 という結論が導かれることになる。
4 設問3について設問3は、被相続人が死亡前に同一の不動産について死因贈与契約を締結した後に特定遺贈を行っていた場合における、死因贈与契約の遺言による撤回(又は解除(以下では、 「撤回」を用いるが、 「解除」を用いる答案も「撤回」を用いる答案と同等に評価される。 ) )の可否について、条文を踏まえた考察の能力を問うものである。
本問におけるMの請求は、契約⑧が死因贈与契約(法第554条)であって、Kの死亡によってそれが効力を発したことを理由に、Kの唯一の相続人として贈与者の地位を承継しているLに対し、契約⑧の履行を求めるものである。これに対するLの㋓の主張は、死因贈与契約には遺贈の規定が準用され(同条) 、贈与者は遺言の撤回と同様に死因贈与契約を遺言によって撤回することができる(法第1022条・法第1023条)との論拠によるものである。Kが丙不動産をNに特定遺贈する遺言を行っているため、前の死因贈与契約が「後の遺言と抵触するとき」 に当たり、 死因贈与契約が撤回されたものとみなされることになる (法第1023条第1項準用) 。
Lの㋓の主張の当否は、遺言に関する法第1022条及び第1023条が死因贈与契約に準用されるか否か、法第554条が死因贈与契約に遺贈に関する規定が準用されるのは「その性質に反しない限り」としていることをどのように考えるかによって左右される。Mからの反論としては、遺言の撤回の規定を準用するならば、相手方との間で締結された契約を単独行為である遺言によって一方的に撤回できることとなり、相手方の利益を害するから、それらの規定の準用は死因贈与契約の性質に反し、認められない等の主張が考えられる。
この点について、判例は、死因贈与への遺言の撤回の規定(法第1022条、法第1023条) の準用を原則として肯定しつつ (最判昭和47年5月25日民集26巻4号805頁) 、負担付死因贈与において負担が履行されている場合における類型的な例外(最判昭和57年4月30日民集36巻4号763頁)及び死因贈与の動機や内容等に照らして撤回を否定することが相当と認められる場合における個別事例に即した例外(最判昭和58年1月24日民集37巻1号21頁)を認める立場であるものと一応まとめることができるが、判例の立場をどのように捉えるかは見解が一致しているわけではない。
学説には、準用肯定を原則とすることに批判的な見解が多いが、死因贈与契約と遺贈との共通性を強調する準用肯定説も有力であり、準用の可否を論じるのではなく個々の事案における具体的な諸事情の総合的な考慮によって撤回が認められるかどうかを判断すべきとする説もある。
本問では、第1に、死因贈与契約について遺言の撤回の規定の準用の可否が問題になるという基本的な理解を有することを前提に、第2に、条文の文言を踏まえつつ、契約の相手方の保護と死亡後の財産の処分に係る被相続人の最終意思の尊重との調整をどのように行うかについて検討し、結論を示すことが求められる。その際、第2については、上記のとおり、判例の立場の捉え方も、 学説上の見解も、 必ずしも一致した状況にあるわけでないことから、判例の知識があれば相応の評価が与えられるものの、判例の知識の有無にかかわらず、上記の調整についての考察を立ち入って行うことができているかどうかが問われる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1⑴
1 Cの請求とAの反論
Cの請求は、甲土地の所有権に基づく引渡請求である。したがって、Cが甲土地の所有権を取得していることが前提となる。
しかし、契約①はBが売買契約書を偽造したものであって存在せず、Bは甲土地について無権利者である。無権利者からの譲受人は権利を取得できないのが原則であるから、Cは契約②によって所有権を取得しない。Aはこれを理由に引渡しを拒むことができる。
そこで、Cは、BからCへの登記という外観への信頼を保護されるべきであると主張することが考えられる。
2 民法94条2項の類推適用の可否
真実に反する権利の外観が本人の意思に基づいて作出された場合には、その外観を信頼した第三者を保護すべきであるから、94条2項が類推適用され、善意の第三者は保護される。本人が自ら外観を作出した場合や、他人が作出した外観の存続を知りながら明示又は黙示に承認していた場合がこれに当たる。
もっとも、本件では、所有権移転登記という外観を作出したのはBであり、Aはこれを知らず、承認したこともない。Aは、抵当権の抹消登記手続に必要であると偽られて所有権移転登記手続に必要な書類等を交付したにすぎず、外観作出の原因を与えたにとどまる。
このような場合には、本人の意思が外観に対応していないのであるから、94条2項を直接類推適用することはできない。しかし、本人が原因を与えた以上全く帰責性がないともいえない。そこで、権利の外観作出につき本人に不実の登記を承認したものと同視しうるほど重い帰責性がある場合に限り、94条2項及び110条の法意に照らし、善意かつ無過失の第三者が保護されると解する(最判平成18年2月23日)。110条の趣旨を併せるのは、本人の意思が外観に対応していない分、第三者には代理権の外観を信頼した場合と同様に無過失が要求されるべきだからである。
3 あてはめ
まず、Aの帰責性について検討する。Aは不動産取引の経験がなく、かつて不動産業に携わっていた友人Bに売却の相談をし、Bの申出を受けて抵当権の抹消登記手続を委託したものである。そしてAは、Bから抵当権の抹消登記手続に必要であると偽られて書類等を交付したにすぎず、所有権をBに移転する意思は全くなかった。所有権移転登記の直接の原因となった契約①の契約書はBが偽造したものであり、登記はBの犯罪的行為によって実現されている。さらに、書類の交付は令和2年4月2日、登記は同月5日であって、Aが不実の登記の存在を知り、これを是正する契機は何ら存在しなかった。
そうすると、Aには、不実の登記を承認したものと同視しうるほど重い帰責性があるとは評価できない。
また、Cの無過失も認められない。Cは、Bが甲土地を短期間のうちに手放すことになった経緯を不審に思って尋ね、「知らない人と契約を交わすのを不安に感じたAの意向で、いったん友人である自分が所有権を取得することになった」という説明を受けている。これは、売主が実質的にはなおAであることを示す不自然な説明であって、Cは登記名義人Bの実体的権利に疑いを持つべきであった。にもかかわらずCはAに確認することなく契約②を締結しているから、過失がある。
4 結論
よって、Cは94条2項及び110条の法意による保護を受けず、甲土地の所有権を取得しない。Aは引渡請求を拒むことができる。
第2 設問1⑵
1 請求1
請求1は、Dの甲土地の所有権に基づく真正な登記名義の回復を原因とする移転登記請求である。
Aは、甲土地をDに売却し(契約③)、さらにBに売却している(契約④)。不動産の二重譲渡であり、物権の得喪は登記をしなければ第三者に対抗することができない(177条)から、登記を備えていないDは、登記を備えたCに対し原則として所有権取得を対抗できない。
もっとも、177条の「第三者」とは、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいい、実体上物権変動があった事実を知る者のうち、その登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる者(背信的悪意者)は含まれないと解する。登記制度は自由競争を前提とするものであるが、信義則に反し権利濫用に当たるような者を保護する必要はないからである。
本件のBは、Aが甲土地を売却した相手が、かねてより恨みを抱いているDであることを知り、契約③を阻止しDに損害を与えようと考えて、継続的な事業支援を約して時価の半額である2000万円で契約④を締結している。不動産取得の目的が著しく信義に反するものであり、Bは背信的悪意者に当たる。
しかし、背信的悪意者に当たる者も所有権を取得しないわけではなく、背信的悪意者としての地位は第一譲受人との関係における相対的なものである。したがって、背信的悪意者からの転得者は、自身が第一譲受人との関係で背信的悪意者と評価されるのでない限り、登記を備えれば第一譲受人に対抗することができる(最判平成8年10月29日)。背信性は各取得者の行態に即して個別に判断すべきであり、これを承継させる理由はないからである。
本件のCは、契約⑤の締結に当たり、契約③の存在やAが十分な資力を有していないことについてBから説明を受けていたから単純悪意ではあるが、BにDを害する意図があったことは登記後も知らなかった。Cが時価相当額の4000万円を支払っていることからも、その取得の目的や方法が著しく信義に反するとはいえない。よってCは背信的悪意者ではない。
したがって、DはCに対して自己の所有権取得を対抗できず、請求1は認められない。
2 請求2
請求2は、Dが、契約④を詐害行為として取り消し、転得者Cに対して甲土地の登記をAに戻すよう求めるものである(424条、424条の5第1号、424条の6第2項)。
(1)まず、被保全債権が問題となる。DがAに対して有するのは甲土地の引渡請求権及び所有権移転登記請求権という特定物債権である。詐害行為取消権は債務者の責任財産を保全し、総債権者の共同担保を確保する制度であるから、被保全債権は金銭債権であることを要するのが原則である。しかし、特定物債権も、債務者が目的物を処分して履行不能となれば究極において損害賠償債権に変ずるのであるから、債務者がその処分により無資力となる場合には、被保全債権となりうると解する(最判昭和36年7月19日)。
本件では、Aは事業の不振により債務超過に陥っており、甲土地はAが所有する唯一のめぼしい財産であったから、契約④によりAは無資力となった。また、被保全債権は令和2年4月5日の契約③により生じ、詐害行為である契約④(同月12日)より前の原因に基づくものである(424条3項)。
(2)次に、債務者が債権者を害することを知ってした行為であることを要する(424条1項)。甲土地は時価4000万円であったのに、Aはこれを2000万円でBに売却し、唯一のめぼしい財産を半額で失わせている。相当の対価を得た処分ではないから、424条の2の特則は問題とならず、一般原則により詐害行為に当たる。Aは自己が債務超過であることを認識しつつ、既にDに売却済みの甲土地を重ねて売却したのであるから、詐害意思も認められる。
受益者Bは、契約③の存在を知り、むしろDに損害を与える目的で契約④を締結したのであるから、債権者を害することを知っていた(424条1項ただし書の反対)。また、契約④は財産権を目的とする行為である(424条2項)。
(3)転得者に対して詐害行為取消請求をするには、受益者に対して詐害行為取消請求をすることができ、かつ転得者が転得の当時、債務者がした行為が債権者を害することを知っていたことを要する(424条の5第1号)。Cは、契約③の存在やAが十分な資力を有していないことについてBから説明を受けていたのであるから、契約④がDを害することを知っていた。
(4)効果について、債権者は、債務者がした行為の取消しとともに、転得者が転得した財産の返還を請求することができる(424条の6第2項)。もっとも、金銭又は動産の返還については債権者への直接の引渡しが認められるが(424条の9第1項)、不動産の登記については同条の適用がないから、Dは、Cに対し債務者Aへの所有権移転登記手続を求めることができるにとどまり、自己への移転登記を求めることはできない(最判昭和53年10月5日)。なお、Dは訴訟において債務者Aに訴訟告知をしなければならない(424条の7第2項)。
よって、請求2は認められる。
第3 設問2
1 各主張の根拠
㋐のGの主張は、605条の2第1項を根拠とするものである。すなわち、不動産の賃借人が賃借権の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、賃貸人の地位は譲受人に移転する。Gは令和3年3月に乙建物の引渡しを受けており、建物賃貸借の対抗要件を備えている(借地借家法31条)。そして乙建物はFからHに譲渡され所有権移転登記もされているから、賃貸人の地位はHに移転し、Fは賃料債権を有しないという趣旨である。
㋑のFの反論は、契約⑦が債権担保を目的とする譲渡(譲渡担保)であり、所有権移転は担保の目的の範囲内にとどまるから、605条の2第1項の「譲渡」に当たらないという趣旨である。その前提として、債務αの弁済期は経過しているが、Hは担保の実行も第三者への処分もしておらず、Fの受戻権が失われていないことから、確定的な所有権移転はないという点が根拠となる。
㋒のFの反論は、605条の2第2項の類推適用により賃貸人の地位がFに留保されるという趣旨である。すなわち、①FH間の使用収益に関する合意は賃貸人の地位をFに留保する趣旨を含むこと、②設定者留保権に内包される使用収益権限は賃貸借に類比しうること、③担保の実行により留保権が消滅すれば賃貸人の地位が確定的にHに移転することが予定されていることから、同項の類推の基礎があるというものである。
2 ㋑の当否
605条の2第1項の趣旨は、賃借権に対抗力があるときは譲受人が賃借権の負担を免れないこと、賃貸人の義務は目的物を使用収益させることであって所有者であれば履行できることから、賃料収取権を所有権に伴わせることが当事者の合理的意思に合致し、法律関係の複雑化も避けられる点にある。
譲渡担保は、債権担保の目的で所有権を移転する形式を採るものであり、その実質は担保であるから、効力は担保としての合理的範囲に限られる。しかし、譲渡担保においても所有権移転という法形式が採られ、現に乙建物についてHへの所有権移転登記がされている。そして、譲渡担保権者は、所有権移転登記を備えることにより、特段の事情がない限り占有改定による間接占有を取得し、観念的には使用収益権限も取得するから、賃借人に使用収益させる義務を履行することが可能な状態にある。また、使用収益権限が設定者に帰属するか担保権者に帰属するかは当事者の合意に委ねられており、非占有担保としての形態も占有担保としての形態もいずれも成立しうる。
そうすると、債権担保目的の譲渡であることのみを理由に605条の2第1項の「譲渡」に当たらないと解することはできない。同項の「譲渡」とは所有権の移転をいい、その目的が債権担保であっても同項の適用がある。
よって、㋑の反論は当たらない。
3 ㋒の当否
605条の2第2項は、譲渡人及び譲受人が賃貸人の地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人の地位は譲受人に移転しないと定める。留保の合意のみで譲渡人が賃貸人にとどまるとすれば賃借人の地位が不安定となるため(最判平成11年3月25日)、譲受人と譲渡人との間の賃貸借の存在を要件として、賃借人を転借人に類する安定した地位に置いた上で留保を認める趣旨である。
譲渡担保においては、担保権者が設定者に目的物を賃貸するという法律関係は通常予定されていないから、同項を直接適用することはできない。しかし、同項は賃貸人の地位が移転しない場合を完結的に定めたものではなく、賃借人の地位の安定が損なわれない限り、類推適用の余地を認めるべきである。
本件では、契約⑦において、Fが債務αの弁済期が経過するまで乙建物の使用収益をする旨が合意されている。これは、設定者Fに賃貸人の地位を留保する趣旨を含むものであり、設定者留保権に基づく使用収益権限は賃借権に類比しうる。そして、担保が実行されればFの留保権は消滅し、賃貸人の地位は確定的にHに移転することになるから、Gは転借人に類似する地位に置かれ、その地位が不安定となることもない。
よって、605条の2第2項の類推適用により賃貸人の地位がFに留保されるとする㋒の反論は、その限りで正当である。
4 請求3の可否
もっとも、FH間の合意は「債務αの弁済期が経過するまで」Fが使用収益をするというものであるから、留保の効果が及ぶ範囲も弁済期経過前に限られる。
令和5年5月分の賃料は、債務αの弁済期経過前に発生したものであるから、賃貸人の地位がFに留保された状態で発生したことになる。したがって、Fはその支払を請求することができる。
これに対し、同年6月分の賃料は弁済期経過後に発生したものである。弁済期が経過すれば合意の文言上Fの使用収益権限は失われ、賃貸人の地位は605条の2第1項の原則どおり確定的にHに移転する。Hが担保の実行も第三者への処分もしていないことから、黙示に使用収益の猶予がされたとみる余地もあるが、当事者が弁済期という明確な時的限界を定めた以上、その文言を超えてFに使用収益権限を認めることはできない。
よって、請求3は、令和5年5月分30万円については認められるが、同年6月分については認められない。
第4 設問3
1 ㋓の主張の根拠
Mの請求4は、契約⑧が死因贈与(554条)であり、Kの死亡によって効力を生じたことを理由に、Kの唯一の相続人として贈与者の地位を承継したLに対し、契約⑧の履行として所有権移転登記手続を求めるものである。
これに対する㋓の主張は、次の理由による。死因贈与については、その性質に反しない限り遺贈に関する規定が準用される(554条)。そして、遺言者はいつでも遺言の方式に従ってその遺言を撤回することができ(1022条)、前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされる(1023条1項)。Kは令和8年10月1日に丙不動産をN県に遺贈する旨の適式な自筆証書遺言を作成しているから、これにより契約⑧は撤回されたものとみなされる、というものである。
2 Mの反論と検討
Mの反論としては、死因贈与は受贈者との合意によって成立する契約であり、単独行為である遺言とは性質を異にするから、遺言の撤回に関する規定を準用すれば、贈与者が相手方の同意なく一方的に契約の効力を失わせることができ、相手方の利益を不当に害する。よって1022条・1023条の準用は死因贈与の「性質に反する」というものが考えられる。
しかし、死因贈与は契約であるとはいえ、その効力は贈与者の死亡によって初めて生じ、受贈者は贈与者の生存中は財産を取得する期待的地位を有するにとどまる。また、自己の財産の死後の処分については、遺言者の最終意思を尊重すべきであり、生前にされた合意によって最終意思が永久に拘束されるとすることは、遺言自由の原則に反する。これらの点において、死因贈与と遺贈は実質を同じくする。
そこで、死因贈与についても、遺言の撤回に関する1022条・1023条が準用されると解する(最判昭和47年5月25日)。ただし、死因贈与には遺言の方式に関する定めが準用されないから、1022条のうち「遺言の方式に従って」という部分は準用されず、撤回は方式を要しない。
もっとも、常に撤回を認めれば受贈者の信頼を害する場合もある。そこで、負担付死因贈与において受贈者が負担の全部又はこれに類する程度の履行をした場合には、特別の事情がない限り撤回は認められず(最判昭和57年4月30日)、また、死因贈与の動機・目的・内容等に照らして撤回を認めることが相当でないときも例外が認められると解する。
3 あてはめと結論
本件の契約⑧は、KがMを幼少の頃からかわいがっていたという情愛に基づく無償の贈与であり、Mに何らの負担も課されておらず、Mが対価的な給付をした事実もない。したがって、撤回を制限すべき例外的事情は認められない。
そして、令和8年2月頃よりKとMの関係が悪化し、同年10月1日にKは丙不動産をN県に遺贈する旨の遺言を作成し、相続人LとN県にその内容を通知している。後の遺言の目的は契約⑧と同一の丙不動産であり、同一物を異なる者に取得させるものとして両立しないから、前の死因贈与と後の遺言は抵触する(1023条1項準用)。
よって、契約⑧はKの遺言により撤回されたものとみなされ、Mは丙不動産の所有権を取得しない。請求4は認められない。
以上