司法試験 令和3年 民法
問題文
[民事系科目]〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕の配点は,35:25:40〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕に答えなさい。
なお,解答に当たっては,文中において特定されている日時にかかわらず,試験時に施行されている法令に基づいて答えなさい。
Ⅰ
【事実】1.令和2年4月10日,Aが所有する工作機械甲が盗まれ,行方不明となった。
2.令和2年4月25日,土木業を営むBは,空き地に放置されている甲を発見し,所有者が廃棄したものだろうと考えて,甲を持ち帰った。
3.令和2年5月1日,Bは,Cとの間で,期間を6か月間として甲を無償で貸す契約を締結し,同日,甲をCに引き渡した。Cは,その際,【事実】1及び2を知らなかった。
4.令和2年5月15日,Bは,弁済期が到来していたDに対する借入金債務の弁済に代えて,甲をCに貸与したままDに譲渡した。その際,Bは,Dに「甲は中古機械の販売業者から買った。」と虚偽の説明をした。また,甲に所有者を示すプレート等はなく,他に不審な点もなかったので,Dは,Bの説明を信じた。同日,Bは,Cに対して,甲をDに譲渡したので,以後はDのために占有し,同年11月1日に甲をDに返却するよう指示し,Dは,このような方法によりBから甲の引渡しを受けることを了承した。
5.Aは,Cが甲を使用している事実を知り,令和2年10月15日,Cに対して【事実】1の経緯を説明し,甲の返還を求める(以下「請求1」という。)とともに,同年5月1日から甲がAに返還されるまでの間の使用料相当額の支払を求めた(以下「請求2」という。)ところ,Cは,自分は,㋐甲の所有権を取得したDから甲を借りていると主張して,Aの請求に応じない。これに対して,Aは,㋑BからDへの譲渡後もCが甲を現実に支配する状態に変わりがない以上,Dは甲の所有権を取得したとはいえず,㋒いずれにせよ【事実】1に照らすと,CはAの請求に応じるべきであると反論した。
〔設問1〕
【事実】1から5までを前提として,次の問いに答えなさい。
下線部㋐におけるCの主張並びに下線部㋑及び㋒におけるAの主張の根拠を明らかにし,これらの主張の当否を検討した上で,請求1及び請求2の可否について論じなさい。なお,不法行為に基づく構成について検討する必要はない。
Ⅱ 【事実】1から5までに加え,以下の【事実】6から14までの経緯があった。
【事実】6.Aは,個人で事業を営んでいたところ,従業員の技能の向上のため,毎年11月に実施される業界の技能検定試験である「○○検定1級」(以下「乙検定」という。)に従業員を合格させる方針を打ち出した。そこで,Aは,乙検定の高い合格実績をうたって通学講座を開設しているEに対して,Aの従業員専用の出張講座の開設を依頼した。A及びEは,令和3年5月10日,Eが,同年6月から10月までの5か月間,Aの事業所にて出張講座を開設し,週4日,授業を行うこと,Aが,月額報酬60万円,及び同年の乙検定の合格者数に応じた成功報酬を支払うことを合意した(以下「契約①」という。)。なお,月額60万円は,Eの他の出張講座よりも高額であった。
7.Eは,契約①の出張講座(以下「本件講座」という。)に専念するため,新たな出張講座の依頼は受けないこととし,また,通学講座のための代替の講師を手配し,これらをAに伝えた。
8.Aの従業員で,乙検定の合格レベルの技能を有しない30名が本件講座を受講することになった。滑り出しは順調であり,開講から1か月後に実施された模擬試験では,受講生の技能は顕著な伸びを見せた。
9.ところが,Eが本件講座の受講生に求める課題の量が膨大で,受講生の大半が汲々としており,引き続き技能を伸ばす受講生が相当数いた反面で,課題の不提出についてEに叱責されるなどしたため,止めたいと言い出す受講生も現れた。令和3年8月6日,Aは,Eに対し善処を求めたが,Eから「こちらはプロなのだから任せてほしい。」と言われた。Aは,Eの態度に失望し,「このままの状況が続くようであれば同年8月末で本件講座を取りやめることも考える。」と伝えた。
10.Eはその指導方法を維持したまま,令和3年8月31日となった。この時点で,本件講座に継続して出席している受講生は20名となっていた。Aは,同日,Eに対し,契約①を解除する旨の意思表示をし,これによって本件講座は閉鎖された。
11.Eは,令和3年9月及び10月に【事実】7により手配した講師の報酬として合計40万円を支出した。また,Eは,同年10月に別の企業において2週間の出張講座を行い,その報酬として15万円を得た。
12.本件講座の閉鎖後,受講生30名は,全員が,Aから費用の補助を受けて他者の開設する通学講座を受講して,令和3年11月,乙検定を受験し,その6割である18名が合格した。乙検定の当年の全体の合格率は4割であり,Eの通学講座の受講生の合格率は6割程度であった。
13.Aは,令和3年8月分以降の月額報酬等の支払をしていない。
14.Eは,令和3年12月,Aに対し,同年8月分の月額報酬60万円の支払を求める(以下「請求3」という。)とともに,同年9月及び10月に関する損害賠償金120万円(【事実】11で支出した40万円を含む。)の支払を求め(以下「請求4」という。),更に,乙検定の合格者数に応じた成功報酬の支払も求めた。
これに対し,Aは,【事実】9及び10の経緯などを指摘して支払を拒絶した。
〔設問2〕
【事実】6から14までを前提として,次の⑴及び⑵の問いに答えなさい。
⑴ 契約①によるEの債務の内容及び契約①の性質を,理由を示して明らかにしなさい。
⑵ ⑴における契約①の性質を踏まえて,請求3及び請求4の可否について,Aの反論を考慮しつつ,論じなさい。
Ⅲ 【事実】1から14までに加え,以下の【事実】15から21までの経緯があった。
【事実】15.Aには,子F及びGがいた。Fは,長らくAとの交流を断っていた。
16.令和4年3月,Aは,難病を発症した妻の治療費を捻出するため,友人であるHに500万円の借入れを懇請したところ,Hは,Gが連帯保証をすることを条件にこれに応じた。同年4月1日,Hは,Aとの間で,弁済期を令和10年4月1日としてAに500万円を貸し付ける旨の契約(以下「契約②」という。)を,またGとの間で,契約②に基づくAの借入金債務(以下「本件債務」という。)につきGが連帯保証をする旨の契約を,それぞれ書面により締結し,令和4年4月2日,契約②に基づき500万円をAに交付した。
17.Aは,更なる治療費の支出に備えて,令和4年8月9日,Hに対して自己所有の絵画丙を100万円で買い取ってほしいと頼んだ。
18.令和4年8月15日,HとAとの間で,Hが同月31日までに代金100万円を支払うこと等を内容とする丙の売買契約が締結され,丙がAからHに引き渡された。
19.一方,【事実】17からAの資力に不安を感じたHは,Gに対して,本件債務について連帯保証人をもう一人増やしてほしいと告げた。そこで,GがFに依頼した結果,令和4年8月22日,FとHとの間で,Aに知らせないまま,本件債務をFが連帯保証する旨の契約(以下「契約③」という。)が書面により締結された。なお,FG間の内部的負担割合に関する合意はない。
20.令和10年6月20日,Aは,Hに対して本件債務の弁済の猶予を求める書面を送付したが,Fはこの事実を知らなかった。
21.令和15年5月10日,Hは,契約③に基づき,Fに対して500万円の支払を求めた(以下「請求5」という。)。
〔設問3〕
【事実】15から21までを前提として,次の⑴及び⑵の問いに答えなさい。
⑴ Hは丙の売買代金を全くAに支払っていないものとする。この場合,Fは,令和15年5月11日の時点で,Hに対して500万円全額又は丙の売買代金100万円分につき支払を拒むことができるか。
⑵ Hは丙の売買代金全額を期日までにAに支払っていたとする。令和15年5月11日,請求5につきFとHが話し合い,FがHに300万円を支払い,Hはその余の支払を免除した。この場合,Fは,A及びGに対して各々求償をすることができるか。また,求償をすることができるとすれば,その額は各々いくらか。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕1 設問1について
⑴ 設問1は,民法第192条及び第193条に関する基本知識を確認する趣旨の出題であり,これらの規定がどのような関係に立つか,指図による占有移転による即時取得は認められるか,盗品・遺失物につき被害者が回復請求をするまでの使用利益が誰に帰属するかなどについて理解を問うものである。
⑵ 請求1については,Aが占有者Cに対して甲の所有権に基づく返還請求権を行使するものであることを示す必要がある。これに対し,Cは,下線部㋐において,Dが甲の所有権を即時取得したことにより,Aが所有権を喪失したとの抗弁を主張していると考えられ,この抗弁に言及することが求められる。占有権原を有するとの抗弁を主張していると考える余地もあるが,仮にそのような主張をしようとする場合には,使用貸主が所有権を有していることが前提とされなければならず,また,使用借権は第三者対抗力を欠くから,結局は,Dが甲を即時取得し,それによってAが甲の所有権を喪失したことに言及する必要がある。
Dの即時取得が認められるかを解答するに当たっては,即時取得の要件について,本問における具体的な事実に当てはめて検討することが必要になる。その際,要件の一部については推定が認められていること,善意無過失の意義などについても触れておくことが望ましい。
本問においては「占有を始めた」という要件がポイントとなり,Dは指図による占有移転によってその間接占有を承継取得したことを指摘する必要がある。
下線部㋑におけるAの反論は,指図による占有移転によっては即時取得に必要な「占有を始めた」という要件は満たされないと主張するものであり,観念的な占有の移転によっては「占有を始めた」とはいえないことを指摘する趣旨のものであることを示す必要がある。その上で,民法第192条の「占有を始めた」という要件が同法第178条の「引渡し」の要件と区別されることから,後者を満たしても前者を満たすとは当然にはいえないことも指摘されていることが望ましい。
次に下線部㋒におけるAの反論は,甲が盗品であることから,たとえ民法第192条の要件が満たされるとしても,同法第193条に基づき,Aは甲の回復を求めることができるという趣旨を述べるものであると考えられる。そこで,甲が盗品であること,Cが甲の「占有者」であること,Aによる回復請求は盗難の日から2年を経過していないことを指摘する必要がある。その際,同条における「占有者」を同法第192条の「占有を始めた者」と同義に解すべき理由がないことも示されていることが望ましい。もっとも,この点に関しては,同法第193条と同法第192条の「占有者」を同義に解したうえで,Dが「占有者」に当たり,Dとの使用貸借関係に基づき甲を占有するCはDと別個独自の地位を主張して甲の回復請求を拒むことはできないとの説明や,盗難時から2年間は同条による即時取得がそもそも生じ得ないとして,同法第193条の要件のうち盗品であることと期間以外のものが充足されているかどうかの検討を経ることなく,Aは所有権に基づき甲の返還請求権を行使することができ,Aとの関係で占有権原を有しないCはこれを拒むことができないという説明も考えられる。
請求1の当否を検討するに当たっては,下線部㋐から㋒までの各主張の趣旨を正確に理解した上でそれぞれの当否を検討する必要がある。まず,下線部㋑のAの反論に関しては,その当否についていずれの立場に立つにしても,民法第192条の「占有を始めた」とは,占有者が「一般外観上従来の占有状態に変更を生ずるがごとき占有を取得すること」を意味するものと解する判例準則(最判昭和35・2・11民集14巻2号168頁)が確立していることを踏まえ,下線部㋑におけるAの反論の内容がこの判例準則の理解として適切であるかどうかについて理由を付して述べることが求められる。そして,Dによる即時取得の成否について検討した上で,民法第193条の適用の可否について検討し,CはAからの甲の返還請求を拒絶することができないという結論を述べる必要がある。
⑶ 請求2では,Cが甲の占有を開始した令和2年5月1日から甲をAに返還するまでの間の使用利益が誰に帰属するかが問われている。盗品・遺失物の占有者が占有の開始時から被害者又は遺失者に目的物を返還するまでの間の使用利益の帰属について,民法第194条が適用される事例においては,所有権帰属の観点ではなく,同条の趣旨に基づき,代価弁償の提供があるまでの間の使用収益権が占有者に認められている(最判平成12・6・27民集54巻5号1737頁)。しかし,本問は同条の適用事例ではなく,同法第193条が同法第192条とどのような関係に立ち,どのような効果を定めているのかが別途問題となり得る。
まず,Aは,Aに甲の所有権が帰属するという前提に立ち,使用貸借契約に基づく占有権原を主張することができないCに対し,不当利得返還請求権に基づいて使用利益の返還を請求していることを示す必要がある。
そこで,民法第193条の趣旨に鑑み,盗難又は遺失から回復請求がされるまでの間の所有権が原権利者と占有者のいずれに帰属するかが問題になり,この点について理由を付してその結論を述べる必要がある。判例は,同条の効果について,占有者がいったんその物につき即時取得した所有権その他の本権を回復するのではなく,占有者が盗難又は遺失の時から2年以内に被害者又は遺失主より回復の請求を受けない場合にはじめてその物の上に行使する権利を取得する趣旨を定めたものであると解している(大判大正10・7・8民録27輯1373頁)。原所有者帰属説によると,CはBからDへの譲渡がされた後も無権原でAの所有物である甲を占有し使用していたこととなり,使用利益の返還に関しては同法第189条及び第190条の定めに従うべきこととなる。Cが善意であれば同法第189条第1項に基づき甲の果実収取権を有し,少なくとも回復請求をされるまでの使用利益についても返還する必要がなく,Aは,令和2年5月1日以降回復請求がされるまでの間の甲の使用料相当額の支払をCに求めることができない。もっとも,本権に基づく訴えに敗訴し,悪意占有者とみなされる場合,Cは訴え提起時以降甲を返還するまでの使用料相当額の支払義務を負う。
なお,甲を直接占有するCは「占有者」に当たり,間接占有者としてBがかつて存在していた,あるいは現にDが存在するとしても,上記の結論に影響を及ぼさないことも併せて指摘されることが望ましい。
占有者帰属説は,回復請求の効果が遡及するという立場と将来に向かって効力を生ずるという立場に分かれ得るが,効果が遡及するという立場からは,甲の所有権はAの下にとどまっていたことになるため,AC間の法律関係は原所有者帰属説と同様に処理される。他方,将来に向かって効力を生ずるという立場を採る場合には,占有者に使用収益権能が帰属する以上,占有者の主観的態様を問わず,およそ原権利者がその間の使用利益相当額の支払請求をすることができないとする結論が比較的に自然に導かれるが,目的物の所有権の帰属と使用利益の帰属が分離して規律されているとする見方もあり得ないではない。いずれの立場であっても,DがBから甲を譲り受ける令和2年5月15日以前の使用料相当額にかかる請求に関しては,Cは無権原占有であるという評価を免れないから,この間の使用利益の返還については別途検討する必要がある。
2 設問2について
⑴ 設問2は,有償の役務提供契約が中途で終了した場合の法律関係を,特にその場合の報酬及び損害賠償について問うものである。当該役務提供契約の性質決定に関して,当該契約における債務の内容及びその特徴を明らかにし,民法の規定する役務提供型の契約類型の特質を踏まえて,当該契約の性質を決定することができるか,また,それを前提として,その中途終了の場合の報酬や損害賠償に関連する民法の規定の構造を理解しているか,契約類型に伴う異同について理解しているかを問うものである。
⑵ AE間の契約①は有償の役務提供契約であるところ,雇用(労働契約)は使用者との間の指揮命令関係の下での役務提供,請負は仕事の完成という結果の保証,委任は結果保証を伴わない事務の委託と裁量ある他人の事務の処理をもって,それぞれの特質と解されている。
AE間には,使用者・労働者の指揮命令関係は認められず,EはAから独立して役務を提供するものであるから,契約①の性質としてあり得るのは,請負,委任(法律行為でないことから準委任(民法第656条)),またはいずれでもない非典型契約(無名契約)である。
契約①の性質をいずれと決定するかに当たっては,それぞれの契約類型の特質とともに,その特質に対応した契約①におけるEの役務提供の内容を明らかにすることが求められる。
すなわち,請負の場合には,何をもって仕事の完成・結果保証といえるのか,委任の場合には,何をもってAの事務の委託あるいは裁量ある事務の処理といえるのか,また,無名契約の場合は典型契約の類型に該当しないという判断がどのように基礎付けられるのかを,Eの債務内容に照らして明らかにする必要がある。
契約①の性質の決定に当たっては,月額報酬と成果報酬が組み合わされているという契約①における報酬の定め方の捉え方も手がかりとなるため,契約①におけるEの債務内容の確定とその特質の抽出,契約①の性質決定においては,報酬の定め方を通じて,これらの報酬が何に対して支払われるものかについても考慮することが望ましい。
⑶ Aによる契約①の解除の性質は,任意解除権の行使によるものであると考えられる。請負,委任については,民法に任意解除権に関する規定が設けられている。無名契約であるときは,そのルール自体を構築していく必要があるが,Aのための役務提供であることなどに鑑み,請負や委任等の規定を手掛かりとして,少なくとも,Aからの解除は認められると論じることになろう。それぞれの立場から,根拠条文の要件を踏まえ,【事実】に即して当てはめる必要がある。
Aの解除を債務不履行解除とみる余地がないわけではないが,Eが提供する役務の性質上,Eには相当の裁量が認められるものと解されるので,Aによる改善要求が抽象的なものにとどまっていることも考慮すると,Eによる講座の運営がその裁量を逸脱したものとして債務不履行に当たると評価することは,結論的には困難であると考えられる。
⑷ AE間の報酬の取決めは,Eによる本件講座の提供に対して月々の報酬と,Aの従業員である受講者の乙検定の合格者数に応じた成果の報酬(成功報酬)という2本立てでされている。Eの請求3は,Aによる契約①の解除に伴い,講座提供がされた8月分について未払報酬の支払を求めるものである。
報酬については,準委任の場合も請負の場合も役務提供が先履行であり後払いが原則である(民法第648条第2項,第633条)。約定の月額報酬については,契約①を準委任とみる考え方においては,民法第648条第2項ただし書により準用される同法第624条第2項により,期間経過後に報酬を請求することができる。もっとも,対応する期間に履行がされていることが前提であるから,Eの役務提供が契約に適合した債務の履行であったかが問題となり,債務不履行の該当性を判断することになる。請負の場合は,民法第633条ただし書・第624条第1項により,約定の役務提供が終わった後でなければ報酬を請求することができない。仕事完成前の解除がされた場合には,同法第634条により,既にした役務提供によってAが利益を受けているかどうかが問題となる。5か月の役務提供をもって仕事の完成とみるか,月々の講義・役務提供が5か月分用意されるものとみるかによって中途解約であるかどうかが異なり,報酬の根拠条文が異なるため,Eの債務内容に即して根拠条文及び請求の可否を示す必要がある。その前提として,債務の履行が必要であることは準委任の場合と同様である。
⑸ 請求4の120万円の支払請求は,役務提供がされていない9月分,10月分についてその月額報酬相当分を損害賠償として請求するものと考えられる。また,通学講座における代替講師のこの間の報酬40万円の支払は,Eが9月・10月の履行の準備のために支出を余儀なくされたものであり,約定どおりの報酬が得られたならばそれに織り込まれる性格の支出である。
中途解除の場合の損害賠償については,任意解除の場合,契約①が準委任であれば民法第651条第2項によることになる。したがって,Eに不利な時期の解除であるとき,契約①が受任者Eの利益をも目的とするものであるときのいずれかの場合には,AはEに対しその損害を賠償しなければならない。設問では,Eは,期間全体にわたり他の講座を断り(他の収入機会の喪失),また,代替要員の手配(準備費用投下)などを行っており,「不利な時期」
の解除に該当する余地がある。そのため,同項第1号にいう「不利な時期」とは何を指すのかを明らかにしつつ,本件のそれらへの該当性を判断し,また,それぞれの場合の損害賠償の内容について検討する必要がある。損害賠償を認める場合,まず,具体的に何が損害賠償の範囲に含まれるかを示す必要がある。損害賠償の範囲は不利な時期に解除したことによる損害に限られるというのが通説であり,そのように解釈される理由についても示すことが望ましい。また,委任契約が解除されなければ受任者が得たであろう利益から受任者が債務を免れることによって得た利益を控除する必要がある。
同項第2号の「受任者の利益」については,報酬を得るだけでは該当しないことが明文化されている。設問では,それ以外に受任者の利益として評価できる事実は見受けられない。
任意解除の場合のEの損害賠償請求については,これらについても言及することが望ましい。
準委任の場合には,損害賠償の成否は「やむを得ない事由」の存否に左右されるため(民法第651条第2項柱書ただし書),それについて検討する必要がある。
請負の場合は,完成前に解除されたと捉えるのであれば民法第641条により損害賠償が必要であり,その場合の損害賠償は履行利益賠償となる。したがって,Eは,9月分,10月分について,報酬から節約できた費用を差し引いた分を請求でき,一方,10月分について他所の講座を引き受けたことで得た報酬分は,損益相殺によって差し引くことになる。
無名契約の場合には,請負と委任のいずれに引き付けて考えるかによる。
3 設問3について
⑴ 設問3は,連帯保証ないし共同保証に関する条文と判例を正確に理解し,これを事例の解決のために適切に用いることができるかを問うものである。
⑵ 小問⑴は,保証人が債権者からの請求を拒絶することのできる事由について問うものである。
HはFに対して保証債務の履行を請求しているが,本問を検討する上では,まずHのFに対する500万円の支払請求についての請求原因を明らかにしておくことが求められる。HのFに対する請求の根拠(請求原因)は,AがHとの間で諾成的消費貸借契約である契約②を締結し,借入金500万円の交付を受けたこと,Fは,Hとの間で本件債務を連帯保証する旨の契約③を書面により締結していることである。
Fは,Hによる保証債務の履行請求に対して,まず,保証債務の消滅時効を援用し,債務の全額の支払を拒むことが考えられる。また,Fとしては主債務の時効消滅を援用することもでき(民法第145条括弧書),主債務が消滅すれば,付従性によって保証債務も消滅する。解答に当たっては,関連条文を示しながら,事実に即して消滅時効を主張することの可能性を指摘することが求められる。
本問では,Aが令和10年6月20日に弁済の猶予を求める書面を送付して債務を承認しており,これによって時効は更新されている(民法第152条第1項)。本問の場合,令和15年5月10日の時点では,それから5年は経過していないので,消滅時効は完成していないことになる。Fが自身の負う保証債務の消滅時効を援用しようとしても,主債務者による時効の更新は保証人に対してもその効力を生ずるものとされているため,これは認められない。また,Fが主債務の消滅時効を主張しようとする場合も,主債務について消滅時効の更新がされており,保証人はこれを否定することができないから,やはり認められない。Fがどちらの債務の消滅時効を援用するか,ということと,Aの債務承認による時効更新の影響が同債務にどのように及ぶのか,ということとが矛盾なく説明されている必要がある。ここでは,主債務者の債務承認による時効更新の保証債務に対する影響関係が理解できているかが問われることとなる。
次に,AはHに対して絵画丙の売買契約による100万円の売買代金債権を有しており,Aが本件債務についてこの売買代金債権を自働債権とする相殺権を有していることを理由として,保証人であるFは,100万円分の支払を拒むことが考えられる(民法第457条第3項)。ここでは,主債務者の相殺権をもってする履行拒絶の可能性とその根拠条文が摘示されている必要がある。
もっとも,AがHに対して有する売買代金債権の弁済期は令和4年8月31日であり,令和15年5月10日の時点ではそれから11年が経過しているため,FがAの相殺権を理由として履行を拒絶した場合,Hとしては,自働債権が時効消滅しており,Aの相殺(ひいては,そのことに基づくFの履行拒絶)は認められない,と主張することが考えられる。時効によって消滅した債権を自働債権とする相殺をするためには,自働債権の消滅時効期間経過以前に受働債権と相殺適状にあったことを要し,そのためには受働債権の弁済期が現実に到来していたことを要するとした判例があり(最判平成25・2・28民集67巻2号343頁),解答に当たっては,この判例を正しく理解している必要がある。単に判例の結論を知っていてそれを問題の事例に当てはめる,というだけでなく,なぜそのような解釈が採られるべきなのか,そして判例と同じ結論が本問の事例においても妥当するのかを説明することが求められる。
⑶ 小問⑵は,連帯保証人と主債務者,共同連帯保証人との関係について,弁済をした連帯保証人がすることのできる求償の範囲を問うものである。
連帯保証債務の弁済をしたFは,主債務者Aに対して求償をすることができる。FがAの委託を受けない保証人であるため,求償の根拠は,民法第462条第1項ないし事務管理に基づく費用償還請求(同法第702条第1項)に求められる。求償が認められる範囲については,同法第462条第1項が準用する同法第459条の2第1項により,主債務者が弁済の当時利益を受けた限度となる。このことから,FはAに対して弁済以後の法定利息や費用等までは請求できないことを示したうえで,求償額が300万円となることを説明することが求められる。
共同保証人のうちの1人が自己の負担部分を超える額を弁済したときは,他の共同保証人に対して求償をすることができる(民法第465条第1項)。共同保証人間の求償の場合は,弁済額が負担部分を超えていなくても負担部分の割合に応じて認められるという連帯債務者間の求償とは要件が異なり,負担部分を超える額を弁済したことが必要である。本問においては,FがHにした300万円の弁済が自己の負担部分を超えるものであるならば,FはGに対してその分の求償をすることができる。
そこで,共同保証人の内部的負担割合は特約等がなければ各自平等となること,Fが債権者から一部免除を得ていることを踏まえて,本問における具体的な事実関係に当てはめてFの負担部分を算出し,その上で求償の可否及び求償権の額を解答することが求められる。FがHにした免除がGをも免除する趣旨のものと解すべき事情が認められない限り,当該免除があってもFとGの内部的負担部分は各250万円のままであり,Fとしては,弁済をした300万円から250万円を差し引いた50万円をGに対して求償できることとなる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 請求1の根拠と各主張の意味
請求1は、Aの甲の所有権に基づく返還請求である。その要件は、①Aが甲を所有すること、②Cが甲を占有することであり、②は【事実】3から明らかである。
これに対し、㋐のCの主張は、Dが甲の所有権を即時取得(民法192条)した結果Aが所有権を喪失したという権利喪失の抗弁であると解される。Cは使用借権を主張する余地もあるが、使用貸借は貸主が所有権を有することを前提とし、かつ第三者対抗力を有しないから、結局はDの即時取得に帰着する。
㋑のAの主張は、指図による占有移転(184条)によっては192条の「占有を始めた」という要件を満たさないという再抗弁である。㋒のAの主張は、仮にDの即時取得が認められるとしても、甲は盗品であるから193条に基づき回復を請求できるという再抗弁である。
2 ㋐及び㋑の当否
即時取得の要件は、①動産であること、②前主が無権利者であること、③有効な取引行為によること、④平穏・公然・善意・無過失で占有を始めたことである。
本件で甲は工作機械であり動産である(①)。Bは盗まれて放置されていた甲を持ち帰っただけであって無権利者である(②)。BD間の譲渡は、弁済期が到来したDに対する借入金債務の弁済に代えてされたものであり、代物弁済(482条)という有効な取引行為に当たる(③)。平穏・公然・善意は推定され(186条1項)、また占有物について行使する権利を適法に有するものと推定されるから(188条)無過失も推定される。実質的にも、Bは「中古機械の販売業者から買った」と説明し、甲に所有者を示すプレート等もなく他に不審な点もなかったのであるから、Dがこれを信じたことに過失はない。
もっとも、Dの占有取得は指図による占有移転の方法によるものである。Bは、Cに対し、甲をDに譲渡したので以後はDのために占有するよう指示し、Dがこれを了承している(184条)。そこで、これにより「占有を始めた」といえるかが問題となる。
192条の「占有を始めた」とは、一般外観上従来の占有状態に変更を生ずるがごとき占有を取得することをいう(最判昭和35年2月11日)。即時取得は、動産の占有という外形的事実に対する信頼を保護して取引の安全を図る制度であるから、原権利者の権利を失わせるためには、外観上の占有状態の変更という明確な徴表を要するからである。そして、動産物権変動の対抗要件である178条の「引渡し」は観念的な引渡しで足りるが、これは当事者間の権利移転の公示の問題であり、原権利者の権利を奪う即時取得の要件とは区別されるべきである。したがって、178条の引渡しが認められることは、当然に192条の要件充足を意味しない。
本件では、BからDへの譲渡の前後を通じて甲を現実に支配しているのはCであり、外観上の占有状態に何らの変更も生じていない。したがって、Dは「占有を始めた」とはいえず、即時取得は成立しない。
よって、㋑のAの主張は正当であり、㋐のCの主張は認められない。甲の所有権はなおAに帰属する。
3 ㋒の当否
仮にDの即時取得が成立すると解した場合には、㋒の主張を検討する必要がある。
占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から2年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる(193条)。甲は令和2年4月10日にAから盗まれた盗品であり、Aの回復請求は同年10月15日であって2年を経過していない。
また、同条の「占有者」は192条の「占有を始めた者」と同義に解すべき理由はなく、現に目的物を占有する者を広く指すと解される。したがって、甲を直接占有するCが「占有者」に当たり、間接占有者Dが存在することは結論を左右しない。
よって、㋒のAの主張も正当であり、いずれにせよCはAの返還請求を拒むことができない。請求1は認められる。
4 請求2の可否
請求2は、Aが、甲の所有権がAに帰属することを前提に、占有権原を有しないCに対し、使用利益の返還を求める不当利得返還請求(703条)である。
もっとも、占有者が占有物から得た果実の帰趨については189条及び190条が特別の規律を置いており、使用利益もこれに準じて処理すべきである。すなわち、善意の占有者は占有物から生ずる果実を取得する(189条1項)。占有という外形的状態に対応した果実の消費を事後的に覆すことは占有者に不当な負担を課すからである。他方、悪意の占有者は、果実を返還し、既に消費した果実の代価を償還する義務を負う(190条1項)。
本件では、Cは令和2年5月1日に甲の引渡しを受けた際、【事実】1及び2を知らず、甲がBの所有物であると信じていたから善意の占有者である。したがって、同日から、Aから【事実】1の経緯を説明されて返還を求められた令和2年10月15日までの間の使用利益については、Cがこれを取得し、Aは返還を請求することができない。
これに対し、Cは、同年10月15日にAから盗難の経緯の説明を受けて以後は悪意の占有者となるから、同日以降甲をAに返還するまでの使用料相当額については190条1項により返還義務を負う。なお、善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは、その訴えの提起の時から悪意の占有者とみなされる(189条2項)。
よって、請求2は、令和2年10月15日以降の使用料相当額の限度で認められ、同日より前の分については認められない。
第2 設問2
1 小問⑴ Eの債務の内容及び契約①の性質
契約①におけるEの債務は、令和3年6月から10月までの5か月間、Aの事業所において週4日授業を行うこと、すなわちAの従業員の技能向上のための指導という役務を提供することである。
契約①は有償の役務提供契約であるが、EはAの指揮命令に服するものではなく、自己の専門的判断に基づいて独立に指導を行っている(【事実】9の「こちらはプロなのだから任せてほしい」)から、雇用(623条)ではない。
次に、請負は仕事の完成という結果の実現を保証する点に特質があるが(632条)、本件でEが引き受けたのは授業の実施であって、受講生を乙検定に合格させるという結果の実現までは保証していない。合格者数に応じた成功報酬が別途定められていることは、合格が債務の内容ではなく、成果に対する付加的な対価として位置付けられていることを示す。他方、月額報酬60万円は役務の提供自体に対する対価である。
これに対し、委任は、結果の保証を伴わずに裁量ある他人の事務の処理を委託する点に特質がある。本件で、Eは、Aの従業員の技能向上というAの事務を、課題の内容や量、指導方法につき自己の裁量をもって処理するものであり、法律行為でない事務の委託であるから準委任(656条)に当たる。
よって、契約①は準委任であり、Eは善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負う(656条・644条)。
2 小問⑵
(1)Aの解除の性質
委任は当事者間の信頼関係を基礎とするから、各当事者はいつでもその解除をすることができる(651条1項・656条)。Aは令和3年8月31日に解除の意思表示をしており、これは任意解除権の行使である。解除の効力は将来に向かってのみ生ずる(652条・620条)。
Aは【事実】9及び10の経緯を指摘するが、債務不履行解除(541条・542条)の主張としては認められない。Eには指導方法について相当の裁量が認められ、Aの要求は「善処を求めた」という抽象的なものにとどまる。また、開講1か月後の模擬試験で受講生の技能は顕著な伸びを見せ、その後も引き続き技能を伸ばす受講生が相当数いたのであるから、課題の量が多く叱責があったことをもって善管注意義務違反があるとはいえない。したがって、Eの債務不履行はなく、Aは報酬債務を免れない。
(2)請求3
委任の報酬は後払いであり、期間によって報酬を定めたときは、その期間を経過した後に請求することができる(648条2項ただし書・624条2項)。
本件の月額報酬60万円は期間によって定められた報酬であり、令和3年8月分については同月31日の経過によって期間が経過している。そして、Eは8月中の授業を全て実施しており、前記のとおりその履行に不履行はない。
よって、請求3は認められ、Eは60万円の支払を請求することができる。
(3)請求4
委任者が解除をした場合において、委任者が受任者の不利な時期に解除をしたとき、又は委任者が受任者の利益をも目的とする委任を解除したときは、委任者は受任者の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときはこの限りでない(651条2項)。
まず、報酬を得ることは「受任者の利益」に当たらない(同項2号括弧書)から、他に受任者の利益と評価すべき事実のない本件では同号には該当しない。
次に、「不利な時期」とは、解除によって受任者が通常以上の不利益を受ける時期をいう。本件では、Eは、本件講座に専念するため新たな出張講座の依頼を受けないこととし、通学講座のための代替の講師を手配し、これらをAに伝えている(【事実】7)。5か月の契約期間のうち3か月を経過した時点での突然の解除は、Eが残期間について他の収入機会を確保することを困難にし、既に投下した代替講師の手配という費用を回収する機会を失わせるものであり、「不利な時期」の解除に当たる(同項1号)。
やむを得ない事由については、受講生が30名から20名に減少したことは解除の動機として理解できるものの、技能を伸ばす受講生も相当数おり、Aは解除後に自ら費用を補助して他者の講座を受講させているのであって、本件講座の継続が客観的に不可能・不相当であったとはいえない。よって同項ただし書は適用されない。
そこで損害の範囲が問題となるが、651条1項が任意解除権を無条件に認めている以上、解除それ自体は適法であり、賠償すべき損害は、解除が不利な時期にされたことによって生じた損害に限られると解する。
本件では、Eが令和3年9月及び10月に代替講師の報酬として支出した40万円は、同期間の履行の準備のために既に投下され、不利な時期の解除により回収不能となった費用であるから、損害に含まれる。これに対し、9月分及び10月分の月額報酬相当額120万円は、適法な解除によって債務が消滅したことの結果にすぎず、不利な時期の解除に特有の損害とはいえないから、これを損害として請求することはできない。また、仮にこれを損害に含める立場に立つとしても、Eは令和3年10月に別の企業の出張講座で15万円を得ているから、損益相殺としてこれを控除すべきである。
よって、請求4は40万円の限度で認められ、その余は認められない。
なお、成功報酬は乙検定の合格者数に応じて支払われるものであるが、本件講座は8月末で閉鎖され、合格した18名はAの費用補助により他者の通学講座を受講して受験したのであるから、Eの役務提供に対応する成果は存在しない。よって成功報酬の請求は認められない。
第3 設問3
1 小問⑴
(1)請求5の請求原因
請求5の請求原因は、①AとHが契約②(諾成的消費貸借契約。587条の2第1項)を締結し、Hが500万円をAに交付したこと、②FとHが本件債務を連帯保証する旨の契約③を書面により締結したこと(446条2項)、③主債務の弁済期(令和10年4月1日)が到来したことである。
(2)消滅時効の援用
Fは、まず消滅時効を援用して全額の支払を拒むことが考えられる。債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないときに時効によって消滅する(166条1項1号)。本件債務の弁済期は令和10年4月1日であり、Hはこれを知っていたから、令和15年5月11日の時点で5年が経過している。
しかし、Aは令和10年6月20日にHに対して弁済の猶予を求める書面を送付している。これは債務の存在を前提とする行為であって権利の承認に当たるから、時効は更新され、同日から新たに5年の時効期間が進行する(152条1項)。したがって、令和15年5月11日の時点で主債務の消滅時効は完成していない。
そして、主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の完成猶予及び更新は、保証人に対してもその効力を生ずる(457条1項)。保証債務は主債務に付従するからである。よって、Fが自己の保証債務の消滅時効を援用しようとしても、その時効は主債務者Aの承認により更新されており、Fがその事実を知らなかったことは結論を左右しない。また、Fは保証人として主債務の消滅時効を援用する正当な利益を有するが(145条括弧書)、主債務の時効も完成していないから援用できない。
したがって、Fは500万円全額の支払を拒むことはできない。
(3)主債務者の相殺権による履行拒絶
次に、主たる債務者が債権者に対して相殺権を有するときは、保証人は、その相殺によって主たる債務者がその債務を免れるべき限度において、債権者に対して債務の履行を拒むことができる(457条3項)。
AはHに対し、丙の売買契約に基づく代金100万円の債権を有し、その弁済期は令和4年8月31日である。したがって、Fは100万円分の履行を拒むことが考えられる。
しかし、この売買代金債権は、弁済期である令和4年8月31日から5年を経過した令和9年8月31日の経過により消滅時効が完成している。時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は相殺をすることができる(508条)が、本件でその要件を満たすかが問題となる。
508条の趣旨は、相殺適状が現実に生じたことにより当事者が決済を期待するに至った場合に、その期待を保護する点にある。そうすると、自働債権の消滅時効期間が経過する以前に両債権が現実に相殺適状にあったことを要し、受働債権の債務者が期限の利益を放棄して弁済期を到来させることができたというだけでは足りないと解すべきである(最判平成25年2月28日)。
本件では、受働債権である本件債務の弁済期は令和10年4月1日であり、自働債権の時効完成時(令和9年8月31日)にはまだ到来していなかった。したがって、相殺適状は生じておらず、Aは相殺をすることができない。
よって、Fは、丙の売買代金100万円分についても支払を拒むことができない。
2 小問⑵
(1)Aに対する求償
Fは、連帯保証人として300万円を弁済し、免除によりその余の債務も消滅させたから、主債務者Aに求償しうる。契約③はAに知らせないまま締結されたものであるから、FはAの委託を受けない保証人である。もっとも、Aは治療費のためHに借入れを懇請し、Gの連帯保証を条件として貸付けを受けているのであるから、保証人を追加することがAの意思に反するとはいえない。
したがって、主たる債務者の意思に反しない委託を受けない保証人として、Fは、主たる債務者がその弁済の当時利益を受けた限度において求償権を有する(462条1項・459条の2第1項)。この場合には、弁済後の法定利息や避けることができなかった費用の請求は認められない(459条の2第2項が準用されない)。
Aが弁済の当時利益を受けた限度は、Fの弁済により消滅した債務額である300万円である。Hがした残額200万円の免除は、Fの保証債務についてされたものであって、Aの主債務を消滅させるものとは解されないから、この部分はFの求償の対象とならない。
よって、FはAに対し300万円の求償をすることができる。
(2)Gに対する求償
数人の保証人がある場合において、そのうちの1人が自己の負担部分を超える額を弁済したときは、他の保証人に対し、連帯債務者間の求償の規定に従って求償することができる(465条1項、442条以下)。連帯債務者間の求償と異なり、負担部分を超える額を弁済したことが要件となるのは、共同保証人間には本来直接の債務関係がなく、負担の公平の調整は超過弁済の場合に限るのが相当だからである。
共同保証人の内部的負担割合は、特約がなければ各自平等である。FG間には内部的負担割合に関する合意がないから、各自の負担部分は250万円である。
また、HがFに対してした200万円の免除は、Fの保証債務を消滅させるものであって、これをもってGをも免除する趣旨と解すべき事情は認められない。したがって、免除があってもFとGの内部的負担部分は各250万円のままである。
Fの弁済額300万円は自己の負担部分250万円を超えるから、Fは、超過額である50万円についてGに求償することができる。
よって、FはAに対し300万円、Gに対し50万円の求償をすることができる。なお、FがGから50万円を回収した場合には、その限度でGがAに対する求償権を取得することになる。
以上