司法試験 令和2年 民法
問題文
[民事系科目]〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕の配点は,40:25:35〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕に答えなさい。
なお,解答に当たっては,文中において特定されている日時にかかわらず,試験時に施行されている法令に基づいて答えなさい。
Ⅰ
【事実】1.Aは,甲土地上に乙建物を所有して居住していたが,令和2年5月20日,Bとの間で,甲土地及び乙建物をBに売却する契約(以下「契約①」という。)を締結した。Bは乙建物内でチェロの練習をする予定であったため,AB間において,乙建物が特に優れた防音性能を備えた物件であることが合意の内容とされ,代金額が6000万円と定められた。
2.契約①において,Bは,契約時に1000万円を支払い,残額を甲土地及び乙建物の引渡しがされた日から1か月以内に支払うこと,残代金の完済後直ちに甲土地及び乙建物につきAからBへの所有権移転登記手続を行うこととされた。
3.Aは,令和2年7月25日,契約①に基づく残代金債権(5000万円)をCに代金4500万円で売却し,Cへの債権譲渡を通知する旨の内容証明郵便が同月30日にBに到達した。
4.令和2年9月25日,Bは甲土地及び乙建物の引渡しを受けた。その後,Bは,昼間に乙建物内でチェロの練習をしていたところ,近隣住民から,音が漏れ聞こえてうるさいと苦情を申し立てられ,その際,以前Aとの間でも同様のトラブルがあったと言われた。
5.令和2年10月10日,Bが業者に点検させたところ,乙建物が契約①において合意された防音性能を備えていないことが判明した。
6.そこで,Bは,Aに対し,契約①で定められた防音性能を乙建物に備えさせるための工事に要する費用の見積書を提示し,費用を負担するか,工事を自ら手配するかを選択して履行するよう求めたが,Aからの応答はない。
7.令和2年10月30日,Cは,Bに対して契約①の残代金5000万円の支払を求めた。
〔設問1〕
【事実】1から7までを前提として,次の問いに答えなさい。
Bは,乙建物に住み続けることを前提に,上記【事実】5の防音性能の不備を理由としてCへの支払額を少なくしたいと考えている。このとき,契約①に基づくBの主張として考えられるものを複数挙げ,それぞれその主張が認められるかを検討しなさい。
Ⅱ 【事実】1から7までに加え,以下の【事実】8から12までの経緯があった。なお,本件における土地の位置関係は別紙図面のとおりである。
【事実】8.ところで,甲土地は,鉄道駅から徒歩圏内の住宅地にある。甲土地は,かつて,その隣地である丙土地と一筆の土地でありDが所有していたが,分割されて袋地になり,DからAに売却されていた。
9.Aから甲土地を購入したBは,丙土地の端のa部分(幅1メートル)を公道に至るための徒歩での通行路として利用していた。その後,Bは,自家用車の購入を計画したが,a部分の道幅は車両の通行には十分でなかったため,令和3年1月10日,Dとの間で,丙土地のa部分及びこれに隣接するb部分(幅2メートル。以下,a部分とb部分を合わせて「c部分」という。)につき,通行を目的とする地役権を甲土地のために設定すること,Bは毎年1月に2万円をDに支払うことに合意した(以下「契約②」という。)。Bは,同日,Dに対して2万円を支払い,以後,c部分を徒歩及び自家用車で通行している。
10.令和4年以降,Bは,毎年2万円の支払をしなくなった。
11.令和6年3月1日,Bが毎年2万円を支払わないのであればc部分を花壇として利用したいと考えたDは,Bに支払を催告し,1週間以内に支払わなければ契約②を解除する旨の意思表示をしたが,同月8日を経過しても,Bは支払に応じなかった。
12.Bは,「㋐c部分,少なくともそのうちのa部分については,Bは,Dによる地役権の設定がなくても通行する権利がある。」,「仮に,地役権の設定がなければc部分を通行できないとしても,Dは契約②を解除することはできない。すなわち,確かに,Bは毎年2万円を支払っていないが,㋑地役権設定契約によって設定者が債務を負うことはなく,Dは契約②によって債務を負っていない以上,解除をすることはできない。」と述べている。
これに対して,Dは,Bが毎年2万円を支払わない以上,㋒契約②によってDが債務を負っていなかったとしても,Dは契約②を解除することができるはずであるし,また,そもそも地役権設定契約によって設定者は債務を負い,したがって,契約②によってDも債務を負っていたと述べている。
〔設問2〕
【事実】8から12までを前提として,以下の(1)及び(2)に答えなさい。
(1) 【事実】12の下線部㋐のBの発言は,正当であると認められるか。a部分及びc部分のそれぞれにつき,検討しなさい。
(2) 【事実】12の下線部㋑及び㋒につき,B及びDが地役権設定契約の性質をどう捉え,それを踏まえて契約②の債権債務関係をどのように分析し,また,解除の制度趣旨についてどのような理解を基礎としているのかをそれぞれ発言者ごとに明らかにした上で,Dが契約②を解除することができるかを検討しなさい。
Ⅲ 【事実】1から12までに加え,以下の【事実】13から21までの経緯があった。
【事実】13.Bは,甲土地に隣接する丁土地を購入することで,車の通行の問題を解決しようと考えた。
14.丁土地はEの所有地であり,その旨の登記がされていた。
15.Eは長期入院加療中であったため,Eの財産の管理は,Eから依頼があったわけではないが,事実上,Eの妻FがEの姉Gに相談して行っていた。Bから丁土地の売買の申入れを受けたFは,丁土地はEが相続により取得したが誰も利用しておらず,また,Eの医療費が今後更に必要なことから,前向きに考え,Gに相談した。Gは,売却に賛成し,もし売却するならGの事業の資金のために売却金の一部を使わせてほしいと,Fに申し入れた。
16.Eには子がなく,Eの親族はFとGのみであり,EもFも日頃からGを頼りにしていた。
そこで,Fは,Eの医療費に充てるほか,代金の一部をGの事業の資金に充てるために,丁土地を売却することにした。
17.令和6年7月10日,Bは,Eから丁土地を2000万円で購入する契約(以下「契約③」
という。)を締結したが,この契約は,FがEの代理人として締結したものであり,その締結の場にはFの求めに応じてGも同席した。Fは,Eの委任状及び印鑑登録証明書をBに示したが,実は,FはEに対して丁土地の売却のことを知らせておらず,丁土地に関してEからFに代理権が授与されたことはなく,委任状は自宅に保管されていたEの実印をFが勝手に利用して作成したものであり,Eの印鑑登録証明書はFが取り寄せたものであった。Fは,Bに対し,Eが入院加療中であって医療費が必要であること,丁土地の売却にはEの親族の了解も得ていることを話し,Bは,夫が入院加療中であるから妻が取引をするのは通常のことと考え,それ以上にEに確認するなどの措置は採らなかった。
18.契約③において,Bは契約時に400万円を支払うこと,残代金の支払及び丁土地の所有権移転登記手続は令和6年9月20日に行うこととされた。Bは,これに従ってFに400万円を交付し,Fは,このうち200万円をEの医療費に備えて取り置き,残る200万円をGの指定した銀行口座に振り込んだ。
19.令和6年7月24日,Eは,容態が急変して契約③について知らずに死亡した。最期までEの判断力に衰えは見られなかった。その後,Fは相続を放棄し,Gは,同年8月24日,E名義の預金口座を解約して全額の払戻しを受けて,Eの医療費を弁済した。
20.令和6年9月13日,Gは不動産業者から丁土地を2600万円で売ってほしい旨の打診を受けた。
21.令和6年9月20日,Bは,Gに対し,残代金を提供した上,契約③に基づき丁土地の所有権移転登記手続を求めたが,Gはこれを拒絶した。
〔設問3〕
【事実】13から21までを前提として,次の問いに答えなさい。
契約③に基づくBのGに対する所有権移転登記手続請求は認められるか。FがEの配偶者であることを踏まえて,検討しなさい。
(別紙図面)
公道b部分a部分私有地 甲土地 丙土地丁土地 私有地c部分私有地 公道
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,民法の幅広い分野から,民法の基礎的な理解とともにその応用力をも問うものであり,当事者の主張を踏まえつつ複数の法律問題の相互関係を適切に理解したり,事案の特殊性を論理的に分析して自説を展開する能力が試されている。
設問1は,令和2年4月1日に施行された民法(債権関係)の改正法(平成29年法律第49号。以下「改正法」という。)を踏まえ,契約不適合責任,債務不履行,相殺,債権譲渡等といった民法債権編の複数の制度・規定について,基本的な理解ができているか,その理解を具体的事例における救済手段の検討を通じて適切に展開することができるかを問うものである。
設問1の事実関係の下では,契約不適合責任(民法第562条)が問題となるところ,問題文において,買主Bが乙建物に引き続き居住することを前提に,代金支払額をなるべく少なくするために,契約①に基づきどのような主張をすることができるかという趣旨であることが明示されているのであるから,契約不適合責任に基づく二つの救済手段,すなわち,代金減額請求権の行使,及び追完に代わる損害賠償請求権と売買代金債権との相殺による減額の可否を検討すれば足り,居住が不可能になる解除や,契約に基づくものではない不法行為等について言及する必要はない。
前提として,売主Aが契約不適合責任を負うことを確認する必要があるが,契約不適合責任が認められるかについては,契約当事者が特に合意した内容及び取引上の社会通念に照らして判断されることを示しつつ,乙建物の品質(防音性能)には契約不適合があると述べる必要がある。設問1では,AB間において,乙建物が特に優れた防音性能を備えた物件であることが合意の内容とされ,代金額が定められたこと(【事実】1),乙建物は合意された防音性能を備えていないこと(【事実】5)などからすると契約不適合があると評価することが求められる。
代金減額請求権の発生については,原則として追完の催告を行った上で,催告で定められた相当期間経過後も追完がないことが必要であることに加え,契約不適合につき買主に帰責事由がある場合は行使することができないことを述べた上で,設問1の事実関係から,これらの要件が認められることを述べる必要がある。その際,代金減額の効果が発生するためには代金減額請求の意思表示が必要であることも述べる必要があり,代金減額請求権の行使により「不適合に応じた」減額の効果が生じることも併せて指摘することが望ましい。
Bが代金減額請求権を行使するに当たり,売買代金債権の譲受人Cに対抗することができるかについては,Cへの債権譲渡につき債務者対抗要件が具備されていることを指摘した上で,その具備前に民法第468条第1項の「譲渡人に対して生じた事由」が存在したといえるかが問題となることを指摘する必要がある。「譲渡人に対して生じた事由」の意義については,㋐広く抗弁事由の主たる発生原因ないし法的基礎の存在をもって足りると解することができる立場,㋑抗弁それ自体の存在を必要とする立場などが考えられ,いずれの立場によっても構わないが,請負契約に基づく残報酬債権が第三者に譲渡されて対抗要件が備えられた後に,請負人の仕事完成義務の不履行が生じ,これに基づき注文者が請負契約を解除した場合に関する最判昭和42年10月27日民集21巻8号2161頁を踏まえた検討が求められる。
㋐の立場による場合には,請負契約における仕事完成債務の不履行を理由とする注文者による解除の場面のみならず,同一の双務契約において売主が債務不履行に陥った場合における買主の救済手段である代金減額請求にも同様に適用可能な解釈準則として,民法第468条第1項の「事由」が抗弁事由の主な発生原因である契約の存在で足りるとする一般的な考え方を基礎としているものと考えることになると思われる。そして,上記最高裁判決もこれに沿うものとして位置付けることが可能であるとして,代金減額請求権の発生という抗弁事由の発生原因又は法的基礎に当たる契約①の存在をもって,同項の「事由」に当たることなどを論ずべきことになる。
㋑の立場による場合には,例えば,代金減額請求が不適合物の給付を履行と認容した上で新たに契約規範を再設定(契約改訂)する側面も有しているという特殊性に鑑み,抗弁の発生原因として,売買契約の存在に加えて引渡しをも必要とするなどと考えることになるが,併せて,代金減額請求と解除との異質性を指摘するなど,上記最高裁判決の射程が及ばないと考えるべき根拠を説得的に展開する必要がある。
追完に代わる損害賠償債権と売買代金債権との相殺による実質的な減額については,その前提として,Bが追完に代わる損害賠償債権を有していることが必要であるが,その根拠規定については民法第415条第1項に基づく立場と同条第2項の適用又は類推適用に基づく立場があると考えられる。いずれの立場によっても構わないが,自己の採用した立場から一貫性のある法律構成をすることが必要であるほか,後者の立場では,同項各号のいずれに該当するかを検討する必要がある。また,併せて,乙建物の防音性能が特に優れていることが保証されていること(【事実】1)や,Aは近隣トラブルから目的物に防音性能の不備があることを認識することができたこと(【事実】4)などの問題文に表された事情に照らして,Aに債務者の責めに帰することができない事由が認められるとはいえないことを指摘する必要もある。
BがAに対する損害賠償債権を自働債権,売買代金債権を受働債権とする相殺をCに対抗することができるかについては,改正法において新設された民法第469条(債権の譲渡における相殺権)に照らして判断されることになる。自働債権である追完に代わる損害賠償債権の取得時は不適合物の引渡時(令和2年9月25日)であるものと解されることを前提にすると(最判昭和54年3月20日判例時報927号186頁),これは受働債権に係る債権譲渡の対抗要件が具備された時点(令和2年7月30日)以後であることから,同条第2項の適用の可否が問題となる。本件においては自働債権と受働債権がともに同一の売買契約に基づいているという意味での関連性を有することから,条文上の根拠については同項第1号とする立場と同項第2号とする立場があると考えられる。
民法第469条第2項第1号を根拠とする立場については,「前の原因」が存在するといえるための基準についての解釈を示す必要があり,例えば,自働債権の主たる発生原因が対抗要件具備時前に備わっていれば足りるとすることなどが考えられる。このような考え方に立つ場合には,更に契約債権に関しては当該契約の存在をもって足りるのか,それとも契約の存在に加えて相殺の合理的期待を基礎付ける具体的事情,例えば,自働債権と受働債権との間に(同一契約に基づく)関連性が認められることなどの付加的事情の存在も必要となるのかについても検討することが望ましい。
民法第469条第2項第2号を根拠とする立場については,同条の条文構造自体からは同項第2号が自働債権の取得時のみならずその発生原因の成立時までもが受働債権に係る債権譲渡の対抗要件具備後である場合を想定したものであると考えられることから,同条第1項及び同条第2項第1号との関係性をどう見るかといった諸点に言及し,踏み込んで論証することが望ましい。
設問2は,公道に至るための他の土地の通行権(以下「隣地通行権」という。)の成立要件及び効果に関する基本的知識及び理解を問うとともに,有償の地役権設定契約の解除の可否を地役権設定契約の構造及び解除制度の意義から導き出す論理的思考力を問うものである。
小問⑴では,まず,【事実】8から,一筆の土地を分割して譲渡したことによって甲土地が袋地となったのであるから,残余地である丙土地を目的とする隣地通行権が成立すること(民法第213条)を示す必要がある。その際,この規律は,隣地通行権の負担は袋地の発生を生じさせた残余地の所有者が負うべきであり,それ以外の囲繞地に負担を負わせるべきではないとの考え方に基づくことを説明することが望ましい。
次に,甲土地の所有権は,袋地となった後にAからBに移転していることから,このことが民法第213条によって発生した隣地通行権の存続に影響するかについて検討することが必要である。分割によって生じた袋地がその後に第三者に譲渡された場合でも,隣地通行権は残余地自体に課された物的負担であるとして,隣地通行権は存続するという立場(最判平成2年11月20日民集44巻8号1037頁)と民法第213条は袋地を発生させた当事者間のみに適用されるから隣地通行権は消滅するとの立場があり,いずれの立場によっても構わないが,後者の立場に立つのであれば,判例を批判した上で論じる必要がある。
さらに,丙土地のうち隣地通行権が成立する土地の範囲も問題となるが,隣地通行権に関する通行の場所及び通行の方法は,通行権を有する者のために必要であり,かつ,隣地のために損害が最も少ないものを選ばなければならないこと(民法第211条第1項)を説明する必要がある。本件では,【事実】9によれば,a部分については,丙土地の端であって甲土地の利用に対する影響も少なく,甲土地から徒歩で公道に出るために必要最小限の部分であるといえることを指摘しつつ,隣地通行権が成立するとする必要がある。
c部分のうちa部分を除くb部分についても隣地通行権が成立するかについては,当該隣地通行権が自動車による通行を内容とするか否かによる。その成否については,判例によれば,自動車による通行を認める必要性,周辺の土地の状況,通行権が認められることによる不利益等の諸般の事情を考慮して判断されるとされており(最判平成18年3月16日民集60巻3号735頁),これをそのまま引用することまでは要求されないが,判断基準として,判例の示す考慮要素などを指摘する必要がある(もちろん,全てを挙げる必要はない。)。小問⑴では,Dから甲土地を譲り受けたA及び,その後に甲土地を取得したBも,もともと徒歩で公道に出ていたこと(【事実】8及び9)から,徒歩で公道に出るという内容で甲土地と丙土地との利用の調整ができていたと考えられること,甲土地は駅から徒歩圏内にあることなどを指摘しつつ,Dに対し丙土地のb部分を排他的に利用できない不利益を課してまで自家用車による通行を認める必要はないなどと論述することが考えられる。
なお,a部分の隣地通行権は,法定地役権であるから,法定の要件が満たされている限り隣地通行権は存続し,a部分を目的とする約定地役権の成立又はその消滅により影響を受けることはない旨が述べられていることが望ましい。
小問⑵では,下線部㋑のBの発言及び下線部㋒のDの発言が,有償の地役権設定契約の性質及び解除の制度趣旨について,それぞれどのような理解に基づくか,並びに有償の地役権設定契約の性質を踏まえると契約②によってB・D間にどのような債権債務関係が生じるかを説明した上で,これらの発言のどちらの理解が正当であるかを検討することが必要である。いずれの発言を正当としても構わないが,それぞれの発言が依拠する理解と整合的に一方の正当性を説明することが求められている。
まず,下線部㋑のBの発言は,地役権設定者は地役権設定契約によって債務を負わないことを前提に,Dは契約②によって債務を負わないから,契約②は解除することができないとするものである。債務不履行を理由とする解除制度の目的は,不履行をしている債務者の債権者を「契約の拘束力からの解放」を認めることにあるところ,この発言は,「契約の拘束力からの解放」とは債権者の負う債務から債権者を解放するためにあるとの立場を前提とし,解除は債権者も債務を負う双務契約にのみ適用されると解する。Dは契約②によって債務を負わないから,契約②を解除することができないことになる。
これに対し,下線部㋒のDの発言は,解除制度は,債権者をその債務に限らず広く契約の拘束力から解放するとの理解に基づく。このような考え方によれば,債権者は,当該契約の効力を消滅させる法的利益がある場合には,当該契約によって債務を負っていなくても,契約を解除することができることになる。また,下線部㋒のDの発言は,予備的に,そもそも,契約②によってDは債務を負っていたから解除制度が適用されると主張するものである。
小問⑵では,下線部㋑及び下線部㋒のそれぞれの発言につき,地役権設定契約の性質を分析した上で,契約②によってDが債務を負うか,契約②によってDが債務を負わないとすれば,債務を負わないDが契約②を解除することができるかどうかを,解除制度の趣旨と結び付けて説明することが求められる。
まず,有償の地役権設定契約の性質をどのように理解するかについては,大別して,契約②が全体として地役権設定契約であると解する考え方と,契約②は地役権設定契約と毎年2万円の支払に関する特約からなるとする考え方に分けることができる。
契約②は全体として地役権設定契約であると解する考え方においても,考え方は分かれ得るところ,例えば,有償の地役権設定契約から生じる債権債務関係については,承役地の所有者は地役権設定契約により地役権を設定する債務を負うと解する立場があり得る。この立場によれば,契約②において,Dによる地役権設定債務と,Bによる地役権設定の対価の支払債務とが対価的牽連関係に立つといえる。
次に,契約②は地役権設定契約と毎年2万円の支払に関する特約からなるとする考え方においても,考え方は分かれ得る。例えば,地役権設定契約を物権契約であると理解する立場によれば,物権契約から債権債務関係は生じないから,BとDは,地役権設定契約とは別に債権契約としてBがDに毎年2万円を支払う特約をしたものと整理することになる。このような考え方によれば,地役権設定契約とは別個のものである対価に関する特約の不履行を理由として,地役権設定契約(契約②)を解除することができるかが問題となり,両者の関係をどのように理解するかによって,解除を肯定する考え方,否定する考え方のいずれも考えられる。なお,地役権設定契約を物権契約ではないと理解したとしても,地役権には無償のものもあることから,地役権設定の対価の合意は地役権設定契約の本質的要素ではないことを理由に,契約②は地役権設定契約と対価に関する特約の二つからなると考えることもできるであろう。
小問⑵においては,上記のような考え方の分岐について詳細に説明することまでは求められておらず,飽くまでも,与えられた題材から問題文に示された問題意識に留意しつつ,自説を展開することが求められている。
設問3は,夫婦の一方による他方の特有財産の売却の効力を問うものである。夫婦の日常家事の連帯債務(民法第761条)の構造やそれをめぐる議論を正確に理解し展開することができるかを確認し,併せて無権代理の基本的な法律関係及び相続についての基本的な事項の理解を確認するものである。同条の解釈に関する基本的な判例として,最判昭和44年12月18日民集23巻12号2476頁がある。
まず,設問3の事実関係の下では,買主BのGに対する登記請求は,EB間の売買契約に基づく売主Eの登記移転義務(民法第560条)の履行請求であるので,その前提として,Eの姉Gが相続によりEの地位を承継していることを説明する必要がある。【事実】16によれば,Eには子,直系尊属,G以外の兄弟姉妹がなく,妻Fは相続を放棄しているから,Gが単独でEを相続したことが認められる(民法第889条第1項第2号)。なお,Gは預金を解約してその払戻しを受けていること(【事実】19)を指摘しつつ,法定単純承認があったと認められること(民法第921条第1号)を示すことが望ましい。
次に,妻Fは,夫Eから丁土地の売却の権限を与えられていないにもかかわらず,Eの特有財産である丁土地について,Bとの間で売買契約を締結しているところ,このようなFの行為が,夫婦の日常家事に関する法律行為といえるのであれば, Eも売買契約に基づく登記移転義務(民法第560条)を負うので,丁土地の売買がEF夫婦の日常家事に関する法律行為といえるかを検討する必要がある。
日常家事に関する法律行為の意義については,個々の夫婦がそれぞれ共同の生活を営む上において通常必要な法律行為をいうことを示した上で,その具体的範囲については,個々の夫婦の共同生活を基本としてその内部的事情や個別的な目的とともに,当該法律行為の種類,性質等も考慮して客観的に判断されるべきことを,理由とともに示す必要がある(前掲昭和44年12月18日最高裁判決参照)。
【事実】16によれば,売買代金の一部を他方配偶者の医療費に充てる目的があったとはいえ,Eの姉Gの事業の資金を用立てるものでもあったこと,そもそも他方配偶者の特有財産の処分であること,不動産の取引であって非日常的な,高額の取引であることという事情が認められるから,このことを指摘しつつ,日常家事債務の範囲外と評価されるとする必要がある(前掲昭和44年12月18日最高裁判決参照)。
日常家事債務の範囲外であるとしても,次に,表見代理により相手方が保護されないかについて検討する必要がある。この点について,相手方においてその範囲内であると信じるにつき正当の理由があるときには,民法第110条の趣旨を類推適用して,相手方が保護されるとする立場(前掲昭和44年12月18日最高裁判決参照)による場合は,民法第761条の基礎に連帯責任の前提として夫婦の相互の代理権があり,同条はそのような代理権を定めるものであることを明らかにする必要がある。また,そのような法定代理権を基礎として民法第110条を適用することができるかについて,夫婦の財産的独立を損なうおそれがあることから,直接適用ではなく,趣旨を類推適用することが相当であるという考え方を説明し,正当な理由における信頼の対象が,当該法律行為が日常家事の範囲に属することであって,相手方に代理権があることではないことを明らかにする必要がある。
【事実】17によれば,仮にBの信頼は夫婦の日常家事の範囲内であるという点の信頼を含むものであったとしても,正当の理由を基礎付けるに当たっては,例えば,委任状等を提示しているという点については,Fの代理権の存在についての信頼の一事情となるのが通常であるが,日常家事の範囲についての信頼の一事情となるかは問題であり,Eの特有財産である不動産の処分について,Bの信頼に正当の理由はないと評価することが求められる。
以上と異なり,民法第110条を直接適用する立場,民法第761条の代理権を否定する立場などもあり得る。いずれの立場によっても構わないが,これらの立場による場合には,前掲昭和44年12月18日最高裁判決を批判した上で,日常家事の範囲の捉え方,民法第761条が代理権を定めるものかどうか,第三者保護をどのような手法で,またどのような範囲で図るのが適切かに関し,判例と異なる立場を採ることについて説得的に論じる必要がある。
設問3では,無権代理についての基本的な法律関係の理解も問われている。すなわち,Fの行為は無権代理であって,Eの追認がない限り,Eに対して効力を生じないが(民法第113条第1項),Eは生前に追認せずに死亡し,Eの相続人はGのみであり,GがBの請求を拒絶したのは,この追認を拒絶するものと考えられるから,このような追認拒絶の可否が問題となる。
本人は追認・追認拒絶について何ら態度決定をしていなかった場合,相続人はその地位を承継し,この選択権を有する。無権代理と相続については,一連の判例があるが,設問3は,無権代理人の本人相続ではなく,第三者の本人相続であるから,これらの判例が問題とする場面とは事案を異にする。一般には,第三者である相続人は,追認・追認拒絶の選択権があり,追認を拒絶すれば,当該売買契約は本人に効果帰属しないことが確定するから,相手方Bは本人たる地位にあるGに対して,売買契約の履行を求めることはできない。
しかし,設問3においては,Gは,FとBとの間の売買契約締結に立会い,その場でFは丁土地の売却についてEの親族(G)の了解を得ていることを告げている(【事実】17)。その背後では,Gは,当該売買契約に関して事前にFから相談を受けて,売却に問題はない旨を述べた上,売買代金の一部をGの事業の資金に利用させてくれるよう申し入れており(【事実】15),実際にも,代金の一部がFからGに交付されている(【事実】18)。このような事情を勘案すれば,後に,GがEの相続人の立場で,追認を拒絶することは,信義則に反すると評価する余地があり(民法第1条第2項),この点についての検討が求められる。
追認拒絶が許されるか否かについては,肯定,否定のいずれの立場によっても構わないが,追認拒絶が許されないとする立場による場合には,さらに,追認拒絶を選択することが許されないことにより,なぜ,追認がされたのと同様の効果が生じると考えることが可能であるかも説明する必要がある。他方で,追認拒絶が許されるとする立場による場合には,上記の諸事情にもかかわらず,そのように判断される根拠を丁寧に説得的に論じる必要がある。
なお,Bの登記請求に関しては,残代金の支払について同時履行の抗弁(民法第533条)
が問題となることから,改めて残代金の提供が必要であることを指摘した上で,本件ではBが残金の支払を提供して請求していること(【事実】21)にも言及することが望ましい。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 前提 売主Aの契約不適合責任
Bは、乙建物に住み続けることを前提に支払額を減らそうとしているから、考えられる主張は、①代金減額請求権の行使(民法563条)と、②追完に代わる損害賠償債権を自働債権とする相殺(505条1項)である。いずれも、その前提としてAが契約不適合責任を負うことが必要である。
562条1項は、引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときの買主の救済を定める。契約の内容に適合するか否かは、当事者が特に合意した内容及び取引上の社会通念に照らして判断される。
本件では、Bが乙建物内でチェロの練習をする予定であったことから、AB間において乙建物が特に優れた防音性能を備えた物件であることが合意の内容とされ、これを前提に代金額が6000万円と定められた(【事実】1)。ところが、令和2年10月10日の点検により、乙建物は契約①で合意された防音性能を備えていないことが判明した(【事実】5)。したがって、乙建物には品質に関する契約不適合がある。
また、Bは、不適合を知った令和2年10月10日から1年以内に、Aに対し見積書を提示して追完を求めており(【事実】6)、566条本文の通知も了している。
2 主張① 代金減額請求
(1)買主は、引き渡された目的物が契約の内容に適合しない場合において、相当の期間を定めて履行の追完の催告をし、その期間内に履行の追完がないときは、その不適合の程度に応じて代金の減額を請求することができる(563条1項)。ただし、不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものであるときはこの限りでない(同条3項)。
本件では、Bは、Aに対し、防音性能を備えさせるための工事に要する費用の見積書を提示し、費用を負担するか工事を自ら手配するかを選択して履行するよう求めている。追完の方法の選択の余地を与えた上での催告であり、適式である。相当の期間が明示されていないとしても、催告後客観的に相当期間が経過すれば減額請求権は発生すると解すべきであり、Aからは何らの応答もないまま令和2年10月30日に至っている。不適合は建物自体の性能に関するものであってBの責めに帰すべき事由によるものでもない。
したがって、Bは代金減額請求権を取得する。これは形成権であるから、効果の発生には減額請求の意思表示を要し、その行使により不適合の程度に応じた減額、すなわち防音性能を備えた乙建物の価値と現状の価値との差額に相当する額の減額の効果が生ずる。
(2)もっとも、残代金債権はCに譲渡されている。債務者は、対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる(468条1項)。本件では、令和2年7月30日に債権譲渡の通知がBに到達し(467条1項)、同日に対抗要件が具備されている。他方、Bの代金減額請求権が発生したのはこれより後の令和2年10月以降であるから、「譲渡人に対して生じた事由」に当たるかが問題となる。
この点、同項の趣旨は、債権譲渡により債務者の地位を譲渡前より不利にしない点にある。債務者は、譲渡の対象となった債権の発生原因である契約から生ずる抗弁を当然に期待しているのであるから、対抗要件具備時に抗弁事由そのものが発生していることは要せず、その発生原因ないし法的基礎が存在していれば足りると解する。判例も、請負残報酬債権の譲渡後に請負人の仕事完成義務の不履行が生じ、注文者が請負契約を解除した場合に、注文者は解除をもって譲受人に対抗しうるとしている(最判昭和42年10月27日)。
本件では、代金減額請求権の法的基礎である契約①は令和2年5月20日に締結されており、対抗要件具備時に既に存在していた。よって、Bは代金減額をCに対抗することができ、減額後の額についてのみ支払義務を負う。
3 主張② 追完に代わる損害賠償債権による相殺
(1)買主は、契約不適合を理由として損害賠償の請求をすることができる(564条・415条)。本件で問題となるのは、追完に代わる損害賠償、すなわち防音工事に要する費用相当額の賠償である。追完請求権は現に存続しており、これに代わる賠償は本来の債務の履行に代わるものではなく、不完全な履行による損害の賠償であるから、415条1項により認められると解する。
そして、Aは、乙建物が特に優れた防音性能を備えることを合意の内容として保証し(【事実】1)、しかも以前近隣住民との間で同様のトラブルがあった(【事実】4)のであるから、不備を認識しうる立場にあった。債務の不履行がAの責めに帰することができない事由によるものとはいえず、415条1項ただし書による免責は認められない。
(2)Bは、この損害賠償債権を自働債権、残代金債権を受働債権として相殺することができる(505条1項)。双方の債務はいずれも金銭債務で弁済期にある。
(3)この相殺をCに対抗できるかは469条による。自働債権の取得時は不適合な建物の引渡時である令和2年9月25日と解されるから、対抗要件具備時(同年7月30日)より前に取得した債権による相殺(469条1項)には当たらない。
もっとも、債務者は、対抗要件具備時より後に取得した債権であっても、その債権が対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じたものであるとき(469条2項1号)、又は譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じたものであるとき(同項2号)は、相殺をもって譲受人に対抗することができる。
本件の損害賠償債権は、譲渡された残代金債権と同一の契約①から生じたものであるから、同項2号に該当する。また、同項1号の「前の原因」とは自働債権の主たる発生原因をいうと解すれば、契約①の締結がこれに当たり、かつ自働債権と受働債権が同一契約に基づく以上Bの相殺に対する合理的期待も認められるから、同号にも該当する。
(4)よって、Bは、相殺をCに対抗し、工事費用相当額の限度で残代金債務の消滅を主張することができる。
第2 設問2
1 小問⑴
Bの主張は、公道に至るための他の土地の通行権(隣地通行権)が約定地役権とは別に成立しているというものである。
分割によって公道に通じない土地が生じたときは、その土地の所有者は、公道に至るため、他の分割者の所有地のみを通行することができ、この場合には償金を支払うことを要しない(213条1項)。囲繞地通行権の負担は袋地を生じさせた分割の当事者である残余地所有者が負うべきであり、無関係な他の囲繞地に負担を課すべきでないからである。
本件では、甲土地はかつて丙土地と一筆の土地でDが所有していたが、分割されて袋地となりAに売却されている(【事実】8)。したがって、甲土地のために丙土地を承役地とする無償の隣地通行権が成立した。
次に、甲土地はその後AからBに譲渡されているが、213条による通行権は残余地自体に課された物的負担であるから、袋地の所有権が第三者に移転しても存続すると解する(最判平成2年11月20日)。そうでなければ袋地が譲渡されるたびに通行権が失われ、袋地の利用が不可能となるからである。よってBも隣地通行権を有する。
通行の場所及び方法は、通行権を有する者のために必要であり、かつ、他の土地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない(211条1項)。a部分は、幅1メートルで丙土地の端に位置し、Aの時代からBに至るまで徒歩での通行路として現に利用されてきた部分であって、甲土地から公道に出るために必要最小限であり、丙土地の利用への影響も小さい。したがって、a部分については隣地通行権が成立する。
これに対し、b部分を含むc部分についても通行権が及ぶかは、通行権の内容が自動車による通行を含むかによる。この点は、自動車による通行を認める必要性、周辺の土地の状況、通行権が認められることによる承役地所有者の不利益等諸般の事情を総合考慮して判断すべきである(最判平成18年3月16日)。本件では、Dから甲土地を取得したAも、その後のBも、もともと徒歩で公道に出ており、徒歩による通行という形で甲土地と丙土地の利用の調整ができていた。甲土地は鉄道駅から徒歩圏内の住宅地にあり、自家用車による通行の必要性は高くない。他方、幅2メートルのb部分を通行に供すれば、Dは花壇としての利用など排他的な利用をすることができなくなり、その不利益は小さくない。
よって、自動車による通行を内容とする隣地通行権は認められず、c部分全体について通行権が成立することはない。
なお、a部分の隣地通行権は法律上当然に発生する負担であるから、a部分を目的とする約定地役権の設定やその消滅によって影響を受けない。
以上より、㋐の発言は、a部分については正当であるが、c部分については正当でない。
2 小問⑵
(1)Bの理解(㋑)
Bは、地役権設定契約を物権契約と捉え、これによって地役権という物権が直接成立するにとどまり、設定者に債務は生じないと分析する。したがって、契約②は、物権契約としての地役権設定契約と、毎年2万円を支払う旨の債権契約たる特約とに分解され、Dは債務を負わないことになる。
その上でBは、債務不履行解除の制度趣旨は、反対給付義務を負う債権者をその自己の債務から解放することにあると理解する。この立場からは、解除は債権者自身が債務を負う双務契約についてのみ認められ、債務を負わないDは契約②を解除できないことになる。
(2)Dの理解(㋒)
Dは、解除制度の趣旨を、債務者の不履行により契約を維持すべき理由が失われた場合に、債権者を自己の債務に限らず広く契約の拘束力から解放する点にあると理解する。この立場からは、債権者は、当該契約の効力を消滅させる法的利益を有する限り、自ら債務を負わなくても解除をすることができる。Dは、c部分を花壇として排他的に利用できないという負担を負っており、対価を得られないのであればその負担から解放される法的利益を有するから、解除が認められることになる。
また、Dは予備的に、有償の地役権設定契約によって設定者も債務を負うと主張する。これは、契約②を全体として一個の地役権設定契約と捉え、設定者は地役権を設定し、かつ承役地を通行に供してこれを妨げない義務を負い、この義務と地役権者の対価支払義務とが対価的牽連関係に立つ双務契約であると分析するものである。
(3)検討
地役権は物権であるが、承役地所有者は、設定により自己の土地の利用を継続的に制約され、地役権者による通行を受忍する義務を負い続ける。有償の地役権設定契約において対価が定められたのは、まさにこの継続的な負担に対する対価としてであり、両者は対価的牽連関係に立つ。地役権に無償のものがあることは、有償と定めた本件契約の性質決定を左右しない。したがって、契約②は双務契約であり、Dも契約②上の債務を負う。Dの予備的主張が正当である。
そうすると、解除制度の趣旨をいずれに解するかにかかわらず、Bの対価支払債務の不履行について541条本文の適用がある。Bは令和4年以降毎年2万円の支払をせず、Dは令和6年3月1日に支払を催告し1週間以内に支払わなければ解除する旨の意思表示をしたが、同月8日を経過しても履行がない。1週間という期間は少額の金銭債務の履行には十分で相当の期間といえる。不履行は対価の全部について2年以上継続しており、その不履行が契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるとはいえない(541条ただし書)。
よって、Dは契約②を解除することができ、c部分の地役権は消滅する。ただし、前記1のとおりa部分の隣地通行権は影響を受けない。
第3 設問3
1 請求の根拠とGの地位
Bの請求は、契約③に基づく売主の登記移転義務(560条)の履行請求である。売主はEであるから、GがEの地位を承継していることが前提となる。
Eには子がなく、親族はFとGのみである(【事実】16)から、配偶者Fと兄弟姉妹Gが相続人となる(889条1項2号、890条)。Fは相続を放棄したため初めから相続人とならず(939条)、Gが単独相続人となる。Gは、令和6年8月24日にE名義の預金口座を解約して全額の払戻しを受けており、これは相続財産の処分に当たるから、法定単純承認が成立する(921条1号)。よってGはEの権利義務を包括承継した(896条)。
2 Fの行為の効力
丁土地は、Eが相続により取得したEの特有財産である(762条1項)。FはEから丁土地の売却についての代理権を授与されておらず、委任状もFが勝手に実印を用いて作成したものであるから、Fの行為は無権代理であり、Eの追認がない限りEに対して効力を生じない(113条1項)。
もっとも、夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方もこれによって生じた債務について連帯して責任を負う(761条)。同条は、単に責任を定めたにとどまらず、その前提として、夫婦は日常の家事に関する法律行為について互いに代理権を有することを規定したものと解される(最判昭和44年12月18日)。そこで、丁土地の売却が日常の家事に関する法律行為に当たるかを検討する。
「日常の家事」とは、個々の夫婦がそれぞれ共同の生活を営む上において通常必要な法律行為をいう。その具体的範囲は、個々の夫婦の共同生活の内部的事情や個別的な目的のみによって決すべきではなく、取引の相手方となる第三者の保護の観点から、当該法律行為の種類、性質等をも客観的に考慮して定めるべきである。
本件では、売買代金の一部をEの医療費に充てる目的があったものの、残りはGの事業の資金に充てるためのものであった(【事実】16)。また、丁土地の売却は他方配偶者の特有財産の処分であり、代金2000万円という高額の不動産取引であって、共同生活上通常必要な行為とはいえない。よって、丁土地の売却は日常家事の範囲外である。
3 表見代理
次に、761条の法定代理権を基本代理権として110条による表見代理が成立しないかが問題となる。しかし、761条の代理権を基礎として110条を直接適用すれば、夫婦の一方の特有財産がその意思に反して他方により処分される結果となり、夫婦の財産的独立(762条1項)を損なう。そこで、相手方において当該法律行為が当該夫婦の日常の家事に関する法律行為の範囲内に属すると信ずるにつき正当の理由があるときに限り、110条の趣旨を類推して相手方を保護すべきものと解する(前掲最判昭和44年12月18日)。ここで信頼の対象は、代理権の存在ではなく、当該行為が日常家事の範囲内であることである。
本件では、FはEの委任状及び印鑑登録証明書をBに示しているが、これらはFに代理権が授与されたことについての信頼を基礎づける事情にとどまり、むしろBが個別の代理権授与を前提としていたことを示すものであって、当該行為が日常家事の範囲内であることの信頼を基礎づけるものではない。また、Bは、夫が入院加療中であるから妻が取引をするのは通常のことと考えてEに確認する措置を採らなかったが、他方配偶者の特有財産である不動産を2000万円で処分する行為が夫婦の日常の家事に属しないことは容易に判断できたはずであり、Eの判断力に衰えはなかったのであるから本人への確認も可能であった。
よって、Bの信頼に正当の理由はなく、表見代理は成立しない。
4 追認拒絶の可否
Eは契約③を知らずに死亡したから、追認も追認拒絶もしていない。この場合、相続人は本人の地位を承継して追認・追認拒絶の選択権を有するから、原則としてGは追認を拒絶することができ、Gが令和6年9月20日に登記手続を拒絶したことは追認拒絶に当たる。本件は無権代理人が本人を相続した場合ではなく、第三者が本人を相続した場合であるから、無権代理人自身の責任を理由にこれを制限することもできない。
しかし、権利の行使は信義に従い誠実に行わなければならない(1条2項)。本件では、Gは、Fから事前に相談を受けて丁土地の売却に賛成し、自ら代金の一部を自己の事業の資金に使わせてほしいと申し入れている(【事実】15)。さらに、Fの求めに応じて契約③締結の場に同席し、その場でFがEの親族の了解も得ていると述べることを許容し(【事実】17)、現に代金の一部200万円を自己の指定口座で受領している(【事実】18)。しかも、Gが拒絶に転じたのは、令和6年9月13日に不動産業者から2600万円での買受けの打診を受けたという専ら自己の利益を図る動機によるものである(【事実】20)。
契約③の成立に自ら積極的に関与して利益を受けた者が、相続人の地位を取得した後に、より有利な売却先を得たことを理由に追認を拒絶することは、相手方Bの信頼を著しく害するものであって、信義則上許されない。
そして、追認拒絶が許されないときは、本人の地位にある者はもはや無権代理行為の効力が本人に帰属しないことを主張しえないのであるから、契約③は追認がされた場合と同様にGについて効力を生ずると解すべきである。
5 結論
なお、Gは残代金1600万円の支払との同時履行を主張しうる(533条)が、Bは令和6年9月20日に残代金を提供した上で請求しているから、この抗弁は理由がない。
よって、Bの所有権移転登記手続請求は認められる。
以上