司法試験 平成29年 民法
問題文
[民事系科目]〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕の配点は,30:40:30〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕に答えなさい。
Ⅰ
【事実】1.甲土地と乙土地は,平成14年3月31日以前は長い間いずれも更地であり,全く利用されていなかった。Aが所有する乙土地は,南側が公道に面するほかはBが所有する甲土地に囲まれた長方形の土地であるが,乙土地の実際の面積は登記簿に記載されている地積よりも小さかった。また,甲土地と乙土地の境界にはもともと排水溝があった。
2.平成14年4月1日,Aは,排水溝が埋没したのを奇貨として,登記簿記載の地積にほぼ合致するように,乙土地の東側と西側をそれぞれ5メートルほど広げる形で,柵を立てた(公道に面する南側部分を除く。以下では,この柵と南側の公道に囲まれた土地全体を「本件土地」といい,乙土地の東側に隣接する甲土地の一部を「甲1部分」と,西側に隣接する甲土地の一部を「甲2部分」という。なお,本件土地の位置関係は別紙図面のとおりであり,〔本件土地=乙土地+甲1部分+甲2部分〕という関係にある。本件土地の東側・北側・西側の外周に,それぞれ柵が立てられている状態である。)。Aは,柵を立てた後も,本件土地を更地のままにしていた。
3.医師であるCは,診療所を営むことを考えており,それに適する場所を探していたところ,知人からAを紹介され,本件土地に診療所用の建物を建築することを計画した。そこで,Cは,乙土地の登記簿を閲覧した上で,Aと共に本件土地を実地に調査し,本件土地の東側・北側・西側の外周に柵があることを確認した。また,Cは,本件土地の測量を行い,その面積が乙土地の登記簿に記載されている地積とほぼ合致することを確認した。
4.AとCは,平成16年9月15日,本件土地につき,Aを賃貸人,Cを賃借人,契約期間を同年10月1日から30年間,賃料を月額20万円,使用目的を診療所用の建物の所有とする賃貸借契約(以下「本件土地賃貸借契約」という。)を締結した。
5.平成16年9月25日,Cは,建築業者との間で,本件土地に診療所用の建物を建築することを目的とする請負契約を締結した(以下では,この請負契約に基づき行われる工事を「本件工事」という。)。
6.平成16年10月1日,Aは,本件土地賃貸借契約に基づき,本件土地をCに引き渡した。
Cは,約定どおり,Aが指定する銀行口座に同月分以降の賃料を振り込んでいた。
7.本件工事の開始は請負人である建築業者の都合で大幅に遅れた。その間,【事実】2の柵は立てられたままであったが,本件土地は全く利用されておらず,更地のままであった。
8.平成17年6月1日になってようやく本件工事が始まった。本件工事は,乙土地と甲1部分の上で行われ,Cは,同日以降,甲2部分を工事関係者に駐車場や資材置場として利用させていた。
9.本件工事は平成18年2月15日に終了し,同日,乙土地と甲1部分の上に建築された建物(以下「丙建物」という。)につきC名義で所有権保存登記がされた。丙建物は,乙土地と甲1部分のほぼ全面を利用する形で建築された。Cは,同年4月1日に診療所を開設した。甲2部分は,それ以降,患者用駐車場(普通自動車3台分)として利用されている。
10.Bは,長い間甲土地を利用しないまま放置していたが,平成26年8月になって甲土地に建物を建築することを計画した。Bは,その際,丙建物が甲1部分に越境して建築されていること及びCが駐車場として利用している甲2部分も甲土地の一部であることに気付いた。
11.そこで,平成27年4月20日,Bは,Cに対し,所有権に基づき,甲1部分を明け渡すことを求める訴えを提起した。
〔設問1〕 【事実】1から11までを前提として,次の問いに答えなさい。
Cは,Bが甲1部分を所有することを認めた上でBの請求の棄却を求める場合,どのような反論をすることが考えられるか,その根拠及びその反論が認められるために必要な要件を説明した上で,その反論が認められるかどうかを検討しなさい。なお,丙建物の収去の可否及び要否について考慮する必要はない。
Ⅱ 【事実】1から11までに加え,以下の【事実】12から16までの経緯があった。
【事実】12.平成27年11月10日,Aは,Bから,甲1部分及び甲2部分を買い受けた。同日,甲土地を甲1部分,甲2部分及びその余の部分に分筆する旨の登記がされ(以下では,甲1部分を「甲1土地」,甲2部分を「甲2土地」といい,乙土地,甲1土地及び甲2土地を「本件土地」という。),甲1土地と甲2土地のそれぞれにつきBからAへの所有権移転登記がされた。
Bは,これを受けて,【事実】11の訴えを取り下げた。Aは,Cに対し,これらの事実を伝えるとともに,本件土地賃貸借契約については従来と何も変わらない旨を述べた。また,同月20日に,丙建物につき,その所在する土地の地番を,「乙土地の地番」から「乙土地の地番及び甲1土地の地番」に更正する旨の登記がされた。
13.平成28年1月に,Cは,友人Dから,勤務医を辞めて開業したいと考えているが,良い物件を知らないかと相談を受けた。Cは,健康上の理由で廃業を考えていたところであったため,Dに対し,丙建物を貸すので,そこで診療所を営むことにしてはどうか,と提案した。
Dは,この提案を受け入れることにした。
14.CとDは,平成28年5月1日,丙建物について,賃貸人をC,賃借人をD,契約期間を同日から5年間,賃料を月額60万円,使用目的を診療所の経営とする賃貸借契約(以下「丙賃貸借契約」という。)を締結した。その際,CとDは,専らCの診療所の患者用駐車場として利用されてきた甲2土地について,以後は専らDの診療所の患者用駐車場として利用することを確認した。
15.平成28年5月1日以降,Dは,丙建物で診療所を営んでいる。丙建物の出入りは専ら甲1土地上にある出入口で行われ,甲2土地は,従前と同様,診療所の患者用駐車場として利用されており,3台の駐車スペースのうち1台は救急患者専用のものとして利用されている。
16.平成28年9月3日,Aは,CD間で丙賃貸借契約が締結されたこと,Dが丙建物で診療所を営み,甲2土地を診療所の患者用駐車場として使っていることを知った。同月5日に,Aは,Cに対し,事前に了解を得ることなく,①Cが丙建物をDに賃貸し,そこでDに診療所を営ませていること,②Cが甲2土地を診療所の患者用駐車場としてDに使用させていることについて抗議をした。
〔設問2〕 【事実】1から16までを前提として,次の問いに答えなさい。
Aは,本件土地賃貸借契約を解除することができるか,【事実】16の下線を付した①及び②の事実がそれぞれ法律上の意義を有するかどうかを検討した上で,理由を付して解答しなさい。
Ⅲ 【事実】1から16までに加え,以下の【事実】17から20までの経緯があった。
【事実】17.その後,Aは,Cだけでなく,Dにも連日苦情を述べるようになった。Dから対処を求められたCは,平成28年9月20日,Aに対し,50万円を支払うので今回の件をこれ以上問題にしないでほしいと申し入れた。Aは,不満ではあったものの,金策に追われていたことから,Cの申入れを受け入れることにし,AとCとの間で和解が成立した。同月25日に,Cは,Aに対し,前記和解に基づき,50万円を支払った。Dは,Cから,Aとの間で和解が成立した旨の報告を受け,引き続き診療所を営んでいる。
18.平成28年12月10日,Aは,資金繰りの必要から,Eとの間で,本件土地(甲1土地,甲2土地及び乙土地)を6000万円でEに売却する旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。その際,Aは,Eに対し,Cの契約違反を理由に本件土地賃貸借契約は解除されており,Cは速やかに丙建物を収去して本件土地を明け渡すことになっている旨の虚偽の説明をした。Eがこの説明を信じたため,前記代金額は,それを前提として決定され,建物の収去及び土地の明渡しが未了であることを考慮し,本件土地の更地価格(7000万円)より1000万円低く設定された。
19.平成28年12月16日,Eは,Aに対し,本件売買契約に基づき,その代金として6000万円を支払った。また,同日,本件土地の3筆それぞれにつき,本件売買契約を原因として,AからEへの所有権移転登記がされた。
20.平成29年2月20日,Eは,Cに対し,本件土地の所有権に基づき,丙建物を収去して本件土地を明け渡すことを求める訴えを提起した。
〔設問3〕 【事実】1から20までを前提として,次の問いに答えなさい。
Cは,Eの請求に対しどのような反論をすることが考えられるか,その根拠を説明した上で,その反論が認められるかどうかを検討しなさい。
【別紙 図面】北甲土地甲2 乙土地 甲1本件土地公 道
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,⑴Aが隣接するB所有の甲土地の一部(甲1部分・甲2部分)を自己所有の乙土地(以下では,甲1部分,甲2部分と合わせて「本件土地」という。)とともにCに賃貸し,Cが乙土地及び甲1部分の上に丙建物を建築し,診療所を営んでいたため,Bが,Cに対し,所有権に基づき甲1部分の明渡しを求めた事例(設問1),⑵その後に,AがB所有の甲土地の一部(甲1部分・甲2部分)を買い受け,甲土地を甲1部分,甲2部分等に分筆してその旨の登記がされたが,CがDとの間で丙建物について賃貸借契約を締結したことから,Aが,Cに対し,⑴の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした事例(設問2),⑶さらに,AC間の紛争について和解が成立したが,Aが本件土地をEに売却したため,EがCに対して丙建物の収去及び本件土地の明渡しを求めた事例(設問3)を素材として,民法上の問題についての基礎的な理解とともに,その応用力を問う問題である。当事者の利害関係を法的な観点から分析し構成する能力,その前提として,様々な法的主張の意義及び法律問題相互の関係を正確に理解し,それに即して論旨を展開する能力などが試される。
設問1は,賃借権の取得時効の要件とその成否に対する理解を問うことにより,民法の基本的知識及びそれに基づく論理構成力を問うものである。
設問1で問われているのは,まず,Bの所有権に基づく土地明渡訴訟に対し,Cはどのような反論をすることができるかである。この場面では,いわばCの弁護士の立場に立ってBの請求を争う根拠を提示することが求められている。丙建物を所有することによって甲1部分を占有しているCが,甲1部分のB所有を認めた上でBの請求を争う方法としては,占有権原の抗弁を主張することが考えられる。Cは,Aから甲1部分を賃借しているが,Aには甲1部分の所有権その他の賃貸権原がないから,この賃借権をもって所有者Bに対抗することはできない。
そこで,Cは,甲1部分の賃借権の時効取得を主張することが考えられる。用益期間の関係から問題となるのは,起算点をCの占有開始時(平成16年10月1日)とする10年の時効取得である。
次に,反論が認められるために必要な要件,すなわち賃借権の取得時効の要件を説明することが求められている。ここでは,実体法上の要件について説明をすることが求められており,その対象はCが主張・証明責任を負う抗弁の要件事実に限られない。
民法第163条・第162条第2項によると,賃借権の10年の取得時効の要件は,「10年間」「賃借権を」「自己のためにする意思をもって」「平穏に」かつ「公然と」「行使すること」,賃借権の行使の開始の時に「善意であり」かつ「過失がなかったこと」である。そして,「賃借権を行使すること」は民法第601条によると「物の使用及び収益」である。また,「自己のためにする意思」は,賃借権の取得時効については「賃借意思」として具体化される(物の用益と賃借意思が相まって賃借権の行使の意味内容を示すという理解もある)。賃借意思は,使用借権や地上権の取得時効と区別するために必要である。なお,賃借意思の有無は,民法第162条の「所有の意思」の判断と同じく,占有取得の原因たる事実(権原の性質)によって客観的に定められる。判例(最判昭和43年10月8日民集22巻10号2154頁)も,不動産賃借権の取得時効の要件として,不動産の継続的な用益という外形的事実と,賃借意思の客観的表現を挙げている。また,民法第145条により,時効の利益を受けるには時効の援用が必要である。
最後に,Cの反論の当否について検討することが求められており,この場面では,いわば裁判官の立場に立ってBの請求の当否を検討することが求められている。
まず,判例(最判昭和62年6月5日集民151号135頁)は,本問と同じく他人物が賃貸された事案において賃借権の時効取得を認めているが,かかる事案については賃借権の時効取得を認めない説もあり,また賃借権の時効取得を一般的に否定する説もあるので,賃借権の時効取得を一般的に認める場合にもそうでない場合にも,その理由を挙げて検討することが望ましい。
他人物が賃貸された事案において賃借権の時効取得を認める場合には,次に,その要件が充足されるか否かが問題となる。
特に問題となるのは,Cが用益を開始した時点である。Cが甲1部分の占有を開始したのは平成16年10月1日であるが,実際にその利用を開始したのは本件工事が始まった平成17年6月1日である。前者が時効の起算点だとすると10年の時効が完成していることになるが,後者が起算点だとすると10年の時効は完成していないことになる。そのため,Bによる時効中断の可能性と関連付けるなどして,いずれの時点が時効の起算点となるかを検討する必要がある。
また,賃借意思の客観的表現とCの無過失という要件については,その要件に当てはまる具体的事実を【事実】から拾い上げることが求められる。
設問2は,建物所有を目的とする土地賃貸借契約がされた場合において,賃借人がその土地の上に有する建物を賃貸人の知らないうちに第三者に賃貸したときに,賃借人はその上に建物がある土地部分を無断転貸したこととなり,賃貸人は土地賃貸借契約を民法第612条により解除することができるか(下線部①),土地賃貸借契約の目的物たる土地に含まれるがその上に建物がない部分についてはどうか(下線部②)を問うものである。
この点に関しては,土地賃借人がその所有する地上建物を第三者に賃貸しても,その建物の「敷地」を転貸したことにならないとする判例がある(大判昭和8年12月11日判決全集1輯3号41頁)。学説においても,同様に解するのが通説である。もっとも,本問の賃貸人Aによる解除が認められるかどうかについて,この判例・通説に従うだけで一義的に答えが出るわけではない。判例・通説と同じ立場を採る場合であっても,そこにいう「敷地」とは賃貸借の目的とされた土地のうちどの土地部分を指すのかといった点の理解により,Aの解除が認められるかどうか,又はその結論となる理由が異なる可能性がある。そこで,本問に答えるためには,「敷地」はどの範囲に及ぶか,その範囲となるのはなぜかを考える必要があり,これを考えるためには,建物の賃貸によりその「敷地」について転貸がされたこととならないのはなぜかを明らかにすることが必要になる。
これに対し,建物を利用するためにはその「敷地」の利用が必要となることから,建物の賃貸はその「敷地」の利用権の設定を当然に伴うとして,「敷地」についても転貸がされたと認めること(以下「反対説」という。)も,論理的にはあり得る。この反対説を採る場合には,判例・通説の基礎を踏まえつつ,そのように解すべき理由を明らかにすることが求められる。
設問2においてAによる解除の可否を論ずるためには,解除の原因を明らかにしなければならない。本問における事実関係の下では,Cの無断転貸を理由とする民法第612条による解除が考えられる。
民法第612条による解除に関して,下線部①では,賃借人Cが借地上に所有する建物を第三者Dに賃貸した場合,Cはそれにより民法第612条に違反したことになるかが問題となる。
判例・通説は,上述のとおり,土地賃借人による地上所有建物の第三者への賃貸は「敷地」の転貸に当たらないとしている。これによると,下線部①の事実のみでは,Aによる解除は認められないことになる。
ところが,下線部②の事実は,Dが,CD間の丙賃貸借契約によって,本件土地のうちその上に建物がない土地部分(甲2土地)も使用することを認められ,現に使用していることを示している。甲2土地が判例・通説のいう建物の「敷地」に含まれるのであれば,Aによる解除は認められない。甲2土地が「敷地」に含まれないのであれば,Aによる解除が認められる可能性がある。そこで,甲2土地が「敷地」に含まれるのかどうかを,そのように解する理由を付して明らかにすることが求められることになる。
これを考えるためには,そもそも借地上建物の賃貸によりその建物の「敷地」が転貸されたことにならない理由を明らかにする必要がある。建物の使用は必然的にその敷地の使用を伴うとみて,建物の賃貸による敷地の転貸を肯定することも論理的には可能である。そうであれば,建物の賃貸による敷地の転貸の否定は何らかの規範的判断の結果であることになり,その規範的判断が敷地の範囲を画する規準(の1つ)になるはずだからである。
次に,甲2土地についてCからDへの転貸が認められるとする場合には,Aによる承諾の有無が問題になる。Aがこの転貸につき個別の承諾をしたことを示す事実はない。もっとも,Aは,本件土地を一団のものとして賃貸借契約の目的物とし,その一団の土地につきCの建物所有を契約目的とする本件土地賃貸借契約を締結したことから,包括的に,Cが敷地以外の土地部分につき建物の使用とそれに付随する使用を建物賃借人にさせることを承諾していたとすることも,論理的には成り立ち得る。ただし,その場合には,甲2土地を敷地から除外したこととの論理的整合性が問題になる。
さらに,甲2土地の転貸につきAの承諾がないとしても,更に不動産賃貸借契約について確立した法理である信頼関係破壊の法理に照らしてAの解除が認められるかどうかを検討する必要がある。
この検討に際しては,まず,Aは,無断転貸により信頼関係が破壊されたと認められる場合に解除することができるのか,無断転貸があれば原則として解除することができるが,信頼関係が破壊されたと認められない特段の事情がある場合には別であるとされるのか(判例(最判昭和28年9月25日民集7巻9号979頁ほか)・通説はこの立場である。)を,理由を付して明らかにすることが望ましい。その上で,信頼関係の破壊に係る判断に際して考慮すべき事実を拾い出し,それらの事情を総合的に考慮した上で結論を出すことになる。
なお,下線部①の事実により既にCはDに本件土地を転貸したことになるとする反対説を採る場合には,下線部②の事実は,転貸範囲の拡大及び転借人による目的物の直接利用のために,賃貸人Aに不利益を生じさせる危険が増大する,という意味を持つことになる。このことを踏まえて,Aによる解除の可否を論ずる必要がある。
以上のとおり,本問においては,下線部①及び②が有する法律上の意義について種々の考え方ないし立場があり得るところであり,Aによる解除の可否の判断も異なり得る。それらの考え方ないし立場のうちいずれを採るか,あるいは解除の可否につきいずれと考えるかそれ自体によって,評価の上で優劣がつけられることはない。評価に際しては,どの考え方ないし立場を採る場合であっても,あるいは解除の可否につきいずれの結論とする場合であっても,その理由が説得的に述べられているかどうか,その考え方ないし立場から本問の事実を踏まえて論理的にも実質的にも適切な結論が導かれているかどうかが重視される。
設問3は,複数筆の土地が建物所有を目的とする1個の賃貸借の目的物とされたが,それらの土地のうちの一部の上にのみ建物があり,その建物につき土地賃借人の所有名義の登記がされている場合に,その登記による賃借権の土地取得者に対する効力は,その上に建物のない別筆の土地にも及ぶかどうか,仮に及ばないときには,土地取得者は所有権に基づいてその建物のない筆の土地の返還を求めることができるかどうかを問うものである。設問2と設問3は,いずれも,1個の賃借権の目的物となっている(複数筆の)土地のうち一部の上に建物がある場合に,その建物のあることが建物のない土地(部分)にどのような影響を及ぼすかを問題とするものであるが,設問2は,当該賃貸借関係の当事者間においてこれを問題とするものであるのに対し,設問3は,賃借人と当該土地の取得者との間でこれを問題とするものである。
Cは,Eの請求に対し,まず,占有権原(賃借権)があることをもって反論することが考えられる。本件土地賃貸借契約は,建物所有を目的とするもので借地借家法の適用があるため,この反論は,甲1土地及び乙土地については,Cが,Eの本件土地の所有権取得の登記に先立って,甲1土地及び乙土地上に所有する丙建物につき自己名義の保存登記を備えたことにより(借地借家法第10条第1項),認められることになる。
これに対し,甲2土地は,Eが現れた時点では,【事実】12に記載の事情により甲1土地及び乙土地とは別筆の土地となっており,甲2土地につき賃借権の登記(民法第605条)がされたことを示す事実はなく(この点は,甲1土地及び乙土地についても同じである。),また,その上に建物が存在しないため借地借家法第10条第1項が適用されることもない。したがって,Cは,本来,賃借権をもってEに反論することができないものと考えられる。
もっとも,本件土地賃貸借契約は,もともと甲1土地及び乙土地のほか甲2土地を含む一筆の土地を目的として締結されたものである。また,本件土地の周りには公道に面する南側を除いて柵が張り巡らされているから,甲2土地は,外形上も,甲1土地及び乙土地と一団の土地を成している。さらに,甲2土地は丙建物を利用するために不可欠とはいえないが,甲2土地を利用することができなければ丙建物の経済的効用が減じられ,Dの診療所の患者も不便を強いられる可能性もある。こういった事情に鑑みれば,甲2土地についても,Eの請求に対してCに何らかの反論が認められないかを検討する必要がある。
仮にCの反論が認められる場合には,Cは特別の保護を受ける一方で,Eはその所有権の行使を例外的に制限されることになる。そのため,Cの反論が認められるのは,Eにおいてそのような制限を受けても仕方がないと認められる事情があるときに限られる。
このようにEの主観的事情を考慮してCが保護されるかどうかを判断する構成としては,①Eの請求が権利濫用に当たるかどうかを判断するもの(以下「権利濫用構成」という。)と,②CE間の争いをEがCの賃借権の対抗要件の不存在を主張するものと見て,Eがその主観的事情において対抗要件の不存在を主張する正当な利益を有しない者(民法第177条の「第三者」から除外される者に相当するもの)に当たるかどうかを判断するもの(以下「対抗関係構成」という。)があり得る。
対抗関係構成は,Cの権利がEに対しても効力を有することが前提となっており,ただ,対抗要件が備わっていないためにEに対してその効力を主張することができない,と法律構成するものである。しかし,Cの権利は賃借権であり,賃借権は,それが不動産に関するものであっても債権であるとするのが民法の前提である。そうであれば,対抗関係構成を採用する場合には,この民法の前提をどのように考えるかをまず説明することが望まれる。他方,判例は,本問のような場合に,別筆の隣地上にある丙建物の登記により甲2土地についても賃借権の土地取得者に対する効力が認められることはないとした上で(最判昭和40年6月29日民集19巻4号1027頁,最判昭和44年10月28日民集23巻10号1854頁,最判平成9年7月1日民集51巻6号2251頁),権利濫用構成を採用している(前掲最判平成9年7月1日)。もっとも,別の構成(対抗関係構成)も成り立ち得ると考えられる場合に権利濫用構成を採るのであれば,その理由を示すことが望ましい。例えば,「Cの賃借権は,土地を目的とするものであっても債権であり,賃借権の登記又は借地上に所有する建物に自己所有名義の登記を備えることによって初めて土地取得者であるEに対する効力が認められる。そのため,Cが上記の登記を備えていない場合には,そもそもEとの間で対抗関係は生じない。したがって,この場合には,Eは,所有権に基づいて甲2土地の明渡しを請求することができることになるが,この請求は権利行使の一種であるから,例外的に権利濫用を基礎付ける事情がある場合にはその権利行使が否定され得る。」というように実質的な理由を示すことが望まれる。
Eの主張の権利濫用該当性を検討する場合には,権利濫用の判断枠組みを述べ,その枠組みの下で本問の諸事情に照らして結論を述べることが求められる。権利濫用の一般的な判断枠組みについては,権利の行使と認められることにより権利者が得る利益(又は権利濫用とされることにより権利者が受ける不利益)の程度とその権利の行使により他の者又は社会が受ける不利益の程度を比較衡量し,さらに,権利者の主観的態様も併せて総合的に判断する,という考え方が判例・学説上定着している。これ以外の枠組みを採ることが否定されるものではないが,別の枠組みを採るのであれば,定着した考え方をあえて否定する理由を示す必要がある。
これに対し,Eの請求の可否を対抗関係構成により判断する場合には,まず,対抗要件制度の趣旨に照らし,その主観的態様のため対抗要件の不存在を主張することができない第三者につき一般的な立場を示した上で,本問の諸事情の下でどのように解すべきかを検討する必要がある。対抗関係構成の下でEがその主観的態様により例外的に第三者性を否定されることがないかどうかを検討するのは,Cの賃借権を特別に保護すべき場合に当たるかどうかを判断するためである。そのため,Eの主観的態様による上記検討に関して,不動産賃借権の特別の保護とそのための要件設定の趣旨がどのような意味を持つかを考慮することが望ましい。
以上の考え方とは異なり,借地借家法第10条第1項の趣旨の理解次第で,C名義の丙建物の登記により甲2土地についてもCがその賃借権をEに主張することが認められる(本問でいえば,丙建物の登記による甲2土地への賃借権の効力の拡張を認める)とすることも考えられる。もっとも,これは本則に対する例外を認めようとするものであるから,そのような論理を展開するのであれば,例外を正当化するに足る十分な根拠を挙げ,かつ,その根拠に照らして例外が認められるべき範囲を明らかにした上で,甲2土地についてのCの賃借権の主張がその例外に該当することを述べる必要がある。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 Cの反論の根拠
Bの請求は、甲1部分の所有権に基づく返還請求権である。Cは、丙建物を所有することにより甲1部分を占有しているから、Cは、Bの所有を認めた上で、占有権原の抗弁を主張することになる。
もっとも、Cは本件土地賃貸借契約に基づきAから甲1部分を賃借しているが、賃借権は債権であり、Aは甲1部分について所有権その他の賃貸権原を有しない。他人物賃貸借も当事者間では有効であるが(民法559条、561条参照)、賃借人がその賃借権を所有者に対抗することはできない。
そこで、Cは、甲1部分の賃借権を時効により取得した(163条、162条2項)と反論することが考えられる。
2 賃借権の時効取得の可否
163条は、所有権以外の財産権を自己のためにする意思をもって平穏かつ公然と行使する者は、162条の区別に従い20年又は10年を経過した後その権利を取得すると定める。
賃借権は債権であるから時効取得の対象とならないとの見解もある。しかし、163条は「所有権以外の財産権」と広く定めており、債権を除外する文言上の根拠はない。また、取得時効制度の趣旨は、永続した事実状態を尊重して法律関係の安定を図る点にあり、この趣旨は、目的物の継続的な用益という事実状態が存在する不動産賃借権についても妥当する。とりわけ他人物賃貸借の場合には、長年にわたり賃料を支払って用益してきた賃借人を保護する必要が高い。判例も賃借権の時効取得を認めている(最判昭和43年10月8日、最判昭和62年6月5日)。したがって、賃借権も時効取得の対象となる。
3 要件
10年の賃借権の取得時効の要件は、①10年間、②賃借権を、③自己のためにする意思をもって、④平穏に、かつ公然と、⑤行使すること、⑥行使の開始の時に善意であり、かつ過失がなかったことである(163条、162条2項)。
②⑤の「賃借権を行使すること」とは、賃貸借の内容である目的物の使用及び収益をすること(601条)である。判例は、賃借権の時効取得の要件として、目的物の継続的な用益という外形的事実と、賃借の意思に基づくことが客観的に表現されていることを要するとしている。賃借意思の客観的表現を要求するのは、使用借権や地上権の時効取得と区別するためである。
③の「自己のためにする意思」は、賃借権については賃借意思として具体化され、162条の所有の意思と同様、占有取得の原因たる事実すなわち権原の性質によって客観的に定められる。
さらに、時効の利益を受けるためには時効の援用(145条)が必要である。
4 あてはめ
⑴ 時効の起算点
Cが本件土地の引渡しを受けたのは平成16年10月1日であるが、本件工事が始まったのは請負人である建築業者の都合により平成17年6月1日であり、その間、本件土地は全く利用されておらず更地のままであった。そこで、いずれが「賃借権の行使」の開始時となるかが問題となる。
平成16年10月1日を起算点とすれば平成26年9月30日の経過により時効が完成し、Bの訴えの提起(平成27年4月20日)は時効完成後のものとなる。他方、平成17年6月1日を起算点とすれば、完成時は平成27年5月31日であるから、訴えの提起により時効の完成が猶予される(147条1項1号)。
更地のまま全く利用されていなかったことを重視すれば、現実の用益が開始された平成17年6月1日を起算点とすべきことになる。しかし、取得時効の制度は、真の権利者が時効の完成を阻止する機会を与えられていることを前提として、永続した事実状態を権利に高めるものである。そうすると、「使用及び収益」といいうるためには、必ずしも土地上に工作物を設ける等の積極的な利用を要せず、第三者から認識可能な形で目的物に対する排他的な支配が及んでいれば足りると解すべきである。
本件では、平成14年4月1日以降、本件土地の東側・北側・西側の外周に柵が立てられた状態が継続しており、Cは平成16年10月1日に柵で囲まれた本件土地全体の引渡しを受けてこれを支配していた。柵の存在は外部から容易に認識できるものであり、Bは、甲1部分がA又はその賃借人の支配下にあることを認識して時効の完成を阻止する機会を有していた。加えて、Cは同月分以降の賃料をAが指定する銀行口座に約定どおり振り込んでおり、賃借意思の客観的表現も同月から継続している。また、Cは当初から建物所有の目的で引渡しを受けており、工事の開始が遅れたのは請負人の都合によるものでCの責めに帰すべき事情ではない。
したがって、賃借権の行使の開始は平成16年10月1日であり、平成26年9月30日の経過により10年の取得時効が完成している。
⑵ 賃借意思の客観的表現
Cは、平成16年9月15日の本件土地賃貸借契約に基づき、同年10月分以降の賃料月額20万円を約定どおりAの指定する銀行口座に振り込み続けている。賃料の支払は賃借権を行使する意思の最も明確な客観的表現である。また、使用目的は診療所用の建物の所有とされ、契約期間は30年と定められており、Cは現にその目的に沿って丙建物を建築して診療所を開設している。したがって、賃借意思の客観的表現が認められる。
⑶ 平穏・公然
Cは、柵で囲まれた本件土地上で公然と建築工事を行い、丙建物につき自己名義の保存登記を経て診療所を営んでいる。暴力等を用いた事実もないから、平穏かつ公然の要件を充たす。
⑷ 善意・無過失
善意とは、甲1部分についてもAに賃貸権原があると信じたことをいい、無過失とはそのように信じたことに過失がなかったことをいう。その有無は賃借権の行使の開始時(平成16年10月1日)を基準に判断する。
Cは、本件土地に診療所用の建物を建築する計画を立てた際、乙土地の登記簿を閲覧した上で、Aと共に本件土地を実地に調査し、本件土地の東側・北側・西側の外周に柵があることを確認している。さらに、Cは本件土地の測量を行い、その面積が乙土地の登記簿に記載されている地積とほぼ合致することを確認している。登記簿の閲覧、現地の実地調査、測量という、土地を借り受けて建物を建築しようとする者に通常期待される調査をいずれも尽くしているといえる。
また、甲土地は平成14年3月31日以前から長い間更地であり全く利用されていなかったのであるから、Bによる利用の痕跡もなく、Cが柵の内側に他人の土地が含まれていることを疑うべき事情はなかった。甲土地と乙土地の境界にもともとあった排水溝は埋没していたのであり、境界を確認する手掛かりも失われていた。
したがって、Cは行使の開始時において善意であり、かつ過失もなかった。
⑸ 援用
Cは、Bの訴訟において時効を援用する必要がある(145条)。援用により、Cは甲1部分について賃借権を原始取得する。
5 結論
Cの賃借権の時効取得の反論は認められ、Bの請求は棄却される。
第2 設問2
1 解除の根拠
Aによる解除の根拠として考えられるのは、無断転貸を理由とする解除(612条2項)である。賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ賃借物を転貸することができず(同条1項)、賃借人が承諾を得ずに第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は契約の解除をすることができる(同条2項)。
同条が無断転貸を禁ずる趣旨は、賃貸借が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的契約であり、賃貸人が予期しない第三者に目的物を使用収益させられることによって、目的物の保管や返還について不利益を受けることを防止する点にある。
2 下線部①の法律上の意義
⑴ 下線部①は、Cが丙建物をDに賃貸し、そこでDに診療所を営ませているという事実である。これにより、Cが本件土地を無断転貸したことになるかが問題となる。
⑵ 判例は、土地賃借人がその土地上に所有する建物を第三者に賃貸しても、その建物の敷地を転貸したことにはならないとしている(大判昭和8年12月11日)。
その理由は次の点にある。建物の賃借人は、建物を使用するために必然的にその敷地を利用することになるが、それは建物の使用の反射的な効果にすぎない。敷地の占有及び使用は、あくまで建物を所有する土地賃借人が自己のためにするものであり、建物を賃貸しても土地賃借人は建物の所有権を保持し、敷地の利用主体としての地位に変動はない。すなわち、土地の利用主体が交替しないのであるから、賃貸人が土地の返還や保管について新たな不利益を受けることはなく、612条が防止しようとする事態は生じない。
⑶ したがって、下線部①の事実は、それ自体としては612条1項違反を基礎付ける法律上の意義を有しない。Cは丙建物の所有者として引き続き甲1土地及び乙土地を占有しており、これらの土地について利用主体の交替はない。
3 下線部②の法律上の意義
⑴ 下線部②は、Cが甲2土地を診療所の患者用駐車場としてDに使用させているという事実である。甲2土地の上には建物が存在しないから、甲2土地が丙建物の「敷地」に含まれるかが問題となる。
⑵ 前記のとおり、建物の賃貸が敷地の転貸にあたらないのは、敷地の利用が建物の所有及び使用に必然的に伴うものであって、土地の利用主体が土地賃借人のままであると評価できるからである。この規範的判断が「敷地」の範囲を画する基準となる。すなわち、「敷地」とは、建物が物理的に占める範囲及び建物の存立と出入りに通常必要な範囲に限られると解すべきである。これを超える土地部分については、その利用は建物の使用の反射的効果ではなく、当該土地部分自体の独立した使用収益であるから、第三者がこれを利用すれば土地の利用主体が交替したことになる。
⑶ 本件では、甲2土地は普通自動車3台分の駐車スペースとして利用されている土地であり、丙建物の存立に必要な土地ではない。また、丙建物の出入りは専ら甲1土地上にある出入口で行われているから、甲2土地は丙建物への出入りにも不可欠ではない。したがって、甲2土地は丙建物の「敷地」に含まれない。
そうすると、Cが甲2土地をDに患者用駐車場として使用させたことは、建物の賃貸に伴う敷地利用の反射ではなく、甲2土地それ自体の使用収益をDにさせるものである。CとDは、丙賃貸借契約の締結に際し、従前はCの診療所の患者用駐車場として利用されてきた甲2土地について、以後は専らDの診療所の患者用駐車場として利用することを確認しており、現にDが自己の診療所のために直接これを利用している。よって、甲2土地については利用主体がCからDに交替しており、612条1項の転貸にあたる。
⑷ したがって、下線部②は、甲2土地についての無断転貸を基礎付ける事実として法律上の意義を有する。
4 Aの承諾の有無
Aが甲2土地の転貸について個別に承諾した事実はない。Aは平成28年9月3日に初めてDによる甲2土地の利用を知り、同月5日にCに抗議している。
本件土地賃貸借契約は、本件土地を一団のものとして目的物とし、使用目的を診療所用の建物の所有とするものであるから、Aは、建物の使用に付随する範囲での第三者の利用を包括的に承諾していたとみる余地もある。しかし、前記のとおり甲2土地を「敷地」から除外しておきながら、その転貸について包括的承諾を認めることは論理的に一貫しない。また、本件土地賃貸借契約に転貸を許す特約があったことを示す事実もない。したがって、Aの承諾はない。
5 信頼関係破壊の法理
⑴ 判例は、賃借人が賃貸人の承諾なく第三者に賃借物の使用収益をさせた場合においても、賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情があるときは、賃貸人は612条2項による解除をすることができないとしている(最判昭和28年9月25日)。前記のとおり、同条の趣旨が賃貸人の信頼関係の保護にあることからすれば、形式的に無断転貸があっても、信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があるときに解除を認めることは、同条の趣旨を超えて賃借人の地位を害することになるからである。もっとも、無断転貸が同項の解除原因として掲げられていることからすれば、解除を主張する賃貸人が信頼関係の破壊を主張立証するのではなく、無断転貸があれば原則として解除が認められ、特段の事情は賃借人が主張立証すべき事柄である。
⑵ 本件における特段の事情を検討する。
第一に、甲2土地の利用の態様に実質的な変化がない。甲2土地は、平成18年4月1日以降、Cの診療所の患者用駐車場として一貫して利用されており、Dによる利用も診療所の患者用駐車場であって、3台の駐車スペースという規模も同一である。土地が受ける負荷、利用の強度及び範囲は従前と変わらず、Aが甲2土地の返還を受けることが困難になったわけでもない。
第二に、転貸の対象は賃貸借の目的物である本件土地のうち駐車場部分という一部にとどまり、Cは丙建物の所有者として甲1土地及び乙土地を引き続き占有している。
第三に、Cは平成16年10月分以降、約定どおり賃料月額20万円を支払い続けており、賃料不払その他の債務不履行はない。
第四に、Cが丙建物をDに賃貸した経緯は、Cが健康上の理由で廃業を考えていたところ、友人Dから開業について相談を受けたためであり、賃借権を潜脱して不当な利益を得ようとする意図は認められない。Dは勤務医を辞めて開業を志す医師であり、Aが予期しえない性質の利用者ではない。
第五に、甲2土地は3台の駐車スペースのうち1台が救急患者専用のものとして利用されており、診療所の機能を支えるものとして地域の医療に資する公益的な側面を有する。
これらに対し、Aの不利益としては、Dが丙建物の賃借人として甲2土地を利用することにより法律関係が複雑化し、将来の明渡しに支障を生じうることが挙げられる。しかし、Dの甲2土地の利用は丙建物の賃借に付随するものであって、Dが甲2土地に独立の工作物を設けたわけでもなく、その不利益は限定的である。
⑶ 以上を総合すれば、Cの行為はAに対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情があるといえる。したがって、Aは612条2項による解除をすることができない。
なお、仮に解除が認められるとしても、本件土地賃貸借契約は本件土地全体を目的とする一個の契約であり、無断転貸がされたのは甲2土地のみであるから、契約全体を解除することが許されるかという問題が残る。賃貸借の目的物の一部についてのみ無断転貸がされた場合には、当該部分の重要性及び信頼関係破壊の程度に照らして判断すべきであり、本件では丙建物の存立に不可欠でない駐車場部分にとどまるから、契約全体の解除は認められない。
6 結論
Aは本件土地賃貸借契約を解除することができない。
第3 設問3
1 Eの請求
Eの請求は、本件土地の所有権に基づく返還請求権として、丙建物の収去及び本件土地の明渡しを求めるものである。Eは平成28年12月16日に本件土地の3筆それぞれについて所有権移転登記を備えている。
2 占有権原(賃借権)の抗弁
⑴ Cは、まず、本件土地賃貸借契約に基づく賃借権を占有権原として主張する。
本件土地賃貸借契約は、使用目的を診療所用の建物の所有とするものであるから、建物の所有を目的とする土地の賃借権であり、借地権として借地借家法の適用を受ける(同法1条、2条1号)。
借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、第三者に対抗することができる(同法10条1項)。同項の趣旨は、借地権の登記(605条)が賃貸人の協力なしには得られないため、借地権者が単独で備えうる建物の登記によって対抗力を認め、借地権者を保護する点にある。
⑵ 甲1土地及び乙土地については、丙建物につき平成18年2月15日にC名義で所有権保存登記がされ、平成27年11月20日には丙建物の所在する土地の地番を「乙土地の地番及び甲1土地の地番」に更正する旨の登記がされている。これらはEの所有権移転登記(平成28年12月16日)に先立つものであるから、Cは、甲1土地及び乙土地について、借地借家法10条1項により賃借権をEに対抗することができる。
⑶ これに対し、甲2土地については、賃借権の登記(605条)がされた事実はなく、また甲2土地の上に建物が存在しないから、借地借家法10条1項の適用もない。判例も、借地上の建物の登記は当該建物の存する土地についてのみ対抗力を有し、同一の賃貸借の目的である隣接の別筆の土地には及ばないとしている(最判平成9年7月1日等)。建物の登記から公示されるのは、その建物の所在地についての利用権の存在であって、建物の存しない別筆の土地についての利用権は公示されないから、これに対抗力を認めれば第三者の予測を著しく害するからである。
したがって、Cは甲2土地について賃借権をEに対抗することができない。
3 甲2土地についての権利濫用の抗弁
⑴ そこで、Cは、Eの甲2土地についての明渡請求が権利の濫用(1条3項)にあたると反論することが考えられる。
なお、CE間の争いを、EがCの賃借権の対抗要件の不存在を主張するものと捉え、Eが対抗要件の不存在を主張する正当な利益を有しない者にあたるかを問題とする構成(対抗関係構成)も考えられる。しかし、賃借権は不動産に関するものであっても債権であり、賃借権の登記又は借地借家法10条1項の要件を具備することによって初めて第三者に対する効力が認められる。これを欠く場合には、そもそもEとの間に対抗関係は生じない。したがって、Eは所有権に基づいて甲2土地の明渡しを請求しうることになるが、これも権利の行使である以上、権利濫用の制約を受ける。判例も権利濫用構成を採用している。
⑵ 権利濫用の有無は、権利の行使によって権利者が得る利益の程度と、その権利行使により相手方又は社会が受ける不利益の程度を比較衡量し、さらに権利者の主観的態様を併せて総合的に判断すべきである。
⑶ まず、Eが得る利益は乏しい。甲1土地及び乙土地についてCの賃借権が対抗できる以上、Eは丙建物の収去を求めることができず、本件土地の大部分を自ら利用することはできない。そして、甲2土地は普通自動車3台分の駐車スペースにすぎず、南側が公道に面するほかは一団の土地の一部を構成するにすぎないから、これのみを単独で有効に利用することは困難である。
⑷ 他方、C及びDが受ける不利益は著しい。甲2土地は、平成18年4月1日以降一貫して診療所の患者用駐車場として利用され、3台の駐車スペースのうち1台は救急患者専用のものとして利用されている。甲2土地を利用できなければ、丙建物の診療所としての経済的効用は著しく減じられ、Dの診療所の患者、とりわけ救急患者が不便を強いられる。これは地域の医療という社会的利益にも関わる。
⑸ さらに、本件土地が一団の土地として利用されてきた経緯が重要である。本件土地は平成14年4月1日以降、南側の公道に面する部分を除き柵で囲まれ、外形上一団の土地を成している。本件土地賃貸借契約は、もともと甲2土地を含む本件土地全体を一個の目的物として締結されたものであり、甲1土地及び甲2土地が別筆となったのは、平成27年11月10日にAがBから買い受けて分筆した結果にすぎない。Cは分筆に何ら関与しておらず、Aは分筆後もCに対し「本件土地賃貸借契約については従来と何も変わらない」旨を述べている。Cが甲2土地について対抗要件を具備しえなかったのは、Aの一方的な行為によって甲2土地が別筆となったことに起因するものであり、Cの帰責性は認められない。
⑹ Eの主観的態様についても、Eを特に保護すべき事情は認められない。Aは、Eに対し、Cの契約違反を理由に本件土地賃貸借契約は解除されており、Cは速やかに丙建物を収去して本件土地を明け渡すことになっている旨の虚偽の説明をしたのであり、Eはこれを信じて、本件土地の更地価格7000万円より1000万円低い6000万円で本件土地を取得した。すなわち、Eは、Cが本件土地を占有していること及び賃貸借契約が存在したことを認識していたのであって、Cの占有を知らずに取得した者ではない。
そして、Eは、丙建物の登記を確認すれば、丙建物がC名義であり、少なくとも甲1土地及び乙土地についてCの借地権が対抗力を有することを容易に知りえた。そのような調査を尽くさず、売主の説明のみを信じて本件土地を取得したEの期待は、保護に値する程度が低い。Eは、虚偽の説明をしたAに対し、契約の不適合を理由とする代金減額請求又は損害賠償請求(565条、563条、564条、415条)によって救済を求めるべきである。
⑺ なお、借地借家法10条1項の趣旨を拡張して、丙建物の登記により甲2土地についてもCの賃借権の対抗力が及ぶとする構成もありうる。しかし、建物の登記は建物の所在地を公示するものであり、建物の存しない別筆の土地についての利用権を公示する機能を有しないから、同項の適用範囲を拡張することは第三者の予測を害し許されない。したがって、権利濫用構成によるべきである。
⑻ 以上を総合すれば、Eの甲2土地についての明渡請求は、Eが得る利益が乏しい一方でC及びDが受ける不利益が著しく大きく、かつEの主観的態様も保護に値しないから、権利の濫用(1条3項)にあたり許されない。
4 結論
Cは、甲1土地及び乙土地については借地借家法10条1項に基づく賃借権の対抗を、甲2土地については権利濫用を反論として主張することができ、いずれも認められる。したがって、Eの請求は全部棄却される。
以上