司法試験 平成28年 民法
問題文
[民事系科目]〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕及び〔設問2〕の配点は,4:6〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
Ⅰ
【事実】1.不動産賃貸業を営むAは,その亡妻Bとの間に長男Cをもうけていた。Cは,平成23年3月に高校を卒業した後,他県の自動車販売店に整備士として雇用されたことから,Aの家を出て自分でアパートを借り, 恋人のDと同棲を始めた。 平成24年2月の時点で, Cは満18歳,Dは満20歳であった。
2.Cは,Bの所有していた甲土地及び乙土地をBからの相続により取得していた。甲土地及び乙土地は,更地で,Cの登記名義とされていたが,Cの親権者であるAが公租公課の支払を含め両土地の管理を行っていた。
3.平成24年2月1日,Aは,自らの遊興を原因とする1000万円を超える借金の返済に窮していたことから,C所有の甲土地及び乙土地を自らが管理していることを奇貨として,甲土地及び乙土地をCの承諾を得ずに売却し,その代金を自己の借金の返済に充てようと考えた。
4.平成24年2月10日,Aは,Cの代理人として,個人で飲食店を営む知人Eとの間で,甲土地を450万円,乙土地を600万円で売却する契約を締結した。ところが,Eはその時点で600万円しか現金を有していなかったことから,AとEは,甲土地についてはEが450万円の現金を調達できた時点でCからEへの所有権移転登記手続をすることとし,さしあたり,乙土地についてのみCからEへの所有権移転登記手続をすることで合意した。
5.平成24年2月15日,Eは,Aに対し乙土地の代金として600万円を支払い,CからEへの乙土地の所有権移転登記がされた。Aは,Eから受領した代金600万円を自らの借金の返済に充当した。これらの事実について,AはCに何も知らせなかった。
6.Eは,【事実】4の売買契約を締結した時点で,Aが遊興を原因として多額の借金を抱えており,Aが乙土地の代金600万円をAの借金に充当するつもりであることを知っていた。
7.平成24年3月1日,CはAの同意を得てDと婚姻し,新婚旅行に出発したが,同月5日,Cは,新婚旅行先で海水浴中の事故により死亡した。Cの相続人はA及びDの2人である。
8. 平成24年3月15日, Eは, 450万円の現金を調達できたことから, Aにその旨連絡し,代金の支払と引換えに甲土地の所有権移転登記手続をするよう求めた。ところが,Aは,甲土地の地価が急騰したことから,甲土地を売却するのが惜しくなり,Eの請求に応じなかった。
9.平成24年3月20日,Eは,乙土地の地価も急騰したことから,乙土地を売却しようと考え,乙土地の売却の媒介を仲介業者に依頼した。その頃,Fは,自宅建物を建設するための敷地を探していたが,購読している新聞の折り込みチラシに乙土地が紹介されていたことから,仲介業者に問い合わせた。その後,現地を見たFは,乙土地を気に入り,Eと面識はなかったものの,Eから乙土地を購入することを決めた。
10.平成24年3月30日,Eは,Fとの間で,乙土地の売買契約を締結し,FはEに乙土地の代金として750万円を支払い,EからFへの乙土地の所有権移転登記がされた。
11.その後,Fは,乙土地上に丙建物を建築し,平成24年10月10日から丙建物での居住を開始した。
12.平成25年3月5日,Dは,Cの一周忌の法要の席上において,Aに対し,Cの遺産について尋ねたが,AはDの質問を無視した。その後も,AはDからの電話の着信や郵便物の受領を全て無視している。
13.平成25年4月15日,Dは,Cの遺産に関する自らの疑問を解消したいと考え,弁護士に調査を依頼した。
14.平成25年5月25日,Dは,【事実】13の調査を依頼した弁護士の報告により,【事実】2から11までを知った。
15.平成25年6月30日,Eは,弁護士を通じて,A及びDに対し,代金を支払うので甲土地の所有権移転登記手続をするよう求めたが,拒絶された。そこで,Eは,甲土地の売買代金全額を供託した。
〔設問1〕 【事実】1から15までを前提として,以下の⑴及び⑵に答えなさい。
⑴ Eは,A及びDに対し,甲土地の所有権移転登記手続の請求をすることができるか。Eの請求の根拠を説明し,その請求の当否を論じなさい。
⑵ Dは,Fに対し,乙土地及び丙建物に関しどのような請求をすることができるか。Dの請求の根拠及び内容を説明し,その請求の当否を論じなさい。なお,DのFに対する金銭請求については,検討を要しない。
Ⅱ 【事実】1から15までに加え,以下の【事実】16から27までの経緯があった。
【事実】16.Eは,その飲食業に関し借金を負っていたところ,平成26年に入ってから,事業の借金の返済に充てる資金をGの主宰する賭博で得ようと考え,懇意にしている仕入先のHに頼み込んで,賭博に使うつもりであることを打ち明けて,500万円を借り受けることにした。
17.Eは,さらに,同様の目的を有しつつも,賭博に使うつもりであることを打ち明けずに,知人Kから500万円を借り受けようと考えた。
18.平成26年3月1日,Eは,叔父Lに,「事業の建て直しに必要な資金の融資をHとKから受けるに当たって保証人が必要だが,叔父さん以外に頼れる人がいない。」と述べて,HとKに対する貸金債務の連帯保証人になってもらうことの同意を得た。Lは,Eの事業がうまくいっていないことを知っていたが,Eが借りた金を賭博に使うつもりであることは知らなかった。
19.平成26年4月1日,Eは,Hから,返済期日を平成27年3月31日,利息を年15%,遅延損害金を年21.9%として,500万円を借り受け,LがEの債務を連帯保証する旨の契約書がE,H及びLの3人の間で作成され,同日,HからEに500万円が交付された。
20. 平成26年4月15日, Eは, Kから, 返済期日を平成27年5月30日, 利息を年15%,遅延損害金を年21.9%として,500万円を借り受け,LがEの債務を連帯保証する旨の契約書がE,K及びLの3人の間で作成された。当該契約書では,500万円は,平成26年5月31日に,KからEに交付されることになっていた。
21.しかし,Kは,Eによる借金の使途に疑問を抱き,平成26年5月31日の経過後も,500万円をEに交付しなかった。また,そのことは,Lには知らされなかった。
22.平成26年8月1日,急に資金繰りが悪化したHは,平成26年4月1日付消費貸借契約に関する債権を,既発生の利息債権も含めて,400万円でMに売却した。その際,HはMに対して,「この債権はEの事業のための融資金債権であり,Eの事業の経営はやや苦しいが,Lは弁済に足る資産を有している。」と説明し,Mもその説明を信じた。
23.平成26年8月5日,EはHから,「あなたに対する債権をMに譲渡しました。承諾書を同封したのでそれに署名押印して返送してください。」と書かれた手紙を受け取ったので,EはHの指示に従い,「私は, 平成26年4月1日付消費貸借契約に基づくHの私に対する債権を,平成26年8月1日付譲渡契約によってHがMに対して譲渡したことを承諾します。」とだけ記載された書面に署名押印し,内容証明郵便でそれをHに返送した。その書面は,同月7日にHに配達された後,同月10日,HからMに交付され,MからHに代金400万円が支払われた。Lは,この債権譲渡について,E及びHから何も知らされていなかった。
24.平成26年10月頃,Hは,更に資金繰りが悪化し資産も尽きたので,多額の債務を抱えたまま夜逃げをした。それ以降,Hの所在は不明である。
25.平成27年6月1日,Kは,Lに対し,Eに500万円を交付していなかったが,平成26年4月15日付契約書があることを奇貨として,Lに連帯保証債務の履行を請求した。Lが直ちにEに照会したところ,Eは,間違えて,「事業はうまくいっておらず,Kに対する債務は利息を含め1円も支払っていない。」と説明した。LはEに対し,「仕方がないので連帯保証債務を履行する。」と述べた。
26.平成27年6月29日,Lは,Kに対し,連帯保証債務の履行として,合計584万円を支払った。584万円の内訳は,元本が500万円,利息が75万円,遅延損害金が9万円である(利息75万円=元本500万円×利率年15%×1年,遅延損害金9万円=元本500万円×利率年21.9%×30日/365日)。
27.平成27年7月末になったが,Eは,Hに対しても,Mに対しても,利息を含め1円も支払っていない。
〔設問2〕 【事実】1から27までを前提として,以下の⑴から⑶までに答えなさい。
⑴ Mは,Eに対して,契約上の債権に基づき,500万円とそれに対する利息や遅延損害金の支払を請求することができるか。Mの請求の根拠及び内容を説明し,その請求の当否を論じなさい。
⑵ Mは,Eに対して,法定債権に基づき,500万円とそれに対する利息や遅延損害金の支払を請求することができるか。Mの請求の根拠及び内容を説明し,その請求の当否を論じなさい。
⑶ Lは,Eに対して584万円の支払を請求することができるか。Lの請求の根拠を説明し,その請求の当否を論じなさい。なお,不法行為に基づく請求については,検討を要しない。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,未成年者Cの親権者であるAが,自らの遊興により生じた借金を返済するためにCの所有する甲土地及び乙土地をCに無断でEに売却した後,Dと婚姻したCが死亡してCをAとDが相続し,その後更にEが乙土地をFに売却した事例(設問1),Eが自己の事業の借金の返済に充てる資金をGの主宰する賭博で得るために,仕入先のH及び知人Kとの間で,Eの叔父Lの連帯保証付きで借金をする契約書を作成した後,貸金をEに交付したHがその貸金債権をMに売却し,貸金をEに交付しなかったKが,契約書の存在を奇貨としてLに連帯保証債務の履行を請求し金銭を支払わせた事例(設問2)を素材として,民法上の問題についての基礎的な理解とともに,その応用力を問う問題である。
当事者の利害関係を法的な観点から分析し構成する能力,その前提として,様々な法的主張の意義及び法律問題相互の関係を正確に理解し,それに即して論旨を展開する能力などが試される。
設問1は,親権者とその子との間の利益相反行為の成否,親権者による代理権濫用の成否とその効果という事項に対する理解を問うとともに,それを前提として,子について共同相続があった場合の法律関係,親権者の行為の相手方と取引をした第三者の保護について検討させることにより,民法の基本的知識及びそれに基づく論理構成力を問うものである。
小問⑴では,Eは,A及びDに対して,甲土地の所有権移転登記手続を請求しており,その根拠は売買契約に基づく債権的請求又は所有権に基づく物権的請求であることを指摘した上で,その請求の当否について検討することが求められる。いずれの請求の場合にも,AがCの代理人としてEとの間で甲土地の売買契約(以下「本件売買契約」という。 )を締結したこと,A及びDがCを共同で相続した結果,Cの所有権移転登記手続義務を包括承継したこと(なお,最判昭和36年12月15日民集15巻11号2865頁は,売主の共同相続人の登記義務は民法第430条の不可分債務である旨判示している。)により,Eは,A及びDに対し甲土地の所有権移転登記手続を請求することが可能となる。
まず,これに対するA及びDの反論として考えられるのは,本件売買契約が民法第826条の利益相反行為に該当するという主張である。もっとも,利益相反行為に該当するか否かの判断基準に関して判例(最判昭和42年4月18日民集21巻3号671頁)の外形説を採用する場合には,本件売買契約は利益相反行為に該当しないことになり,それを踏まえた上で,親権者の代理権濫用について論ずることが求められる。この場合,AがC所有の甲土地を売却した行為が判例(最判平成4年12月10日民集46巻9号2727頁)のいう「子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的としてされるなど,親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情」があるとして代理権濫用に該当するか否かについて,本問に示された事実関係に即して適切な当てはめをすることが求められる。
代理権濫用の効果については,平成4年の判例のように,親権者の行為の相手方が代理権濫用の事実を知り又は知り得べかりしときは,民法第93条ただし書の類推適用により親権者の行為の効果は子には及ばないという構成が考えられる。それによれば,EはAの代理権濫用の事実について悪意であるから,Aの行った本件売買契約の効果はCに及ばないことになる。ただし,代理権濫用を無権代理とする構成(無権代理説)や,代理権濫用について相手方に悪意又は(重)過失が認められる場合にはその相手方は代理による効果帰属を信義則上主張できないとする構成(信義則説)もあり得るところであり,適切な理由付けによって判例と異なる論じ方をすることは排除されていない。また,民法第826条の利益相反行為について外形説に依拠して検討することが必須ではなく,判例と異なる実質説を採って利益相反行為に該当するとした場合でも,適切な理由付けの下に説得力のある検討が行われていれば,それに相応した評価が与えられる。
次に,CをA及びDが共同相続したことにより,上記で論じた法律関係がどのような影響を受けるのか,いわゆる「無権代理と相続」の論点における無権代理人共同相続型の判例(最判平成5年1月21日民集47巻1号265頁)との関係が問題となる。利益相反行為につき実質説を採った場合や,無権代理説による場合は,この判例がそのまま妥当する。平成5年の判例は,追認権はその性質上相続人全員に不可分に帰属するから,共同相続人全員が共同して行使しない限り無権代理行為が有効となるものではないとしており,本問では共同相続人の1人であるDが追認を拒絶しているので,Eは甲土地の所有権を取得できない。また,民法第93条ただし書類推適用説による場合には,平成5年の判例がそのまま妥当するわけではないが,民法第116条に基づく追認の可否を問題とした上で,平成5年の判例と同様に追認権の行使について論ずるか,あるいはAの代理権濫用についてEに悪意があることを理由としてEが甲土地の所有権を取得することはないと論ずることが考えられる。もっとも,相続人の追認権については,相続分に応じて可分に帰属するという考え方もあり,判例の立場で論ずることは必須ではなく,適切な理由付けの下に厚みのある検討が行われ,整合的な結論が示されていれば,それに相応した評価が与えられる。
小問⑵では,DのFに対する乙土地の所有権移転登記抹消登記手続等の請求について,民法第252条ただし書の保存行為,あるいは共有持分権に基づく物権的請求権が根拠となることを指摘した上で,無権利者Eと取引をした第三者Fの保護について論ずることが求められる。第三者Fの保護の点に関しては複数の考え方があり得る。
まず,乙土地はAとDの共有物であるのにE名義の登記がされていたことを理由に,民法第94条第2項を類推適用してFを保護する考え方である。これによれば,Cやその地位を包括承継したA及びDが虚偽の外観を作出し,あるいはあえて虚偽の外観を放置したと評価される場合に,Fは乙土地の所有権を取得する可能性がある。本問に示された事実関係からすれば,CやD自身の行為に着目してその帰責性を認めることには困難が伴うが,Cの帰責性を評価する際には,AがCの親権者であるという事情も関係し得る。一般的には,Aは法定代理人であり,Cの意思に基づいてAに代理権が授与されたわけではないから,この事情はCの帰責性を否定する方向に働く。しかし,Cの親権者であるAの包括的な代理権によって私的自治が補充されCが継続的に利益を受けているとして,代理権濫用の危険はCが負担すべきであるとする考え方もあり得る。
また,Fについて民法第94条第2項が類推適用されるとしつつも,その根拠を上記のような虚偽の外観の放置ではなく,代理権濫用について民法第93条ただし書が類推適用されることに求める考え方もあり得る。最判昭和44年11月14日民集23巻11号2023頁は,手形保証についてこのような立場を採っている。もっとも,心裡留保における表意者には虚偽の外観を作出したのと同等の帰責性が認められるが,代理権濫用における本人の帰責性をこれと同視することはできず,また,上記判決は手形保証に関する判断であるから,その射程については慎重な検討を要する。
さらに,代理権濫用について信義則説を採った上で,本人Cを相続したA及びDは,第三者Fとの関係では,第三者Fが信義則に反する者でない限り(Aの代理権濫用について悪意又は〔重〕過失が認められない限り),代理行為の効果帰属を拒むことができない,という考え方もあり得る。
このように,第三者Fの保護の在り方については複数の考え方があり得るが,理由を明示した上で一定の立場を採り,それを本問に当てはめて整合的な結論を導いているものについては,その法的構成力・推論力に照らし,相応の評価が与えられる。
設問2は,賭博目的の消費貸借契約に基づく貸金債権が譲渡された事例と,存在しない貸金債務を主債務とする連帯保証債務が履行された事例を素材として,貸金債権の関係者をめぐる諸々の法律関係を,民法第90条や同法第708条,同法第459条等の正確な理解に基づき分析した上で,事案に即した妥当な解決を導くことができるか否かを問うものである。
小問⑴では,まず,賭博目的の消費貸借契約による債権の成否について的確に検討することができるかどうかが試されている。賭博目的の消費貸借契約は,それ自体が不法なものではなく,不法な動機が一方当事者であるEの心裡にあるにすぎないが,Hは賭博目的を知っているので,EH間の消費貸借契約は公序良俗に違反し無効となり(民法第90条) ,その結果,HのEに対する消費貸借契約上の債権は発生しないことになる。
次に,この存在しない債権がHからMに譲渡され,その債権譲渡につき債務者Eが民法第468条第1項の異議をとどめない承諾をしていることから,その債権の不存在をEがMに対抗しうるか否かが問題となる。この点に関しては,賭博の勝ち負けによって生じた債権が譲渡された場合において,その債権の債務者が異議をとどめずに承諾したときであっても,債務者に信義則に反する行為があるなどの特段の事情のない限り,債務者は,その債権の譲受人に対して債権の発生に係る契約の公序良俗違反による無効を主張してその履行を拒むことができるとした判例(最判平成9年11月11日民集51巻10号4077頁)が存在するが,本問の事案は,当該判例の事案とは異なり,賭博の負け金債務ではなく,賭博目的の貸金債権が譲渡されたものであるから,そのことを意識した上で,MがEに対し契約上の債権を行使することができるかについて,事実を的確に分析した上でその請求の当否を検討することが求められる。
小問⑵では,EH間の消費貸借契約が公序良俗違反により無効であることを前提とした上で,HがEに交付した500万円について,HのEに対する「法定債権」である不当利得返還請求権をMが行使することが考えられる。ここでは,HのEに対する不当利得返還請求権の成否について,不法原因給付に関する民法第708条が適用されるか否かを吟味しつつ論ずるとともに,HのEに対する不当利得返還請求権をMが行使するための法律構成を論ずることが期待されている。後者の点については,複数の法律構成が考えられる。
まず,MがHのEに対する不当利得返還請求権を行使するための法的根拠としては,HがMに対し「平成26年4月1日付消費貸借契約に関する債権」を譲渡していることから,その契約の解釈として,貸金債権だけでなく,不当利得返還請求権もHからMに譲渡されたものと認めることが考えられる。このような契約の解釈に当たっては,不当利得返還請求権も譲渡された場合とそうでない場合とを対比して,M及びHやHの一般債権者の利害状況を分析することが求められている。
また,HのEに対する不当利得返還請求権はMに譲渡されていないことを前提とした上で,債権者代位権によって,Mが,HのEに対する不当利得返還請求権を行使することも考えられる。この場合,債権者代位権の要件として,MのHに対する被保全債権の存在及びHの無資力が充足されることと,請求の範囲は被保全債権の額が上限となることを指摘することが期待されている。
小問⑶では,委託を受けた保証人が連帯保証債務の履行として金銭を支払ったものの,主たる債務が存在しなかった場合における主債務者と保証人との間の法律関係についての分析とともに,保証人の主債務者に対する債権が成立するかどうかが問われている。保証債務の付従性自体は基礎的な知識に属するが,ここで示されている問題自体については,判例や学説において必ずしも明確に議論されているわけではない。ここでは結論の妥当性も視野に入れて適切に論ずることが期待されており,応用的な能力を問う問題である。
そもそも,LはEの保証委託を受けた結果としてKに対して584万円を支払っており,その支払の際にEに事前の通知をしているのだから,Kの無資力の危険をLが負うとするのは不合理である。単に付従性のみを論ずるのではなく,そうした結論の妥当性も視野に入れた上で,Lを保護する法律構成を見いだすことが,本問では期待されている。
まず,主債務者と保証人との間に保証委託契約が存在することから,委任の特則である民法第459条に基づき,LがEに対して求償権を有するという構成が考えられる。その場合,民法第459条の求償権の成立要件として,( i)主たる債務の存在,(ii)主たる債務に関する債権者と保証人との間の保証契約,(iii)保証人が債権者に対して保証債務の履行をしたこと,(iv)
保証人と主たる債務者との間の保証委託契約を挙げた上で(( v)保証人の無過失を要件として挙げる学説もある。),それらに該当する事実の有無を判断することが求められる。
本問では,KはEに金銭を交付していないため,KのEに対する貸金債権は成立していないので,( i)の要件は充足されない。しかし,Lが主債務の存在を前提としてKに584万円を支払った原因は,LがEに事前の通知をしたにもかかわらず,EがLに主債務の不存在を説明しなかったからである。民法第463条第1項が準用する民法第443条第1項により,保証人が事前の通知をせずに弁済をした場合,主債務者が債権者に対抗することができる事由を有していたときは,その事由をもって保証人に対抗することができるとされていることを踏まえると,保証人が事前の通知をしたが,主債務者が債権者に対抗することができる事由(主債務の不存在)を有している旨の返答をしなかった場合には,主債務者はその事由をもって保証人に対抗できないとの考え方があり得よう。これを本問に示された事実関係に当てはめた場合,EはLからの民法第459条に基づく求償を,主債務の不成立を理由に拒むことはできないことになる。
このほか,Lの請求の根拠としては,民法第650条第1項の費用償還請求権に基づくものも考えられる。この場合には,LのKに対する出捐が,同項の「委任事務を処理するのに必要と認められる費用」,すなわち,事務処理の際に受任者が善良な管理者の注意をもって必要と判断して支出した費用に当たるか否かを確認することが求められる。
また,主債務が存在しない場合に連帯保証債務の履行として金銭を支払うことは保証委託の範囲外であるなどの理由により,Lの出捐は費用ではなく損害であると解釈するならば,LはEに対し民法第650条第3項や同法第415条に基づく損害賠償請求権を行使するという考え方を採る余地もある。
いずれの法律構成を採る場合においても,Lによる事前の通知に対しEが適切に対応しなかったことが的確に評価されていれば,民法第459条に基づく求償権を認める答案と同等の評価が与えられる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1⑴
1 Eの請求の根拠
Eは、A及びDに対し、甲土地の所有権移転登記手続を請求する。その根拠は、第一に、平成24年2月10日のAとの売買契約に基づく登記移転請求権であり、第二に、Eが甲土地の所有権を取得したことに基づく物権的登記請求権である。
AはCの代理人として本件売買契約を締結したから、その効果は本人Cに帰属し(民法99条1項)、Cが登記移転義務を負う。そして、平成24年3月5日のCの死亡により、A及びDがCを共同相続したから(887条、889条1項1号、890条)、両者はCの登記移転義務を包括承継する(896条)。共同相続人の登記移転義務は性質上不可分であり、各相続人は全部の履行義務を負う(430条)。
したがって、本件売買契約が有効であれば、Eは、A及びDに対し、甲土地の所有権移転登記手続を請求することができる。Eは平成25年6月30日に売買代金全額を供託しているから、同時履行の抗弁(533条)も問題とならない。
2 利益相反行為(826条1項)
これに対しA及びDは、本件売買契約が利益相反行為にあたり、特別代理人によらずにされたものであるから無権代理となると反論することが考えられる。
利益相反行為にあたるかの判断基準について、判例は、当該行為自体の外形から客観的に判断すべきであり、親権者の動機や意図を考慮すべきではないとしている(最判昭和42年4月18日)。代理行為の相手方は親権者の内心の動機を知りえないのが通常であり、動機によって行為の効力が左右されるとすれば取引の安全を著しく害するからである。
本件では、AがCを代理して甲土地をEに売却する行為は、外形上は子Cの財産を第三者に売却する行為にすぎず、A自身が契約当事者となるものでも、Aが債務を免れるものでもない。代金を自己の借金の返済に充てるという事情は行為の外形に現れていない。したがって、本件売買契約は利益相反行為にあたらない。
3 代理権の濫用
⑴ そこで、Aの代理権濫用が問題となる。親権者が子を代理してする法律行為は、利益相反行為にあたらない限り、それをするか否かが親権者の広範な裁量に委ねられているから、代理権の濫用が認められるには、親権者が子の利益を無視して自己又は第三者の利益を図ることのみを目的として代理権を行使するなど、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情を要する(最判平成4年12月10日)。
⑵ 本件では、Aは、自らの遊興を原因とする1000万円を超える借金の返済に窮していたことから、C所有の甲土地及び乙土地を自らが管理していることを奇貨として、Cの承諾を得ずに売却し、その代金を自己の借金の返済に充てようと考えて本件売買契約を締結した。現に乙土地の代金600万円は全額Aの借金の返済に充当され、Aはこれらの事実をCに何も知らせていない。甲土地についても同様の意図であったことは明らかである。
これは、未成年者Cの財産を処分することにつき子の利益を全く顧慮せず、専ら自己の遊興による債務の弁済という自己の利益を図ることのみを目的とするものであり、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反する。したがって、特段の事情が認められ、Aの行為は代理権の濫用にあたる。
⑶ 代理権濫用の効果について、改正前民法下の判例は93条但書の類推適用によったが、改正民法は107条を新設し、代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り又は知ることができたときは、その行為は代理権を有しない者がした行為とみなすこととした。構成が無権代理とみなす方向に整理された点は、改正による変更である。
本件では、Eは、本件売買契約を締結した時点で、Aが遊興を原因として多額の借金を抱えており、Aが乙土地の代金600万円をAの借金に充当するつもりであることを知っていた。甲土地の代金についても同様であることを知り又は知ることができたといえる。したがって、107条により、Aの行為は無権代理行為とみなされる。
4 無権代理と共同相続
⑴ もっとも、無権代理人Aは、本人Cの死亡によりDと共にCを共同相続している。そこで、無権代理行為が当然に有効となるかが問題となる。
⑵ 無権代理行為の追認権は、その性質上、相続人全員に不可分的に帰属するから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではない。無権代理人が共同相続人の一人である場合に、他の共同相続人全員の追認がないにもかかわらず無権代理行為が有効となるとすれば、他の共同相続人の追認拒絶権が無意味となるからである。判例も同様の立場を採る(最判平成5年1月21日)。
⑶ 本件では、Dは、平成25年6月30日、Eの登記移転の請求を拒絶しており、追認を拒絶している。したがって、本件売買契約は有効とならず、その効果はCに帰属しない。A自身の相続分に相当する部分についても、追認権が不可分である以上、当然に有効となるものではない。
なお、Eは、Dの追認拒絶に先立つ平成25年5月25日まで、Dは本件売買契約の存在を知らなかったのであるから、Dの追認拒絶が信義則に反するとは到底いえない。他方、無権代理人A自身が追認を拒絶することは信義則に反するが、前記のとおり追認権が不可分であることから、Aの信義則違反によって無権代理行為が有効となるものではない。
5 結論
Eの請求は認められない。なお、Eは、Aに対し無権代理人の責任(117条1項)を追及することも考えられるが、Eは代理権濫用の目的を知っていたのであるから、同条2項の趣旨に照らし、これも認められないと解すべきである。Eは、Aに対する不法行為に基づく損害賠償請求(709条)によって救済を求めるべきである。
第2 設問1⑵
1 Dの請求の根拠及び内容
前記のとおり、Aの乙土地の売却も代理権の濫用にあたり、Eは乙土地の所有権を取得していない。乙土地の所有権はCに帰属したままであり、Cの死亡によりA及びDの共有に属する。相続分は、配偶者Dが3分の2、直系尊属Aが3分の1である(900条2号)。
Dは、乙土地の共有持分権に基づき、Fに対し、次の請求をすることができる。
第一に、所有権に基づく妨害排除請求権として、EからFへの乙土地の所有権移転登記の抹消登記手続請求である。実体に合わない登記の抹消を求める行為は、共有物の現状を維持する保存行為であり、各共有者が単独ですることができる(252条5項)。したがって、Dは、自己の持分の範囲にとどまらず、登記全部の抹消を請求できる。
第二に、所有権に基づく返還請求権として、丙建物の収去及び乙土地の明渡請求である。Fは平成24年10月10日から丙建物に居住して乙土地を占有しているが、何らの占有権原を有しない。共有物の不法占有者に対する明渡請求も保存行為として各共有者が単独でなしうる。
2 Fの保護に関する検討
⑴ 94条2項の類推適用
Fは、乙土地について無権利者Eの登記名義が存在し、これを信頼して乙土地を取得したのであるから、94条2項の類推適用により保護されると反論することが考えられる。
94条2項の類推適用は、真の権利者が虚偽の外観の作出に加功し、又はこれを知りながらあえて放置した場合に、その帰責性を根拠として、外観を信頼した第三者を保護する法理である。したがって、真の権利者の帰責性が不可欠の要件となる。
本件では、E名義の登記を作出したのはAであり、Cは、Aが甲土地及び乙土地を売却したことも、E名義の登記がされたことも何ら知らされていなかった。Dも、平成25年5月25日に弁護士の報告を受けて初めてこれを知り、その後は平成25年6月30日のEの請求を拒絶するなど速やかに対応している。C及びDが虚偽の外観の作出に加功し、又はこれを知りながらあえて放置したと評価できる事実はない。
もっとも、Aは、Cの親権者として包括的な代理権を有し(824条)、公租公課の支払を含め甲土地及び乙土地の管理を現に行っていた。Cはかかる親権者の権限によって自己の私的自治を補充され、継続的に利益を受けていたのであるから、代理権濫用の危険もCが負担すべきであるとする考え方もありうる。
しかし、親権は、本人の意思に基づいて授与される任意代理権と異なり、法律上当然に発生する法定代理権であって、本人には代理人を選任し又は監督する機会がない。とりわけ未成年者は、親権者の濫用行為から自己を防衛する手段を事実上有しない。かかる本人に、任意代理における本人と同等の帰責性を認めることは、未成年者を保護するという親権制度及び826条の趣旨に反する。したがって、C及びDの帰責性は否定すべきであり、94条2項の類推適用は認められない。
⑵ 93条2項の類推適用
Fは、代理権濫用について93条但書を類推適用する従来の判例の構成を前提として、同条2項の類推適用により善意の第三者として保護されると反論することも考えられる。
しかし、改正民法107条は、代理権濫用の効果を無権代理とみなすものとして整理した。無権代理の場合、代理行為の効果は本人に帰属せず、代理行為の相手方は無権利者であるから、不動産について公信力が認められない我が国の法制の下では、無権利者から譲り受けた者は原則として権利を取得しえない。また、心裡留保における表意者は自ら虚偽の意思表示をしたという強い帰責性を有するが、代理権濫用における本人の帰責性をこれと同視することはできない。したがって、93条2項の類推適用によってFを保護することはできない。
⑶ Fの善意無過失
なお、Fは、購読する新聞の折り込みチラシを見て仲介業者に問い合わせ、現地を見て乙土地を気に入り、Eと面識はなかったもののEから購入を決めたものであり、E名義の登記も存在していたのであるから、Eが無権利者であることを疑うべき事情はなく、善意無過失である。しかし、前記のとおり本人側の帰責性が認められない以上、Fの主観的事情のみによってFを保護することはできない。
3 結論
Dの請求はいずれも認められる。Fは、Eに対し、売買契約の履行不能又は権利の不適合を理由とする損害賠償(415条、565条)等によって救済を求めるべきである。
第3 設問2⑴
1 Mの請求の根拠及び内容
Mは、Hから譲り受けた消費貸借契約上の貸金返還請求権(587条)に基づき、Eに対し、元本500万円、約定利息(年15%)及び遅延損害金(年21.9%)の支払を請求する。
2 消費貸借契約の有効性
⑴ Eは、事業の借金の返済に充てる資金をGの主宰する賭博で得ようと考え、懇意にしている仕入先のHに頼み込んで、賭博に使うつもりであることを打ち明けて500万円を借り受けた。
消費貸借契約それ自体は不法な行為ではなく、不法な動機は借主Eの側にのみ存する。しかし、不法な動機が相手方に表示され、相手方がこれを知って契約を締結した場合には、その動機は法律行為の内容に取り込まれ、法律行為全体が公序良俗に反して無効となる(90条)。賭博は刑罰法規(刑法185条等)によって禁止された行為であり、その資金を融通する契約に法的保護を与えることは、法秩序が賭博を助長することを意味するからである。
⑵ 本件では、Eは賭博に使うつもりであることを打ち明けており、Hはこれを知りながら年15%の利息を得る約定で500万円を貸し付けた。したがって、EH間の消費貸借契約は90条により無効であり、Hの貸金返還請求権は発生していない。
3 債権譲渡における抗弁
⑴ Mは、Eが平成26年8月5日に債権譲渡を承諾する書面に署名押印し、これが内容証明郵便でHに到達していることから、Eは債権の不存在をMに対抗できないと主張することが考えられる。
改正前民法468条1項は、債務者が異議をとどめないで債権譲渡を承諾したときは、譲渡人に対抗することができた事由をもって譲受人に対抗することができないと定めていた。しかし、改正民法は、債務者が認識していない抗弁まで切断されるのは不当であるとしてこの制度を廃止し、468条1項は、債務者は対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができると定めるにとどまる。したがって、改正民法の下では、Eは端的に債権の不存在をMに対抗することができる。この点は、改正により結論が明確になった論点である。
⑵ もっとも、債務者が個別に抗弁を放棄する意思表示をすることは可能である。しかし、本件の承諾書は、「平成26年4月1日付消費貸借契約に基づくHの私に対する債権を、平成26年8月1日付譲渡契約によってHがMに対して譲渡したことを承諾します」とだけ記載されたものであり、譲渡の事実を承諾する趣旨にとどまる。Eは、Hから送付された承諾書に指示に従って署名押印したにすぎず、債権の存在を認めて抗弁を放棄する意思を表示したとは解されない。
⑶ 加えて、改正前民法下の判例は、賭博によって生じた債権が譲渡され債務者が異議をとどめない承諾をした場合であっても、債務者に信義則に反する行為があるなどの特段の事情のない限り、債務者は譲受人に対して公序良俗違反による無効を主張して履行を拒むことができるとしていた(最判平成9年11月11日)。公序良俗違反による無効という法秩序の根幹に関わる効果を当事者の承諾によって覆し、無効な契約上の債権に法的保護を与えることは、90条の趣旨を没却するからである。本件は賭博の負け金債権ではなく賭博目的の貸金債権の譲渡であるが、公序良俗違反による無効である点は共通するから、同判例の趣旨が妥当する。
そして、Eは、Hの指示に従って承諾書を返送したにすぎず、Mに対して積極的に債権の存在を信じさせる行為をしていない。MがEの事業資金の融資であると誤信したのは、Hが「この債権はEの事業のための融資金債権であり、Eの事業の経営はやや苦しいが、Lは弁済に足る資産を有している」と説明したためである。したがって、Eに信義則に反する行為はない。
4 結論
Mの契約上の債権に基づく請求は認められない。
第4 設問2⑵
1 Hの不当利得返還請求権
⑴ EH間の消費貸借契約が無効である以上、HがEに交付した500万円は法律上の原因を欠く利得である。したがって、HはEに対し不当利得返還請求権(703条)を有する。
⑵ 708条の適用
もっとも、不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない(708条本文)。Hは、Eが賭博に使うつもりであることを知りながら500万円を交付したのであるから、不法な原因のために給付をした者にあたる。
ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは返還請求できる(同条但書)。同条の趣旨は、自ら法の禁ずる行為をした者に法の保護を与えないという点にあるから、給付者と受益者の双方に不法性がある場合には、両者の不法性を比較衡量し、受益者の不法性が給付者のそれに比して著しく大きいときは、同条本文の適用を排除して返還請求を認めるべきである。これを認めなければ、より不法性の強い者が利得を保持するという不合理な結果となるからである。
本件では、賭博によって資金を得ようと企図したのはEであり、Eは自らその目的を打ち明けてHに頼み込んで貸付けを受けている。他方、Hは、懇意にしている仕入先としてEから頼み込まれて貸し付けたにすぎず、自ら賭博に関与する意図を有していたわけではない。賭博の実行者はEであり、不法の中心はEにある。
したがって、Eの不法性はHの不法性に比して著しく大きく、708条本文の適用は排除される。HはEに対し500万円の返還を請求することができる。
⑶ 返還の範囲
Eは、自ら賭博目的を打ち明けて借り受けたのであるから、消費貸借契約が公序良俗に反して無効であることを基礎付ける事実を認識していた。したがってEは悪意の受益者(704条)であり、受領の時である平成26年4月1日からの法定利息を付して返還しなければならない。約定利息年15%及び遅延損害金年21.9%は、契約が無効である以上、請求の根拠とならない。
2 Mが不当利得返還請求権を行使するための構成
⑴ 債権譲渡による構成
HはMに対し「平成26年4月1日付消費貸借契約に関する債権」を、既発生の利息債権も含めて400万円で売却している。契約の解釈は当事者の合理的意思を基準として行うべきであり、「同契約に関する債権」という文言は、貸金返還請求権に限らず、同契約を原因として生ずる債権を広く含むものと解しうる。
Hは資金繰りの悪化により債権を現金化する目的で売却し、Mは400万円の対価を支払って500万円及び利息の回収を期待した。消費貸借契約が無効であった場合に不当利得返還請求権が譲渡の対象から外れると解すると、Mは対価を支払って何も取得できない一方、Hは無効な債権を売却して400万円を取得することになり、著しく不公平である。とりわけ、Hは平成26年10月頃に資産も尽きて夜逃げし所在不明であるから、不当利得返還請求権がHに残るとすればHの一般債権者の共同担保となり、Mは何らの満足も得られない。
したがって、HM間の債権売買契約は、貸金返還請求権のみならず、同契約が無効であった場合の不当利得返還請求権をも譲渡の対象とするものであったと解すべきである。
対抗要件については、Eが平成26年8月5日に署名押印した承諾書が同月7日にHに配達されており、債務者対抗要件(467条1項)及び第三者対抗要件(同条2項。内容証明郵便は確定日付のある証書にあたる)を具備している。承諾書は「同消費貸借契約に基づくHの私に対する債権」の譲渡を承諾する趣旨であるから、不当利得返還請求権の譲渡についても承諾があったと解しうる。
⑵ 債権者代位権による構成
仮に不当利得返還請求権が譲渡されていないと解する場合には、Mは、債権者代位権(423条1項)によりHのEに対する不当利得返還請求権を行使することが考えられる。
被保全債権は、MがHに対して有する債権である。HM間の債権売買において移転すべき債権が存在しなかったのであるから、Mは、権利の不適合を理由として契約を解除し(565条、564条、542条1項1号)、代金400万円の返還を請求できる(545条1項)。Hは、多額の債務を抱えたまま夜逃げし資産も尽きているから無資力であり、所在不明であって自ら権利を行使していない。不当利得返還請求権は一身専属権でもない。
したがって要件は充たされるが、代位行使の範囲は被保全債権の額を限度とする(423条の2)から、Mが請求できるのは400万円にとどまる。
3 結論
Mは、譲り受けた不当利得返還請求権に基づき、Eに対し、500万円及びこれに対する平成26年4月1日からの法定利息の支払を請求することができる。約定利息及び約定遅延損害金の請求は認められない。
第5 設問2⑶
1 Lの請求の根拠
Lは、Eに対し、委託を受けた保証人の求償権(459条1項)に基づき、584万円の支払を請求する。要件は、(i)主たる債務の存在、(ii)債権者と保証人との間の保証契約、(iii)保証人が債権者に対して保証債務の履行をしたこと、(iv)保証人と主たる債務者との間の保証委託契約である。
本件では、(ii)平成26年4月15日にE、K及びLの3人の間でLがEの債務を連帯保証する旨の契約書が作成され、(iii)Lは平成27年6月29日にKに対し584万円を支払い、(iv)Lは平成26年3月1日にEから依頼を受けてKに対する貸金債務の連帯保証人になることに同意している。
2 主たる債務の不存在
⑴ 問題は(i)である。消費貸借は、当事者の一方が金銭その他の物を受け取ることによって効力を生ずる要物契約であるが(587条)、書面でする消費貸借は、金銭の交付前でも合意のみによって成立する(587条の2第1項)。改正民法が諾成的消費貸借を認めた点は改正による変更であるが、いずれにせよ借主の返還債務は金銭の交付によって初めて発生する。
本件では、契約書上、500万円は平成26年5月31日にKからEに交付されることとされていたが、Kは、Eによる借金の使途に疑問を抱き、同日の経過後も500万円をEに交付しなかった。したがって、EのKに対する貸金返還債務は発生していない。
⑵ 保証債務は主たる債務の存在を前提とする付従性を有するから、Lの連帯保証債務も発生していない。そうすると、(i)の要件が欠け、形式的には459条1項の求償権は成立しない。
3 事前の通知と主債務者の抗弁の制限
⑴ しかし、Lは、Eの保証委託を受けて連帯保証人となった者であり、Kから履行を請求された平成27年6月1日、直ちにEに照会している。これに対しEは、間違えて「事業はうまくいっておらず、Kに対する債務は利息を含め1円も支払っていない」と説明した。Lは、この説明を信頼して「仕方がないので連帯保証債務を履行する」と述べ、同月29日に584万円を支払ったのである。
このような場合に、主債務が存在しなかったという危険をLに負担させ、Lは専らKに対する不当利得返還請求によるほかないとすることは、著しく不合理である。Lは保証委託に基づき誠実に行動し、主債務者に照会するという最も適切な手段を尽くしているからである。
⑵ 改正民法463条1項は、委託を受けた保証人が主たる債務者にあらかじめ通知しないで債務の消滅行為をしたときは、主たる債務者は、債権者に対抗することができた事由をもってその保証人に対抗することができると定める。同項の趣旨は、主たる債務者に自己の有する抗弁を主張する機会を保障することにある。
そうすると、保証人が事前の通知をしたにもかかわらず、主たる債務者が自己の有する抗弁を告知しなかった場合には、主たる債務者はその事由をもって保証人に対抗することができないと解すべきである。事前の通知の制度は、保証人と主たる債務者との間で債務の状況に関する情報を共有させることを目的とするものであり、通知を受けた主たる債務者には、自己の知る抗弁を保証人に告知すべき義務があると解されるからである。
⑶ 本件では、Lの照会はこの事前の通知にあたる。Eは、Kから500万円の交付を受けていないという主債務の不存在という抗弁を有していたのであるから、これをLに告知すべきであった。それにもかかわらず、Eは、間違えて債務が存在することを前提とする説明をした。したがって、Eは、主たる債務の不存在をもってLに対抗することができず、Lの459条1項に基づく求償を拒むことはできない。
4 他の構成
⑴ 650条1項による構成
保証委託契約は委任契約(643条)又はこれに準ずる契約であるから、Lは、委任事務を処理するのに必要と認められる費用の償還を請求することができる(650条1項)。同項の「必要と認められる費用」とは、客観的に必要であった費用に限らず、受任者が善良な管理者の注意(644条)をもって必要と判断して支出した費用を含むと解すべきである。受任者に結果責任を負わせることは委任の性質に反するからである。
本件では、Lは、Kから連帯保証債務の履行を請求され、現に平成26年4月15日付の契約書が存在し、かつ主たる債務者Eから債務が存在する旨の説明を受けた上で584万円を支払ったのであるから、善良な管理者の注意をもって必要と判断したものといえる。したがって、LはEに対し同項に基づき584万円及び支出の日以後の利息の償還を請求できる。
⑵ 650条3項・415条による構成
主たる債務が存在しない場合に連帯保証債務の履行として金銭を支払うことは保証委託の範囲外であり、Lの出捐は費用ではなく損害であると解する場合には、Lは、650条3項により、委任事務を処理するため自己に過失なく受けた損害の賠償を請求することができる。また、保証委託契約上、主たる債務者は保証人に対し主債務の存否及び状況を正確に告知すべき付随義務を負うと解されるから、Eが誤った説明をしたことはその義務違反であり、LはEに対し債務不履行に基づく損害賠償(415条1項)を請求することもできる。Eの誤信はE自身の管理の不備によるものであり、帰責事由も認められる。
5 請求額及び結論
Lが請求できる額は、Kに現実に支払った584万円(元本500万円、利息75万円、遅延損害金9万円)である。これらはいずれもEの誤った説明を信頼して支出したものであるから、全額について請求が認められる。
なお、Lは、Kに対しても不当利得返還請求権(703条)を有する。Lは債務の存在を信じて支払ったのであるから、705条の非債弁済にはあたらない。もっとも、Eの誤った説明がLの支出を招いた以上、Eに対する請求を認めることが公平に適する。
以上