司法試験 平成26年 民法
問題文
[民事系科目]〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕の配点の割合は,3:4:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
Ⅰ
【事実】1.平成20年8月頃,Aは,妻であるBと一緒にフラワーショップを開くため,賃貸物件を探していたところ,Cの所有する建物(以下「甲建物」という。)の1階部分が空いていることを知った。
2.甲建物は10階建ての新築建物で,1階及び2階は店舗用の賃貸物件として,3階以上は居住用の賃貸物件として,それぞれ利用されることになっていた。また,甲建物は最新の免震構造を備えているものとして,賃料は周辺の物件に比べ,25パーセント高く設定されていた。
3.Aは,建物の安全性に強い関心を持っていたことから,Cに問い合わせたところ, 【事実】2の事情について説明を受けたので,賃料が高くても仕方がないと考え,甲建物の1階部分を借りることを決め,平成20年9月30日,Cとの間で甲建物の1階部分について賃貸借契約を締結した。AC間の約定では,期間は同年10月1日から3年,賃料は月額25万円,各月の賃料は前月末日までに支払うこととされ,同年9月30日,AはCに同年10月分の賃料を支払った。この賃貸借契約に基づき,同年10月1日,CはAに甲建物の1階部分を引き渡した。
4.その後,甲建物の1階部分でAがBと一緒に始めたフラワーショップは繁盛し,Cに対する賃料の支払も約定どおり行われた。ところが,平成22年8月頃,甲建物を建築した建設業者が手抜き工事をしていたことが判明した。この事実を知らなかったCが慌てて調査したところ,甲建物は,法令上の耐震基準は満たしているものの,免震構造を備えておらず,予定していたとおりの免震構造にするためには,甲建物を取り壊して建て直すしかないことが明らかになった。
5.Cから【事実】4の事情について説明を受けたAは,フラワーショップを移転することも考えたが,既に常連客もおり,付近に適当な賃貸物件もなかったため,そのまま甲建物の1階部分を借り続けることにした。しかし,Aは,甲建物が免震構造を備えていなかった以上,賃料は月額20万円に減額されるべきであると考え,平成22年9月10日,Cにその旨を申し入れた。これに対し,Cは,【事実】2の事情は認めつつも,自分も被害者であること,また,甲建物は法令上の耐震基準を満たしており,Aの使用にも支障がないことを理由に,賃料減額には応じられない,と回答した。
6.Aは,Cのこのような態度に腹を立て,平成22年9月30日,Cに対して,今後6か月間,賃料は一切支払わない,と告げた。Cがその理由を問いただしたのに対し,Aは,甲建物の1階部分の賃料は,本来,月額20万円であるはずなのに,Aは,既に2年間,毎月25万円をCに支払ってきたため,120万円を支払い過ぎた状態にあり,少なくとも今後6か月分の賃料は支払わなくてもよいはずである,と答えた。
これに対して,Cは,そのような一方的な行為は認められないと抗議し,Aに対して従来どおり賃料を支払うように催促したが,その翌月以降もCの再三にわたる催促を無視してAが賃料を支払わない状態が続いた。そこで,平成23年3月1日,Cは,Aに対して,賃料の不払を理由としてAとの賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
〔設問1〕 【事実】1から6までを前提として,次の問いに答えなさい。
AがCによる賃貸借契約の解除は認められないと主張するためには, 【事実】6の下線を付した部分の法律上の意義をどのように説明すればよいかを検討しなさい。
Ⅱ 【事実】1から6までに加え,以下の【事実】7から11までの経緯があった。
【事実】7.平成23年5月28日,Aは,種苗の仕入れをするために市場に出かけた際に,市場の近くで建設業者Dが建築しているビルの工事現場に面した道路を歩いていたところ,道路に駐車していたトラックからクレーンでつり上げられていた建築資材が落下し,その直撃を受けたAは死亡した。このAの死亡時に,Bは妊娠2か月目であった(Bが妊娠中の胎児を,以下「本件胎児」という。)。
8.【事実】7の建築資材が落下したのは,Dの従業員であるEがクレーンの操作を誤ったためである。
9.Bは,B及び本件胎児がAの相続人であるとして,Dに対し,Aの死亡による損害賠償として,1億円の支払を求めた。Dは,Eの使用者として不法行為責任を負うことについては争わなかったが,損害賠償の額について争った。その後,BD間で協議が重ねられたが,Bは,Aが死亡し,フラワーショップの維持に資金が必要であることもあり,早期の和解の成立を望んだ。そこで,平成23年7月25日,Dは,Aの死亡による損害賠償について,Bと本件胎児がAの相続人であり,両者の相続分は各2分の1であることを前提として, 「Dは,B及び本件胎児に対し,和解金として各4000万円の支払義務があることを認め,平成23年8月31日限り,これらの金員をBに支払う。B及び本件胎児並びにDは,BとDとの間及び本件胎児とDとの間には,本件に関し,本和解条項に定めるもののほか,何らの債権債務がないことを相互に確認する。」という内容の和解案をBに提示し,Bもそれに同意した結果,和解(以下「本件和解」という。)が成立した。Dは,同年8月31日,本件和解に基づき,8000万円をBに支払った。
10.Bは,平成23年9月13日,流産をした。Aには,本件胎児のほかに子はなく,両親と祖父母も既に死亡しており,相続人となるのは,BのほかはAの兄であるFのみであった。
11.Fは,平成23年11月25日,Aの相続人として,Dに対して損害賠償を求めた。Dは,
【事実】9の本件和解があるものの,このFの請求を拒むことは困難であると考え,これに応じることとした。
〔設問2〕 【事実】1から11までを前提として,以下の⑴から⑶までについて,本件和解の趣旨を踏まえて検討し,理由を付して解答しなさい。なお,損害賠償に関しては,Aの死亡による損害賠償の額は1億円であることを前提とし,遺族固有の損害賠償は考慮しないものとする。
⑴ FのDに対する請求の根拠を説明した上で,その請求が認められる額は幾らであるかを検討しなさい。
⑵ Dは,Bに対して,本件和解に基づいて支払った金銭の返還を求めた。このDの請求の根拠として,どのようなものが考えられるか,また,仮にその請求が認められる場合,その額は幾らであるかを検討しなさい。
⑶ ⑵のDの請求が認められる場合,Bは,Dに対して,何らかの請求をすることができるか,また,仮にそれができる場合,どのような請求をすることができるかを検討しなさい。
Ⅲ 【事実】1から11までに加え,以下の【事実】12から18までの経緯があった。
【事実】12.乙土地は,甲建物の敷地であり,平成24年初頭当時,Cが所有しており,Cを所有権登記名義人とする登記がされていた。また,この当時,甲建物の近くには,Cが所有する丙建物が存在していた。丙建物は,Cが甲建物の管理業務のために使用しており,Cを所有権登記名義人とする登記がされていた。
13.丁土地は,乙土地に隣接する土地であり,同じ頃,Gが所有しており,Gを所有権登記名義人とする登記がされていた。丁土地には,当時Gが個人で行っていた木工品製造のための工場が存在していた。
14.Gは,平成24年夏頃,木工品製造の事業を会社組織にして営むこととし,株式会社Hを設立して,その代表取締役となった。Hの設立の際,①Gは,丁土地の持分3分の1を出資し,同年9月12日,②Hへの所有権の一部移転の登記をした。
15.Gは,平成25年9月30日,高齢となったことから,Hの代表取締役を退任し,Hの経営から退いた。これに伴い,同日,③Gは,代金を780万円として,丁土地に係るGの持分3分の2をHに売却し,Hは,この代金として780万円をGに支払った。しかし,④このGの持分を移転する旨の登記はされていない。
16.Cは,平成26年2月7日,甲建物及び⑤丙建物をCの子Kに贈与した。しかし,⑥丙建物についてKへの所有権の移転の登記はされていない。丙建物は,乙土地に存在しているというのがC及びKの認識であったが,実際は,丁土地に存在していた。
17.その後,丙建物が丁土地に存在していることが明らかになったため,平成26年4月15日,Hは,Cに対し,丙建物の収去及びその敷地(丁土地のうち丙建物の敷地である部分)の明渡しを求めた。これに対し,Cは,丙建物は既にKに贈与しているという事実を告げて,Hの請求には応じられない,と答えた。そこで,同月20日,Hは,Kに対し,丙建物の収去及びその敷地の明渡しを求めた。
18. Kは,この請求を受けて,丁土地の登記簿を調べたところ,Hは丁土地について3分の1しか持分を有しておらず,Gが3分の2の持分を有している旨が記されていたことから,Hに対し,Hが丙建物の収去及びその敷地の明渡しを求めることができる立場にあるか疑問である,と述べた。
〔設問3〕 【事実】1から18までを前提として,次の問いに答えなさい。
Hは,Kに対し,丙建物の収去及びその敷地の明渡しを請求することができるか。 【事実】14から16までの下線を付した①から⑥までの事実がそれぞれ法律上の意義を有するかどうかを検討した上で,理由を付して解答しなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,AがCから賃借した建物が最新の免震構造を備えているとして賃料が高く設定されていたのに,そうではなかったことが判明し,Aがその後の賃料の支払を拒絶した事例(設問1),Aが死亡し,その妻Bが直接の加害者Eの使用者であるDとの間で,B及びBの妊娠中の胎児がAの相続人であることを前提として和解契約を締結したが,その後Bが流産をした事例(設問2),丁土地上に丙建物が存在していた場合において,丁土地の持分が順次GからHに譲渡され,丙建物がCからKに譲渡された事例(設問3)に関して,民法上の問題についての基礎的な理解とともに,その応用を問う問題である。当事者間の利害関係を法的な観点から分析し構成する能力,その前提として,様々な法的主張の意義及び法律問題相互の関係を正確に理解し,それに即して論旨を展開する能力などが試される。
設問1は,賃貸借契約における解除の要件を問い,賃借物が約定された性質を有しないことの法的意味を検討させることにより,法的分析力及び法的構成力を問うものである。
本問では,Cは,Aに対して,賃料の不払を理由としてAとの賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしている。したがって,まず,この解除は,民法第541条に基づき,Aの債務不履行を理由とするものであることが指摘されなければならない。この解除についてはその他の要件も必要となるが,必ずしもその網羅的な指摘及び検討を求めるものではない。
これに対して,Aは,賃料は,本来,月額20万円であるはずなのに,既に2年間,毎月25万円をCに支払ってきたため,120万円を払い過ぎた状態にあり,少なくとも今後6か月分の賃料は支払わなくてもよいはずであると主張している。この主張は,Aに債務不履行は認められないという趣旨のものであるとみることができる。
問題は,このAの主張を基礎付けるために,どのような法的構成が考えられるかである。ここでは,①賃料は月額20万円であり,2年間にわたって毎月5万円ずつ賃料を払い過ぎた分については不当利得返還請求権が認められ,それと今後6か月分の賃料とを相殺するという方法と,②賃料は月額25万円であるものの,AはCに対して月額5万円の損害賠償請求権を有しており,それと今後6か月分の賃料とを相殺するという方法が考えられる。①の主張をするためには,毎月の賃料が当初から20万円であったことを法的に説明しなければならず,②の主張をするためには,Aは毎月5万円の損害を受けてきたほか,今後6か月分の賃料についても,毎月25万円の賃料債務を負担しつつ,毎月5万円の損害賠償を請求することができるので,これらを含め,相殺することが可能であることを説明しなければならない。賃貸借契約の性質に照らすならば,①の方が②よりも素直な構成であり,また,設問におけるAの主張により整合的であるといえる。しかし,必ずしも②の考え方を排除する趣旨ではなく,整合的で首尾一貫した法的構成を案出し,これが的確に提示されていれば,それに応じた評価をすることとしている。
①の主張を基礎付けるためには,契約上予定された物を使用収益させてはじめてそれに対応した賃料が発生するという賃貸借契約における一般的な法理や危険負担の法理によるほか,民法第611条第1項を類推する方法などが考えられる。そこでは,前提となる法理や規定の意義と射程を正確に説明し,当初から賃料が減額されることを基礎付ける必要がある。このほか,契約の解釈による方法も考えられるが,この場合は,そのような契約の解釈が許される根拠を的確に説明する必要がある。 さらに, 錯誤無効を理由とする方法も考えられるが, この場合は,毎月5万円の限度で契約が一部無効となることを説得的に基礎付ける必要がある。
②の主張を基礎付けるためには,最新の免震構造を備えた物を使用収益させるという債務の不履行や説明義務の違反を理由とする損害賠償のほか,瑕疵担保に関する規定の準用(民法第559条による同法第570条の準用)による損害賠償が考えられる。そこでは,Cの債務の内容を正確に理解した上で,損害賠償請求の要件が何であり,それが満たされているか否か,損害額が5万円とされる理由は何かという点について説得的に論じる必要がある。
このように,Aの主張を基礎付けるための法的構成は複数考えられるが,そのいずれかについて,根拠・要件・効果にわたり,説得的で一貫した考え方を提示し,本問の事例に即した検討をすることが期待されている。複数の法律構成を羅列することが求められているわけではない。
いずれの法的構成によるとしても,Aに債務不履行が認められないとするためには,AがCに対して有している債権と賃料債権を相殺する必要がある。したがって,下線部のAの主張には相殺の意思表示が含まれていることも検討しなければならない。
設問2は,被相続人の損害賠償請求権の相続について,胎児の法的地位の理解を前提として,和解契約の法的な意味と効果,法的拘束力の範囲について説得的かつ整合的に説明することができるかを問うものである。
小問⑴は,Dに対するAの損害賠償請求権がどのように相続されるかを確認するものである。
DがAに対して民法第715条により使用者責任を負担することを前提に,Aの損害賠償請求権がどのように相続されるかを踏まえ,本件胎児の死産によりAの相続人となったAの兄FがDに対してどのような請求をすることができるかを問うものである。
小問⑵は,Bが流産したことによって本件和解契約がどのように扱われるかを考え,DのBに対する請求の根拠及び内容を検討させる問題である。胎児の相続に関する法的地位について規定した民法第886条について,解除条件説を前提とすれば,契約締結の時点では権利能力がある胎児について和解がされたことになるのに対し,停止条件説を前提とすれば,当初から権利能力がない胎児について和解がされたことになる。こうした胎児の法的地位を踏まえて,本件和解の効力がどのようになるのかを説明することが求められる。その際,和解契約が効力を失うとすれば,それはどのような理由によるのか,さらに,どの範囲で効力を失うかについて説明することが求められている。例えば,解除条件説によれば,解除条件が成就したことにより,停止条件説によれば,停止条件が成就しなかった結果,権利能力がない者についての代理であることをそれぞれの構成に即して適切に説明することが問題となる。このほか,錯誤無効も考えられるが,和解契約における錯誤無効の主張の可否のほか,流産は契約締結後の事情であるため,そもそも契約締結時に錯誤が存在するか否かが問題となる。また,本件和解契約は,Dが負担する損害賠償責任を総額8000万円とする部分とそれをAの相続人にその相続分に応じて分割するという部分からなると考え,本件胎児の死産によりFが相続人となった場合についても,本件和解契約の趣旨に照らして一定の定めがあるものと解釈することも考えられる。
小問⑶は,小問⑵の結論を踏まえて,Bからどのような主張が考えられるかを検討させるものである。ここでは,小問⑵の内容と整合的に論旨を展開することが期待されている。小問⑵で胎児の分である4000万円の不当利得返還請求を認めた場合には,本件和解が一部有効に存続していることを前提に,Bの法定相続分が4分の3となることを踏まえて,どのような主張をすることができるか,また,小問⑵で8000万円の不当利得返還請求を認めた場合には,本件和解契約の効力が否定されたことを前提に,Bは新たにどのような主張をすることができるかを説明することが求められる。
なお,小問⑵及び⑶においては,本件和解がいくつの契約からなるか,本件和解は何について互譲したものであり,どの点についての拘束力を維持する必要があるかなど,和解契約についての分析がされることが望ましい。
設問3は,民事紛争において理論上も実際上も重要度が高い所有権に基づく返還請求権の基礎的理解を問うものである。所有権に基づく返還請求権の要件の基本的構造を理解した上で,それを本問の事例に即して展開し応用する能力が問われる。
丙建物の収去請求及びその敷地の明渡請求における訴訟物は,一般に,所有権に基づく返還請求権であると解されており,Hが丁土地を所有していること及びKが丙建物を所有して丁土地の一部を占有していることが要件となる。具体的には,下線部①②③④の各事実が原告の所有に関わる事実であり,下線部⑤⑥が被告の占有に関わる事実である。これらの事実の法的な意義を踏まえて,本問の原告であるHが被告であるKに対し,所有権に基づく返還請求権を行使して,丙建物の収去及びその敷地の明渡しを請求することができるかという問題を適切に検討することが期待される。
本問では,平成24年夏頃当時,丁土地が,Gの持分を3分の2とし,Hの持分3分の1とする共有であったことについては争いがないとみられるため,そのままの権利状態であったとしても,丙建物の収去請求及びその敷地の明渡請求は,共有地である丁土地の保存行為であり,Hが単独ですることができる(民法第252条ただし書)。もっとも,これとは異なる法的構成として,実体的にGからHへの持分の移転があったと認められる場合において,そのことも主張してHの所有権に基づく返還請求権の行使を認めるという考え方もあり得る。しかし,いずれにおいても,Kは,丁土地の不法占拠者であり,一般に民法第177条の第三者には当たらないと解されているため,その持分の移転をその登記がされるまで認めない旨の権利抗弁を提出することはできないと考えられる。
下線部の事実のうち①②③④については,これらのいずれかの法的構成を提示した上で,それに従って,その法律上の意義を的確に分析することが望まれる。
また,丙建物の収去請求及びその敷地の明渡請求が認められるためには,Kが丙建物を所有して丁土地の一部を占有することも要件となる。Kが丙建物を所有して丁土地の一部を占有しているといえるためには,まず,丙建物が存在する場所が丁土地であることが前提となる。そして,Kが実体上丙建物の所有者であることが認められるならば,Kが丙建物を所有して丁土地の一部を占有していることになる。これは,Kの実体上の建物所有が登記上公示されているか否かに関わりなく認められる。
下線部の事実のうち⑤⑥については,このような理解に従って,その法律上の意義を的確に分析することが望まれる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 Cの解除の根拠
Cは、平成23年3月1日、Aに対し賃料の不払を理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしている。これは、Aの賃料支払債務(民法601条)の不履行を理由とする催告解除(541条)である。その要件は、①債務の不履行、②相当の期間を定めた履行の催告、③相当期間内の履行がないこと、④解除の意思表示(540条1項)であり、⑤不履行が契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは解除できない(541条但書)。Cは、Aに対し従来どおり賃料を支払うように再三にわたり催促しており、Aは平成22年10月分以降の賃料を支払っていない。6か月分の賃料の不払は軽微な不履行とはいえない。
2 Aの主張の法律上の意義
これに対しAは、甲建物の1階部分の賃料は本来月額20万円であるはずなのに、既に2年間毎月25万円を支払ってきたため120万円を支払い過ぎた状態にあり、少なくとも今後6か月分の賃料は支払わなくてもよいはずであると主張している。この主張は、Aに賃料支払債務の不履行がないという趣旨のものであり、次の三つの法律上の意義を有する。
第一に、甲建物の1階部分の賃料は当初から月額20万円に減額されていたという主張である。
第二に、Aが平成20年10月分から平成22年9月分までの24か月分につき毎月5万円ずつ合計120万円を過払いしたことにより、AがCに対し同額の不当利得返還請求権(703条)を取得したという主張である。
第三に、この不当利得返還請求権を自働債権として、平成22年10月分から平成23年3月分までの6か月分の賃料債権を受働債権とする相殺の意思表示(505条1項、506条1項)である。
以下、順に検討する。
3 賃料の当然減額
⑴ 賃貸借は、賃貸人が目的物を使用及び収益させることを約し、賃借人がその対価として賃料を支払うことを約する有償双務契約である(601条)。したがって、賃料は、契約により約定された内容に適合した使用及び収益を得させる債務の対価であり、約定された内容の使用収益が得られない場合には、その限度で賃料の対価性が失われる。
⑵ この点につき、611条1項は、賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料はその使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて減額されると定める。同項は、賃料の対価性に基づき、使用収益が不能となった割合に応じて賃料が当然に減額されることを明らかにしたものである。なお、改正前民法611条1項は、賃借人が減額を「請求することができる」とするにとどまり、減額の意思表示を要すると解されていたが、改正民法は当然減額とした。本件のようにAが減額の申入れをしたのに賃貸人がこれを拒んだ場合においても、当然に減額の効果が生じる点で、この改正は結論に影響する。
⑶ もっとも、本件は、賃借物の一部が事後に滅失した場合ではなく、約定された性質を当初から備えていなかった場合である。しかし、同項が「滅失その他の事由により」として滅失に限定していないことに加え、約定された内容の使用収益が得られない点において両者は実質的に異なるところがない。したがって、賃借物が契約において予定された性質を当初から備えていない場合にも、同項が適用又は類推適用され、その割合に応じて賃料は当然に減額されると解すべきである。
⑷ 本件では、甲建物は最新の免震構造を備えているものとして、賃料が周辺の物件に比べ25パーセント高く設定されていた。Aは建物の安全性に強い関心を持ち、Cから【事実】2の事情について説明を受けた上で、賃料が高くても仕方がないと考えて賃貸借契約を締結したのであるから、最新の免震構造を備えた建物を使用収益させることは、AC間の賃貸借契約の内容となっていた。しかし、甲建物は免震構造を備えておらず、予定していたとおりの免震構造にするためには甲建物を取り壊して建て直すしかないのであるから、この部分の使用収益は当初から恒久的に不能である。また、手抜き工事は建設業者の行為によるもので、Aの責めに帰することができない事由による。
そして、周辺の物件に比べ25パーセント高い月額25万円という賃料設定からすれば、免震構造を除いた甲建物の1階部分の賃料相当額は月額20万円である。したがって、賃料は当初から月額20万円に減額されていた。
なお、Cは、甲建物が法令上の耐震基準を満たしておりAの使用にも支障がないと主張するが、本件賃貸借契約において合意されたのは法令上の基準を満たすことではなく最新の免震構造を備えることであり、その対価として25パーセント高い賃料が設定されていたのであるから、この主張は理由がない。また、C自身も被害者であるとの主張も、611条1項が賃貸人の帰責事由を要件としていないことから、減額を否定する理由とならない。
4 不当利得返還請求権の発生
Aは、平成20年9月30日に同年10月分の賃料を支払い、以後平成22年9月分まで約定どおり毎月25万円を支払っていた。賃料が月額20万円である以上、毎月5万円は法律上の原因なく支払われたものであり、CはAの損失により同額の利得を得ている。したがって、Aは、24か月分合計120万円の不当利得返還請求権(703条)を取得する。金銭の利得については利益が現存するものと扱われるから、Cは全額の返還義務を負う。
5 相殺
⑴ Aは、平成22年9月30日、Cに対して、今後6か月間賃料は一切支払わないと告げ、その理由として、120万円を支払い過ぎた状態にあるから少なくとも今後6か月分の賃料は支払わなくてもよいと述べている。これは、過払金債権と将来の賃料債務とを対当額で消滅させる意思を表明したものであり、相殺の意思表示(506条1項)が含まれていると解すべきである。相殺の意思表示は「相殺する」という文言を用いることを要せず、対立する債権債務を決済する意思が表示されていれば足りる。
⑵ 相殺の要件(505条1項)は、①当事者が互いに同種の目的を有する債務を負担すること(債権の対立)、②双方の債務が弁済期にあることである。
Aの不当利得返還請求権120万円は期限の定めのない債権であるから、その成立と同時に弁済期が到来している。他方、賃料債権は前月末日払いの約定であるから、平成22年10月分の賃料債権は同年9月末日に弁済期が到来し、以後各月の賃料債権が順次発生して弁済期が到来する。将来発生する債権を受働債権として相殺することはできないが、Aの意思表示は、各月の賃料債権が発生した時に順次これを相殺する意思をあらかじめ表明したものと解しうる。そして、Cが解除の意思表示をした平成23年3月1日の時点では、平成22年10月分から平成23年3月分までの6か月分の賃料債権(月額20万円の6か月分で合計120万円)が全て発生し弁済期も到来しているから、同額の相殺が有効にされている。
⑶ 相殺の効力は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時に遡って生ずる(506条2項)。したがって、各月の賃料債務は、その弁済期が到来した時に遡って消滅したことになる。
6 結論
以上より、平成22年10月分から平成23年3月分までの賃料債務は相殺により全部消滅しており、Aに賃料支払債務の不履行はない。したがって、Cによる賃貸借契約の解除は認められない。
なお、Aの主張を基礎付ける別の構成として、賃料は月額25万円のままであるが、最新の免震構造を備えた建物を使用収益させるという債務の不履行(415条1項)により、Aが毎月5万円の損害を受けているとして、その損害賠償請求権を自働債権とする相殺を主張することも考えられる。しかし、賃貸借契約における賃料の対価性に照らせば、賃料自体が当然に減額されると解する前記の構成の方が端的である。
第2 設問2⑴
1 請求の根拠
Dは、従業員Eがクレーンの操作を誤って建築資材を落下させ、Aを死亡させたことについて、Eの使用者として不法行為責任(715条1項)を負う。Eは建設業者Dの従業員であり使用関係があること、Eのクレーン操作の過誤はAの生命を侵害する不法行為(709条)にあたること、クレーン操作はDの建築工事という事業の執行についてなされたことから、同項の要件は充たされる。
Aは、死亡により、Dに対する損害賠償請求権(逸失利益、慰謝料等)を取得し、これが相続の対象となる。本問では、Aの死亡による損害賠償の額は1億円である。
2 相続人及び相続分
Aの死亡時、Bは妊娠2か月目であったが、Bは平成23年9月13日に流産をした。胎児は相続については既に生まれたものとみなされるが(886条1項)、胎児が死体で生まれたときはこれを適用しない(同条2項)。したがって、本件胎児は、Aの相続人とならない。
Aには本件胎児のほかに子はなく、両親と祖父母も既に死亡しているから、相続人は、配偶者B(890条)及び兄F(889条1項2号)である。配偶者と兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は4分の3、兄弟姉妹の相続分は4分の1である(900条3号)。
3 Fの請求額
Fは、Aの相続人として、損害賠償請求権1億円のうち自己の相続分に対応する4分の1、すなわち2500万円をDに請求することができる。金銭債権である損害賠償請求権は、相続開始により当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて承継する(427条、899条)。
本件和解は、BとDとの間及び本件胎児とDとの間で成立したものであり、Fはその当事者ではない。契約の効力は当事者間にのみ及ぶから、Fは本件和解に拘束されない。したがって、Fの請求は2500万円の限度で認められる。
第3 設問2⑵
1 請求の根拠
Dは、Bに対し、不当利得返還請求権(703条)に基づき、本件和解に基づいて支払った金銭の返還を求めることが考えられる。要件は、①法律上の原因のない利得、②他人の損失、③因果関係である。
2 本件和解の効力
⑴ 本件和解は、BとDとの間の和解と、本件胎児とDとの間の和解とからなる。後者については、本件胎児に権利能力があるか、Bが本件胎児を代理することができたかが問題となる。
⑵ 886条の解釈については、胎児は相続については既に権利能力を有し、死産という解除条件の成就により遡及的に権利能力を失うとする解除条件説と、生きて生まれることを停止条件として初めて権利能力を取得するとする停止条件説がある。胎児の権利を保全するためには胎児の段階で法定代理人による権利の管理を認める必要があり、886条1項が「生まれたものとみなす」としている文言にも素直であるから、解除条件説が妥当である。
⑶ 解除条件説によれば、本件和解の成立時(平成23年7月25日)には本件胎児に相続についての権利能力があり、母Bが法定代理人としてその権利を管理する権限を有していたから、本件胎児とDとの間の和解は有効に成立していた。しかし、平成23年9月13日の流産により解除条件が成就したため、本件胎児の権利能力は遡及的に消滅し、本件胎児は相続人でなかったことになる。その結果、本件胎児とDとの間の和解は、権利能力のない者についてされたものとなり、遡って効力を失う。
なお、停止条件説によれば、和解の時点で本件胎児に権利能力はなく、権利能力のない者についての代理であるから、本件胎児についての和解は当初から無効である。いずれの説によっても、本件胎児についての和解が効力を有しないという結論は同じである。
⑷ これに対し、Dは、流産という和解後の事情を理由に、相続人の範囲について錯誤があったとして和解を取り消す(95条1項2号、同条2項)ことも考えられる。しかし、錯誤は意思表示の時に存在することを要し、本件では和解成立時に本件胎児は現に生存していたのであるから、錯誤はない。また、和解の目的である権利そのものについての錯誤は、和解の確定効(696条)により主張しえない。したがって、錯誤による構成は採りえない。
3 請求額
本件和解のうち、Dが本件胎児に対して和解金4000万円の支払義務を認めた部分は効力を失うから、Dが平成23年8月31日にこの4000万円をBに支払ったことは、法律上の原因を欠く。Bは、これを受領することによって4000万円の利得を得ており、Dは同額の損失を受けている。
Bは、和解成立時及び支払時には流産していなかったから、善意の受益者であり、「現に利益の存する限度」において返還義務を負う(703条)。もっとも、金銭による利得は利益が現存するものと扱われ、Bがフラワーショップの維持のため事業資金に充てたとしても、必要な支出に充てられた限りで利益は現存する。
したがって、Dの請求は4000万円の限度で認められる。
4 別の解釈
もっとも、本件和解は、「Bと本件胎児がAの相続人であり、両者の相続分は各2分の1であることを前提として」されたものであるから、Dが負担する損害賠償責任の総額を8000万円とする部分と、これをAの相続人に相続分に応じて分割する部分からなる一体の合意であると解する余地もある。この理解によれば、相続人の範囲及び相続分という和解の前提が覆された以上、Aの相続人がその相続分に応じて総額8000万円を取得するという和解の趣旨に従って処理すべきことになり、Bが取得すべき額は8000万円の4分の3である6000万円となるから、Dの不当利得返還請求は2000万円の限度で認められる。本件和解が早期解決を目的とする互譲であり、Dが総額8000万円の負担を引き受けた点に和解の核心があることからすれば、この解釈も合理的である。もっとも、和解条項はBと本件胎児に対して「各4000万円」の支払義務を認める形式をとっており、各相続人との関係で個別に債務を確定したものとみるのが文言に忠実であるから、以下では3の結論を前提とする。
第4 設問2⑶
1 問題の所在
⑵のDの請求が認められる場合、BはDに対し4000万円を返還しなければならない。他方、Bは、本件胎児が相続人とならなかった結果、Aの損害賠償請求権1億円のうち4分の3である7500万円を相続している。そこで、Bは、本件和解に基づき受領した4000万円を超える部分についてDに請求することができるかが問題となる。
2 和解の確定効と清算条項
和解は、当事者が互譲によって争いをやめることを約する契約であり(695条)、和解によって当事者の一方が争いの目的である権利を有するものと認められ又は有しないものと認められた場合において、その権利について和解の内容と異なる確証が得られたとしても、その権利は和解の内容に従って確定する(696条)。
本件和解には、「BとDとの間及び本件胎児とDとの間には、本件に関し、本和解条項に定めるもののほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する」との清算条項がある。したがって、BとDとの間の和解が有効に存続する限り、Bは和解金4000万円を超える請求をすることができないのが原則である。
3 清算条項の及ぶ範囲
しかし、本件和解は、BがAの損害賠償請求権の2分の1を相続したことを前提として、その範囲について互譲をしたものである。Bが1億円の2分の1である5000万円の請求権を4000万円に減じて満足したのは、残る2分の1が本件胎児に帰属することを前提とするものであって、Bが自己の相続分を超える部分についてまで請求を放棄する意思を有していたとは解しえない。
したがって、本件和解の清算条項の効力は、Bが和解当時有していると認識していた相続分(2分の1)の範囲に限られ、本件胎児が相続人とならなかったことによってBが新たに取得した相続分(4分の3から2分の1を差し引いた4分の1)に対応する部分には及ばないと解すべきである。この部分については、当事者間に争いも互譲も存在しなかったのであるから、和解の確定効を及ぼす基礎を欠く。
4 Bの請求
よって、Bは、Dに対し、Aの相続人として、使用者責任(715条1項)に基づく損害賠償請求権のうち新たに取得した4分の1に対応する2500万円の支払を請求することができる。
Dの4000万円の不当利得返還請求権とBの2500万円の損害賠償請求権はいずれも金銭債権であり弁済期も到来しているから、相殺(505条1項)により対当額で消滅し、Bは差額1500万円をDに返還することになる。
この結果、Bは最終的に6500万円を保持し、Fは2500万円を取得するから、Dの総負担は9000万円となる。これは、Bが本件和解においてその相続分の範囲で1000万円を互譲により放棄したことの帰結であり、和解の趣旨に適合する。
第5 設問3
1 請求の根拠及び要件
Hは、Kに対し、丁土地の所有権に基づく返還請求権として、丙建物の収去及びその敷地の明渡しを請求する。その要件は、①Hが丁土地を所有していること、②Kが丙建物を所有して丁土地の一部を占有していることである。所有権に基づく返還請求権は物権的請求権であり、相手方の故意又は過失を要しないから、丙建物が乙土地に存在しているというC及びKの認識が誤っていたことは、請求を妨げない。
2 Hの所有(下線部①から④)
⑴ 下線部①は、Gが平成24年夏頃の株式会社Hの設立に際し丁土地の持分3分の1を出資した事実である。これにより、Hは丁土地の持分3分の1を取得した(176条)。下線部②は、同年9月12日にHへの所有権の一部移転の登記がされた事実であり、Hがこの持分取得を第三者に対抗できることを示す(177条)。
⑵ 下線部③は、平成25年9月30日、Gが丁土地に係る持分3分の2を代金780万円でHに売却し、Hが代金を支払った事実である。売買契約の成立により、意思表示のみによってGの持分3分の2はHに移転する(176条)。したがって、実体法上、Hは丁土地を単独で所有することになる。下線部④は、この持分移転の登記がされていない事実である。
⑶ まず、Hが持分3分の1を有するにとどまるとみる場合であっても、Hは単独で本件請求をすることができる。共有物を権原なく占有する者に対する返還請求は、共有物の現状を維持する行為であって保存行為にあたり、各共有者が単独ですることができる(252条5項)。したがって、下線部①②のみによって要件①は充たされ、下線部③④はHの所有を基礎付ける上で不可欠の事実ではない。
⑷ 次に、Hが丁土地を単独所有することを主張する構成によれば、下線部③はHの所有権取得を基礎付ける事実として法律上の意義を有する。これに対し、下線部④の登記の欠缺は、Kが177条の「第三者」にあたる場合に限り、Hの主張を妨げる権利抗弁の基礎となる。
同条の「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者であって、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者をいう。不法占拠者は、目的物について何らの権利も有せず、物権変動の登記の有無によって自己の法的地位が左右されないから、登記の欠缺を主張する正当な利益を有せず、同条の第三者にあたらない。
本件では、Kは丙建物を所有して丁土地の一部を権原なく占有する者であり、丁土地について何らの権利も有しない。したがって、Kは177条の第三者にあたらず、登記の欠缺を主張してHの持分取得を否認することはできない。よって、下線部④は法律上の意義を有しない。
⑸ したがって、【事実】18においてKが述べる、Hは丁土地について3分の1しか持分を有していないから収去及び明渡しを求めうる立場にあるか疑問であるという主張は、いずれの構成によっても認められない。
3 Kの占有(下線部⑤⑥)
⑴ 下線部⑤は、Cが平成26年2月7日に丙建物をKに贈与した事実である。贈与は諾成契約であり(549条)、その効力発生により丙建物の所有権はCからKに移転する(176条)。
建物の所有者は、その建物の存立によって必然的に敷地を占有する。したがって、Kが丙建物を所有する以上、Kは丙建物の敷地である丁土地の一部を占有していることになる。そして、丙建物は実際には丁土地に存在していたのであるから、要件②は充たされる。よって、下線部⑤は、Kが丙建物の所有者として丁土地の一部を占有していることを基礎付ける事実として法律上の意義を有する。
⑵ 下線部⑥は、丙建物についてKへの所有権の移転の登記がされていない事実である。建物の所有に基づく土地の占有は、所有権の登記の有無にかかわらず、実体上の所有関係によって定まる。したがって、Kが実体上丙建物の所有者である以上、登記がされていないことはKの占有を否定する理由とならず、下線部⑥はKの占有に関する要件との関係で法律上の意義を有しない。
もっとも、判例は、自らの意思に基づいて建物の所有権登記を経由した者は、その建物を他に譲渡した後も登記名義を保有する限り、土地所有者に対し建物所有権の喪失を主張して建物収去及び土地明渡しの義務を免れることはできないとしている。この法理によれば、Hは、登記名義を保有するCに対しても丙建物の収去及び敷地の明渡しを請求しうる。下線部⑥は、この点において法律上の意義を有する。しかし、これは実体上の所有者Kに対する請求を妨げるものではない。
4 Kの占有権原の不存在
Kが丁土地の一部を占有する権原を有しないことも必要であるが、これはKが抗弁として主張立証すべき事項である。本件では、丁土地はGが所有していた土地であり、Cに丁土地上に丙建物を所有する権原があったことを示す事実はない。したがって、Kは、Cから占有権原を承継することもできない。丙建物は甲建物の管理業務のために使用されていたものであるが、甲建物は平成20年頃の新築建物であって、所有権の時効取得(162条)に必要な期間の占有も認められない。
5 結論
Hは、Kに対し、丁土地の所有権に基づく返還請求権として、丙建物の収去及びその敷地の明渡しを請求することができる。
以上