司法試験 平成25年 民法
問題文
[民事系科目]〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕の配点の割合は,3:4:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
Ⅰ
【事実】1.甲土地は,平成22年5月当時,Aが所有しており,Aを所有権登記名義人とする登記がされていた。また,乙土地は,その頃,Bが所有しており,Bを所有権登記名義人とする登記がされていた。
2.Bは,医療機器の製造と販売を主たる事業としていたが,事業用の建物を賃貸して収益を得たいとも考えていた。Bは,事業用の建物を所有するのには甲土地が立地として適しているのに対し乙土地が必ずしも適さないことから,乙土地を売却処分して甲土地を取得したいと考え,Aとの間で甲土地の売買について交渉を試みた。この交渉において,Bは,Aに対し,代金を支払うための資金を乙土地の売却処分により調達する予定であることを説明し,Aは,その事情に理解を示すとともに,代金債務の担保として適当な連帯保証人を立てることを求めた。
3.この交渉の結果として,A及びBは,平成22年6月11日,代金を6000万円として甲土地をAがBに売る旨の契約を締結した。この契約においては,代金のうち1500万円は同月中にBがAに支払うこと,残代金4500万円の支払の期限は平成22年8月10日とすること並びに代金の全部が支払われた後に甲土地についての所有権の移転の登記及び甲土地の引渡しをするものとすることが約された。
4.また,保証人を立てることについて,Bは,Aに対し,Bの友人であるCを連帯保証人とすることを提案した。Bは,このことについてCの了解を得ていなかったが,Bと長く交友関係があったCに事情を説明すれば,甲土地を入手するためにCが協力をしてくれるものと想定していた。
Aは,Bの提案を了承し,【事実】3の売買契約が締結された平成22年6月11日,A及びBは,Cがその売買契約に係る代金債務の連帯保証人になる旨の書面を作成した。その書面は,2通作成され,それらの内容は同じものである。すなわち,そこには, 【事実】3の売買契約に基づきBが負う代金債務についてCが連帯して保証する旨が記され,A及びBが署名し,Bの署名には,BがCの代理人である旨が示されていた。A及びBは,この書面をそれぞれ1通ずつ持ち帰ることとした。Bは,この書面を作成する際,Cが連帯保証人になることについて,Cから代理権を授与されてはいないが,Cの追認を速やかに得たい,とAに説明した。
5.Bは,平成22年6月15日,Cと会い,Cに対し,【事実】4の連帯保証の書面を示し,その書面に記されているとおり,【事実】3の売買契約に基づきBが負う代金債務についてCが連帯して保証する旨の契約をしたこと,及び連帯保証人になることについてのCの追認を後日に得たいとAに告げたことを説明した。その上で,Bは,Cに対し,Cを連帯保証人にする旨の契約をしたことを認めて欲しい,と要請した。Cは,これを承諾して,その席からAに電話をし,連帯保証人になることに異存はない旨を告げた。
6.【事実】3の売買契約の代金のうち1500万円は,平成22年6月25日,BがAに支払った。しかし,残代金の支払のためにBが進めた乙土地の売却処分は実現しないまま,やがて平成22年8月10日が到来した。そこで,Aは,同月18日,Bに対し残代金4500万円を速やかに支払うよう求めるとともに,Cに対し同じ額の支払を求めた。
これに対し,Cは,AC間の連帯保証契約は書面でされておらず,その効力を生じないからAの求めに応ずるつもりがないことを告げた。
〔設問1〕 【事実】1から6までを前提として,次の問いに答えなさい。
Aが,Cに対し,保証債務の履行を請求するには,どのような主張をする必要があるかを検討し,また,その主張に含まれる問題点を踏まえてその当否を論じなさい。
Ⅱ 【事実】1から6までに加え,以下の【事実】7から16までの経緯があった。
【事実】7.その後,Bは,乙土地の売却について目途がついたことから,Aと話し合い,Aとの間において,【事実】3の売買契約の残代金を支払う期限を平成22年12月15日とすることに合意した。Bは,乙土地の売却処分によって得た資金を用い,平成22年12月10日,残代金をAに支払った。同日,甲土地はAからBへ引き渡され,また,同月18日,甲土地についてAからBへ売買を原因とする所有権の移転の登記がされた。
8.そこで,Bは,甲土地上に建物を建設するため,銀行であるD及び建設業を営む株式会社であるEと折衝を始めた。
まず,建設資金の融資をBから要請されたDは,平成23年1月頃,甲土地及びその上に建設される建物について第1順位の抵当権の設定を受けることを条件として,Bに対し,建物の建設資金として8000万円を融資する旨の意向を示した。
また,B及びEは,平成23年2月28日,Eが甲土地の上に建物を建設し,これに対する報酬としてBがEに1億3000万円を支払う旨の請負契約を締結した。
9.【事実】8の請負契約に基づき,Eは,甲土地上に建物を建設し,平成23年8月31日,Bに対し,この建物(以下「丙建物」という。)を引き渡した。同日,DはBに8000万円を貸し渡し,Bは,Bが別に用意した5000万円を加え,請負の報酬として1億3000万円をEに支払った。
10.また,DによるBへの金銭の貸渡しに係る消費貸借の返済条件は,毎月78万円の元利均等払で期間は10年とされた。また,この貸金の返済について2回の債務不履行がある場合にはBは期限の利益を失い,返済されていない額の全部を直ちにDに返済することも約された。
そして,B及びDは,この消費貸借に基づく貸金債権を担保するため,平成23年8月31日,甲土地について抵当権を設定する旨の契約を締結した。これに基づき,同日,甲土地について,Dを登記名義人とする抵当権の設定の登記がされた。この抵当権に優先する担保権の登記はされていない。
丙建物は,平成23年9月14日,Bを登記名義人とする所有権の保存の登記がされた。同日,B及びDは,上記の消費貸借に基づく貸金債権を担保するため,丙建物について抵当権を設定する旨の契約を締結し,これに基づき,Dを登記名義人とする抵当権の設定の登記がされた。この抵当権に優先する担保権の登記はされていない。
11.Bは,Fとの間において,平成23年10月1日,丙建物の1階部分について,コーヒーショップとして使用することを目的とし,賃料を月額40万円として,これをFに賃貸する旨の契約を締結した。この賃貸借契約においては,各月の賃料を前月の25日に支払うものとすることが約された。この賃貸借契約に基づき,同日,Bは,Fに対し丙建物の1階部分を引き渡した。
12.Bは,Gとの間において,平成23年11月1日,丙建物の2階部分について,学習塾として使用することを目的とし,賃料を月額30万円として,これをGに賃貸する旨の契約を締結した。この賃貸借契約においては,各月の賃料を前月の25日に支払うものとすることが約された。この賃貸借契約に基づき,同日,Bは,Gに対し丙建物の2階部分を引き渡した。
13.Fは,【事実】11の賃貸借契約の締結に当たり,丙建物の1階部分の内装について,飲食店の内装工事を専門とし,内装業を営むHに相談し,Bから丙建物の設計図を取り寄せるなどして,Hと共に内装の仕様及び施工方法を検討した。その上で,Fは,その検討結果の概要をBに説明し,それに従いHに内装工事を行わせることについてBの承諾を得た。これを受けて,Fは, 平成23年10月3日, Hに内装工事を発注し, 同月25日に工事が完了した。 そこで,Fは,平成23年11月1日,丙建物の1階部分において,営業を始めた。
14.平成24年2月末頃,丙建物の1階部分で雨漏りが発生するようになった。
15.Fから雨漏りを防ぐ措置を求められたBは,Eに調査を依頼した。この調査の結果,【事実】13の工事の際にHが誤って丙建物の一部に亀裂を生じさせたことが雨漏りの原因であることが明らかとなった。
16.Bは,このままでは丙建物の維持に支障が生じると考え,Eに【事実】15の亀裂の修繕を発注し,その修繕の工事は,平成24年3月20日に完了した。そこで,Bは,それに対する報酬として100万円をEに支払った。このBがEに支払った報酬の額は,【事実】15の亀裂の修繕に要する工事の対価として,適正なものである。
〔設問2〕 【事実】1から16までを前提として,Bは,【事実】16においてEに支払った報酬に相当する金銭の支払をFに対し求めるために,どのような主張をすることが考えられるか。また,それに対し, Fは, どのような主張をすることが考えられるか。 それぞれの主張の根拠を説明し,いずれの主張が認められるかを検討しなさい。
Ⅲ 【事実】1から16までに加え,以下の【事実】17及び18の経緯があった。
【事実】17.その後,Bは,医療機器の製造販売の事業に失敗して,資金が不足するようになり,Dに対する平成24年6月分及び7月分の貸金の返済について遅滞が生じた。そこで,Dは,抵当権に基づく物上代位によって貸金の回収を図ることを考え,差し当たり丙建物の2階部分の賃料について,丙建物を目的とする【事実】10の抵当権に基づく物上代位による貸金の回収を始めることとした。また,丙建物の1階部分の賃料については,【事実】16の修繕費用をめぐる問題が解決してから,同様の手順を採ることを考えた。
そこで,Dは,平成24年9月18日,抵当権に基づく物上代位権の行使として,BがGに対して有する賃料債権のうち,平成24年9月25日以降に弁済期が到来する同年10月分から平成25年9月分までについて差押えの申立てをした。この差押えに係る差押命令は,平成24年9月21日,B及びGに送達された。
18.この送達がされる前の平成24年9月初旬,大型で強い台風が襲い,丙建物の2階部分は,暴風のため窓が損傷し,外気が吹き込む状態となった。そのままでは丙建物の2階部分で児童や生徒に対し授業をすることにも支障が生ずるため,Gは,すぐにこの状況をBに知らせようとしたが,Bの所在を把握することができなかった。
Gは,やむなくEに連絡を取って相談をし,E及びGは,平成24年9月8日,Eが丙建物の2階部分の修繕をし,それに対する報酬としてGがEに対し30万円を支払うことを約した。
この報酬の額は,修繕に要する工事の対価として,適正なものである。翌9日にEがこの修繕を完了したことから,同日,Gは,Eに対し30万円を支払った。
〔設問3〕 【事実】1から18までを前提として,次の問いに答えなさい。
平成24年12月7日,Dは,同年10月分から同年12月分までの賃料(それぞれ同年9月25日,同年10月25日及び同年11月25日に弁済期が到来したもの)の合計額である90万円の支払をGに対して求めたが,Gは,【事実】18の報酬の相当額である30万円を差し引き,60万円のみを支払うと主張した。これに対して,Dは,「まず,Gが,報酬の相当額を支払うようBに対し請求する権利を有することについて,説明して欲しい。また,仮にそのような権利があるとしても,判例によれば,それと賃料債権を相殺することをもって,Dに対抗することはできないから,GはDに対して90万円全額の支払義務を負うはずである。」と反論した。Dが依拠する判例とは,下記に【参考】として示すものである。
このDの反論を踏まえた上で,Gがどのような主張をしたらよいか,理由を付して説明しなさい。
【参考】最高裁判所第三小法廷平成13年3月13日判決・最高裁判所民事判例集55巻2号363頁〔事案の概要〕PがQに対して負う貸金債務を担保するため,Pが所有する建物について根抵当権が設定され,その登記がされた後,当該建物の1階部分について,Pを賃貸人とし,第三者Rを賃借人とする賃貸借契約が締結され,3150万円の保証金がRからPに預託された。
その後,P及びRは,当該建物の1階部分について,それまでの賃貸借契約をいったん解約し,改めて賃料を月額33万円とする賃貸借契約を締結し,その際,保証金を330万円に減額した。その結果,Pは,Rに対し差額の2820万円の返還債務を負った。しかし,この返還債務をPが履行することができなかったため,PがRに対して負う保証金返還債務の一部については,以後3年間,RがPに対して負う賃料債務と,賃料支払期日ごとに対当額で相殺することがPR間で合意された。
さらにその後,Qは,上記の根抵当権に基づく物上代位権の行使として,PがRに対して有する賃料債権のうち,差押命令送達時以降900万円に満つるまでのものを差し押さえ,差押命令がP及びRに送達された。
そして, Qは, Rに対し, 5か月分の賃料の支払を求めて訴えを提起したが, これに対して, Rは,Pとの相殺合意に基づく相殺を主張して争った。
第1審及び第2審では,いずれもQが勝訴し,Rの上告を受けた最高裁判所は,次のとおり判示して上告を棄却する判決を言い渡した。
〔判旨〕「抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は,抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって,抵当権者に対抗することはできないと解するのが相当である。けだし,物上代位権の行使としての差押えのされる前においては,賃借人のする相殺は何ら制限されるものではないが,上記の差押えがされた後においては,抵当権の効力が物上代位の目的となった賃料債権にも及ぶところ,物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができるから,抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と物上代位の目的となった賃料債権とを相殺することに対する賃借人の期待を物上代位権の行使により賃料債権に及んでいる抵当権の効力に優先させる理由はないというべきであるからである。」
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,Aから甲土地を買うこととしたBが,その代金債務について,Cを代理してCを保証人とする契約を締結し,また,買い受けた甲土地の上に築造した丙建物について,その建設資金の貸主であるDのために抵当権を設定するとともに,丙建物の各部分をF及びGに賃貸したという事例に関して,民法上の問題についての基礎的な理解に加え,その応用を問う問題である。制度の趣旨を踏まえ妥当と認められる解決を説明する能力,当事者間に生じた事態について法律関係の正確な理解に基づき分析する能力及び事案の解決において参考となる判例の趣旨を理解して事案との比較検討を的確に行う能力などが試される。
まず,設問1は,無権代理人が保証契約を締結し,それが後に追認された場合の保証契約の効力を検討する問題であり,保証契約の成立要件についての基礎的知識,特に書面の作成が必要であること(民法第446条第2項),及びこの要件に関連して従来は必ずしも十分に議論されていなかった問題について,自らの見解を説得的に展開する能力を問うものである。
設問1では,「保証債務の履行を請求するには,どのような主張をする必要があるか」が問われているから,主債務の成立の指摘を含め,保証債務の履行を請求することができるための要件を網羅して掲げる必要がある。
その上で,考察を要する問題点としては,第一に,契約締結時(平成22年6月11日)にはBに代理権がなかったことをどのように考えるべきであるか,第二に,無権代理人Bが作成した契約書が民法第446条第2項の要件を満たすのか,という点が挙げられる。もっとも,前者の問題は,同月15日にCはBから説明を受けた上で承諾したのであるから,追認があったものと評価することができる(同法第116条)。したがって,後者の問題が,本問の中心的な論点となる。
本問の事実関係において,書面の作成という保証契約の要式性を充足するとみるかどうか,については,両様の考え方が成立可能であると考えられる。同法第446条第2項の規定の趣旨は,保証契約の内容を明確に確認し,また,保証意思が外部的に明らかになることを通じて保証をするに当たっての慎重さを要請するものである,というような説明がされてきた。無権代理人が作成した書面でも本人の追認があったことにより要式性の要件を充足することになるか,という問題を考察するに当たっても,このような立法趣旨の説明が参考となる。ただし,これのみから直ちに結論を導くことには,やや論理的に無理があり,より説得力のある論述にするためには,有権代理の場合に書面性の要件を充足するのはどのような場合かといった点を含め,更に深く立法趣旨を検討することが望ましい。考え方としては,保証をすることやその契約内容が書面により明確に確認される契機を重視するものと,保証人が主体的に書面を作成することを重視するもの等が想定される。前者は,本問における書面性を肯定する見解に,後者であれば否定する見解に,それぞれ結び付きやすいと思われるが,いずれにしても,立法趣旨について深く検討して理解した上で,本問での事実関係を検討することが求められる。
設問2は,賃借物が破損した場合において,その破損が生じた原因が,賃借人Fからその内装工事の発注を受けたHにある事例を題材として,次の三つの点について,債務不履行責任に関する基本的な理解を問うものである。
第一は,この事例において,賃貸人Bがその修繕に要した費用に相当する金銭の支払を賃借人Fに求めるためにまず考えられるのは,賃借人Fが賃貸借契約によって負担する賃借物の保管義務の違反,つまり債務不履行を理由とする損害賠償請求(同法第415条)という構成であり,そのためには,賃借人がその賃貸借契約上の保管義務に違反し,それにより賠償されるべき損害が発生したこと(損害の発生と因果関係)が必要となることが正確に理解されているかどうかである。
第二は,以上の要件を満たすときでも,同法第415条によると,賃借人に責めに帰すべき事由がないときは,賃借人は損害賠償責任を免れること,そしてそこでは,Hが賃借人Fの負う保管義務の履行補助者に当たることから,本問では履行補助者責任が問題になることが正確に理解されているかどうかである。例えば,伝統的通説によると,履行補助者には,真の意味での履行補助者と履行代行者があるとされ,本問のHはFとは独立の事業者であることから,後者の履行代行者に相当する。その他の見解では,このような区別はしないものの,履行代行者に相当するものも含めて,履行補助者責任が問題とされている。
第三は,このように履行補助者責任が問題になるとして,賃借人Fが損害賠償責任を免れることができないとすれば,それはなぜであり,責任を免れることができるとすれば,それはなぜであるかを的確に説明し,その当否を論じることができるかどうかである。
例えば,伝統的通説によると,履行代行者については,①明文上履行代行者を使用することができないのに使用した場合,②明文上積極的に履行代行者の使用が許される場合,③いずれでもなく,給付の性質上履行代行者を使用しても差し支えない場合が区別され,債務者が責任を負うための要件もそれに応じて区別される。これによると,本問では,FがHとともに内装の仕様及び施工方法につき検討した結果についてBが承諾をしていることが②に当たるかどうかが特に問題となる。もっとも,学説では,このような分類に対して強い批判があり,履行補助者責任を「他人の行為に対する責任」として使用者責任の対比で基礎付けを図る見解のほか,履行補助者責任を契約不履行責任の一般的な枠組みの中に位置付け,その基礎付けを図ろうとする見解も有力に主張されている。本問では,いずれの見解によるとしても,その論旨が説得的に展開されているかどうかが重要であり,それに即して本問に含まれる事実を適切に評価し,それぞれの主張を基礎付けることが求められる。
なお,賃借人Fに対する請求の根拠としては,ほかに,不法行為に基づく損害賠償請求,事務管理による費用償還請求,不当利得返還請求等も考えられるが,本問の具体的事案の内容に照らせば,少なくとも第一次的には債務不履行責任を検討すべきであり,必ずしもこれ以外の法律構成の検討まで求められているわけではない。
設問3は,抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権として賃料債権との相殺の意思表示をした賃借人と抵当権の物上代位権に基づき当該賃料債権を差し押さえた抵当権者の優劣について判断した【参考】判例を提示して,本問の具体的事案の下でも【参考】判例にのっとった結論を導くことが相当かどうかを問うものであり,これによって法的思考力や事案に即した分析力を試すことを意図した問題である。また,この点を検討する前提として,必要費償還請求権の成立要件についての理解とその当てはめを的確に行うことが求められている。
判例法理の射程について議論をする際には,単に【参考】判例と本問とでは事案が異なるから,Dの依拠する判例法理が本問には適用されない,とするのみでは十分でない。 【参考】判例の事案におけるどのような特徴が判旨の示すルールの前提となっているのかを論理的に明らかにし,その特徴がどのように変化すれば,ルールがどのように変化するのかを明らかにしなければならない。その上で,本問の事案においては,どのようなルールが適用されることの結果として,Gの主張に沿う結論となるものであるか,を示す必要がある。
また,判例法理の射程を問題とせずに【参考】判例の示したルールそのものを批判する場合であっても,十分な理由付けを示し,説得的な論述をしなければならない。そして,あるべきルールを明らかにし,その適用の結果も示す必要がある。
なお,Gのすべき主張について問われているのであるから,仮にDの反論が完全に適切なものであると解答者が考えたとしても,あり得べきGの主張を考察しなければならない。また,賃料債権に対して抵当権に基づく物上代位権を行使することができるか,という問題もあるが,「30万円を差し引いて支払う」というGの主張を基礎付けることが求められているのであるから,その問題自体を論じる必要はない。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 Aがすべき主張
AがCに対し保証債務の履行として残代金4500万円の支払を請求するためには、次の各事実を主張する必要がある。
第一に、主債務の成立及びその内容である。すなわち、A及びBが平成22年6月11日に代金6000万円で甲土地をAがBに売る旨の売買契約を締結したこと(民法555条)、代金のうち1500万円が同月中に支払われ、残代金4500万円の支払期限が同年8月10日と約されたこと、同期限が到来したことである。保証債務は主債務の存在を前提とする付従性を有するからである。
第二に、AとCとの間で、上記代金債務についてCが連帯して保証する旨の契約が成立したことである。本件では、C自身ではなくBが契約を締結しているから、Aは、BがCの代理人として連帯保証契約を締結したこと、すなわちBがCのためにすることを示して意思表示をしたこと(99条1項)を主張することになる。
第三に、保証契約が書面によってされたこと(446条2項)である。保証契約は書面でしなければその効力を生じないから、書面性は保証契約の効力発生要件である。本件では、平成22年6月11日にA及びBが署名し、Bの署名にBがCの代理人である旨が示された書面が2通作成され、AとBが各1通を保持している。
第四に、契約締結時にBがCから代理権を授与されていなかったことから、AはCの追認(116条本文)を主張する必要がある。すなわち、平成22年6月15日、BがCに書面を示してその内容を説明し、Cがこれを承諾した上でAに電話して連帯保証人になることに異存はない旨を告げたことである。
なお、連帯保証人は催告の抗弁及び検索の抗弁を有しないから(454条)、Aは主債務者Bに対する催告や執行の事実を主張する必要はない。
2 無権代理行為の追認
Bは、平成22年6月11日の書面作成の時点でCから代理権を授与されていなかったから、BのAに対する意思表示は無権代理行為であり、原則としてCに対して効力を生じない(113条1項)。
しかし、本人が追認をしたときは、契約の時に遡ってその効力を生ずる(116条本文)。追認は無権代理行為の効果を自己に帰属させる意思表示であり、方式を問わない。
本件では、Cは、平成22年6月15日、Bから【事実】4の書面を示され、その書面に記されているとおりBの代金債務についてCが連帯して保証する旨の契約がされたこと及びCの追認を後日に得たいとAに告げたことの説明を受けた上で、Cを連帯保証人にする旨の契約をしたことを認めて欲しいとの要請を承諾し、さらにその場からAに電話をして連帯保証人になることに異存はない旨を告げている。これはCがBの無権代理行為の効果を自己に帰属させる意思を表明したものであり、追認にあたる。追認は相手方に対してしなければ相手方に対抗できないが(113条2項)、本件ではAに対して直接されているから、この点も問題はない。
したがって、AC間の連帯保証契約は、平成22年6月11日に遡って効力を生ずる。
3 446条2項の書面性
⑴ 問題の所在
もっとも、本件書面にはC自身の署名がなく、無権代理人Bが代理人として署名したものにすぎない。そこで、無権代理人が作成した書面であっても、本人の追認があることにより446条2項の書面性の要件を充たすかが問題となる。
⑵ 446条2項の趣旨
446条2項が保証契約について書面を要求する趣旨は、第一に、保証の意思及び保証債務の内容を書面により明確に確認させ、後日の紛争を防止すること、第二に、保証人となろうとする者に対し、書面という方式を通じて自己が重大な責任を負うことを自覚させ、軽率に保証をすることを防止して慎重な判断を促すことにある。保証は無償であり、保証人が現実の利益を得ないまま過大な責任を負う危険があるからである。
⑶ 有権代理の場合
有権代理の場合には、代理人が本人のためにすることを示して署名した書面によって書面性の要件が充たされると解される。この場合、本人は代理権を授与する際に保証の負担を引き受けるか否かを判断しているのであり、代理人が作成した書面によって保証の内容は明確に確認されるからである。すなわち、446条2項は、保証人本人が物理的に書面を作成することを要求するものではなく、保証の意思と内容が書面によって確認される契機が確保されることを要求するものと解すべきである。
⑷ 本件へのあてはめ
かかる理解によれば、無権代理人が作成した書面であっても、本人が当該書面の内容を確認した上でこれを追認したときは、書面性の要件を充たすと解すべきである。追認により無権代理行為は契約時に遡って本人に帰属し(116条本文)、その効果として、代理人が作成した書面も本人の保証契約の書面として遡って効力を有することになる。また、本人は追認に際して書面の内容を現に確認しているのであるから、保証の内容の明確化及び慎重な判断の要請も充たされる。
本件では、Cは、Bから書面を現に示され、その記載内容の説明を受けた上で、これを認めて欲しいとの要請を承諾しているのであり、自己が負担する保証債務の内容を書面により明確に認識した上で保証の意思を表明している。さらに、Cは自らAに電話をしてその意思を表明しており、軽率に保証をしたものとはいえない。したがって、446条2項の書面性の要件は充たされる。
⑸ 反対の見解
これに対し、446条2項が、保証人が自ら書面を作成するという行為を通じて保証の重大性を自覚させる趣旨であると解すれば、保証人の署名のない書面は同項の書面にあたらず、追認が口頭でされた本件では要式性が充たされないとの結論になる。追認についても書面を要求すべきであるとの見解である。
しかし、同項は「保証契約は、書面でしなければ」と定めるにとどまり、保証人の署名を要求していない。また、電磁的記録による場合も書面とみなされており(同条3項)、方式の形式性を過度に厳格に解する必要はない。本件のCのように、書面を示されてその内容を確認した者について保証の効力を否定することは、保証人保護を超えて、保証を信頼した債権者の地位を不当に害することになる。よって、前記の見解が妥当である。
4 結論
Aの主張は認められ、AはCに対し残代金4500万円の支払を請求することができる。
第2 設問2
1 Bの主張
Bは、Fに対し、賃貸借契約上の保管義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権(415条1項)として、Eに支払った報酬100万円相当額の支払を求めることが考えられる。
⑴ 保管義務違反
賃借人は、賃貸借契約の終了時に目的物を返還する義務を負う(601条)から、その反面として、契約期間中、賃借物を善良な管理者の注意をもって保管する義務を負う(400条)。この義務は、賃借物の物理的な現状を損なわないようにすべき義務を含む。
本件では、Fが発注した内装工事の際にHが誤って丙建物の一部に亀裂を生じさせ、平成24年2月末頃から丙建物の1階部分で雨漏りが発生するに至っている。丙建物に亀裂を生じさせて雨漏りを発生させることは、賃借物の物理的現状を損なうものであり、保管義務の客観的な違反にあたる。
⑵ 損害の発生及び因果関係
Bは、亀裂の修繕をEに発注し、平成24年3月20日に工事が完了したことから、報酬として100万円をEに支払った。この額は亀裂の修繕に要する工事の対価として適正なものである。したがって、Bには100万円の損害が生じており、これは亀裂の発生という保管義務違反から通常生ずべき損害(416条1項)である。
⑶ 帰責事由と履行補助者の行為
Fは、Hに内装工事を発注したにとどまり、F自身が亀裂を生じさせたわけではない。そこで、Fが、債務の不履行が自己の責めに帰することができない事由によるものであると主張しうるか(415条1項但書)、すなわち履行補助者の行為について債務者が責任を負うかが問題となる。
債務者が自己の債務の履行のために第三者を使用した場合、債務者は、その第三者を用いることによって自己の活動範囲を拡大する利益を得ているのであるから、その反面として、第三者の行為によって生じた不履行の結果を自ら引き受けるべきである。したがって、債務者が自らの判断で選任し使用した第三者の行為により債務不履行の結果が生じたときは、その不履行は「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰すべき事由によるものと評価される。
本件において、Hは、Fとは独立して内装業を営む事業者であるが、Fの賃借物保管義務の履行過程に取り込まれた者ではなく、むしろFが自己の営業のために賃借物に手を加える行為を補助した者である。しかし、賃借人が賃借物に工事を施す場合、その工事は賃借人の賃借物に対する管理の一環として行われるのであり、Fは、Hに相談し、Bから丙建物の設計図を取り寄せるなどしてHと共に内装の仕様及び施工方法を検討し、平成23年10月3日にHに工事を発注している。Hの選任及び工事内容の決定はFが主体的に行ったものであり、Fが賃借物の保管義務を尽くすべき領域内でHを用いたものといえる。したがって、Hの過失による亀裂の発生は、Fの責めに帰すべき事由によるものである。
2 Fの主張
⑴ Bの承諾による免責
Fは、Hに内装工事を行わせることについてBの承諾を得ていること(【事実】13)を理由に、Hの行為について責任を負わないと主張することが考えられる。賃貸人が自ら第三者の使用を承諾した場合には、その第三者の行為の危険を賃貸人が引き受けたとみる余地があるからである。
しかし、Bの承諾は、賃借人が賃借物に変更を加えること、すなわちFの検討結果の概要に従った内装工事を実施することについての承諾であって、工事の施工上の過誤による損害の危険までBが引き受ける趣旨のものではない。HはBが指定した者ではなく、Fが自ら相談して選任した者であり、工事はFがコーヒーショップとしての営業のために自己の費用で発注したものであって、その利益はFに帰属する。また、Bは内装の仕様及び施工方法について概要の説明を受けたにとどまり、施工の具体的方法を指示したものではない。したがって、Bの承諾はFを免責する理由とならない。注文者は請負人の第三者に加えた損害について責任を負わないのが原則であるが(716条本文)、本件はF自身が賃貸借契約上負う義務の不履行の問題であり、同条の適用場面ではない。
⑵ 賃貸人の修繕義務
Fは、賃貸人は賃借物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う(606条1項本文)から、亀裂の修繕費用はBが自ら負担すべきものであり、Fの損害ではないと主張することも考えられる。
しかし、同項但書は、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、賃貸人は修繕義務を負わないと定める。前記のとおり、亀裂はFの保管義務違反によって生じたものであり、Fの責めに帰すべき事由による。したがって、Bに修繕義務はなく、Bが修繕費用を終局的に負担すべき理由はない。なお、Bが現にEに修繕を発注したのは、丙建物の維持に支障が生じることを避けるためであり、その支出が無意味であったとはいえない。
⑶ 損害額
Fは、修繕の必要性や報酬額の相当性を争うことも考えられるが、報酬100万円は亀裂の修繕に要する工事の対価として適正なものであるとされているから、この主張は認められない。
3 他の法律構成
Bは、Fに対する請求の根拠として、不法行為に基づく損害賠償(709条)を主張することも考えられるが、亀裂を生じさせたのはHであり、F自身に過失があるとはいえない。Hは独立の事業者であってFの被用者ではないから、使用者責任(715条1項)も成立しない。また、BがEに修繕を発注したのは、Fの保管義務違反によって生じた亀裂を放置すれば丙建物の維持に支障が生じるためであって、Bが自己の利益のためにした行為であるから、事務管理(697条、702条1項)や不当利得(703条)の構成も適切でない。したがって、第一次的には債務不履行責任によるべきである。
なお、Bは、Hに対し、亀裂の発生について不法行為に基づく損害賠償(709条)を請求することもできる。Fの債務不履行責任とHの不法行為責任は、同一の損害についての不真正連帯債務の関係に立つ。
4 結論
Bの主張が認められ、FはBに対し100万円の損害賠償義務を負う。
第3 設問3
1 Gの必要費償還請求権
⑴ まず、Gは、Bに対し、Eに支払った報酬相当額30万円について必要費償還請求権(608条1項)を有することを主張すべきである。賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
⑵ 「賃貸人の負担に属する必要費」とは、賃貸人が負う修繕義務(606条1項本文)の範囲に属する費用、すなわち賃借物を契約に適合した使用収益が可能な状態に維持し又は回復するために必要な費用をいう。
本件では、平成24年9月初旬に大型で強い台風が襲い、丙建物の2階部分は暴風のため窓が損傷し、外気が吹き込む状態となった。そのままでは学習塾として児童や生徒に対し授業をすることにも支障が生ずるのであるから、窓の修繕は、丙建物の2階部分を学習塾として使用するという契約目的に適合した状態を回復するために必要な工事であり、Bの修繕義務の範囲に属する。損傷は台風という不可抗力によるものであって、Gの責めに帰すべき事由によるものではないから、606条1項但書の適用もない。
⑶ 賃借人が自ら修繕をなしうるかについて、改正民法は、賃借物の修繕が必要である場合において、賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき、又は急迫の事情があるときは、賃借人が修繕をすることができると明文で定めた(607条の2)。本件では、Gはすぐに状況をBに知らせようとしたがBの所在を把握することができず、他方、外気が吹き込む状態を放置すれば授業に支障が生ずる急迫の事情があった。したがって、Gが自らEに修繕を依頼したことは適法である。
⑷ Gは、平成24年9月8日にEとの間で報酬30万円で修繕を行う旨を約し、同月9日に修繕が完了したことから、同日、Eに30万円を支払った。この額は修繕に要する工事の対価として適正である。したがって、Gは、同日、Bに対する30万円の必要費償還請求権を取得し、608条1項により直ちにその償還を請求することができる。
2 【参考】判例の射程
⑴ Dは、【参考】判例に依拠し、抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする相殺をもって抵当権者に対抗することはできないと反論する。丙建物の抵当権設定登記は平成23年9月14日であり、Gの必要費償還請求権の取得は平成24年9月9日であるから、形式的には同判例の定式に該当する。
⑵ しかし、判例法理の射程は、当該事案の特徴に即して定められるべきである。【参考】判例の事案の特徴は、次の点にある。第一に、賃借人Rの自働債権は、賃貸借契約をいったん解約して賃料及び保証金を減額するという当事者の個別的な合意から生じた2820万円の保証金返還債務であり、賃貸借関係から当然に生ずる債権ではない。第二に、この債権を賃料債務と賃料支払期日ごとに対当額で相殺する旨の特別の相殺合意がされており、その実質は、賃貸人が賃料を3年間にわたり事実上免除したのと同じであって、抵当権者が把握していた賃料債権の価値を抵当権設定登記後の当事者の合意によって一方的に失わせるものである。第三に、したがって、賃借人の相殺に対する期待は、抵当権設定登記後に当事者が自ら作り出したものであり、抵当権の効力に優先させるに値しない。
同判例が「物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができる」として設定登記を基準時としたのは、まさにこのような設定登記後の合意による相殺の期待を保護しないという点に意味がある。
⑶ これに対し、本件の自働債権は必要費償還請求権である。この権利は、賃貸人が負うべき修繕義務を賃借人が代わって履行したことによる費用の償還を目的とするものであり、賃貸借関係に内在し、賃貸借契約の成立とともに発生の基礎が与えられている。608条1項が「直ちに」償還を請求できると定めているのは、賃借人が支出した必要費を賃料の支払において当然に清算することを予定した趣旨と解される。したがって、必要費償還請求権による相殺に対する賃借人の期待は、賃貸借契約の内容そのものに由来するものであって、抵当権設定登記後に当事者が人為的に作り出したものではない。
加えて、Gの支出は、抵当目的物である丙建物の損傷を修復し、その価値及び収益力を維持・回復するものであり、抵当権者Dの利益にも直接資する。Dは、Gが30万円を支出したことにより窓が修繕された丙建物から賃料を取得するのであって、その費用をGにのみ負担させることは、抵当権者が他人の費用により自己の担保価値の維持という利益を無償で享受する結果となり、公平に反する。かかる費用は本来抵当権の負担において清算されるべき共益的な性質を有するものである。
⑷ したがって、【参考】判例の射程は、抵当権設定登記後に当事者の合意によって創出された債権を自働債権とする相殺の場合に限られ、賃貸借関係に内在する必要費償還請求権を自働債権とする相殺には及ばないと解すべきである。
3 差押え前の相殺適状
さらに、Gは、本件では差押命令の送達前に相殺適状が生じていたことを主張すべきである。
【参考】判例自身、「物上代位権の行使としての差押えのされる前においては、賃借人のする相殺は何ら制限されるものではない」としている。これは、差押えによって初めて抵当権の効力が具体的に賃料債権を拘束することを前提とするものであり、差押え時点で既に賃借人が自働債権を取得し相殺をなしうる状態にあった場合には、その相殺の期待は現に存在する利益として保護されるべきである。差押えは、差押債権者が差押え時における債権の状態をそのまま把握するものであり、差押え時に存在した抗弁や相殺の利益を奪う効力を有しない。
本件では、Gの必要費償還請求権は平成24年9月9日に発生し、608条1項により直ちに弁済期が到来している。他方、差押命令がB及びGに送達されたのは同月21日である。受働債権である同年10月分の賃料債権の弁済期は同年9月25日であって差押え時には未到来であるが、受働債権の債務者であるGは期限の利益を放棄して相殺をすることができるから、差押え時点で相殺をなしうる状態にあったといえる。
したがって、本件は【参考】判例が相殺の制限を認めなかった差押え前に自働債権を取得した場合にあたり、GはDに対して相殺を対抗することができる。
4 賃料債権に付着した抗弁としての主張
以上に加え、Gは、より端的に、必要費償還請求権が賃料債権に付着した抗弁として物上代位権者に承継されると主張することも考えられる。すなわち、賃貸人の修繕義務と賃借人の賃料支払義務は賃貸借契約における対価的な関係に立つから、賃貸人が修繕義務を履行せず賃借人が代わって費用を支出した場合には、賃借人は、その償還を受けるまで同額の限度で賃料の支払を拒むことができる(533条の趣旨)。物上代位権を行使する抵当権者が取得するのは賃料債権そのものであり、その債権に内在する抗弁の制約を受ける以上、Dはこの抗弁に服する。
5 結論
Gは、①台風による窓の損傷の修繕はBの修繕義務の範囲に属し、急迫の事情の下でGがこれを行ったことにより30万円の必要費償還請求権(608条1項、607条の2)を取得したこと、②【参考】判例の射程は抵当権設定登記後の合意により創出された債権による相殺に限られ、賃貸借関係に内在する必要費償還請求権には及ばないこと、③本件では差押命令送達前に自働債権を取得し相殺適状が生じていたこと、を主張すべきである。これにより、GはDに対し、30万円を差し引いた60万円の限度で支払義務を負うにとどまる。
以上