司法試験 平成24年 民法
問題文
[民事系科目]〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕及び〔設問3〕の配点の割合は,3:4:3〕)
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
Ⅰ
【事実】1.Aは,店舗を建設して料亭を開業するのに適した土地を探していたところ,平成2年(1990年)8月頃,希望する条件に沿う甲土地を見つけた。
甲土地は,その当時,Bが管理していたが,登記上は,Bの祖父Cが所有権登記名義人となっている。Cは,妻に先立たれた後,昭和60年(1985年)4月に死亡した。Cには子としてD及びEがいたが,Dは,昭和63年(1988年)7月に死亡した。Dの妻は,Dより先に死亡しており,また,Bは,Dの唯一の子である。
2. Aが, 平成2年 (1990年) 9月頃, Bに対し甲土地を購入したい旨を申し入れたところ,Bは,その1か月後,Aに対し,甲土地を売却してもよいとする意向を伝えるとともに, 「甲土地は,登記上は祖父Cの名義になっているが,Cが死亡した後,その相続について話合いをすることもなくDが管理してきた。Dが死亡してからは,自分が管理をしている。」と説明した。Aが,「Bを所有権登記名義人とする登記にすることはできないのか。」とBに尋ねたところ,Bは,「しばらく待ってほしい。」と答えた。
3.AとBは,平成2年(1990年)11月15日,甲土地を代金3600万円でBがAに売却することで合意した。そして,その日のうちに,Aは,Bに代金の全額を支払った。また,同月20日,Aは,甲土地を柵で囲み,その中央に「料亭「和南」建設予定地」という看板を立てた。
4.平成3年(1991年)11月頃,Aは,甲土地上に飲食店舗と自宅を兼ねる乙建物を建設し,同年12月10日,Aを所有権登記名義人とする乙建物の所有権の保存の登記がされた。
そして,Aは,平成4年(1992年)3月14日から,乙建物で料亭「和南」の営業を開始した。なお,料亭「和南」の経営は,Aが個人の事業者としてするものである。
5.Aは,平成15年(2003年)2月1日に死亡した。Aの妻は既に死亡しており,FがAの唯一の子であった。Fは,他の料亭で修業をしていたところ,Aが死亡したため,料亭「和南」の営業を引き継いだ。乙建物は,Fが居住するようになり,また,同年4月21日,相続を原因としてAからFへの所有権の移転の登記がされた。
〔設問1〕 【事実】1から5までを前提として,以下の⑴及び⑵に答えなさい。
⑴ Fは,Aが甲土地をBとの売買契約により取得したことに依拠して,Eに対し,甲土地の所有権が自己にあることを主張したい。この主張が認められるかどうかを検討しなさい。
⑵ Fが,Eに対し,甲土地の占有が20年間継続したことを理由に,同土地の所有権を時効により取得したと主張するとき,【事実】3の下線を付した事実は,この取得時効の要件を論ずる上で法律上の意義を有するか,また,法律上の意義を有すると考えられるときに,どのような法律上の意義を有するか,理由を付して解答しなさい。
Ⅱ 【事実】1から5までに加え,以下の【事実】6から17までの経緯があった。
【事実】6.料亭「和南」は順調に発展し,名店として評判となった。そこで,Fは, 「和南」ブランドで,瓶詰の「和風だし」及びレトルト食品の「山菜おこわ」を販売することを考えるようになった。
7.まず,Fは,「和風だし」を2000箱分のみ製造し,二つの地域で試験的に販売することとした。そして,料亭「和南」とその周辺でF自らが1000箱分を販売するが,別の地域における販売は,食料品販売業者のGに任せることとし,FがGに「和風だし」1000箱を販売し,Gがそれを転売することとした。
8.「和風だし」は,一部に特殊な原材料が必要なことから,平成23年9月に製造する必要があった。しかし,試験販売の開始は,準備の都合上,平成24年3月からとされた。そこで,Fは,「和風だし」2000箱分を製造した上,販売開始時期まで,どこかに保管することを考えた。そして,甲土地のすぐ近くで,かつて質店を経営していたが,現在は廃業しているHならば,広い倉庫を所有しているだろうと考え,Hと交渉した結果,H所有の丙建物に,Fが製造した「和風だし」を出荷まで保管してもらい,これに対しFが保管料を支払うこととなった。
9.Fは,平成23年9月10日,Gとの間で,「和風だし」2000箱のうち1000箱をFがGに対し代金500万円で売却し,丙建物で同月25日にFがGに現実に引き渡す旨の契約を締結した。そして,平成23年9月25日,「和風だし」2000箱が丙建物に運び込まれ,そのうち1000箱がFからGに現実に引き渡された後直ちに,FとH,GとHは,それぞれ
【別紙】の内容の寄託契約を締結した。これらの結果,丙建物では,合わせて「和風だし」2000箱が保管されることとなった。
なお,平成23年9月25日までに実際に製造された「和風だし」は予定どおり2000箱分であり,それ以外には,「和風だし」は製造されていない。また,製造された「和風だし」
2000箱分は,種類及び品質が同一であり,包装も均一であった。
10.また,Fは,平成24年1月中には,料亭「和南」で飲食した顧客のために,お土産用「山菜おこわ」 の販売を始めることとし, 製造する 「山菜おこわ」 の保管場所につきHに相談した。
Hは,既に「和風だし」の寄託を受けて丙建物が有効活用されていること,さらに,丙建物にはなお保管場所に余裕があることから,Fの「山菜おこわ」を丙建物において無償で保管することをFと合意した。
11.Fは,平成24年1月に入ると,「山菜おこわ」の製造を開始し,同月10日,Hの立会いを得て,「山菜おこわ」500箱を丙建物に運び込んだ。
12.平成24年1月12日,Fは,これまで取引のなかった大手百貨店Qの本部から, 「山菜おこわ」をQ百貨店本店の地下1階食品売場で販売し,その評判が良ければ, 「山菜おこわ」をQ百貨店の全店舗の食品売場で販売したいとの申出を受けた。
13.Fは,平成24年1月16日,Qとの間で,丙建物に保管されている「山菜おこわ」500箱をFがQに対し代金300万円で売却し,これを同月31日に丙建物で引き渡す旨の契約を締結した。Fは,この売買契約が成立したことから,Qが「山菜おこわ」の販売を始めるまでは,これを料亭「和南」で販売しないこととした。
14.Fは,Q百貨店で「山菜おこわ」を取り扱ってもらえることになったことを大いに喜び,平成24年1月22日,たまたまHが料亭「和南」を訪れた際,「Q百貨店本店の食品売場に「山菜おこわ」を置いてもらえることになった。その評判が良ければ,Q百貨店は,全店舗で「山菜おこわ」を取り扱うことを申し出てくれている。「和南」の味を広める大きなチャンスだから張り切っている。」とHに話した。
15. ところが, 平成24年1月24日, 丙建物に何者かが侵入し, 丙建物内に保管されていた 「和風だし」2000箱のうち1000箱及び「山菜おこわ」500箱全てが盗取された。なお,丙建物に何者かが侵入することを許したのは,その日はHが丙建物の施錠を忘れていたためである。また,Fが,同月31日までに「山菜おこわ」500箱分を新たに製造することは不可能である。
16.Qにおいて,この盗難事件を受け,Fとの取引を進めるかどうかについて社内で協議したところ,Fの商品保管態勢が十分であるとはいえないとして,その経営姿勢に疑問が呈せられた。
そこで,Qは,平成24年2月1日,「山菜おこわ」500箱分の売買契約を解除すること及び「山菜おこわ」販売に関するFQ間の交渉を打ち切ることをFに通知した。
17.なお,【事実】16までに記載した以外には,丙建物に保管されている「和風だし」及び「山菜おこわ」について出し入れはなく,丙建物に侵入した者は不明であり盗品を取り戻すことは不可能である。
また,「和風だし」及び「山菜おこわ」を丙建物で保管する行為は商行為ではなく,Hは商人でない。
〔設問2〕 Gは,Hに対し,丙建物に存在する「和風だし」1000箱を自己に引き渡すよう求めている。これに対して,Hは,寄託された「和風だし」はFの物と合わせて2000箱であるところ,その半分がもはや存在しないことと,残りの1000箱全てをGに引き渡せば,Fの権利を侵害することとを理由に,Gの請求に応ずることを拒んでいる。このHの主張に留意しながら,Gのする「和風だし」1000箱の引渡請求の全部又は一部が認められるか否かを検討しなさい。
〔設問3〕 Fは,Hに対し,「山菜おこわ」を目的とする寄託契約の債務不履行を理由として損害賠償を請求しようと考えている。この債務不履行の成否について検討した上で,Fが, 【事実】16の下線を付した経過があったためQ百貨店の全店舗で「山菜おこわ」を取り扱ってもらえなくなったことについての損害の賠償を請求することができるか否かについて論じなさい。
【別紙】寄託契約書第1条寄託者は,受寄者に対し,料亭「和南」製「和風だし」1000箱(以下「本寄託物」という。)
を寄託し,受寄者は,これを受領した。
第2条1 受寄者は,本寄託物を丙建物において保管する。
2 受寄者は,本寄託物を善良な管理者の注意をもって保管する。
第3条1 受寄者が他の者(次項及び次条において「他の寄託者」という。 )との寄託契約に基づいて本寄託物と種類及び品質が同一である物を保管する場合において,受寄者は,その物と本寄託物とを区別することなく混合して保管すること(以下「混合保管」という。)ができ,寄託者は,これをあらかじめ承諾する。
2 前項の場合において,受寄者は,寄託者に対し,他の寄託者においても寄託物の混合保管がされることを承諾していることを保証する。
第4条寄託者及び受寄者は,寄託者及び他の寄託者が,混合保管をされた物について,それぞれ寄託した物の数量の割合に応じ,寄託物の共有持分権を有することを確認する。
第5条受寄者は,本寄託物に係る保管料を別に定める方法で計算し,寄託者に請求する。
第6条受寄者は,寄託者に対し,混合保管をされていた物の中から,寄託者の寄託に係るものと同一数量のものを返還する。
〔以下の条項は,省略。〕
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,料亭を営むための店舗を建設する適地を探していたAが,Bから甲土地を買い受けた後,その料亭の経営を継いだAの子であるFが,その製造した食品の一部を有償で,また他の一部は無償で寄託したが,それらの一部が盗難に遭ったという事例に関して,民法上の問題についての基礎的な理解とともに,その応用を問う問題である。具体的な事実を踏まえ,実体的な法律関係を理解して論述する能力,当事者間に成立した契約の内容を理解して妥当と認められる法律的帰結を導く能力及び具体的な事実を法的な観点から分析して評価する能力などを試すものである。
まず,設問1は,Fが甲土地の所有権を売買契約により取得した場合と,20年の取得時効により取得した場合について,Fの主張が依拠する民法の実体法規範とそれを支える実体法の考え方を正しく理解していること,そして,この理解を各小問で問われている内容に即して規範適用の要件,要件事実及び効果へと結び付けることができているかどうかを問うものである。
言い換えれば,設問1では,要件事実とその主張立証責任について平板に述べただけでは足りず,要件事実理解の前提となる民法の実体法理論について丁寧な分析と検討をし,これを踏まえて要件・効果面へと展開することが求められる。したがって,設問1は,要件事実の理解のみを問うものではなく,実体法の理解を前提とする要件事実の理解を試すものである。
小問(1)において,Fの主張は,①Bが甲土地の所有者であったことを前提として,②AB間の売買契約により,甲土地の所有権がBからAへと移転したこと,そして,③Aの取得した所有権が,A死亡による単独相続により,Aの相続人であるFに移転したことを基礎としたものである。本問事案で,Bの売却した甲土地は,Bが単独相続したDの相続したCの所有であったところ,Cの死亡により,甲土地につき,DとEによる共同相続が開始し,それぞれの法定相続分での遺産共有状態が生じている(民法第898条)。この遺産共有状態を解消し,甲土地をDの単独所有とするためには,このことを内容とする遺産分割がされなければならない(民法第906条以下)。ところが,DとEは,Cの遺産につき分割の協議をしておらず,遺産分割がされていない。そのため,Dは,甲土地につき,自己の法定相続分による持分権を有しているにすぎない。なお,このことは,Eについても,同様である。
そこで, Dを単独相続したBは, 甲土地につき, Dの相続分に対応する持分権しか取得せず,Bから甲土地を売買により取得したAも,Dの相続分に対応する持分権しか取得しない。なお,そもそもAB間での甲土地の売買契約の下で,Aは,Dの甲土地持分権すら取得しないとの考え方もあり得る。したがって,いずれにしても,Fの主張は,失当である。なお,小問(1)
は,民法第94条第2項の類推適用についての検討を求める問いではない。
小問 (2) は,民法第162条第1項の定める20年の取得時効を前提として,「AとBは,平成2年(1990年)11月15日,甲土地を代金3600万円でBがAに売却することで合意した」との事実が持つ法律上の意義を問うものである。ここでも,前述したように,民法の規範とそれを支える法理としての実体法理論についての分析及び検討をすることが求められ,これを基礎として上記事実の持つ意味についての解答が求められる。具体的には,①Aが甲土地をBとの売買契約により取得したことは,民法第162条第1項の「他人の物」の要件をめぐり,自己の物についても時効取得が可能であることに関して問題となること,②甲土地をAがBとの売買契約により取得したことは,所有の意思の要件,つまり自主占有の要件においても問題となること,③後者にあっては,甲土地をAが売買契約により取得したことは,Aの占有が所有の意思のある占有であることを基礎付ける事実(自主占有権原)となること,④所有の意思についての主張立証責任は民法第186条第1項によりEの側にあること,したがって,小問(2)に掲げられた事実は,Eが主張立証責任を負う所有の意思に関する事実(他主占有権原又は他主占有事情)につき,当該事実の存在を否認する事実として位置付けられることを理解することができているかどうかを問うものである。
なお,①については,法文で「他人の物」となっている以上,Aが売買によってBの有していた甲土地持分権を取得したという構成を採る場合には,①の点に関する民法法理をその理由とともに示すことは必須である。なお,AB間での甲土地売買契約により「甲土地の所有権」
をAが取得することが意図されているものの,「甲土地の持分権」をAが取得することは意図されていないと考えることも可能である。このように考える場合において,Aは,甲土地について何らの物権的権利も取得しない。その結果として,甲土地は,民法第162条第1項にいう「他人の物」に当たることとなる。
設問2は,契約書を正しく読み取った上で,契約条項をそのままの形で適用するのでは解決が困難である問題について,契約解釈などを通じて,十分な理由付けと論理一貫性の下に,適切な解決を導くことのできる能力を問うものである。
まず,添付の寄託契約書の第4条と第6条が,寄託されている物の数量が寄託された数量に不足する場合には,そのままの形では適用することができない可能性があることが指摘されるべきである。そして,その上で,補充的契約解釈などを行うことによって,妥当な内容の債権的な返還請求権を導き出し,又は契約では規律されていない場面であることを前提に物権的な返還請求権を考えることになる。
前者の債権的な返還請求権によるときは,なぜそのような契約解釈が可能であるかを丁寧に論じる必要がある。このときは,契約書の各条項の文言のほか,当該契約が全体としてどのような目的と理念を有するものであるかを考察するべきである。後者の物権的な返還請求権によるときは,寄託物の共有状態を正しく把握し,共有持分権者の権利はいかなるものであるかを丁寧に論じる必要がある。また,契約解釈は共有状態の理解によって影響を受け,他方,共有状態の理解も寄託契約によって定まるといったように,両請求権が相互に影響を及ぼすことも踏まえることも必要である。
そして,共有者の一方に引き渡されることは,他の共有者の権利を害しないかという問題を発見し,そのことにつき,一定の解決を示すことも必要である。
設問3は,無償の寄託契約において,受寄者に債務不履行があったために受寄物が盗難に遭い,その結果,寄託者が第三者との間における将来の取引に向けた交渉を打ち切られたという事例について,債務不履行に基づく損害賠償の要件を明確にし,【事実】に照らして要件との関係で検討すべき視点を提示した上で,受寄者が寄託者に対し損害賠償を請求することができるか否かの検討を求めるものである。
まず,FH間において,「山菜おこわ」を保管する旨の合意に基づき,丙建物に「山菜おこわ」500ケースが運び込まれることにより寄託契約が成立したこと(民法第657条) ,Hは, 無償受寄者として「自己の財産に対するのと同一の注意をもって, 寄託物を保管する義務」
(民法第659条)を負うこと,Hは,丙建物の施錠を忘れるという注意義務違反を犯した結果,丙建物に何者かの侵入を許したことを指摘した上で,Hには寄託契約上の保管義務違反という債務不履行(民法第415条)が認められることを明らかにする必要がある。なお,Hの注意義務の基準を検討するに際し,同じ丙建物内での「和風だし」の有償寄託契約が先行していることに着目し,Hは,「山菜おこわ」の寄託契約においても「善良な管理者の注意」義務(民法第400条)を負うと分析することも考えられる。
次に,Fが「Q百貨店の全店舗で『山菜おこわ』を取り扱ってもらえなくなったことについての損害賠償」を請求することができるかを検討するに当たっては,一方において損害賠償の要件を念頭に置き,他方において【事実】から読み取ることのできる法律上意味のある事情を汲みながら,考察のための視点を提示することが求められる。その際は,Fには賠償されるべき損害が発生しているといえるか,Hの債務不履行とFが被った損害との間に因果関係があるといえるか,Fの損害は民法第416条第2項に定める特別損害として賠償の範囲に含まれるかなどの着眼点のうち,一つ又は複数のものが提示され得るが,いずれのアプローチを採る場合であっても,問題の所在を適切に指摘し,【事実】との関連を意識しつつ考察の視点として取り上げることの意義を明らかにすることが肝要である。
その上で,提示された視点に【事実】を当てはめて,「損害の賠償を請求することができるか」という問いに答える形で結論を示す必要がある。【事実】の中には,とりわけ6,11,12,14,16が結論を導くために重要な法律上の意味を持ち,解答者が着眼すべき諸事情が含まれている。
解答に当たっては,これら諸事情の一部のみに焦点を当てたり,判例法理を形式的に当てはめたりするのでなく,【事実】に現れた諸事情に広く目を配り,慎重な考察を経た上で結論を示すことが求められている。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1⑴
1 Fの主張の構造
Fは、Aが甲土地をBとの売買契約により取得したことに依拠して甲土地の所有権が自己にあると主張するのであるから、その主張は、①甲土地がもとBの所有であったこと、②A・B間の売買契約(民法555条)により甲土地の所有権がBからAに移転したこと(176条)、③平成15年2月1日のAの死亡によりFがAを単独相続し(896条、887条1項)、甲土地の所有権がFに移転したこと、を要件事実とするものである。このうち①は、売主が目的物の所有者であったことであり、権利の承継取得を主張する者が主張立証責任を負う。
2 甲土地の権利関係
甲土地の登記名義人はCであり、Cは昭和60年4月に死亡した。Cの妻は先に死亡しており、子はD及びEの2名であるから、Cの死亡によりD及びEが各2分の1の割合で甲土地を共同相続した(887条1項、900条4号)。相続人が数人あるときは相続財産はその共有に属する(898条1項)から、甲土地はD・Eの遺産共有に属することとなった。
この遺産共有状態を解消して甲土地をDの単独所有とするには、その旨の遺産分割(906条以下)がされなければならない。しかし、本件では、B自身が「Cが死亡した後、その相続について話合いをすることもなくDが管理してきた」と説明しているとおり、D・E間で遺産分割の協議はされていない。Dが甲土地を事実上管理し、Dの死亡後はBが管理していたという事実は、遺産分割の存在を基礎付けるものではない。遺産分割は共同相続人全員の合意又は家庭裁判所の審判(907条)によるほかないからである。
したがって、Dは甲土地につき2分の1の持分権を有するにすぎず、昭和63年7月のDの死亡によりDを単独相続したB(Dの妻は先に死亡しており、BはDの唯一の子である)も、甲土地につき2分の1の持分権を取得したにとどまる。
3 Aの取得した権利
そうすると、Aは、Bとの売買契約によっても、Bが有していた2分の1の持分権を超える権利を取得することはできない。残りの2分の1の持分権は依然としてEに帰属する。
もっとも、A・B間の売買契約は、甲土地を代金3600万円で売却するというものであり、料亭の店舗建設用地を取得するというAの目的に照らしても、持分権ではなく甲土地の所有権全部を目的とするものであったと解される。そして、当事者が所有権全部の移転を意図していた以上、持分権の移転までが意図されていたとはいえないと解する余地もある。この立場によれば、Aは甲土地について何らの物権的権利も取得せず、本件売買は全部他人物売買(561条)となる。
4 結論
いずれの立場によっても、甲土地がBの所有であったという要件事実は認められないから、Fの主張は失当である。少なくとも、Eの有する2分の1の持分権に対してFが自己の所有権を主張することはできない。
第2 設問1⑵
1 問題の所在
20年の取得時効(162条1項)の要件は、①20年間の占有の継続、②所有の意思をもってする占有(自主占有)、③平穏かつ公然の占有、④他人の物であることである。【事実】3の「AとBは、平成2年11月15日、甲土地を代金3600万円でBがAに売却することで合意した」という事実が、これらの要件を論ずる上でいかなる法律上の意義を有するかが問題となる。
2 「他人の物」の要件との関係
まず、Aが売買によりBの有していた2分の1の持分権を取得したと解する立場によれば、甲土地のうち当該持分に対応する部分はAの「自己の物」となる。そこで、自己の物について取得時効が成立するかが問題となる。
162条が「他人の物」としているのは、取得時効が通常は他人の物について問題となることを示したにすぎず、自己の物の時効取得を排除する趣旨ではない。取得時効は、永続した事実状態を保護し、所有権取得の立証の困難を救済する制度であるから、所有権を有する者であっても、その取得を証明することが困難な場合には時効取得を主張しうると解すべきである。判例も、自己の物についても取得時効の援用を認めている。したがって、この立場においても取得時効の成立は妨げられない。
これに対し、前記のとおりAは甲土地について何らの物権的権利も取得しないと解する立場によれば、甲土地はAにとって全面的に「他人の物」であり、この要件は当然に充たされる。
3 所有の意思(自主占有)の要件との関係
⑴ 「所有の意思」とは、所有者としてふるまう意思をいうが、これは占有者の内心の意思によって判断されるのではなく、占有取得の原因である権原の性質によって客観的に定められる。内心の意思を基準とすれば立証が困難であり、法律関係が不安定となるからである。
したがって、売買は、目的物の所有権の移転を目的とする契約であるから、売買契約に基づく占有の取得は、その性質上、所有の意思のある占有、すなわち自主占有の権原(自主占有権原)となる。他方、賃貸借、使用貸借、寄託等に基づく占有は他主占有権原である。
⑵ もっとも、186条1項は、占有者は所有の意思をもって占有するものと推定するとしている。これは、所有の意思を要件とする取得時効を主張する者の立証の負担を軽減する趣旨の規定であり、法律上の推定である。
したがって、時効取得を主張するFは、所有の意思を基礎付ける事実を主張立証する必要はなく、占有の事実のみを主張立証すればよい。所有の意思を否定するためには、相手方であるEが、占有が他主占有権原に基づくこと(他主占有権原)、又は占有者が所有者であれば通常はとらない態度を示し若しくは所有者であれば当然とるべき行動をとらなかったこと(他主占有事情)を、抗弁として主張立証しなければならない。
4 【事実】3の下線部の法律上の意義
以上より、【事実】3の下線部が有する法律上の意義は、次のとおりである。
第一に、「他人の物」の要件については、Aが売買により持分権を取得したと解する立場では、自己の物の時効取得の可否という問題を生じさせる事実として意義を有する。
第二に、所有の意思の要件については、売買契約に基づく占有の取得という自主占有権原を示す事実として意義を有する。しかし、所有の意思は186条1項により推定され、Fがこれを主張立証する必要はないから、この事実はFの請求原因事実としての位置を占めるものではない。
第三に、したがって、同事実は、Eが抗弁として主張立証責任を負う他主占有権原又は他主占有事情の存在を否認する事実、すなわちEの主張する他主占有権原とは両立しない事実として、理由付否認を構成する点において法律上の意義を有する。本件でも、AがBとの売買契約により代金全額を支払い、平成2年11月20日に甲土地を柵で囲んで「料亭「和南」建設予定地」との看板を立て、平成3年11月頃には自己の名義で乙建物を建築したことは、所有者としての態度に合致するものであり、他主占有事情の不存在を裏付ける。
第3 設問2
1 混合保管による権利関係
FとH、GとHは、それぞれ【別紙】の内容の寄託契約を締結している。寄託契約は、当事者の一方が相手方のために物を保管することを約し、相手方がこれを承諾することによって成立する(657条)。
寄託契約書3条1項は混合保管を許し、同4条は、寄託者及び他の寄託者が、混合保管をされた物について、それぞれ寄託した物の数量の割合に応じ寄託物の共有持分権を有することを確認している。本件では、Fが寄託した1000箱とGが寄託した1000箱の合計2000箱が丙建物に混合保管され、2000箱は種類及び品質が同一で包装も均一であった。したがって、2000箱はF及びGの共有に属し、持分は各2分の1である。
2 寄託契約書6条の適用可能性
同6条は、受寄者は寄託者に対し混合保管をされていた物の中から寄託者の寄託に係るものと同一数量のものを返還すると定める。しかし、平成24年1月24日の盗難により「和風だし」2000箱のうち1000箱が失われ、残存は1000箱である。F及びGの双方に各1000箱を返還することは不可能であり、同条をそのままの形で適用することはできない。同4条も、寄託数量の割合に応じた共有持分を確認するものであって、寄託物の一部が滅失した場合の処理を定めていない。
3 補充的契約解釈
そこで、契約に定めのない事態について、当事者の合理的意思を探求して契約を補充的に解釈すべきである。契約の解釈は、契約書の文言のみならず、契約締結の経緯、当事者の属性、契約全体の目的及び理念を総合考慮して行う。
本件寄託契約は、同一の種類及び品質の物を複数の寄託者から受け入れ、これを区別せず混合して保管することにより保管の効率を図るものであり、その対価として、寄託者は個別の物に対する特定性を放棄し、寄託数量の割合に応じた共有持分を取得するという構造をとっている(同3条、4条)。かかる構造の下では、各寄託者は、混合保管に伴う利益を共に享受する反面、混合保管された物の一部が滅失した場合の不利益も、その持分割合に応じて平等に負担するのが当事者の合理的意思に合致する。先に返還を請求した者が全量の返還を受け、後れた者が全く返還を受けられないという結果は、同4条が持分の平等を確認した趣旨に反し、著しく不公平である。
したがって、寄託物の一部が滅失した場合には、各寄託者は、残存する物について、自己の寄託数量の割合に応じた数量の返還を請求しうると解すべきである。
4 物権的返還請求権による構成
仮に契約による規律が及ばない場面であると解する場合には、物権的返還請求権による構成が考えられる。この場合、残存する1000箱はF及びGが各2分の1の持分で共有する物である。
各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる(249条1項)。もっとも、共有者の一人が共有物全部の引渡しを受けることは、他の共有者の持分権を侵害する。そして、共有者の一人が共有物を占有する第三者に対し引渡しを求める場合であっても、自己の持分を超える部分について単独で引渡しを受ける権限はない。共有物の現物分割(258条2項1号参照)が可能な代替物であれば、持分割合に応じた数量の引渡しを求めることで足りる。
本件「和風だし」は、種類及び品質が同一で包装も均一な箱詰め商品であり、箱単位での分割が容易であるから、Gは、持分割合に応じた500箱の引渡しを請求しうる。
5 Hの主張の検討
Hは、寄託された「和風だし」はFの物と合わせて2000箱であり、その半分がもはや存在しないこと、残りの1000箱全てをGに引き渡せばFの権利を侵害することを理由に、Gの請求を拒んでいる。
前記のとおり、1000箱全部の引渡しを認めればFの持分権又は契約上の返還請求権を害することになるから、500箱を超える部分についてHの主張は正当である。他方、500箱の限度では、Gの請求を拒むべき理由はなく、Hの主張は理由がない。保管されていた物の一部が滅失したことは、H自身の保管義務違反(寄託契約書2条2項の善管注意義務。400条参照)に起因するものであり、Hがこれを理由に残存物の全面的な引渡拒絶を正当化することは許されない。
なお、Gは、引渡しを受けられない500箱分については、Hに対し保管義務違反による損害賠償(415条1項)を請求することができる。丙建物に何者かの侵入を許したのはHが施錠を忘れたためであるから、義務違反及び帰責事由は明らかである。
6 結論
Gの「和風だし」1000箱の引渡請求は、500箱の限度で認められ、その余は認められない。
第4 設問3
1 寄託契約の成立
寄託契約は、当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって成立する(657条)。平成24年1月、FとHは「山菜おこわ」を丙建物において無償で保管することを合意し、同月10日、Hの立会いを得て「山菜おこわ」500箱が丙建物に運び込まれた。したがって、FH間に無償の寄託契約が成立している。なお、改正前民法では寄託は要物契約と解されていたが、改正民法は諾成契約としたため、合意の時点で契約が成立する。本件では現実の引渡しもされているから、いずれにせよ契約の成立に疑いはない。
2 保管義務違反の有無
⑴ 無報酬で寄託を受けた者は、自己の財産に対するのと同一の注意をもって寄託物を保管する義務を負う(659条)。有償の受寄者が負う善良な管理者の注意義務(400条)に比して軽減された基準である。
⑵ もっとも、本件では、同じ丙建物について、先に「和風だし」の有償寄託契約が締結され、Hは保管料を受領している(寄託契約書5条)。「山菜おこわ」の無償保管は、丙建物が既に有効活用されており、なお保管場所に余裕があることを理由として合意されたものであって、有償寄託と場所及び管理態勢を共通にする。また、Hはかつて質店を経営し、他人の物を保管する業務の経験を有する者である。これらの事情に照らせば、Hは、「山菜おこわ」の保管についても、少なくとも「和風だし」の保管と同一の注意、すなわち善良な管理者の注意を尽くす旨の黙示の合意をしたものと解する余地がある。
⑶ いずれの基準によるとしても、倉庫の施錠は、保管を引き受けた者が当然に行うべき最も基本的な措置であり、自己の財産についてであれば当然に施錠するのが通常である。Hは平成24年1月24日に丙建物の施錠を忘れ、これにより何者かの侵入を許して「山菜おこわ」500箱全てが盗取された。したがって、Hには寄託契約上の保管義務違反があり、債務不履行(415条1項本文)が認められる。施錠の失念はH自身の不注意であるから、Hの責めに帰することができない事由によるものとはいえず(同項但書)、免責されない。
3 Q百貨店の全店舗での取扱いが失われたことについての損害賠償
⑴ 損害の発生
まず、Fに賠償されるべき損害が発生したといえるかが問題となる。Qの申出は、「山菜おこわ」をQ百貨店本店の地下1階食品売場で販売し、その評判が良ければ全店舗の食品売場で販売したいというものである。すなわち、全店舗での販売は、本店における販売とその評判という条件が充たされた場合に初めて実現するものであり、F・Q間にその旨の契約は成立していない。平成24年1月16日の売買契約は、本店向けの500箱分(代金300万円)に限られる。
したがって、全店舗での取扱いによって得られたであろう利益は、契約上の権利に基づくものではなく、将来の取引に向けた交渉が成功した場合に得られる期待にとどまる。その実現の確実性、取扱数量、販売期間、利益率はいずれも不明であり、損害の存在及び額を確定することは極めて困難である。
⑵ 因果関係
次に、Hの債務不履行とFの不利益との間の因果関係が問題となる。Qが交渉を打ち切ったのは、盗難事件を受けて社内で協議した結果、Fの商品保管態勢が十分であるとはいえないとして、その経営姿勢に疑問が呈せられたためである。盗難はHの施錠の失念に起因するものであり、F自身の保管態勢の不備によるものではない。もっとも、Fが自己の商品の保管をHに委ねたこと自体がQの評価の対象とされたのであるから、Hの債務不履行が交渉打切りの端緒となったという事実的な連鎖は認められる。
しかし、交渉を打ち切るか否かはQの自由な経営判断に属する事項であり、Qは盗難の原因や責任の所在を調査することなく、専らFの経営姿勢についての自己の評価に基づいて判断している。このように第三者の独自の意思決定が介在する場合には、債務不履行と結果との間に法的な因果関係を認めることは慎重でなければならない。
⑶ 賠償範囲(416条)
さらに、全店舗での取扱いが失われたことによる損害は、通常生ずべき損害(416条1項)ではなく、特別の事情によって生じた損害である。特別損害は、当事者がその事情を予見すべきであったときに賠償範囲に含まれる(同条2項)。
本件では、Fは、平成24年1月22日、Hに対し、「Q百貨店本店の食品売場に「山菜おこわ」を置いてもらえることになった。その評判が良ければ、Q百貨店は、全店舗で「山菜おこわ」を取り扱うことを申し出てくれている」と話している。盗難は同月24日であるから、Hは債務不履行の時点でQとの取引及び全店舗展開の可能性という事情を現に認識していた。したがって、予見すべきであったという要件自体は充たされる。
もっとも、Hが認識していたのは、全店舗での取扱いが本店での評判次第で実現しうるという不確実な可能性にとどまる。予見の対象が不確実な可能性である場合に、その可能性が実現したものとして算定した利益額の全部を賠償させることは、無償で保管を引き受けた受寄者に過大な負担を課すものであって、416条2項が賠償範囲を予見可能性により限定した趣旨に反する。無償寄託において受寄者の注意義務が軽減されていること(659条)も、賠償範囲の判断において考慮すべきである。
⑷ 結論
以上より、Fは、Q百貨店の全店舗で「山菜おこわ」を取り扱ってもらえなくなったことについての損害の賠償を請求することはできない。
4 請求しうる損害
これに対し、平成24年1月16日の売買契約が解除されたことにより、Fが得られなかった代金300万円から製造原価等を控除した利益は、保管義務違反により目的物が滅失した場合に通常生ずべき損害(416条1項)であり、Hは賠償義務を負う。また、盗取された「山菜おこわ」500箱自体の価値(製造費用相当額)も、寄託物の返還不能による通常損害として賠償の対象となる。さらに、Fは、Qの販売開始までは料亭「和南」で「山菜おこわ」を販売しないこととしていたが、この自主的な販売制限による不利益は、F自身の経営判断に基づくものであり、賠償範囲に含まれない。
以上