司法試験 令和7年 憲法
問題文
〔第1問〕(配点:100)
議会制民主主義においては、主権者である国民の意思を議会へ反映させる上で、議会の構成員となる議員を選出する選挙が重要な役割を果たしている。そこで、有権者が選挙に積極的に参加すること、また、候補者が自らの主張や公約等を有権者に対して十分に伝えられることが求められる。
20**年以降、我が国では投票率が低下し続け、研究者による有権者の動向調査では、近い将来、国政選挙の投票率が30パーセントを下回ると予想されている。このままでは、多数の有権者からの支持を受けていないという意味において、十分な民主的正統性を備えていない国会議員が恒常的に出現することとなる。これを受けて、人々の間では、結果的に議会制民主主義の危機ともいえる事態を招くのではないかとの懸念が共有されるようになった。そこで、この事態を回避するための積極的な施策の導入が模索され始めている。
また、候補者や政党が自らの主張や公約等を伝えるための選挙運動の一つとして、公職選挙法に定める街頭演説がある。街頭演説とは、例えば、候補者らが、のぼりを立てて街頭の一定の場所にとどまって演説したり、選挙運動用自動車等の上やその周囲で演説したりするものを指す。街頭演説では、聴衆が大声で声援を送ったり、ヤジを飛ばしたり、候補者や政党の主張や公約等に関する内容を記したプラカードを掲示したりすることがある。そうした行為の中には、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるような不穏当な行為もあったが、演説の妨害に至らない限り、これを処罰の対象とする法律の規定はなかった。20**年以降、そうした行為が頻発したことが社会問題化し、街頭演説の場で聴衆が遵守すべき新たなルールの設定を求める声が次第に強くなってきている。
以上のことを背景に、Xを含む超党派の国会議員は、主に以下のような内容を盛り込んだ公職選挙法の一部を改正する法律案の骨子(以下「本法案骨子」という。後掲【資料】を参照。)を用意した。
施策① 国政選挙における強制投票制度の導入
⒜ 国政選挙における投票を義務化する。
⒝ 国政選挙で連続3回にわたり不投票であった有権者の国政選挙権を、5年間停止する。
施策② 街頭演説における聴衆による不穏当な行為の禁止
街頭演説の際、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるような、聴衆による不穏当な行為を禁止する。
Xは、本法案骨子の憲法適合性について法律家甲に相談した。その際の甲とXとのやり取りは、以下のとおりであった。
甲:本法案骨子のうち、まずは施策①の⒜について伺います。国政選挙における投票を義務化すること自体の目的は、どのようなところにありますか。
X:本来、議会は、多数の有権者からの支持を受けた議員によって構成されるはずですから、国政選挙における昨今の低投票率現象は議会制民主主義の維持にとって極めて深刻な事態です。今後、更なるその事態の進行が懸念される中、国民主権の下で有権者が選挙権を行使することの重要性を人々に再認識してもらい、その権利の行使を促して国政選挙における投票率を上げることに主たる目的があります。
甲:多数の有権者が選挙に参加することで初めて議会の民主的正統性が確保されるという趣旨は理解できます。それを十分確保できないとなると、民主的統治の在り方全体に関わってくる問題となりますね。
X:はい。そこで、世界には投票の義務化で高い投票率を維持する国があることから、我が国でもその導入によって同様に投票率の向上が見込まれると考えました。
甲:そうですか。ただ、権利の行使を義務化するというのは人権論の視点からは異例なことです。
そこで、選挙権の性質や選挙の諸原則を踏まえつつ、まずは投票の義務化の憲法適合性について独立して検討します。
X:よろしくお願いします。
甲:次に、投票の義務化が仮に合憲であるとしても、施策①の⒝は、別途、検討する必要がありそうです。投票の義務化に当たり、選挙権の停止にまで踏み込んだ意図はどこにありますか。
X:選挙で漫然と投票を放棄する者は、議会制民主主義における選挙権の重要性を忘れている可能性があります。そこで、こうした制限により、人々が選挙権の重要性を再認識することを期待しています。
甲:選挙権を制限するこのような施策には、判例も踏まえた慎重な検討が求められます。特に、この制限が「選挙の公正」を確保することとどう関係するのかといった点に注目した方がよさそうです。
さて、別の質問です。我が国では、新聞各社の世論調査によると、「国政選挙において一定期間投票をしないと、その選挙権が停止されるとしたら、あなたは投票に行きますか。」という質問に対して、7割程度の人々が「行く。」との回答を示していますから、選挙権の停止は、投票率を上げる手法として効果がありそうです。もっとも、諸外国では、選挙権の停止ではなく、罰金を伴う強制投票制度を導入して90パーセント程度の高投票率を維持している場合が多く見られます。そうであるにもかかわらず、今回、罰金といった手法を採らないのはなぜですか。
X:罰金ですとペナルティとしての側面が強く出てしまいますし、また、罰金を払いたくないだけの無責任投票が増えるのではないかと考えたからです。さらに、選挙権の停止の方が、高い意識を持って投票に臨む契機になり、施策目的に、より合致すると判断しました。
甲:なるほど。その他、検討を行う上で注意すべきことはありますか。
X:高齢や障がい等を理由に投票に行けない方々の取扱いや、5年という停止期間の相当性は、当方で今後、検討します。ですから、これらの点は今回、甲さんに検討をお願いする対象から外していただいてかまいません。
甲:分かりました。次に施策②について伺います。この規制の意図はどこにあるのでしょうか。
X:選挙運動における街頭演説は、候補者等が、有権者に対して自らの主張や公約等をしっかりと伝えるための重要な手段です。しかし、大声での声援、ヤジ、プラカードの掲示等、一部の聴衆の不穏当な行為により、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなると、候補者は自らの主張や公約等を有権者に十分に伝えることができなくなります。そこで、施策②は、街頭演説において、場所と時間を限って、聴衆によるそのような不穏当な行為を禁止することで、演説をする側の利益を守ることを目的としています。これは、ひいては聞く側の利益を守ることにもつながります。なお、これは飽くまで選挙運動に関する規制であり、さらに、一定の場所や時間に限ったものであることを強調しておきます。
甲:国政選挙の候補者に対してメッセージを伝達する機会を聴衆から奪うという意味で、聴衆の表現の自由に対する過度な規制にならないかといった点を検討する必要がありそうです。
X:その点の十分な検討もお願いしたいです。
甲:さて、本法案骨子によれば、演説者が萎縮するのであれば、支援者が大声で声援を送る場合なども、この規制の射程に含まれるはずです。しかし、規制対象行為を聴衆が行った場合に当該行為者に対してその行為の中止命令を出すためには、街頭演説の主催者の要請に基づくことが必要です。このような仕組みでは、大声での声援等でも、街頭演説の主催者側が問題視しない場合については中止命令が出されないことから、実質的には候補者を支持しない聴衆のみが排除されるといったことにはならないのでしょうか。
X:どうでしょうか。支援者と反対者とがその場で言い争いを始め、それが演説を続けづらくなるような不穏当な行為に該当する場合には、両者に対して命令を出すことを主催者が要請することも考えられます。
甲:施策②では、罰則も用意されていますね。
X:はい。しかし、この施策が聴衆による一定の言動等に対する制約とも受け取られることを意識し、慎重な制裁の手順を用意しています。また、命令違反に対する罰金は5万円以下としていますが、これは公職選挙法の「選挙の自由妨害罪」が定める「4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」と比べると大分軽い刑罰です。
甲:分かりました。では、施策①及び施策②の憲法適合性について、判例その他を踏まえた専門的な検討をしたいと思います。
〔設問〕
あなたが検討を依頼された法律家甲であるとして、施策①及び施策②の憲法適合性について論じなさい。なお、その際には、必要に応じて、参考とすべき判例や自己の見解と異なる立場に言及すること。施策②の規制対象行為の不明確性及び過度広汎性については論じる必要はない。
【資料】
公職選挙法の一部を改正する法律案の骨子
第1 国政選挙における強制投票制度の導入
1 投票の義務化
衆議院議員及び参議院議員の各選挙(補欠選挙を含む。以下「国政選挙」という。)の選挙権を有する者は、国政選挙において投票をしなければならない。
2 国政選挙権の停止
国政選挙において連続3回にわたり投票をしなかった者は、当該3回目の投票日の翌日から5年間、国政選挙における選挙権を停止する(異なる二つ以上の国政選挙が同日に実施される場合、これを1回と数える。)。
第2 街頭演説における聴衆による不穏当な行為の禁止
1 選挙運動中の街頭演説の演説者から半径25メートル以内にいる聴衆は、街頭演説の主催者が指定する30分以内の間、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるような不穏当な行為をしてはならない。
2 1に指定する場所、時間内において、1に掲げる行為をした者に対しては、街頭演説の主催者の要請に基づき、選挙管理委員会(比例代表選挙の場合には中央選挙管理会、衆議院議員又は参議院議員の各選挙区選挙の場合には都道府県又は参議院合同選挙区の各選挙管理委員会をいう。)
が、当該行為の中止を命じ、それに従わなかった場合には当該場所からの退去を命じることができる。これらの権限は、選挙管理委員会によって街頭演説が行われる場所に派遣された者が、選挙管理委員会に代わって行使する。
3 2に掲げる退去命令に違反した者は、5万円以下の罰金に処する。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
1.本問は、前半が選挙権や自由選挙原則に関する規制、後半が表現の自由に関する規制で構成された架空の法案骨子を素材とするものであり、それぞれの規制の憲法適合性を問うている。これらの権利や原則は、議会制民主主義を支える上で重要なものであることから、本問では、そのことを理解しつつ、参照すべき判例を踏まえた論述が求められている。
2.施策①は、国政選挙における低投票率に対応するため、有権者に国民主権の下での選挙権行使の重要性を再認識させ、その権利行使を促して投票率を上げることを目的として、強制投票制度を導入するものである。具体的には、(a)投票を義務化し、(b)国政選挙で3回連続して投票を怠った者の国政選挙権を5年間停止する。このような施策は、議会制民主主義の根本に関わる問題であり、人権論のみならず統治機構論にも関係する。そのことを前提に、具体的には以下の論点の検討が求められる。
まず、施策①(a)の、投票の義務化をめぐる憲法適合性である。我が国では伝統的に任意投票制が採用されているが、投票の義務化が違憲かどうかについて憲法学説に理解の一致があるわけではない。選挙権(憲法第15条第1項等)の権利性を重視する、又は、自由選挙原則の中に任意投票(強制投票制度の禁止)を読み込む立場からは、投票の義務化の違憲性が説かれることが多い。他方、選挙権の公務性を重視する、又は、自由選挙原則に任意投票を含めない立場からは、投票の義務化の合憲性が説かれることが多い。まずはこうした相反する見解があることを踏まえた上で論述する必要がある。あわせて本問では、相当程度の低投票率が続くことで、議会制民主主義の根本を揺るがしかねない状態になるのではないかといった懸念から、本法案骨子が作成されていることに留意し、かようなひっ迫した状況に限っては強制投票制度の導入が正当化されるのかどうかについて考えるべきである。
次に、施策①(b)の、3回連続して投票を怠った者の国政選挙における投票権を一定期間停止することの憲法適合性である。憲法第15条第3項は、成年者による普通選挙の保障を定めており、選挙権の停止は強い権利制限になる。これについてはまず、選挙権を停止する制度自体の合憲性を論じることが必要である。そこで、そうした制限が許されるのかについて、何らかの判断枠組みに基づく審査が求められるが、ここでは一定の厳格性を備える判断枠組みを示した在外国民の選挙権行使制限訴訟の最高裁大法廷判決(最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁)が参照されるべきである。同判決は「自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許され」ないとしており、前段部分に該当すれば同判決が示す判断枠組みから除外される。そこで、本問ではまず、選挙で連続して投票を怠った者が、公民権停止を受けた選挙犯罪者等と同様に「自ら選挙の公正を害する行為をした者等」に該当するのかどうかを考える必要がある。そして、本問の制限対象者はそれに該当しないと考えるのであれば、続いて、同判決が示す「選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合」に当たるような「やむを得ない事由」が本件規制をする場合にあるのか否かの判断が必要となる。
本問では、低投票率のままの選挙では十分な民主的正統性が付与された代表者が確保できないのではないかという危惧が抱かれる中で、投票率を上げ、十分な民主的正統性を持つ議員を選出したいといったことが、選挙権を制限するきっかけとなっている。ここでは、このことと「選挙の公正」の確保とが結びつくのか、また、このことが選挙権の制限を正当化する 「やむを得ない事由」 になるのか、 といったことを丁寧に論じなければならない。 その際、罰金ではなく選挙権の停止という手段が採られていることに留意してほしい。
3.施策②は、選挙運動中の街頭演説で、演説者から半径25メートル以内の範囲では、30分以内の間、大声での声援、ヤジ、プラカードの掲示等、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるような、聴衆による不穏当な行為を禁止する。この規制は、聴衆によるメッセージの発信等を制止することから、憲法第21条第1項に定める表現の自由を制約する。以上を踏まえ、本件規制を検討するに当たっては、次の点に留意すべきである。
第1に、本件規制は、聴衆による意見表明に対する間接的・付随的制約なのか、それとも直接的制約なのか、という点である。本件規制の目的が候補者の主張や公約等を適切に伝える機会を確保し、自由で公正な選挙を実現することにあるとすれば、聴衆の表現行為を直接的に制約することを意図したものではないと評価される可能性がある。しかし、具体的には、聴衆による大声での声援、ヤジ、プラカードの掲示等を規制するのであるから、それは表現行為に対する直接的制約にもなり得る。
選挙運動規制をめぐる上記の間接的・付随的制約論は、戸別訪問禁止事件(最判昭和56年6月15日刑集35巻4号205頁)で見られるものの、この議論の下では、禁止により失われる利益と得られる利益との単純な比較較量がされやすく、あらゆる制約が広く合憲とされることになり得る。しかし、聴衆による上記行為が政治的表現の自由として考えられる以上、十分な理由もないままに緩やかな審査で規制が正当化されてよいのかどうかを含めた、丁寧な検討が求められる。
第2に、本件規制をめぐっては、一般的な表現の自由の規制立法ではなく、選挙運動におけるルールとしての側面を持つという議論を展開することも想定し得る。上記とは別の戸別訪問禁止事件(最判昭和56年7月21日刑集35巻5号568頁)での伊藤正己裁判官補足意見は、「選挙運動においては各候補者のもつ政治的意見が選挙人に対して自由に提示されなければならないのではあるが、それは、あらゆる言論が必要最少限度の制約のもとに自由に競いあう場ではなく、各候補者は選挙の公正を確保するために定められたルールに従つて運動するものと考えるべきである。」として、選挙運動規制には通常の表現の自由規制で用いられる厳格な基準が適用されないことを示す。本件規制も選挙運動中の行為規制であることから、このような選挙運動のルール論に依拠した判断枠組みを提示し、議論を進める方法もある。
第3に、本件規制は、内容規制であるのか、内容中立規制であるのか、といった区分も重要となる。本件規制は、法案骨子の文言上、一定の観点や主題を理由とした規制になっておらず、 内容中立規制のようにも見える。 しかし、 聴衆による不穏当な行為を制止することを、選挙管理委員会によって派遣された者に対して要請するのは、街頭演説の主催者である。この仕組みの下では、演説の主催者が、聴衆の示すメッセージの内容を不穏当なものだと判断しさえすればその要請ができることから、実質的には特定の内容を狙い撃ちした規制となり得る。こうした制度の立て付けと実質的効果との関係を踏まえた検討が求められる。
以上の各ポイントは、憲法適合性を判断する際の基準の設定に密接に関連していることから、ここでは本件規制の性質や態様について検討した上で、説得力ある判断枠組みを示し、具体的な審査をする必要がある。
その他、本件規制が正当化できるのかどうかを考えるに当たっては、この規制によって失われる利益がどのようなものであるのかについて十分に吟味することが求められる。本件では、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説が続けづらくなることで、ひいては他の聴衆が候補者等の主張や公約等を十分に聞くことができなくなるといったように、前者のみならず後者を含めた不利益の発生防止が強調される可能性はある。もっとも、 「選挙の自由妨害罪」
に該当するに至らない聴衆による行為をそれほどまでに規制しなければ候補者の主張や公約等の発信はできなくなるのか、を考えるべきである。さらに、本件規制では、一定の時間や距離を設けた上で制約を限定化しようとしているものの、特に30分以内の演説である場合には、演説全体にわたって聴衆の発言等を制限できることとなり、こうした規制の有効性や実質的な強さにも目を向けたい。
いずれにせよ施策②は、既述のように特定の見解に基づく言動のみを排除することが可能な仕組みとして運用できる制度になっている。そうなると、そもそも特定の見解が排除された街頭演説が、議会制民主主義を実現するための健全な選挙運動だといえるのか。こうした根本的な問いを十分に意識して議論を進めることが必要となる。
以上のようなポイントを踏まえた上で、施策②につき、総合的に検討することが求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 施策①⒜(投票の義務化)の憲法適合性
1 検討の前提
Xの依頼により、高齢や障がい等を理由に投票に行けない者の取扱い及び5年という停止期間の相当性は検討対象から外し、投票の義務化(⒜)と選挙権の停止(⒝)とをそれぞれ独立に検討する。
2 選挙権の性質と自由選挙原則
(1) 憲法15条1項は公務員の選定罷免権を国民固有の権利として保障し、同条3項は成年者による普通選挙を、同条4項は投票の秘密と「選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない」ことを定める。前文及び43条1項は代表民主制を採用しており、選挙権は国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として議会制民主主義の根幹をなす(在外国民選挙権訴訟・最大判平成17年9月14日)。
(2) 投票の義務化が合憲かについて学説の理解は一致していない。選挙権を専ら個人の権利と捉える立場や、15条4項後段を根拠に自由選挙原則の中に任意投票(棄権の自由)を読み込む立場からは、投票するか否かは有権者の自由な判断に委ねられるべきであり、その義務化は選挙権の自由権的側面を侵害し違憲であると説かれる。これに対し、選挙権には選挙人団という機関の構成員として公務を遂行する側面があると捉える立場(二元説)や、自由選挙原則は投票内容の自由と秘密を保障するにとどまり棄権の自由までは含まないとする立場からは、義務化は公務の遂行を求めるにすぎず合憲であると説かれる。
(3) 私見は次のとおりである。選挙権は権利としての側面を中核としつつ、公務としての側面を併有する。15条4項後段が責任を問われないとするのは「選択に関し」てであって投票すること自体に関してではないから、憲法が投票の義務化を一切禁止していると解することはできない。他方で、投票に行かないという不作為もまた現在の候補者や政治状況に対する一つの意思表明たり得るから、投票の義務化は、投票しない自由を含む選挙権の自由権的側面に対する制約に当たり、正当化を要する。もっとも、⒜は選挙権の行使を妨げるものではなく、むしろ行使を強制するものであるから、選挙権又はその行使の「制限」について厳格な枠組みを示した在外国民選挙権訴訟判決が直接妥当するわけではない。しかし、選挙権が議会制民主主義の根幹をなす権利であり、権利の行使を義務化することが人権論の視点から異例であることに照らせば、立法裁量を広く認めることはできず、目的が極めて重要であり、手段が目的達成のために必要かつ相当であることを要すると解する。
3 あてはめ
(1) 施策①の目的は、国政選挙の投票率が近い将来30パーセントを下回ると予想される中、国民主権の下で選挙権を行使することの重要性を人々に再認識させ、投票率を上げることにある。投票率が3割を切れば、多数の有権者の支持を受けていないという意味で十分な民主的正統性を備えない国会議員が恒常的に出現し、議会制民主主義の危機を招きかねない。民主的正統性の確保は統治機構の根幹に関わる極めて重要な利益であり、こうしたひっ迫した状況に限っては、本来望ましくない権利行使の義務化も例外的に正当化の余地がある。逆にいえば、投票率の低下が議会制民主主義の危機とまではいえない通常の状況下では、義務化の正当化は困難である。
(2) 手段についてみると、⒜は有権者に投票所に赴く義務を課すにとどまり、投票の内容については白票や無効票を投じることも含めて選択の自由と秘密が完全に保障されている。投票しないという意思表明も白票によって実質的に代替し得る。また、⒜自体は制裁を定めておらず、諸外国でも義務投票制により高投票率を維持する国が存在し、投票率向上との関連性は裏付けられている。したがって、⒜を⒝から切り離して独立に検討する限り、投票の義務化は必要かつ相当な手段であり、憲法15条1項、4項に反しない。
第2 施策①⒝(国政選挙権の停止)の憲法適合性
1 判断枠組み
(1) ⒝は、国政選挙で連続3回不投票であった者の国政選挙権を5年間停止するものであり、憲法15条3項が保障する成年者による普通選挙の原則及び同条1項の選挙権に対する最も強度の制限である。
(2) 在外国民選挙権訴訟判決は、「自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならない」とし、「そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえ」ないとした。これに対し、憲法47条が選挙に関する事項を法律に委ねていることを根拠に、選挙権停止の要件設定は立法裁量の範囲内であるとする見解もあり得る。しかし、同判決は47条の下でも選挙権の制限自体については立法裁量を認めず厳格な正当化を要求したものであり、本件でもこの枠組みによるべきである。
2 「自ら選挙の公正を害する行為をした者等」該当性
(1) 同判決の前段は、公職選挙法11条、252条が選挙犯罪により刑に処せられた者の選挙権を停止することを念頭に置いたものであり、「選挙の公正を害する行為」とは、買収、投票の偽造、選挙の自由妨害等、選挙の手続の適正・公平を直接侵害する行為をいう。
(2) Xは、漫然と投票を放棄する者は選挙権の重要性を忘れており制限に値すると主張する。しかし、投票をしないことは選挙の手続に参加しないというにとどまり、他の有権者の投票や選挙の手続の適正を何ら害するものではない。棄権が3回連続したとしても、それは選挙への無関心や不満の表れであって、選挙の公正を害する行為と評価することはできない。「等」の語を拡張して不投票者を含めることは、同判決が選挙権制限を原則として許さないとした趣旨を没却する。したがって、不投票者は「自ら選挙の公正を害する行為をした者等」に当たらず、同判決の判断枠組みから除外されない。
3 「やむを得ない事由」の有無
(1) まず、⒝の目的である投票率の向上及び議員の民主的正統性の確保が「選挙の公正」の確保と結び付くかが問題となる。選挙の公正とは、選挙が自由かつ公平な手続により行われ、その結果が有権者の真の意思を正確に反映することをいう。低投票率は選挙結果の民主的正統性の強さに関わる問題ではあるが、投票した有権者の意思が正確に反映されている限り、選挙手続の公正そのものが害されているわけではない。したがって、投票率の向上は選挙の公正の確保とは次元を異にする目的であり、同判決の枠組みの下では選挙権制限を正当化する事由として位置付けることが困難である。
(2) 仮に、議会制民主主義の危機を回避するという目的が選挙の公正に準ずる重要性を持つとしても、不投票者の選挙権を停止しなければ投票率を上げることが事実上不能ないし著しく困難であるとはいえない。
ア 第一に、諸外国では罰金を伴う強制投票制度により90パーセント程度の高投票率を維持しており、選挙権を停止せずとも目的は達成できる。Xは、罰金はペナルティの側面が強く無責任投票を増やすと反論する。しかし、選挙権の停止は罰金よりもはるかに重い不利益であって、ペナルティの側面が強いとの批判は停止により強く妥当する。また、⒜の下で白票や無効票が許される以上、制裁を避けるためだけの投票が生じ得ることは強制投票制度一般に伴う問題であり、停止という手段に固有の正当化にはならない。世論調査で7割の人が停止の下では投票に行くと答えた事実も、制裁一般の効果を示すにすぎず、罰金と比較した停止固有の必要性を示すものではない。
イ 第二に、投票率を上げて民主的正統性を高めるという目的のために有権者の数を減らすことは、目的と手段が背理している。停止された者は国政選挙に参加する機会を奪われ、議会は停止された者の意思を反映しないものとなるから、議会の民主的正統性はむしろ損なわれる。この背理は停止期間の長短にかかわらず生じるものである。
ウ 第三に、発動要件も過酷である。国政選挙には補欠選挙が含まれ、同日に実施される複数の選挙は1回と数えられるから、衆議院議員選挙、参議院議員選挙及び補欠選挙が相次げば、連続3回の不投票は比較的短期間で成立し得る。選挙への一時的な無関心や不満がただちに選挙権の喪失に結び付く仕組みであり、「人々が選挙権の重要性を再認識する」というXの目的に対して過剰である。
(3) これに対し、選挙権の公務性を重視し、連続して公務を放棄した者に対する一時的な資格停止は立法裁量の範囲内であるとする見解もあり得る。しかし、普通選挙の保障(15条3項)の下では、選挙権の制限は同判決が示すとおり原則として許されず、公務の放棄を理由に権利そのものを奪うことは、権利としての側面を中核とする選挙権の性質に反する。
4 結論
施策①⒝は、やむを得ない事由を欠き、憲法15条1項、3項に違反する。
第3 施策②(街頭演説における聴衆の不穏当な行為の禁止)の憲法適合性
1 制約される権利
街頭演説の場で聴衆が大声で声援を送り、ヤジを飛ばし、候補者や政党の主張や公約に関する内容を記したプラカードを掲示する行為は、候補者及び他の聴衆に対して自己の政治的意見を伝達する行為であり、憲法21条1項の保障する表現の自由、とりわけ自己統治の価値に直結する政治的表現の自由に当たる。施策②は、演説者から半径25メートル以内、主催者が指定する30分以内の間、これらの行為を禁止し、中止命令、退去命令を経て5万円以下の罰金を科すものであるから、聴衆の政治的表現の自由を制約する。
2 制約の性質と審査基準
(1) 直接的制約か間接的・付随的制約か
戸別訪問禁止事件(最判昭和56年6月15日)は、戸別訪問の禁止は意見表明そのものの制約ではなく、その手段方法のもたらす弊害を防止するための間接的・付随的な制約にすぎないとして、禁止により得られる利益と失われる利益との比較衡量により合憲とした。Xは、施策②の目的は候補者の主張を伝える機会の確保にあり聴衆の表現を制約する意図はないとして、同様の構成を主張することが考えられる。しかし、施策②が禁止するのは、声援、ヤジ、プラカードの掲示という聴衆の表現行為そのものであり、その表現が演説者に圧迫感を与えるという効果、すなわち表現の伝達力そのものを理由とする規制である。これを間接的・付随的制約と性質決定して単純な比較衡量に委ねれば、あらゆる表現規制が広く合憲とされかねない。施策②は聴衆の政治的表現に対する直接的制約と解すべきである。
(2) 選挙運動のルール論
戸別訪問禁止事件(最判昭和56年7月21日)の伊藤正己裁判官補足意見は、選挙運動は「あらゆる言論が必要最少限度の制約のもとに自由に競いあう場ではなく、各候補者は選挙の公正を確保するために定められたルールに従つて運動するものと考えるべき」であるとし、選挙運動規制には通常の表現規制の厳格な基準が適用されないとする。施策②も選挙運動中の行為規制であるから、このルール論に依拠して緩やかな審査を主張する立場もあり得る。しかし、ルール論は候補者等が公平なルールの下で競い合うという、選挙運動の主体に向けられた議論である。施策②の規制対象は候補者ではなく一般の聴衆であり、聴衆は候補者と対等なルールの下で競い合う立場にない。また、候補者の演説のみを保護しそれに対する聴衆の反応を抑止するルールは、候補者間の公平を確保するものでもないから、「選挙の公正を確保するために定められたルール」とはいえない。したがって、ルール論を聴衆の表現規制に及ぼすことはできない。
(3) 内容規制か内容中立規制か
施策②は、文言上「演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるような不穏当な行為」を禁止するものであり、特定の主題や観点を名指ししておらず、時・場所・方法に着目した内容中立規制のようにも見える。しかし、中止命令は「街頭演説の主催者の要請に基づき」発せられる仕組みであり、支援者の大声の声援を主催者が問題視することは通常考えられないから、実際に排除されるのは候補者に批判的な聴衆のメッセージに限られる。甲の指摘に対しXは「支援者と反対者とが言い争いを始め」た場合に両者への命令を要請することも考えられると答えるにとどまり、支援者のみの声援が規制されないことは否定していない。Xは、命令の権限を行使するのは選挙管理委員会が派遣した者であって、要請があっても「命じることができる」にすぎず派遣者が独自に判断するから、主催者の判断がそのまま規制になるわけではないと反論するかもしれない。しかし、派遣者は要請がなければ命令を発し得ないのであるから、規制の発動の契機は演説の当事者である主催者に独占されており、派遣者の判断は主催者が選別した聴衆についてのみ働くにすぎない。加えて、規制が及ぶ30分も主催者が指定するものであり、主催者は演説の最も重要な部分を選んで聴衆を沈黙させることができる。すなわち、施策②は、文言上は内容中立であっても、制度の立て付けにより実質的に特定の見解を狙い撃ちにする見解規制として機能する。
(4) 以上から、施策②は政治的表現に対する直接的制約であり、かつ実質的に見解に基づく規制であるから、その合憲性は、目的がやむにやまれぬ利益であり、手段が目的達成のために必要最小限度であることを要する厳格な基準によって審査すべきである。
3 あてはめ
(1) 目的
施策②の目的は、候補者等が有権者に主張や公約を十分に伝える機会を確保し、ひいては他の聴衆が候補者の主張を聞く利益を守ることにある。候補者の主張が聴衆に伝達されることは自由で公正な選挙の前提であり、目的の重要性は認められる。
(2) 手段
ア しかし、規制の必要性には疑問がある。演説を物理的に不可能にするような行為は、既に公職選挙法の選挙の自由妨害罪(4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金)によって処罰されている。施策②が対象とするのは「演説の妨害に至らない」行為であり、演説者が圧迫感を覚え萎縮するにとどまる行為である。候補者は公的な地位を求めて有権者に主張を訴える者であって、批判や反対の声に晒されることは選挙運動に当然伴うものであり、妨害に至らない聴衆の反応によって候補者の主張の発信が「できなくなる」とはいえない。
イ 規制の範囲と強さも過大である。半径25メートルは街頭演説の聴衆のほぼ全員を含み、主催者が指定する30分は、30分以内の演説であれば演説全体を覆う。この間、聴衆は候補者の面前で反対意見を表明する唯一の機会を奪われる。Xは、中止命令、退去命令、罰金という慎重な制裁の手順を用意し、罰金も5万円以下と軽いと強調する。しかし、退去命令は聴衆を演説の場から物理的に排除するものであり、聴衆は自己の意見を表明する機会のみならず、候補者の主張を聞く機会まで失う。退去命令に従わなければ刑罰に処せられる以上、萎縮効果は小さくない。
ウ さらに、主催者の要請に基づく発動の仕組みは、特定の見解のみを排除する運用を可能とする。候補者を支持しない聴衆のみが排除された街頭演説は候補者の一方的な主張の場となり、有権者が候補者の主張とそれに対する批判とを併せて聞いて判断するという、議会制民主主義を実現するための健全な選挙運動とはいえない。Xのいう「聞く側の利益」も、批判を排除した演説によっては十分に実現されない。
エ より制限的でない手段として、中止命令の要否を主催者の要請によらず現場の派遣者の客観的な判断に委ねること、規制対象を演説の継続を物理的に困難にする態様の行為(拡声器の使用、至近距離での連続的な大声等)に限定すること、刑罰を伴わない整理・誘導によることなどが考えられる。
(3) これに対し、選挙運動の時間と場所を限った規制であり立法裁量の範囲内であるとする見解や、内容中立規制として中間審査基準により重要な目的との実質的関連性を認める見解もあり得る。しかし、規制の実質が見解規制として機能する以上、たとえ中間審査基準によったとしても、主催者の要請を発動要件とする仕組みは、候補者の主張を伝える機会の確保という目的との実質的関連性を欠くというべきである。
4 結論
施策②は、憲法21条1項に違反する。
以上