司法試験 令和4年 憲法
問題文
[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
X県公立大学法人が運営する県立X大学では、かねてより、地域経済の振興に貢献する研究の推進・人材の育成に力を入れており、その中核となる組織としてA研究所を設置している。A研究所にはX大学の各学部の教員のうち、学部の推薦に基づき特に優れた研究業績があると認められた者が研究員として所属している。A研究所は、「地域経済の振興に資する研究活動を支援する」ことを目的に、研究員の申請に基づき、年100万円の研究助成金を交付する制度を設けている。研究員はこれまで全員が毎年研究助成金を交付され、そうした手厚い支援の下でそれぞれの専門分野の研究を行うとともに、その成果を踏まえた教育を各学部の教員として行ってきた。X県には有名企業の製造拠点が複数あり、地域経済の原動力となってきたことから、X県はそれらの企業に積極的な支援を行っており、A研究所においても、県の産業政策の根拠となる研究が進められてきた。
地域経済を研究しているX大学B学部教授Yは、A研究所に研究員として所属し、研究助成を受けて研究・教育に当たってきた。Yは、持続可能な地域経済の在り方を研究する中で、X県の自然環境をいかした農業や観光業などに力を入れていくことが必要であると考えるようになり、かかる観点から学術論文を積極的に発表するようになった。丁寧な実地調査とデータ分析に基づき地域経済の構造転換の必要性を主張するYの論文は、国内外の学界で高い評価を得た。
Yは、環境保護運動にも強く関与するようになり、地域で環境保護運動を進める団体Cを設立して、自らその代表となった。団体Cは、X県の自然環境の保全を訴え、工業団地への企業誘致などX県が進めてきた産業政策を、環境を犠牲に産業振興を図っているなどとして批判する活動をも展開していた。著名な研究者であるYによるこうした活動は、広く社会的な注目を集めた。Yはまた、研究成果を発信するためにA研究所のサーバー上に開設している自身のウェブサイト「Y研究室」
において、団体Cの活動を記録した動画と、X県の産業政策に対する批判的なコメントを掲載した。
動画には、Yを含む団体Cの構成員が、X県の産業政策の推進に熱心な県議会議員Dらと県庁前で激しく口論する様子や、Yが、環境保護に熱心に取り組む県議会議員らと団体Cの集会で対談する様子などが含まれていた。
202*年、団体Cは、自己の資金を用いて、学生や一般市民を読者として想定した、X県における環境保護の必要性を訴えるブックレット『持続可能な地域社会の未来に向けて―今こそ政策を転換すべきとき』を刊行した(以下「ブックレット」という。)。ブックレットでは、編者であるYのほか、X県各地で活動する団体Cの構成員らもそれぞれ一章を担当し、それぞれの活動を紹介するとともに、X県の産業政策を厳しく批判する論考を執筆していた。X県を中心に発行されている地方紙は、ブックレットについて、「持続可能な社会の在り方を考える上で貴重な学問的示唆を含んでいる」との好意的な書評を掲載した。
Yは長年にわたり、B学部の必修科目である「地域経済論」の講義を担当し、地域経済の経済学的分析を行ってきたが、202*年度前期の講義では、ブックレットを教科書として使用し、毎回の講義にブックレットの共著者をゲストとして招いた。また、Yは、講義の中で、再三にわたり団体Cへの加入を勧め、加入申込書の配布なども行った。さらに、期末試験では、ブックレットの章の一つを選んで学術的観点から検討せよ、という出題を行った。
このようなYの活動に対して、公務員ではないとはいえ県立大学の教員としてふさわしくないといった強い批判が学内の一部の教員からなされるようになった。X県議会でも、Dなど一部の議員から、Yの活動を問題視する発言がなされた。さらに、202*年12月、X大学の経営の重要事項を審議するX大学経営審議会において、地元経済界出身の委員から、特定の議員らと連携して県の産業政策を批判する教員の活動に研究助成を行っているのは県立大学として問題ではないかという、明らかにYを念頭に置いたと思われる発言がなされた。これに対して、A研究所長である教授Eは、特定の政策への批判は研究者としてあり得ることだが、県費を原資とする研究助成金が学外での政治活動にも用いられているとすれば問題であるから、研究助成金が適正に用いられているかどうかについては精査したいと応答した。
経営審議会の後、Eを委員長とするA研究所の運営委員会が開催され、次年度の研究助成金の交付について審議された。Yに対しては、過去数年にわたり研究助成金が助成の趣旨に適合しない形で使用されており、次年度についてもYが提出した申請書では同様の支出が想定されるとの理由で、運営委員会は助成金を交付しないことを決定した。不交付決定の通知を受けたYは、助成が認められなければ次年度の研究活動に重大な支障が生じる、自分が助成を得て行ってきた研究活動は全て「地域経済の振興に資する研究活動を支援する」という助成の趣旨に沿ったものである、A研究所ではこれまで研究員に研究助成が認められなかった例はなく、優れた成果を上げてきた自分に対してだけ助成が認められないのは到底納得できないなどと述べ、Eに対して詳しい説明を求めた。Eは、経営審議会での指摘を受けて運営委員会がYについて過去数年の支出を精査したところ、その結果、ウェブサイト「Y研究室」の運営の委託及び実地調査のための国内各地への出張に研究助成金の3分の2以上が支出されているが、ウェブサイトは研究成果の発信のほかにYの政治的な意見表明や団体Cの活動のためにも利用されていること、また出張に際しては、Yが、団体Cと連携して活動している各地の団体に聞き取り調査を行うだけでなく、それらの団体が主催する学習会でX県の産業政策を批判する講演を無報酬で行っていることが明らかになった、と述べた。そしてEは、いずれもが助成対象となる研究活動とは認め難いものであったので、研究助成の趣旨に適合しない同様の支出が想定される次年度については、助成金を交付しないこととした、と説明した。
また、Yが202*年度前期に担当した「地域経済論」の成績評価に対して、団体Cに加入した学生がいずれも「S」の最高評価を得ている一方で、期末試験の答案でブックレットの内容を批判した学生の多くが不合格の評価を受けている、この科目の単位を取得しなければ卒業できないのにこのような評価では納得できないなど、成績評価が著しく不公正であるという異議の申立てが、同科目を履修した学生からなされた。202*年の翌年の1月、B学部教授会は、学部長FらによるYに対する事情聴取や答案の調査の結果を踏まえ、異議申立てについての審査を行った。教授会では、事情聴取に際し、Yが、「大学生は十分な批判能力を備えているので、高校までの授業とは異なり大学では講義内容などについて教員に広い裁量が認められており、成績評価もその中に入るはずだ。」、「ブックレットの論考はいずれも私の研究を踏まえた学問的な根拠に基づくものであって、それを十分な理由を示さず批判している答案は評価できない。」、「団体Cへの加入勧誘は何ら強制を伴っておらず、社会問題に関心の高い学生が自発的に加入しただけである。そうした意識の高い学生が、結果として優れた答案を書き高い評価を得たのは自然なことである。」、「大学が実施した今年度の授業評価で6割以上の学生が私の講義について5段階評価で4以上の評価をしていることは大学も承知しているはずだ。」などと述べたことが報告された。続けてFからは、期末試験の答案の調査により、ブックレットの内容を批判した答案の成績評価が全体として著しく低いことが確認され、学術的観点からなされるべき大学の成績評価として著しく妥当性を欠くと判断されるとの説明があった。Fは、B学部教授会の議を経て、「地域経済論」の不合格者の成績評価を取り消し、別の教員が不合格者を対象とした再試験を行い、それにより成績を評価することを決定した。
Yは、研究助成金の不交付決定(以下「決定①」という。)及び「地域経済論」の不合格者の成績評価を取り消し、他の教員による再試験・成績評価を実施するとの決定(以下「決定②」という。)
のいずれにも納得できないとして、X大学長Gと面会した。面会には、A研究所長EとB学部長Fも同席した。決定①及び決定②は政治的圧力による不当な決定であり、大学に撤回を求めるとするYに対して、Gは、E・Fとともに、決定①及び決定②は大学としての決定である、大学の一員である以上、研究・教育の内容や方法について大学の自主的な決定に従うのは当然である、と述べた。
YはGの説明に納得せず、自分が依頼した弁護士も同席の上で、再度話合いの場を設けることを要求すると告げた。
〔設問1〕
X大学長Gは、X県公立大学法人の顧問弁護士Zに対して、Yとの再度の話合いに応じるつもりだが、大学としては憲法を踏まえてできるだけ丁寧な説明を行いたい、と相談した。あなたがZであるとして、X大学の立場から、決定①及び決定②それぞれについて、次回の面会においてどのような憲法上の主張が可能かを述べなさい。
〔設問2〕
〔設問1〕で述べられた憲法上の主張に対するYからの反論を想定しつつ、あなた自身の見解を述べなさい。
なお、〔設問1〕及び〔設問2〕とも、司法権の限界については、論じる必要がない。また必要に応じて、参考とすべき判例に言及すること。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕
1. 本問は、 大学の自治と学問の自由との関係、 学問の自由の射程とその制約の可否について、問うものである。学問の自由については、学問研究の自由、研究発表の自由、教授の自由が含まれることについても、留意する必要がある。
決定①については、大学が進める研究方針に基づく研究助成の趣旨に合致しないことを理由とした、学問研究の自由の制約が問題となる。決定②については、大学の成績評価として著しく妥当性を欠くことを理由とした、教授の自由の制約が問題となる。決定①、決定②の双方について、大学が研究・教育の内容や方法に関し大学の自治に基づきどこまで自律的に決定できるのか、学問研究と関連する社会的活動にどこまで学問の自由の保障が及ぶのか、特定の見解(観点)に基づく差別的取扱いがなされていないかなどの論点に留意しつつ、議論を組み立てる必要がある。
2.設問1では、X大学の側から、決定①、決定②が正当であることを基礎付ける憲法上の主張を検討することになる。大学が研究・教育の内容や方法に関し広い裁量権を有していると主張するだけでなく、X大学が大学の自治の主体となり得ることを踏まえ、そうした裁量権を憲法から基礎付けることが求められる。
判例(東大ポポロ事件、最判昭和38年5月22日刑集17巻4号370頁)は、大学の学問の自由と自治は、大学が学術の中心として深く真理を探求し、専門の学芸を教授研究することを本質とすることに基づくから、直接には教授その他の研究者の研究、その結果の発表、研究結果の教授の自由とこれらを保障するための自治とを意味する、と指摘している。
判例は、 大学の自治の内容として、 研究者の人事、 大学の施設・学生の管理を挙げているが、判旨を踏まえれば、さらに、大学が、個々の教員の研究・教育の自由に配慮しつつも、大学としてどのような研究に重点を置くかを決定したり、講義や成績評価が適切な範囲でなされているかを判断したりするなど、 研究・教育の内容や方法について自律的に決定することも、大学の自治の内容を構成すると論じることは十分に可能であろう。
3.決定①をめぐっては、Yが、A研究所からの研究助成金を用いて研究所のサーバー上に開設しているウェブサイトに、YやYが主宰する団体Cの政治的な性格を持った活動の様子を記録した動画を掲載していること、また、研究助成金を用いた調査のための出張に際し政治的な内容を含む講演を行ったことの評価が、問題となる。
X大学の側からは、まずは、(a)Yによるこうした活動は、学問の自由として保障される学問研究や成果発表の範囲を超えた社会的活動であって学問の自由の保障を受けない、といった主張をすることが考えられる。さらに、(b)これらが学問研究や成果発表と関連し学問の自由の保障を受けるとみる余地があるとしても、地域経済の振興に資する研究活動を支援するという研究助成金の趣旨に適合せず、また、(c)Yは他の研究資金を得るなどして研究活動を継続することも可能であるから、研究活動に対する制約も軽微であるなどと主張することもできよう。
決定②をめぐっては、Yが、地域経済論の講義において、ブックレットの執筆者である団体Cの構成員をゲストとして招くとともに、学生に対して団体Cに加入するよう勧誘したこと、また、期末試験において、自身が主宰する団体Cに加入した学生にいずれも高い評価を与える一方、ブックレットの内容を批判した学生の多くに不合格の評価を行ったことが、問題となる。
X大学の側からは、まずは、(d)大学教員には教授の自由が保障されるが、成績評価は教員が全く自由になし得るわけではなく、また教授の自由に基づき授業内容だけでなく成績評価をめぐる裁量が認められるとしても、大学は大学の自治に基づき教育の内容・方法を自律的に決定することができ、教授の自由も大学が定める教育目的や科目編成等の方針の範囲内で行使されるべきものであるといった主張を行うことになろう。その上で、(e)Yによる成績評価は、政治的観点に強く影響されており、学術的観点からなされるべき成績評価の範囲を明らかに逸脱していること、(f)地域経済論は必修科目であり、以上のような不適切な成績評価により不合格となった学生の不利益が極めて大きいこと、などを主張することができよう。なお本問では、司法権の限界について論じる必要はないが、この分野において、単位認定や専攻科修了認定について判断した判例(最判昭和52年3月15日民集31巻2号234頁、最判昭和52年3月15日民集31巻2号280頁)の考え方は、学生の不利益の大きさを論じる上で参考になろう。
4.設問2では、まずは、Yの側からの憲法上の主張を検討することになる。決定①をめぐっては、 (ア)Yのような社会科学分野の研究者にとっては学問研究と研究成果に基づいた社会的活動を切り離すことは困難である、 (イ)学問研究と切り離すことができない活動を記録した動画を研究所のサーバー上のウェブサイトに掲載したこと、調査のための出張に際し交流のある団体の集会で講演を行ったことは、いずれも研究の自由や成果発表の自由に含まれる、 (ウ)決定①は翌年度に予定されていた研究活動を困難にするもので、研究活動の自由に対する重大な侵害に当たる、 (エ)決定①は経営審議会での学外委員の発言を考慮してなされたもので、X県の産業政策を批判するという特定の見解に着目してYの研究を差別的に取り扱うものである、といった主張が考えらえる。
決定②をめぐっては、 (オ)教授の自由は教育の内容・方法の決定及び成績評価の自由を含み、そうした自由の行使について大学では教員に広い裁量が認められる、 (カ)講義も成績評価も研究成果に基づきなされている、 (キ)X県の産業政策を批判する見解に対する否定的な立場から、団体Cに加入した学生への高い評価やX県の政策をめぐるYの主張に批判的な学生への低い評価を問題視し、Yの教授の自由を制約するものである、といった主張が考えられる。
5.以上のようなYの主張を踏まえ、設問1でのX大学の主張も考慮しつつ、決定①、決定②について自説を展開することになる。
Yの主張のうち、決定①に関わる(ア) (イ)については、X大学側からの(a)(b)の主張も踏まえつつ、社会科学分野の研究者にとっては研究活動と社会的活動とを切り離すことが難しい場合もあることを考慮して、学問の自由の保障範囲を見定め、その制約の当否を論じる必要がある。決定②に関わる(カ)についても、X大学側からの(d)の主張を踏まえ、同様に論じる必要がある。
また、決定①・決定②の双方について、X大学が大学の自治の主体であることにも意識しつつ、学問の自由の制約を論じなければならない。県立大学であるX大学を公権力としてのみ捉え、公権力が精神的自由である学問の自由を侵害しているとして厳格な判断基準を導くといっただけの形式的・図式的な議論では不十分であろう。行政機関とは異なり、大学が研究・教育の内容や方法について自律的に決定し得ること、本来は学問の自由の保障のために認められる大学の自律性に基づく決定が、個々の研究者の学問の自由と対立する側面があることにも、留意しなければならない。
決定①に関する(ウ)については、学問の自由を論じる際には、今日の社会では研究者は学問の自由が保障された大学のような機関に所属しその支援を受けなければ研究の継続が難しいという点にも留意してほしい。その上で、X大学側からの(c)の主張も踏まえつつ、決定①がYの研究にとってどの程度の制約となるのかを慎重に見極める必要があろう。
決定②に関する(オ)については、判例(旭川学テ事件、最判昭和51年5月21日刑集30巻5号615頁)が、普通教育とは異なり、大学教育の場合には、学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられると指摘していることが参考になろう。Yが教育の内容・方法の決定や成績評価について広い裁量を有していることを踏まえつつ、X大学側の(e)(f)の主張にも留意して、 学問の自由と社会活動の関係や学生の不利益にも配慮しながら、決定②の妥当性を検討することになろう。
(エ) (キ)については、事案も踏まえつつ、見解(観点)に基づく差別的な取扱いがなかったかを検討することになる。表現の自由をめぐる見解(観点)規制に準じて考えることができよう。研究助成という仕組みにおいては大学の裁量が認められるとみることもできるが、これまで研究員全員に一律に研究助成金が配分されてきたことにも留意し、決定①について検討する必要があろう。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1(X大学の立場からの主張)
1 前提——X大学は大学の自治の主体である
学問の自由(憲法23条)は、学問研究の自由、研究発表の自由及び教授の自由を含み、大学については、これらを保障するための制度的保障として大学の自治が認められ、研究者の人事、大学の施設及び学生の管理についての自治が保障される(東大ポポロ事件・最大判昭38.5.22)。
同判例が、大学の自治は大学が学術の中心として深く真理を探求し専門の学芸を教授研究することを本質とすることに基づくとする趣旨に照らせば、大学の自治の内容は上記三点に限られない。大学が、個々の教員の研究・教育の自由に配慮しつつも、大学としてどのような研究に重点を置くかを決定し、また講義や成績評価が学術的に適切な範囲でなされているかを判断するなど、研究・教育の内容及び方法について自律的に決定することも、大学の自治の内容を構成する。
X大学は、X県公立大学法人が運営する大学であり、学術研究・教育を本質とする機関として、自ら大学の自治の主体となる。したがって、決定①及び決定②は、X大学が公権力としてYの自由を一方的に制約したものではなく、大学の自治に基づく自律的決定として憲法上の根拠を有する。
2 決定①について
(1) まず、Yが研究所サーバー上のウェブサイトに団体Cの活動記録動画やX県の産業政策への批判的コメントを掲載し、出張先で団体主催の学習会においてX県の産業政策を批判する講演を行った行為は、学術的な研究及びその成果の発表ではなく、環境保護運動という社会運動・政治活動そのものである。県議会議員Dらと県庁前で激しく口論する様子の動画や、議員との対談の動画は、学術的知見の発表とは無関係である。よって、これらは23条の保障する学問研究の自由・研究発表の自由の範囲を超えた社会的活動であって、学問の自由の保障を受けない。
(2) 仮にこれらに23条の保障が及ぶ余地があるとしても、A研究所の研究助成金は「地域経済の振興に資する研究活動を支援する」ことを目的とする制度であり、どの研究活動に県費を原資とする助成を行うかは、大学がどのような研究に重点を置くかという大学の自治の中核に属する判断である。助成金の3分の2以上が、政治的意見表明にも用いられているウェブサイトの運営委託と、政治的講演を伴う出張に充てられていたのであるから、不交付は助成の趣旨に適合しない支出を排除する合理的判断である。
(3) さらに、不交付は、Yの研究内容そのものを禁止するものではなく、公的資金による援助を与えないという給付の拒否にすぎない。Yは他の研究資金を獲得して研究を継続することが可能であり、研究活動に対する制約は軽微である。
3 決定②について
(1) 大学教員には教授の自由(23条)が保障されるが、成績評価を教員が全く自由になし得るものではない。教授の自由も、大学が自治に基づき定める教育目的・科目編成等の方針の範囲内で行使されるべきものであり、大学は、成績評価が学術的観点から適切になされているかを審査し、是正する権限を有する。
(2) Yの成績評価は、自ら主宰する団体Cに加入した学生に一律に最高評価「S」を与え、他方でブックレットの内容を批判した答案の評価が全体として著しく低いというものであった。これは学生の学問的な批判能力・分析能力ではなく、Yの政治的立場への同調の有無を基準とするものであり、学術的観点からなされるべき成績評価の範囲を明らかに逸脱する。講義中に再三団体Cへの加入を勧め加入申込書を配布した行為も、教育の名を借りた政治的動員である。
(3) 「地域経済論」はB学部の必修科目であり、単位を取得しなければ卒業できない。不公正な評価により不合格となった学生の不利益は極めて大きい。大学は学生に対し適正な教育を提供する責務を負うから、不合格評価を取り消し他の教員による再試験を行うことは必要かつ相当な措置である。
第2 設問2(Yの反論と私見)
1 決定①について
(1) Yは、(ア)地域経済学という社会科学分野の研究者にとって、学問研究とその成果に基づく社会的活動を切り離すことは困難であり、(イ)研究成果発信のためのウェブサイトへの掲載や、実地調査の出張先における講演は、いずれも研究の自由・研究発表の自由に含まれる、(ウ)決定①は翌年度の研究活動を困難にする重大な侵害であり、(エ)決定①は経営審議会における学外委員の発言を契機とし、X県の産業政策を批判するという特定の見解に着目した差別的取扱いである、と反論する。
(2) 学問の自由の保障範囲については、社会科学分野において実地調査や研究成果に基づく社会的発言が研究活動と不可分である場合があることを考慮すべきである。当該活動が①研究テーマと内容上関連するか、②研究者の専門的知見を用いてなされているか、③研究成果の発表・普及を目的とするかを基準として判断する。
本件では、Yの研究テーマは持続可能な地域経済であり、X県の産業政策の構造転換の必要性はその研究の核心である。各地の団体への聞き取り調査は丁寧な実地調査として国内外の学界で高く評価された研究手法そのものであり、学習会での講演も研究上の知見を社会に還元するものである。ウェブサイトの研究成果発信部分も同様である。したがって、これらは少なくとも相当部分において学問研究及び研究発表の自由の保障を受ける。もっとも、県議会議員との県庁前での口論を記録した動画のように、専門的知見の発表とはいえない純粋な政治活動の部分は23条の保障範囲外であり、21条1項の問題として扱われるべきである。
(3) 制約の審査については、X大学を公権力としてのみ捉え、精神的自由の侵害として形式的に厳格審査を導くのは相当でない。大学は、本来は学問の自由を保障するために自律性を認められた主体であり、その自律的決定が個々の研究者の学問の自由と対立する側面を有する。そこで、研究資源の配分という本来大学の専門的判断に委ねられるべき領域については、大学の判断に一定の尊重を与え、その判断が学術的観点を離れ、研究内容ないし研究者の見解を理由とするものであるときに限り違憲となると解する。
(4) 本件では、A研究所の研究員はこれまで全員が毎年研究助成金を交付されてきたのであり、個別審査による配分ではなく一律配分が実態であった。その中でYのみが不交付とされた経緯は、経営審議会における地元経済界出身委員の「特定の議員らと連携して県の産業政策を批判する教員の活動に研究助成を行っているのは問題ではないか」という、明らかにYを念頭に置いた発言を受けたものである。Eも「県費を原資とする研究助成金が学外での政治活動にも用いられているとすれば問題である」として精査を開始している。すなわち、精査の端緒は支出の適正性一般ではなく、Yの主張する見解に対する学外からの政治的批判であった。
これは、表現の自由における見解規制に準ずるものであり、特定の見解に着目した差別的取扱いとして許されない。助成の趣旨不適合という理由も、Yの研究が「地域経済の振興に資する」ものであることは学界の評価からも明らかであり、口実にすぎない。また、今日の社会において研究者は大学のような機関に所属しその支援を受けなければ研究の継続が困難であり、年100万円の助成の全額不交付は研究活動に重大な支障を生じさせるから、制約は軽微とはいえない。
よって、決定①は23条に違反し違憲である。
2 決定②について
(1) Yは、(オ)教授の自由は教育内容・方法の決定及び成績評価の自由を含み、大学では教員に広い裁量が認められる、(カ)講義も成績評価もYの研究成果に基づくものである、(キ)決定②はX県の産業政策批判という見解に対する否定的立場から教授の自由を制約するものである、と反論する。
(2) 判例は、普通教育と異なり大学教育の場合には学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるとしており(旭川学テ事件・最大判昭51.5.21)、大学教員は教育の内容・方法について広い裁量を有する。成績評価も教育活動の一部であるから、その裁量に含まれる。
(3) もっとも、教授の自由も、大学が自治に基づき定める教育目的・科目編成の枠内で行使されるべきものであり、かつ成績評価は学生の地位に直接影響を及ぼす評価作用であるから、学術的観点から行われることが内在的制約となる。したがって、大学による是正は、評価が学術的観点を明らかに逸脱する場合に限り許されると解する。
(4) 本件では、ブックレットの内容を批判した答案の評価が全体として著しく低いことがFらの調査により確認されており、他方で団体Cに加入した学生がいずれも「S」を得ている。Yの「十分な理由を示さず批判している答案は評価できない」という説明は、批判的検討を求める出題をしながら批判的結論自体を低評価とすることに等しく、学問的な評価とはいえない。講義における再三の加入勧誘と加入申込書の配布は、教育と政治的動員の混同であり、学生の自由への圧力ともなる。よって、Yの評価は学術的観点を明らかに逸脱する。
(5) 見解に基づく差別的取扱いという反論については、決定②は学部長Fらによる事情聴取と答案の実質的調査を経てB学部教授会の議により行われたものであり、Yの見解の内容ではなく評価の方法の不公正を理由とするものである。また、必修科目であり卒業要件に直結することから学生の不利益は極めて大きく、単位認定が学生の身分に関わる重大な事項であることを示す判例(最判昭52.3.15)の考え方もこれを裏付ける。不合格者のみを対象とし、他の教員による再試験という学術的評価を確保する手段によっており、過剰な介入でもない。
よって、決定②は大学の自治に基づく正当な決定であり、23条に違反しない。
以上